2026年4月27日、スタートアップ知財コミュニティ suiP の設立4周年記念イベントとして、「suiP AWARDS 2026」が開催されました。
このアワードは、権威ある審査員が選ぶのではなく、会場に集まった知財関係者等およそ50名の投票で受賞者が決まる、「本屋大賞」型のコンセプトを持つ新しい表彰制度です。投票は「知財活動としての素晴らしさ」と「知見共有としての素晴らしさ」の2つの評価軸で行われます。
アワードの成り立ちや運営の裏側については、Toreru Media の過去記事に詳しく書かれています。あわせてご覧ください(スタートアップの知財アワードをつくってみた。現場が選ぶ、新しい表彰制度ができるまで ~suiP知財works vol.07)。
そのイベントにて、私が所属するピクシーダストテクノロジーズ株式会社(以下、 PxDT )における知財の取り組みについてプレゼンし、「知見共有としての素晴らしさ」観点の平均点が最も高い企業として、suiP Frontier Award をいただきました。
知見共有として評価されたからには、当日の会場参加者だけでなくもっと多くの方に共有するのが受賞者としての責任だと思い、この場で記事を公開させていただくことにしました。
本稿では、スタートアップ企業が知財を価値につなげるために何ができるか、その活用方法のヒントとして、PxDTにおける取り組みの実例をアワード当日のプレゼン資料に沿ってご紹介します。当日のプレゼンでは話しきれなかったことも遠慮なく書き足していきます。

画像元:筆者作成( suiP AWARDS 2026 発表資料より、以下同じ)
ゲスト紹介
片山 晴紀(かたやま はるき)
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社で知財・法務を担当しています。
スタートアップ企業から仕掛ける大企業との協創を契約と知的財産の側面から支えることで、事業の価値を最大化する知財戦略の立案・遂行に取り組んでいます。
自称「オープンイノベーション系弁理士」
1. オープンイノベーションで技術シーズを社会実装する
まず前提として、簡単にPxDTの会社紹介をさせていただきます。ここを説明しておかないと、後半にある知財活動の話が「なぜそれをやるのか」につながらないためです。

PxDT のコア技術は「波動制御技術」です。音・光・超音波といった波を制御する技術で、大学との産学連携で仕入れてくるシーズもあれば、社内のリサーチと技術開発から生まれるシーズもあります。
ただ、アカデミアレベルの基礎技術は、そのままでは市場のニーズに当てはまりません。そこで顧客企業や市場からニーズと課題を引き出し、そのニーズに合わせるための技術開発・製品開発を重ねていきます。PxDT は多くの場合、この工程を、現場の課題を熟知しているパートナー企業との共同検討・共同開発によって進めます。基礎技術を、大企業等のパートナーと一緒にプロダクトやサービスの形に仕立て上げていくわけです。
まとめると、 PxDT は「オープンイノベーションによって技術シーズを連続的に社会実装する会社」です。
このうち「連続的に」というところが、 PxDT の大きな特徴です。大学発ベンチャーには、特定の研究室から生まれた特定の技術を社会実装するために設立されるケースが多くあります。
PxDT はそこが少し違っていて、ひとつの技術に限らず、いろいろな新しい技術シーズを大学から仕入れたり社内で開発したりして、それをプロダクトやサービスへ昇華していくというサイクルを、何度も回していくことをビジネスとしています。
したがって PxDT は、オープンイノベーションなしには成り立たない会社です。アカデミアおよびパートナー企業との連携によるオープンイノベーション。それが事業モデルの真ん中にあります。
2. 知財によって「対等な立場で協創できる場」をつくる
オープンイノベーションに正面から取り組んでいる PxDT の知財部門は、知財活動の基本方針を掲げています。それが「協創に資する知財」です。

