スタートアップに必要なのは美しい「知財戦略」より、何もかも拾い切る「覚悟」だった。(ピクシーダストテクノロジーズ 木本&片山先生)あしたの知財 Vol.09

「スタートアップ企業には、知財戦略が重要!」、最近よく聞く言葉です。

特許庁もスタートアップ向けのポータルサイト『IP BASE』を作り、スタートアップ支援に積極的。

参考:スタートアップとガチで繋がりたい!特許庁がIP BASEを作ったワケ (特許庁スタートアップ支援チーム) あしたの知財 vol.06

一般にスタートアップにとっての知財は、「大企業などと対等に渡り合うための重要なツール」と説明され、後回しにせず、企業の規模に合わせて戦略的に構築すべきとされています。

ただ、現実はどうでしょうか。多くのスタートアップにおいて、財務・人事・研究開発・マーケティングなど経営上不可欠な業務に追われ、知財は後回しになっています。

知財に回す人員&コストの余裕はない、特許事務所は敷居が高い、放置していたらいきなり警告状が来て驚いた・・。知財の「とっつきづらさ」が原因なのか、ベンチャー企業と知財の距離感は、まだまだ近いとは言えません。

しかし、スタートアップと知財の距離が縮まれば、もっとビジネスの可能性が広がるのでは?そのヒントを得るには、「スタートアップの中で、実際に知財を担当している人」の話が有用でしょう。

そこで今回は、第2回 『IP BASE AWARD』グランプリをスタートアップ部門で受賞した、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社(以下、PxDT)を訪問し、IP & Legalファンクションチームの木本大介弁理士、片山晴紀弁理士の2名にお話を伺いました。

PxDTは、筑波大学などアカデミア発の技術を単なる研究で終わらせず、その成果を「連続的」に社会実装することを目的としたスタートアップであり、PxDT自身も研究開発機能を持っています。

 

Pixie Dust Technologies, Inc.

大学との産学連携スキームを効率化するために、筑波大学・東北大学との共同研究で生まれた知財は100% PxDTが権利を持ち、かわりに大学には「新株予約権」を付与することで、利益の還流を図るというビジネススキームを採っており、必然的に「知財」がビジネスモデルの中心となっています。

そんなPxDTの知財部門は、どのようにして作られ、運営されているのでしょうか?早速スタートです。

<木本先生プロフィール>

2003年 上智大学大学院 電気電子工学専攻 修了後、(株)リコーに入社。知的財産部で、複写機を中心とした電気・機械分野の権利化業務に携わる。

2006年 弁理士登録と共に、協和特許法律事務所に入所。
2013年、グローバル・アイピー東京特許業務法人を経て、2018年、PxDTに知財マネージャとして参画。2021年より人事マネージャも兼務。

<片山先生プロフィール>

2014年 京都大学大学院 情報学研究科 修了後、キヤノン(株)に入社。知的財産部で、情報通信・画像処理関連の特許権利化業務に携わる。

2020年 弁理士登録と共に、PxDTに法務・知財担当者として参画。木本先生と二人三脚で知財実務を切り開く日々。

木本&片山さん × ちざたまご(聞き手)

 

1. メインクライアントに切られて

―今日はよろしくお願いします。まずは木本さん、せっかくなので知財との出会いから教えていただけるでしょうか。

木本:自分は理系だったのですが、大学4年生になるときに「みんなと一緒はつまらないな」と。理系の学生の多くは修士課程に行くんですが、自分は研究にのめり込むタイプでもなく、「他の人がやらなそうな面白いことはないかな」と考えていると、1人だけ弁理士を目指しているという同級生がいまして。

 

―学生のころから弁理士志望は珍しいですよね。

木本:同級生100人のうち、彼1人だけだったので、「これは差別化できるぞ」と。大学院時代でも弁理士試験の予備校に通い、かなりガチで弁理士を目指していました。ただ、修士課程が終わって就職活動する際に知財部を志望したんですが、これが大苦戦・・。

 

