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ガチャ特許はゲーム業界をつまらなくするのか?~保護と利用のアウフヘーベン~

<この記事でわかること>

  1. オンラインゲームにおける「ガチャ」が特許として認められる仕組み
  2. 実際のガチャ特許の登録例
  3. ゲームの特許って何のためにある?特許制度の意義とは?

オンラインゲームにおいて欠かせない要素である「ガチャ」。ゲームの世界観に応じた魅力的な宝くじを買うかの如く射幸心を煽られるその仕組みは、従来のファミリーコンピュータやセガサターン(懐かしい…!)等の売り切り型ゲームとは一線を画すものがあります。

一方でそのワクワク感とは裏腹に、確率変動など、「ガチャ」の仕組みはブラックボックスになりがち。課金が伴うことから、社会問題へと発展することもありました。

そして「ガチャ」等を含むゲーム分野においては、実は特許制度の観点でも議論があります。

特許権によって20年間も発明を保護する(=他社が自由に実施できなくなる)のは、ゲーム業界の実情に合致しているのか?ある会社に権利を独占させる特許制度によって、実はゲーム産業の発達が阻害されているのではないか?…etc といったものです。

そこで本記事では、スマホゲームにおける「ガチャ」に関する特許(以下、ガチャ特許)を眺めていきながら、ゲーム業界×特許制度について考察していきます。最後は育成ゲームの王様「実況パワフルプロ野球(以下、パワプロ)」をプレイしつつ「イベントデッキ特許」についても触れました。

まずはスマホゲームにおける「ガチャ」が特許を取れる仕組みについて説明し、その後具体的な特許事例を紹介していきます。

特許文献は読みにくいですが、比較的内容が理解し易い案件を選定しました。図面だけでも雰囲気が掴めると思いますので、お気軽にご覧ください。

1. スマホゲームのガチャが特許を取れる仕組み ~発明とは?~

まずは、ゲームのガチャが特許を取れる仕組みを見ていきましょう。

特許法第1条では、発明を特許権として保護することで産業発達に寄与する旨を規定しています。

この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。

(特許法 第1条)

特許制度は、特許権という独占的権利をインセンティブとして発明した者に提供することで、産業発達をサポートしている訳ですね。アイデア創出を促進させる効果が期待できることから、「知の創出をサポートする」制度であるとも言えそうです。

物理的なカプセルトイ装置に関しては、物品(カプセルトイ)を排出する機構などで特許が取得されています。

ガチャガチャ(ガチャポン/ガシャポン)に関する特許図面

特許第6557536号 図1(左)図5(右)より
発明の名称:物品排出装置

そして「発明」とは、特許法において『自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの(特許法第2条第1項)』と定義されています。

この条文の解釈では、ゲームのルールそのものや数学の公式などは自然方法を利用したものとはいえず、「発明」ではないとされています。例えば、トランプを使った「新・大富豪」のルールを考えついても、それは「発明」ではありませんので、特許も認められません。

ん?であれば、ゲームのガチャという「ルール」を考えついても、特許を取れないんじゃない?と思いますよね。実は、「発明」として認められるためのロジックが別に用意されています。

コンピュータソフトウエアを利用するものは、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」場合は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当する・・

特許・実用新案審査基準 第III部 第1章 発明該当性及び産業上の利用可能性

何が何やらわからない書き方なんですが、ざっくり説明すると、

① サイコロ2個を振って、12が出たときにレア商品をプレゼントするルール
 → 単なる人為的な取り決めだよね。自然法則を利用してないから、発明性なし。

② サイコロ2個の乱数を生成するプログラム(ソフトウエア)を、スマートフォン(ハードウェア)を介して実行させ、乱数の結果が12となったときに、同プログラム内でレアキャラのデータを付与する制御方法
 → ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェアを用いて実現されているね。それは自然法則を利用したことにするルールになっているから、発明性あり。

という結果になります。

つまり、アナログな世界ではこれまで特許を取り得なかったルールであっても、ソフトウェア・ハードウェアを介した具体的な情報処理の手順として表現することで、デジタルの世界では発明性がある!という不思議なことが起こります。

