はじめて自分の企画が通って商品化が決まった新製品。
ブランド名となるネーミングも決まり、関係者も「いい名前だね」と言ってくれた。
このネーミングが商標登録できるか確認するため、先日弁理士に商標調査も依頼済みだ。
今日はいよいよその調査報告書を受け取る日。
事前に自分で軽く調べたときには似た商標もヒットしなかったし、おそらく問題ないだろう。
あぁ、2ヶ月後に控えた新製品のお披露目が待ち遠しい。
おっと、新着メールの通知だ。
弁理士から商標調査報告書が届いたようだ。
どれどれ…
!!!!
弁理士のコメント:
「この商標は、商標登録できないリスクがあります。特許庁に反論を繰り返すことで最終的には登録を認めてもらえる可能性も若干ありますが、性質上保証はできません。」
うそ…商標登録できないリスクがある?…でも最終的には登録できる可能性もあると書いてあるし…。
今回のネーミングは自分が中心となって考えたもので思い入れもあるし、すでに社内で承認ももらっている。
いままさにこのネーミングを前提に各部門が新製品お披露目に向かって動き始めようとしているところだ。
いまここで「やっぱりこのネーミングはダメでした」なんて言えない。
頼んでいる弁理士は実力もあるし、なんとか登録してくれるに違いない。
でも「保証はできない」って言ってるし…どうしよう…。
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こんにちは。ブランド弁理士®︎ の土野です。
こんな場面、よくありますよね?
商標調査をした結果「登録できない(リスクがある)」と弁理士に言われたら、どうすればいいのでしょうか?
基本的な選択肢は次の2つ。
すなわち、
①そのまま出願を強行し審査でなんとか通るように頑張る
か、
②商標を変更する
か。
いったいどちらを採るべきなのでしょうか?
この記事での筆者の結論は、②「商標を変更する」方が本質的で良い対応策である、というものです。
結論としてはこうなのですが、結論を知っていることよりも「なぜなのか?」を深く理解していることの方が、事業を有利に運ぶ価値あるブランドをつくる、あるいは、商標権の資産的価値を高めるという観点からは圧倒的に大切です。
そこで以下では、商標登録できないリスクがわかったとき、商標を変更する(考え直す)方がよいのはなぜなのか?について話していきたいと思います。
加えて、どのように商標の変更案を考えるべきか?のポイントにも触れていきます。
目次
1. 「なんとか商標登録できるよう審査で頑張る」のと「商標を変更する」のでは、どちらが “賢い” のか?
最初に述べたとおり、この記事での結論は「商標を変更する」方が賢い、なのですが、いちどいっしょに考えてみましょう。
それぞれどのような状況に置かれるのか、シナリオで比べてみます。
1.1. 「なんとか商標登録できるよう審査で頑張る」ときのシナリオ
このシナリオには、さらに2種類のシナリオがあります。最終的に登録がうまくいくシナリオと、うまくいかないシナリオです。
それぞれ何が起こるかシミュレーションしてみましょう。
■登録がうまくいったシナリオ(得たもの:○、失ったもの:×)
- ×:意見書や審判(反論)の費用がプラスでかかる(数万円~数十万円以上)
- ×:特許庁への反論を試みた後、審査結果が確定するまで長期間(1年以上かかることもめずらしくない)かかる
- ×:審査結果が確定するまで不安が続く…事業も進んでいく…
- 審査に合格(登録OK🎉)
- ○:最初に「これがいい」と思った商標でそのまま進められる!やった~!
■登録がうまくいかなかったシナリオ
- ×:意見書や審判(反論)の費用がプラスでかかる(数万円~数十万円以上)
- ×:特許庁への反論を試みた後、審査結果が確定するまで長期間(1年以上もザラ)かかる
- ×:審査結果が確定するまで不安が続く…事業も進んでいく…
- 審査に不合格(登録NG😱)
- ×:プロジェクトの大きな巻き戻り
- 商標の再考案
- 関係者のコンセンサス取り
- ブランド名変更についての対外的な説明
- プロモーションのやり直し etc.
- (商標が表示された宣伝広告物や在庫を廃棄しなければならない場合も…)
このシナリオで「得たもの」の大きさと「失ったもの」の大きさを比べると、
最終的に登録がうまくいった場合でも、
○:最初に「これがいい」と思った商標でそのまま進められる!やった~!
