【靴×知財】靴のデザインは法的に保護される?2つの重要事件を弁護士が詳しく解説!

近年、「ファッションロー」という法領域も浸透してきており、経済産業省では「ファッション未来研究会~ファッションローWG~」が立ち上げられ、2023年には同WGにおける議論を踏まえ、ファッションローガイドブックが公表されました。

ファッションローといっても、デザインの模倣やブランドネームの剽窃等の知財法分野のみならず、契約(民法)、いわゆる「ステマ規制」(景品表示法)等、その関係する法律問題は多岐にわたります。

Toreru Mediaでも、ファッションローをがっつりテーマにした記事「アパレル×知財で気を付けるべきポイントは? ~渋谷の片隅でファッションローを叫ぶ 出張編」が公開されていますので、是非ご一読ください。 

 

本記事は、ファッションローの中核ともいえる「ファッションデザインの法的保護」というテーマの中から、「靴」のデザインの法的保護について取り扱います。 

靴のみにフォーカスするのもなかなかニッチな記事に感じられるかもしれませんが、実は靴の国内小売ビジネス規模は約1兆1200億円(2022年度)と大きな市場です。
靴・履物小売市場に関する調査を実施(2023年) | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所

世界を見渡すとNIKE社は靴の純収益だけで年間約5000億円というデータもあります。
Nike footwear net revenue, by region 2024 | Statista

最近ですといわゆる「テック系」ファッションの流行りを受け、ゴアテックス素材のスニーカーや、「On」「SALOMON」といった海外ブランドのスニーカーもよく見かけるようになってきています。

メーカー同士の競争も激しいこの業界、本記事ではそんな靴デザインの法的保護について、まずは靴のデザインの法的保護についての一般論を概観し、その後、近年下された靴のデザインに関する2つの裁判例(ドクターマーチン事件、ルブタン事件)を紹介したいと思います。

1. 靴のデザインの法的保護

今回のテーマである靴のデザインについて、まずはどのような法律による保護があり得るのか、概観してみます。

1.1. 意匠法

意匠法は、物品の形状、模様及び色彩等の「意匠」について、意匠登録によって意匠権を与えて保護する法律です。

今回のテーマである靴等のアパレル商品のデザインも意匠に該当し得ますので、意匠法による保護が適しているとも思えるのですが、実は、必ずしもそうとは言えません。

その理由はいくつかありますが、1つ挙げるとすれば、意匠権として権利化されるまでに要する期間です。

特許庁から公開されている「みんなの意匠権 十人十色のつかいかた」(2023年7月第2版発行)によれば、2021年度の実績で、権利化までの平均期間は7.4月とされています。

他方、アパレル商品は「2024SS」「2024AW」のようにシーズン(3~6か月)ごとに商品が入れ替わるため、特定のシーズンに売り出す商品について意匠登録を目指そうとしても、登録(権利化)された時点では当該商品の販売が終了しているという事態になりやすく、意匠法による保護と相性が良くないといえます。

もっとも、特定のシーズンに左右されないような、いわば「定番」として売り出そうと考えている商品であれば、権利化に時間を要したとしても、意匠法による保護を検討する価値はあるといえます。

靴はもちろん、サンダルについても意匠登録は可能で、「ギョサン」の愛称で親しまれているサンダルについても、意匠登録がされていました。

意匠第1407743号(2010年出願)

なお、意匠登録の要件として、「新規性」(意匠法3条1項)が要求されますので、例えば、意匠登録を予定している靴製品を店舗にて販売した(新規性を喪失した)後に、意匠登録出願をしようとする場合には、販売日(新規性を喪失した日)から1年以内に出願し、新規性喪失の例外の適用を受けるための手続が必要となる(意匠法4条)点には注意が必要です。

1.2. 著作権法

著作権法は、「創作的な表現」を保護する法律であり、意匠権と違い、著作権は創作した時点で何らの手続を要せずして発生します。

そのため、簡単に保護を受けられそうなイメージを抱いてしまいがちですが、実は、アパレル商品等の「実用品」については、いわゆる「応用美術」として、裁判例上、著作物と認められるハードルが高くなっており、実用品であるアパレル商品のデザインが保護されると安易に期待してしまうのは危険です。

