「知財戦略」とはいったい何なのか。統一された定義はないのですが、キヤノンの知財戦略をリードされた丸島先生の『知的財産戦略』には次のように書かれています。
知的財産戦略とは、事業を強くする知的財産の創造、保護(権利化)、活用の戦略である。
知的財産戦略 | 丸島 儀一 |本 | 通販 | Amazon
戦略の内容は色々あるとしても、事業を強くするという目的のもとに、企業が進むべき知財の方向性、取り扱い方法を策定することが知財戦略といえそうです。
この知財戦略の立案というと、「すごく難しいことをしなければならない」というイメージがあります。しかし、「自社がやりたいこと(Will)」、「知財でできること(Can)」からスタートすれば、実はその手順はそれほど複雑ではありません。
身近な例で、「今日の夕食、何食べる?」でたとえてみましょう。
- 夕食の戦略:何を食べるか、財布の中身や、体調、胃袋とも相談。
- 夕食の戦術:自炊なら冷蔵庫の中身をチェックし、必要なら買い出しに行く。外食ならどこの店に行くか決める。
食べたいものをまず決め、それを現実的な方法で満たしていきますよね。やりたいことやできることが分かっていれば、手順は明快です。
ただ、夕食の場合、自分が食べたいものは大体わかっていますし、知識もありますから変なメニューを選ぶことはまずないです。天ぷら屋で「ラーメン!」なんて注文する人、いないですよね。
一方、知財についてはどうか。「そもそも知財で何ができるか」を正確にイメージできず、非現実的なメニューを注文したり、本当は自社に必要な(食べたい)メニューを知らずに選ばない、なんてことが普通に起こります。
こんな問題を回避するためには、まずは「知財で何ができるか」を知って、できることの中から「自社で実現したい」メニューを選ぶこと。
そこで本記事では、知財「で」できる、7つのメニュー(効果)を解説し、はじめての知財戦略で参考になる書籍・サイトも合わせて紹介します。
1. 知財「で」できる、7つの効果とは?
ビジネスに良い影響をもたらす7つの効果について、順番に解説していきます。
(1)参入障壁の構築
そもそも知的財産権とは何でしょうか。文化庁のHPに分かりやすい記載がありました。
「知的財産権」とは、知的な創作活動によって何かを創り出した人に対して付与される、「他人に無断で利用されない」といった権利であり、これには以下の権利が含まれます。
ここで重要なのは、知的財産権を取得する効果、つまり「他人に無断で利用されない」という点です。
この効果が一番イメージしやすいのは医薬特許です。
薬が1つできるのに約10年以上の開発期間と、200~300億円(最近はそれ以上)の費用がかかる一方、ひとたび有望な分野での創薬に成功すれば、1つの医薬が年間数百億~数千億円の利益をもたらします。利益を独占できる根拠が、特許、すなわち知的財産権です。
製薬会社は、少ない品目数で巨大な売上を稼いでいるという特殊性があります。大手といわれる会社でも、上位3~4品目だけで全売上の半分以上をまかなっているケースが少なくありません。すなわち、特許戦略をひとつ誤るだけで、巨大企業の経営が傾くということが現実に起こりうるのです。特許に関して製薬会社が神経質になるのも、当然といえるでしょう。
医薬品の特許戦略、その重要性とは?『医薬品クライシス』著者・佐藤健太郎氏が語る、医薬研究職の世界 Vol.6より
より身近な飲食業界でも、知財で参入障壁を築くことに成功した事例があります。『いきなりステーキ』のビジネスモデル特許が好例です。
『いきなり!ステーキ』は2013年に1号店を出店した後、2014年6月には「ステーキの提供方法」に関する特許を出願、2016年に特許の登録が認められました。
この特許に対しては、第三者からの異議申立が行われ、2017年12月に権利範囲が縮小してしまうのですが、特許の権利縮小を待っていたかのように2018年以降、「やっぱりあさくま」、「アッ!そうだステーキ」、「カミナリステーキ」、「やっぱ!ステーキや」など、他社が立ち食いステーキ業態に次々と参入してきます。
他社としては「立ち食いステーキ業態が、一過性のブームなのか見極めたい」という思惑もあったでしょうが、特許の存在がライバルの参入をためらわせていた点も大きく、業界他社に特許取得を効果的にアピールすることで、競合の参入を大きく遅らせた好例といえるでしょう。