・・・まだ狐につままれたような感じかもしれません。そこで、次はガチャ特許の実例をみていきましょう。

2. 実際のガチャ特許例を見てみよう

2.1 特許第5720010号(グリー株式会社、出願日:2013.3.28)

まずは2013年に出願された特許を紹介します。特許の権利範囲を示す【特許請求の範囲】は以下のとおりです。

【請求項1】
 ユーザが操作する端末装置に通信回線を介して接続されるサーバ装置が実行する制御方法であって、
 複数の抽選モードの中から、一の抽選モードを選択するステップと、
 前記一の抽選モードを選択した場合に、当該抽選モードに基づいて、複数の種類のアイテムの中から抽選を行うステップと、
 前記抽選を行った場合に、当選したアイテムを前記端末装置に提供するステップと、
を有し、
 前記一の抽選モードを選択するステップは、複数の抽選モードの中から、ユーザ情報に基づいて、少なくとも一部の抽選モードが選択される確率を変動させることを特徴とする制御方法。

特許第5720010号より 請求項1のみ抜粋

先ほどの、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」ことのルールに照らし合わせてみると、

ソフトウェア:複数の抽選モードを用意しておき、ユーザ情報に基づいて所定の抽選モードの選択確率を変動させるステップを有するプログラム

ハードウェア:ユーザが操作する端末装置と、通信先のサーバ装置

という2つの役者が揃っていることが分かります。つまり、発明性があるということです。

ただ、特許が認められるには単に「発明性」があるだけでは足りません。新規性・進歩性といった要件も求められます。誰でも考えつく技術を特許として認めるわけにはいかないためです。では、本発明の価値はどこにあるのでしょうか?

この特許では、請求項1の最後の段落「ユーザ情報に基づいて、少なくとも一部の抽選モードが選択される確率を変動させる」がポイントでしょう。

例えばレベルやプレイ時間に応じて各抽選モードの当選確率が変わることで、そのときに必要なアイテムが手に入りやすくなるということですね。(イメージ:ユーザ情報に基づいて、図6に示すルーレットの割合が変化する)

ゲームが難しく挫けてしまいそうなユーザーに対しては、この発明が継続性を後押ししてくれそうです。

特許第5720010号図面

特許第5720010号 より(J-PlatPat リンク

この特許が出願されたのは2013年、パズドラがリリースされた翌年で、まだスマホゲームも黎明期。今、出願されたとしたら「新規性・進歩性」があると判断されるかはやや微妙な気もしますが、当時は十分に発明としての新しさもあったのでしょう。実際に審査を経て、登録が認められています。

では、実際のゲームにこの特許内容は実装されているのでしょうか。

グリーのゲーム配信日や内容から推測すると「絶対防衛レヴィアタン」が関連しそうですが、2022年現在は配信終了となり、特許内容が実施されていたかは不明です。特許は実際に実施していなくても権利が取れるので、製品としては実施されていなかった可能性もあります。

なお、「確率を変動させる」とあるので、ユーザーに有利なアイテム排出が行われる抽選モードに切り替えることも、逆に不利な抽選モードに切り替えることも権利範囲に含まれます。この点をネガティブに捉えると、「ゲーム会社がインチキしようとしている証拠だ!」という印象を受けてしまうかもしれません。

しかし、色々な内容を権利に含めるようになるべく広く記載するのが特許取得のセオリー。仮に物議を醸すような内容で特許が取られていても、特許内容と実際の製品は必ず1:1で対応するものではありません。特許に触れるときは、その点を意識して冷静に受け止めることが大事です。

2件目は、スクウェア・エニックスから2018年に出願された特許です。

2.2 特許第6692885号(株式会社スクウェア・エニックス、出願日:2018.12.27)

特許第6692885号図面

特許第6692885号 より(J-PlatPat リンク

ゲーム課題のクリア回数に関する情報に基づいて、ガチャ排出率テーブルが変わるといった内容です。(実際の権利範囲は特許文献をご覧ください)