―理系の院生で、しかも弁理士の勉強をスタートしているなんて、知財部的にはハマりそうですが。

木本:当時の電気・電子の分野は技術者が足りずに引く手あまたで、どの会社でも「研究開発部門なら採用するよ」と。でも、自分は「いや、知財部に行きたいです」と言うので、全然マッチングしない。差別化できるはずの知財志望が、逆に足を引っ張る羽目に。

なかなか決まらずに、「もう、知財部門でなくてもいいです!」と割り切ったら、(株)リコーから内定を頂きました。ただ、最初は研究開発部門という話だったのに、入社が決まったあと改めて知財志望の話をしたら「じゃあ、知財部配属で」と。

 

―いきなりカオスな展開ですね。リコーの知財部ではどんな仕事をしてました?

木本:当時は、複写機がアナログからデジタルに進化した時代で、アイディアレベルを含めて発明が爆誕していた時代でした。自分も新人ながら、大量の特許出願を担当することになり、技術者から多くの発明提案書をもらいました。

 

―弁理士試験合格後、特許事務所へ転職されます。

木本:元々弁理士志望だったこともあり、合格したからには事務所で力を試したいなと。リコー時代には早くから1人で多くの特許の権利化業務に携わる機会に恵まれていて、「事務所でも自分はやれるぞ!」と自信がありました。

時流に合った技術分野だったこともあり、年収もグンと上がって、マツダのロードスターを買いました。中古だったんですけどね笑。

 

MAZDA ROADSTER(公式ページより参考写真、実際は赤だったそうです)

ただ、特許事務所に転職して約1年後、メインクライアントから「担当弁理士を変えてもらいたい」と・・。

 

―大ショックじゃないですか。

木本:もう青くなって、マネージャーを通じて理由を聞いたら、「やり方が合わない」、「こちらからNGサインは何度も出したが、気づいてもらえなかった」と。

でも、自分は出来てると思っていたんですよね。信頼されているとさえ思っていた。

 

―どうしてクライアントとすれ違いが起こったのでしょうか?

木本:顧客の内なる声を拾いきれておらず、対話も不足していたんだと思います。振り返ると、明細書にしても、自分が良いと思う書き方を押し付けていました。

クライアントから修正指示が来ても、「私の案の方が良いので、修正不要です」と。プロフェッショナルである自分が良いと思うことをどんどん出して、クライアントをリードすれば良いんだと思い込んでいました。

結局、そのクライアントは先輩が担当することになり、自身の売上は半減。上がったはずの年収は企業知財時代より落ち込む羽目に・・。心も、クルマのローンも痛かった。

 

―特許事務所の大半は、「実力主義、売上連動制」ですからね・・。そこからどう立ち直りました?

木本:顧客コミュニケーションをイチから考え直しました。なぜダメだったか、「自分が良いと思うこと」と「クライアントが求めていること」は当たり前ですがズレがあります。どちらが欠けても駄目で、重要なのはズレを埋めること。何より、「果たしてクライアントの声を聞けているのか?」という自問自答を止めてはならない。

最初に手応えを感じたのは、新規の海外クライアントの外内出願業務です。それまでも外内出願業務の経験はあったのですが、クライアントが世界的な大企業だったこともあって、当該企業の指示どおりにやることが是とされていました。

ただ、「クライアントニーズの発掘はクライアントの国籍にかかわらず重要」と考えていたので、新規の海外クライアントに対しては、複数の選択肢とそれぞれのメリット・デメリットを提示した上で応答方針を決めてもらう導線を引いたり、クライアントからの指示を待たずしてこちらから提案したり等をメールで送っていました。

英文なので、相手が少しでもわかりやすく、それでいて「大した話でもないのに面倒だな」と思われないように、文面を何度も精査し、本質を突けるよう対応していました。

その後、新規の海外クライアントから関連会社も含めて多くの依頼を頂き、出願以外の相談も来て、仕事も急増。「相手が本当に求めていることを掘り当てられれば、自分のポテンシャルを最大限活かせる」という手応えを得ました。

 

―スタートアップからの依頼は、特許事務所時代によく受けていたんですか?