大企業とスタートアップのオープンイノベーションは、なかなかうまくいかない、とよく言われます。お互いに立場が違い、抱えているものも、大事にしているものも、時間感覚も違う。その結果、連携がかみ合わないままフェードアウトしていく。
協創がうまくいく条件として挙げられるのは、「お互いが対等な立場に立ち、同じ価値観を持って、同じものを目指して一緒に取り組むこと」です。
根拠として、経済産業省・文化庁・厚生労働省という所管の異なる複数の報告書に、価値共創の「場」に求められる環境として「対等」という語が共通して登場することを指摘した論文があります。
(仁科雅弘「知的財産権の排他性を利用した価値共創 ―協調・共創領域での知的財産権の役割の変容と新たな変容の予感―」特許研究 PATENT STUDIES No.76(2023年9月)39頁以下)
とはいえ、「対等な立場」は自然には成立しません。スタートアップは資金も人も限られていて、リソースの面では圧倒的に弱い。大企業は資金も人材も豊富で、強い。
この非対称のままでは、大企業にとってスタートアップが単なる受託先や技術提供者のような関係になりがちです。そうなると、互いの強みを持ち寄り、同じ方向を向いて新しい価値をつくることは難しくなります。
一方、特許権などの知的財産権の強力な効力のひとつに、差止請求権があります。スタートアップが有力な特許を持っていれば、資金も人材も潤沢な大企業であっても、その特許を無断で使うことはできません。使えば差止めを受け、事業そのものが止まってしまう。
つまり、大企業が「使いたくなる知財」をスタートアップが持っていれば、大企業にとってスタートアップが欠かせない存在となり、対等に付き合うモチベーションが生まれます。そこに、対等な立場で協創に取り組む場が生まれます。
知財は、大企業とスタートアップの協創を成功させ、そこから生み出される価値を最大化するために使える。これが「協創に資する知財」というテーマに込めた意味です。
知財を創出し、保護し、活用することで、協創による事業価値の最大化を支える。これを PxDT 知財のミッションとして意識しています。
3. 協創の成果を知財で可視化して伝える
ここまでが考え方の話です。では、「協創に資する知財」というミッションのもとで、PxDTが具体的にどのような知財の取り組みを行っているのか。ここでは、パートナー企業との共同研究開発から生まれた知財の活用を例にご紹介します。

出発点は、パートナー企業との共同研究開発契約です。契約締結後、両社で研究開発を進め、そこで生まれた発明について共同で特許を出願しました。パートナー企業の発明者と PxDT の発明者による共同発明です。その後、スーパー早期審査や審査官面接なども活用しながら権利化を進め、無事に特許登録へと至りました。
ここまでは、一般的な知財活動として多くの企業で行われていることだと思います。しかし、今回の取り組みで重視したのは「特許を取った後」です。
PxDT は、登録された特許を公益社団法人 発明協会の関東地方発明表彰に応募し、「発明奨励賞」を受賞しました。そして受賞について、自社とパートナー企業の両方から、同じ内容のニュースリリースを同じ日に出してもらいました。
◆自社のニュースリリース:オープンイノベーションによる知財の創出と社会実装!塩野義製薬とピクシーダストテクノロジーズの共同発明が「令和7年度 関東地方発明表彰」発明奨励賞を受賞
◆パートナー企業のニュースリリース:塩野義製薬とピクシーダストテクノロジーズの共同発明が 「令和7年度 関東地方発明表彰」発明奨励賞を受賞 〜日常の音からガンマ波サウンド™を生成する変調音出力装置〜
ここでお伝えしたいのは、「すごい特許を取得し、名誉ある賞を受賞しました」という話ではありません。
発明奨励賞は、限られた数社だけが選ばれる最上位の賞ではなく、比較的受賞を目指しやすい賞です。しかし、一般の方はもちろん、知財業界の人間であっても、それぞれの賞の難易度まで詳しく知っている人は、おそらく少数派ではないでしょうか。
ニュースリリースを目にした人には、「発明協会の表彰を受けた発明」であるという事実が意味を持って伝わります。