これはつまり、1件目のグリー特許はアイテム種類に関わる「抽選モード」の抽選確率を制御していたのに対し、本特許はアイテム獲得の確率を直接制御するというもの。

細かな点で異なるものの、「ユーザ情報に基づいて確率を制御する」という点ではグリー特許と似た雰囲気ですね。

それ故、本特許は特許庁における審査において、上記グリー特許を引用されて拒絶を受けていました。拒絶とはつまり、先行技術であるグリー特許と似た内容なので後発の出願は特許にできませんよ!ということです。

特許制度は、新たな技術を出願&公開する代償として特許権が付与される仕組みなので、既に世の中にある技術については特許が取れないんですね。

そこで本特許は、グリー特許には記載されていない「非クリア回数」についての限定を加えることで、審査を通過して特許となっています。

以上、2件のガチャ特許について内容を紹介しました。

いずれもユーザーの飽きを解消するような内容であり、これら特許内容が実装されれば、他のスマホゲームにおいても価値が増大しそうです。しかし特許権があるため、他社は同じ内容を自由に実施することができません。

・・ん?それって我々ユーザーにとってはデメリットではないのか?という思いが芽生えてきます。楽しい機能があれば、他のゲームにおいても同様の恩恵を受けたいものですし。

そこで次は、ゲーム業界の特性やガチャ特許について深く考察していきましょう。

3. ガチャ特許を認めるのって、実はゲームの世界をつまらなくしない?

3.1 ゲーム業界の特性

スマホゲームが属するソフトウェア分野は、例えば医薬品や化学品といった業界と比べて新規参入がしやすい分野といえます。設備費用等の巨額な先行投資が不要であり、課金ガチャの仕組みといった「アイデア」が利益創出に大きく寄与するためです。

一方、それはつまり時間をかけて実験等を行わなくても、アイデアレベルでじゃんじゃん特許が取れる世界ということ。お金×アイデア創出人材×特許弁理士が組み合わされば、比較的容易に特許”群”を築くことが可能です。

その結果、資金力やマンパワーのある大手企業によって多くの特許権が取得されることに。

2001年以降に出願されたガチャ関連特許のうち、出願件数が多い出願人上位10社は以下のとおりです。

ガチャ関連特許出願件数Top10

ガチャ関連特許出願件数 Top 10(検索式は記事末尾に記載)
件数は出願件数であり、登録されていない案件も含む。

数百件も特許があると、これから新規参入しようという気が失せてしまいそうですね。ちょっとした思いつきのアイデアに対しても最長で「20年」も権利を付与していては、産業発達を阻害するのでは?という声があるのも理解できます。

ここで昔を振り返ってみましょう。

他のゲームシステムを参考にしつつ、より洗練された後発のゲームが誕生したというゲーム業界発展の歴史があります。例えば不朽の名作である「ドラクエ」は、ウィザードリィとウルティマを参考にして「編集」したことが、傑作になった要因の1つであったと言われています。

ドラクエは『ウィザードリィ』と『ウルティマ』の「いい所どりをした」のではなく、むしろ『ウィザードリィ』と『ウルティマ』を「編集した」のだ。

【ゲーム語りの基礎教養:第一回】初代ドラクエはRPGへの逆風の中に生まれた――“ドラクエ以前”の国内RPG史に見る「苦闘」の歴史

もし特許権が大量に存在していたら、その「編集」作業はどうなるでしょうか?

それはまるで、食材がたくさんあるのに使えるものが制限されているお味噌汁作りのようなもの。だしは煮干しを使いたいのに、仕方なく昆布を使う。白味噌と赤味噌の比率にも制約がある。赤味噌を入れたら豆腐は使えない・・・実に鬱陶しい状況ですね!

