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スタートアップx知財で「生き抜く」マインドセット ~余命2年の世界で培った“決めて正解にする”スタイル

2018年にスタートアップの世界に足を踏み入れてから5年が経った。

スタートアップの世界に5年も浸かっていると、スタートアップという箱の中が当たり前になってしまい、外の世界がよくわからなくなってくる。

そんな危機感もあって、2023年からTwitterやBlogを再開してスタートアップの中から感じたことを徒然なるままに綴っていると、予想外に関心を持ってくれる方が多いことに気づいた。

自分が感じているよりも当たり前ではなく、自分が思っている以上にまだまだ未知の領域が少なくないのかもしれない。

スタートアップx知財の世界で未だ足跡を残せた実感はないが、5年という節目が経過した今、この5年間で感じたことをまとめておくことにも一定の意味があると思い、筆を取ることにした。

スタートアップへの参画を検討されている方や、スタートアップを支援している方の参考になれば幸いであるし、「ここからステージアップするぞ」という決意表明も兼ねて、インハウスの生の体験を綴る。

ゲスト紹介

木本大介(弁理士/付記)

2003年 上智大学大学院電気電子工学専攻修了後、株式会社リコーに入社。知的財産部で、複写機を中心とした電気・機械分野の権利化業務に従事。

2006年 弁理士登録、特許事務所にて電気・ソフトウェア分野を中心に出願代理業務に従事。

2018年 ピクシーダストテクノロジーズ会社に知財マネージャとして参画。知的財産業務及び契約業務の実務及びマネジメントに従事。IP BASE AWARD 2021スタートアップ部門グランプリ、令和4年度「知財功労賞」の受賞に貢献。

現在に至る。

◆委員会等:日本弁理士会関東支部中小企業・ベンチャー支援委員会「ベンチャー支援部会」委員/日本出願を基礎としたスタートアップ設立に向けた国際的な権利化支援事業委員

Twitter: https://twitter.com/kakisukeko16

Note:https://note.com/daisuke16/

1.スタートアップの社会環境2023

この5年間で、スタートアップを取り巻く環境は大きく変わった。

筆者がスタートアップに参画した2018年から2023年の「スタートアップ」の注目度を調べてみた。

Google Trendの検索結果「スタートアップ」(検索日=2023/05/03)

Google Trendによれば、この5年間で検索数が少しづつ増えていることから、関心を持っている人が増えているのだろう。

ピークも大きくなり、社会へのインパクトも大きくなっていると言える。

経団連は、2022年3月に「スタートアップ躍進ビジョン」と称して、以下のようなターゲットを定めている。

  1. 世界最高水準のスタートアップフレンドリーな制度
  2. 世界で勝負するスタートアップが続出
  3. 日本を世界有数のスタートアップ集積地に
  4. 大学を核としたスタートアップエコシステム
  5. 人材の流動化、優秀人材をスタートアップエコシステムへ
  6. 起業を楽しみ、身近に感じられる社会へ
  7. スタートアップ振興を国の最重要課題に
    (「スタートアップ躍進ビジョン」より抜粋)

2022年11月には、岸田政権下で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。

その中で、目標として、以下のようなチャレンジングなマイルストーンが設定されている。

この投資額は、過去5年間で 2.3 倍増(3,600 億円(2017 年)→8,200 億円 (2021 年))であり、現在、8,000 億円規模 1 であるが、本5か年計画の実 施により、5年後の 2027 年度に 10 倍を超える規模(10 兆円規模)とする ことを大きな目標に掲げて、官民一体で取組を進めていくこととする。

さらに、将来においては、ユニコーンを 100 社創出し、スタートアップを 10 万社創出することにより、我が国がアジア最大のスタートアップハブと して世界有数のスタートアップの集積地になることを目指す。

(「スタートアップ育成5か年計画」>「目標」より抜粋)

このように、この5年でスタートアップの民主化が進んだ。

特にこの1年は「国をあげて盛り上げよう」という空気が渦巻いている。

2. スタートアップの知財環境2023

社会環境だけでなく、知財環境もここ5年で様変わりした。

特許庁や日本弁理士会は、スタートアップ支援の取り組みに力を入れている。

例えば、特許庁はスタートアップ支援の部門を創設し、モデル契約事業、IPAS、IP BASEといった施策を次々と打ち出している。
(参考:特許庁のスタートアップ向け特設サイト

