ゆりかごから墓場まで / from the cradle to the grave
これは第二次世界大戦後に英国が掲げたスローガンです。充実した社会保障制度を意味する表現ですが、知的財産権(以下、知財権)の分野においても当てはまります。世の中は誰かのアイデアや創作物で溢れており、それらを保護する知財権は、さりげなく私達の生活に寄り添っているためです。
しかし知財権はビジネスにおける影のサポート役であり、一般的には存在感が薄いもの。
そこで本記事では、知財権が本当に人生に寄り添っているのか?検証してみるため、各年齢期において関係が深い製品等に関する知財権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)を紹介していきます。
早速、乳児期からみていきましょう!
目次
1. 0歳 – 1歳:乳児期
まずは乳児期。さてゆりかごの特許図面を探そうか・・・と考えた後、ふと気付きました。「赤ちゃんが誕生後に接する製品として、ゆりかごの前に ”おくるみ” があるだろう!」と。
”おくるみ” について、例えば以下の米国特許があります。
<<おくるみ>> 米国特許第6868566号:Swaddling blanket
US6868566 より
図が可愛い!そしてこの赤ちゃん、すでにもう下着を履いている…!?
本おくるみは、arms restraints 120,125 によって赤ちゃんの両腕を包み込むことが特徴です。これにより胎内にいたときのような安心感がもたらされるのでしょう。Fig.2C における赤ちゃんはどこかご満悦な表情をしています。
おくるみに包まれ、やがて退院して自宅へ・・。次に関わるのはベビーベッド。ここではベビーベッドに装着する付属品に関する珍発明を紹介しましょう。
<<ベビーベッドの付属品>> 米国特許第3552388号:Baby patting machine
US3552388 より
ベビーベッドの付属品と言えば音が鳴るベッドメリーが一般的ですが、こちらの米国特許は一味違います。arm 28 を回転させることにより、手の形をした soft pad 29 にて赤ちゃんを ”ぽんぽん” する装置です。”ぽんぽん” の効果があったのか、図中の赤ちゃんは入眠に成功しています。
その後すくすくと育ち、ハイハイ期もすぐに終えて幼児期へ。幼児期に心を奪われる代表格といえば、アンパンマン。
2. 2 – 6歳:幼児期
<<アンパンマン>> 商標登録第1453818号
こちらはアンパンマンの絵が用いられた商標です。手書き風の味わい深いタッチ。
商標登録第1453818号 より
絵本の表紙と似たポーズですが、絵本の方が凛々しい顔をしています。胸のスマイルマークもちょっと異なる表情ですね。
キンダーおはなしえほん傑作選「あんぱんまん」フレーベル館(筆者撮影)
そして特に男子の心を奪いがちなのが、プラレール。プラレールには種々の知財権が関わっており、複数種の知財権にて各要素を多面的に保護する「知財権ミックス」を活用する代表的な玩具です。
<<プラレール>> 特許第6511112号:玩具車両用連結装置及び走行玩具、意匠登録第1676215号:駅おもちゃ
特許第6511112号 図1(左)、意匠登録第1676215号 前方斜視図(右)
例えば車両の連結具に関する特許権や、駅を模した部品についての意匠権があります。最近では、蒸気が発生する機関車トーマスに関連する特許出願もあるとのこと。(参考「徹底解剖|きかんしゃトーマス 蒸気がシュー!でっかいトーマス」タカラトミーHP)
玩具のように幼少期にハマった商品は、自然と愛着が湧き、大人になってからも欲してしまう対象ですよね。自分が気に入っている商品は、自然と子供にも買い与えたくなりそうです。
商標登録第4058828号
長年愛されている「プラレール」。タカラトミー社による登録商標。
お店等で商品を購入するときに視覚に入りやすい「名前」や「ロゴ」は商標権、商品の「外観」は意匠権、そしてその他「機能」は特許権等によって保護可能です。各要素を多面的に保護することで、似た体験を提供する後発品を排除し、市場において優位な立場を築くことに繋がります。
