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タイトル100期なるか?羽生善治先生の伝説の一手を将棋駒商標から紐解く

数々の伝説的な記録を打ち立てている、羽生善治先生。1986年のプロデビュー以来、約35年をかけて通算99期のタイトルを獲得されています。これは文字通り前人未踏であり、そして空前絶後の記録ではないでしょうか。

2020年12月の竜王戦に敗れたため「タイトル通算100期獲得」はおあずけとなりましたが、きっとまたチャンスは訪れるはず。その新たな大記録へ挑戦する羽生先生の姿からは、向上心や探求心を忘れない生き方について学ぶことができます。

将棋は 9×9 の盤面上で繰り広げられる壮絶な頭脳戦です。初手から勝負がつくまで、駒を指すパターンは「10の220乗通り」あると言われています。(最近のゲームプログラミング研究の動向, 人工知能学会誌, 1995年)

10の220乗。10000000000・・と、0が220個も続く程の数。その無限に存在するパターンの中から、最善手と信じる一手を誰の力も借りずに指していくのが棋士です。多くの職業においては他人に相談しつつ仕事を進めることができますが、棋士は違います。

棋士はスポーツ選手と同様、その場の自己の力だけで闘いを挑む「アスリート」なのです。そして対局中に思考が研ぎ澄まされた棋士からは、他の棋士をも感嘆させる予想外の一手が生まれるもの。

そこで本記事では、羽生先生の「歴史的一手」を振り返っていきます。将棋ファンであれば誰しも知っている伝説の一手や、同世代の盟友を相手に大記録を決めた最後の一手など。いずれも歴史的瞬間を彩る一手です。

対局の選定は「将棋の駒風商標」を参考にしました。「竜王戦」等のタイトル戦に関する商標については、主催者や日本将棋連盟から商標登録出願されています。一方、その他の将棋関連の用語や駒の形(☖)を使用した商標は、様々な企業からの出願があります。

また、「観る将」にとっては、歴史的一手が生まれた場所も気になるところ。本記事では、対局場所である旅館 / ホテルに関する登録商標も取り上げました。中には、地域ブランドを守る商標権である「地域団体商標」が関連する場所にて繰り広げられた名局もあります。

歴史的一手を懐かしむとともに、その一手が刻まれた名所を感じていきましょう。(肩書は対局当時のもの)

伝説① 1986年 デビュー戦:☖4五銀打(宮田利男 六段 vs 羽生善治 四段)通算タイトル数:0期

羽生善治 デビュー戦

伝説①は、羽生先生のプロデビュー戦である第36期 王将戦 一次予選です。

「王将戦」商標登録

商願2019-127586

1985年12月18日に羽生善治四段が誕生。そして翌月に行われた宮田利男六段とのプロデビュー戦は、☖4五銀打の妙手を通じて羽生四段が勝利を収めました。ここから、通算勝利数歴代一位に向けた長い道のりがスタートします。(2021年3月28日対局分までで1481勝。日本将棋連盟HP

「銀将」商標登録

商標登録第234014号(株式会社増田製粉所)
出願日:1931年10月20日

参考記事:天才少年登場 ~羽生世代の衝撃―対局日誌傑作選―より(将棋情報局, 2018.4.18)

対局場所:将棋会館

伝説② 1989年 「伝説」の一手:☗5二銀打(羽生善治 五段 vs 加藤一二三 九段)通算タイトル数:0期

羽生善治 伝説の一手 第38回NHKテレビ将棋トーナメント

伝説②は、羽生先生における通算約2,100対局の中でも特に「伝説」とされる一手。伝説①と同様、「銀将」によるものです。デビュー戦から約3年後、NHK杯の準々決勝において加藤一二三九段相手に炸裂しました。

本対局の解説を務めた米長邦雄永世棋聖による感嘆の声と合わせて、伝説となった対局です。☗5二銀打は、”羽生マジック” を語る上で欠かすことのできない歴史的一手ですね。

参考記事:伝説の名勝負▲羽生善治五段(18)-△加藤一二三九段(49)戦、31年の時を経てアンコール放映決定(Yahoo ニュース, 2020.5.11)

対局場所:NHK 放送センター

「NHK」商標登録

商標登録第3048038号

伝説③ 1996年 七冠達成:☖7八金(谷川浩司 王将 vs 羽生善治 六冠) 通算タイトル数:24期

羽生善治 七冠達成

伝説③は「七冠達成」の一局。

前年度の王将戦にて谷川浩司王将に敗れて七冠達成を阻止された羽生六冠。七冠達成は夢に終わったか・・そう感じたファンも多かったはず。しかしその後、六冠全てを防衛し、谷川王将との王将戦に再度挑みます。そして破竹の4連勝によって七冠独占を達成した最後の一手が「☖7八金」でした。なお、当日の朝に羽生六冠は39℃の発熱を発症し、薬を飲んで対局に臨んでいたとのことです。(参考記事:25歳羽生まさかの発熱 96年、初の七冠目前の舞台裏, 朝日新聞デジタル, 2018.5.16)

