2024年9月、「ポケモンVSパルワールド」の特許訴訟が大きな話題となりました。原告は任天堂とポケモン社、被告はポケットペア社です。任天堂の公式ページにも訴訟に関するリリースが掲載されています。また、ポケットペア社からも声明が公開されました。
任天堂:株式会社ポケットペアに対する特許権侵害訴訟の提起について(2024/09/19)
ポケットペア:特許権侵害訴訟に関するご報告(2024/11/8)
この訴訟に対して、世の中では原告である任天堂&ポケモン社を支持する意見、批判する意見が分かれていました。
- 原告支持:パルワールドは「ポケモンシリーズ」の模倣の要素が多すぎる作品で、ポケモンシリーズに対するリスペクトも薄かった。「ポケモンシリーズ」にただ乗りした作品であるから訴えられて当然である。
- 原告批判:ゲームの世界では先行作品の要素を取り入れつつ、ブラッシュアップして世に出すのが一般的。任天堂のようなゲーム業界の巨人は多くの特許を持っているが、その権利が振りかざされると「ゲーム制作の自由度」がなくなり、ゲームの多様性が害される。
参考:【解説】「パルワールド」訴訟 割れる見解 今後を考えると静観できず(河村鳴紘) – エキスパート – Yahoo!ニュース
ともあれ(株)ポケモンと任天堂は「特許訴訟であれば勝ち目がある」と判断して、係争に踏み切ったと考えられます。任天堂は最強法務部という呼び名がネットミームになるぐらいの会社です。勝算については一定の蓋然性があるでしょう。
ちなみに著作権侵害が成立するか?は下の記事で検討されており、「一部のキャラクターでは侵害が成立し得るが、微妙なライン」とされています。
もし自分が原告の立場であっても、著作権訴訟だと裁判の結果が予測しづらいので、侵害認定がより明瞭になるだろう特許訴訟を選択するとは思います。
ただ、1人のゲーム好きとしては、「パルワールドは確かに行儀が悪かったけど、ゲームの世界で特許紛争が入り乱れるようになったら面白いゲームが作れなくなっちゃんじゃないの?」という不安はあります。
実際、2024年10月にスマホゲーム「メメントモリ」の運営会社が、セガより特許権侵害を理由に10億円の損害賠償請求を受けたとリリースを出し、話題になりました。
当社に対する特許権侵害差止等請求訴訟の提起に関するお知らせ(株式会社バンク・オブ・イノベーション)
結局のところ、パルワールド事件から考えるべきは「パルワールドは訴えられて当然だったか」ではなく、「ゲーム特許の存在が、新しいゲームの開発を委縮させ、ゲームの多様性や発展を阻害するのではないか?」という周囲への影響ではないでしょうか。
そこで本記事では、係争でどちら側が勝つかはさておき、「そもそもゲーム特許はどこまで強いのか。それは妥当なのか?」というゲーム特許の本質について検討し、さらに今後どのように権利の強さを調整していくかの方法論も提示します。
目次
ゲスト紹介
がんばれエンタメ弁理士2号:コンテンツ系企業で勤務する社内弁理士です。好きなゲームは『風来のシレン』シリーズ、『Slay the Spire』、『勇者ヤマダくん(スマホ版)』。マイベストゲームは『シド・マイヤーズ アルファ・ケンタウリ』です。EAさん、日本語版の完全移植を願います。
※本記事は個人の見解として執筆しています。
専門家以外の方向けに、たとえ話や実例も入れて分かりやすく書いていきますが、特許の仕組みやゲーム以外の分野との比較についても紹介していますので、1万字超あります。ゲーム特許に興味がある方、ちょっと気合を入れていただき、よろしくお願い致します!
