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価値をブランドに転化させる Apple の知財戦略

こんにちは。 ブランド弁理士®︎ の土野です。

10月6日は「Toreru の日」ということで、今年は Toreru Media のライター陣で『思い入れブランド自由研究』をテーマに、各自の好きなブランドについて知財との関係を “何やかんや” 書く記事をリレーすることになりました。

思い入れのブランドかぁ…

改めて問われると、案外構えてしまうものです(笑)

好きなブランドの一つとしてパッと思いついたものとしては、土屋鞄製造所さんとか、土屋鞄製造所さんとか、土屋鞄製造所さんとかがあるのですが…

もう一つの候補として浮かんできたのはやっぱり Apple でした。いや、ほんとベタすぎてすみません…。

ただ、「知財」との関係を改めて考えたときに、やっぱり Apple は学ぶべきところが多分にあるなぁと感じます。具体的には、商標はもちろん、意匠や特許も含むいわゆる「知財ミックス」による知財価値の総体が、最終的に「ブランド価値」に転化されるようになっているところです。

もちろん私がいち消費者として Apple ブランドに関心を寄せていることもありますが、ブランド弁理士®︎ として知財 × ブランドについて日々考えている中で、やはり Apple は ブランド文脈で知財を捉えようとするときの優れた研究対象の一つです。つまりこのような「二重」の意味で、私にとって Apple は「思い入れブランド」であると言えるでしょう。

そこで今回の記事では、私の思い入れブランドとして Apple を例にとり、「価値をブランドに転化させる知財戦略」について研究してみたいと思います。

1.Apple を好きになったワケ

まずは私と Apple の馴れ初め?を少し。

私がはじめて手にした Apple 製品は、大学生の頃に買った iPod でしたが、Apple が私の中で「好き」になったのは、たしか社会人になりたての頃だったかと思います。そのキッカケとなった製品は「iPhone 4S」でした。

 

iPhone4s 筐体
引用元: https://support.apple.com/kb/sp643?locale=ja_JP

 

「iPhone 4S」といえば、 Apple 創設者のスティーブ・ジョブズが見届けた最後の iPhone と言われている、 Apple ファンにとってはいまや伝説的?な製品です。

光沢のある表裏両面のガラス仕上げと、エッジの立ったステンレスフレーム。まさに「シンプルで洗練」という印象の、今見ても美しい筐体でした。

そんな「iPhone 4S」を手にすることとなった理由は何だったのか。

それは、その前に使っていた au の REGZA Phone (REGZA Phone IS04)の製品体験がヒドかったからです(笑)。

 

REGZA PHONE
引用元: https://japanese.engadget.com/jp-2010-10-17-regza-phone-is04.html

 

当時は世の中に「スマートフォン」というもの自体が出始めたばかりの頃。その頃私が利用していたキャリアである au でもポツポツとガラケーではない「スマートフォン」のモデルが出始めていました。

新しいもの好きの私は早速そのスマートフォンに飛びついたのですが、当時の Android 端末はなかなか動作が安定せず、一日に何度も強制再起動になったり、朝フル充電だったはずのバッテリーが、会社の最寄り駅改札に着く頃にはまさかの0%になっていたり…。もちろん、タッチパネルやディスプレイの精度も未熟で「ヌルヌル」どころか「0.5秒後にスクロール」くらいの勢いでした。

当初から iPhone の存在は知っていたのですが、実は最初はむしろ敬遠していました。カメラの画素数とかスペック上は Android 端末の方が良さそうでしたし、当時から割とパソコン好きだった私にとっては、 Android のOSとしてのカスタマイズ性の高さは魅力でした。逆に iPhone は、コピペとかもロクにできないし、自由にカスタマイズもできない。機械が苦手な人にはイイかもね!みたいな感覚でした。当時の私は今の10倍くらい「機能」主義の人間だったと思います。

