『特許庁が運営するスタートアップ知財支援サイト』、あなたはこう聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。
「固そう」、「つまらなさそう」、「誰も見てなさそう」・・・。スイマセン、正直に言うと私もそんなイメージで、ちゃんとサイトを見てませんでした。
そんな印象が一変したのは、Twitterをやっていたある日。「IP BASEってアカウントからフォロー来たな」と思って何気なくチェックすると・・・。
フォロワー3000人近くで、フォローも4000人!?ツイートも8000件超えってめちゃくちゃガチで運用してるやん・・。自分の何倍もフォロワーがおるで・・。
衝撃を受けて『IP BASE』の公式サイトに行ってみると、なかなか面白そうなコンテンツが揃っています。
これは、あるあるな「お役所サイト」とは一味違う。いったいどのような方々が、コンテンツを作って配信しているのか?がぜん興味が湧いてきます。
そこで今回は特許庁スタートアップ支援チームで、『IP BASE』のサイトやTwitterの運営をされている鎌田さん・今井さん・櫻井さんにお話を伺いました!
鎌田さん:特許庁総務部企画調査課 ベンチャー支援班長(ベンチャー支援業務の統括)
今井さん:同課 ベンチャー支援係長(『IP BASE』の運営・イベントの開催)
櫻井さん:同課 工業所有権調査員(『IP BASE』の運営・イベントの開催)
特許庁がスタートアップ支援に本気で取り組む上で、『IP BASE』に託した役割とは?早速スタートです。
スタートアップ支援チームの皆様 × ちざたまご
目次
1、『IP BASE』はどうして立ち上がった?
―本日インタビューさせて頂く皆様の役割について、まずは教えてください。
鎌田:現在、特許庁の「スタートアップ支援チーム」には職員7名(兼務含む)が所属しているのですが、今日のオンラインインタビューには3名が参加しています。
私が班長という立場でスタートアップ、ベンチャー支援事業を統括し、今井・櫻井は『IP BASE』のコンテンツ制作・各イベントの開催といった実業務を担当しています。誰か1人が『IP BASE』をまるごと担当するのではなく、サイト内のコンテンツごとに分業していますね。
―なるほど、そもそも「スタートアップ支援チーム」の業務において、ウェブサイト『IP BASE』とはどのような位置づけなんでしょうか?
鎌田:もともと、「スタートアップ支援チーム」が結成されたのは2018年7月でした。スタートアップを知財面で支援し、日本の知財活用をさらに促進しよう、というのが結成の目的なのですが、我々が「スタートアップの皆さん、支援しますよ!」と既存のチャネルで叫んでも、なかなかターゲットには届かない。
―確かに、創業まもない企業が、「うちの知財戦略、どうすれば良いですか?」といきなり相談窓口へ相談に来ることは少なそうですね・・。
鎌田:立ち上げ間もないスタートアップは、資金繰り、人材確保、営業、事業の黒字化・・・などなど、最優先で対応しなければならない事項ばかりで、正直「知財」どころじゃない企業が多いです。知財の優先順位が低いどころか、眼中にない会社もある。
そんな現実の中、どうやってスタートアップと知財が繋がりを持っていけるか?少しでも関心を持ってもらうのにはどうすれば良いのだろうと考え、『IP BASE』を立ち上げました。
☆『IP BASE』のコンセプト:
- スタートアップが「まず見る」サイト
- 知財専門家と「繋がる」サイト
第一の役割は、スタートアップが最初に知財に触れる『ポータル』機能です。具体的には「知財3大メリット」や、「知財の基本ルール」など、基礎知識のコンテンツを充実させています。「起業をお考えの方に」という、‟スタートアップ前段階”向けのコンテンツもあります。
―ただ、せっかく知財の基礎知識を身に付けても、忙しければ何となく忘れて終わってしまいますよね。次に知財を思い出すのは、警告状が来たとき、なんてことも・・。
鎌田:おっしゃる通り、1回『IP BASE』に来て頂いて終わり、ではスタートアップ支援に繋がりません。そこで、もう1つの役割として『コミュニティ』機能を大切にしています。
具体的には、IP BASE内に「無料メンバー制度」があり、メンバーになると、より深い知財知識を学べる限定コンテンツを閲覧できたり、会員同士の勉強会に参加できたりします。知財専門家もメンバーになれるので、現在一般メンバー約700人、専門家メンバー約240人と、合計で1000人近い人数のコミュニティがあります。
知財にちょっと関心を持ったスタートアップの方がまずは『IP BASE』の一般コンテンツで基本を学び、「自社でも知財戦略考えたいけど、どうしたら進められるかな」と悩むようになったらメンバー登録をして、より深い知識や仲間を得てもらうという流れです。
―かなりメンバー向けコンテンツが充実しているんですね。無料ならコミュニティに入ってみたい方も多そうです。私も先日、登録しました。
鎌田:ありがとうございます。スタートアップと知財関係者の「マッチングの場」としても活用されることを意図しており、どんどん参加者を増やしていきたいですね。
2、特許庁がTwitterをガチ運用する理由
―今回、インタビューをお願いしたきっかけは、「特許庁がTwitterを積極的にやっている」ことへの驚きだったのですが、どんな方針でTwitterは運用されているんでしょうか?