これを得た代償として…
- 反論手続きに要した費用で、商標登録にかかる費用が数倍に
- 1年以上にもわたりうる審査期間のロス
- その間「もしかするとNGでプロジェクトが巻き戻るかも…」という不安が続く
これだけのものを失います。
特に困難がなく商標登録がスムーズに完了した場合は、弁理士費用は約2万円~で済みますが、審査過程で反論手続きをする場合にはプラスで少なくとも約5万円、長期化すると約10万円の費用がかかります(Toreru 商標登録®︎ を利用の場合)。
また、反論手続きをするとその分特許庁での審査に要する時間が増えるので、登録可否の結果が出るまで1年以上かかることもめずらしくありません。
さらに、ほぼ同一の商標が他人に取られているときなど、反論だけでは無理なケースもあります。この場合、先行権利者からの商標権買取りや権利取消のアクションを起こしてなんとかすることになり、さらに数十万円以上の費用と数ヶ月~数年の期間がかかります。
そして見逃せないのが、この審査結果が確定するまでの長期間の間の心理的な不安です。
「もしかしたらやり直しかも…」「ダメだったらみんなになんて説明しよう…」と思いながらリスクのある商標を使ったプロジェクトがどんどん前に進んでいくのは、当事者としてはなかなかシンドいことです。
もし登録がうまくいかなかったときには、これに加えさらに、商標の再考案のステップまで巻き戻してやり直すという大打撃を喰らいます。
いま使っている商標の使用を中止して商標を再度考案し直す作業はもちろんのこと、商標変更(ブランド名変更)の旨を告知し、消費者・顧客に受け入れてもらうことも必要になります。
みなさんも消費者として経験があるかと思いますが、通っていた飲食店の名前が急に変わったり、知っている企業ブランド名が変更されたニュースを見たりすると、せっかく覚えていたこれまでの認知に混乱をきたします。あるいは「何かあったのかな?」とさえ思うときもあるのではないでしょうか?
法的な理由で商標を変更しなければならない事情を覆い隠すために「リブランディング」という名目でブランド名変更が行われるケースもありますが、「リブランディング」であることに納得感を持たせるためには、ストーリーやデザインの練り直しなど、それはそれでまた新たな労力が発生します。
そしてその後は、また「新たなブランド名の定着」のためのプロモーション等に投資をしなければなりません。
結果的に商標登録がうまくいったときでさえ「失ったもの」は少なくないのに、登録がうまくいかなかったときにはこのようなさらなる大ダメージを喰らいます。これがプロジェクトにとって深すぎる痛手であるのは言うまでもありません。
それでは次に、商標調査により商標登録のリスクがわかった後すぐに「商標の変更」に舵を切ったときのシナリオを見てみましょう。
1.2. 「商標を変更する」ときのシナリオ
- ×:商標の考案を再度行う(関係者のコンセンサス取りを含む)
- ×:商標調査を再度行う(Toreru なら1万円、3日前後)
- ○:スムーズに審査に通った😀(お金と時間と心労の節約=やり直しリスクの回避できた)
このシナリオで「得たもの」の大きさと「失ったもの」の大きさを比べてみます。
まず失ったものは、商標の考案を再度行うコストと、再調査コストです。
商標の考案を再度行うコストは、先に見たシナリオと同様に決して小さなものではありませんが、このほかに「失ったもの」は、変更後の商標案について商標調査を再度行うコストのみです。
再調査を行うコストは、商標調査を依頼する弁理士事務所によりますが、Toreru 商標登録®︎ を利用する場合は約1万円(1商標あたり)で済みます。
一方「得たもの」は、商標登録の審査にスムーズに通ることです。事前の商標調査で「登録可能性が高い」と弁理士が判定した商標であれば、審査過程で特に反論手続きなども必要なく最短で登録になることがほとんどです。
つまり、「なんとか商標登録できるよう審査で頑張る」シナリオのときに発生してしまう、
×:意見書や審判(反論)の費用がプラスでかかる(数万円~数十万円以上)
×:特許庁への反論を試みた後、審査結果が確定するまで長期間(1年以上かかることもめずらしくない)かかる
×:審査結果が確定するまで不安が続く…事業も進んでいく…
これらの負担を回避できるということです。
商標を変更するコストの負担はもちろん大変ですが、第一の商標案に登録できないリスクがある以上、再考を迫られるのは仕方のないことでもあります。
また、いちど「この商標でいこう!」と決めた後に商標の変更を検討するのはシンドいことですが、再考によってもっとよい商標が生まれることもありますから、商標をブラッシュアップする良い機会と捉えることもできるでしょう。