そんな私でしたが、(その頃の)REGZA Phone の製品体験にはさすがに辟易し、ちょうど au でも iPhone が買えるようになったタイミングだったこともあり、ついに「ヌルヌル」と噂の「iPhone」に鞍替えすることを決意したのでした。

実際 iPhone を使ってみると…。

まずは何より筐体の美しさ。筐体が美しいだけでこんなに満足感があるのか!と驚いた記憶があります。うまく説明はできないんだけど、なんか持っていて嬉しい。そういう感覚でした。

そして何より、ソフトウェアの安定性も含めた操作のスムーズさや安定感には本当に感動しました。これがあの「ヌルヌル」か…と。

今まで使っていたスマホは何だったのか、と思いました。

それ以来、スマホはずっと iPhone を使っています。もちろん今は Android 端末も優れていますが、当時の強烈な体験をきっと今でも引きずっているのだと思います。

iPhone の製品体験の素晴らしさにつられ、次第にPCも Mac へ。 Mac も筐体の美しさやOSの安定感は同様でした。そして何より、 iPhone とのシームレスに連携する体験にまた感動したのでした。

そうして、iPad、AirPods、HomePod、Apple TV…などと徐々に手を広げ、まんまとそれらの「シームレス体験」から抜け出せなくなっている現状です(笑)。

3.価値をブランドに転化させる Apple の商標戦略

それでは、Apple の知財戦略のお話に入りましょう。知財戦略と言ってもいろんな切り口による見方がありますが、私は常に「知財 × ブランド」の文脈で見ているので、今回は「知財の価値をブランドに転化させている」という点に注目しました。

まずは、商標から見ていきましょう。

3.1.ブランド価値を高めるための商標戦略とは

ブランディングの効果を効率的に商標に伝え、財産権として商標の価値を高めるためには、次の点が非常に重要であると私は考えています。

  1. 十分にユニークな商標をつける
  2. そのユニークな商標をブランド体験創出のキモとなるものに使う
  3. ブランド・アーキテクチャとの連動

Apple の商標戦略を実際に見ていく前に、まずは前提としてこれらについて説明します。

より詳しくは、こちらの記事もご参照ください。

https://toreru.jp/media/trademark/3372/

3.1.1.なぜ商標にユニークさが必要なのか

ここでいう「ユニーク」さとは、「他と被らない」という意味です。ではなぜこのユニークさが必要なのか。なぜなら、誰が見ても明らかに「そのブランド」のものだとわかるようなユニークな商標だからこそ、ブランド体験により生じたイメージや信用が人の頭の中でその商標と固く結びつくからです。

もしその商標が、ユニークさに欠け、「ありがち」と消費者に思われたり、他の事業者のものと混同しかねないようなものだったらどうでしょうか。そのような商標を見せながら優れたブランド体験を提供しても、せっかく発生したポジティブなイメージが、商標の使用者と強固に結びつくことは難しくなります。

下手をすると、似たような商標を使う他事業者の商品・サービスと混同されたり、他事業者にも同種のイメージが付いてしまいます。そうすると、ブランド・イメージによる差別化からは遠ざかります。

ありふれた商標はイメージが定着しない

他社と被りやすい商標(たとえば「NTK」)だと、その商標(NTK)を見た瞬間に思い起こすブランド・イメージが固まりにくい

したがって、ブランド体験をしているときに見せる商標、すなわちブランド体験のキモとなるものにつける商標は、ユニークなものであるべきです。

3.1.2.ブランド力の高い商標のユニークさ

実際に、高いブランド力を備える商標はどうか見てみましょう。インターブランド(Interbrand)社が発表した、グローバルのブランド価値評価ランキング「Best Global Brands 2020」のTOP50を示したのが以下の図です。

 

Best Global Brands 2020
インターブランド社「Best Global Brands 2020」のTOP50(引用元:https://www.adfwebmagazine.jp/design/interbrand-best-global-brands-2020/)

 