☆こちらも参考:
競合参入を1年以上防いだ「いきなり!ステーキ」のビジネスモデル特許 – 週刊アスキー
(2)侵害の排除
(1)では「ビジネスの参入障壁を築ける」と解説しましたが、知的財産権を無視して競合メーカーが実際に参入してきたらどうでしょうか。
もし知的財産権がない場合、基本的には「自由競争」の名のもと、参入してきた者を排除することはできません。先ほどの新薬の例でも、特許制度がなければ他の会社がたちまち同じ薬を製造してくるでしょうし、ヒット商品もコピーし放題です。
ただ、自由に他人が作った成果をコピーし放題、という社会が良いとは言えません。誰も資本を投下して自ら新しい技術やブランドを作ろうと思わず、タダ乗りの機会を伺うばかりになり、産業は停滞するでしょう。
そこで、法律は「知的財産権」という権利の枠組みを決め、知的財産権を有する者を保護することにしています。
具体的には、知的財産権を侵害された場合、次のような手段で対抗することができます:
<主な対抗手段>
- 警告状の送付
- 民事訴訟での差止・賠償金の請求
- 警察による没収・被疑者の検挙
- 税関での水際取締り
- ECサイトでの模倣品削除
中でも、②民事訴訟はアメリカ・中国で積極的に活用されており、懲罰的損害賠償の適用により、一億円以上の高額な賠償金が認められるケースもあります。
日本は比較的、知財訴訟が少ない国なのですが、任天堂・コロプラ間のゲームアプリ特許権侵害訴訟が「和解金33億円で決着」と報道されたように、ビジネス規模が大きくなるとその賠償金(和解金)も高額となります。
なお、知的財産権を生かした侵害の排除に積極的なメーカーとして、(株)MTGがあります。
MTG社は「ReFa」ブランドでデザイン性に優れた美容機器を販売していますが、公式サイトで「模倣品に対して断固として戦う」旨を表明し、実際に逮捕・摘発・税関差止・ECサイト削除といった対策を実行されています。
上記のMTG公式サイトでは社長メッセージとして
私たちは、これらの悪質な模倣品による健康被害の危険からお客様を守り、安心して商品をご使用していただくために、今後も「模倣品を絶対に許さない」という強い姿勢で、模倣品の撲滅に向けて世界各国で積極的に活動していきます。
と打ち出されており、自社のビジネスを守るだけでなく、侵害対策で顧客との信頼関係も強化していくという明確なビジョンが示されています。
侵害対策を「模倣品が出たことに対する後ろ向きな対応」と捉える企業もある中で、コピー品対策を知財戦略の重要な要素と位置づけ、積極的に情報発信も行うMTG社から学ぶ点は大きいでしょう。
☆こちらも参考:
商標登録の効果を徹底解説! 独占権で侵害を排除しよう | Toreru Media
(3)競合の動向把握
実は、自分で権利を取ることだけが知財の活用ではありません。特許・実用新案・意匠・商標といった産業財産権は、特許庁に登録することで権利が発生します。
この出願・登録された権利はデータベースで一般公開されており、検索することで「競合他社がどのような技術を権利化しているか」、「競合他社の主要な発明者は誰か」、「その権利はいつまで有効なのか」などを把握可能です。
公開データベースの情報を元に、他社の知財情報を調査・分析することには2つの目的があるとされています。
- 他社の知的財産権を知らずに侵害することを防ぐ(守りの知財調査)
- 他社の技術動向を把握し、自社ビジネスの方向性を定める(攻めの知財調査)
特許などの産業財産権は、データベースで公開されている以上「知らずに使って侵害してしまった」ことは基本的には許されず、自社が独自開発した技術であっても、先に成立した他社の特許に抵触していればそれは「侵害」となり、差止や賠償責任を負うことになります。
そのため、たとえ「うちには知財は必要ない」という企業であっても、最低限、他社の知的財産権の調査は行うべきであり、それが ① 守りの知財調査となります。
対して② 攻めの知財調査はデータベースが持つ「技術情報」としての側面に注目します。