1、ゲーム特許を侵害するとどうなるのか
ゲームメーカー同士の特許紛争が訴訟まで発展した事件で、有名なものは3件あります。
- 「白猫プロジェクトVS任天堂ぷにコン事件」(2018年)
- 「ウマ娘VSパワプロ事件」(2023年)
- 「ポケモンVSパルワールド事件」(2024年)←今回
1つ目の「白猫プロジェクト事件」はすでに解決済みで、被告側のコロプラが33億円で和解したとリリースで発表しています。
2つ目の「ウマ娘VSパワプロ事件」は、コナミとサイゲームスの争いですが、2024年10月時点ではサイゲームスのみがリリースを出しています。
リリースによれば、コナミの請求は「ウマ娘 プリティーダービー」の特許権侵害に基づく損害賠償等請求およびそれらの生産、使用、電気通信回線を通じた提供等の差止請求等であり、賠償請求額は40億円です。サイゲームスは特許権の侵害はないとの見解を示し、現在は裁判手続が継続している状況です。
「ポケモンVSパルワールド事件」と合わせて、下2つの事件はどういう結果になるか不明ですが、ここ数年で請求額が大きい事件が続いていることがわかります。
ここで、ゲームの特許を侵害するとどうなるのか?を、法律の根拠と共に、簡単に解説してみましょう。
まず、特許法68条で「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」と規定されています。ここでいう「専有」とは独占して使える、という意味であり、第三者が無断で「業として特許発明を実施(例えば、販売するゲームアプリに特許を使用)」すれば、その使用を排除できます。
※ ちなみに「業として」とは、「経済活動の一環として」と理解しておけば大丈夫です。
この第三者の排除に使える具体的な武器は、大きいものとして「差止請求権(特100条)」と「損害賠償請求権(民法709条)」の2つの権利があります。
差止請求権では、相手に対しその特許を使うことの「停止」を求めることができ、裁判で勝訴した場合には裁判所から「差止判決」が出されます。
この特許の差止請求権の強いところは、相手側の「故意・過失」を必要とせず、客観的な権利侵害さえ認められれば請求可能な点です。つまり、「私はその特許の存在、知りませんでした」ということは何ら反論にならず、他人の特許を事業に使ったと認められれば、その使用を停止しなければならないのです。
次に、損害賠償請求権についてです。白猫プロジェクト事件の和解金33億円、ウマ娘事件の請求額40億円・・・と景気が良い金額が並んでいますが、どのように賠償額が決まるののでしょうか。
そもそも、特許の賠償金の立証・算定は一般的な賠償金より難しいです。例えば他人の車を壊した場合は修理費の見積を出してその金額をベースにすればよいですし、借金を返せという争いなら、借りた額や利息を清算すればいいですよね。
これに対し特許権とは形がないもの。「特許を無断で使われたから、賠償金を払え!」といっても、どれだけ特許権者に損害が発生したのか、傍目には分かりません。
そこで、特許法では特許権者の立証を助けるため、特別救済ルールを特許法102条で設けています。詳しくは、特許庁の解説(特許権侵害への救済手続)が参考になりますが、知っておいて頂きたいのは、
- 損害額の最低限として「ライセンス料相当額(例:侵害物の年間売上額×ライセンス料率)」を請求できる(特102条3項)。
- このとき、平時のライセンス額ではなく「特許権侵害があったことを前提としたライセンス額」を要求できる(特102条4項)。無断で侵害したのだから、事前に交渉するよりライセンス料は高くなるよね、という発想。
- 「侵害者が侵害行為により得た利益の額」が立証できれば、それが権利者の損害額と推定される(特102条2項)。強い規定だが、さすがに利益がそのまま全額損害額ではなく、侵害品において特許が寄与している部分がどれぐらいの割合かも認定額に考慮される。
の3点です。
これを踏まえ、実際にゲーム業界で他社の特許を侵害してしまったときに、ライセンス料率は何%ぐらいで裁判所が認定するのか・・という話ですが、参考になる知財高裁の裁判例があります。
カプコン社が有するシステム特許をコーエーテクモゲームス社の「戦国無双 猛将伝」などのゲーム作品が侵害したと争われた事件で、判決では特許権侵害が認められ、約1億4380万円の賠償金支払いが命じられました。
この事件でのライセンス料率は、
特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、本件での実施に対し受けるべき料率(以下「本件実施料率A」 という。)は、消費税相当額を含む被控訴人の正味販売価格に対し、 3.0%を下らないものと認めるのが相当である。
として、3%と認定されています。