今井:「従来の役所的なツイッターでは必要な方々に真に刺さっているかというと、必ずしもそうなっていないのではないか?知財にそれほど関心の無い方々の【行動に変化を起こさせる】にはどうしたら良いか?」、といったことを考えています。
そこで、スタートアップの知財担当者・経営者、弁護士、弁理士から、ベンチャーキャピタル、技術者、スタートアップ以外の企業の知財担当者などなど、少しでもスタートアップの知財に関わりそうな方を『IP BASE』アカウントではフォローしています。
―フォローを約4200人も自発的にしているのは「公式アカウント」にしては珍しいなと思いました。正直なところ、相互フォロー狙いのところもあるんでしょうか?
今井:もちろん自分たちのフォロワー数を増やしたい気持ちが全くない訳ではないのですが、それよりは「『IP BASE』公式アカウントがフォローした方・フォロワー同士での交流」が生まれると良いなと考えています。
『IP BASE』から一方的に情報を発信するだけでなく、我々が「良い情報だな」と思った投稿をリツイートし、それをフォロワーさんに見て頂く。我々のアカウントが知財に関するコミュニケーションの「媒介」になれば、それは支援の1つになるのではと。
―なるほど、フォロワーの人数を追うため・・ではなく、多くの知財に関心がありそうな人と繋がり、新しいネットワークを生み出すために、Twitterを運用しているんですね。
ちなみに『IP BASE』ではメルマガも発行されていますが、Twitterの情報発信と住み分けはされているんでしょうか?
今井:Twitterは文字制限もありますから、『IP BASE』の新コンテンツ紹介やイベント告知が中心です。それに対し、メルマガはメンバー登録者限定コンテンツなので、読者層を「知財に具体的な関心を持ち始めている」スタートアップメンバーと想定し、専門家によるコラムなど、より具体的なお役立ちコンテンツを盛り込んでいます。
―Twitterとメルマガでは役割が違い、補完関係にあるということなんですね。
情報発信といえば、『IP BASE』ではイベントも積極的に開催されています。ただ、今年はコロナ禍の影響があり、どのように対応されているのでしょうか。
今井:2020年4月7日にコロナ禍に伴う「緊急事態宣言」が発出され、『IP BASE』で企画していたミートアップイベントは延期になってしまいました。可能な形でイベントを開催していこうと考え、6月にはオンライン限定で「先輩起業家から学ぶ‟スタートアップが知っておくべき商標のこと”」セミナーを開催しています。
「先輩起業家から学ぶ“スタートアップが知っておくべき商標のこと”」セミナーを開催しました!(IP BASEイベント紹介コーナーより)
―Toreru代表取締役の宮崎も登壇者の1人として参加したイベントですね。今年、オンラインイベントに切り替わり、変化はあったのでしょうか?
今井:まず、『IP BASE』イベント自体の参加者数はコロナ禍以前よりも増えました。オンライン化によって東京以外の方も気軽に参加できるようになり、裾野を広げる効果があったのではないかと思います。北海道・九州、中には海外からも参加頂いています。
一方、オンライン形式ですと、どうしても参加者との掛け合いが減り、登壇者からの情報を一方通行で伝える・・という内容にもなりがちです。そこで、今後は「オンライン配信」は継続しつつも、コロナ禍の状況が改善すれば、人数を限定してリアル会場に参加できるようにするハイブリッド形式も検討中です。
―オンライン・対面、それぞれの良さを取り入れたイベントが開催できるようになれば良いですね!