具体的には、ベンチャー企業が新規市場に参入する前に知財調査を行うことで、その市場におけるリーディングカンパニーが分かったり、実はリーディングカンパニーが手薄な技術分野を特定でき、参入の「攻め手」を見つけられたりします。
他には、「特許出願全体の件数はあまり変わらないのに、その分野の出願の比率が増えている」ということなら、その技術分野に力を入れようとしていることが分かります。
一方、「以前はAさんという発明者による多数の特許出願があったが、ある年からAさんの名前は出なくなり、特許出願件数も減っている」ということなら、エース級の研究者が転職や異動したという可能性が強いです。
このように知財情報を「群」で調べることで、競合企業の研究開発動向や、業界の勢力図を読み取り、事業計画にも反映させるのが「攻めの知財調査」です。
単なるリスク回避だけに留まらず、ビジネス戦略立案の材料にも生かすことができるのが知財調査の奥深いところです。
☆こちらも参考:
自分でできる知的財産権調査! カンタン3段ステップ検索方法をマスターする:自社事業を強化する! 知財マネジメントの基礎知識(4) – MONOist
(4) 開発意欲の向上
特許・意匠権といった知財を取得するためにはコストがかかります。価格は事務所によりまちまちですが、外部に依頼する場合、登録までに特許1件あたり50~100万円、商標なら1件あたり5~20万円程度かかるのが相場でしょう。
これらの知財取得にかかる費用を「コスト」とだけ捉えるのではなく、開発意欲の向上に役立てる方法があります。
そもそも特許には、「職務発明」という特許法35条のルールがあります。これは従業員がなした職務発明について、契約などであらかじめ取り決めておけば、使用者等に「特許を受ける権利」を発生時に帰属させられるルールなのですが、その見返りとして発明者に「相当の利益(金銭その他の経済上の利益)」を与える必要があります。
この「相当の利益」を与えるため、多くの企業では「特許報奨金」という制度を設けていますが、この報奨金を社内の表彰制度と組み合わせたり、製品に使用された時ではなく出願時に報奨金を多く支払う仕組みにすることで、研究開発から「発明」を生み出す従業員のモチベーションを高めることができます。
なお、報奨制度は何も研究開発部門だけに限られるわけではなく、例えば小林製薬(株)では、『全社員提案制度』を設けています。
☆全社員参加型経営
小林製薬は「全員が経営者の視点を持って働く」という理念と、「役職の分け隔てなく、誰でも自由に意見を発信して新しいものを創造する」という信条を掲げています。それら制度としてカタチにしたものが、1982年からスタートし30年以上続いている「全社員提案制度」です。いつでも誰でも新商品のアイデアや業務の改善案について提案ができる制度で、その数は年間4万件を超えています。提出した内容や件数によってポイントが付与され、半期に一度、ポイント上位者を表彰。社長特別賞の授与や対象者を招いての夕食会を開催し、さらに商品化された提案に対しては、最高100万円が贈られます。
「全社員提案制度」などで出てきたユニークなアイデアの中から、知的財産権として保護できるものはしっかりと権利化することでビジネスを守り育てる。
小林製薬は、令和2年度 知財功労賞「特許庁長官表彰」も受賞されており、知財を戦略的に活用している企業の好例といえるでしょう。
☆こちらも参考:
中小企業等の皆様へ ~職務発明規程の導入~ | 経済産業省 特許庁
(5)ブランド・交渉力の強化
知財を積極的に取得しておくことは、他企業との交渉力強化に直結します。
例えば、他企業と共同で研究開発する際に、「すでに特許をコア技術について取得しており、その技術を土台にできる」といえれば、相手側も組むメリットを明確に感じられます。
また、ノンブランドの無地Tシャツと、SupremeのTシャツでは価格が1ケタ異なるように、商標権で守られた「ブランド」を保護・育成していくことで、価格交渉力も高められます。
(1)で、知的財産権は「他人に無断で使用されない」権利と解説しましたが、自社しか自由に使えない技術やブランドを保持しておくことは他の企業との「差別化」要素になり、「その企業と取引したい」、「その企業の商品が良い」と、取引先やユーザーに指名される動機になります。