七冠達成にて、通算タイトル獲得数は「24期」となりました。

「金将」商標登録

商標登録第234013号(株式会社増田製粉所)
出願日:1931年10月20日

対局場所:山口県豊浦郡(現:下関市)「マリンピアくろい」

「マリンピアくろい」商標登録

商標登録第3106320号(2005年権利満了)

伝説④ 2007年 永世王将達成:☗6五桂打(羽生善治 二冠 vs 佐藤康光 棋聖)通算タイトル数:66期

羽生善治 永世王将達成

伝説④は「永世王将達成」の一局。

王将戦は、名人戦に次いで伝統のあるタイトル戦。そして永世王将の称号の獲得には「王将位10期」が必要であり、他のタイトル戦の永世称号獲得と比べて高いハードルがあります。3勝3敗のフルセットとなり、決戦の地:佐渡島へ。そして111手目(☗6五桂打)の後、佐藤康光棋聖が投了しました。

「桂馬」商標登録

商標登録第2049917号(木戸酒造合名会社)
出願日:1985年3月15日

同世代の盟友を破り、これで5つ目の永世称号を獲得。残る永世称号は「永世名人」「永世竜王」の2つです。そして永世王将の達成にて、通算タイトル獲得数は「66期」となりました。

対局場所:新潟県佐渡市「ホテル大佐渡(HP)」

「癒しの湯 ホテル大佐渡」商標登録

商標登録第4230452号(2019年権利満了)

伝説⑤ 2008年 馬のタダ捨て:☗5五馬(羽生善治 二冠 vs 佐藤康光 棋王)通算タイトル数:67期

羽生善治 馬のタダ捨て

伝説⑤は、伝説④と同じく佐藤康光棋王との一局。約300人のファンの前で行われた「公開対局」にて、その一手は生まれました。

「棋王戦」商標登録

商標登録第3007061号

1分将棋となった終盤のスリリングな攻防の中、挑戦者である羽生二冠が盤面の中央に☗5五馬を叩き込みます。目の前には佐藤棋王の「歩」があり、馬のタダ捨てにも見える一手。しかしこれが功を奏し、187手の大激戦の末に羽生二冠が勝利しました。

「馬」商標登録

商標登録第4972170号(株式会社須佐製作所)
出願日:2005年12月7日

本対局は1分将棋となってから80手以上指された熱戦となり、多くの棋士から感嘆の声が上がった対局です。「将棋名勝負2006-2012 -プロが選んだ70局-(日本将棋連盟, 2014年)」にて、2008年第5位に選出。

対局場所:グランドプリンスホテル京都(現:ザ・プリンス 京都宝ヶ池, HP

伝説⑥ 2008年 永世名人達成:☗3二金(羽生善治 二冠 vs 森内俊之 名人)通算タイトル数:69期

羽生善治 永世名人達成

伝説⑥は「永世名人達成」の一局。伝説③にて七冠を達成したときと同様、最終手は「金将」でした。

「名人戦」商標登録

商願2019-127583

挑戦者である羽生二冠。将棋界最高峰のタイトルである名人位の永世称号をかけて、小学生時代からの盟友:森内俊之名人との対局です。プロデビュー以降、羽生先生が七冠を達成する等の大活躍をみせた後、森内先生はじわじわとタイトル獲得&防衛を続けます。そして森内先生は2007年に「名人位通算5期」を達成し、羽生先生よりも先に永世名人の称号を獲得しました。

前年に永世名人を獲得したライバルとの第66期名人戦。羽生二冠の3勝2敗で迎えた第6局。最後の105手目「☗3二金打」を放った羽生二冠の右手には「震え」がありました。これは勝利を確信したときに起こるもの。そしてその数分後、森内名人の投了によって幕を閉じました。切磋琢磨してきた同世代の盟友を相手に勝利し、6つ目の永世称号である「永世名人」の獲得です。これにて通算タイトル獲得数は「69期」となりました。

本対局が行われた天童ホテルは、羽生先生が1995年に「永世棋聖」を達成した場所でもあります。(第66期棋聖戦五番勝負第3局, 対 三浦弘行五段)

対局場所:山形県天童市「天童ホテル(HP)」

「天童ホテル」商標登録

商標登録第3079496号

そして天童市は、将棋駒の一大生産地。毎年4月の「天童桜まつり」では「人間将棋」が催されます。これは一般公募で集まった武者達が鎧甲を身に纏い、将棋駒になり変わって対局を行うものです。(新型コロナウィルスの影響で令和3年度は中止)

 

「天童市の将棋駒文化~生産者の想いと人間将棋~」
天童市公式チャンネル(Youtube)