靴のデザインの著作物性が争われた事案は見つかりませんでしたが、女性用のランニングシャツの胸部分に施された花柄の刺繍デザインについて、「衣服に付加されるデザインであることを離れ、独立して美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えたものとは認められない」とし、衣服という実用品であることによる制約を理由として、同デザインの著作物性を否定した事案があります。

大阪地判平成29.1.19 原告商品2(3) 胸刺繍拡大図より引用

他方、Tシャツにプリントされたイラストを模倣された事案(東京地判令和5.9.29)では、イラストについて、いわゆる応用美術であることを認めつつも、「実際に着用されている場合であっても、その美的特性を把握するのに支障が生じるものでもない」として、著作物性を認めています。

後者のTシャツの事案のように、実用品である衣服と独立した「イラスト」が模倣されたのであれば、著作権侵害を理由とする責任追及の可能性はありますが、前者の女性用ランニングシャツの事案のように、「衣服と独立して成立し得ないデザイン」については、著作物性が認められるハードルが高いといえます。

1.3. 商標法

商標法は、自己の商品と他人の商品を識別する標識(トレードマーク)を保護する法律で、商標法による保護のためには商標登録が必要です。

商標として一般的なのは、商品名やブランド名等の文字ですが、商品の形態、デザインについても商標登録は可能です。

例えば「VANS」のスニーカーは、立体商標として登録されています。

商標第6704176号(2020年出願)

もっとも、商品の形態は本来、その商品の機能等のために備わっているものであって、他の商品との識別のためのものではないため、その商品の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号の拒絶理由に該当することが多いといえます。

特許庁:第3条第1項第3号の審査基準

具体的には、無地の上履き・スニーカーデザインは「商品等の形状そのものの範囲を出ないと認識されるにすぎない」として、3条1項3号で登録が拒絶されるでしょう。「VANS」のスニーカーはその特徴的なステッチや模様があるため登録が認められたと考えられます。

1.4. 不正競争防止法(不競法)

1.4.1. 形態模倣行為(不競法2条1項3号)

同号では、いわゆる「形態模倣行為」が不正競争とされており、他人の靴のデザイン(形態)を模倣した商品を譲渡等する行為に対しては、販売の差止めや損害賠償請求を行うこともできます。

「形態模倣」という言葉からも、これこそファッションデザインの保護にピッタリ、とも思えるのですが、実は、日本国内において最初に販売された日から3年を経過した後における行為に対しては、同号に基づく請求ができません(不競法19条1項5号)。

このように、同号に基づく請求には3年という期間制限があり、販売から3年を経過してしまった場合(しかも意匠、商標登録等していない場合)には、以下に述べる、周知・著名商品等表示の使用行為としての責任追及を検討することとなります。

1.4.2. 商品等表示(同法2条1項1号、2号)

たとえ商標登録されていないとしても、周知(同項1号)又は著名(同項2号)な「商品等表示」であれば、そのような表示を他者が使用することは不正競争にあたり、差止請求や損害賠償請求の対象となり得ます(周知商品等表示の使用行為については、さらに「混同」のおそれも要件となります。)。

この「周知」、「著名」とは、簡単にいうと、いずれも「広く知られている」という意味合いで、周知よりも著名の方が知名度が高いというイメージです。

次に「商品等表示」の意義について、法律上は「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」と定義されています(不競法2条1項1号)が、要するに、商品(や役務)の出所を示す表示という意味合いです。

しかし、例えば商品名やブランドネーム(例:スタンスミス)から特定の事業者(例:アディダス)を想起できることはあると思いますが、靴のデザイン等の「商品の形態」が出所を示す表示になるのでしょうか。

