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商標登録異議申立てを丸裸に!?区分毎の成功率やトレンドを一挙公開(2013年~2022年)

皆さんは商標登録の「異議申立て」をご存じでしょうか?

「異議申立て」とは、特許及び商標掲載公報発行後の一定期間に限り、その取消しを求めることができる制度です。(特許行政年次報告書2023年版 | 経済産業省 特許庁 より)

つまり商標を出願し、特許庁からいったん登録査定が出て喜んだとしても、その後、第三者から異議申立てを受けて取消決定される可能性があるということ。取消決定がされると、その商標権は「初めから存在しなかったもの」とみなされます。

商標が登録されるまでにはお金も時間もかかっているので、できるだけ異議申立てを受けるリスクは避けたいですよね。実はこの異議申立て、出願時に指定する区分ごとにかなり傾向の違いがあるようです。また、どれぐらいの確率で取り消されてしまうかも心の準備として知っておきたいところです。

そこで本記事では、区分毎に、登録数に対する異議申立ての割合や、近年のトレンド(件数増加率)、そして異議申立ての成功率を分析しました。区分毎の成功率には偏りがあり、なかなか興味深いデータです。

出願前に把握しておくと役立つ「異議申立て」のデータ、早速見ていきましょう。

☆異議申立て制度に関する詳細は↓コチラ↓の記事をご覧ください。
商標の異議申立てとは? | Toreru Media

検索DB:J-PlatPat 検索日:2023.8.8

1.2022年 商標登録異議申立て成功率 約9.2%(取消成功37件/失敗365件)

まずは商標登録件数、異議申立て件数を見ていきましょう。

図1は、直近10年における登録件数および異議申立て件数の推移です。2020年以降、登録件数の増加に伴い異議申立て件数も伸びており、2022年における異議申立て件数は「565件」でした。

異議申立て件数=権利単位の件数

我が国における商標登録件数および異議申立て件数の推移

図1:我が国における商標登録件数および異議申立て件数の推移
(特許行政年次報告書2023年版に基づき筆者作成)

そして、2022年における異議申立て「成功率」は約 9.2%。登録商標の取消しに成功した件数は37件、失敗した件数は365件でした。

成功率 9.2% ・・申立人からすると、ちょっと厳しい数字ですね。ダメで元々くらいの気持ちで「異議あり!」を繰り出すのがよさそうです。

一方、出願人の立場からすると、ビジネスに使用する(している)商標を権利保護するために出願をしているので、簡単に取り消されては困ってしまいますよね。仮に取り消されたら、他の名前やロゴを新たに考えなくてはならない事態にもなり得ます。そう考えると、成功率 9.2% くらいが妥当なのかもしれません。

データ出典:特許行政年次報告書2023年版 | 経済産業省 特許庁

2.商標登録異議申立てが多い区分は?

次に、区分毎に、異議申立ての傾向を眺めていきましょう。

区分とは、商標登録する際に指定する必要があるビジネス分野のことであり、第1類 ~ 第45類まで計45区分あります。詳しくは以下の記事を参照ください。

わかりやすい!商標の区分一覧【2023年最新版】 | Toreru Media

*備考*
以降のデータは、異議申立て日ではなく、維持決定 or 取消決定の日付に基づいて集計しています。

2.1 異議申立て件数ランキング

図2は、区分毎の異議申立て件数ランキングを示す図です。機械器具関連の「第9類」を1位として、第25類:被服、第35類:広告、第3類:化粧品と続き、ランキング上位には消費者にとって身近な区分が多いです。

これらの区分はビジネスに関わる業者が多く、公告された商標を見て「(自社のビジネスに影響する商標なので)ここは異議申立てしておかないと!」と取消に動くケースが多いからだと推測されます。

区分毎の異議申立て件数ランキング

図2:区分毎の異議申立て件数ランキング

では、どの様な案件が異議申立てを受けているのか?

件数上位2区分である「第9類」「第25類」が関わる異議申立てについて、「維持決定=申立て失敗」の事例を1件紹介します。元プロ野球選手であるイチローさん着用のTシャツにも似た表現が描かれていた、有名なネットミームに関する案件です。

<維持決定=申立て失敗>
異議申立番号:異議2021-900115
商標登録第6338400号「人の金で焼肉食べたい」
区分:第9類、第18類、第24類、第25類、第41類

登録商標 人の金で焼肉食べたい

商標登録第6338400号(登録日:2021.1.8)

株式会社GOKIGEN JAPAN から商標登録出願が行われ、2021.1.8 に登録されました。指定されている区分は、Tシャツを意識した第25類(被服, 履物, 仮装用衣装)だけではありません。同社が運営するアイドルグループ「劇場版ゴキゲン帝国Ω」が本商標と同名の楽曲を発表していることもあり、第9類(レコード等)なども含まれています。

本商標はインターネット上で広く使われていた表現であることから、公序良俗に反する(商標法第4条1項7号)として異議申立てがなされたものの、特許庁審判官による判断は「維持決定」、つまり、公序良俗に反するものではないとされました。

