企業内弁理士が知財と広報を「兼務」して見えた一致点と相違点~知財はマラソン、広報は100m走!

私、木本は創業期のスタートアップに知財責任者としてジョインした後、知財部門の立ち上げから社内制度の策定、そして知財カルチャーの醸成まで、おおよそ事業会社に必要な知財パーツを全てゼロから作ってきました。

ゼロから作ること(まさに創作)の楽しさに味を占めた後、人事を任されて越境の楽しさを覚え、そして今年から広報に手を出しています。

これまでの広報業務としては、プレスリリースの作成、SNSの投稿、メディアリレーション、記者会見対応、PR支援会社(PR会社や広告代理店)との調整といったことをやってきました。もっと深く広く入り込みたいのですが、それは今後の課題です。

越境するときのモットーは「自分のフォームでフルスイングする」。「郷に入っても郷に従わず」、まずは、自分のやり方でやることで、非専門領域を理解していくスタイルです。

このスタイルで広報と向き合っていると、知財との意外な共通点が見えてきました。

この記事では、その共通点(つまり、一致点)と、その裏にある相違点を紹介します。

ゲスト紹介

木本 大介(弁理士/付記)

2003年 上智大学大学院電気電子工学専攻修了後、株式会社リコーに入社。知的財産部で、複写機を中心とした電気・機械分野の権利化業務に従事。

2006年 弁理士登録、特許事務所にて電気・ソフトウェア分野を中心に出願代理業務に従事。

2018年 ピクシーダストテクノロジーズ会社に知財責任者として参画。知的財産業務及び契約業務の実務及びマネジメントに従事。IP BASE AWARD 2021スタートアップ部門グランプリ、令和4年度「知財功労賞」の受賞に貢献。人事責任者を経験。現在は、広報責任者と知財責任者を兼務。

現在に至る。

◆委員会等:日本弁理士会関東支部中小企業・ベンチャー支援委員会「ベンチャー支援部会」委員/日本出願を基礎としたスタートアップ設立に向けた国際的な権利化支援事業委員

X: https://twitter.com/kakisukeko16
Note: https://note.com/daisuke16/

1、そもそも、広報とは?

広報(PR)の定義

知財と広報を対比するには、まず広報を知るところから始めねばならないでしょう。

広報は、英語の略称で「PR」と呼ばれています。お恥ずかしながら、広報を任されるまでは、このPRの正式名称を知りませんでした。

PRと言えば、「PRomotion」や「Press Release」といった言葉が思い浮かぶ方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際、知財業界の友人にこの話をすると、大半の人が僕と同じ想像を働かせていました。

PRの正式名称は「Public Relations」です。

つまり、「広報」とは、何かを「PRomotion」する仕事でも、「Press Relase」の記事をWebサイトに掲載する仕事でもなく、「広」く「報」せる仕事なのです。

特に、「広報」は「広告」(PRomotionの代表例)とよく混同します。
実務的には、「広報」と「広告」を区別することが必ずしも必要ではないと思っていますが、両者には明確な違いがあります。

あくまで僕の理解ですが、「広報」は、メディアを通して社会に事実を伝えることを指し、「広告」は、不特定多数の人に広告主が伝えたいメッセージを伝えることを指します。

この2つは、似て非なるものです。

広報の種類

「広報」には幾つかの種類があります。
「知財」には幾つかの種類(工業所有権や営業秘密)があるのと似ています。

しかし、法律には、広報の種類が定められていません。
そのため、僕の独断で広報をカテゴライズすると、次のようになります。

  • コーポレート広報
  • プロダクト広報
  • 資本広報(IR)
  • 採用広報
  • 社内広報

『コーポレート広報』とは、会社の事実を伝える仕事です。
例えば、経営者の人事、社名の変更、オフィスの移転、ときとして事故調査結果を伝えることもコーポレート広報と言えるでしょう。

