われわれ特許業務法人Toreruでは、様々なお客様からの依頼で、日々、商標を出願・登録しています。
お客様から「商標を取った方がよいでしょうか?」と質問を受けることもしばしばですが、答えは「必ず登録した方が良い場合もあるし、ムリして登録せずとも良い場合もある」というのが実際のところです。
では、どんな場合に商標を取るべきか、又は取らなくても良いのか。判断のカギは、「メリット」と「リスク」にあります。
この記事では、出願する・しないの判断に直結する、商標登録のメリット&リスクについて、ホンネの部分を掘り下げます。
目次
1、商標登録の3大メリットは?
結論から書きますと、「独占」、「排除」、「ブランド化」が商標登録の3大メリットです。
なぜこう言えるのでしょうか?題材として、アップル社の登録商標を検索してみました。
この登録により、アップル社に生まれたメリットを分析してみます。
① 独占
特許庁のWebサイトでは、商標登録によって発生する「商標権」の効力を以下のように説明しています。
″商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を占有します。さらに、他人によるその類似範囲の使用を排除することができます。”
商標権の効力 -特許庁Webサイトより
この登録商標では、「電子計算機」、つまりコンピューターが指定商品とされています。商標出願の前年である1977年は、アップル社が法人化され、最初の大ヒット商品「Apple Ⅱ」が発売された年でした。
今から40年以上前ですが、当時から日本でも商標を出願し、登録したことで、コンピューターに「APPLE」という商標を使用できるのは、アップル社だけになっています。
この独占力は第三者のただ乗りを防ぐことができる、非常に強い効果です。
② 排除
「独占力」といいましたが、その権利が絵に描いた餅では意味がありません。
″商標権者は、権利を侵害する者に対して、侵害行為の差し止め、損害賠償等を請求できます。商標権の効力は、日本全国に及びます。”
「商標権」は、特許庁から立派な登録証をもらえるだけでなく、国家権力という後ろ盾があるために、法律に基づき、堂々と他人の使用を排除することができます。
商標登録証の例 ※2024年4月1日より電子データでの交付となりました
この「排除権」は自分が警告状を送ったり、民事訴訟を起こして賠償金を取ったりできるだけでなく、警察が独自に捜査をして、侵害者を逮捕することもあります。
「フリマでシャネルなどに類似した商品 無職女書類送検 ネット購入の商標類似品 縫い付け」(Yahoo! ニュース 2020/05/25 より)
このような摘発が定期的に行われてニュースにもなることで、商標権を侵害するとヤバい、警告状にもちゃんと対応しないと・・・という社会的な認識が広がり、抑止力に繋がっていると感じます。
ちなみに、商標出願は「他人による後日の同一・類似の商標出願を排除する効果」があるため、「早い者勝ち」という要素も大切です。(余談ですが、同日出願があった際には、くじ引きで権利者を決める制度もあります)
③ ブランド化
これまで「独占」、「排除」という2つの効果を紹介しましたが、その結果として、商標権者は他の人に邪魔されることなく、指定した商品・サービスについてブランドを「育てる」ことができます。
先ほどのAPPLE商標ですが、もし「電子計算機(コンピューター)」について、アップル社が商標を登録していなかったとしたら、どうでしょうか?