ところで、親の立場からすると「子供に買い与えるおもちゃはなるべく安い物がいい…」と考え、安価な類似品が魅力的に見える場面もあることでしょう。
もし商品を開発する企業側としてそんな状況を阻止したい場合は、知財権が役立ちます。知財権には、
- 後発の類似品をなるべく排除する
という独占的な効果があるのは勿論のこと、
- その結果、独自性が担保され、知的財産権で守られた製品やその企業のブランド力が上がる
という派生効果もあるためです。つまり、その商品ジャンルにおける「唯一無二状態(ブランド化)」をつくる一助として、知財権の取得が効果的ということですね。
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3. 7歳 – 12歳:小学生期
小学生になると、一人で外に出かけて遊ぶようになります。1990年代はコンビニの前にカードダス装置が置いてありました。20円を投入してワクワクしながらハンドルを「カリカリカリッ」と回していたことをよく覚えています。
<<カードダス>> 特許第2518786号:手動式カ—ド販売機
特許第2518786号 図1(左) 図6(右)
本発明は、販売するカードの情報を示す「カード情報表示体7x」の領域を広くするというもの。「コイン投入部9」や「透明カバー5」の配置を工夫する内容で権利化されています。カード情報として孫悟空やピッコロがこれだけ大きく表示されていると、宣伝広告効果が増し、売り上げにも直結しそうですね。なお「カードダス」は株式会社バンダイによる登録商標です。(商標登録第2222432号 等)
そして小学校でのお楽しみ行事といえば、運動会。男子の場合、ここでの活躍如何によっては女子との距離が縮まるとも思われるため、重要視すべきイベントです。
徒競走や騎馬戦、球転がし。思い出は絵日記にしましょう。
<<運動会の絵日記>> 特許第5593478号:スタンド付はがき
特許第5593478号 図3(左) 図10b(右)
こちらは、鑑賞用にすることができるスタンド付ハガキの発明です。メッセージ等が記載されたハガキを受け取ったら、そのまま机上などに立てかけて鑑賞することができます。図10bのように運動会の絵日記を書いて送ってあげると、祖父母が喜んでくれそうですね。
4. 13歳 – 18歳:中高生期
いよいよ中学校入学。思春期にはラブレターを書いたり貰ったりすることがあるかもしれません。そして友人の下駄箱に偽のラブレターを入れて遊んだりすることも・・。そんなときは、この実用新案登録された便箋が役立ちそうです。
<<ラブレター>> 実全昭61-43078:恋文用便箋
実全昭61-43078 より
この考案は、恋愛の情報を伝達する「水溶性用紙1」に、「非水溶性インキ2」にてハート等の図形が印刷されているという便箋。文章は水に溶けて消失するものの、ハート等は水面に残存するというものです。この便箋なら、後々読んだら気恥ずかしくなるようなロマンチックな内容でも気にせず書くことができそうですね。
さて、その真偽に関わらず、ラブレターを授受するような相手ができたら、一緒にディズニーランドにでも遊びに行きましょう。
<<ディズニーランド>> 特許第2595424号:遊戯用乗り物
特許第2595424号 図9(左) 図10(右)
水しぶきを上げて落下するウォーターシュートに関する発明です。側面14等の形状やその他構成を工夫することで、所定の高さから落下することによるスリル感を担保しつつ、客席内に水しぶきが入らないようにするというもの。
この内容や出願タイミングから察すると、「スプラッシュマウンテン」に関する特許のようですね。本特許は1992年9月に出願され、スプラッシュマウンテンは1992年10月に導入されました。(参考「東京ディズニーランドのあゆみ」株式会社オリエンタルランド)
5. 19歳 – 29歳:青年期
二十歳を過ぎたら、お酒を飲む機会が増えてきます。ピッチャーにてビールやカシスオレンジを飲むこともあるでしょう。例えばこちらのピッチャーは、その外観について意匠登録されています。
<<ピッチャー>> 意匠登録第1187522号:ビール用ピッチャー
意匠登録第1187522号 一部図面を抜粋