重要なのは、この賞を何の目的に利用したかです。狙いは、賞を実態以上に大きく見せることではなく、第三者による表彰という機会を活用して、普段は伝わりにくい共同研究の成果を広く理解されやすい形に変換することです。
研究開発の初期段階からのオープンイノベーションを行う場合、製品化・事業化に至るまで長い時間がかかります。その間にも技術的な前進や重要な成果は生まれていますが、完成した製品のように目に見える形で示すことは簡単ではありません。
そのため、成果が外から見えにくく、社内でも「このプロジェクトは進んでいるのか」「継続する価値があるのか」と疑問を持たれることがあります。
だからこそ、この「見えづらい成果」を、まず特許登録という形で可視化し、さらに発明表彰の受賞という誰にでも分かりやすい成果に翻訳して、ニュースリリースで社内外にアピールしました。
4. 「契約・権利化・広報」を一連の流れとしてやりきる
ここで少し引いて、知財部門の役割の話をさせてください。PxDTでは、知財部門が三つの役割に一貫して関与すべきだと考えています。
一つ目は、共同研究開発契約を通じて、知財が生まれる場とルールを整える「契約」。二つ目は、生まれた知財を権利として確保する「権利化」。三つ目は、権利になった知財を発信することで活用する「広報」です。
知財部門の仕事というと、発明を発掘し、特許出願を行い、審査対応を経て権利化する部分が中心だと考えられがちです。もちろん、それは専門性が求められる重要な仕事です。一方で、特許は取得しただけで自動的に事業価値を生むわけではありません。
知財の典型的な活用方法としては、他社への権利行使やライセンスなどがあります。しかし、スタートアップにとって訴訟は、費用・人員・時間のいずれの面でも負担が大きい選択肢です。ライセンスの機会も、権利を取ればすぐに生まれるとは限りません。特許取得から実際の権利行使やライセンス収益まで、何年もの時間がかかることもあります。
スタートアップの寿命を考えると、5年、10年と経つまで目に見える成果が出ない知財活動では、知財の存在意義そのものが問われてしまいます。
「この特許を取った意味は何だったのか」「限られた資金と人員を使って、なぜ知財活動を続けるのか」という問いに、知財部門は答え続けなければなりません。
だからこそ、訴訟や権利行使よりもっと短いスパンで、知財活動の成果を価値につなげる必要があります。その手段のひとつが「伝えること」です。
今回のように、特許を広報やブランディングの文脈で活用すれば、より短い時間軸で事業や組織に対する価値を生み出せます。知財が生まれる前の契約から、権利化、そして取得後の広報までを一つの流れとして実行することで、知財活動の意味を経営陣や事業部門にも伝えやすくなります。
5. 社内外へのブランディングに活用する
今回の活動の目的は、受賞実績を増やすことそのものではありません。「オープンイノベーションを加速するためのブランディング」です。
自社とパートナー企業に対するブランディングと、外部企業に対するブランディングの、それぞれに期待した効果があります。

(1)自社とパートナー企業に対して:既存の協創プロジェクトの継続的発展
自社とパートナー企業に対するブランディングで狙った効果の一つは、現場社員のモチベーションと連帯感の向上です。
一緒に取り組んだ成果が特許になり、賞をもらい、それが両社それぞれのニュースサイトに掲載される。プロジェクトに関わった発明者や現場メンバーにとって、これは自分たちの取り組みが外部から評価されたことを実感できる機会です。
両社のメンバーのモチベーションや連帯感を高め、「このチームでもっと先へ進みたい」という空気をつくる効果が期待できます。
もう一つの効果は、社内におけるプロジェクトの地位向上です。
ニュースリリースは、当事者以外の目にも触れます。他部門の社員、そして事業部門の上位役職者にも届きますし、直接「受賞しました」と報告する機会も生まれます。それによって「あの部門がやっているオープンイノベーションは、ちゃんと成果を出しているんだな」と、分かりやすく見えるようになります。
