みなさん、「知財訴訟」にどんなイメージを持っていますか?
多くの方が「知財」と聞くと、なんだか難しくてとっつきにくいイメージがするのではないでしょうか。
さらにそこに「訴訟」がつくと、よりとっつきにくいと感じると思います。
果たしてそれは本当でしょうか?
知財訴訟の事件の中身を知るための代表的な手段として、判決文があります。一度、裁判所のウェブサイトの「知的財産裁判例集」から、適当な事件を検索し、判決文を見てみてください。
そうすると…意外と読め…いや…めちゃくちゃ難しそうな文章が出てきましたね…!?
そうなのです。判決文は、みなさんのイメージ通り、難しい文体でとっつきにくいものだと私も思います!
そんなお堅いイメージの知財訴訟ですが、中には事件名を見ただけで「おお…!?一体なにがあった!??」と中身を知りたくなるものもあります。
今回は知財訴訟の法域を商標に絞り、パッと目を引く名前で呼ばれている事件について、イラストを添えながら簡単に説明したいと思います。
目次
ゲスト紹介
まる:特許事務所に勤めるママ弁理士です。有名な知財訴訟について説明するイラストや漫画を、趣味で描いています。
はじめに. 登場人物紹介
まずは、漫画中の登場人物を紹介します。
ちざらっこ:知財訴訟に詳しいラッコ。関西弁がトレードマーク。穏やかそうに見えるが、知財のことになるとアツくなる。
甲ちゃん:なぜか特許権や商標権をたくさん持っている知財権マニア。給料の大半が維持年金で消えていくらしい。
乙さん:知財についての知識が乏しいオジサン。それゆえに、たびたび他人の権利を侵害してしまう。
1. 大森林・木林森事件(最高裁平成4年9月22日判決・平成3年(オ)第1805号)
まずはじめは「大森林・木林森事件」、通称「大森林事件」です(判決文はこちら)。
パッと見て、「木が多いな…」と思いませんか。「木」が11個もありますね。
まずは漫画でイメージを付けましょう!(※漫画はイメージであり、実際の状況とは異なる場合があります)
「大森林」は、せっけん類、化粧品等を指定商品とする中山太陽堂興産株式会社の登録商標です。「大森林」は、「ダイシンリン」と読み、楷書体・横書きで書かれています。
一方、「木林森」は、ダイリン株式会社が販売する頭皮用育毛剤及びシャンプーに使用された標章です。「木林森」は「きはやしもり」か「もくりんしん」と読むことができ、行書体で縦書き又は横書きです。
この事件を知るために、まず商標法の大原則を見ていきましょう。
商標法には、「他人の登録商標と同じ商標を、登録商標の指定商品と同じ商品や似てる商品に使ってはいけない」という原則があります(商標法第25条、第37条第1号)。
さらに商標法には「他人の登録商標と似てる商標を、登録商標の指定商品と同じ商品や似てる商品に使ってはいけない」という原則もあります(商標法第37条第1号)。
今回の「大森林」と「木林森」は商標自体は同じではありません。
そう、この事件では、「大森林」と「木林森」が似てるか、が争点となりました。
通常、商標が似てるか似てないかを判断する場合、
(1) 見た目が似てるか(外観)
(2) 読み方が似てるか(称呼)
(3) 意味が似てるか(観念)
に基づいて総合的に似てるかを判断します。
この事件で最高裁判所は、「(1) 見た目」と「(3) 意味」については似てると判断しました。
ちなみに一審・二審では「(1) 見た目」も「(3) 意味」も似ていないと判断されていたので、裁判所間でも判断が分かれる微妙なところなのだと思います。
また最高裁判所は、上述した3つの判断基準の他に、商品の「(4) 具体的な取引状況」も判断を左右する重要なポイントだと判示しました。
具体的な取引状況まで勘案すると、より複雑な話になってきますね。
本事件では、最高裁判所は、二審の「似てないから商標権を侵害していないよ」という判決を破棄して、「もう一度取引状況をよく考えて判断し直してね」と差し戻しました。
ちなみに被告が使用していた「木林森」は、現在原告が商標登録をして商標権を持っているようです(商標登録第2387648号)。
2. LADY GAGA事件(知財高裁平成25年12月17日判決・平成25年(行ケ)第10158号)
お次は、「LADY GAGA事件」です(判決文はこちら)。
あの有名なアーティスト「レディガガ」に関連する事件です。
商標の事件でガガ様とはどういうことでしょう!?