日本弁理士会も、スタートアップ支援の委員会(筆者も関東会の委員に名を連ねている)を立ち上げ、毎年、スタートアップに向けた情報発信や支援策を提供している。
(参考:筆者が所属する日本弁理士会関東会のWebサイト)

筆者は、スタートアップにジョインする前は特許事務所で特許代理人として仕事をしていた。2015年頃からスタートアップの依頼が少しづつ増えていったが、当時は、特許事務所業界で「スタートアップ」を旗印に掲げている弁理士は限られていた印象だった。

しかし、今では「スタートアップx弁理士」だけでは差別化が難しいくらいに支援側のヘッドカウントが増えたように感じる。

筆者は、2018年から弁理士会関東会のスタートアップ支援委員を務めている。

当時の委員の中でスタートアップインハウスの弁理士は筆者だけだったと記憶している。

その後5年間同委員を務めてきたが、2020年頃から、スタートアップインハウスの弁理士やVCの知財担当弁理士が参画してくれるようになった。

2022年には、有志の仲間とスタートアップインハウスのためのコミュニティを作ったところ、あっという間に会員が増えて、今では約30人の仲間と繋がっている。

まさに、「スタートアップx知財」が各所で民主化されていく波を感じている日々だ。

3. スタートアップ知財人材に求められるスキル&マインドセットとは?

2023年4月24日、経産省から「スタートアップの事業成長に貢献する知財人材のスキル・マインドセット」が公開された(参照:経産省Webサイト)。

この資料について、創業期から知財人材としてスタートアップにコミットした経験で解釈してみる。

3.1. 「スタートアップ内部人材」向けのスキル・マインドセット

経産省の資料では、スタートアップインハウス(資料中の「スタートアップ内部人材」)は、以下の複数アンテナを持つべきであるとされている。

  1. アイデアアンテナ
  2. ビジネスモデルアンテナ
  3. 発信アンテナ
  4. リスク・体制アンテナ
  5. 資金アンテナ
  6. 連携アンテナ

これは、知財人材向けというより、知財人材以外の人(例えば、経営者)に向けたメッセージだ。

しかし、これらのアンテナは、知財人材にも例外なく必要なものだと思う。

  • 他部門にもこれらのアンテナを持った人材がいる。
  • スタートアップは常に人数が足りないので、知財部門と他部門が連携して、未知の課題に取り組む必要がある。
  • そのような仕事に取り組むときに、これらのアンテナ(他部門との共通インタフェース)が必須になる。

つまり、知財人材(個人)としてではなく、スタートアップというチームの一員としてこれらのアンテナを持つ必要があるということだ。

スタートアップの支援家であれば、依頼者である経営者が何を考え、何に迷い、何を乗り越えようとしているのか知る必要があるだろう。

スタートアップインハウスの知財人材であれば、数年にわたって1人で知財の屋台骨を支えることになるから、経営者と同等のマインドセットが必要であることは言うまでもない。

3.2. 「外部知財人材」向けのスキル・マインドセット

経産省の資料では、アウトソース(資料中の「外部知財人材」)に向けて、「外部知財人材がスタートアップ支援を進めるための行動プロセスとスキル・マインドセット配置例」の図も公開している。

 

画像元:「スタートアップの事業成長に貢献する知財人材のスキル・マインドセット」(経済産業省)より

この図は非常によくまとまっている。

だが、この図を「外部知財人材」にのみ向けるのはあまりにもったいない。

上記のとおり、スタートアップインハウスの知財人材であれば、数年にわたって1人で知財の屋台骨を支えることになる。

外部知財人材と同等の幅のスキルは持ち合わせておいて損はないだろう(そうでなければ、早急に2人目の知財人材を採用しなければならなくなるが、初期のスタートアップにそんな余裕はないだろう)。