他の人が「APPLE」商標を先取りして出願してしまったら、登録を阻止するために”登録異議申立”、”無効審判”、”情報提供” など、さまざまな手段を講じなければなりませんし、それらが通らなければ、莫大な費用を支払って商標を使用できるようにするハメにもなります。
商標の保護意識が強いアップル社ですが、中国では「iPad」商標を6000万ドル(約64億円)支払い、買い取っています。
中国での「iPad」商標権訴訟、6,000万ドルで解決 (WIRED.jp 記事より)
※ iPad商標が横取りされたものではなく、先に他社が登録していたケースです。
かなりの金額ですが、アップル社は「iPad」を中国だけ名前を変えて売るより、64億円支払ってでも世界統一でブランド展開したほうがメリットが大きいと判断したのでしょう。
その後、「iPad」の売上は伸び続け、アップル社発表によれば、2019年には「iPad」ブランドだけで49億ドル(約5400億円)もの売上を記録したので、この戦略は正解だったといえます。
もちろん、どんな商標も登録すればそれだけで「強いブランド」になる訳ではなく、育成しだいではありますが、あらかじめ商標を登録しておくことは他者に攻められない「強いブランド」の器になり、前提条件といえます。
2、商標を出願する・しないの判断指針
ここまで3つのメリットを見てきましたが、「費用もかかるし、あらゆる名称を商標登録してられないよ」というのが実情だと思います。
そうなると、商品名・ブランド名が決まったときに、それを商標出願するかどうかの判断が必要になるのですが、どのような視点で、決めれば良いのでしょうか。
絶対的な正解はないことを前提にしつつ、1つの指針になるのは、「登録したときのメリット」と「その商標を登録しなかったときのリスク」を認識し、登録までにかかる費用(例えばToreruの場合、1区分 5年で総額48,000円)と比較する手法です。
メリットはすでに見てきましたので、次はリスクを掘り下げていきましょう。
商標を登録しないことのリスクは、実はメリットの裏返しです。すなわち・・・
① 商標を「独占」しないため、他人に商品名・サービス名を使用される。
② 他人の登録を「排除」しないため、他人が商標を登録してしまう
→後付けで自分が使えなくなる
の2つが主要なリスクとなります。
①の例を挙げましょう。あなたはとても良く汚れが落ちる洗剤を開発し、「オチル」という商品名を付け、インターネットで販売していたとします。
洗剤「オチル」の売れ行きは好調で、これから生産体制も拡大しようかなと考えていた矢先、急に販売ペースが落ちます。おかしいなと思い、ネットを検索してみたところ、なんと「オチール」なる他社の洗剤がネット通販サイトに。。
あらかじめ商標を登録しておけば、「独占・排除」の効果により、警告状を送るなどして速やかに他人の使用に対抗できるのですが、もし商標を登録していなかったなら・・・。多くの場合、泣き寝入りです。(※1)
※1 厳密に言えば、不正競争防止法による一定の救済があり得るのですが、模倣された「商品等表示」が世の中に広く知られているか?や、商品や営業主体を誤認させたか?といったさまざまな要件があり、商標を登録せずとも救済されるケースはかなり限定的です。
模倣行為が見つかった後で慌てて商標出願することも可能なのですが、通常の出願なら登録まで約1年、早期審査を使っても2~3ヶ月はかかるため、それまでにビジネスが大きな打撃を受けてしまうことも良くあります。
このような他人による同一・類似商標の「使用」を認めたくなく、ビジネスを守りたいというニーズがあるならば、商標登録をしておくべきでしょう。
次に、②「後付けで自分が使えなくなる」リスクについてです。先ほどの例で、あなたが模倣品の洗剤を見つけ、慌てて商標「オチル」を出願しようとしたところ、相手が「オチール」をすでに商標出願してしまっていたとしたらどうでしょうか。
模倣品の「オチール」を排除するどころか、あなたの洗剤「オチル」は逆に商標権を侵害する商品になり、警告や訴訟を受けるリスクが生じてしまいます。(※2)
※2 こちらも厳密に言えば、「悪意の商標出願」に対し、登録を取り消すような救済措置があるのですが、ある程度有名なブランドでない限り、悪意の立証が難しく、争いも長期化しがちです。他人に商標を先に出願されてしまったブランドオーナーの多くが、「改名」をはじめとする厳しい対応を迫られるのが現実です。
2つのリスクを見てきましたが、では「出願しなくても良い場合」はどういうケースでしょうか。
先ほどの、洗剤「オチル」で、テスト販売したものの全く売れずに全国販売を諦めた場合や、1回のみの生産で、継続販売をまったく予定しない場合をイメージしてみてください。