『プロダクト広報』とは、プロダクト(会社の商品)に関する事実を伝える仕事です。
例えば、新商品の発売、展示会への出展、リコールの案内等が該当します。

『資本広報』とは、一般的にはIR(Invester Relations)と言われます。
資本広報は、資本政策に関わる事実を伝える仕事です。例えば、資金調達、決算報告等が該当します。

『採用広報』とは、採用市場向けに伝える仕事です。
僕は採用広報には直接に関与していないので、あくまで脳内の整理に留まりますが、僕の「広報」の定義によると、採用広報は「広告」に近い活動だと思っています。

『社内広報』とは、社員向けに伝える仕事です。
もともと「広報」は社外に発信する仕事だととらえていたのですが、いざやってみると、社員とのコミュニケーションの重要性に気づきます。ここは知財業務と極めて似ているところです。

会社がしっかりと歩みを進めていることを社員にも伝え、さらに業務への熱量を高めることも広報の重要な仕事の1つと言えます。なお、私は社内で5つの広報分類のうち、大小あれど全て何らかの形で関わっています。

このような様々な広報業務は、広報以外の領域と密接に関係します(下表参照)。

広報の種類広報以外の領域社内の関係者
コーポレート広報コーポレートブランド経営者知財部
プロダクト広報プロダクトブランドマーケティング事業部知財部マーケティング部
資本広報(IR)財務経営企画財務経理部経営企画部
採用広報採用人事部
社内広報コーポレートブランド社内カルチャー経営者知財部人事部

一言で言えば、とてつもなく多くの関係者の間にたって、全ステークホルダーを味方につけながら進む。これが広報の仕事だと思っています。

まだまだ半人前の僕は、この文を書きながら、改めて「とんでもない仕事を引き受けたもんだ」と思っているところです(笑)。

2、知財と広報の一致点と相違点

いよいよ本題の「知財」と「広報」の一致点と相違点に移ります。

まず、「知財」という定義では広すぎて対比に不向きなので、僕の専門領域である「特許」を対比対象にします。

特許と広報の一致点

この記事を読んでいる方には、「特許」業務の説明は不要だと思いますが、敢えて、プロセスに沿って考えてみたいと思います。

◆「特許業務」のプロセス(発明創出~特許活用)

・事業部が発明する。
・事業部の発明を特許用語で言語化し、出願書類として特許庁に提出する。
・特許庁が、出願書類を公開する。
・特許庁(審査官)が出願書類を審査し、特許権を付与する。
・特許権を活用して、事業に貢献する。

ざっくりと整理すると、発明創出から特許活用までのプロセスは上記のように捉えることができるでしょう。

次に、広報ネタが生まれてから広報の成果が活用されるまでの業務プロセスを「特許業務」のプロセスと並べた上で、両者の一致点を言語化してみました。ここでは、広報業務の一部である「リリース業務」の例を示しています。

特許業務リリース業務一致点
事業部が発明する。事業部が成果を出す。ネタのソースが、事業部のOUTPUTであること。
事業部の発明を特許用語で言語化し、出願書類として特許庁に提出する。事業部の成果をわかりやすい用語で言語化し、プレスリリースとしてWebサイトにアップロードする。事業部のOUTPUTを言語化し、社外に出すこと。
一定期間経過後に出願書類が公開される。即時にプレスリリースが公開される。公知になること。
特許庁(審査官)が出願書類を審査し、特許権を付与する。メディア(例えば、新聞記者)がプレスリリースを見て、記事に取り上げる。第三者が価値を判断すること。
特許権を活用して、事業に貢献する。記事を拡散して、事業に貢献する。目的が事業貢献であること。

いかがでしょうか?