特許の使用が売上に相当の貢献をしたと認定されたことや、代替技術がなかったこと、2社がライバルメーカーであったことなども考慮しての認定ですが、販売価格の3%はなかなか高い金額であるように感じます。上代5000円のソフトなら、1本あたり150円ですね。
ここで、損害賠償請求のポイントは、取れる賠償金は侵害品の譲渡数量や利益に比例した額になること。販売数量・売上が小さい相手は、特許権で殴りに行ってもあまり儲かりません。
「豚は太らせてから食べよ」という格言がありますが、知財業界でも売上が大きい他社製品を上から調べていき、自社の特許を侵害していれば警告してライセンス料を要求、交渉がまとまらなければ訴訟、というのが効率的とされています。
本章で紹介した特許訴訟も、どれも有名なゲームに関するものばかりです。ならば「インディーズや小規模なゲームメーカーは大丈夫では?」とも思われるかもしれませんが、ゲーム業界は何がヒットするか分からないもの。「スイカゲーム」のように、突然バズるゲームもある中で、特許紛争に発展するリスクは、どのメーカーも潜在的に抱えているといえるでしょう。
2、ゲーム特許の権利範囲はどれぐらい広いのか
侵害したときにどれぐらいのリスクがあるのかイメージできたところで、次はゲーム特許の権利範囲について検討します。これには3つポイントがあります。
①特許の権利範囲が決まるメカニズム
まず特許権の権利範囲は、「特許請求の範囲」の記載に基づいて決まります(特70条)。
たとえば特許請求の範囲に「ユーザーの操作に基づき、複数種類のゲーム媒体から無作為に1種のゲーム媒体を付与し、ユーザーの個人データに記録するコンピュータプログラム」と書いて特許権が認められれば、ソーシャルゲームのガチャはほぼ全てこの特許の権利範囲内に含まれてしまい、めちゃくちゃ強い特許です。
ただ、実際はここまで強いガチャ特許はありません。特許審査には「新規性・進歩性」という要件があり、「今までにない新しいものであること」や、「その分野の通常の知識を持つ人が容易に考えつく発明でないこと」が求められます。上記のガチャ特許は新規性・進歩性どちらも満たさないでしょう。
そのため、実際に登録されているガチャ特許では「ユーザ情報に基づき、少なくとも一部の抽選モードが選択される確率を変動させる」のような、より限定されたシチュエーションで権利が取得されています。
ガチャ特許はゲーム業界をつまらなくするのか?~保護と利用のアウフヘーベン~ | Toreru Media
結局、特許ごとの書き方によって権利範囲はピンキリ・・・なのですが、現実にもびっくりするほど強いゲーム特許があります。一例を挙げましょう。
例えば任天堂の特許5595991号「通信ゲームシステム」は、ざっくりいうと「フレンドリストに相互に登録済みのユーザーにのみネットワーク通信を許可する通信ゲームシステム」の特許であり、非常に権利範囲が広いです。
この特許が出願されたのは2005年、これはニンテンドーDSが発売された翌年です。同2005年に発売された「おいでよ どうぶつの森」では、ニンテンドーWi-Fiコネクションを介して遠くの友達の村を訪問できる機能が導入され、人気を博しました。
フレンドリストに登録したユーザーのみ通信できる・・なんて、現在なら誰でも考えつきそうな仕様ですが、当時は新規性・進歩性が十分認められて特許権になったのです。
任天堂はハードも開発し、ゲームが2Dから3Dに進化する過程を先導して、数多くの名作を世に出していますので、強い特許をたくさん確保していても驚きはないでしょう。他にも歴史が長く、資金力もある大手メーカーたちはそれぞれに強い特許を保持しています。
②分割や補正でライバルメーカーに幅寄せできる!?
権利範囲については、「分割(特44条)」という制度も特許権の強さをブーストしています。
出願の分割とは、二以上の発明を含む特許出願の一部を新たな出願とすることを言います。分割された新たな出願は、所定の要件を満たすことで、原出願(分割の元になる出願)の出願時に出願したものとみなされます。出願の分割について(日本弁理士会 関西会)
この説明だけだと、「すでにある1つの発明を2つに分けるだけ」と思われるかもしれません。ただ、実は分割後の新しい特許は、ライバルメーカーが使用している技術に寄せることができます。
これが分割の基本概念です。もともとの特許出願には、「特許請求の範囲」という権利範囲を定める書類と、「明細書」という技術の内容を詳しく説明する書類が添付されています。この「明細書」に開示しておいた技術の範囲内であれば、分割した新しい特許の「請求の範囲」を調整できるのです。
つまり、ライバルメーカーが特許調査をして、「この特許権の請求の範囲、技術A+B+Cだから、自社で使うときは技術A+B+Dにずらせば使用できますよ」と判断しても、分割できる期間内であれば、追尾ミサイルのように「技術A+B+D」の特許を新しく作ってそれを武器として戦えるということです。