木本:2013年に友人の誘いもあり、海外案件に強いグローバル・アイピー東京特許業務法人(GIP東京)に移籍しました。GIP東京はものすごく尖った事務所で、諸外国にグループオフィスを展開していて、その強みを生かした攻めの戦略を推し進めていました。毎年2〜3回は海外出張に行きました。アメリカ、ロシア、インド、ベトナム、マレーシア、シンガポール、タイ、さらには特許庁がなかったミャンマーにも。

インドでは、インドオフィスの経営者の結婚式にも参列しました。象が出てきてびっくりしましたね笑。自らの強みを惜しげもなく打ち出して仕事を開拓し、その仕事を通して強みを進化させる、自分のプレイスタイルはGIP東京で培われたものです。

スタートアップの仕事はそこで初めて受任しています。2016年ごろでしたが、スタートアップ×知財は今ほどブームになっていなかったものの、スタートアップに注力している弁理士はすでに何人かいたので、先駆者という訳ではないですね。

ただ、スタートアップと知財、特に特許事務所との関係は今よりもっと離れていて、「はじめて相談に行ったら、専門用語ばかりで困惑した」とか、「なんでも相談してくださいと言われても、なにを相談したらよいかすら分からない」などのミスマッチが起きた話は耳にしていました。当時はSlackも知らなかったし、スタートアップ×知財の風も今ほど強くなかったし、スタートアップと弁理士のコミュニケーションギャップは今よりも深かったと思います。

僕もパワーポイントで特許制度を説明するための簡単な資料を作って、「出願しない選択肢もあるんですよ」と説明していたんですが、当時はそれだけでスタートアップから「話が分かる先生に会えてうれしいです」と言われたりしましたね。

 

―特許事務所目線では、スタートアップ相手だからこう対応しようというのは変わるんでしょうか

木本:自分はスタートアップかどうかより、「知財の専任担当者がいるか」、「担当者の経験値はどれぐらいあるか」、何より「クライアントが知財にどれだけのリソースを割きたいと思っているか」という視点でクライアントを見ていました。

「知財もやらなきゃいけないと思ってるんだけど、何をやっていいかわからない」というスタートアップの経営者や担当者に「芯を喰った提案」がどれだけできるか。一方的に「特許をたくさん出せばよいですよ」なんて言ってもダメで、「相談に来た本当の理由、実際には何がやりたくて、実現のために何に困っているのか」をしっかりとヒアリングして、クライアントニーズに合った提案をしようと心がけていました。

真のクライアントニーズは、「特許出願したい」ではなく、「どうしたらいいかわからないから助けて欲しい」だという仮説を持っており、これを満たせないと、クライアントを幸せにできませんからね。

 

―事務所1年目の経験が、かなり生きてますね。

木本:まあ、過去の自分を「反面教師」にして笑。スタートアップには単に権利化だけでなく、社内の出願データベース作りや、社内研修なども任せてもらえたので、「提案した分だけ任せてもらえるし、積極的に受け入れてもらえるし、これは面白いクライアントだぞ」と。

 

2. ピクシーダストテクノロジーズとの出会い

―その後、木本さんがPxDTに入社されたきっかけは何でしょうか。

木本:2017年、知人の紹介で落合から特許相談を受けました。

当時は「落合陽一」の名前も知らなかったので、打ち合わせ前に予習がてらにネットで検索したら、「TVに出てマジカルハットをかぶっている、変わった人」(え?なにこの人…)という印象しかなかったです笑。でも、筑波大で研究室を持っているみたいだし、何件か出願依頼につながったら良いなーくらいでミーティングにのぞみました。

 

―落合さんの第一印象はどうでした?

木本:初対面でも例の「マジカルハット」をかぶってきたので、「あっ、TVと一緒だ」と思いましたね!