もちろん、ゲーム自体の丸パクリは仁義に反します。また、例えばファイナルファンタジーのアクティブタイムバトルは、独自の「発明」であり、特許権にて独自の魅力を保護した好例といえるでしょう。(参考:「ヒット商品を支えた知的所有権」日本弁理士会)

しかし「ガチャ」のような、昨今の様々なゲームにおいて主流となった「遊びシステム」を20年間権利保護できるとしたら、どうでしょうか。それも大企業をはじめとした色々な会社が囲い込みをしあう世界・・制約が多すぎてゲームの進化が阻害されてしまいそうですね。自由なゲーム進化の花園が、いまや「地雷原」で溢れてしまっている状況なのかもしれません。

デザインに関する名著「誰のためのデザイン?」においても、製品をデザインするにあたって特許は地雷原である旨が記載されています。

「特許はデザイナーとエンジニアにとって地雷原」
「地雷原をかき分けて進むためにデザインを見直す」

誰のためのデザイン? D.A. ノーマン 著 P332

独占的な権利というインセンティブを掲げることで、結果的に知の創出、ひいては産業発達に繋がる・・・その特許制度の趣旨は分かるものの、「地雷原」を身近に体験すると、製品開発の制約が増えてしまって困りものですよね。これは、知財関係者とデザイナー&エンジニアで大きく見解も分かれそうなところです。

そこで。

「地雷原」といったフワッとした話ではなく、ガチャの歴史を振り返りつつ、実際のグリー特許&スクエニ特許の中身についてもう一度考えていきましょう。特許で保護されない自由技術(*)も含めて落ち着いて眺めることで、特許制度のメリットデメリットを冷静に考えた「よい在り方」が探れるはずです。

(*)自由技術=特許権で保護されない技術。例えば20年以上前から存在している技術。

3.2 ガチャの歴史と自由技術

今回取り上げた2社のガチャ特許の共通点は、「特定の条件に基づいて、ガチャの抽選確率に影響を及ぼす仕組み」といったものです。

実はこれらガチャ特許の上位概念である『①所定の条件に基づいてイベント発生確率が変動する』という技術は大昔からあり、さまざまなゲームで実装されています。例えばドラクエⅢの『②「おうごんのつめ」入手後、ピラミッド内でのエンカウント率が上がる』という内容は、①の下位概念といえます。

ガチャに関するツリー図

そして①の下位概念として、ゲームの世界に「③ランダム型アイテム提供方式(ガチャ)」やアイテム課金が初めて登場したのは、2004年に誕生したMMORPG「メイプルストーリー」と言われています。(参考:「「メイプルストーリー」、新対戦システム「モンスターカーニバル」新マップなど4周年を記念した大型アップデートを実施」GAME Watch, 2007.8.1)

開発元であるNexon社含め、関連する特許出願は見受けられません。特許の世界では、一度公開された技術は「公知技術」であるとして、そのまま権利を取得することはできないため、『③ランダム型アイテム提供方式(ガチャ)』そのものについて、他のガチャ関連ゲームに影響を及ぼすような広い特許権は存在しないと考えられます。

ただ、ガチャという「公知技術」に新しい要素を組み合わせた場合は、特許権を取るチャンスがあるので、ガチャに関して現存する特許権は、自由技術である①や③にぶら下がる内容…つまり何かしら限定的な内容にて権利化されていることになります。

大事なのは、ゲームのガチャの概念そのものについて権利があるわけではないということですね。

ガチャに関するツリー図

ガチャの概念自体は特許権があるわけではない。①~③は自由技術であり、特許権の制約は無く誰でも自由に実施できる。(④,⑤の記載は簡易的な説明であり、権利範囲を示すものではない)

ただ、④や⑤のような限定された特許権でも数が集まれば、産業発達の阻害になるという考えもあるかもしれません。そこで、次は特許を与える側や特許権者の視点からも考えてみましょう。

4. ガチャ特許を「与える者」「持つ者」からの反論

4.1 発明にはインセンティブを与えるべき

特許という独占権がインセンティブとして存在することによって、新たなアイデアの創出を促進するーーこの特許制度の「根幹」は決して無視できないでしょう。

例えば特許をはじめ知的財産権が全く無く、他社ゲームの真似・パクリが自由にやり放題ということになると、似たようなゲームばかりになってしまう恐れもあります。それでは需要喚起や産業発達に繋がりにくいですし、何より私達ユーザーにとって「つまらない」ですよね。

知的財産権が制度として守られることで、結果的にみんなが工夫するようになり多様性が守られる・・。これは相田みつをさんの詩「じぶんの花を」にも通じるものがありそうです。