そのためにはただ単に知財を取得していくだけでは足りず、自社の権利であることをホームページで告知したり、取引の相手側に伝えていくことが必要ですが、知財の存在をうまく利用することで、マーケティングや交渉を有利に運ぶことが可能です。
☆こちらも参考:
なぜ、ブランディング(ブランド)に商標登録が必要なのか深掘りしてみる | Toreru Media
(6)企業・投資価値の向上
企業が保有する知的財産を価値評価し、投資やM&Aを実施する際の価格に反映しようという試みは以前から行われています。
特許庁・発明協会アジア太平洋工業所有権センターによる『知的財産の価値評価について』のレポートでは、複数の算定法がありそれぞれ一長一短あるとしたうえで、
技術資産がもたらす収益そのものをベースとして評価する「インカムアプローチ法」が有力であり、その中でも事業全体から技術とは関係ない金融・有形資産を差し引いて、その中に占める技術のウェイトを「推定」することで技術の価値を算出する、資産控除法が活用しやすいとしています。
☆ 資産控除法(インカムアプローチ)
{事業価値ー(金融資産価値+有形資産価値)}×技術のウェイト
調査レポート『知的財産の価値評価について』26P図より
上記計算式のうち、技術のウェイトはあくまで「推定」になり、レポートでも、
無形資産の価値に占める技術のウェイトについては、必ずしも別途可能な範囲でデータを収集し、また自身で分析しつつ、推計していく必要がある
とされているのですが、ウェイトを推計する上でどれぐらい知財を取得しているかや、研究開発の成果を目に見える形で蓄積しているかは、評価の対象になるでしょう。
また、直接的に金銭換算しなくても、スタートアップ企業の将来性を評価するうえで、技術力だけでなく知財への取り組みも合わせて企業価値として評価する動きが強まっています。
特許による参入障壁がある程度でも築けていることは、その企業の競争力を高めますし、商品・サービスを商標でブランド化していけば、差別化による収益力向上にも役立ちます。
実例として、ベンチャーキャピタルであるグローバル・ブレイン社は投資先スタートアップ企業の知財支援に力を入れており、専門の知財支援チームを有しています。
国内初!ベンチャーキャピタル発の「投資先の企業価値」を高める知財支援とは? (グローバル・ブレイン 西野&廣田先生) | Toreru Mediaより
また、特許庁もスタートアップ向け知財ポータル『IP BASE』で、事業と知財を組み合わせてスタートアップの成長を加速する支援プログラム『IPAS』を毎年実施しています。
『IPAS』に選定されると、ビジネス・知財の専門家がメンターとなり、知財戦略構築の助言を無料で得られますので、スタートアップ企業の方は活用されるのも良いでしょう。
☆こちらも参考:
知財アクセラレーションプログラム IP Acceleration program for Startups(IPAS) | IP BASE
※ 過去の公募は6~7月頃に行われています。最新情報はIPASのHPでご確認ください。
(7)ライセンス収益
権利を保有することで技術やブランドを「独占」できる知的財産権は、単に他の人に使用を禁止するだけでなく、他人に使用を「許諾」することができます。
知財戦略で日本のトップランナーであるキヤノン(株)のホームページでは、
キヤノンの知的財産活動は、ライセンス収入の獲得が主目的ではなく、事業の発展を支えるために行われています。強い特許を多数保有することで、特許を侵害する第三者に侵害訴訟を提起したり、他社とクロスライセンスを結び事業の自由度を確保したりすることで、事業の発展に貢献してきました。クロスライセンス締結の際は、自社の特許力が他社よりも強い場合、ライセンス収入を得ることができます。キヤノンの単年のライセンス収入は、1990年には100億円を突破し、その後も高い水準を維持しています。
と紹介されています。
ここで特筆すべきは100億円という金額でなく、まずは強い特許を多数保有し、時には第三者に使用させないように訴訟を提起し、一方、クロスライセンスで他社の知財の使用許諾も得ることもある(自社の特許力のほうが強ければ差額をお金でもらう)という、硬軟織り交ぜた対応でしょう。