さらに言えば、このスキル・マインドセットは、知財業務以外でも常に求められるものだ。

つまり、この図はスタートアップのインハウスとして働く上で必要なスキルとマインドセットそのものを表すと言えるだろう。

次の章では、私が実践している「私的マインドセット」を紹介していきたい。

4. 5年間のスタートアップ経験で培った「プレイスタイル」

スタートアップで働く上で、私が日々意識していることは3つある。

  •  知財より事業を優先する
  •  知財部門=コーポレート部門と事業部門のインタフェース
  •  知財人材→パーフェクトオールラウンダー

4.1. 知財より事業を優先する

「知財より事業を優先する」とは、「知財の責任を放棄してでも事業を優先する」という意味ではない。

知財の専門家として、「知財の責任を80%の労力で当然に果たした上で、残り20%を事業に注ぐ」という意味だ。

知財の仕事は、長期的目線で捉える必要があるが、それが故に、短期的には終わりの見えにくい仕事である。80%を100%にする余地はいくらでもある。

一方、スタートアップの状況は日々刻々と変化する。

教科書的な対応(長期的目線)だけでは、日々刻々と変化する状況にハマらない時がある(体感上は、ハマる時の方が少ない)。

そういう時は、知財の観点ではなく、事業の観点で状況を捉えるようにしている。

例えば、翌日の展示会で「技術をアピールすることにより、少しでも認知を取りたい」という状況があったとする。

このような状況下で、「特許出願前だから情報を秘匿化しましょう」ではなく、「それくらいの情報であれば、新規性の喪失は知財部門が何とかするので、まずは市場の認知を取りましょう」と言えるようでありたい。

「特許出願前だから情報を秘匿化する」という判断は、実は知財人材でなくてもできる。スタートアップに転職するような事業担当やエンジニアは知財のこともよく勉強しているので、啓蒙さえしておけば、彼らだけでも一定の判断は可能だ。

一方、「特許出願前でもリスクコントロールできる範囲で情報を公開しましょう」という判断はリスクテイクだ。リスクテイクは知財人材にしかできない仕事で、ここに価値があると思っている。

4.2. 知財部門=コーポレート部門と事業部門のインタフェース

組織が大きくなると、コーポレート部門と事業部門のコミュニケーション密度が下がる。

これは、健全に「仕組み化」された結果(成長痛みたいなもの)だ。

このとき、「うちの会社も大企業みたいになってきた」で留まるのは簡単だが、「さぁ、どうしよう?」と企業のステージアップまで視野を広げたい。

実は、そんな局面で力を発揮するのが知財人材だ。

知財人材は、日頃から、未知の技術や事業の情報に触れながら知財実務を行っている。

一方、法律的な思考も持ち合わせており、管理部門の人とも共通のプロトコルを持っている。

知財程、事業要素とコーポレート要素が程よく混ざった業務はないと思う。

私は、コーポレート業務の代表格である人事も経験したが、知財よりもコーポレート色が強いのは間違いない。

スタートアップでは、コミュニケーション密度の維持・向上は成長のエンジンになる。

ステージが上がる度に分業が進むので、コミュニケーションの密度は減少方向にバイアスがかかる。

しかし、ステージが上がっても知財のコミュニケーション密度は下がらない(それどころか、事業化が近づけば近づくほど、密度は上がるだろう)。

つまり、知財部門は、スタートアップのステージと関係なく、コーポレート部門と事業部門の間に残り続ける部門なのだ。

部門間のインタフェース、つなぎ役としてこんなに適した人材は他にないのではないか。

スタートアップと大企業の最大の違いはリソースの量だ。
その中でも人的リソースの量的不足はいかんともしがたい現実だ。
質は負けていないが、量だけはどうにもならない。

ビジネス部門(Bizdev、Sales、エンジニアetc.)は、顧客側(前線)で能力が発揮される。
彼らには顧客側に張ってもらう必要がある。

コーポレート部門はディフェンスライン(後衛)を支えてもらわねばならない。
といってもデフェンダの数も十分ではないので、ディフェンスに専念してもらうことになる。

となると、ビジネス部門とコーポレート部門の間のボールのつなぎ役(インタフェース)が足りない。それを知財家が担う。

元来、知的財産部は、様々な部門とコミュニケーションを取った上で、高い専門性が故に、最終解を自ら出すポジションだ。

例えば、特許実務に触れていると、目の前の発明(ファクト)に対して上位概念化と下位概念化(上下動)を繰り返すだけでなく、変形例(新たな可能性)の模索(左右の視野拡大)も怠っていない。

初めての技術や事業の相談が来れば、分かる範囲でいったん何とかする。

これが癖になっているのが知財家だ。
スタートアップでは、この癖を活かせる局面がとても多い。

知財家が、情報(ボール)を上下左右に散らすことにより、ビジネス部門はビジネスに集中することができ、コーポレート部門はコーポレートに集中することができる。

危機を未然に回避することもできるし、味方の背中を押すこともできる。
マクロの視点で全体をコントロールすることもできるし、ミクロの視点で局地戦に参戦することもできる。