なお、天童市のシンボルである将棋駒は、市のロゴマークにも採用されています。

天童市のロゴマーク

天童市のロゴマーク
商標登録第5675782号

伝説⑦ 2012年 金合いに守られた王将:☗8四金打(羽生善治 二冠 vs 渡辺明 竜王) 通算タイトル数:80期

羽生善治 金合いに守られた王将

伝説⑦は、所謂「伝説の金合い」によって羽生二冠の王将が守られた一局です。

NHK杯決勝戦にて、玉が必至状態である渡辺竜王による王手攻めを凌ぐ見事な一手となりました。その他の持ち駒を打っていたら王将が詰んでしまうところ、30秒という短い持ち時間内で「☗8四金打」が炸裂。その後、☖9四歩打 → ☗同王 と、8四金によって守られつつ王将が逃げることに成功する姿が印象的な一局でした。

「王将」商標登録

商標登録第53404号(株式会社増田製粉所)
出願日:1912年6月1日

対局場所:NHK 放送センター

なお、駒風商標「王将」は、1908年設立の製粉会社である株式会社増田製粉所が保有しています。「銀将」「金将」に続いて、3つ目ですね。「王将」は100年以上前に出願されており、将棋の歴史を感じることができます。

伝説⑧ 2015年 歩の成り捨て:☗6二歩成(羽生善治 棋聖 vs 豊島将之 七段)通算タイトル数:92期

羽生善治 負の成り捨て

伝説⑧は「歩の成り捨て」です。新進気鋭の豊島将之七段を挑戦者として迎えた棋聖戦にて誕生しました。

「棋聖戦」商標登録

商願2019-127587

6二にある豊島七段の金に対して羽生棋聖が「☗6三歩打」を指し、豊島七段は金を引いて「☖6一金」。伝説⑧はこの後に誕生しました。直前まで豊島七段の金がいた場所への「☗6二歩成」です。

「と」商標登録

商標登録第6192713号(公益社団法人日本将棋連盟)
出願日:2018年10月15日

これは、直前の「☗6三歩打」を全否定するかの様な一手。自己の過去の行為を否定するのは勇気がいることですが、羽生棋聖は、棋聖戦という大舞台にて決断の一手を指しました。歩を一枚損することになるものの、別の最善手と思われる一手が見つかったのかもしれません。この一手が功を奏したのか、羽生棋聖は見事に勝利を収めました。そして3勝1敗にて棋聖位を防衛。通算タイトル獲得数は「92期」となりました。

本局からは、過去に縛られず、現状から最善の一手を探ることが肝要であることが学べます。これは人生においても同様ですね。

対局場所:新潟県新潟市「高志の宿 高島屋(HP)」

「高志の宿」商標登録

商標登録第3116986号 *2006年権利満了

伝説⑨ 2017年 永世七冠達成:☗4三銀打(羽生善治 棋聖 vs 渡辺明 竜王)通算タイトル数:99期

羽生善治 永世七冠達成

伝説⑨は「永世七冠達成」の一局。

「竜王戦」商標登録

商標登録第6154584号

羽生棋聖は、永世七冠の最後の1ピースである「永世竜王」をかけて、竜王位を通算11期獲得している渡辺竜王に挑戦します。3勝1敗で迎えた第5局。大記録達成に向け、冷静に渡辺竜王の王将を追い詰めます。そして羽生棋聖の最後の一手は、伝説①にて紹介の「伝説の一手」でも活躍した銀の登場。☗4三銀打にて、永世七冠を達成しました。通算タイトル獲得数は「99期」です。

決戦の地は鹿児島県指宿市「指宿 白水館(HP)」。指宿に古くから伝わる「砂むし温泉」が堪能できる旅館です。なお、「指宿温泉(商標登録第6330786号)」「指宿砂むし温泉(商標登録第6330787号)」は、いずれも地域団体商標として登録されています。(参考記事:地域団体商標ってなに?メリットや事例を解説!-地域ブランドの強い味方-

「指宿 白水館」商標登録

商標登録第5669235号

さいごに:タイトル100期へ向けて

以上、将棋の駒風商標をきっかけとして、羽生先生の歴史的一手を振り返りました。「神武以来の天才」加藤九段や同世代の盟友との一局など、ファンにとっては非常に思い出深い対局ばかりです。

2021年3月現在、将棋界の8つのタイトルを4人が分け合っています。

 渡辺明 名人・王将・棋王
 豊島将之 竜王・叡王
 藤井聡太 王位・棋聖
 永瀬拓矢 王座

彼ら  ”四天王” を破ることは勿論の事、そのタイトル戦の挑戦者になる道程は非常に険しいもの。しかし、羽生先生なら…と期待せざるを得ません。現状、100期をかけたタイトル戦は2021年6月開幕予定の第62期「お~いお茶杯王位戦」が最短です。もし挑戦者となれば、藤井聡太二冠(王位、棋聖)との対戦となります。

藤井聡太二冠 vs 羽生善治九段のタイトルマッチ。

実現すれば盛り上がること間違いなし。タイトル100期獲得を目指した大一番にて、「伝説⑩」が生まれることを心待ちにしております。

(参考文献)
将棋世界Special愛蔵版『永世七冠 羽生善治のすべて』-マイナビ出版(日本将棋連盟発行), 2018年2月18日

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