2024年3月16日に、北陸新幹線の金沢ー敦賀間が開通します。鉄道ファンのみなさまは心待ちにしていると思います。
私自身は北陸地方にはあまり縁がなく、前回が2019年、その前は2004年にいずれも自家用車で訪問しただけなので鉄道には乗れていません。また、北陸新幹線には東京-長野間でしか乗車したことがないので、開通後にはぜひとも乗りに行きたいと思います。
ただ、2024年1月1日に能登地方を震源とする能登半島地震が発生しました。本記事の執筆時において犠牲者も増えつつあり、行方不明者も多数いらっしゃいます。
犠牲者のご冥福ならびに被災地の復興をお祈り申し上げたいと思います。
さて、今回は鉄道×知財シリーズの第2弾です。JR各社はどのくらい知的財産に力を入れているのか、という点を紹介するとともに、特に私の地元であるJR九州について深掘りをおこなっていきます。
目次
ゲスト紹介
Mt.O:知財歴14年・九州在住の中堅企業知財マネージャー。鉄道をこよなく愛しています(特に乗り鉄、呑み鉄)。鉄道以外にも国内旅行が趣味で全都道府県を制覇しています。次の目標は全都道府県に宿泊することと、全都道府県で飲酒することです。いずれも残り4県ですが、こどもがまだ小学生なので、なかなか一人で出かけられないです。
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1、JR各社、どのくらい産業財産権を保有している?
まずはJR各社はどのくらい産業財産権を保有しているか気になるところですね。検索データベースを使って登録件数(調査日での保有件数)を調べてみました。
<JR各社の産業財産権保有数と売上高>
※調査日:2024/1/5 使用DB:CyberPatentDesk(特許・商標)、JP-NET(意匠)
※売上高:各社有価証券報告書・決算資料
どうでしょう!本州3社とその他4島会社で圧倒的な差がありますね。JR東日本の産業財産権は合計1890件と唯一の1000件越え。続くJR東海は888件、JR西日本は562件と500件を超えています。
一方で、JR北海道が131件、JR四国が130件、JR九州158件、JR貨物は100件を割る85件とかなり差がある数字。これは企業体力をそのまま表している気がしますが、みなさまいかが感じたでしょうか。
ただ、JR各社は売上高が大きく異なっています。そこで売上を特許件数で割った数字もつけてみました。特許1件あたりの売上高は概ね20億~50億円弱ですが、JR九州・JR貨物は特許1件あたり売上高120~144億円と数字が突出しています。
言い換えれば、他のJR会社と比較して売上規模と特許件数が割に合っていない(出願件数が少ない)といえそうです。2社にはもっともっと特許出願を頑張ってもらいたいと思います。
2、JR九州はどんな特許・登録意匠を保有している?
さて、ここからが本題。私の地元であるJR九州に焦点をあてて、興味深い特許・登録意匠をご紹介しようと思います。
決して「件数が少ないから」ではないですよ!
●特許第7046209号「軌間可変電車の制御装置」(出願日:2018/9/11)
みなさま「軌間可変電車」はご存じでしょうか?もしくは「フリーゲージトレイン」という言葉に聞き覚えはありませんか?新幹線(軌間1435ミリ)と在来線(軌間1067ミリ)の両方を走行することが出来る電車です!夢のある電車ですね。
しかし、残念なことに台車の不具合が解消されなかったことなどを理由に、2018年を最後に走行試験を中断して、そのまま開発が断念されてしまいました。
参考:フリーゲージトレイン開発事実上断念 関連設備近く撤去の方針|NHK 佐賀県のニュース(最終閲覧日:2024/1/9)
さて、地元九州では昨年西九州新幹線が武雄温泉-長崎間で開業しました。しかし、新鳥栖ー武雄温泉間は現状でも工事着手のめどがたっておりません。
当初は新鳥栖ー武雄温泉はフリーゲージトレインにて在来線を走行する予定でした。しかしフリーゲージトレインが開発断念されたので、国やJR九州はフル規格の新幹線を通したい、佐賀県はフル規格だと経費が大幅に上昇するため納得できない、と平行線をたどっております。
個人的には佐賀県の言い分に理があるとは思いますが、鉄道ファンの立場ではぜひとも早期にフル規格の新幹線を通してもらいたいものです。