いわば分割制度は「相手がプレイしたカードを見てから、テキストをうまいこと修正できる罠カード」のようなもの。修正できるのは元の明細書の範囲内ではありますが、後出しジャンケンでの攻撃が可能です。これは遊戯王もびっくり・・・。
ちなみに分割制度を使わなくても、特許の審査中なら「元の明細書」の範囲内で請求の範囲を補正することが可能です。特許は登録される前の段階がより強いと言われる所以です。「ポケモンVSパルワールド事件」でも、まだ審査中であった任天堂&ポケモン社の特許をパルワールドのゲーム仕様に合わせて修正し、特許権として成立させたと言われています。
任天堂㈱&㈱ポケモンが『Palworld / パルワールド』の開発会社に対して提起した特許権侵害訴訟における”複数の特許権”とは何か
このように、「相手の仕様を見てから後出しジャンケンで特許権の内容をある程度調整できる」ことで、特許の権利範囲はより強くなっているのです。
③実装不要!アイディア一発でも特許化できます
最後に、特許の強さを支える重要なルールは「実施可能であれば、特許権は実際に使用していなくてもよい」こと。自社のゲームに実装している必要はないという仕組みで、これは一般の方によく驚かれます。
使用していない知的財産権について、商標の世界では、3年間その商標を使っていなければ不使用取消審判という制度で消しに行けますし、全く使っていない商標に基づいて権利行使することは権利濫用になり、侵害が認められないという判例もあります。
しかし特許は、新しい技術を「発明」し、一般に「公開」したことに対して一定の期間独占権を与える社会的な報酬システムのため、使っているかどうかは問題にならないのです。
裏を返せば、「実装する気がなくても、社内でプログラマー・プランナーを集めて、ゲーム仕様の様々なアイディアを出しまくり、それを特許としてたくさん出願する」ことで、大量の特許権を作り、他の会社が踏んでくるのを待つ・・ことも可能ということ。
実施可能という要件があるとはいえ、プログラムは化学や機械分野に比べて脳内アイディアを実装しやすい世界です。例えば「無限に景品が提供できるリアルガチャ」は実施不能で特許権にはなりませんが、プログラムの世界では「無限ガチャ」は簡単ですよね。
実施への制約が比較的少ないゲーム分野だからこそ、権利範囲が広すぎるのではという危惧があるのです。
3、ゲームの特許権の強さは妥当なのか~伝統的特許分野「製薬」と比べてみよう
2章では「ゲーム特許の権利範囲は想像以上に広い」という話をしてきました。この妥当性を検証するため、特許が特に重要とされる「製薬分野」と比較してみましょう。
まず、新薬の成功率は1/30000と極めて低く、製薬企業で定年まで勤めても新薬の誕生に関われない開発者も大勢いるとか。それらの「製品にならなかった」研究費もわずかな新薬が背負うため、新薬1つあたりの研究開発費はめちゃくちゃ高いです。
また、ある程度新薬化の見込みがでてきた時期に候補物質を特許出願するのですが、そこから臨床試験や審査で10年以上の年月がかかるため、製品化後の特許残存期間は5〜10年程度しかありません。医薬品等には特許期間を最大5年延長できる特例の救済措置があるものの、それでも通常20年の特許期間より短くなってしまいます。
成功率・経費・権利期間全てがベリーハードな製薬の特許に比べて、ゲームの特許はどうでしょうか。
- ゲーム分野ではアイディア一発でも特許が取れてしまいます。もちろん試行錯誤の上に生まれたゲームの技術・特許も多数あるとはいえ、ブレストの場でいきなり出た「こういうゲーム仕様も面白そうだよね」というアイディアでも特許化できてしまうため、製薬に比べて特許化のハードルは全く低いです。
- ゲームの開発費も高騰し、大型タイトル(いわゆるAAAタイトル)では100億円以上かかるものの、やはり製薬業界とは開発費のケタが違います。また、開発費が数百万円ぐらいのインディー作品も多数市場に存在するのがゲーム業界の特徴です。
- ゲーム特許の権利期間は出願から20年ですが、今から20年前のゲーム業界といえば、PS2とゲームボーイアドバンスの全盛期(2004年)。iPhoneの発売(2007年1月)以前で、今隆盛のスマホゲームはいまだ影も形もない時代です。移り変わりが激しいゲーム業界では20年は大昔ですが、その時に権利を取っておけば今までは技術を独占できています。
こう比べるとやはりゲーム特許はだいぶハードルが低いと言わざるを得ません。
ただ、「製薬業界では特許を取るのが大変な分、特許で守れる権益も大きいのでは」という意見もあるかと思います。そこで賠償金を比べてみます。
製薬分野の特許権侵害訴訟について、例えば小野薬品VS英アストラゼネカの係争は世界で和解金約200億円と報道されています。やはり製薬の特許紛争は動くお金のケタが違う・・・のですが、一方、「白猫プロジェクト」訴訟での和解金も約33億円と大きいものでした。