この組み合わせは『オープン&クローズ戦略』と呼ばれ、自社利益拡大のために戦略的に知財の活用法を選択していくという手法です。
これから取り掛かる知財戦略で、いきなりキヤノンのように多額のライセンス収入を得ることは難しいでしょうが、自社で独占しておきたい知財と、他社との交渉材料やライセンスによる収入源にしたい知財の違いを意識して権利化を進めることは、「強い知財戦略」を構築するために有効です。
☆こちらも参考:
2. 「知財戦略」おススメ文献&ウェブサイト
ここからは「知財戦略」の立案を実際に進めるうえで、参考になる文献やウェブサイトをいくつか紹介します。
(1)『知的財産戦略』(丸島 儀一著)
最強と謳われたキヤノン特許部隊を率いた、弁理士の丸島先生による一冊。日本で「知財戦略」という概念を定着させたのも、丸島先生の功績でしょう。
2011年に出版された本著ですが、第1章の「事業を強くする知的財産経営」から始まり、知的財産経営の社内理解・知財部門づくり・知財人材の育成といった環境面、また研究開発からどう強い知財を生み出すか、取得した知財をアライアンスや訴訟でどう活用するかという実践面まで骨太のロジックがあり、現在でも全く古びていません。
実務に裏打ちされた論考は「知財は何のために取得するのか?」や、「そもそも権利を取得する必要があるのか」、「事業戦略とどう一体化させるのか」という本質的な問いも多く、知的財産を取ること自体が目的化してしまうことへの戒めにもなります。
大企業キヤノンの戦略を自社にそのままあてはめることは難しいとしても、考え方は大変参考となります。知財戦略を考える上で、まず持っておくべき基本書といえるでしょう。
(2)『スタートアップの知財戦略』(山本 飛翔 著)
本記事では「知財でできること」をリストアップしてきましたが、実際には企業の成長ステージによって「優先すべきこと」、そして注意すべき「知財リスク」は大きく異なります。
例えば、設立したばかりのシード期の企業が「まずは参入障壁を築きたい」と考えることは少ないですし、他企業からいきなり知財で攻撃されるリスクも低いです。一方、外部と提携して開発を進めるなら「交渉力強化」に最初から取り組んでいきたいですし、どの市場が有望か探る意味で「競合動向の把握」もやっておく価値があるでしょう。
企業が成長してアーリー・レイター期に入ると、商品やサービスをマーケットに投入するので「ブランド強化」がテーマになりますし、競合他社が入ってこないように「参入障壁の構築」や、時には「侵害の排除」も必要です。
本著では、スタートアップ企業の成長ステージごとに「知財で取り組むべきこと」を紹介しているので、自社の成長段階にあてはめることで「優先すべきこと」を認識することが可能です。
著者が弁護士であり、契約や社内規定を作る際の注意点について触れられているのもポイントが高いです。
(3)『中小企業のための知財戦略2.0』(後藤 昌彦著)
著者は弁理士・中小企業診断士である後藤先生で、「大企業ではなく、中小企業だからこそ、知的財産戦略(知財の戦略活用)を策定し、実行する価値が高い」とまえがきに明記し、本文も中小企業の経営者向けに特化して書かれています。
本書でいう『知財戦略2.0』、1.0との違いは「知財を経営に直結できるかどうか」。
すなわち知財の取得を、収益向上・ファイナンス・組織活性化・情報の4要素と結びつけることで営業利益率や純利益を上げられる。最終的に会社を「こうありたい」という社長のビジョンに近づけられるのが『知財戦略2.0』だと説き、そのための実行体制や進め方について解説しています。
中でも、まず経営理念やビジョンを明確化し、そこに知財の活用が本当に必要か見極めてから、知財戦略の実行に移すというステップは、まず「知財ありき」ではない正攻法の考え方として、納得感がありました。
そもそ知財戦略を何のために行うか、中小企業が考える出発点として役立つ1冊です。
(4)『初心者でもわかる知的財産権のビジネス戦略』(深澤 潔著)
著者は弁理士・中小企業診断士である深澤先生で、そもそも「特許とは何か」から始まり、特許の効果、意匠・商標との違い、さらにそれらの知的財産権をどう活用するかという順で平易に解説されています。
本記事で「知財で何ができるか」を紹介していますが、特許・意匠・商標権の違いや特徴を理解することは実際に「戦略」を進めるうえではマストになります。