最初の相談案件は、空中に画像を投影するディスプレイの話だったんですが、自分が技術をキャッチアップしていなかったこともあり、正直ピンとこない。そんなの実現できるのか?原理が分からんという顔をしていたら、落合が「じゃあこれを見てください」と、紙袋からサンプルを出して、即興のデモをしてくれました。

実際に画像が空中に浮いて見えたので、「え?なにこれ、マジか!?」と。

後で調べたら、そのときのサンプルの原理自体は既存技術で、他の工夫と合わせて特許を取ったのですが、「魔法を見せられた」という鮮烈な感覚が残り・・。

 

木本さん× PxDT 第一号特許(空中画像を表示する光学イメージング装置)

―確かに発明者が落合さんになっていますね。このときすでにPxDTはあったんですか?

木本:1回目の相談は創業前だったのですが、落合と村上(COO)から2回目の出願相談を受けたときは、創業後でした。

そこでは、「大学の研究成果を社会に実装するために会社を作った」という話を突然されて、「だったら個人名義じゃなくて会社名義の出願にしたほうが良いですね」という話もしました。

落合陽一氏が「ビジネス」にも力を注ぐ理由 魔法技術を事業化へ

ただ、そのとき相談された3件のうち、1件は僕の専門分野から遠い内容だったので、イマイチその場ではピンとこなかった。そういう表情が顔に出ていたのか、村上が「じゃあ、この案件は友達が所属する事務所に頼もうかな・・」とつぶやきました。

 

―その流れ、ヤバくないですか?

木本:完全にヤバい。

実際に名前が出たその事務所は誰もが知る大手の法律事務所で、人材・経験も豊富。法務的な相談も全部カバーできる。話を持って行かれたら勝てないし、僕が中の人間なら素性の知れない個人弁理士より、組織的に安心できる大事務所を選ぶだろうな、と思いました。

依頼された案件の明細書自体は数日で書き上げたんですが、納品するときにそのまま納品しても芸がない。「明細書を書くだけじゃなくて、知財の社内体制作りとか、相談対応も出来ますよ」という、いわゆる顧問契約の提案を添えようと考えました。でも、顧問の打診は受けていないので、いきなり出しゃばりすぎかなと。

「切られるかもしれないのに、何書いてるんだ」と、何度も文章を直しては消し、メールにコピペしてはメモ帳へ戻して、悩むことだいたい3時間。

 

―それ、思春期の少年じゃないですか。

木本:今思うと、その時すでに恋に落ちていたんでしょうねー。最終的に「後悔するより送ろう」と思って、顧問の提案も付けた形でメールを送りました。

そうしたらすぐに返信が来て、「その提案を待ってました!」と。ちなみに本件の明細書のチェックはスルーされたので、顧問契約が始まった後に自分で巻き取りました笑。ともあれ、PxDTへの本格的な関与が決まった瞬間です。

 

なかなか劇的ですね!顧問時代は、どんな関わり方をしていたのですか?

木本:「ああ、これは覚悟して仕事しなければならないな」と思いました。なのでフルコミット。当時からSlackを使っていたので、そこに招待してもらい、知財以外でも拾えるボールは何でも拾うつもりでやっていました。顧問なのにSlackの投稿数が月間No.1になったこともありました。

 

知財以外で拾う仕事のボール、どんなものがあるのでしょうか。

木本:本当に何でもですね。当時のPxDTには落合と村上の2人しかおらず、最初にベンチャーキャピタルから出資を受けるシリーズAの直前でした。落合・村上両代表は様々な業務に忙殺されていたし、知財顧問としては破格の金額で顧問契約を締結させて頂いたので、自分がやれること、彼らから頼まれたこと、彼らのためになることは全部やろうと。

「契約書は、どう管理したら良いの?」と聞かれたら、「とりあえず鍵付きキャビネ買って!」とamazonのリンクを送ったり、投資家から贈られた観葉植物の設置と水やりもしましたね。

 

一番印象に残っているのは、落合が題材となった「情熱大陸」の映像チェックです。ちょうど40歳の誕生日だったんで有給を取って渋谷をぶらぶらしてたんですが、Slackで突然「来てくれ」と。指定された場所に行ってみると、そこは編集スタジオ。知財保護の観点で映像をチェックし始めたんですが、次第に「少しでも番組を面白くして、PRするぞ!」という気持ちになっていて、しまいには「あ!今のカットは消さずにトリミングで残して下さい。大丈夫です。出願済です。」なんて指示を出してました。ただの出願代理だったら、こんな発言、怖くてできません笑。

放映当日、自分が編集に関わった番組を自宅のテレビで見ながら、Twitterで落合のタイムラインをドキドキしながら追いかけたことは今でも鮮明に覚えています。

 

ーバラエティ豊富ですね!顧問料が高いから、知財以外の業務も対応する?