フリーゲージトレインは、相当前にJR九州の小倉工場に停車しているのを見かけました。しかし、電車に乗っているときだったので、写真を撮り忘れてしまったのが残念です。。。
さて、本題の特許の紹介です。2018年に走行試験が中断されたとのことですが、この特許は2018年に出願されています。
図面からも軌間可変することが読み取れます。さらに請求項を見てみましょう。
【請求項1】
軌間変換区間において軌間が可変する軌間可変電車の制御装置であって、
複数の主電動機のトルクを一括制御するインバータと、
前記インバータの出力電圧を制御する電圧制御部と、を備え、
前記電圧制御部は、
複数の前記主電動機によって駆動される複数の車軸のうち、少なくとも一つの前記車軸が前記軌間変換区間の内部にあり、少なくとも一つの前記車軸が前記軌間変換区間の外部にあるとき、
複数の前記車軸のうち前記軌間変換区間の外部にある前記車軸の回転周波数の平均値を、前記主電動機の電気周波数に換算したものを基準周波数とし、前記基準周波数とすべり周波数指令とを加算して、前記出力電圧の周波数とする
ことを特徴とする軌間可変電車の制御装置。
権利の内容は軌間可変の構造ではなく、出力電圧の制御に関するもののようです。電気系は専門外なので詳しくコメントできませんが、軌間可変は相当昔から外国で実用化されていました。
ただ、外国の軌間可変は客車(動力なし)ですが、日本は電車(動力あり)の台車を可変する必要があるため、技術的に難易度が高く、かつ新幹線乗り入れということで高速性能も確保せねばならず、相当大変だったと思います。
前述のとおり、フリーゲージトレインは新幹線と在来線特急との乗り入れは断念しました。ただ、在来線同士であれば最高速度が低くなることもあり、近鉄にてまだまだフリーゲージトレインの開発は継続中のようです。今後が楽しみですね。
参考:フリーゲージトレインの開発継続判明、新技術が続々「鉄道技術展」 | 日経クロステック(xTECH)(最終閲覧日:2024/1/9)
●特許第6823313号「交流架線式蓄電池車」(出願日:2016/10/25)
続いては、交流架線式蓄電池車です。
JR九州では、非電化区間と電化区間の両方を走ることのできる列車「BEC819系」を2016年に投入しました。愛称は「DENCHA(でんちゃ)」です。
主な構造はJR九州のプレスリリースで公開されていました。
DUAL ENERGY CHARGE TRAIN – 架線式蓄電池電車 DENCHA今秋デビュー(JR九州プレスリリースより引用)
さて、こちらの特許の紹介です。投入と同時期の2016年に出願されている点が気になりますが。。。
図3は運転台機器と周辺装置の関連を示す図ですが、右下に「主回路蓄電池」などの装置が設けられているのが特徴的です。続いて請求項1も見てみましょう。
【請求項1】
交流電化区間を走行する架線走行モードと、非電化区間を走行する蓄電池走行モードと、を有する交流架線式蓄電池車であって、
前記交流架線式蓄電池車は、
前記交流架線式蓄電池車が交流電化区間から非電化区間に向かって走行するとき先頭車両となる第1先頭車両と、
前記交流架線式蓄電池車が非交流電化区間から電化区間に向かって走行するとき先頭車両となる第2先頭車両と、を含み、前記架線走行モードのとき、
架線から電力を集電する集電装置と、
電動機を制御する主変換装置からなる力行回路に前記集電装置が集電した電力を接続または遮断する遮断器と、
前記蓄電池走行モードのとき主回路蓄電池の電力を前記力行回路に接続または遮断する断流器と、
前記交流電化区間の側から前記交流電化区間と前記非電化区間の境界駅に進入する場合に当該境界駅の交流電化区間側軌道に敷設された第1地上子が発信する非電化セット信号、または、前記非電化区間から前記境界駅に進入する場合に当該境界駅の非電化区間側軌道に敷設された第2地上子が発信する電化セット信号を受信する受信手段と、
前記受信手段が前記非電化セット信号または前記電化セット信号を受信後に前記遮断器を遮断する力行回路制御装置と、
を備え、前記力行回路制御装置における制御手段は、
前記架線走行モードにおいて、前記交流架線式蓄電池車が交流電化区間から境界駅に進入したとき、
前記第1地上子が発信した非電化セット信号を受信し、
前記第1先頭車両および第2先頭車両を非電化セットし、