商標を変更するコストの大きさは、その商標の考案プロセスにどれだけの人が関わっているかによります。一般に、大企業や大プロジェクトであるほど、高額なコピーライターやロゴデザイナーに依頼していたり、プロジェクト関係者も多く、金銭的・時間的コストは大きい傾向にあります。
一方、中小企業や個人事業の場合では、上記の「得たもの」により浮くコスト──商標登録の審査過程でかかる数万円~数十万円の反論手続き費用や1年以上の審査期間の遅れ──よりも、商標変更コストの方が小さいことも多いと思います。そして、「もしかしたら審査不合格で巻き戻りかも…」と長期間不安な気持ちのままビジネスを進める心配もありません。
したがって、商標調査により商標登録のリスクがわかった後すぐに「商標の変更」に舵を切る方が、「なんとか商標登録できるよう審査で頑張る」よりもトータルコストは小さい(場合が多い)といえるかと思います。
ちなみに、「なんとか商標登録できるよう審査で頑張る」シナリオで最終的に登録失敗という結果になってしまった場合には、商標を変更するコストが結局かかる(しかもこの場合、すでに商標を使ってビジネスを進めてしまっていることがほとんどなので、巻き戻りのコストはより大きい)ので、この場合で比較すると「頑張る」シナリオは圧倒的に損害が大きくなります。
1.3. 「商標の変更」とは、「よい商標」を採択すること
商標調査でリスクが判明したら「商標の変更」を検討した方がよいとわかっても、いちど決めた商標を再考するのはなかなか気が進まないもの。筆者も自分のビジネスに使う商標を考案したことがあるので、その気持ちはよくわかります。
しかしながら、「商標の変更」というのは本質的には今より「よい商標」を採択しようとする行為です。同じリソースを費やすなら、「商標登録の審査プロセス」にお金と時間をたくさんかけるよりも、「よい商標を採択する」ことに費やした方がいいです。
その理由をさらに挙げていきます。
優れた弁理士であっても、反論が通るかはやってみないとわからない(不確実性)
どんなに優れた弁理士であっても、リスクのある商標を出願したときに、特許庁への反論が通り、無事に商標登録を成功させることができるかは、正直なところ、やってみないとわからない部分があります。
なぜなら、特許庁の審査はその時に割り当てられた1人の審査官(上級審である審判でも3人)という限られた判断者が下すものなので判断にブレがあるからです。審査官は、裁判のように原告-被告の間に入って第三者の立場で判定を下すのではなく、出願人 vs 審査官の構図で争い、出願人の反論により自分の意見を変えるべきかを判定するため、客観的な判定をしにくい構造とも言えます。現に、過去の審査例を研究しても「なぜこの商標は登録OKだったのに、あっちの商標はNGなの?」という例がたくさんあります。
そのため、弁理士はたとえ自分の反論ロジックに自信があったとしても、蓋を開けてみないとわからない部分がどうしてもあります。
つまり、リスクのある商標で「なんとか商標登録できるよう審査で頑張る」やり方、言い換えれば「商標登録の審査プロセスにリソースを費やして解決しようとする」やり方は、根本的に不確実性を免れないのです。
ギリギリで審査を通す場合、権利範囲は狭くなる
リスクのある商標は、たとえ審査に通って登録に成功したとしても、実は成立した商標権の権利範囲が狭くなってしまうことが多いです。
商標登録できないリスクがある場合、その理由は、①似た商標がある か ②一般用語的で特徴(独自性)がない かのどちらかであることがほとんどです。
それにもかかわらず登録が認められた場合、商標表現上の「少しの差」で他の商標や一般用語との違いが認められたということになります。
たとえば、『Toreru』という商標がすでに他人に取られているところに、『Toreru Search』という商標をギリギリで通した(反論で非類似と認めさせた)としましょう。
この場合、『Toreru』と『Toreru + 一般用語』でも非類似とされたわけですから、『Toreru Search』と『Toreru Analysis』も非類似となる可能性が高くなります。つまり、『Toreru Search』の商標権をせっかく取得できても、『Toreru Analysis』という商標を他人に真似されることは止められない可能性が高くなるということです。(にもかかわらず、実際には消費者が両商標が関連するシリーズであるかのような誤認をするケースがあると思います)
同様に、『ぷる肌』という商標を「一般用語的じゃない」と頑張って反論して登録させたとしても、これをほんの少し一般用語寄りに変えた『ぷるぷる肌』の他社使用をやめさせることは難しいでしょう。