そもそも、商品の形態は、その商品の機能を発揮するためのものであって、本来、その商品の出所(どの事業者の商品であるか)を表示するものではありません。

また、例えば「ブーツ」というジャンル内の商品であれば、その形態は似たり寄ったりになることが多く、そのような商品の「形態」自体を商品等表示として特定の事業者が独占してしまうのは、過剰といえるでしょう。

そこで、裁判例においても、商品の形態が「商品等表示」に該当するといえる要件は加重されており、以下の①②の要件を充たす必要があるとされています。

  1.  商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していること(特別顕著性
  2.  その形態が特定の事業者によって長期間独占的に利用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性

なお、ファッションデザインの領域でいえば、特徴的な鞄のデザインについて、商品等表示該当性を認めた、BAO BAO ISSEY MIYAKE事件(東京地判令和1.6.18)があります。

今回紹介する、靴のデザインの模倣に関する裁判例においても、原告は靴のデザインが「商品等表示」に該当すると主張しており、まさに上記①②の要件を充たすか否かが大きな争点となりました。

さて、この後の裁判例を読み解くために、「①特別顕著性」と「②周知性」という用語を覚えておいて頂ければと思います。

法的保護の話を踏まえて、ここからは2つの裁判例を解説していきましょう。

2. 裁判例①ドクターマーチン事件

2.1. 事件の概要

今回紹介する靴のデザイン裁判例のうち、1つ目は、ドクターマーチン事件です。

ドクターマーチン(Dr.Martens)とは、英国法人であるエア・ウェアー インターナショナル リミテッド(以下「エア・ウェアー社」といいます。)が販売するブーツ等に用いられているブランド名で、ドクターマーチンといえば、黄色のステッチ、無骨なゴムソールが特徴的なブーツを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

エア・ウェアー社は、被告がドクターマーチンのブーツのうち、「1460 8ホールブーツ」(以下「本件ブーツ」といいます。)の販売差止めを求めて訴訟を提起し、地裁(東京地判令和5.3.24)知財高裁(知財高判令和5.11.9)まで争った結果、エア・ウェアー社が勝訴しました。

2.2. 原告商品と被告商品の比較

ドクターマーチン事件で問題となった原告と被告のブーツの比較写真は以下のとおりです(左側が原告エア・ウェアー社の本件ブーツ、右側が被告販売のブーツ。)。

東京地判令和5.3.24 判決別紙より引用

パッと見、かなり似ている印象を受けますが、どのような根拠で、どのような点に着目して判断が下されたのかが重要ですので、詳しくみていきましょう。

2.3. どのような根拠に基づく請求か

今回、エア・ウェアー社は、不正競争防止法上の商品等表示の使用、及び、商標権に基づき、被告に対してブーツの販売差止めを請求しました。

主として争点となったのは、ブーツの商品等表示該当性の点ですので、この点に絞って紹介します。

前記のとおり、ブーツ(商品)の形態が「商品等表示」に該当するためには、「特別顕著性、周知性」という要件を充たす必要がありましたが、ドクターマーチン事件でもこの点がまさに争点となり、興味深い判断がなされています。

2.4. 裁判所の判断 

2.4.1. 特別顕著性・周知性

エア・ウェアー社は本件ブーツの形態のうち、8つの特徴をピックアップして主張し、地裁判決は、これに対応する形で、8つの特徴それぞれについて、「特別顕著性・周知性」を判断しました。地裁の判断を図にまとめてみます。

このように、いずれの要件をもクリアし、「商品等表示」と認められたのは、ドクターマーチンのアイコンともいえる、「黄色のウェルトステッチ」のみでした。

なお、「黄色のウェルトステッチ」について、裁判所は次のように説明しています。

「靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出し、ウェルトステッチが視認できること、また、ウェルトステッチには、明るい黄色の糸が使用されており、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できること」

