あなたは「マグアンプ事件」をご存じでしょうか?
弁理士を目指した者は必ず学ぶだろう、商標の有名判例。
知財部の方もセミナーなどで事件名を聞いたことがあるかもしれません。
事件の内容は、
- 『マグアンプK』という肥料の大袋を勝手に小分けして販売していた小売業者がおり、メーカーが警告状を送ったが、それでも小分け販売行為を止めなかったので、怒ったメーカーが小売り業者を訴えた。
というもので、争点は
- 商標権者が商標を付し、正式に販売した商品を、購入者が小分けして販売する行為ははたして侵害になるのか?いったん正しい流通過程に置かれた以上、真正品を購入者が小分け販売することは、(単に売り方の問題で)もはや侵害にならないのでは?
という点でした。
大阪地裁による判決では、メーカーである原告側が勝訴。小分け販売は禁止されたのですが、「マグアンプ」という謎にキャッチーな名前だけが脳に残り、細部を良く覚えていないのは私だけでないはず。。
これでは知財のプロである弁理士として!?恥ずかしい限りです。
そこで今回は『マグアンプK』を購入し、実際に野菜を育てながら「小分け販売禁止」の意味合い、結論の妥当性について考察してみます。
1、肥料『マグアンプ』って、今も現役なの?
そもそも『マグアンプ』の商標は、まだ存続しているのでしょうか?
しっかり今でも商標権は存続していました!出願年は1963年と、今から60年前。想像以上に歴史がある肥料ですね。
ちなみに「マグアンプ事件」が提訴されたのは平成4年、つまり1992年なので、『マグアンプ』商標はすでに約30年の歴史があった訳です。
裁判を意識してか、1993年には『MAGAMP K』商標を追加出願もしていました。
しかし『MAGAMP K』の「K」って何なのでしょうか。公式ページを見てみたら、答えがありました。
植物を元気に育てるならマグァンプK|株式会社ハイポネックスジャパン
Kは「カリ」のKでした!理科の授業でも学んだ、植物の3大栄養素「窒素・リン酸・カリウム」、そして光合成を促進する成分の「マグネシウム」。これらの頭文字を取って『MAGAMP K』だと。ほー、初めて知った・・。
公式ページを見る限り、商品もバリバリ現役みたいです。YouTubeのCMでは2023年改訂の文字が。
ここで初めて気が付いたことが。この商品、「マグアンプ」でなくて、「マグァンプ」だ!「ア」ではなく小さい「ァ」。PKGでもしっかり小文字で表記されています。マジか・・。
反省の念を込めて、この記事でも以降は「マグァンプ」と表記していきます。
商標も商品もしっかり存続していることが分かったところで、実際にお店に行ってみましょう。大き目のホームセンターの園芸コーナーです。
やっぱり「マグァンプ」といえば大袋!と野外の大物コーナーに行ったのですが・・。
ない!
ないぞ!
・・・ありました!