運転台モニタに警告表示し、
前記第2先頭車両の電化セット準備を行い、
前記力行回路を遮断状態として列車を境界駅に停止し、前記交流架線式蓄電池車が停止したあと、前記電化区間から前記非電化区間へ直進走行させる場合において、
乗務員が蓄電池走行モード起動スイッチを操作したとき、
前記遮断器を開放状態として、前記集電装置を降下し、前記運転台モニタにおける警告表示を停止し、
前記力行回路の遮断を解除、復旧するように力行回路を構成して、前記蓄電池走行モードを起動し、
当該蓄電池走行モードにおいて、乗務員が前記交流架線式蓄電池車を走行制御するマスコンが扱われたとき、前記第2先頭車両の電化セット準備を解除し、前記交流架線式蓄電池車が非電化区間を走行するように制御し、前記交流架線式蓄電池車が前記境界駅に停止したあと、前記電化区間から当該電化区間へ折返し走行させる場合において、
乗務員が前記第1先頭車両の運転台を前記第2先頭車両の運転台に交換する運転台交換スイッチを扱ったとき、
前記第1先頭車両および第2先頭車両を電化セットし、
前記運転台モニタにおける警告表示を停止し、
前記第1先頭車両を非電化セットに準備し、
前記力行回路の遮断を解除、復旧するように力行回路を構成して、前記第1先頭車両の非電化セットを解除し、係る状態において、乗務員により前記交流架線式蓄電池車を走行制御するマスコンが扱われたとき、
前記交流架線式蓄電池車が前記電化区間を走行するように制御する
ことを特徴とする交流架線式蓄電池車。
うーん。結構長い請求項ですね。
専門外なので詳細に読み解くのは難しいですが、電化区間を走行している蓄電池車が、電化区間と非電化区間との境界駅に到着した際、そのまま非電化区間を走行する場合と折り返して電化区間を走行する場合があります。そのいずれにも対応できるように制御を行うことに特徴がありそうな特許です。
この内容であれば、新車投入時期とは関係なく(新車そのものからはこの出願内容は理解把握できないでしょう)、新規性喪失の例外手続きは不要と思います。
ちなみに、「DENCHA」に関する私のエピソードですが、みなさま「大回り乗車」はご存じでしょうか。
大都市近郊区間での限定となりますが、いわゆる「一筆書き」での乗車で途中下車せず、当日中に行けるのであれば、区間内をどのような経路をたどってもよいというものです。例えば、東京から神田まで行く場合、通常は山手線の内回りを使うと思いますが、外回りで1周しても料金は変わりません。
参考:大回り乗車の基本ルールと絶対やってはいけない失敗例3つ(最終閲覧日:2024/1/9)
私も数年に一度、福岡近郊区間にて「大回り乗車」を楽しんでおります。九州になじみのない方のために経路を紹介いたします。
城野(日田彦山線)田川後藤寺(後藤寺線)新飯塚(福北ゆたか線)桂川(原田線)原田(鹿児島本線)吉塚(福北ゆたか線)長者原(香椎線)香椎(鹿児島本線)西小倉(日豊本線)南小倉
普通に乗れば一駅なので2,3分しかかからないのですが、この大回りのルートだと6,7時間は楽しめます!
(筆者撮影)
非電化の香椎線においては一部の列車がこの「DENCHA(でんちゃ)」で運行されております。幸い、私も大回り乗車中に乗車することができました。車内モニターで駆動状況が表示されたりして、息子ともども楽しみました。
(筆者撮影)
●意匠登録第1513818号「機関車」(出願日:2014/3/13)
続いては意匠権の紹介です。
こちらは、超高級クルーズトレイン「ななつ星in九州」の牽引機関車の部分意匠のようです。
少し気になって調べたところ、運行開始日(2013/10/15)よりも後に出願されています!
J-PlatPatで経過情報を確認したところ、当然のごとく意匠法第4条第2項(新規性喪失の例外手続き)を適用して出願され、無事に登録となっておりました。
ななつ星といえば、JR九州が誇る超高級クルーズトレインであり、現時点でのツアー料金は90万円からのようです!一度は乗ってみたいのですが、宝くじでも当たらない限り、まず無理そうです。。。
また、面白いことに列車だけではなく専用バスもあるんですよ!少し前ですが家族旅行でくじゅうを訪問した際、偶然このバスを見かけました。列車に負けず劣らずバスも豪華でした。
(筆者息子撮影)
3、JR九州の特急列車名、どのくらい商標登録されている?