東京地判令和5.3.24 判決別紙より再掲

地裁判決は、本件ブーツの他に、このような特徴を有する靴製品が販売されていたと認めるに足りる証拠はないとして、黄色のウェルトステッチを「顕著な特徴」と認めました。

そして、雑誌等において本件ブーツが紹介される際にも、黄色のウェルトステッチが見えるような写真が掲載され、紹介記事中にも、黄色のウェルトステッチがドクターマーチンの特徴であると指摘されていたこと等から、かかる特徴がエア・ウェアー社の商品を示すものとして広く認識されていた(周知性あり)と判断しました。

2.4.2. 混同のおそれ

前記判決別紙写真のとおり、本件ブーツと被告商品は酷似しており、地裁判決においても、「ほぼ同一と評価できる程度に類似している」と判断されました。

そうすると、「ドクターマーチンと間違えて被告商品を買ってしまう」という関係が成り立ち、混同のおそれは余裕で認められるようにも思えます。

この点に関し、被告は、「被告商品には合成皮革が使用されており、天然皮革が使用されている本件ブーツとは質感が異なるし、本件ブーツの価格は26,400円、被告商品の価格は4,000円代であるため、混同するはずがない!」といった旨の反論をしました。

「なるほど・・・」とも思いますが、地裁判決では、この論点に踏み込んだ検討を加えて、混同のおそれを認めました。

・靴製品の分野においては、異なる素材を使用したモデルを展開することも一般的であり、このような素材の違いが商品の出所を識別する上で重要な役割を果たすものではない。

ファッション業界においては、セカンドラインやコラボレーションにより、通常の価格帯よりも安価な商品が販売されることがあるため、本件ブーツと被告商品とに価格差があることをもって、被告商品がエア・ウェアー社の商品と関係がないものと認識できるものではない。

最終的に地裁判決では、靴製品及びファッション業界の実態に踏み込んだ説得的な理由をもって混同のおそれを認め、結論として、エア・ウェアー社の販売差止等の請求を認めました。

2.4.3. 知財高裁判決の判断

地裁判決では、エア・ウェアー社の請求が認められ、被告は控訴しましたが、知財高裁(知財高判令和5.11.9)でも、地裁判決の判断が維持され、エア・ウェアー社の請求自体は認められています(控訴棄却)。

もっとも、知財高裁の判決では、特別顕著性の対象となる本件ブーツの形態上の特徴の捉え方について、地裁判決とは異なる判断をしています。

地裁判決が本件ブーツの8つの特徴を個別的に検討したのに対し、知財高裁判決は、本件ブーツを「8つ全ての特徴を有するブーツ」と集合的に捉えて特別顕著性を判断しました。

そして、そのうちでも、黄色のウェルトステッチ、ソールエッジ、ヒールループという3つの特徴については他の同種商品と異なる顕著な特徴があるとする一方で、その他の5つの特徴については、さほど特徴的な形態とまではいえないものの、他の特徴的な形態との組み合わせにより商品全体の特別顕著性を導く一つの要素にはなり得るとし、結論としては、これら「8つの特徴を有するブーツ」として、特別顕著性(及び周知性)を認めました。

1つ1つは大きな特徴でなくても、複数の特徴が合わさって使用されることで全体として1つの特徴になるという認定手法は、他の事件でも使えるものでしょう。

2.5. 商標登録について

ちなみに、エア・ウェアー社は、前記黄色のウェルトステッチについて、位置商標として商標登録出願を行っています。

知財高判令和5.8.10 別紙より引用

しかし、特許庁において拒絶査定がなされ、拒絶査定に対する不服審判においても、商品の形状(装飾)又は特徴を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるとして、商標法3条1項3号に該当することを理由に、審判請求が成り立たない旨の審決がなされました。

さらに、同審決の取消訴訟(知財高判令和5.8.10)においても、エア・ウェアー社の請求は棄却となっており、黄色のウェルトステッチは商標登録には至っていません。

※ なお、エア・ウェアー社は「AirWair WITH Bouncing SOLES」という文字を含む商標権を有しており、前記販売差止訴訟で侵害が認められたエア・ウェアー社の商標権は、この文字商標です。