次は、登録数に対する異議申立て件数の割合を見てみましょう。

2.2 区分毎の登録数に対する異議申立て割合ランキング

図3は、登録件数に対する異議申立て件数の割合ランキングです。たばこ等の「第34類」を第1位に、第12類:乗物類、第33類:ビールを除くアルコール飲料、第25類:被服, 履物など、嗜好品に関する区分が上位を占めています。

区分毎の異議申立て割合ランキング

図3:区分毎の異議申立て割合ランキング

そして違う視点でランキング下位を見てみると、「第15類:楽器類」の割合が小さいです。第15類の楽器業界では商標の棲み分けが行われており、競合会社間での争いが少ない分野なのかもしれません。

なお、一番下の第13類は火器という特殊な分野だからか、過去10年で異議申立て自体が0件でした。

区分毎の異議申立て割合、異議申立て件数、登録件数を示すバブルチャート

図4:区分毎の異議申立て割合、異議申立て件数、登録件数を示すバブルチャート

図4のバブルチャートは、円の大きさが区分ごとの登録件数、左右の横軸が異議申立て件数、上下の縦軸が異議申立て割合を表します。

つまり、円が大きいほど商標出願が活発な区分、右に近づくほど異議申立て件数が多い区分、上に近づくほど他人から異議申立てを受ける可能性が高い区分ということです。

図4を見ると、「第25類:被服, 履物」は、登録件数は中ぐらいですが、異議申立て件数が2番目に多く、異議申立て率もかなり高いことがわかります。また、「第34類:たばこ等」は、登録件数自体は少ないものの、業界内がバチバチなのか?異議申立て率が最も高いこともわかります。

皆さんのビジネスに関係がある区分はどの程度異議を受けやすいか、出願前にチェックしておくことをお勧めします。

次は、異議申立てのトレンドを紹介します。異議申立て件数が近年伸びている区分を見てみましょう。

3.商標登録異議申立てが近年増加傾向にあるのは「第10類_医療用機械器具等」「第20類_家具」など

3.1 異議申立てのトレンド(2013 – 2022年)

図5は、異議申立て件数の増加率と合計件数を示す図です。上に位置する区分ほど、過去5年と比べて直近5年での異議申立て件数が増えており、右に位置する区分ほど、通算の異議申立て件数が多いことを示しています。

異議申立てのトレンドを示すバブルチャート

図5:異議申立てのトレンドを示すバブルチャート

チャートをみると医療用機械器具である「第10類」が、最も増加率が高く、かつ異議申立ての件数も多めで気になります。

  • 第10類:医療用機械器具,医療用品
  • 増加率:109%(23件 → 48件)
  • 件数:71件

そこで第10類に関して、「維持決定」「取消決定」の事例をそれぞれ見てみましょう。

<維持決定=異議申立て失敗>
異議申立番号:異議2012-900019
商標登録第5446556号「ハンドロイド」
商標権者:株式会社岩田鉄工所
区分:第9類、第10類、第28類

登録商標 ハンドロイド
引用商標 アンドロイド

左:商標登録第5446556号(登録日:2011.10.28)
右:商標登録第5132405号(登録日:2008.4.25)

登録商標「ハンドロイド」に対し、Google 社が、以下の理由による異議申立てを行いました。

  1. 先に商標登録してある「アンドロイド」と類似するから、後発の「ハンドロイド」が登録されるのはおかしい!(商標法4条1項11号)
  2. 「アンドロイド」は Google の商標として有名だし、消費者の間で混同が生じるおそれがあるから、「ハンドロイド」が登録されるのはおかしい!(商標法4条1項15号)

そして特許庁審判官の判断は以下のとおりであり、維持決定、つまり異議申立ては失敗となりました。

  1. 「ハンドロイド」と「アンドロイド」は、外観、称呼、観念のいずれからみても何ら相紛れるおそれがない(=両者は類似しない)
  2. 携帯電話向けソフトウェアの分野で「アンドロイド」はある程度有名だとしても、両者は類似しないのだから、混同が生じるおそれがない

この判断、皆さんはどう思われますか?

6文字のうち5文字が同一という事例ですが、類似判断において最初の1文字が異なるのは「非類似」と判断されやすい要素です。2つの言葉の見た目も大きく異なりますから、個人的には特許庁の見解は妥当かなと感じました。

次は、取消決定の事例です。

<取消決定=異議申立て成功>
異議申立番号:異議2018-900200
商標登録第6042621号「Azure」
商標権者:メドトロニック,インコーポレイテッド
区分:第10類

登録商標 Azure
引用商標 アズール AZUR

左:商標登録第6042621号(登録日:2018.5.11)
右上:商標登録第5501748号(登録日:2012.6.22)
右下:商標登録第5509557号(登録日:2012.7.27)

登録商標「Azure」に対し、テルモ社が、以下の理由による異議申立てを行いました。

  1. 先に商標登録してある「アズール」「AZUR」と類似するから、後発の「Azure」が登録されるのはおかしい!(商標法4条1項11号)