この図面を見ると、ピッチャーを持ったときの感覚や、そのときの飲み会の記憶が蘇ってくる方がいらっしゃるかもしれません。これは視覚を通じて過去の体験が想起され、懐かしい思い出に浸って楽しむことができるということです。ここに、製品について意匠登録を受ける「意義」が隠されています。
「保持した液体を注ぐことができる」というピッチャーの基本機能を満たすにあたり、一般的に様々な形状が考えられます。つまり、持ち手や注ぎ口等の形状を変えたものであれば、後発の会社でも、本意匠権の侵害を回避しつつピッチャーを製造販売することが可能です。
しかしどうでしょう。
楽しい飲み会の体験を想起させる形状は、この意匠図面に示されたもの。だとすると、仮に別の形状である後発品ピッチャーを見たところで、懐古には至らないことでしょう。つまり、後発品が機能的には同等だとしても、情緒的には劣っていることを意味します。消費行動を決めるにあたっての「懐かしさ」という要素が欠けているためです。
「意匠権の保護=視覚を通じて提供する情緒的価値の保護」と考えることができそうですね。これは物質的に豊かとなった現代において、重要な視点ではないでしょうか。
詳しくは以下の記事でも紹介していますので、こちらも合わせてご覧ください。
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<<いきなりステーキ>> 特許第5946491号:ステーキの提供システム
特許第5946491号 図2(左) 図3(右)
学生を卒業したら、いよいよ社会人に。給料はあまりたくさん貰えない時期ですが、学生よりは余裕があります。学生時代は牛丼だったのが、少し背伸びしてステーキなんてことも。
そこで出てくるのが「いきなりステーキ」…!
例えば「いきなりステーキ」は、そのステーキの提供システムについて特許を取得しています。「肉マイレージランキング」にランクインすべく、とにかく欲求に従って食べまくりましょう!20代の頃は暴飲暴食など気にする必要はないですから。
6. 30 – 39歳:中年期
<<メタボ>> 商標登録第5804303号(動き商標)
商標登録第5804303号 一部図面を抜粋
あっという間に30代。新陳代謝が悪くなり、必然的にお腹が肥大化してきました。付き合いやストレスによってビールを大量摂取する機会が増えたということかもしれません。節制やメンテナンスをしっかりと行い、現実と対峙していきましょう。
健康診断にて、内視鏡検査(胃カメラ)を受けるのも大事です。
<<内視鏡検査>> 意匠登録第1710937号:情報端末機
意匠登録第1710937号 より抜粋
こちらは内視鏡の画像を表示する情報端末機に関する意匠登録。例えば腫瘍等の病変を発見することにより、その表示方法が変わることが示されています。この様な機能の恩恵を受け、病原の早期発見&早期対処に繋げていきたいものです。
7. 40 – 49歳:初老期
いよいよ初老期。一般的に、もう「若手」とは言えない年頃になってきました。仕事や家庭で多忙な中、運動も欠かせません。ボクササイズをしてみるのもよいでしょう。
<<ボクササイズ>> 米国特許第318766号:Exercising bag
US318766 Fig.1 より
ボクササイズの成果でしょうか。シャツのボタンがはち切れた中年期と比べて、お腹がスリムになってきました。チョッキが似合う”オシャおじ”ですね。
体形を整えた次は、メンタル面も整えます。
<<瞑想(メディテーション)>> 特許第6755599号:頭蓋骨振動装置及びそれを使用する方法
40代といえば会社で部下ができたり、住宅を購入してローンを組むなど、背負うものも多くなる年代です。
中間管理職等のストレスにより、精神的にしんどい状況が訪れるかもしれません。そんなときは、座禅を組んで瞑想を行うのはいかがでしょうか。
特許第6755599号 図7
こちらはクラニオセイクラルセラピー(頭蓋仙骨療法)に関する発明です。振動発生装置202によって頭部に振動を与えて脳髄液の流れを整えることで、健康に近づくとのこと。そして図7においては、ピラミッドフレーム207に入り、骨振動体感装置101の上で座禅を組んでもよいとの実施形態が記載されています。
ここまで本格的でなくても、瞑想はオススメです。ビートルズメンバーも1960年代にインドのリシュケシュを訪れて瞑想を経験し、その後の曲作りに活かしました。