新たなアイデアの創出を通じて発明者や企業が「じぶんの花を」咲かせることで、結果的にユーザーにも恩恵がもたらされる。特許制度は、そんな在り方が1つの理想といえるでしょう。

相田みつをさん「自分の花を」登録商標

商標登録第4564578号

4.2 自社 ”らしさ” を守るために特許権が必要である

ガチャ特許という名前だけ聞くとものすごく広い権利に感じられます。しかし中身をちゃんとみていくと、あくまでゲームにおける所定の要素を保護しているだけです。つまり大半の特許権は、他社を完全に排除する絶大な影響力があるわけではありません。

それなのに、大手メーカーがガチャをはじめゲーム関係の特許を取っているのは何故でしょうか?その理由付けとして、他社の排除を主な目的としたものではなく、「自社の ”らしさ” を守るための特許」であるという説明があります。

最近では、「任天堂 VS コロプラ」という大きなゲーム特許の紛争こそありましたが、これはゲーム業界でも売上大手のメーカー同士の戦い。少なくともニュースを見る限りは、大手メーカーが自社の特許を振りかざして、中小のゲームメーカーが参入できないように権利行使をしまくっている・・ということはなさそうです。

特許権者であるゲーム会社から、

  • 悪質なコピーゲームに対抗するためにも、ある程度の特許権による武装は必要である。
  • 自社の開発マンの意欲を守るためにも、独自のアイディアをしっかりと権利化して何が悪い

と言われたら、確かにそれはごもっとも。一理ありそうです。

特許権によって、悪質な後発品から自社製品を守る・・・これは「星の王子さま」においてバラを雨風から守るために衝立を用意するのと同じです。大事なものは外敵から守らなくてはいけませんからね。それによって差別化がなされ、製品や会社のブランド力向上にも寄与していきます。

星の王子さま登録商標

商標登録第4947058号

5. 特許制度は「人心を鼓舞」して「思考力を涵養」することに繋がる?

特許制度の意義や実際のガチャ特許事例について紹介しました。ここまでのまとめは以下のとおりです。

特許制度の意義(メリットデメリット)

こうして眺めてみると、特許制度はそんなに悪くなく、産業発達を阻害している!という印象も薄くなってきますね。ガチャ自体に対する批判的視点はあるでしょうが、そこに特許制度の問題点が深く関わっているわけではなさそうです。

ところで、上記のガチャ特許事例は注目度の高い案件を選定(**)したものの、実は他にもっと物議を醸すような特許が潜んでいるかもしれません。仮にそのような特許が存在していた場合、その特許は悪なのでしょうか?

(**) 後発特許の審査にて「引用」された回数が多い案件を選定。(記事末尾参照)

確かに特許は、自由な開発を妨げる「地雷原」として厄介な存在ではあるかもしれません。しかしそれは、「特許制度におけるごく一部の負の側面である」という冷静な評価も必要です。万物はどこかで少なからず負の側面が存在するもの。負の側面を過度に気にするのではなく、人類が出来るだけ多くのメリットを享受する方向へ考える姿勢も大事でしょう。

そもそも明治時代に特許制度ができたとき、世の中にソフトウェアやTVゲームがあったわけではありません。欧州の視察を通じて特許制度の意義を見出した福沢諭吉氏も、まさか「ガチャ特許」についてあれこれ議論が及ぶなど予想だにしていなかったことでしょう。

福沢諭吉

同氏は「西洋事情(1867年)」にて、特許制度は「人心を鼓舞する」ための制度であると説いています。

『人心を鼓舞するの一助と為せり。之を発明の免許パテントと名づく』

ー「西洋事情. 外編. 三」より(慶応義塾大学メディアセンター デジタルコレクション HP

人心を鼓舞する制度・・・これはいつの時代においても重要そうです。所有から共有へ…といった価値観の変化は多少あるかもしれませんが、人間の独占欲は失われるものではないためです。なので、特許制度自体を否定する必要はないでしょう。