3、商標の「しくじり」にご用心
―それにしても、スタートアップ×知財というと、「自社の技術・アイディアをどのように特許化するか」や、「他社の特許権をどうやって回避するか」というような、特許に関する話題が中心です。スタートアップにも、商標権に関するニーズはあるのでしょうか。
櫻井:私は、支援事業の一環として様々なスタートアップ企業との面談を行っているのですが、その中で商標に関する相談もたびたび寄せられます。
良くあるのが「サービス名が他社に商標登録されていたようで、どうすれば良いか」という相談。社名が他社に商標登録されていることが分かり、青くなって相談に飛び込んできたケースもありました。
―自分たちが商品・サービスを提供する権利範囲で、社名がすでに他社に商標登録されていたら厳しいですね。社名を変えるか、又は交渉して何とか使用させてもらうか・・。
櫻井:そのようなケースは、会社やサービスの立ち上げ時点で商標調査を行っていなかったことがほとんどです。そもそも「商標が事業リスクになる」という発想がないんですね。
―他社が商標登録していることを知らずに使用していれば、警告状が来るだけでなく、最悪、訴訟による差止め請求なんてこともありますよね。
櫻井:「警告状が、知財との出会い」なんてケースも見てきていますが、不幸なスタートはして欲しくないなと。そこで、IP BASEではメルマガで「商標で気を付けるべきポイント」の専門家コラムを配信しました。過去分は会員向けの「アーカイブ」コーナーにも掲載されています。
『IP BASE』会員向けアーカイブコーナーより
―「コーヒー豆」の新商品を売ろうとするユーザー目線で、商標で気を付けるべきポイントを紹介しているのがいいですね。
櫻井:はい、スタートアップの方に、少しでも身近に感じてもらえるよう工夫しています。改めてお伝えしたいこととして、会社やサービスの立ち上げ時には「商標」を必ずチェックしようと。もし他社の商標権を侵害してしまっている場合、後になればなるほどダメージが大きくなってしまいます。
―商標権侵害の世界で、「知らなかった」は通らないですからね・・。会社やサービスの名前が売れてきてから名称変更するのはキツいですから、商標でしくじらないよう、事前の調査・出願は本当に大事だと思います。
4、『IP BASE』の‟推し”コンテンツは?
―『IP BASE』には、商標以外にもさまざまなコンテンツがありますが、せっかくなのでインタビューしている皆さんに、それぞれイチ推しコンテンツを教えて頂けますでしょうか。
鎌田:もちろん「全部お勧めです!」と言いたいところですが(笑)、特に思い入れがあるコンテンツを1つ選ぶとすると、私は『スタートアップエコシステムと知財』です。
スタートアップエコシステムと知財 – 特別企画 -|IP BASE
このコーナーは、ベンチャーキャピタルなどスタートアップに投資する立場の方にインタビューしているのが最大の特徴です。
「他社の知的財産権に気を付けて」とか、「知財戦略を持ちましょう」と我々が呼びかけるだけでは、なかなかスタートアップまで届かない。忙しいので知財どころではないと。
一方、スタートアップに資金を出す立場の方から、「事業に適した知財戦略を持ち、特許出願をすれば、投資家の評価が高くなる」とか、「上場時の時価総額を高める効果がある」という話をして頂くと、全く受け止められ方が違います。
―知財の事業上の役立て方を、投資家の立場で語ってもらう。それならスタートアップの経営陣にも響きそうですね。
鎌田:日本のスタートアップは諸外国に比べて「知財意識」がまだまだ低いとも言われているのですが、『IP BASE』でベンチャーキャピタル目線での「知財活用のメリット」を紹介していくことで、その点も変えていければと思います。
―次に、今井さんの「イチ推し」コンテンツは何でしょうか。
今井:私は、『事例集』を推したいですね。『IP BASE』では、スタートアップ関係者に向けて種々の事例集を公開しています。例えば、2020年4月に公開された『知財戦略支援から見えたスタートアップがつまずく14の課題とその対応策』では、「技術を秘匿すべきか、権利化すべきか見極めができない」とか、「大学や他社と共同研究する際は、どのように権利の帰属を定めるべきか」など、現実に直面しがちな課題と、その対処法をまとめています。
知財戦略に関心が出てきたスタートアップの方はまずこの資料を読んで頂くと、色々なトラブルを未然に防げると思います。
また、少し視点の異なるものとして、『ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き~よくある知財の落とし穴とその対策~』があります。こちらは投資家がベンチャー企業の知的財産を評価し、知財戦略の立案や実行を支援していく上で注意すべき点についてまとめた手引きで、ベンチャー企業の投資ラウンド別に、国内外の実例に基づいて、陥りやすい落とし穴を整理し、その対策をまとめています。
ベンチャー、スタートアップの知財戦略を強化するためには、創業期から付き合っている投資家のアドバイスが鍵を握ります。また、投資家はアドバイスだけでなく、企業に必要な知財戦略のコストを資金面から支えることができます。
これから知的財産の評価・支援を行おうと考えている投資家みなさまに、ぜひ読んでもらいたいと思います。
ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き~よくある知財の落とし穴とその対策~
―過去の事例を現在に活かせるよう、積極的に事例集を読んでいただけると良いですね。櫻井さんはいかがでしょうか?