木本:うーん、顧問料が高いからというより、期待がひしひしと伝わってきたからですね。

その時は人手が足りなかったので、「落合や村上より僕の方がやれる」と思った仕事はとにかく全てやりました。そこまでお金は意識はしなかったですね。今、冷静に考えると、面識も実績も浅い中で、そこまで期待と信頼を寄せてくれたのは弁理士冥利につきますね。

 

知財の枠にとらわれず何でもやるのが、スタートアップでの働き方なのでしょうか。

木本:結局、マンパワーが足りず個人の役割も定まっていないのがスタートアップであって、やるべき仕事が落ちていたときにまず役割分担を考える人はスタートアップにはいないと思います。「その仕事を誰がやるのが最適なのか」が第一。

知財以外の仕事が発生した時に居合わせたのがたまたま僕だったんで、「どうやるか?」と瞬間的に思うことはあっても、「やるかやらないか」を考える発想はなかった。敢えて自分の専門外の仕事を「雑用」と呼ぶのであれば、「雑用」を無意識にこなした上で、専門領域で圧倒的なバリューを出すのがアーリーステージのスタートアップでの「あるべき働き方」だと思います。

 

 

3.「権利化」と「契約」は知財の両輪

顧問からPxDTに入社された経緯は?1年ほどブランクがあったようですが。

木本:顧問としてコミットメントを開始した直後から、ジョインの誘いを受けていました。何ヶ月もやっていくうちに、気づいたら知財以外の業務までコミットしていて、外からのサポートでは限界があるし、何より、落合・村上とこれからも仕事をしたいと思うようになっていました。

今でも覚えてますが、落合からの口説き文句は「浪漫の社会的実装」で、村上からの口説き文句は「同じ船に乗ろう」。40歳の大台を目前に、PxDTという船のクルーになって、知財浪漫を探す航海に出るのも悪くないなと。

木本さんへ贈られた落合さん直筆サイン

落合も村上も、僕は、数ある経営者の中でも知財感度が日本一高い経営者だと思っています。しかも、2人そろって。知財感度の高い経営者が2人もいて、さらに単体で見ても2人ともハンパない。

こんなドリームチームは、後にも先にもないだろうし、自分が手を上げなければ必ず他の誰かが手を挙げる。知財の観点でPxDTを世界一うまく支えられるのは誰かと言えば、それは僕だ。そんな世界線が見えていたので、もう「乗らない理由がない」と思いました。

PxDTという船に乗り込んでからの、木本さんの働き方は変わったのでしょうか

木本:知財以外の仕事も自分がやるのが最適であれば拾う、そのことは変わりません。ただ、契約に関する仕事は大きく増えました。PxDTは研究開発(R&D)型スタートアップです。

 

大学での基礎研究・新技術リサーチをベースにPxDTでソフトウェア開発や試作開発を行う。さらにその技術をベースにして、顧客企業と共同で研究開発をしたり、単独で最終製品を作ることもあります。

このようなビジネスモデルだと、それぞれ異なる立ち位置の大学・企業・団体と多様な契約を結ぶ必要があります。そこで現在のPxDTでは、知財部門「IP&Legal ファンクションチーム」を事業本部に置き、私と片山が最前線で知財の権利化とビジネス関連の契約を同時に見ています。他にも、リーガル専門のスタッフと事務サポートのスタッフにも兼務で協力してもらっています。