そして法律や審査基準は不変というわけではありません。科学技術の進歩に寄り添いながら、時代に合わせて上手いことアップデートしてあげればいいだけです。いきなり「ソフトウェア分野でも、ゲームに限っては特許の権利化を認めない・・!」というのはあまりにも乱暴ですしね。

加えて、例えばゲーム分野においては「ユーザーへの提供価値は特許技術だけで実現されるわけではない」という点も忘れてはいけません。

我々ユーザーは、特許技術以外にもあらゆる要素(ストーリー、キャラクター、画面、音楽、キャラクターの仕草….等)が絡み合った上で、そのゲームに価値を感じています。例えばグリー特許の「ユーザ情報に基づき好ましい抽選モードが選定される」というのは、価値提供におけるほんの一要素なのです。

これまで見た通り、①~③は自由に使える技術です。そして④や⑤以外にも、同等の価値を有する枝葉はあるものでしょう。故に、④⑤の特許権がすでに取られているとしても、「じぶんの花」を目指して知恵を絞って独自の枝葉を生みだせばよいということです。

ガチャに関するツリー図

ガチャの概念自体は特許権があるわけではない。①~③は自由技術であり、特許権の制約は無く誰でも自由に実施できる。(④,⑤の記載は簡易的な説明であり、権利範囲を示すものではない)

もちろん、枝葉の権利であっても、各社が必死に特許を抑えてしまうと、新興企業による新規参入が困難となり、やはりゲームの進化が妨げられてしまうのでは?という考えもあります。

それも一理ありますが、やはり独占権というインセンティブによる「人心の鼓舞」、そして初代特許庁長官である高橋是清氏が記した「思考力を涵養」という点が最も大事であろうと思います。豊かさに繋がる知を生み出すのは人間であり、その心や思考を揺さぶる社会的仕組みが特許制度であるためです。

『我政府は大いにここに見る所ありて、各条例を設定して民人の思考力を涵養するの途を開けり。現行特許、意匠、商標の三条例、即ちこれなり。』

「特許局将来の方針に関する意見の大要(特許制度に関する遺稿 第6巻)」

そしてそもそも、です。

特許権があるからといって、他社が必ずその内容を実施できなくなるわけではありません。特許権者からライセンスを受ける選択肢もあります。例えばミクシィは、セガグループの特許について包括的にライセンスを受けています。(参考:「セガグループと包括的特許ライセンス契約を締結」株式会社ミクシィ, 2019.4.5)

これでミクシィのゲームでもセガグループの特許内容を実装可能となり、我々ユーザーにとっては嬉しいものです。特許は独占するためのものという印象を受けがちですが、ライセンスで分け与える活用方法もあることを忘れてはなりません。権利による「保護」と、ユーザーにとって好ましい「利用」との調和が求められる世界ですね。

保護と利用の調和

保護と利用の調和によって、技術が進歩

なお、以下マップは、ガチャ関連の特許出願件数上位10社における、出願年の内訳を示すものです。

ガチャ関連の特許出願件数上位10社における、出願年の内訳

過去5年と直近5年における出願件数の推移

通算の出願件数としてはセガグループやバンダイナムコグループには及ばないものの、カプコン、コロプラ、コーエ―テクモゲームスあたりが、過去5年と比較して近年では顕著に出願件数を伸ばしてきていることがわかります。

ガチャに関してはまだまだ「枝葉」がたくさん出てきているようですね。どの様な機能なのか、そしてどの様な発明なのか、その中身が気になるところです。

ここで最後に、ガチャだけでなく「デッキシステム」の特許もサラッと紹介します。これは特に育成ゲームの楽しさを増大させる技術です。育成ゲームの王様であるパワプロの事例を見ていきましょう。

6. 「パワプロ」のデッキシステム特許 ~とっきょしようよ!~

<デッキシステムとは>

  • 甲子園優勝を目指して選手育成を行うサクセスモードにおいて、各種イベントの内容に影響を及ぼす仕組み。
  • サクセスモード開始前に、育成したい選手像に合致したイベントデッキをユーザー自ら設定することが可能。
  • デッキ内容に応じたイベントを通じ、所望の選手育成を行うことが期待できる。