櫻井:私は、『CEOが語る知財』をお勧めしたいなと。抽象的な‟知財のメリット”だけを聞かされても、いまいち現実感を持ちにくいものです、そこでこのコーナーでは「先に創業したスタートアップ、ベンチャー企業がどう知財を活用し、壁を乗り越えたか?」という具体的なエピソードを紹介しています。
―先輩の背中を見せるというコンセプトですね。「CYBERDYNE」など著名なベンチャー企業のCEOインタビューが載っているのも興味深いです。
鎌田:このように『IP BASE』にはさまざまなコンテンツがありますので、目的やニーズに合わせてうまく利用して頂ければと思います。
5、最後に~ IP BASE AWARD 第2回 やります!
―今回は、特許庁が『IP BASE』をなぜ立ち上げたかや、Twitterの活用・お勧めコンテンツについてお話を伺ってきました。最後に、読者へ「これは伝えたい」というネタはあるでしょうか?
鎌田:特許庁が表彰するアワード企画『IP BASE AWARD』の第2回を開催します!
このアワードは、知財全般に関しめざましい活動をされている方々を、「知財専門家」、「スタートアップ」、そして「エコシステム」3つの枠で表彰しようというものです。それぞれの枠でグランプリを決定するだけでなく、さらに‟奨励賞(複数)”も設けています。
受賞された方には、独占インタビュー記事の配信や、授賞式のプレス取材もありますので、「自社やご自身を広く世の中に知ってもらう」機会としても活用いただけます。
2020年のスタートアップ×知財のベストプレイヤーを表彰する「第2回IP BASE AWARD」エントリー募集開始!
☆知財専門家部門
応募条件:スタートアップ支援に意欲的に取り組んでおり、その支援によりスタートアップの知財戦略構築に貢献している知財専門家または団体。
【第2回IP BASE AWARD】「知財専門家」部門エントリーフォーム
☆スタートアップ部門
応募条件:戦略的な知財権の取得、活用などを積極的に実施している、未上場かつ創業8年以内のスタートアップ。
【第2回IP BASE AWARD】「スタートアップ」部門エントリーフォーム
☆エコシステム部門
応募条件:スタートアップに対し知財を積極的に活用した評価や支援、啓蒙活動を行うなど、国内スタートアップエコシステムにおける知財意識の向上に貢献している個人(投資家、アクセラレーター、支援家など)、コミュニティ・団体。
2021年1月31日までエントリーを受付けておりますので、われこそはという方は、どんどん応募して頂きたいです。
―「自薦」制度があるのが、スタートアップっぽくて面白いですね。表彰も誰かから与えられるのを待つだけではなく、積極的に自分の活動を売り込んでいこうと。
鎌田:『IP BASE』としてもユーザーが来てもらうのを待つだけではなく、知財を多くの人に知ってもらい、活用してもらうために、どんどん世の中に出していきたいと思います。
スタートアップや知財専門家、そして投資家の方と「繋がる」ことで、知財の世界を広げていければと思いますので、スタートアップ支援チーム一同、よろしくお願いいたします!
左より
鎌田 哲生さん:特許庁総務部企画調査課 ベンチャー支援班長(ベンチャー支援業務の統括)
今井 悠太さん:同課 ベンチャー支援係長 (『IP BASE』の運営・イベントの開催)
櫻井 昭喜さん:同課 工業所有権調査員 (『IP BASE』の運営・イベントの開催)
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☆ スタートアップ支援チームの皆様、ありがとうございました。「知財を身近にする」がToreru Mediaのビジョンなのですが、思いは同じだと取材を通して改めて感じました。
皆さんもぜひ一度、『IP BASE』を覗いてみてください!