原告はレディガガのマネジメント会社「エイト マイ ハート インコーポレイテッド」、被告は「特許庁長官」です。
原告は、特許庁に対して以下の商標登録出願をしました。
しかし、特許庁から拒絶査定を受け、拒絶査定に対して特許庁に審判を請求しましたが拒絶査定は覆らなかったので、訴訟を提起しました。
「特許庁長官が被告」というのは違和感を感じるかもしれませんが、特許庁の判断の是非を裁判所に問う場合は、特許庁のトップである長官が被告になるのですね。
そう、この事件は、レコードに使用するアーティスト名(「LADY GAGA」)を、商標登録できるかが争点になった事件です。
では、漫画でイメージを付けていきましょう!
商標は、自社の商品と他社の商品とを識別する識別標識(自他識別力)としての役割を持っています。だから私たちは、商標を目印にして、たくさんの商品が並ぶお店で、お目当ての会社の商品を買うことができます。
単に商品の品質(内容)を表示するだけの商標には、その商品の出所を示しているわけではないので自他識別力がないのですね。たとえば、商品「書籍」について、商標「小説集」 はNGです。また商品「録音済みのコンパクトディスク」について、商標「クラシック音楽」 もNGです。これらは商品の内容そのまんまですからね。
同じように商品「レコード」について、商標「LADY GAGA」を使ったらどうなるでしょうか?レコードを手に取った人は、「これはレディガガが歌唱している曲が収録されたレコードなんだな」と思うはずです。
この「LADY GAGA」という商標は、レコードの出所ではなく、レコードの品質(内容)を表示しているにすぎないのです。
したがって、「レコードに使用するアーティスト名は、商標登録できない」がこの事件の結論になります。なお、商品「レコード」だけでなく、「インターネットを利用して受信し、及び保存することができる音楽ファイル」や「録画済みビデオディスク及びビデオテープ」も同様です。
一方こちらは、アーティスト名ですが商標登録がされていました。
「LADY GAGA事件」の判決よりずっと前に登録されていたものですが、若干不公平な感じもしますね。なお、「LADY GAGA事件」の判決が出たあとは、基本的に歌手名やバンド名とわかるネーミングは指定商品「レコード」等について商標登録できなくなっており、実務のターニングポイントになっています。
また、この記事の執筆時点では出願係属中ですが、こんな出願もあります。
指定商品は「非代替性トークン(NFT)によって認証されたインターネットを利用して受信し及び保存することができる音楽ファイル」です。
「LADY GAGA事件」では、商品「インターネットを利用して受信し及び保存することができる音楽ファイル」に対してアーティスト名の商標は登録できないとされましたが、BTSの指定商品には「NFTによって認証された」がついてますね。
NFTが介在することによって判断が変わるのかどうか、今後の審査をウォッチしたいです。
3. 脱獄iphone事件(千葉地裁平成29年5月18日判決・平成28年(わ)第1791号)
さて、お次は「脱獄iphone事件」です。こちらは刑事事件です。
ガジェットに詳しい方以外は、「脱獄」と聞くと、言葉の通り「刑務所から脱出する」イメージがあるかと思います。
いやいや、脱獄は「改造」のことです。具体的には、脱獄は、本来インストールできないアプリをインストールできるように iOS を改変することをいいます。
この事件は、iOSを改造して販売したことが問題となったので、一見特許権絡みの事件かと思いますよね。しかし実は、改造品の販売で商標権を侵害していたという事件なのです。
この事件で商標権を侵害された商標は、みなさんおなじみの、あのマークです。
ここで、普通にアップル社から購入したiPhoneを他の人に販売したらどうなるでしょうか?これは、真正品の転売に当たります。
一般的に、以下を満たしていれば、真正品の転売は、商標法上違法ではありません。商標の機能が害されていないからです。
したがって…
となります。
「脱獄iphone事件」は真正品の OS改造品をリンゴマークをつけたまま他人が販売したという事件です。イメージは以下の漫画の通りです。
iOS は、iPhoneの本質的部分です。本質的部分が改造されたiPhoneは、機能がガラッと変わってしまったものといえるでしょう。
しかも改造により本来インストールできないアプリがインストールできるようになったので、セキュリティレベルが真正品よりも低くなったと評価されるでしょう。
つまり、改造したことによって、改造品につけられた商標が真正品と同等の品質を保証するものではなくなってしまった(品質保証機能が害された)のです。
さらに、真正品から大きく変わってしまった脱獄iPhoneの提供主体(漫画中では乙さん)は、商標権者のアップル社(漫画中では甲ちゃん)とは関係のない者なので、出所表示機能も害されてしまったといえます。
このように真正品の本質的部分を改造し、登録商標をつけたまま他人が販売すると、商標権侵害になります。
ちなみに販売時に「脱獄済ですよ」と明示していても商標権侵害になりますので、ご注意ください。
4. マグアンプK事件(大阪地裁平成6年2月24日判決・平成4年(ワ)第11250号)
最後は「マグアンプK事件」です。
マグアンプってなんでしょう…?ちょっと見当もつきませんね…。
マグアンプとは、原告である株式会社ハイポネックスジャパンが販売する肥料の商品名です。筆者は知りませんでしたが、50年を超えるロングセラー商品のようです。
同社の登録商標はこちらです。
「マグアンプK事件」は、“小分け・詰め替え・再包装した小分け品を他人が販売する行為が、商標権の侵害になるか”が争点となった事件です。
さぁ、漫画でイメージを付けていきましょう!
