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崎陽軒が独占できない、「シウマイ」商標ブランディングのヒミツ ちざ散歩Vol.02

あなたは「焼売」をどう読みますか?

「シュウマイ」と読んだ方、多数派です。Googleで検索すると約647万件。検索上位にはCOOKPADや「みんなのきょうの料理」の美味しそうなレシピが並んでいます。

 

ただ、日本にはもう一派が。それは「シウマイ」派閥です。

Google検索では約188万件と、こちらも一大勢力ですが、検索結果はまるで違います。

 

そう、「シウマイ」といえば崎陽軒。Googleの2ページ目も、3ページ目も、ずーっと崎陽軒関連の記事が並んでいます。

 

画像検索でも崎陽軒の独壇場。圧倒的ですが、気になるのはその商標事情。

実は崎陽軒は「シウマイ」という名称を独占できていません。

目立つところでは楽陽食品が「シウマイ」の文字を含むパッケージデザインを商標登録しています。

HPによると、楽陽食品は赤箱の「シウマイ」シリーズを昭和50年代にはすでに販売していたそうで、現在でもあちこちのスーパーで見かけるロングセラー商品です。

楽陽食品公式サイトより

圧倒的なブランド力を持つ「崎陽軒」が、“シウマイ”というワードを商標登録して「独占」できないのは何故でしょうか。また、独占できないことで何か不都合はないのでしょうか。

知財にまつわる不思議を「現地訪問」で解き明かすちざ散歩シリーズ。今回は、「崎陽軒」シウマイの歴史や商標登録を調べつつ、横浜中華街、さらにシウマイの街 鹿沼市を探訪します。

1. 崎陽軒が「シウマイ」商標を独占できない理由

「シウマイ」ブランドを掘り下げていくにあたり、まずは商標登録のルールを。

商品の“一般的な名称”は、その商品について商標登録できないのが原則です。この「一般的な名称」には料理名も含まれます。

例えば「あんぱん」という名称を、木村屋さんが【指定商品:あんぱん】について商標登録し、「今後、他のパン屋は『あんぱん』という名前であんこ入りパンを売ってはならぬ!」と言ったら、みんな困ってしまいますよね。

特許庁の商標審査基準でも、

商品「サニーレタス」について、商標「サニーレタス」
商品「さんぴん茶」について、商標「さんぴん茶」
商品「電子計算機」について、商標「コンピュータ」

三、第3条第1項第1号(商品又は役務の普通名称)

のように、具体的に登録できない例を示しています。

そして「しゅうまい」は特許庁の商品・役務例でも

指定商品の例として明示されており、【指定商品:しゅうまい】について商標登録できないのは確実なところです。

しかし、崎陽軒が使っているのは「しゅうまい」ではなく「シウマイ」。表記が異なる「シウマイ」なら独占できるのでは?と思われた方もいるかもしれません。

先ほどの商標審査基準を見ると「商品又は役務の普通名称をローマ字又は仮名文字で表示するものは、『普通に用いられる方法で表示する』ものに該当する」(その場合商標登録できない)と書かれています。

「しゅうまい」から「シウマイ」へは、仮名文字への置き換えです。ただ、置き換えの過程で「ュ」が抜けています。この点で「普通に用いられる方法でない」という余地がないでしょうか。

この点、崎陽軒の公式ムック本では次のように説明されていました。

崎陽軒Walker ウォーカームック105Pより

もう少し詳しく「シウマイ」表記になった背景を見ていきましょう。

崎陽軒は1908年(明治41年)に野並茂吉氏により横浜で創業されましたが、当初は横浜駅構内の小さな売店で、牛乳・サイダー・餅・寿司などを販売していたそうです。

その後、横浜駅の移転に伴い「駅弁」の販売をスタートしますが、横浜は東京駅から約30分、実は駅弁の販売にはあまり向いていませんでした。確かに東京駅で買い出ししたら、わざわざ横浜で駅弁を買う人は少ないですよね。

「横浜名物になるものを作らなければ、崎陽軒の先は見えている」と考えた野並氏は、南京町(現中華街)のレストランで突き出しとして良く出されていた焼売に目を付けました。

しかし、焼売はお店では美味しいが、冷えると味が数段落ちるもの。ここで野並氏はあきらめず、「冷えてもうまい焼売を作れば良い」という“水平思考”にたどり着き、南京町から点心職人、呉 遇孫(ごぐうそん)氏をスカウトします。

呉氏の腕をもってしても「冷えてもうまい」焼売の開発は難航しましたが、約1年後、「豚肉にタマネギ、ホタテ貝を練り合わせる」という調合により、ついに駅弁用の焼売が完成します。