弊ブログ「This is startup – スタートアップで知財家がハマるポジション –」より抜粋

このような知財家ならではの特性を理解すれば、知財業務以外でも組織に貢献できることがもっともっと見つかるはずだ。

4.3. 知財人材→パーフェクトオールラウンダー

筆者は、スタートアップのインハウスは、パーフェクトオールラウンダーになるべきだという考えを持っている。

パーフェクトオールラウンダーとは、「企業の成長に必要な全ての役割をハイレベルにこなす(SpecialistではなくGeneralistを極める)」という概念だ。

木本:変化の激しいスタートアップの事業環境では、弾力性のある「知財戦略」が必要だと考えています。「特許を出さない知財戦略」の下でプレゼンスが求められる局面もあるはずです。

複数の選択肢を常に念頭に置き、どの選択肢でも責任を持って実行できるかどうか。経験や知識もさることながら、強い「覚悟」が求められます。そのためには知財のスペシャリストであるだけでは足りない。

知財の論理だけで知財を語っても、期待値は最大化しません。村上からは「ビジネスネゴシエーションのできる弁理士になってくれ」とことあるごとに言われています。しかし、「ビジネスとは何か」「ネゴシエーションできるとはどういうことか」。この命題が僕の脳裏から消えたことは、一度もありません。

自分なりに模索した結果、たどり着いた解がジェネラリスト。知財に専門性を持ちつつも、高いレベルのジェネラリストでありたい。知財領域でアウトプットを出すのは当たり前。その上で、知財から離れた領域にも顔を出し、そこで得た知見を知財に還元する。

「知財の内と外の往復運動」をただただ繰り返す。思考体力が求められますが、裏を返せば、必要なのはそれだけです。今考えると、自分が人事責任者を兼務で引き受けたのも、オールラウンドでプレイできるようになりたいという想いが根底にあったからのような気がします。

実際に人事業務に触れてみると、知財業務の経験を適用できることもあるし、知財業務へ還元できる学びもあります。異分野で知財経験を活かすことは、R&DスタートアップであるPxDTのスピリットに通じると思っています。個人レベルでR&Dスタートアップを実践している感覚です。

今の僕には「落合陽一の弁理士」という看板がついて回ることもありますが、これを「知財のパーフェクトオールラウンダー」に書き換えることが目標です。

(2020年Toreru Mediaでの筆者インタビューより

奇しくも、経産省の資料で示された「力」{俯瞰力、説明力、連携力、対応力、共感力、発信・行動力}は、パーフェクトオールラウンダーになるために必要不可欠な要素だろう。

拾えるボールは全部拾いに行く。

もちろん、慣れない仕事をすればミスも出るし、疲労も蓄積される。

それでも拾う。

その先に、スタートアップにおける知財人材の可能性を示すことができると信じているからだ。

5.おわりに ~大企業とスタートアップは何が違うのか?

以前、大企業向けのセミナーで、大企業とスタートアップの違いについて、説明したことがある。

この時の説明の内容は、筆者の個人ブログにも記載した。

僕たちは、大企業より速く走れるわけじゃないんです。
ただ、命が尽きる前にゴールしようとしているだけなんです。
あなたたちと同じ足を必死で回しているだけなんです。

弊ブログ「This is startup – スタートアップと大企業の違い –」より抜粋

スタートアップで働くと急に能力が上がる、なんてことはない。
スタートアップの業務が大企業や特許事務所のそれと大きく変わることもない。
知財はどこでやっても知財のままだ。

しかし、1つだけ違いがある。

それがランウェイ(企業の寿命)だ。

スタートアップの平均ランウェイは24ヶ月以下(2年以下)であろう。

これは恐ろしい数字で、知財の世界に例えると、

  • 国内移行期日(優先日から30ヶ月)を迎える前に資金がショートする。
  • 商標権の更新機会(5年後の年金納付)が保証されていない。

ということになる。

このような環境下で大事なことは「早くやる」ことだ。

これに尽きる。

長期的な仕事である「知財」において、瞬間的に正解が分かるわけはない。「もう少し時間をかけて判断したい」と思うこともしばしばだ。

それでも「早く決める」。

正解を出すのではなく、「1秒でも早く決めて、それを必ず正解にする」という感覚で取り組む。

これが「スタートアップで知財する」ということだ。

参考

筆者のブログでは、スタートアップの知財インハウスとしての働き方の実態や魅力について様々な角度から発信しています。スタートアップの世界が気になった方は、是非ご覧ください。

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