1位Apple、2位Amazon、3位Microsoft・・など上位はもちろん、新しくランクインした「Instagram」や「YouTube」など、ランクインしているブランドのほとんどが、ユニーク度の高いブランド名を採用していることがわかるかと思います。どこからがユニーク度が「高い」と言えるかにはもちろん議論の余地はありますが、少なくとも、競合他社が自然に採用してもおかしくないような「ありがち」なブランド名はほとんどありません。

3.1.3.ユニークであるほど商標登録コスト(投資額)が下がる

採用する商標がユニークであるほど商標登録のためのコスト(投資額)が下がりやすい、ということも重要です。

商標のユニークさが不十分だと、商標登録の審査において登録が拒絶される可能性が高くなります。特許庁への反論等によって最終的に登録が認められる場合もありますが、その場合、商標登録完了までのトータルコストが肥大化します。弁理士等の専門家の助力を受けるための費用や、手続が増えることによる労力的・時間的コストが追加で発生するからです。

逆を言えば、ユニークな商標を採用するほど、商標登録に必要な投資額を下げることができます。投資額が下がれば、その商標の価値が高まったときの投資対効果が高まることになります。

3.1.4.ユニークな商標をブランド体験のキモとなるものに使う

もちろん、ブランド戦略と連動させ商標への投資対効果を高めるためには、単に商標をユニークにするだけでは足りません。必要なのは、ブランド体験の創出のキモとなるものについて、そのユニークな商標を使うことです。

ブランド価値の高い商標になるためには、商標が次の条件を満たす必要があります。

  1. ユニークであること
  2. ポジティブなブランド・イメージが想起されること
  3. 知られていること

1についてはすでに述べました。これに加え、「2. ポジティブなブランド・イメージが想起されること」と「3. 知られていること」が必要です。

2を満たすためには、まさに消費者等が「ブランド体験」をし「そのブランドらしいイメージ」が印象付けられているその際に「商標」に触れさせて、両者を結び付けて記憶してもらわなければなりません。消費者等の「ブランド体験」と「商標との接触」のタイミングが揃っていることが必要になります。

そして3と両立させるためには、その「ブランド体験」+「商標との接触」のセットの頻度を高めなければなりません。一度そのセットに触れたくらいでは、日々情報の海に晒されている人々の記憶には残らないからです。

この点、 iPhone はやはり上手いです。たとえば、 iPhone 内の設定画面。この画面だけでも、上から「AirDrop」「AirPlay」「Handoff」「CarPlay」「iPhone」とたくさんのユニークな商標が配置されていることにお気づきでしょうか。

 

iPhoneの設定画面

初見だと、いきなり「AirDrop」とだけ書かれていても、何のことやらわからないかもしれません。ユーザビリティだけを考えたら、もっと直接的に機能がわかるような言葉で書いた方がいい。そういう思考にもなりそうなものです。でも iPhone ではあえてユニークな商標との接触頻度を高めることを優先しています。

そして、単に商標を露出するだけでなく、その露出は、まさにこれらの商標に対応する機能(ブランド体験)が発揮される場面( iPhone 内)においてなされているわけです。

3.1.5.ブランド・アーキテクチャとの連動

このように、商標のブランド価値を高めるためには「ユニークな商標に特定のイメージと信用を集中させる」ことがポイントになります。ここで「信用を集中させる」ために、いわゆるブランド・アーキテクチャと商標戦略とを連動させることが大切になってきます。

ブランド・アーキテクチャ(ブランド体系)とは、複数のブランドを持つ場合に、各ブランドの役割や関係性を整理・構造化したものをいいます。

このブランド・アーキテクチャには、大きく分けて次の3つの類型があります。各類型の詳細な説明は別記事に委ねますが、各類型の例を、ブランド体系図として以下の図に表します。

  1. マスターブランド戦略
  2. マルチブランド戦略
  3. 複合ブランド戦略

マスターブランド戦略を採る「Google」ブランドの簡易的ブランド体系図
マスターブランド戦略を採る「Google」ブランドの簡易的ブランド体系図

 