このとき問題となったのが売り出す商品名。

野並氏は栃木訛りで「シューマイ」の発音ができず、「シィ―マイ」と別の音になっていました。これを呉氏にも発音してもらったところ、「シウマイ」と野並氏に近い音になり、野並氏が上機嫌で

「ほら見ろ。中国語ではシューマイじゃなくてシウマイと言うんだ。崎陽軒の製品はシウマイでいこう」と宣言し、現在に至る『シウマイ』の名前が決定したそうです。

崎陽軒Walker ウォーカームック105Pより(初期の包装紙、写真は開発者の呉氏)

この包装紙の右上には、商標登録 第503518号の文字が。商標データベース(J-PlatPat)で調べてみましょう。

シウマイパッケージ商標登録(第503518号)

確かに、包装紙のデザインが商標登録されていました!「シウマイ」という文字も含まれています。
しかし、崎陽軒の商標登録一覧を見ても「シウマイ」だけの文字商標はありません。

これは「単に『シウマイ』という文字だけだと商品の一般的な名称にとどまり、商標登録できない」と特許庁が考えているからではないでしょうか。

ただ、「登録がない」というだけでは弱い。特許庁の考えを明らかにする資料はないか?探したところ・・見つけました。

先ほどの楽陽食品が、2016年に自社の「赤箱シウマイ」パッケージの商標出願をしたのに対し、崎陽軒が「崎陽軒の登録商標と相紛らわしく類似する」ため登録を認めるべきではないとして異議申立していました。

この申立に対し、特許庁は次のように判断しています:

 本件商標は、別掲1のとおり、外周を黄色の3本の線(四隅は四角い渦巻き模様)で縁取りした赤い地色の縦長長方形(左上方部に白抜きの三角図形が配されている。)の図形内に白抜きの「シウマイ」の文字及びその文字を囲むように描いた龍の図形をまとまりよく組合せた構成からなるものであり、視覚上、上記各要素を組み合わせてなる結合商標として、強く印象付けられ、一体的に認識され、把握されるものであって、特に龍の図形部分のみが、看者の注意を強く引くものではない。

 加えて、龍の図柄は、本件商標の指定商品を含む中華料理を取り扱う分野において伝統的に採択使用されていることをも考慮すれば、本件商標の構成中、龍の図形部分は、自他商品識別機能の弱い部分といえるものであり、また、「シウマイ」の文字部分は、本件商標において比較的大きく表されているが、これは、商品の普通名称を表示するものであるから、いずれの部分からも自他商品の識別標識としての称呼及び観念は生じないものといえる。

・・・そして、本件商標と引用商標及び使用標章は、上記1のとおり、外観、称呼及び観念のいずれの点からみても 相紛れるおそれのない非類似の商標であって、別異の商標というべきものであるから、本件商標権者が本件商標 をその指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者が、引用商標及び使用標章ないしは申立人を連想、想起するようなことはなく、該商品が申立人又は申立人と経済的、組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのごとく、その出所について混同を生じるおそれはないものといわなければならない。 

全部異議2017-900123(リンク先の審判番号より遷移)


崎陽軒と楽陽食品の商標、本当に混同を生じないのか?という点は、楽陽食品が出願した商標からは社名が外されているので、この比較だけでは間違えるユーザーもいそうには思います(なお、実際の楽陽食品のパッケージでは左下に社名が表示されており、売り場での混同リスクは下がります)。

この審決で「混同を生じるおそれなし」と判断された2社の商標も、崎陽軒側は社名ロゴあり、楽陽食品側は社名ロゴなしという違いがあり、もし崎陽軒が「社名ロゴなし」のシウマイ包装紙の商標を登録し、比較してもらっていれば結果はまた違ったかもしれません。

ともあれ、特許庁が審決で述べた、

「シウマイ」の文字部分は、本件商標において比較的大きく表されているが、これは、商品の普通名称を表示するものである

という部分は、「しゅうまい」を「シウマイ」と訛らせただけでは、いかに著名な崎陽軒の「シウマイ」であっても、崎陽軒が【指定商品:しゅうまい】について独占できないという判断であり、他の人による名称使用の自由度を守る観点から、妥当といえるでしょう。

2.「シウマイ」ブランディングを探りに中華街に向かう

「シウマイ」の商標を独占できないため、崎陽軒はブランディングができなくて困ってしまうのでしょうか。いえいえ、そうではありません。

「〇〇シウマイ」のようなバリエーションや、包装紙のようなデザインの一部であれば、問題なく商標登録が可能です。

あらためて崎陽軒の「シウマイ」を含む登録商標を見てみましょう。

1つ目は、先ほどの包装紙(登録0503518号)

 

2つ目は「シウマイまん」(登録4657773号)