また、僕がジョインする直前には、管理部門のトップとして、スタートアップでの上場経験が豊富な関根(CFO)がジョインしました。関根は契約にも明るいので、彼にいろいろ教えてもらいながら、今も契約実務を日々アップデートしています。

  

知財の権利化と契約、両方同時に担当するのは大変では?多くの企業では担当者が分かれていますよね。

木本:自分は契約の専門家ではなかったですが、少なくとも知財に関する交渉・契約は自分が担当するのが良いと当初から思っていました。

仮に弁護士が創立時のメンバーに入っていれば、自分が知財契約まで見ることはなかったかもしれない。ただ実際にやってみて、権利化と契約を1人で担当することには、大きな意味があることが分かりました。

 

―その意味、くわしく聞いてみたいです。

木本:「強い特許権」を作る権利化業務は、もちろん知財業務の大きな柱です。ただ、「強い特許権」は1つの武器にすぎません。

PxDTには、特許以外にも、世の中に価値提供できるアセット(経営資源)がたくさんあります。例えば、PxDTが開発したデバイスの1つである「SOUND HUG」。

 

【別解が生まれた瞬間 #2】クリエイターの情熱から生まれた別解 ~コピーライター 宇佐美雅俊「SOUND HUG(サウンドハグ)」プロジェクト |博報堂WEBマガジン センタードット

これは、「抱きかかえることで音楽を視覚と聴覚で感じる」というコンセプトの下、音響と光の制御技術、音楽に合わせて色が変わる球体デザイン、そして「SOUND HUG」というネーミングが一体となってコンセプトを実現しています。このデバイスを用いて日本フィルハーモニー交響楽団様と毎年「耳で聞かない音楽会」を共催し、聴覚障害のある方とも一緒に音楽を楽しめる体験を提供しています。

SOUND HUGには多くの反響を頂いていますが、それは「特許」によるものではなく、プロダクトの「提供価値」によるものです。この「提供価値」をどのように守り、育てていくかが重要です。

 

確かに、技術・デザイン・ネーミングが一体となりプロダクトの価値が生まれていますね。

木本:PxDTはさまざまな企業と共同で研究開発をしていますが、契約先も単なる研究開発だけでなく、「PxDTと組むことで生まれる新たな価値の創造」を期待して頂いていると感じています。

そのため、共同で生み出される成果の「提供価値」がどのようなものか、どう社会で活用されるかをあらかじめイメージし、そのイメージに合わせて最適な契約スキームを設計する必要があります。ここに権利化とは切り離せない、契約業務の重要性があります。

いわば、契約業務とは未来に繋がるレールを作る仕事、権利化業務はそのレールに乗る列車や途中駅といったパーツを作る仕事かなと。

 

契約の交渉力が高ければ、権利化業務の重要度は下がるのでしょうか。

木本:スタートアップはアセット(経営資源)が乏しいので、交渉力の高低に関わらず、特許はあるにこしたことはありません。その意味で、権利化業務はやはり重要です。権利化業務のポテンシャルが高ければ、研究成果をしっかりと特許化し、それをさらなる交渉カードとすることができます。共同研究のテーマ分野だけでなく、別分野にもその特許を「転用」するチャンスも生まれます。

「研究成果は、全部PxDTに帰属する」と契約で取り決めても、権利化業務がイマイチで強い特許権が作れなければ“絵にかいた餅”ですよね。

そもそも、契約業務も広義では「権利化業務」の1種だと考えています。特許の権利化と契約の権利化の違いは、書類の提出先が特許庁かクライアント企業か、くらいで捉えていて、過剰に区別する必要はない。考えるべきことは常に「その取組で生まれた成果の提供価値をいかに守り、育てるか」。だから、権利化業務と契約業務は両輪なんです。

 

なるほど、PxDTならではの知財管理の特徴はありますか?

