審査官はどうしてもこち亀を参照したかった? -こち亀アイデア関連の特許出願紹介 Vo.4-

本記事では、筆者が大好きな漫画である「こちら葛飾区亀有公園前派出所(以下、こち亀)」に登場するアイデア関連の特許出願を紹介します。Vo.1Vo.2 では、「こち亀のコミック発売後に出願された、似たアイデアに関する特許出願 or 実用新案出願」を紹介しました。そして前回の Vo.3 では、「特許出願に関する特許庁の審査において、実際にこち亀が参照された事例」を3件紹介しました。

今回は、前回に引き続き、実際に特許の審査で参照された事例について紹介します。こち亀愛好家の間で根強いファンが多い時代であるコミック第88巻に登場するアイデアです。内容を深堀りすると、前回紹介した3事例とは異なる面白い側面も見えてきました。

1.インスタントカメラ「ブーメランくん」(コミック第88巻)

今回紹介するのは、麗子達が派出所にてインスタントカメラ「写せます400」を使用しているシーンから始まる「戻って来てブーメランくん!の巻」です。(1994年2月発行、週刊少年ジャンプ 1994年9号)

こち亀 第88巻 P57より引用

使い捨てのインスタントカメラを回収してフィルムを詰め替えて売ることにより、お金儲けが出来るという発想に至った両さん。「なんかあくどい商法の気が・・・」と躊躇するカメラ屋のオヤジを独自理論で説得しつつ、新たなインスタントカメラのアイデアについて色々と検討していきます。

こち亀 第88巻 P58より引用

カメラの蓋を開け、文字を書いたセロテープを貼ることで、撮影する写真に対して好きな文字を写し込むことが可能となるアイデアです。秋本先生はこのアイデアを実践したことがあるのでしょうか?誰かに教えてもらったアイデアなのか、それともご自身で考えたのか・・お聞きしてみたいものです。

余談ですが、「セロテープ」はニチバン株式会社による登録商標です。世の中で広く使用されている言葉ですが、実は商標として登録されています。(商標登録第546229号:Toreru 商標検索リンク、商標登録第2220846号:Toreru 商標検索リンク 等)

では、上記こち亀アイデアに関連する特許情報を紹介していきます。特許の審査時に上記のこち亀が参照されている案件が2件あります。

2.審査事例1:ロゴを印画する使い捨てカメラ(出願日:1994年9月1日)

特開平8-6209(J-PlatPat リンク)

1件目は、フィルム4とレンズ5の間にプラスチック透明体3を挿入することで、所望のロゴ3’が印画された写真を現像できるカメラに関する特許出願です。図3, 図4を確認すると、上記こち亀のアイデアと似た技術であることがわかります。こち亀ではセロテープを使用している一方、本特許文献においては「プラスチック透明体」を使用しています。

特開平8-6209 図3(左), 図4(右)より

ところで、特許出願した発明が従来から世の中に知られた内容と似ていると、出願人はその内容で特許権を取得することができません。そのため、特許庁における審査では、従来技術と発明とを比較して、その発明を特許として認めていいかどうかを判断しています。そして、もし特許として認めるべきではないと判断された場合、「拒絶理由通知書」という通知が特許庁から送られてきます。(拒絶理由通知書については、前回の Vo.3 も参照ください)

では、本件における「拒絶理由通知書」を眺めていきます。

拒絶理由通知書(特許出願平06-208712, 起案日1997年4月3日)より

「意見書を提出されたい。」

出ました!拒絶理由通知書でよく用いられる「~~されたい。」という表現。これを冷たく感じるのは私だけでしょうか?企業知財部にて勤務時代、私は拒絶理由通知書を眺める度に感じていました。「意見書を提出してください。」とか「意見書を提出して反論することも出来ますよ。」と言っていただければいいのに・・・と。

それはさておき、拒絶理由について眺めていきます。

この拒絶理由通知書には、『この発明は出願よりも前に公に知られていた「刊行物」に記載されたものと同じだから、特許権を与えることが出来ないよ。』との内容が記載されています。そしてこの「刊行物」は引用文献とも呼ばれ、拒絶理由通知書の下部に一覧が記載されています。本件の場合、2件の文献が引用されていました。

拒絶理由通知書(特許出願平06-208712, 起案日1997年4月3日)より

あれれ?こち亀が登場していないじゃないか!

と思いながらも、更に拒絶理由通知書を読み進めていきます。

すると・・

拒絶理由通知書(特許出願平06-208712, 起案日1997年4月3日)より

ありました!こち亀の記載が。

この「先行技術文献調査結果の記録」とは、拒絶の理由について一通り説明した後、拒絶理由通知書の末尾に記載される内容です。これらは、「この範囲で先行技術を調査したよ。」「引用文献は別の文献を使用したけど、他にもこんな似た文献があるよ。」ということを出願人に知らせる目的で記載されています。

拒絶理由通知書を読んでみると、出願人が権利を取ろうとしていた内容(本願請求項1)は、こち亀第88巻の P58, P59 に同一内容の技術が記載されているとのこと。同一内容であれば、堂々と「引用文献」として君臨してもよかったのでは?と思いますが、審査官は、漫画を引用文献として使用するのは少々気が引けたのかもしれません。