 

3つ目は「横濱崎陽軒 シウマイBAR」(登録5961972号)

崎陽軒名義で登録されている「シウマイ」を含む商標はこの3商標だけでした。

このうち「横濱崎陽軒 シウマイBAR」の指定役務には【43類:飲食物の提供】があり、飲食店を守るための出願のようです。

シウマイで一杯やるバー・・かと思ったら、HPによれば読み方は「シウマイBAR(バル)」。

崎陽軒のシウマイは“冷めてもおいしい”ことが特長ですが、「シウマイBAR(バル)」では、“アツアツ”のシウマイをお酒とともに楽しんでいただけます。

そもそも「BAR(バル)」とは、スペイン語で、小皿メニューとお酒を提供するお店。
気軽に入って楽しめる雰囲気の店で、一人でも仲間とでも、仕事帰りなどに「ビールをちょっと一杯」飲みながら、軽食を食べられるBAR(バル)がヨーロッパの街角には必ずあります。

「シウマイBAR(バル)」もそんなお店になって欲しいという願いが込められています。地元の皆さまも、観光に来られる皆さまも、シウマイとお酒とともに、おいしいひと時をお楽しみください。

シウマイBAR公式HP

3つしかない崎陽軒の「シウマイ」登録商標の1つで、公式HPでも推している以上、ブランディングでも重要な店舗だと思われます。実際に見てみたくなりました。東京駅にもシウマイBARはありますが、やはりここは崎陽軒の本拠地、横浜に向かいましょう。

やってきました、中華街!

確かにあります、「シウマイBAR」。

早速中に入りましょう。

店内は崎陽軒「シウマイ」シリーズのバリエーションに

お土産に最適の限定パッケージ。

そしてイートインコーナーもあります。あれ?一番左にあるのは「シウマイまん」。商標登録も確認された商品です。ここで食べない手はないでしょう。

待つことしばし。

アツアツの「シウマイまん」が到着です!

印字されているのは崎陽軒のイメージキャラ「ひょうちゃん」。崎陽軒の「特製シウマイ」、「昔ながらのシウマイ」付属の醤油入れのキャラクターです。

彼?もしっかりと商標登録されており、崎陽軒にとってブランディングの柱の1つです。「シウマイまん」も期待の商品ということでしょう。

そんなシウマイまん、つまんでみるとふわふわで柔らかい。蒸したての嬉しさです。

「小さい肉まんみたいな味かな?」と予想しながら食べてみると、うーん、意外に肉まんとは違う。中身の餡が崎陽軒の「シウマイ」仕様なので、干しホタテ貝柱の味がしっかりして、歯ごたえもしっかりあります。中にグリーンピースが練りこまれているのも崎陽軒らしい。

味は濃いめですが、それをひょうちゃんの皮がしっかりと受け止めるバランス感。一口サイズなのでパクパクいけて、これは日常でも食べたい味です。

もともと中華街レストランの突き出しとして出ていた焼売ですが、逆輸入で「シウマイまん」が前菜で出るようになるのもアリな気がします。

そんな「シウマイまん」、お土産でも売っていました。「シウマイBAR」だけでなく、崎陽軒の直営店でも買えるようで、崎陽軒シウマイの可能性を拡げる役割も果たしていそうです。

さらに店内を見渡すと・・・

あの日本一売れている駅弁、「シウマイ弁当」のパッケージの変遷が。

左上が初代、渋めなデザインで価格は100円。左下には昭和39年の印字がありましたが、この時点でほぼ現在のデザインになっています。

ちなみに初代シウマイ弁当のシウマイは4つだったところ、お客から「もっと食べたい!」という声が出て現在の5つに増やしたとか。一番左のシウマイだけ位置がずれているのは後から追加した名残だそうです。

現在のシウマイ弁当(公式HPより)

そしてお土産コーナーには、「シウマイ弁当」のクッションが。

これだけ愛される「シウマイ弁当」、商標登録がないのは何でだろう?と思って改めて調べたところ、こんな登録が見つかりました。

あの有名なパッケージデザインから「シウマイ弁当」といった文字要素を全て削除して登録していました。

これは「シウマイ弁当」という言葉の商標登録を目指しても、「焼売が入った弁当という“商品の一般的な名称”にすぎない」として、特許庁は登録を認めないだろう。

パッケージデザインそのままで商標登録を目指すことはできるが、“商品の一般的な名称”にすぎない文字要素は外し、【龍と横浜のランドマーク群】という特徴的なデザインだけを登録したほうが、パッケージデザインの模倣を防ぐことができる・・という判断があったと考えられます。