33億円を大きいと見るか小さいと見るかですが、そもそも日本では特許訴訟の損害賠償額の相場は安いです。統計をみると、特許権侵害について損害賠償請求が認められた判決131件のうち、賠償金が1億円以上の判決は30%以下。特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和5年)33億という賠償金は特許訴訟全体ではかなり大きい金額と言えます。
「白猫プロジェクト」訴訟以外でも、「ウマ娘」事件は賠償請求額が40億円、「メメントモリ」事件は賠償請求額が10億円と、10億円以上を請求している訴訟が続いています。
売り上げが大きい人気タイトルを巡って訴訟が提起されているとはいえ、ゲーム分野の特許係争は特許権の取りやすさに比べて大きなお金が動く、ある意味「権利主張しがいがある」分野といえるでしょう。
うーん、これだとヒットするかどうか分からないゲーム開発にまい進するより、ゲーム特許をたくさん揃えておき、人気作品の侵害行為を見つけて賠償金を取りに行った方がうまいこと儲かるような・・・。ゲーム好きとしては不安になる環境です。
4、強すぎる「ゲーム特許」が引き起こすリスクとは~米国の議論を踏まえて考える
ここまで見た通り、ゲーム特許は製薬や機械といった特許の伝統的分野に比べると、特許を取得するハードルが低いわりに権利範囲が広くなりがちです。
確かにこれまでのゲーム業界は、大手メーカーの「良心」に頼って業界のバランスが取れていました。しかし最近の係争の増加をみていると、それは古き良き時代の「幻想」のようにも感じます。
また、特許があることでのゲーム業界への「萎縮効果」はバカにできません。特許を回避すべく調査を行うためには弁理士に外注したり、社内で知財専門家を雇ったりという方法がありますが、どれもコストがかかります。
個人開発者や小規模なインディーゲームメーカーにその調査を徹底させるのは、理論上は「やるべきこと」でも、現実には困難でしょう。インディーメーカーに特許調査・特許回避のコストを負わせることは実質的な参入障壁になり、ゲーム業界を閉塞的なものにしそうです。
もちろん、「特許権がある以上は仕方ない。後発メーカーは当然に特許回避すべき」という考え方もあり得ます。しかし、そもそもゲーム特許とはそんなに強い独占権を与えるべき発明なのでしょうか。
ここで、米国の議論を参考にしてみましょう。
米国では、「特許制度がイノベーションを促進するか、逆に競争を阻害するのか?」という議論が活発に行われています。中でも米国連邦取引委員会の報告書(2003年10月公開)は、ゲーム特許のあり方の参考にもなりそうです。このサマリーからいくつかの分析を引用します。
・競争及び特許は、イノベーションに影響を与える連邦政策の中でも特に際立ったものである。競争政策及び特許政策のどちらもイノベーションを推進することができるが、そのためには、互いに適切なバランスを保つ必要がある。
・(国が独占的に与える特許権という)財産権により、企業は研究開発投資からの予想利益を増大させることができ、ひいては特許の見込みがなければ生じ得ないであろうイノベー ションを推進することができる。特許制度は一般開示を要求するため、特許の見込みがなければ生じ得ないであろう科学技術情報の普及も促進される。
・例えば、特許法が「自明な」発明に対して特許を認めるとすると、当該自明な技術を基に発展する可能性のある競争を妨げるかもしれない。
・コンピュータ・ ハードウェア及びソフトウェアは、信じられないほど多数の累積的なイノベーションを含んでいるのである。加えて、累積的発明について多くの特許が付与されればされるほど、企業は、他者が有する重複特許へのアクセスを得るための交渉材料とするために、より多くの特許を求めることになる。
・あるパネリストは、自らのソフトウェア会社が「『それ自体になんの革新的価値のない』いわゆる防衛特許の創作及び出願に費やす時間と金を、新技術の開発にあてることができればどんなに良いだろう。」と述べている。
イノベーションの促進に向けて:競争並びに 特許法及び政策の適切なバランスの在り方(米国連邦取引委員会報告書)より(太字筆者)
このレポートは「特許制度にはイノベーションを促進する機能があるが、一方で過剰に特許権が強くなると競争を抑制し、逆にイノベーションが阻害される。」という出発点から、問題が生じやすい特許の内容や分野について分析しています。
中でも問題が生じやすいと言及されているのがソフトウェア業界です。累積的イノベーションを伴う業界、つまり1つのソフトウェア製品を製造するのに多数の技術・特許を必要とするためにライセンス関係が複雑になり、「交渉や防衛のために、本来は革新的価値がない」特許作りに各社が邁進するようになっていると述べられています。