大袋コーナーには置いておらず、館内の小袋コーナーで発見です。ここで驚くべき商品が。
『マグァンプD』も存在していました!実はこれ、2022年に出たばかりの新商品とのこと。公式ページによれば大袋はなく、200g版のみの展開です。
その後、さらにお店を何件か回ってみましたが、小袋は置いていても大袋は見つけられませんでした。
現在、マグァンプの大袋は「業務用」という扱いで、東京近郊のホームセンターではなかなか見つけられないようです。
ともあれ、ここまでの調査で、『マグァンプK』はバリバリ現役!であるものの、大袋を身近な店舗で見つけるのは難しく、公式の「小分け袋」が主流になっていることが判明しました。
2、『マグァンプK』で野菜を育ててみよう
ホームセンターを回って見つけたマグァンプ、中粒と小粒の2種を入手しました。
大粒を買わなかった理由ですが、効果期間の長さ。「約2年の効き目」とあり、ちょっと長すぎるかなと。効き目は中粒なら1年間、小粒なら2か月とかなり差があります。どうやら中粒と大粒は「元肥用」。小粒は「追肥用」という役割の違いがあるようです。
ともあれ論より証拠。家庭菜園で、実際にマグァンプを使ってみましょう。
この菜園の一角に私が借りているスペースがあります。まず使うのは中粒の方です。
袋から中身を出しました。
これを元肥として土に混ぜ込みます。このとき畑の右側にだけ混ぜて、左側には混ぜないという調整をしてみます。マグァンプの有無で生育状況を比べたいからです。
混ぜ終わったら黒い覆いをかけ、しばらく土を寝かして肥料をなじませます。見た目ではわかりませんが、覆いの右側だけマグァンプが混ぜ込まれています。
今回育てるのはエンツァイこと空心菜です。マグァンプは観葉植物にも良く効くようなので、葉物野菜に相性が良いのかなと考えました。
2週間ほど土を寝かせたあとに、穴をあけて種を撒きます。
それにしても「マグァンプK 中粒」、全然減ってません。そのまま使う腐葉土と違って、土壌に混ぜ込む肥料だから使う量が少ないんですね。しかも効果が1年なので、次使うのは1年後。
マグァンプの大袋がプロの農家専用というのが良く分かりました。
3、育ってきたぞ、空心菜
種まきから待つこと1週間。
芽が出てきました!さらに数日。
全ての穴から上手く発芽しました。ちなみに一番右側はマグァンプ多め、真ん中はほどほど、左側はなしという肥料配分です。まだ成長の差はわからないですね。
さらに約1週間が経過。
マグァンプをあげていない左列、特に左上はちょっと元気がないですかね。右列や中央はまんべんなく良いです。マグァンプ中粒の元肥効果でしょうか。
空心菜は、最初伸びてきた葉っぱの中心をまず収穫することになっています。真ん中を切ると、わき芽から周囲に伸びていくそうです。
さらに1週間、ここまで伸びたら、中心を収穫しちゃってもよさそうですね。穴ごとに生育のばらつきがありますが、中央の穴をピークとしている感じです。肥料の濃度がちょうどよいのでしょうか。
ちゃんと収穫できました。袋詰めすると結構ボリュームがあります。
空心菜ってあんまり食べないんですが、どう料理しましょうか。悩みましたが、オーソドックスに中華風の炒め物にしてみます。
少し苦みは出ましたが、全体的に味は良好、ビールのつまみにどんどん行ける感じです。栄養価がほうれん草の2~4倍あるそうで、もっと日本ではやっても良い野菜ですね!
さて、畑に戻ります。
もう一つの「マグァンプ小粒」を使ってみましょう。小粒は追肥に使えるバージョンで、株の根本にまいてあげればOKです。元肥として「マグァンプ中粒」をやらなかった左側にもかわいそうなので、撒いてあげます。
これで育つでしょうか・・・さらに2週間後。
めっちゃ元気よく伸びました!