ところで、「調査した技術分野」として、G03C・・・といった暗号が記載されています。これらは技術内容毎に付与されている特許分類であり、先行技術を効率的に調査するために活用されているものです。特許分類があることで、審査官がどんな範囲で先行技術の調査を行ったのかが分かりやすいですね。

しかし、よくよく眺めてみると、何か違和感が・・・

そうです。調査した範囲として特許分類が記載されていますが、その調査結果であろう「先行技術文献」として何故か真っ先にこち亀が記載されています。G03C・・・にて検索したら、特許分類が付与されたこち亀がヒットしたのでしょうか?(そんなわけない)

この審査官はこち亀愛好家で、どうしても拒絶理由通知書にその旨を記載したかったのかもしれませんね。

3.審査事例2:フィルム一体形カメラ(出願日:1992年11月26日)

特開平6-161047(J-PlatPat リンク)

2件目は、被写体像と所要パターンとを隣接させ合成画像として撮像することが可能となる技術に関する特許出願です。フィルムに設けられた背景画像領域14に基づいて、写真15における外縁背景部18が生成されるという内容です。図2においては、被写体である子供と一緒に、キツネのキャラクターを隣接させている例が示されています。

特開平6-161047 図1(左), 図2(右)より

これも、上記こち亀のアイデアと似ていますね。

「拒絶理由通知書」を見ていきましょう。

拒絶理由通知書(特許出願平04-316982, 起案日1998年3月11日)より

引用文献として8件の記載がありました。しかし上述の1件目の事例とは異なり、拒絶理由通知書の末尾には先行技術文献の情報がなんら記載されていません。いくら拒絶理由通知書を眺めても、こち亀に関する記載はありません。

それもそのはず。本件は、上記こち亀の掲載よりも前に出願されていたのです。拒絶理由通知書に記載される文献は、出願日よりも前に世の中に知られている情報に限られるのです。

でもおかしい・・(検索でヒットするのだから)記載されていないわけがない。

そう思って他の審査記録を確認したところ、見つけました。

出願人は上記の拒絶理由通知書を受けた後、拒絶内容に対して「いやいや、これは特許になるよ!」といった反論や、先行技術と比べて新しさを出すために、特許の権利範囲をより狭く限定する対応をしています。そしてその内容が審査官に認められ、無事「特許査定」となりました。

以下が、特許査定の通知です。

特許査定(特許出願平04-316982, 起案日1998年7月23日)より

特許査定となった場合の、お決まりの文章です。

更に下を眺めていくと・・・

特許査定(特許出願平04-316982, 起案日1998年7月23日)より

見つけました!

「参考図書雑誌」として、こち亀について最終頁に記載されています!

こち亀の掲載よりも出願日の方が早かったため、拒絶理由通知書ではこち亀に関して触れられなかったものの、最後の最後で「やっぱりこち亀についても記録として残しておきたい・・」と審査官が考えたということでしょうか。拒絶理由通知書における先行技術文献ならまだしも、特許査定の通知にて初めて参考文献として漫画が登場するというのは、他の案件では見たことがありません。

なお、上記紹介した2件の審査は、同一の審査官が対応されています。2件の審査状況について時系列に示すと、以下の通りです。(時系列の間隔が不揃いな点はご容赦ください)

審査官は、1件目の拒絶理由通知(1997.4.3)の時点で、コンパクトカメラに関する上述のこち亀を参照しています。しかし、その後の2件目の審査においては、こち亀の掲載よりも前に本件の出願がなされているため、拒絶理由通知(1998.3.11)ではこち亀を参照せず、特許査定(1998.7.23)のときに初めてこち亀を登場させています

前述のとおり、これら2件の審査は同一の審査官がご担当されています。2件目は出願日の関係で拒絶理由通知においてこち亀を参照することが出来なかったものの、審査官は、こち亀の存在が忘れられなかったのかもしれません。そして、特許査定時になって「やはりこの発明はあのこち亀アイデアが関連するし、参考情報として載せたろっ!」と思いついたのでしょうか。

真相は不明ですが、色々と想像が膨らんで面白い事案ですね。

なお、上記案件を担当した審査官は、雑誌記事におけるインタビューにて以下のコメントをされています。先行の特許文献のみならずこち亀をも参照して審査を行う審査官らしい、素晴らしいコメントですね。

昔からの多くの発明に対する感謝と敬意の念を忘れてはいけませんね。こうしたことが、知的所有権を考えるうえでは、大切な基本的モラルだと思います。

「創造教育を考えるシリーズ第2回 子供たちに創造の喜びを(2)」(「発明」2000年1月号(97巻1号 P51-54))より

4.さいごに

多くの場合、出願人にとって特許庁から拒絶理由通知書をいただくことはあまり嬉しくないものです。せっかくお金をかけて出願した案件が特許権になるか否か不明、検討に時間やお金がかかる、対応する期限が法律で決められている・・・等、拒絶理由通知書にはネガティブ要素が溢れています。

一方、特許庁の審査官は、特許権という強力な権利を出願人に対して与えるという責務があります。それは、非常に緊張感があるものと推察します。

多大なコストをかけて特許権の取得を目指す出願人と、自分一人の判断で特許権付与の可否を決めるという重責を担う審査官。

その様な緊張感がある中、本事例は、こち亀愛好家であろう審査官によって生み出されました。先人の発明に対する感謝や敬意の念を顕著に示す、素晴らしい事例と言えるのではないでしょうか。

以上

 

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