これはそのまま日本のゲーム業界にもあてはまるでしょう。特許係争の増加により、中規模以上のメーカーはそれぞれ「防衛特許網」の強化に取り組むと考えられます。特許網の構築はコストがかかるため、経営陣から「うちの特許でも10億ぐらいライセンス料回収したり、賠償金取ったりできないの?」と言われる知財部もありそうです。
準備した武器は使ってみたいのが人間の性。訴訟という派手な形ではなくても、金銭ライセンス・クロスライセンスのような形で特許活用を図るのはビジネスである以上、当然です。しかしそこに新興・インディーメーカーの居場所はあるでしょうか。
結局、「他の産業よりも簡単に特許権が取れてしまい、業界の商品サイクルに比して権利期間が長いゲーム特許は、歴史や資金力がある企業の「既得権」になりやすく、イノベーションを阻害するリスクがある」と言わざるを得ません。
もちろんゲーム特許全てが悪ではなく、新しい遊び・システムを開発したことへの先行者利益は与えるべきです。しかしその権利が強すぎるとしたら何らかの歯止めが必要でしょう。
5、提言:ゲーム特許の強さをどう調整するか
「今の日本のゲーム特許は強すぎる」と言いっぱなしだけでは無責任です。特許制度は現実として存在し、折り合いをつけていかなければなりません。そこで最終章では、いくつかの調整案・打開策を提言していきます。
①ゲームの特許要件を厳しく判断する
提案:そもそもゲームの特許を認めないのはやりすぎ・・・でしょうが、新規性・進歩性の審査基準で認定ハードルを高くし、簡単には特許権を与えないようにします。
私見:取り組む価値あり
特許要件を厳しくする方法は先ほどの「米国連邦取引委員会報告書」でも言及され、「非自明性要件」(米国特許法103条)のテスト手法や基準をより厳しくすることが勧告されています。
米国特許法における「非自明性要件」とは、当業者にとってその発明と先行技術との差異が(有効出願日時点で)自明な程度にすぎなければ特許できないという制度で、日本の進歩性に相当します。
米国ではかつてソフトウェア特許の特許判断は緩く、特許を取りやすかったのですが、2014年6月のAlice最高裁判決以降には基準が厳しくなり、日本で登録が認められるソフトウェア特許でも米国では認められないことが多いです。
※Alice最高裁判決では非自明性ではなく、そもそも「汎用コンピュータで抽象的アイデアを一般的に実施することを単に記述するだけのクレームは、特許適格性(米国特許法101条)なし」という基準で特許性を否定したのですが、結果的にソフトウェア特許が抑制されるようになりました。
欧州特許庁でのソフトウェア特許の特許要件はさらに厳しく、進歩性以前にそもそも「コンピュータプログラムは発明ではない」として原則特許の対象にならない(技術的性質を有する場合など、一部例外あり)とされているため、ソフトウェア特許はさらに抑制されています。
日本では米国・欧州のようにソフトウェア特許の特許性について厳しい基準を設けていないのですが、少なくともゲーム特許では「その発明が先行技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるか」の進歩性の判断基準を、より厳しく判断してもよいのではないでしょうか。
つまり、アイディア会議で簡単にひねり出せるぐらいの特許なら、「普通の開発者ならこれぐらい思いつきますよ(特許を与えるほどじゃないんです)」と言えるはず。
具体的には、ガチャの特許ならば、多少通常のガチャ仕様とは異なっても「通常の創作能力に基づく設計変更にすぎない」といえる仕様が多いでしょうし、ゲームが多様化した現在、「先行技術の単なる寄せ集め」といえる場合も多そうです。
特許庁 特許審査基準 第 2 節 進歩性より
このような審査の厳格化はすでに認められたゲーム特許の権利範囲を弱めるものではないですが、今後の権利の乱立と、ゲーム開発の萎縮を防ぐためには一定の効果がありそうです。
②ゲーム特許に基づく権利行使を弱くする
提案:特許に基づく権利行使としてできることは、主に2つ、差止請求と損害賠償請求です。そこでバランス調整として差止請求ができなくする・損害賠償額を低くするのはどうでしょうか。
私見:一見乱暴だが意外に良さそう
特に差止請求権については、調整の余地がありそうです。
つまり、ゲームメーカーにとっては「差止によりその技術が使えなくなった結果、ゲームの公開停止」というのが一番キツイです。もちろん仕様変更ができればよいのですが、ゲーム性の根幹にかかわる場合、簡単には変更できません。
訴えたほうのメーカーが「お金の問題じゃないんです。この仕様はうちの独占。絶対に使用許諾は出しません」と言ってきた場合、差止請求で使用禁止は可能ですが、そこまでゲームの世界で強い権利を与える必要があるでしょうか。