特許業務とリリース業務は、細部こそ違うものの、業務プロセスのフレーム構造は共通化可能なのです。そして、各ステップにおいて、解像度が粗いものの一致点が存在します。

これが実に面白い。

僕は、「知財を拡大解釈したい」と常々思って生きているのですが、「広報」はその対象にふさわしいくらいに知財と似ていたのです。

「会社の成果という抽象概念を言語化することにより、会社の成長に貢献する」仕事という解像度で捉えれば、知財と広報は全く同質である(進め方も目的も共通している)、と言えるでしょう。

知財と広報の相違点

では、知財と広報の相違点はどうでしょうか?一致点と同様のフレームで対比してみましょう。

特許業務リリース業務相違点(広報の特異点)
事業部が発明する。事業部が成果を出す。相違点1「成果」の中に非技術的成果を含む。
事業部の発明を特許用語で言語化し、出願書類として特許庁に提出する。事業部の成果をわかりやすい用語で言語化し、プレスリリースとしてWebサイトにアップロードする。相違点2提出先は、自社が運営する媒体(自社のWebサイト又は自社が契約するプラットフォーム)である。
一定期間経過後に出願書類が公開される。即時にプレスリリースが公開される。相違点3公開タイミングが即時であること。
特許庁(審査官)が出願書類を審査し、特許権を付与する。メディア(例えば、新聞記者)がプレスリリースを見て、記事に取り上げる。相違点4プレスリリースの品定めをメディア(民間)の記者が行うこと。
特許権を活用して、事業に貢献する。記事を拡散して、事業に貢献する。相違点5活用対象が審査を経ていないこと。

これをひとつひとつ見ていきましょう。

相違点1:「成果」の中に非技術的成果を含む。

プレスリリースのネタには、「自然法則を利用した技術的思想の創作」という縛りはありません。むしろ、ネタに縛りがないという自由度の高さが、プレスリリースの難しさを表しています。