商標登録をある種の「陣地取り合戦」だとイメージすれば、商標登録をするとは、他者に取られておらずまだ空いている陣地を取ることだと言えます。ギリギリで登録することは、他者と他者との陣地のわずかな隙間にねじりこむことですから、その結果として「自分の陣地だと主張できる面積」が小さくなるのは道理です。
リスクがある商標は、市場での独自性も不十分
先に述べた通り、登録できないリスクがある商標は、すでに似たような商標があるか、特徴が足りないものがほとんどです。
これは、先ほど指摘した「権利範囲が狭くなる」ことにつながるだけでなく、そもそも市場での独自性が不十分な商標であるということにも注意する必要があります。
商標登録は、使用する商標に法的なバックアップを備えさせる大切なものではありますが、それ以上に「その商標が市場でブランド価値向上に寄与するか」の方が圧倒的に重要です。
この観点で見たときには、権利が取れるかどうか以前に、「その商標=あなたのブランド」として強固な記憶や連想を消費者・顧客の頭の中に植え付けることができるか。それができる「性質」をそもそもその商標が備えているか。これをまず満たす商標を考案することが先決であるはずです。そしてこのために最も必要な「性質」とは、商標に高い独自性があること(ユニークであること)です。
参考記事
ただ安全にその商標を使えればいいだけであれば、ギリギリで登録することにも価値がありますが、「ブランド構築」の観点からは、独自性の低い商標のままで進んでしまうのはイマイチであると言えます。逆に言えば、まず何よりも商標登録できないリスクがないくらい「独自性の高い」商標を最初から考案・採択することに注力する方が、将来的なブランド価値向上ためにはよいということです。
以上が、商標調査により商標登録できないリスクがわかったときに「商標を変更する」方向に舵を切った方が “賢い” と筆者が考える理由です。
2. 「商標を変更する」ときに何を考えるべきか
ここからは、実際に「商標を変更する」とき、具体的にどのように考えて検討すればよいのか?という点について、単なる商標登録のことだけでなくブランド構築の観点からお話ししていきます。
商標の変更、すなわち変更後の商標を考案しようとする場面では、次の項目を満たす商標になっているかをチェックすることがポイントです。
■商標を考案するときのチェックポイント
- ブランド・コンセプトに合っているか
- 商標の「役割」に合っているか
- 独自性が高いか
- 商標登録しやすいか
①ブランド・コンセプトに合っているか
まずは、その商標がブランド・コンセプトに合っていること(または、少なくともミスマッチでないこと)が非常に大切です。
ブランド・コンセプトとは、以下のような問いに答えたものと考えていただければよいでしょう。
- そのブランドは何のためにあるのか?
- そのブランド独自の提供価値は?
- そのブランドのストーリーは?
- そのブランドの価値観は?
- そのブランドの “らしさ” は?
たとえば『Google』というブランド名は、「10の100乗(膨大な数字)」という意味の英単語である「googol」に由来しており、「Web上に存在する膨大な量のデータや情報を体系的に取りまとめる」という Google のミッションがそこには込められています。
これはブランド名(商標)がブランド・コンセプトを積極的に表現している例の一つですが、一方で、ブランド名が必ずブランド・コンセプトを表現しなければならないとは限りません。
たとえば『Disney』は、ブランド力の高い商標の筆頭ですが、ご存知の通りこのブランド名は創立者である「ウォルト・ディズニー」の姓に由来し、ブランド・コンセプトを表現するものではありません。
ブランド名(商標)がブランド・コンセプトを積極的に表現していれば、そのブランド名自体によりコンセプトを感じさせることができたり、そのブランドで働くスタッフが自社のブランド・コンセプトを常に意識し誇りに感じやすいなどのメリットがあります。しかし一方で、たとえブランド名自体にコンセプトが反映されていなかったとしても、そのブランド名を通じて行う事業の一挙手一投足においてコンセプトを体現し続けることができれば、商標のブランド価値を高めることは可能です。(「夢と魔法の国」がコンセプトのディズニーランドはその好例)
ただし、ブランド名(商標)がそのブランド・コンセプトに「ミスマッチ」なものであってはなりません。
わかりやすく極端な例を挙げると、”伝統的な本物の江戸前寿司” を売りにするお店の店名(ブランド名の一種)が「アルファベット」だったら、あまり魅力的には感じませんよね?(毛筆体で漢字やひらがなであってほしい!)