3. 裁判例②ルブタン事件

3.1. 事件の概要

高級ファッションブランドである「クリスチャンルブタン」のデザイナー及び同人が代表を務める会社が原告となり、被告がルブタンの代名詞ともいえる赤い靴底(レッドソール)のハイヒールを模倣したとして、差止め及び損害賠償を請求した事件です。

本件も、前記ドクターマーチン事件同様、不正競争防止法における「周知・著名商品等表示の使用行為」を理由とする請求で、裁判の中では、ルブタンのハイヒール(以下「本件ハイヒール」といいます。)の形態が「商品等表示」に該当するか、すなわち、特別顕著性・周知性が認められるかどうかが争点となりました。

結論としては、ドクターマーチン事件と対照的に、地裁判決(東京地判令和4.3.11)、知財高裁判決(知財高判令和4.12.26)ともにルブタン側の敗訴となっています。

3.2. 原告商品と被告商品の比較

本訴訟でルブタン側は、「女性用ハイヒールの靴底に赤色を付した」という表示が「商品等表示」に該当すると主張しました。

東京地判令和4.3.11 別紙(原告表示目録)より引用

最初に本件ハイヒール及び被告商品の外観を比べてみましょう。

〔本件ハイヒール(原告商品)〕

東京地判令和4.3.11 別紙より引用

〔被告商品〕

東京地判令和4.3.11 別紙より引用

皆さん、侵害・非侵害どちらと感じられたでしょうか?争点はやはり「特別顕著性」と「周知性」の有無です。裁判所の判断を詳しく見ていきます。

3.3. 裁判所(地裁判決)の判断

3.3.1. 特別顕著性

裁判所は、結論として特別顕著性を否定しましたが、その中でも、「色」に着目した判示が興味深いです。

・「そもそも靴という商品において使用される赤色は、伝統的にも、商品の美感等の観点から採用される典型的な色彩の一つ」である。

・「そして、原告赤色と似た赤色は、ファッション関係においては国内外を問わず古くから採用されている色であり、現に、前記認定事実によれば、女性用ハイヒールにおいても、原告商品が日本で販売される前から靴底の色彩として継続して使用され」ている。

たしかに、「ハイヒールの靴底に付された赤色」という形で限定されているとはいえ、赤色という「単色」の表示はありふれており、ルブタンのハイヒール以外であっても、靴底に赤色を付した女性用ハイヒールが存在するということから、特別顕著性が否定されているものといえます。

3.3.2. 周知性

また、裁判所は周知性も否定しました。

・「日本における原告商品の販売期間は、約20年にとどまり、それほど長期間にわたり販売したものとはいえ」ない。

・「原告会社は・・・自ら広告宣伝費用を払ってテレビ、雑誌、ネット等による広告宣伝を行っていない事情等を踏まえても、極めて強力な宣伝広告が行われているとまではいえず、原告表示は、周知性の要件を充足しない」

20年という販売期間が「それほど長期間ではない」とされている点は意外ですが、結論として周知性も否定されています。

3.3.3. 混同のおそれ

混同のおそれについても次のように否定しています。

・「原告商品は、最低でも8万円を超える高価格帯のハイヒールであって、靴底のラッカーレッド及びその曲線的な形状に加え、靴の形状、ヒールの高さその他の形態上の顕著なデザイン性を有する商品であるのに対し、被告商品は、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールである」

・「いわゆる高級ブランドである原告商品のような靴を購入しようとする需要者は・・・商品の形態自体ではなく、商標等によってもその商品の出所を確認するのが通常であって、原告商品、被告商品とも、中敷や靴底にブランド名のロゴが付されているのであるから、需要者は当該ロゴにより出所の違いを十分に確認することができる。」

・「原告商品のような高級ブランド品を購入しようとする需要者は・・・現物の印象や履き心地などを確認した上で購入するのが通常であるといえ、上記の事情を踏まえても、このような場合に誤認混同が生じないことは明らかである。」

価格帯や素材に着目した点はドクターマーチン事件と同様ですが、ドクターマーチン事件とは対照的に、いずれの要素も混同のおそれを否定する方向で認定されている点が興味深いです。