マルチブランド戦略を採るユニリーバ社の簡易的ブランド体系図
マルチブランド戦略を採るユニリーバ社の簡易的ブランド体系図

 

複合ブランド戦略を採るトヨタ社の簡易的ブランド体系図
複合ブランド戦略を採るトヨタ社の簡易的ブランド体系図

 

採用したユニークな商標に「特定のイメージと信用を集中させる」には、ブランド・アーキテクチャをきちんと設計し「ある特定のイメージは一つの商標に集中させる」ようにしなければなりません。あるブランドを表す商標を、そのブランドに相応しくないイメージが生じる場面で使用するようなことがあれば、その商標に特定の強固なブランド・イメージが結びつくことを妨げてしまうからです。

そのようなことがないように、ブランドの構造を「分けるべきところは分け、一緒にすべきところは一緒にする」ように徹底するのがまさにブランド・アーキテクチャを設計するということです。そして、「一つのブランドがカバーする領域を決める」「ブランドを分ける」ということは、「一つの商標がカバーする領域を決める」「商標を分ける」ということとほぼイコールです。

したがって、作ろうとするブランドのブランド・アーキテクチャがどの類型を採用するのか、具体的にどのような構造にしていくのかを明確にした上で、それと連動して商標を用意しなければなりません。

3.2.事例検証:Apple社の場合(商標)

上記の方法論に関し、Apple社の事例を当てはめて検証してみます。

Apple社の主なブランドのブランド・アーキテクチャを以下に図示します。

Apple社のブランド・アーキテクチャ
Apple社のブランド・アーキテクチャ

 

Apple社は、「Apple」というマスターブランドをプロダクト群全体に適用しながら、各プロダクトライン毎に個別のブランド名を採用する、複合ブランド戦略を採っていると言えます。

一方で、無闇に個別ブランドを乱立させることなく、使用するブランド名(商標)を絞っています。

たとえば、PCは「Mac」、スマートフォンは「iPhone」というように、一つのプロダクトラインに対し一つのサブブランドで統一しています。

また、比較的新しいプロダクト群である「Apple Watch」「Apple TV」「Apple Music」などは、「Apple + 〇〇」の「〇〇」の部分に無個性な普通名称を用いているため、各プロダクトブランドの存在感が際立つというよりも、マスターブランドである「Apple」を強く意識させる形となっています。

結果として、上の図に表れるブランドに限って言えば、1つのマスターブランドと6つのサブブランドの計7つのブランドに対して、「Apple(リンゴのシンボルマークを含む)」「Mac」「iPhone」「iPad」のわずか4つの商標にブランド・イメージや信用の蓄積を集中させる構造になっています。

したがって、Apple社は、使用する商標を絞り、「厳選された商標にブランド・イメージと信用を集中させている」と言えるでしょう。

また、その厳選された商標である「Apple」「リンゴのシンボルマーク」「Mac」「iPhone」「iPad」は、業界分野においていずれも十分なユニークさを確保しています。

特にプロダクト群全体に統一的に適用するマスターブランド「Apple」は、語としては極めて馴染み深い既成語でありながら、電子機器やテクノロジー分野においてはなかなか採用しない特異な存在感を放つ商標です。

さらに、ユニークな商標を用いるのはコーポレートやプロダクトブランドに対してだけではありません。Apple のブランド体験のキモとなるその他のものにもユニークな商標を用意しています。

たとえば、次のようなものが挙げられます。

  • 場所:Apple Store(商標登録6080335号)
  • 機能:Handoff(登録5756031号)
  • セキュリティ:FileVault(登録4783634号)、Safari(登録4697512号)、Siri(登録5591921号他)

Appleのブランド体験ができる「リアルの場」として重要な位置付けとなっているのが、Apple直営店「Apple Store」です。周知のとおり、洗練された特徴的な外観・内観の店舗において、フレンドリーなスタッフによるサポートを受けながらAppleの世界観を堪能できる場所です。この「場所」の名称について、ユニークかつ強力なマスターブランド「Apple」を使用しています。

 