それは、日本人から見たアルファベットのイメージが「先進的、西洋的、ファッショナブル…」のようなものであるために、 “伝統的な本物と江戸前寿司” とは似つかわしくないことを私たちが直感してしまうからです。
このように、考案した商標がブランド・コンセプトに合っているか(ミスマッチでないか)は、真っ先にチェックすべきポイントです。
なお、もしそもそもブランド・コンセプトがハッキリしていない場合には、まずはそれを言語化するステップに立ち戻ることが本来的には重要です。
ブランド・コンセプトを決めるためのプロセスに興味がある方は、ぜひこちらの記事もご覧ください。
注:ここではブランド「名」の例で説明しましたが、シンボルマークなどの図形商標でも同じであることに留意しましょう。
②商標の「役割」に合っているか
次に、その商標が「役割」に合っているかをチェックしましょう。
商標に担わせる「役割」を、筆者は大きく次の2つに分類しています。
- 信用を貯める商標
- サポートする商標
「信用を貯める商標」とは、ブランド力を備えさせたい商標のことで、たとえば KIRIN のビールブランド名『一番搾り』や、コーポレートブランド名『KIRIN』はこれに当たります。
一方「サポートする商標」とは、それ自体の表現により商品の購買意欲を喚起する、特徴説明的な商標やキャッチフレーズ的な商標のことです。たとえば、KIRIN の一番搾りには『うまさ、澄みわたる。』というキャッチフレーズが使われたことがあり、これは「サポートする商標」の一例です。
どちらの「役割」のタイプかによって、その商標が備えているべき性質が異なります。
「信用を貯める商標」には、ユニークであること(他と被らず独自性が高いこと)が真っ先に必要です。
他に似たような商標が存在していると、商品や企業の諸活動により体現した “ブランドらしさ” のイメージとその商標とが消費者・顧客の頭の中で結びつきにくかったり、似た商標を使う他者が発する別のイメージに邪魔されたりするため、商標からの強固なブランド連想を難しくするからです。
他方「サポートする商標」には、その商標(の表現)自体に、購買意欲を喚起させる力や、「信用を貯める商標」に備えさせたいイメージを想起させる力が必要になります。
いま考案しようとする商標にこのどちらの「役割」を担わせたいのか、この点をハッキリさせた上で、その「役割」に必要な性質をきちんと備えているか。
これをしっかりチェックしましょう。
ここを意識していないと、別の商標案を考案しようとするときに本来の「役割」を損ねる修正をしてしまいかねないので、注意が必要です。
もしそもそも「役割」があやふやだったなら、まずはその商標に担わせたい役割をハッキリさせることからはじめましょう。
ここでお話しした商標の2つの「役割」についてより詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
③独自性が高いか
次に、その商標の独自性が十分に高いかをチェックしましょう。
商標の独自性の高さは次のチェックポイントである「④商標登録しやすいか」とも密接に関連しますが、③でチェックすべきは、市場における独自性です。つまり、「よくあるネーミングだよね」「よくあるフレーズだよね」「よくあるマークだよね」と消費者・顧客に思われにくいものとなっているか?という観点でのチェックです。
「よくあるやつ」と思われてしまうと、市場でその商標を目にした消費者・顧客にとっては、特に記憶や印象に残らず、膨大で高速に流れる情報の洪水の中で埋もれてしまいます。
また、その商標を2回目以降に見たときに「あ、これこの前みたブランドだよね」と確信を持って思い出すことが難しくなります。
商標を考案する側は「よく見れば違いがあるし、そこにこれだけこだわって作ったんだから、わかってもらえるはず」と思ってしまいがちですが、商標は一瞬の接触による「あいまいな記憶」でも他と識別できるくらいの独自性を備えていることが重要です。そしてこの独自性が、認知形成のための大きな力となります。
④商標登録しやすいか
ここまでのポイントをクリアしたら、最後に「商標登録しやすいか」をチェックしましょう。