そして特許庁審判官の判断は以下のとおりであり、取消決定、つまり異議申立ては成功となりました。

  1. 「Azure」からは「アズール」という称呼も生じるものである
  2. 「Azure」と「アズール」は、外観上で文字種が異なるが、称呼が共通であるので、両者は類似の商標と判断するのが相当である
  3. 「Azure」と「AZUR」は、外観上でやや近似し、称呼が共通であるので、両者は類似の商標と判断するのが相当である

異議申立て失敗となった「ハンドロイド」事例とは異なり、称呼が同一である点が、勝敗の分かれ目となりました。

商標権者からは

  • 「Azure」は「アジュール」とのみ称呼される(=引用商標と類似しない!)

との主張とともに、実際にパンフレットやウェブサイト等で「アジュール」と併記している証拠を提出していたものの、「Azure」のみ表示されている他の証拠も存在しており一貫性に欠けることや、消費者が「アジュール」とのみ称呼している事実は不明であることから、上記主張は認められませんでした。

以上、第10類に関する「維持決定」「取消決定」の事例を紹介しました。

*備考* 
維持 or 取消の判断基準は商標だけでなく、区分内にて指定される「指定商品(役務)」の内容からも、似ているか否かの判断がなされます。上記「Azure」事例は、商標だけでなく、指定商品も同一又は類似であると判断されました。

最後は、取消決定となった割合、つまり異議申立ての成功率を区分毎に眺めてみましょう。

4.商標登録異議申立ての成功率が比較的高い区分「第30類_植物性の加工食品,調味料」「第29類_動物性の食品,加工食品」など

図6は、区分毎の取消決定率と取消件数を示すバブルチャートです。上に位置する区分ほど取消決定率が高く、右に位置する区分ほど取消決定件数が多いことを示しています。

異議申立ての成功率(取消決定率)を示すバブルチャート

図6:成功率(取消決定率)を示すバブルチャート
*注* J-PlatPat上で「Z:取消」とされた案件のみカウント。「ZC:一部取消」は含まれていない。

取消決定率について、意外と区分毎にバラつきがありますね。

申立て件数は少ないものの、第19類「金属製でない建築材料」の取消決定率が25%(7件/28件)もあり、45区分の中でトップ。そしてある程度申立て件数が多い区分の中では、第30類「植物性の加工食品, 調味料」、第29類「動物性の食品, 加工食品」が、それぞれ成功率15.9%(40件/252件)15.6%(21/135件)とランキングしています。図7にまとめてみました。

取消決定率ランキング

図7:取消決定率ランキング

取消決定率ランキングで4位にある第30類「植物性の加工食品, 調味料」、5位の第29類「動物性の食品, 加工食品」ですが、異議申立ての件数ランキング(図2)でも第30類が6位、第29類が12位と比較的上位です。

つまり、食品分野は異議申立て件数が比較的多く、かつ成功率も高い傾向にあるのです。身近な商材だと、他の会社も使いたくなるような商標が比較的多く登録されがちなのかもしれません。

<食品分野における異議申立て成功事例>

  • 文字商標「飲むカレー」:第29類における一部の指定商品である「カレー・シチュー又はスープのもと」が取消決定(異議2021-900342)
  • 文字商標「チーズフォンデュ」:第30類 指定商品「菓子,パン」が取消決定(異議2019-900229)
  • 文字商標「ベジタブルファースト」:第29類 指定商品「野菜を主材とする惣菜 等」及び第32類 指定商品「清涼飲料,果実飲料,飲料用野菜ジュース」が取消決定(異議2015-900309)

なお、取消決定が1件も無い区分が7区分ありました。最初に見た「異議申立て成功率 約9.2%」という確率から、そもそも異議申立てが少ない区分だと取消決定が出ていないようです。今後の傾向はわかりませんが、現状では比較的「取消しされない区分」といえそうですね。

5.まとめ

以上、商標登録異議申立てについて、10年分のデータを分析してみました。まとめは以下のとおりです。

  • 登録件数の増加に伴い、異議申立て件数も増加傾向にある
  • 異議申立ての成功率は約9.2%(2022年)
  • 区分毎に成功率が異なり、29類・30類 は成功率が高い傾向にある

皆さんのビジネスに関係がある区分はどうだったでしょうか?個別の傾向をチェックしておくと、異議申立てを受ける「心の備え」になるかもしれません。

ところで商標とは、商品やサービスの出所を示す、商いの標となるものです。

つまりあらゆるビジネスに関わるものであることから、商標情報を通じて、他社が今後手掛けようとする商品・サービスをも垣間見ることができます。

異議申立て情報に限らず、気になる会社や業界の商標動向について、情報収集&活用してみてはいかがでしょうか。数分調べるだけで、顧客等の気を引きたい相手との対話時における小ネタを得ることもできます!

商標検索の方法は?特許庁の検索サイトのポイントを網羅! | Toreru Media

6.内容を図解でまとめ(グラレコ)

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