木本:PxDTは「大学の持つ技術をベースに、顧客企業とともに社会実装まで実現する」ことを目指しています。ただ、「大学と企業の共同研究だから、特許も共有」としてしまうと、特許の活用に時間も手間もかかります。これでは、せっかくの大学の研究成果が世に出ずに埋没してしまいます。

 

そこで、例えば筑波大学とは、PxDTにIP(知的財産権)を100%譲渡してもらう代わりに、新株予約権を付与することで大学がリターンを得られるスキームを作りました。落合が筑波大学でポストを持っていたこともあったとは思いますが、この斬新なスキームを受け入れて頂いた筑波大学の産学連携に対する柔軟な考えには、個人的にも感動しました。

 

「IPを100%PxDTに渡して」と言われると、抵抗感がありますが、「代わりに新株予約権を付与する」と言われれば納得できますね。

木本:これは「技術の社会実装までのプロセスをどう短縮するか」を考えた末に導き出されたスキームです。

もちろん、IPを共有する契約を結ぶこともありますが、どの座組みであっても「スピーディに成果を社会実装すること」を大切にしています。

 

対クライアント企業ではどうでしょうか。共同開発=共有という考えも多そうですが。

木本:対大学と本質は同じです。「スピーディに成果を社会実装すること」を目指す上で、IPを共有した方が良いのか、それとも、PxDTに単独帰属させた方が良いのかを考えるようにしています。

特性として、PxDTはR&Dスタートアップなので、1つの研究成果を他分野に展開することを常に考えています。このあたりをクライアント企業に理解してもらう必要があります。

さらに、クライアント企業にはその企業のビジネスプランがあるので、IPを共有するかどうかの議論の前に、お互いが相手の「目的」、つまりなぜ共同で取り組みたいのか、その成果をどのように社会実装に繋げたいのかを擦り合わせることが重要です。

契約はビジネスの設計図です。設計図にバグがあると、本当に良い成果は生まれない。迷ったときこそ、シンプルに「良い成果を早く社会に提供するためにはどうしたら良いか」を考えるようにしています。

 

しかし、企業の論理としては、ライバル会社に実施させたくないという発想もあり得ますよね。

木本:「ライバル会社に実施させたくない」がクライアント企業のゴールだとしても、解決手段はIPの帰属だけではないはずです。例えば、競業禁止とか、優先交渉権とか、サブライセンス条件など。

IPひとつとっても、特許権と著作権で位置づけが違う場合だってあります。考えうる全ての選択肢を自由に組み合わせて、PxDTのやりたいことと、クライアント企業のやりたいことの天秤を釣り合わせるために最適な条件を探す。これが契約業務で意識していることです。

 

権利化がとても上手な会社であっても、契約部門は別にあって、深く考えずに「共同開発なら共有」としている場合も多そうです。

木本:「多い」かどうかはわかりませんが、そのように感じることがあるのも事実です。繰り返しですが、お互いの「やりたい目的」に向かって最適解を決めることこそが重要で、「共同開発」というのはただの方法論に過ぎません。結果として、「IPを共有した方が良い」となれば、「IPの共有」を前提に他の条件を調整すれば良いのです。

とにかくお互いが「目的」ドリブンで話をすることがポイントです。実際に、クライアント企業の知財・法務の方と直接お会いして、「目的」レベルから意見交換したこともあります。その結果、交渉前に存在していた溝が埋まり、お互いが納得した条件で契約を締結できたときは、達成感を感じますし、クライアント企業の担当者と乾杯したい気分になります。

スタートアップはスピードが命です。契約はあくまで設計図であり、レールに過ぎません。成果を出すには契約スキームに則った「取り組み」こそが列車であり、本命です。「設計図」の完成度が低いようでは、良い「取り組み」はできませんし、目的地に向かわない列車に乗っている暇はありませんから、できるだけ早い段階で目的をすり合わせることが重要なんだと思います。

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~スタートアップの知財部門を1から立ち上げた木本さんならではの説得力がある言葉。聞き手も引き込まれてしまいました。インタビューは早くも3時間、いったんここで休憩し、後編ではいまだ登場していない片山さんも交えて、「どうして転職したんですか?」とか、「良い人材が採れる面接とは?」についてさらに掘り下げていきます!

 

<インタビュー後編はこちら>

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