この項目が最後なのは、商標は登録することが一番の目的なのではなく、商標を実際に使用することによりそこに信用(ブランド力)を貯めるという目的がまず先にあって、その目的を達成しやすくするために登録=権利化が必要になる、という順番であるべきだからです。
「商標登録しやすいか」のチェックには、商標に強い弁理士が行うプロの「商標調査」サービスを活用しましょう。プロの商標調査サービスでは、すでに似た商標権が取られていないかどうかや、登録が許可されるだけの十分な特徴(独自性)があるかどうかなど、20項目以上にわたる商標登録の法律上の条件をクリアできるかどうかを専門家の視点から調査・判断してもらえます。また、調査の結果「登録可能性が低い」という判断の場合には、なぜ低いのか=どのように商標を修正すれば登録可能性が高くなるのか、のアドバイスももらえます。
簡易調査ならやり方を調べながら自分でできなくもないですが、精度の高い調査のためには専門的なテクニックが必要です。また、発見した事実をどう判断するかは、膨大な審査基準や判例、特許庁の審査傾向などの知識や、審査官に対して有効な反論をするためのロジックを構築する能力・経験が求められる仕事になります。
この調査と判断を間違えると、その後の事業計画が狂ってしまうので、信頼できるプロの商標調査サービスを利用することをおすすめします。
まとめ
今回は「商標調査でNGが出た」という、よく直面する場面に焦点を当て、その際に取るべき対応策、そしてその背後にある「なぜ」を深掘りしていきました。
「商標を変更する」のはなかなか気が進まない作業ですが、近視眼的ではなく長い目で、かつ「ブランド構築」という観点から見るならば、むしろそこに注力することが近道かつ効果の高い、本質的な対応策なんだよ、というお話でした。
商標登録をしようとする場面においても、決して「商標登録する」ことが目的化してはいけません。商標はブランド構築のためのツールですから、その商標の「役割」や、背景にあるブランド・コンセプトを果たせる商標であることが最も大切です。
「登録できる商標」に商標を修正しようとするときに、登録させようとするあまり、この「役割」や「ブランド・コンセプト」を損ねる修正をしてしまっては本末転倒です。
逆に、「登録できる商標」に修正するために原案の特徴的部分を変えざるを得ない場合であっても(実際、似た商標を回避するには、特徴部分を変えないといけないことがほとんどです)、原案に固執せず、元々の「役割」や「ブランド・コンセプト」を維持できるなら他は変えてOK、という発想で考案すれば、必ず他の良い案が出てきます。
むしろこのプロセスを経てこそ、商標の本来の目的を果たしつつ権利化もできる「よい商標」が生まれると言えるでしょう。
「権利化のプロ」である弁理士としては、「商標を変えましょう」と言うより「このままで何とか登録にさせます」と言う方がカッコいいですし、ときにはそれが重要なシーンもあるのですが、弁理士的なプライドよりも「ブランド構築」という点を真剣に考えたときには、この記事で述べてきた考え方を持つ方がよいと、筆者は考えています。
実は商標法というのはとてもよくできていて、法律上の商標登録の条件をクリアできない商標というのは、単に権利化できないだけでなく、ブランド構築をしにくい性質の商標であることの表れにもなっています。それは、そもそも商標制度の目的は商標に蓄積される信用(=ブランド力)を保護することであり、全世界の商標法が、この目的を果たすためにどういう法律であるべきかを真剣に検討し、かつ国同士が相互に参考にしながら練り上げてきたものだからです。
ですから、商標調査で「登録できない」と言われたとき、ただ「法律上の問題で足を引っ張られたな」と思うのはもったいないことです。そうではなく、「ブランド構築の観点からもこの商標は本当にふさわしかったのか?」という視点で、さらによい商標にブラッシュアップする機会と捉えていただけたらと思います。
この記事をお読みいただいた方が、これまでとはちょっと違う「視点」を得られたな、ともし感じてくださったなら、これ以上の喜びはありません。