やはり、ルブタンというブランドが高級ファッションブランドであることが、混同のおそれにも影響を与えているようです。著名であるがためにユーザーは逆にルブタンだと認識し、混同しなくなるというロジックですね。

以上のとおり、結論としてルブタン側の主張は認められず、地裁判決は請求棄却判決となり、控訴審(知財高判令和4.12.26)でも同結論は維持されました。

3.4. 商標登録について

ルブタンのハイヒールについては、女性用ハイヒール靴の靴底部分に付した赤色の色彩のみからなる商標として、特許庁に対して商標登録出願がなされました。

もっとも、ドクターマーチン同様、商標法3条1項3号に該当することを理由として、特許庁にて拒絶査定がなされ、拒絶査定不服審判についても審判請求が成り立たない旨の審決がなされました。

その後、審決取消訴訟が提起されましたが、同訴訟も請求棄却という結論に終わっており(知財高判令和5.1.31)、商標登録には至っていません。

4. 2つの判決からの学び

4.1. 保護されるための「ハードル」を知る

靴を含むファッションデザインの法的保護にまつわる法律は多数存在するものの、それぞれにメリット、デメリットがあります。

それぞれの法律において保護されるためのハードルを理解しておくことが重要です。例えば、ワンシーズン限りの商品であれば、あえて意匠登録まではせずに不競法2条1項3号による保護に委ね、ある程度継続的に販売する見込みのある商品については、意匠登録を検討する、というような形で戦略的に考えておく必要があります。

4.2. 宣伝・広告活動の重要性

4.2.1. 商品等表示の周知性を高める

不競法2条1項1号、2号を根拠とする請求の場合、当該デザイン(商品等表示)が広く知られていること、すなわち、宣伝・広告活動の実績が問われます。

ドクターマーチン事件(地裁判決)においては、黄色のウェルトステッチ以外の特徴の周知性が否定されていますが、その理由の中では、広告や紹介記事において、当該特徴がクローズアップされていない点に言及されています。

そのため、日頃の商品の宣伝・広告活動において、他社製品とは異なる自社製品の特徴が視覚的に分かりやすい写真を採用する、特徴部分についてテキストでも言及する等の工夫が考えられるところです。

4.2.2. ありふれた商標でも識別力をゲットする方法

靴等のファッションデザイン自体を商標権によって保護しようとした場合、特徴的なデザインでなければ「商品の形状を普通に用いられる方法で表示するもの」として、商標法3条1項3号の不登録事由に該当してしまうことがあります。

もっとも、同号の不登録事由に該当する場合であっても、特定の事業者によって継続的に使用された結果、「この形といえばあの会社だ!」と、需要者に想起してもらえるような状態に至ることもあり、そのような場合には例外的に登録可能となります(商標法3条2項。使用による識別力の獲得。)。

例えば、コカ・コーラの瓶の形状については、商標法3条1項3号の不登録事由に該当するものの、コカ・コーラ社による長年の使用、大量の販売実績、多大の宣伝広告等を理由として、識別力を獲得したものとして、商標法3条2項の適用が認められています(知財高判平成20.5.29)。

ただ、ドクターマーチン・ルブタンの商標出願の過程で商標法3条2項の適用が主張されましたが、特許庁・裁判所ともに認めず、どちらも登録には至りませんでした。

靴の世界で商標法3条2項の適用はかなりハードルが高いと考えられ、相当の販売実績や宣伝広告の積み重ねが必要になりそうです。

4.3. さいごに

「おしゃれは足元から」ということで、今回はファッションデザインの中でも靴のデザインの法的保護について、ドクターマーチン事件、ルブタン事件を題材に解説しました。

靴という同じ商品について、同じ争点のもとに結論を異にする判決が下されているというのも興味深く、いずれも先例的価値のある裁判例だと思います。

本記事において紹介した各法律の考え方については、ファッションデザインのみならず、その他のプロダクトデザインの法的保護にも妥当するものですので、皆様の参考になれば幸いです。

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