第三者が商標「オチール」を使用したり、登録して自分が今後、「オチル」商標を使えなくなってしまってもビジネス上のダメージがほぼないですよね(腹は立つかもしれませんが・・・)。結局、その商標の「独占・排除」がどれぐらい自分にとって重要になるか?を判断すれば良いのです。
なお、この時に「今はそんなに重要ではないな・・」と感じたとしても、その商標を使用したビジネス・サービスを1年以上継続していくのであれば、とりあえず商標登録しておくことをおすすめします。
ブランドの価値は使用を継続することで商標に「蓄積」していくので、登録商標という他人に勝手に使わせない「価値の器」を保有しておくことは、ブランド成長の土台として価値があるからです。
3、商標登録の「メリット」を引き出す3つの方法
ここまで「登録しないリスク」をみてきましたが、リスクは第三者の動きや市場環境といった「外部要因」に従うため、リスクの大きさのコントロールは困難です。
一方、メリットは、商標権者の工夫次第で、小さくも大きくもなります。
せっかく費用をかけて商標を登録するのですから、受け身でリスクに対抗するだけではもったいないですよね。
そこで、能動的に商標登録の「メリット」を引き出す方法を、3つほどご紹介します。
(1)Rマークを記載する
様々な商標の右上に、®マークがついているのを見たことがあるかと思います。 ®は「Registered」の略で、「商標登録済み」を表します。
商品の®マーク表示例(CONAGRA社 ポップコーンパッケージより)
日本法には、「登録商標には®マークを付さなければならない」というルールはなく、付けるかどうかは商標権者の任意なのですが、このマークを付けておくことで、
- 「我々は、商標を登録しており、もし他の人が勝手に使ってきたら対抗しますよ」
- 「我々は、この商標をブランドとして積極的に育てて行きます」
という意思表示になります。商標を勝手に使用され、それに対して警告する・・ようなトラブルは発生しないに越したことはないですから、積極的に®マークを付けておくことはおすすめの防衛手段です。
(2)ECサイトで侵害品を削除
商標を登録したあと、AmazonやメルカリといったECサイトで模倣品が見つかり、その商品には登録商標がそのまま使われているというのも、よく見られるケースです。
ECサイトで出品者の情報が書かれているといっても、情報が虚偽だったり、模倣品を売るなと連絡しても「知らなかった」などと言い訳されたりして、なかなか解決に至らないことも多いです。
これに対し、ECサイト本体では、そもそも利用規約で「商標権など知的財産権を侵害する商品の販売」を禁止しているのが一般的で、通報を受け付ける窓口を用意しています。
商標権者の立場で通報すれば、ほとんどの大手サイトで24時間以内に商標権を侵害する出品リンクが削除されます。
ペナルティが厳しいECサイトでは、単にリンクを削除するのではなく、出品者のアカウント停止・削除といった処分も行っておりますので、商標の登録完了後、商標権侵害を見つけた場合は、「速やかにECサイトに通報」し、被害を抑えることが有効です。
例:知的財産保護のためのブランド登録窓口(Amazon.co.jpサイトより)
(3)リリース・SNSでPR
さらなる活用法として、商標登録されたことをリリースやSNSを用いて社内外にアピールする方法があります。
これは、「商標登録されました!」とだけ発信するのではなく、商品やサービスの内容を改めて伝える機会にすることで、ブランドを浸透させるチャンスにすることができます。
また、商品・サービス本体を紹介するリリースの末尾に「○○は当社の登録商標です。」というような表記を統一的に付けておくことで、®マークのような侵害の予防効果を生じさせることも可能です。
せっかく費用をかけて取った登録商標ですから、そのままにせず、ブランディングの過程で積極的にPRしていき、「生きた」権利に育てていきましょう。
4、おわりに
最後に、本記事の内容についてまとめます。
- 商標登録の3大メリットは、「独占・排除・ブランド化」。
- 商標登録をしないリスクは、他人による「使用・登録」であり、メリットの裏返し。出願する・しないに迷ったら、「その商標が将来、使えなくなっても困らないか?」で判断する。
- 商標登録はブランド価値の「器」になるので、継続したブランディングを目指すなら、取る価値が大きい。
アップル社の「Apple」「iPad」のような、成功した商標ブランドの価値は計り知れないものですが、『商標登録』はそのスタートラインです。
商標登録がうまく活用され、世の中のブランディングがさらに活性化していくことを、Toreruのメンバー一同、楽しみにしています!
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