被告は、22キロの大袋を開封して小分け・詰め替え・再包装し、「マグアンプK」の標章を定価表につけて販売していたようです。
このような小分け・詰め替え・再包装の行為により、商品(肥料)の品質が変わってしまいそうですし、誤って異物が混入してしまうことも有り得ます。そうなると、商標の品質保証機能が害されてしまいます。
この事件の判決では、さらに、「小分け等によって当該商品の品質に変化を来すおそれがあるか否かを問わず」、小分け・詰め替え・再包装は商標権を侵害する行為であると判示しています。
この理由を述べた判決文が非常に強烈でしたので、以下で引用します(平成4年(ワ)第11250号判決文より引用・太字は筆者が加筆)。
「当該商品が真正なものであるか否かを問わず、また、小分け等によって当該商品の品質に変化を来すおそれがあるか否かを問わず、商標権者が登録商標を付して適法に拡布した商品を、その流通の過程で 商標権者の許諾を得ずに小分けし小袋に詰め替え再包装し、これを登録商標と同一又は類似の商標を 使用して再度流通に置くことは、商標権者が適法に指定商品と結合された状態で転々流通に置いた登録商標を、その流通の中途で当該指定商品から故なく剥奪抹消することにほかならず、商標権者が登録商標を指定商品に独占的に使用する行為を妨げ、その商品標識としての機能を中途で抹殺するものであって、商品の品質と信用の維持向上に努める商標権者の利益を害し、ひいては商品の品質と販売者の信用に関して公衆を欺瞞し、需要者の利益をも害する結果を招来するおそれがあるから、当該商標権の侵害を構成するものといわなければならない。」
なかなかパンチがある言葉が使われてますね…。
商品の標識としての機能が途中で奪われてしまうので、小分け・詰め替え・再包装をする行為はとにかくダメなのですね。
ちなみに現在小分け品はハイポネックス社から正式に販売されています。
なんと可愛らしいパッケージでしょう。ほのぼのします。
あの強烈な判決文とのギャップで、余計にこの商品が気になってしまいますね!
5. まとめ.
以上、パッと目を引く事件名の商標に関する知財訴訟4件を見てきました。いかがでしたでしょうか。
「大森林・木林森事件」は、商標権侵害訴訟において商標が似てるか似てないかを判断する基準が判示された事件でした。
「LADY GAGA事件」は、レコード等に使用するアーティスト名は商標登録されないという事件でした。
「脱獄iphone事件」は、他人の登録商標をつけたOS改造品を販売すると商標権侵害になるという事件でした。
「マグアンプK事件」は、真正品を小分け・詰め替え・再包装して、他人の登録商標を掲げて販売すると商標権侵害になるという事件でした。
「知財訴訟って難しくて興味持てないな~。」と思っていたあなた。この記事を見て、「な~んだ、そういうことなのか。結構面白いね。」と思ってもらえると嬉しいです。
筆者のブログ「パテントまるわかり塾」では、主に特許判例を漫画付きで紹介しています。特許判例についても興味がある方は是非のぞいてみてください。
また、筆者は知財情報のサイトマップを運営する「Yuroocle」に加盟しています。
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