これは大企業側のプロジェクトにとって、とても大きいはずです。プロジェクトの社内的な地位が上がれば、打ち切りを回避しやすくなり、難しい決裁も通りやすくなるかもしれません。
「お金もかかるし成果も見えないから、そろそろ止めよう」となることを避け、事業化へ向けて走り続けられます。
つまり、自社とパートナー企業の社内に対してブランディングすることで、現場の意欲と組織内の支持の双方を高め、既存の協創プロジェクトの継続的発展を促進することを狙いました。
(2)外部企業に対して:新たな協創プロジェクトの創出
まだ組んだことのない外部企業に対するブランディングで狙った効果の一つは、PxDTの会社、事業、技術に関する認知の獲得です。
スタートアップにとって、まず会社を知ってもらうこと自体が大きな課題です。ニュースリリースを目にする外部企業に対して、まず会社・事業・技術についての認知を獲得できます。
「聞いたこともない、何をやっているか分からない会社」から、「有名なパートナー企業と一緒に発明表彰を受賞した会社」になる。
受賞発明に関連する事業をやっているのだと事業内容も伝わりますし、「賞を受けるような特許を取れる技術力のある会社なんだ」という技術面の認知も上がります。
そして、その先に狙っているもう一つの効果が、「PxDT と組めば優れた技術成果が生まれる」という期待感の醸成です。
新規事業をやりたいけれど、どのスタートアップと組めばいいのか分からない。いくつか組んでみたけれど、なかなか成果が出ない。
そんな悩みを抱えた大企業の新規事業部門の方に、「この会社と組めば、共同で良い特許が取れるかもしれない。表彰されるような技術成果が生まれるかもしれない」と思ってもらえれば、コンタクトにつながります。
つまり、社外に対してブランディングすることで、自社についての認知と期待感を高め、新たな協創プロジェクトの創出を促進することを狙いました。
冒頭に書いたとおり、 PxDT は多様な技術シーズを連続的に社会実装することを目指しています。そのためには、一つのパートナーとの取り組みを成功させるだけでなく、次のパートナー、次のテーマへと協創をスケールさせていく必要があります。
既存プロジェクトの成果を知財として可視化し、分かりやすく伝えることは、次のオープンイノベーションを呼び込むための呼び水になります。
6. PxDTの取り組みのポイント: 良い知財を、伝わる価値へ
最後にお伝えしたいのは、これです。
「良い特許を取得した」で終わらせず、それを「伝える」ことで価値につなげる。
知財部門にとって、強い特許を獲得することは重要です。しかし、持っているだけでは価値になりません。だからこそ、世の中に伝える工夫が必要です。
発明表彰はその一例にすぎません。技術発表、導入事例、共同研究のストーリー、顧客向けコンテンツなど、事業や組織の状況に応じてさまざまな「伝える」方法が考えられます。
重要なのは、権利化をゴールにせず、「誰に、何を伝え、どのような行動や変化につなげたいのか」まで設計したうえで、それに合った方法で発信することです。
この「価値につなげるところまで」を、スタートアップの知財担当はやりきる。それができてはじめて、知財の存在意義を示せるのだと考えています。
今回紹介した取り組みは、再現しやすいものです。発明表彰への応募は無料ですし、上位の賞に比べれば発明奨励賞の受賞ハードルは高くありません。ニュースリリースにも大きな費用はかかりません。
登録特許が 1 件あれば、誰でも真似できる内容です。ぜひいろいろな方に真似していただいて、スタートアップが持っている知財を、価値につなげていってほしいと思っています。
最後に、suiP AWARDS 2026 で投票してくださった皆さま、運営の皆さま、ありがとうございました。この知見が、どこかのスタートアップの知財担当者のお役に立てば嬉しいです。

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※もし「自分の現場でも試してみたい」と思われた方は、スタートアップ知財コミュニティ suiP で、こうした実践のリアルを語り合っています。よければのぞいてみてください。