Apple Store 外観
Apple Store (引用元:https://www.apple.com/jp/retail/)

Apple Store 内観
Apple Store (引用元:https://www.apple.com/jp/retail/)

 

プロダクトに実装されている機能名にも注目したいところです。

Apple のデバイスを通じた「らしい」ブランド体験の一つとして「シームレスな体験」が挙げられます。ハードウェアとソフトウェアの双方を一社でコントロールできるApple社の強みを活かした体験です。

これに関する「機能」の一つに「Handoff」があります。作業中のアプリケーションの状況を、他のAppleデバイスにシームレスに引き継げる機能です。このような「Appleらしい機能」に対して「Handoff」というユニークな商標を付けています。

 

Apple Handoff
引用元:https://support.apple.com/ja-jp/HT209455

 

さらに近年、Apple社は「セキュリティ(プライバシー)意識の高いブランド」というイメージを確立しようとしています。

Apple プライバシー
引用元:https://www.apple.com/jp/privacy/

 

実際に実装される機能もそうですが、それ以上に「ユーザーのセキュリティを大事にしている」という「思想」面を訴求しているように見えます。

そのため、Appleブランドにとって、セキュリティ周りの機能やプロダクトは、「ブランド体験のキモ」の一つと言えます。実際に、セキュリティの高さを強くアピールしている機能やプロダクト等には、「FileVault」「Safari」「Siri」等のユニークな商標が活用されています。

以上のように見ていくと、Apple社は3.1で述べた方法論と一致する商標戦略を採り、その背景にあるブランド戦略と連動するものにしていることが窺えます。

4.価値をブランドに転化させる Apple の意匠戦略

4.1.ブランド体験を形作る情緒的価値が表れているデザインについて意匠権を取る

次に、意匠戦略について見ていきましょう。

事業に貢献する意匠戦略の一つの考え方として「技術的な利点がデザインに表れている箇所に意匠権を取る」というものがあります。

たとえば、ペンチの噛み合わせ部分の形状(対象物をグリップしやすくする効果のある形状)について意匠権を取得する事例があります。

このような例は、実質的に「技術的機能」を保護しようとするものであり、いわば特許の代用として意匠権を活用するという考え方です。

このような意匠権の活用方法も有意義ですが、私は「ブランド体験を形作る情緒的価値が表れているデザインについて意匠権を取る」という方法に注目しています。


なお、「情緒的価値」とは、 “便利” さを提供する機能面での価値(機能的価値)ではなく、人の “感情面” に働きかける価値のことです。ペンチの例で言えば、「対象物をグリップしやすくする効果」は機能的価値です。これに対し、バルミューダのLEDランタン「The Lantern」のボディ形状は、便利さを提供する形状というよりも、 “懐かしさ” と “モダンさ” の両方を感じさせる形状と言えそうです。このような感覚を人に提供する価値が「情緒的価値」です。

 

技術的機能(機能的価値)を保護した例
技術的機能(機能的価値)を保護した例
「ペンチ」の意匠(意匠登録第1521899号)
あご部について部分意匠を取得

 

情緒的価値を保護した例
情緒的価値を保護した例
「LEDランタン」の意匠(意匠登録第1664876号)
懐かしさとモダンさの両方を感じさせる形状について部分意匠を取得

 

「技術的機能」の保護を意図して意匠を活用しようとする場合、そのデザインが「機能的に代替手段があるか」という点を重視することになります。もし別のデザインでも同様の技術的機能を発揮できるのであれば、他社はその別のデザインを採用すれば意匠権を容易に回避できるからです。

一方、「ブランド体験を形作る情緒的価値が表れているデザインについて意匠権を取る」という方法論の場合はこれと異なります。

「機能独占」のための意匠権ではなく、背景にあるブランド戦略において訴求したい「情緒的価値」(ブランド・イメージの一部)を生み出すデザインについて意匠権を取ることで、その “ブランド的” に重要なデザインを自社のみが継続的に使用できる状況を作り出す、という考え方です。