本著ではややこしい法律の条文解説はせず、代わりに身近な特許登録の実例(オフィスグリコ、いきなりステーキなど)を紹介しているので、知財に普段なじみがないビジネスパーソン・経営者にも読みやすいです。
また、活用については「自社で取得する知的財産を活用する」、「自社にない知的財産権をビジネスに活用してみる」という2つの視点で章を分けており、やりたいことの具体的なイメージを膨らませるのにも使えます。
各法律の専門書にステップアップしていく前の入門書としてもおススメです。
(5)特設サイト『経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】』(特許庁編)
「経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】」について | 経済産業省 特許庁
特許庁が集めた、主に大企業の「知財戦略」のベストプラクティスが紹介されています。
1社1社の取り組みはかなり高度であり、いきなり真似ることはお勧めしませんが、「知財部門の組織構成」や、「10年以上かけてどのように知財戦略を強化してきたか」という各社の取り組みも具体的に紹介されているので、ゴールをイメージするための参考になります。
(6)IPAS「知財戦略支援から見えた スタートアップがつまずく14の課題とその対応策」(特許庁編)
スタートアップがつまずきやすい14の課題を、「ビジネスモデル・シーズ戦略」、「知財戦略」、「出願戦略」に分けて整理し、それぞれの対応方法について紹介しているガイドブックです。
成功事例はゴールのイメージに使えますが、合わせてゴールにたどり着くまでの「つまづきポイント」をあらかじめ知っておくことも大切です。
本事例集が掲載されている『IP BASE』は特許庁によるスタートアップ支援サイトで、「IPAS(知財アクセラレーションプログラム)」による、スタートアップの知財戦略構築の支援も行っています。
IPASの支援先スタートアップとして選ばれれば、ビジネスメンター・知財メンター両方のサポートを受けることができます。毎年6~7月ぐらいに支援を希望するスタートアップの募集をかけているので、興味があるスタートアップの方は『IP BASE』の特設ページをチェックし、応募すると良いでしょう。
<参考>
スタートアップとガチで繋がりたい!特許庁がIP BASEを作ったワケ (特許庁スタートアップ支援チーム) あしたの知財 vol.06 | Toreru Media
3. まとめ ~知財戦略も「Will、Can、Must」で考えよう!
ここまで、知財「で」できることとして、7つの効果を紹介しました。
このメニュー図を参考に、「知財でやりたいこと」を選んでいくと、はじめての知財戦略でもイメージしやすいです。
・・人材育成で「Will Can Must 法」というフレームワークがあります。
- Will:やりたいこと
- Can:できること
- Must:すべきこと
と分類し、これら3つが重なる中心点が、もっともその人のパフォーマンスが発揮できる領域とする考え方です。
ビジネス、そして知財戦略の領域でもこのフレームワークを応用できます。
つまり、知財で「できること(Can)」、自社が「やりたいこと(Will)」の重なり合いをまず確認し、そこから「やらなければならないこと(Must)」を抽出し、実行するのです。
注意しておきたいことは、一般論として知財で「できること(Can)」があったとしても、自社で知的財産権を取得したり、調査・管理体制を構築したりする労力をかけないと、その会社が「できること(Can)」にはならないことです。
そのため、上手くいっている企業のベストプラクティスを参考としつつ、自社が知財で「できること(Can)」を計画的に伸ばしていって、「やりたいこと(Will)」を達成する。
そのための羅針盤になるのが「知財戦略」なのです。
知財戦略は一日にしてならず。
目指したいゴールを見据え、1歩1歩取り組むことで、必ず知財で「やりたいこと(Will)」を達成することができます。外部専門家の力も借りながら、無理せず計画的に進めていきましょう。
<こちらもおススメ>