ときどき、小4の息子と「鉄分補給」と題して入場券で駅に入ったり、乗り鉄の途中で時間をとっていろいろな列車(主に特急列車)を眺めていることがあります。
(筆者撮影)
やはり特急列車はカッコイイですね。
ということで、JR九州の特急列車名がどのくらい商標登録されているのか深堀りしてみました。
<JR九州の特急列車名と運行区間・登録件数>
先ほど紹介した「ななつ星in九州」に関する件数がトップで、次いで、最近運行を開始した豪華列車「36ぷらす3」です。あと、「ゆふ」についてもご紹介したいと思います。
<ななつ星in九州に関する商標登録>
文字商標・ロゴ商標ともに「旅客車による輸送」「宿泊施設の提供」という役務を指定しています。他にも、ななつ星で提供される飲食物やアメニティ関連・ノベルティ関連の商品役務もきちんと権利取得していますね。
ただ、飲食物やアメニティ関連・ノベルティ関連は多段書きにて、旅客車による輸送、宿泊施設の提供という役務関連は通常の文字商標となっています。何か使い分けているのかが気になります。
<36ぷらす3に関する商標登録>
ななつ星と同様に、文字商標・ロゴ商標ともに「旅客車による輸送」「宿泊施設の提供」という役務を指定しており、飲食物やアメニティ関連・ノベルティ関連の商品役務もきちんと権利取得していますね。
さらに、ななつ星では指定していない役務「区分41:セミナーの企画・運営又は開催,写真の撮影,娯楽施設の提供 など」をしっかりと権利化している点も気になりました。
36ぷらす3は、ななつ星に比べるとリーズナブルなので、いずれ時間を作って乗ってみたいと思います。
36ぷらす3には忘れられないエピソードがあります。
息子と最寄り駅から電車に乗って出かけようとした時のことです。偶然36ぷらす3が運転停車をしました。写真を撮ったりして楽しんでいたところ、運転手が降りてきて息子に簡単な記念品を手渡してくれて、帽子もかぶらせてもらいました。息子も大喜びでした。
(筆者撮影)
<ゆふ>
みなさま、なぜ「ゆふ」が登録になっているか疑問ではありませんか?由布市や由布岳といった地名にちなんだ列車名なので、普通なら商標登録できないと思いませんか?
実は「185YUFU EXPRESS」といったロゴでの商標登録でした。
商標登録第3013953号「185∞YUFU\EXPRESS」
<商標登録されていないJR九州の特急列車名>

続いては、商標登録されていない列車名をご紹介いたします。おおむね「地名」「施設名」「人名」のようです。これらは商標登録できないだろう、という判断がされたのかもしれないですね。
ただ、個人的に「海幸山幸」や「きらめき」は登録されそうだと思いましたので、少し調べてみました。
●商標登録第5324447号「海幸山幸」(出願日:2009/10/13 権利者:京屋酒造有限会社)
「海幸山幸」については、宮崎県日南市の酒造会社が商標権を保有しています。ただ、指定商品が「日本酒などの種類」であり、列車名とは特に関係なさそうです。そのため、JR九州がお酒以外の指定商品・指定役務を指定して出願すればまず登録になると思うのですが。少し気になるところですね。
●商標登録第3028758号「きらめき」(出願日:1992/9/18 権利者:JR西日本)
「きらめき」については、JR西日本が商標権を保有しています。指定役務も「旅客車による輸送」なので、ずばり列車名についての登録です。
Wikipedia情報にて恐縮ですが、「きらめき」の列車名は1988年3月13日から1997年3月21日まで、JR西日本が運行する北陸本線の米原 – 金沢間の速達形特急の愛称に用いられていたとのことです。
JR九州による「きらめき」は2000年3月11日から運行が開始されてますが、このようにほかのJRで採用されていた特急列車の名称をまったく別系統の特急列車の名称に採用するというのは比較的珍しいケースのようです。
前回ご紹介した「はやぶさ」「さくら」「みずほ」も、東京-九州間のブルートレインの列車名が新幹線の列車名になったケースですが、確かにこのようなケースはあまり聞き覚えがないですね。
おわりに~鉄道知財の奥はますます深い!
JR各社の産業財産権保有数を調べるとともに、JR九州について深掘り調査してみましたが、特許出願はもうちょっと頑張ってほしい、商標面ではきっちりと守っているかな、と思いました。
ただ、意匠については件数が非常に少なく、超重要と思われるななつ星について新規性喪失の例外規定を適用するなど、知財を守る仕組みをもっと強化した方がよいのではとも感じました。みなさまはどう受け止めたでしょうか。
他のJR会社や(本州会社は件数が多くて大変ですが)、大手私鉄についても知財の状況を深掘りするとまた違った結果が見えてきそうです。いずれ取り組んでみたいと思います。
ちなみに今回の記事は、知財実務オンライン「第7回LIVEライトニングトーク」にて発表した「鉄道シリーズ第2弾 JRと知財」を基にしたものになります。
ぜひともライトニングトークもご覧ください。