情緒的価値と結びついた特徴的なデザインを独占・継続利用することのメリットは、デザイン自体が次第にブランドの「象徴」になっていくことです。「象徴」とはデザインを見ただけで特定のブランドを認識させ、かつ、直感的に「買いたい」と思わせる心象を抱かせるもの。つまり、デザイン自体が「商標」として機能するのです。技術的機能のためのデザインの場合は「みんなが優劣を競うもの」なので代替デザインのイタチごっこになりがちですが、このような「ブランドの象徴となるデザイン」の場合は “らしさを表すデザイン” なので競争の世界から離れることができます。

デザインがブランドの象徴に育てば、ブランディングを行うことで、ブランド価値だけでなく、デザイン&意匠権の価値をも高められます。この流れを作るためには単に意匠権を登録するだけでなく、ブランド・コミュニケーションを通じ、継続的にブランドの「認知」を育てる努力が必要ですが、成功すれば、機能的価値を超えた競合優位性を獲得できるでしょう。

4.2.事例検証:Apple社の場合(意匠)

ではこういった考え方で、Apple社の意匠登録を見てみましょう。

Apple社は、iPhoneの「ホームボタン」に関して意匠権を取得しています(意匠登録1351277号他)。そのうちの一つとして最もわかりやすい例は、以下に示す意匠登録1351277号かと思います。

この意匠登録は、スマートフォンのフロントガラス周辺を囲う「縁」と、フロントガラス下部中央にある「正円形のボタン」の『形状と位置関係』を独占するような内容になっています。

やや乱暴に説明すれば、 “図面に表れるような縦長長方形の筐体において、フロントガラス下部中央に「正円形のボタン」を一つ配置する” というデザインのスマートフォン(要するにiPhoneのようなホームボタンを持つスマートフォン)を、Apple社しか製造販売できないような状況を作り出す意匠登録であると言えます。

 

意匠登録1351277号の代表図面
意匠登録1351277号の代表図面

 

ここで注目したいのは、この意匠登録は、ホームボタンの「機能的側面」を独占できているわけではないということです。

意匠権の範囲(似ているデザインだと主張できる範囲)を考慮すると、もし他社がホームボタンの形状を「長方形」にした場合にはこの意匠権を回避できる可能性が高いと考えられます。

そうであれば、このホームボタンの「一つのボタンだけで操作できる」という機能的側面については、別形状のボタンを採用することで他社も実装できることになります(実際に、他社のスマートフォンで実装されています)。

つまり、この意匠登録は、「機能的に代替手段がないデザイン」について権利取得したものではないということです。

しかしながら、周知のとおり、iPhoneの「正円形のホームボタン」はもはやiPhoneの一つの「代名詞」の如く消費者に認知されています。

それは、iPhoneの「ホームボタン」が、Appleブランドらしさの一つである「限りなくシンプル」という思想的(情緒的)なアイデンティティの反映として、社会でいち早く採用したものであり、出発点として「Apple(iPhone)のブランド体験を形作る情緒的価値が表れているデザイン」だったからに他なりません。そして、それを一貫して継続的にiPhoneに採用し続けたからであると言えるでしょう。

すなわち、「機能的独占」ではなく「ブランド体験を形作る情緒的価値が表れているデザインについて意匠権を取る」というアプローチをしたからこそ、意匠登録をしたデザインがのちにブランドの「象徴」まで昇華され、これ自体が顧客吸引力の一つになるとともに、意匠権の価値も高まっているのです。

5.価値をブランドに転化させる Apple の特許戦略

5.1.ブランド体験を形作る技術について特許権を取る

最後に、特許戦略についても簡単に触れたいと思います。

特許を取得しようとする場合、真っ先に考えるのが「この技術は独占できたら市場で優位に立てるものか」ということだと思います。

しかし、これだけを考えると、ともすると「機能競争」の文脈での優位性を検討するにとどまってしまいがちです。つまりこれは「他社よりも便利になるか」という観点での価値判断です。