プレイヤーの目線だと、あるスマホゲームを楽しんで、場合によっては課金という投資もして長く遊んでいたところ、いきなり別メーカーから訴えられて「その仕様は使えなくなったんで、ゲーム仕様を変更します」とか、「サービス終了します」となったら、正直迷惑ですよね。
「いや、その辺はライセンス料でお互い解決してさ、ゲームをつまらなくしない方向で何とかまとめてよ・・・」と思うのがユーザーの本音。そこで差止請求権はなしにして、損害賠償請求権だけ認め、お金でお互い解決してもらうのもありかという提案です。
この差止請求権をなくす方法、医薬業界ならは「バカ高い開発費をかけることを考えると、賠償金払ってコピー薬売った方がうちは儲かるので、特許侵害上等。お金で突破します」みたいな企業が出てきてしまい、特許制度の意味がないじゃんとなりそうです。ただ、ゲームは嗜好品であり、多様性が進化を促す世界のため、「お金を払えばそのシステムは使える。後は市場の判断に任せる」という方法が可能のように思います。
これだと特許が弱くなっちゃうという反論には、「いや、今のゲーム特許は強すぎるし・・」と言えるし、差止請求権がなくなったバランスをみて、賠償金の算定をより厳しくしても良いのです。一方で、実装されていない特許に基づく権利行使をする場合、損害賠償を低く算出するという政策的な調整も可能でしょう。
このようにゲーム業特許の差止請求権・損害賠償請求権は調整の余地がありそうです。
③分割や補正要件を厳しくする
提案:分割とは1件の特許権から多数の特許権を作り出せる、いわば魔法の技術でした。
分割要件を厳しくすることで、実質的にゲーム特許権の強さを抑えるのはどうでしょうか。具体的には分割できるのは最初の出願から1年以内に制限する、子分割はできるが孫分割はできないようにするなどが考えられます。
例えば中国では最初の特許出願が審査継続しているうちしか、分割ができません。親出願が登録になったら、たとえ子出願が生きていても分割は終わり。子をさらに分割して孫出願を継続させていく・・ことはできず、一定の歯止めになっています。
私見:日本ではちょっと現実感ない
ゲーム分野だけ分割要件が厳しい、というようなことは制度上矛盾が生じます。「その分野の通常の知識を持つ人が容易に考えつく発明でないこと」という進歩性の要件であれば、「容易に考えつく」の要件をより厳しく判断して簡単に特許を与えない調整があり得ます。ただ、分割について技術分野ごとに基準が異なるのは、制度的な裏付けがありません。
そうすると全ての技術分野で分割や補正要件を厳しくすることになるのですが、それは特許制度全体への影響が大きすぎます。また、中国でも最初の出願を長く審査継続させる・・方法で分割できるチャンスを伸ばす作戦があるので、よほど上手く制度設計しないと機能しなさそうです。
そもそも「分割」や「補正」による後出しジャンケンができることは、特許権を簡単に回避できなくして「特許を取ることの価値」を高める効果もあるので、一概に悪とはいえません。ちょっとこの調整はハードルが高そうです。
④ゲーム業界全体で大きな「オープンライセンス」制度を作る
提案:特許にはお互いの特許の仕様を許諾しあうクロスライセンスという運用もありますが、それは特許権をたくさん持っている強い企業同士の話であり、プレイヤーが期待する「ゲームの多様性の促進」には繋がりにくいです。
そこで、ハードウェアやメーカーの壁を越えて業界全体で大きなパテントプール(特許の共同体)を作る。このパテントプールは一般社団法人的な特定の企業に紐づかない団体で管理します。
そして「ゲームを開発したいメーカーであれば、プールに登録している特許は、誰でも自由に使ってもいいオープンライセンス制にする。ただ、一定以上儲かったらプールの運営団体にお金を収めてね」の仕組みにして、集まったお金を有効活用するのはどうでしょうか。
私見:ぜひやってほしい
例えばフランスで上記のプロジェクトが動いていますが、集めたお金を日本でゲーム博物館を作る原資にするのもありだと思います。
今回の「パルワールドVSポケモン」にしても、パルワールドのバックにはSONYがいて、ポケモンの共同原告は任天堂と、結局は大手の殴り合い。主導権の取り合いにも見えてしまいます。ゲームは日本のカルチャーというなら、もっと業界全体で盛り上がる仕組みが欲しいなと。
これは理想論かもしれません。ただ、特許制度が「産業の発展」に資するためにあるというならば、その取得した特許が本当に業界の発展になるように使われるのが、美しい姿でしょう。
何も全ての特許をパテントプールに差し出せというのではありません。各社が協力して「もうこれは標準的だよね・・・」、「うちはまあ使わないかな」というゲーム技術だけでも「みんなで使っていいよ」と共同体に託せば、大分安心感があると思うのです。
おわりに~ゲーム特許は産業に何をもたらす?