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8. 50 – 79歳:中老期
そろそろセカンドキャリアや老後を考え始める時期です。仕事は一旦落ち着かせて、リフレッシュ旅へ。例えば「フラワーマーメイド号」にて、三重県の鳥羽湾めぐりなどどうでしょうか。
<<船旅>> 意匠登録第1081987号:客船
意匠登録第1081987号 より
フラワーマーメイド号には伊勢志摩のお花「はまゆう」の絵が施されており、そのデッキや客室ではマーメイドが出迎えてくれます。(参考:「就航船舶のご案内 フラワーマーメイド」志摩マリンレジャー株式会社)
そしてお伊勢参りなどを行い・・・
筆者撮影
三重の銘菓である「赤福」をいただきましょう。暑い時期には「赤福氷」が美味です。
筆者撮影
<<赤福のパッケージ>> 商標登録第4173111号(立体商標)
そしてお土産にも赤福。こちらの特徴的なピンクのパッケージは「立体商標」として商標登録を受けています。
商標登録第4173111号 より一部抜粋
製品だけではなくパッケージも含め、知財権での保護の仕方は様々ですね。製品自体における「立体商標」の事例については、以下の記事をご参照ください。「たけのこの里」や「ぴよりん」等、様々な事例を紹介しています。
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9. 80歳 -:高齢期
とうとう高齢期を迎えました。足腰の筋力を維持すべく、毎日のお散歩が欠かせません。ここでは、高齢者が横断歩道を安心して渡ることができる発明を紹介しましょう。
<<散歩>> 特許第6393140号:横断歩道照射装置及びシステム
特許第6393140号 図1(左) 図3(右)
照射手段13にて光を照らしたり、指向性スピーカ15により居場所に応じた音声メッセージを届けるといった発明です。これにより、例えば夜間においても横断歩道を安心して渡ることができるようになります。
腰が曲がってくると自然と視線は下がり、上を見上げて信号を確認するのも一苦労。こういったアイデアや技術によって、交通事故が少しでも減ってほしいものですね。
<<お墓>> 特許第6883894号:石材墓
天寿を全うし、いよいよ最期が訪れました。これは生物の宿命であり、避けられる人はいません。
例えばお墓に関してはこんな特許権があります。
特許第6883894号 図1(左) 図3(右)
墓誌プレート6をスライド式にすることで、戒名等の情報を隠すことが可能という発明です。プライバシーの観点からも、安心してお墓に入ることができますね。(参考:「特許 | 沖縄のお墓・石材」合資会社沖縄関ヶ原石材)
さいごに
知財権は、人生に寄り添う身近なもの。
日頃、私達が何気なく触れている商品やサービスは、誰かによって創作された「発明」や「意匠」、そして商いの標としてビジネス上の信用が蓄積された「商標」が関わっています。つまり、たとえ自らが知財権の創出等に携わっていなくとも、社会生活を営む中で誰でもその恩恵を受けていることを意味します。
知財権は金儲けのためのもの・・・そんなイメージがあるかもしれません。勿論その側面もあります。
が、知財権という制度があることでビジネスの秩序が保たれ、競争の中で新たな製品サービスが生まれ、その結果私たちの生活におけるちょっとした幸せに繋がっているとも考えられます。そう捉えてみると、なんだか知財権は誰にとっても大事なものと言えそうですね。
上記様々な事例を通じ、知財権に対するイメージに少しでも変化があれば幸いです。
そして最後に。老若男女0歳から100歳まで、すべての世代がほぼ毎日関わっている製品に関する知財権事例を紹介します。
それはずばり・・・・ティッシュ箱。
例えば箱を折りたたむ機構について、実用新案登録がなされています。1983年に出願されたものですが、今現在でも似た機構が採用されているのではないでしょうか。
実用新案登録第1699106号 第1図(左) 第2図(右)
これからは、ティッシュを取る度に知的財産を感じていきましょう。
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