一方で私は「ブランド体験を形作る技術について特許権を取る」という考え方がよいと思っています。

この考え方において特許で保護しようとするのは、「利便性」や「技術上の効果」ではなく、「ブランド体験」です。

たとえその技術が「利便性」や「技術的効果」において他社技術と同等、あるいは劣っていたとしても、そのブランドらしい「ブランド体験」の実現に寄与する技術なのであれば特許取得の投資をすべき、という考え方です。

もしその「ブランド体験」が特定の技術を使わないと実現できないなら、その技術について特許を取得することで、その「ブランド体験」の独自性を維持しやすくなります。そのような特許であれば、その技術の「技術的価値」によってだけでなく、ブランディングによりブランド価値が高まるに従い、その特許権の価値も高まります。

5.2.事例検証:Apple社の場合(特許)

ではこういった考え方で、Apple社の特許を見てみましょう。

Apple社が、近年のブランド戦略において「セキュリティ意識の高いブランド」というイメージを確立しようとしている背景においては、「セキュリティ」周りの技術は「ブランド体験を形作る技術」となる可能性が高いと考えられます。

たとえばApple社は、2021年7月27日に米国で Face ID や Touch ID に関する新しい特許を取得しています(米国特許第11,073,712号)。

 

米国特許第11,073,712号の代表図面
米国特許第11,073,712号の代表図面(対応する日本移行出願の図面を利用して筆者作成)

 

これは「画面下埋込み型カメラによる Face ID と Touch ID の実現に繋がる特許取得」であると言えるような特許技術です。

iPhoneの現在の最新モデルでは、ホームボタンがないために指紋認証によるロック解除( Touch ID での解除)はできません。

顔認証によるロック解除( Face ID での解除)はできますが、そのための機構は画面上部にあるいわゆる「ノッチ」に搭載され、この部分が逆凸形状にディスプレイを侵食しています。

コロナ禍のマスク生活により顔認証がしにくくなったという環境変化もあり、これらのことが「セキュリティ」周りの体験において Apple らしい「シンプルさ」や「シームレスな体験」を阻害しているという見方もできます。

よって上記の特許技術は、現在の「ブランド体験における懸念点を解消する」ために有用になり得るものと評価できる。このように、技術的優位性の観点からだけでなく、ブランドの思想的に差別化された部分やブランド体験を形作る技術について特許を取得することで、 Apple のブランド価値が高まるに従い、その特許権の価値も高まると考えられます。

6.おわりに:  Apple のブランド価値は?

ここまで、 Apple を例に取りながら、価値をブランドに転化させる知財戦略を見てきました。

では、実際に Apple のブランド価値はどうなっているのでしょうか。

インターブランド社が発表するグローバルのブランド価値評価ランキング「Best Global Brands」によると、2010年から2020年までの10年間における Apple のブランド価値の推移は以下の図のとおりです。

 

Appleのブランド価値推移
Apple のブランド価値推移(インターブランド社「Best Global Brands」のデータを元に筆者作成)

 

このように、過去10年間にわたり Apple のブランド価値は約15倍と、大幅に高まっています。

一方で、ブランド価値が高まった要因のうち同社の知財権がどのくらい貢献しているのかはデータとして客観的には明らかではありません。

しかしながら、もし同社の知財権のうち「ブランド体験と結びつくもの」があるのであれば、ブランド価値が高まるに従ってそれに結びついた知財権の価値も高まるのは道理です。

ブランド価値が高まっているということは、それを生み出す「ブランド体験」の価値が高まったということ。そして、その「ブランド体験」を実現するために特定の「知財」が必要なのであれば、その「知財」の価値も高まる、という理屈です。

ここまで見てきたように、 Apple は知財とブランドを結びつけるのが上手です。

この意味で今後も私にとっては Apple は強い関心の対象になるでしょう。

もちろん、一消費者としても。

先月出たばかりの iPhone 13 Pro をつい買ってしまったのは、ここだけのヒミツです。

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