本稿では「そもそもゲーム特許はどこまで強いのか。それは妥当なのか?」という問いから出発し、医薬特許と比較することで「権利が強すぎるのでは」という問題提起を行いました。
ゲームの係争が活発化した結果、各メーカーが特許権という「軍備」を積極的に行うようになると、将来「軍備がないインディーズメーカーはどこかの傘下に入らない限り、安心してゲームを販売できない」などという閉塞的な業界になる心配もあります。
そうならないように、ゲーム特許が新たに成立するハードルを上げたり、特許の効力を調整したり、業界でゲームの特許が多様性の障害にならないような仕組みを作ったりと、弊害を抑制できるような提案もしてみました。
これらの提案は非現実的に見えるものもあるでしょう。ただ、そもそも特許権をはじめとする「知的財産権」は政策的なもの。特許法の1条にも「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」という大前提が掲げられています。
すなわち、特許制度がゲーム産業の発達を阻害してしまっては本末転倒です。
もちろん任天堂をはじめ、ゲーム業界の先人たちが技術開発を行ったからこそゲーム産業が隆盛したという貢献はあります。ゲーム特許があること自体を否定するのではなく、ちょうど良い権利の塩梅を探る、そんな議論が今後さらに行われていくことを、1ゲームファンとしては望むのです。
付録:「パルワールドVSポケモン」ネット記事リンク集
末尾に参考のため、「パルワールドVSポケモン」特許係争に関するネット記事のリンクを全てではありませんが、まとめて掲示しておきます。ニュース記事のほか、弁護士・弁理士でそれぞれに見解を書かれている方も多いです。
今回の事件を契機として、ゲーム特許についての議論がさらに深まることを期待しています!
株式会社ポケットペアに対する特許権侵害訴訟の提起について(任天堂)
ポケットペア、任天堂とポケモンの『パルワールド』訴訟に声明発表―「運営中断はない」「インディー開発者が自由な発想を妨げられ萎縮しないよう、最善を尽くす」 | インサイド
任天堂が対パルワールド訴訟で使用した特許はたぶんこれ(栗原潔) – エキスパート – Yahoo!ニュース
任天堂㈱&㈱ポケモンが『Palworld / パルワールド』の開発会社に対して提起した特許権侵害訴訟における”複数の特許権”とは何か(弁理士法人シアラシア)
任天堂㈱&㈱ポケモンが『Palworld / パルワールド』の開発会社に対して提起した特許権侵害訴訟における”複数の特許権”とは何か ~パート2(弁理士法人シアラシア)
任天堂が『パルワールド』を提訴。今の状況をまとめてみた(知財タイムズ)
“特許権侵害”って一体何?──任天堂とポケモン社の「パルワールド」訴訟 著作権侵害との違い、弁護士が解説- ITmedia NEWS
任天堂が『パルワールド』を特許権侵害で提訴した背景にはハイテク大手の動きあり #専門家のまとめ(多根清史) – エキスパート – Yahoo!ニュース
任天堂も激怒「酷似ゲーム」会社が犯した痛恨失態 特許権侵害で訴訟され…出した”声明”にツッコミが殺到 | インターネット | 東洋経済オンライン
パルワールド訴訟と日本のゲーム特許の意義について考える(前川知的財産事務所)
特許権侵害訴訟~「ポケモン」任天堂 vs 「パルワールド」ポケットペア~ – 板根事務所ブログ
【パルワールド訴訟関連】米国では任天堂の一部特許出願が7月に拒絶されていた。米国での訴訟も視野か? | Kultur
「ポケモン」VS「パルワールド」キャラの著作権の類似性を検証してみた~裁判所のルールでは侵害?非侵害? | Toreru Media