特許の図面を見ていきましょう。非常にわかりやすいです。

6.1 特許第5814300号(株式会社コナミデジタルエンタテインメント、出願日:2013.5.31)

図5は、イベントデッキ設定画面において、イベントデッキ設定領域101に、選手Aと選手Bがセットされている様子を示しています。そして当該設定を行った後にシナリオを開始すると、選手育成のメインシナリオが進む中で、イベントデッキに設定された選手A,Bに応じた各種「イベント1~n」が発生するという内容です。

パワプロ「デッキシステム」関連特許図面

特許第5814300号 図5(左)図4(右)

通常用意されたメインシナリオだけでなく、ユーザーが予めセットしたキャラクターに応じたイベントが発生するのですね。この発明によって、よりユーザーの嗜好に沿ったゲームを提供することが可能となりそうです。

図5に、パワプロでおなじみの矢部君らしきイラストがあるのも気になります。懐かしい…!

6.2 実際にプレイしてみました!

パワプロアプリ画面

オープニング画面

スマホに「実況パワフルプロ野球(パワプロアプリ)」をインストールし、実際にプレイしてみました!Nintendo 64のパワプロ以来、約20年振りのパワプロ体験です。ダイジョーブ博士はまだ健在なのであろうか…!

アイテムやガチャの仕組みがよく分からず四苦八苦するものの、上記特許に対応しそうな「イベンドデッキ」を見つけました。

パワプロアプリ イベントデッキ画面

イベントデッキ編集画面。それぞれのイベントキャラ(通称イベキャラ)には「得意練習」や特殊能力があるため、イベキャラの組み合わせによってサクセスモードにおける練習ポイント獲得の効率化や特殊能力取得を図ることができる。

1つのイベントデッキに5つのイベキャラを設定可能です。そしてこれらイベキャラにもレベルがあります。甲子園優勝やプロ入りを目指すという従来型のキャラ育成だけでなく、デッキにセットするイベキャラのレベル上げも必要….!育成の幅が広がっていてとても面白いです。

思えば、Nintendo 64版のサクセスモードはイベント数が限られており、飽きやすかった一面があります。(それでも寝食を忘れてプレイしまくりましたが)

しかしこのデッキシステムは、全く飽きが訪れません。イベキャラの組み合わせによってもイベント発生の種類が変わります。この組み合わせの数は膨大であり、飽きる暇がない…!

当初は2,3人育成して終わりにしようと思ったものの、気付けば控えメンバーも含めて育成しまくってしまいました。

 

筆者作成。特許出願~特許査定の流れやその後のライセンス交渉を意識したオーダーを組んだ。

それもこれも、デッキシステムによるところが大きかったのではないかと思います。とても楽しかったです。

7. ゲーム×特許の存在意義まとめ!

以上、主にガチャ特許を題材として、ゲーム産業×特許制度について考察してみました。全体のまとめは以下のとおりです。

ゲーム産業×特許制度 まとめ
保護と利用の調和

保護と利用の調和によって、技術が進歩

上述のとおり、特許制度は人類が知を積み上げるための制度です。これが無いと模倣ばかりの世の中になり、結果的に誰にとっても不幸な世の中になりかねません。技術による価値提供の ”らしさ”(=ブランド力)など存在せず、産業は停滞するでしょう。それは何より、とても面白くなさそうな世界ですよね。

ただ、特許権の影響が強くなりすぎて、後発の「開発の選択肢」が大きく狭められるような世界は、それはそれでつまらない。そんな時は、特許権の強さをコントロールする必要が生じるかもしれません。特許制度とは「産業の発達」を目的とするもので、新しい製品やサービスが生まれることを奨励するものだからです。

そして特許制度は、知の創出をサポートするもの。その役割を果たしながら、時代に合った「弾力性」、いわば目的を達成するための「ゲーム性」が求められるのも、特許をはじめとした知的財産権制度の面白さなのでしょう。

明治の偉人によってもたらされ日本の繁栄に寄与した特許制度に見守られ、ときに法律や認識のアップデートを繰り返しながら、「自分の花」を大事に過ごしていきたいものです。