前回収穫のときに元気がなかった左奥も、マグァンプ小粒の追肥をしたら他と同等に育ちました。これならもう1回収穫できそうです。
マグァンプは肥料としてバリバリ現役ってことですね。
4、畑から『マグァンプK』事件へ立ち戻る
畑から戻り、マグァンプ事件判決をもう一度見直してみます。なぜ流通業者による「マグァンプ」の小分け再販売は許されなかったのでしょうか?裁判所による理由付けを抜粋します。
しかしながら、登録商標権者は指定商品について登録商標の使用をする権利を専有し(専有権)、 また登録商標に類似する標章の他人による使用を禁止する権利(禁止権)を有し、第三者はこれらを使用することができないことが法により保障されているのは、登録商標は権利者により適法に使用されてはじめてその出所表示機能及び品質保証機能等の自他商品識別機能を発揮し得るからであり、
権利者以外の無権限の者に登録商標の使用を許すと、権利者の信用が権限なき者の手に委ねられ、その結果、登録商標に対する信頼の基礎が失われ、抽象的には常に権利者の信用が毀損のおそれに晒されることになって、登録商標の右機能を発揮し得ないことが明らかであるからである。
大阪地裁平4(ワ)11250号 平6年2月24日判決より
簡単に言えば、「登録商標の『使用』は商標権者によってコントロールされるべきであり、無権限者が使用すると信頼の基礎が失われる」ということですね。続けて引用します。
したがって、当該商品が真正なものであるか否かを問わず、また、小分け等によって当該商品の品質に変化を来すおそれがあるか否かを問わず、商標権者が登録商標を付して適法に拡布した商品を、その流通の過程で 商標権者の許諾を得ずに小分けし小袋に詰め替え再包装し、これを登録商標と同一又は類似の商標を 使用して再度流通に置くことは、
商標権者が適法に指定商品と結合された状態で転々流通に置いた登録商標を、その流通の中途で当該指定商品から故なく剥奪抹消することにほかならず、商標権者が登録商標を指定商品に独占的に使用する行為を妨げ、その商品標識としての機能を中途で抹殺するものであって、
商品の品質と信用の維持向上に努める商標権者の利益を害し、ひいては商品の品質と販売者の信用に関して公衆を欺瞞し、需要者の利益をも害する結果を招来するおそれがあるから、当該商標権の侵害を構成するものといわなければならない。
大阪地裁平4(ワ)11250号 平6年2月24日判決より
でたっ、強い言葉!弁理士試験向けに「流通の中途で故なく剥奪抹消」と、「商品標識としての機能を中途で抹殺する」のパワーワードを覚えた記憶があります。
結局、裁判所は
「商品の品質と信用の維持向上に努める商標権者の利益を害し、ひいては商品の品質と販売者の信用に関して公衆を欺瞞し、需要者の利益をも害する結果を招来するおそれがある」
というリスクに対し、商標権侵害を認める=小売販売は禁止できるという判断をしたのですが、これは妥当なのでしょうか?
・・この判決、昔読んだときは「小分け行為による品質の変化の恐れがあるかないかは関係なく、権利者がいったん付した商標を剥奪抹消することは認められない」という判断は、ちょっと行きすぎのように感じました。
ただ、今回実際にマグァンプを使ってみて、「専門業者以外の立場だと大袋いらんやん」ということが良く分かりました。この、全く減ってないマグァンプたちよ。
今回の野菜栽培は短期間でしたが、マグァンプは中粒で1年。大粒はなんと2年も有効な肥料です。これは水やりでは溶けず、草木の根がぶつかったときにゆっくりと溶けて栄養成分を放出する配合だからだそうです。
この解説動画によれば、「元肥として使える化学肥料」は50年以上前にはマグァンプしかなく、市場に衝撃を与えたそうですが、逆に言えば一度買うと次は1年後、2年後という商材です。業務用だけでなく、多くの人に買ってもらうことが大事です。勝手に「大袋を小袋にして分売」されてしまったら商売あがったりでしょう。
判決でも、当時からメーカーも小袋を売っていたとされていました。小分け販売は単なる小売業者の小銭稼ぎではなく、メーカーにとってはビジネスモデルに対する挑戦だったのです。
一方、小分け販売は消費者にとっては「安く製品を買える」というメリットがありそうです。ただ、マグァンプのような「ブランド肥料」が勝手に小売業者に小分けされ、お手製の袋で売られていたら正直、ブランドへの信頼は下がるでしょう。また、消費者にとっては本当に品質が維持されているかは見てもわかりません。
裁判所は「故なく剥奪抹消」とか「中途で抹殺」という強い言葉を使い、商標権者のコントロール権を広く認めることで、商標権者と消費者保護を同時に図っていたのですね。
商標権者にどれだけのコントロール権を与えるかのバランス感覚はなかなか難しいですが、現在でもマグァンプが「老舗肥料のスタンダート」としてメーカーによる小分け袋で広く販売されているのはこの判決の効果で、良い匙加減だったと言えそうです。
・・本判決を理解するために野菜を育てる必要があったかは不明ではありますが、今一度大切な学びを伝えて、締めたいと思います。
「マグァンプ」のァは小文字!
<こちらも参考>