相違点2:提出先は、自社が運営する媒体(自社のWebサイト又は自社が契約するプラットフォーム)である。

自社が運営する媒体に提出するということは、自社が運営する媒体の集客力がそのままアクセス数に反映されるということです。

特許出願の場合、「Jplatpatで誰かに検索される」ことを前提に出願するケースはそう多くないと思います。

一方、プレスリリースの場合、「Webで貴社に検索される」ことを前提に発信します。

つまり、どんなに良いニュースを公開しても、そもそも、そのニュースを検索しようという人が少ないと、無価値になってしまうのです。

そのため、広報は、良い文章を書くだけではなく、コーポレートブランディング(社会に会社を認知してもらうための活動)にまで染み出す必要があると思っています。

相違点3:公開タイミングが即時であること。

特許出願は出願日から1年6ヶ月は未公開ですが、プレスリリースは、提出=公開(つまり、即時公開)です。

この即時公開が、思った以上にプレッシャーになります(笑)。
プレスリリースの公開ボタンを押すときは本当にドキドキします。

相違点4:プレスリリースの品定めをメディア(民間)の記者が行うこと。

プレスリリースは一次的にはメディアに向けて発信するものです。

このメディアの価値基準が、後述する「メディアリレーション」に記載したように、十人十色(多様)で、かつ時期と共に変動します。

特許業務に例えると(少し極端な例ですが)、特許法も審査基準もなく、特許庁の審査官が日によって言うことが変わっていくことに相当します。

これについて異を唱えるのではなく、その変わっていく状態(つまり、メディアのトレンド)に合わせて実務を変えていくのが広報業務のポイントの1つだと思っています。

そのためには、メディアを by name で知ること(メディアリレーション)も重要です。

メディアリレーションについては、後述します。

相違点5:活用対象に権利(法的担保)がないこと。

最後の相違点は「権利か否か」です。

プレスリリースには権利がありません。厳密には著作権は発生しますが、第三者機関が認定した特許権のような権利はありません。

言い換えると、法的担保がない状態(丸裸)で外に出ていくのがプレスリリースです。

この法的担保がない状態と向き合う感覚は、法的担保を前提とした世界で生きてきた知財人である僕にとっては、慣れるのに時間がかかるものです。

今思うと、広報に着任した当初は、「情報流出を防ぐために必要最小限の情報に絞ろう」という感覚があったように思います。

今では、「少しでもメディアに取り上げてもらうためにできるだけメディアリッチな情報(メディアの心に響く情報)にしたい」という感覚になっています。

3、広報の世界の不思議

本題である「知財と広報の一致点と相違点」は以上ですが、最後に、知財人から見た広報の不思議(知財と違い過ぎて感覚が追いつけていないところ)を紹介します。

メディアリレーション

広報の重要な業務の1つに「メディアリレーション」があります。

定義は様々ですが、僕は、「メディアをファン化する」ことだと思っています。
「ファン」とは、単に仲良くなるという意味ではなく、「適切な関係」(自分のことを過不足なく理解してもらえている状態)と捉えています。もちろん、仲良くなりたいですけどねw。

そのためには、メディアへの協力やお願いが必要ですし、メディアの事情も理解しないといけません。

特許との一番の違いは「メディアリレーション」でしょう。

特許業務の中で第三者が初めに登場するのは、特許庁の審査官(つまり、国家公務員)です。
特許庁の審査官は、特許法や審査基準をはじめとする法規に沿って動きます。そのため、法規という共通ルールに基づいて審査官と対立構造を作ることができます。

この「法規」に相当するものが広報にはありません。もちろん、全く法律が介在しないわけはないのですが、ここではその点は無視します。

そのため、ドラフティング実務(特許に例えるとクレームドラフティグ、広報に例えるとプレスリリースのドラフティング)がまるで異なります。

どういうことかというと、特許のドラフティング実務では、どの審査官にも共通の法規の下で進めることが是とされていますが、広報のドラフティング実務には、どのメディアにも共通の法規は存在しません。

ましてや、季節、社会のトレンドに応じてメディアの価値基準が変動します。

このメディアの価値基準を理解するためにも、メディアとの関係作り(メディアリレーション)は重要です。

知財業界で特許庁の審査官と定期的に会食しないと仕事が回らない、という人はほとんどいないと思いますが、広報業界ではそういうわけにもいかないようです。

広報/マーケティング

広報のジョブディスクリプションを見ると、履歴書に「広報/マーケティング:5年以上」といった記載を見かけることがあります。

広報に携わるまでは何も思わなかったでしょうが、今の僕にとって、「広報」と「マーケティング」は全く異なる概念です。

「広報/マーケティング」とくくってしまうと、一体何者なのかがよくわからなくなってしまいます。

実際には「広報」と「マーケティング」は密接不可分なものだと思いますし、その点では、「知財」と「法務」に近いのかもしれません。

この「広報」と「マーケティング」の境界は未だよくわかっておらず、もしかしたら、そんな境界は存在しないのかもしれないとすら思い始めています。

「広報」の世界にも越境のトレンドが訪れているのかもしれません。

4、むすび~マラソンと100m走の両方にエントリーする

広報に携わるようになって、プレスリリースに対する社会の反応を気にする機会が増えました。

元来、他人をあまり気にせず自分本位で生きてきた人間なので、人はいくつになっても変われるものだと実感しています(笑)。

しかし、落ち着いて考えてみると、特許だって、誰からも見向きもされない(例えば、警告を打っても無視される)ようなものであれば、会社に貢献してるとは言えません。

言語化したものを誰かに見てもらい、そして、見た人が反応してくれることを願う。
そのために、見る人のことを考えてあれこれ思案する。これは、知財業務も広報業務も全く同じだと思います。

一方で広報は、短文のプレスリリースから始まり、メディアへの掲載、そのための地固め(メディアリレーション)といった流れで回ります。
この流れを、知財のそれよりも極めて短いサイクルで回さなければなりません。

知財がマラソンだとすると、広報は100m走といったところでしょうか。
頭の使い方は似ているのですが、感覚が全く異なります。

知財と広報を兼務することで、長距離と短距離の両方に最適化されていく自分の成長を感じています。


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