8. あとがき~とっきょは「しよう」だよ!~

ところで冒頭に紹介したとおり、特許制度の大目的として「産業の発達に寄与」があります。これは、GDPを指標とした経済成長を目指すことに疑問を呈する「脱成長」という考え方に一見そぐわないものです。

しかしどうでしょう。

特許制度によって思考が深まり、「自分の花」として多様な製品サービスが生まれる。

特許制度が無ければパワプロのイベントデッキシステムは生まれていなかったかもしれません。そうしたら、私のあのワクワクしたゲーム体験は無かったことに…。

無課金でありプレイ中は何も生産的なことをしておらず経済成長に全く寄与していないものと思われますが、瑞々しく生きていくためにはこうした日々の小さな幸せが大事です。これはつまり、社会学者である見田宗介先生のお言葉を拝借すると、「科学の限りなく自由な創造」によって「豊饒な感動」を享受していることに他なりません。

経済競争の強迫から解放された人類は、アートと文学と思想と科学の限りなく自由な創造と、友情と愛と子どもたちとの交歓と自然との交感の限りなく豊饒な感動とを、追求し、展開し、享受しつづけるだろう。

「現代社会はどこに向かうかー高原の見晴らしを切り開くこと」(岩波新書)P17

そう考えると、現代における特許制度の意義を自分なりに検討してみるのも面白そうです。

特許制度は、発明の「保護」と「利用」をうまく調和させることで技術の進歩を図るもの。保護と利用はある意味で矛盾していますが、これはいわば保護と利用の止揚(しよう)(***)、つまりアウフヘーベンと言えるのではないでしょうか。

(***) 揚棄(ようき)ともいう。

そして「利用」とは発明を実施することに限らず、特許”情報”をきっかけとした新たな協働の実現等も含むでしょう。

コストや手間がかかるにも関わらず特許出願を行うということは、特許情報には課題解決に向けた個人や企業の「意思」が含まれるということ。つまりWeb検索で美味しいお店を探すかの如く、特許のサーチによって課題解決等の「意思」を探り、協働相手を見つけることができるかもしれません。それは、自己が有する技術について特許出願をしておけば、その用途先が見つかる確率が上がることを意味します。

技術進歩や新たな協働によって「豊饒な感動」を得るべく、アウフヘーベンして高次の調和(高原)を目指す。

令和にふさわしい考え方や価値観に基づいて、社会と特許制度のビューティフルハーモニーを考えていきたいものです。

「保護」と「利用」の調和によって高原を目指すイメージ図

「保護」と「利用」の調和によって高原を目指すイメージ図
矛盾には 陽気に揚棄 そう止揚

9. 備考:検索式等

9.1 検索条件

検索DB:J-PlatPat
検索日:2022.1.30
検索式:
 ①出願日:20020101以降
 ②特許請求の範囲:率
 ③要約/抄録:ガチャ or 抽選 or 排出
 ④IPC:A63F13/69
ヒット件数:
 ①×②×③×④=309件(母集団)

特許分類の説明(太字を検索に使用)
A63F13/00 ビデオゲーム,すなわち2次元以上の表示ができるディスプレイを用いた電子ゲーム
A63F13/60 ・ゲームプログラムの実行前または実行中にゲームコンテンツを生成または修正するもの,例.ゲーム開発に特に適したオーサリングツールまたはゲームと統合されたレベルエディター
A63F13/69 ・・特定のゲーム要素を有効にするかまたはアップデートするもの,例.隠し要素,アイテム,レベルまたはバージョンを解除するもの

9.2 被引用回数の調査

検索DB:Lens
検索日:2022.1.30
検索式:A63F13/69(筆頭IPC)
ヒット件数:3,278件(グローバル)

Lens による特許情報分析結果

Lens による特許情報分析結果(Lens 分析結果リンク
横軸:公開日 縦軸:審査に引用された回数(被引用回数)
被引用回数が多く、且つ、ガチャと関連度が高い内容であるグリー案件を抽出した。

9.3 参考情報

カプコン・コーエーテクモの訴訟から考えるゲーム特許の未来(週刊アスキー, 2019.11.6)
ガチャの特許について(note, 2021.9.24)

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