・・店内でいったん落ち着き、崎陽軒の「シウマイブランディング」について整理してみます。

「シウマイ」や「シウマイ弁当」のような一般的な名称は、独占できず、第三者が自由に使えるために通常、差別的なブランディングには不向きとされています。

しかし、崎陽軒はパッケージデザインやイメージキャラクター、屋号と組み合わせた店舗名、派生商品名を商標登録することで、しっかりと自社ブランドを守っていました。

ここで、一般名称を自社商品に採用する強みは、「その一般名称と会社名が結びつき、広く認知されれば、商材全体の代表選手になれる」こと。

たとえ崎陽軒が「シウマイ」や「シウマイ弁当」の名称を商標登録できていなくても、特許庁が「シウマイは商品の普通名称を表すものである」と言ったとしても、我々の脳裏にはすでに「シウマイといえば、崎陽軒だよね」という認知があります。

つまり、崎陽軒は「シウマイ」の商標を独占して第三者の使用を禁止するまでもなく、商材全体のブランディングですでに勝っているのです。

いわば、独創性があるブランドネームという「守り」を捨てて、焼売市場全体での覇権的な認知を獲得するという「捨て身戦法」。

後追いでとても採用できる戦略ではないですが、「横浜駅弁の名物をゼロから作り、美味しさでお客さんの信頼も広く得た」崎陽軒だからこそ、成功した戦略といえるでしょう。

ちなみにお土産には「シウマイブランケット」を買いました。右下の「真空パックシウマイ」と比べると大きさが分かります。

右上には商標登録番号もしっかり入っていて、お気に入りの一枚です。

3.「全国制覇」からローカルブランド、さらに「地方創生」へ

ここまでの調査で、崎陽軒は「シウマイ」という名称自体は独占できないものの、パッケージデザインや、派生商品名、店舗名といった形で『崎陽軒といえばシウマイ』というブランドを生かしていることが分かりました。

実は崎陽軒はシウマイを全国展開していた時期もありました。ただ、三代目社長、野並直文氏がデパートのトイレそばのワゴンに積まれたシウマイを見て、「これではブランド価値もあったものではない。シウマイがかわいそうだ」と全国展開からの撤退を決断、2010年に完了しています。

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その結果、約10億円の卸販売の売上がなくなったものの、衰えるどころか逆に成長。20年2月期には売上261億円を突破、コロナという荒波があっても22年2月期は売上218億円まで回復と、「ローカルブランド」の底力を見せつけています。

会社概要・CSR | 崎陽軒 採用情報サイト

現在、崎陽軒の店舗は、神奈川・東京・千葉・埼玉といった関東圏に加え、静岡と台湾にしかありません。

しかし実は、崎陽軒公認の「シウマイ」の世界は、再び日本全国に広がっています。

1つはまねき食品の「関西シウマイ弁当」。パクリ・・ではなく、正式なコラボレーション商品で、PKGに「崎陽軒」のロゴもしっかり入っています。

関西シウマイ弁当 誕生! まねき食品 × 崎陽軒


崎陽軒「シウマイ弁当」のパッケージでおなじみの龍が、タイガース風の虎になっています。ランドマークのシルエットも関西の名所になっている芸の細かさ。

この企画、まねき食品が正面から申し入れ、崎陽軒が快諾して実現したとのこと。開発には1年半かけ、シウマイの味も関西風にアレンジ。具材も「マグロの漬け焼き」が「サバの幽庵焼き」になっていたりと、こだわりの変更が満載です。

もちろん崎陽軒側にも、話題作りのメリットはあるでしょうが、同業他社に看板商品のコラボを認めることは普通はできないもの。崎陽軒の懐の深さを感じます。

さらにもう1つの全国展開は、栃木県鹿沼市の「シウマイ像」です。鹿沼市は創業者、野並茂吉氏のふるさと。鹿沼市の「町おこし企画」として、崎陽軒公認の像が作られたそうですが、どうやらこの像、賛否両論らしいです。

そこで今回のちざ散歩の終着点として、JR鹿沼駅に向かいます。

これはシウマイ像・・ではなくて、ギョーザ像。鹿沼駅へは宇都宮駅で日光線に乗り換えです。宇都宮と鹿沼は実はお隣の市なんですよね。

宇都宮駅から2駅、15分。鹿沼駅につきました。さて、シウマイ像を探しましょう。駅前にあるはずですが・・。

??

これかー!!!

これは、本当にシウマイなのでしょうか・・?

横から見ても

正面から見ても、正直よく分かりません。

いや、正面には崎陽軒「ひょうちゃん」の醤油入れがなぜか並んでいたんですが。

うーん、このままでは良く分からないので、鹿沼シウマイの公式HPもチェックしてみます。どうやらこの像は、彫刻家 石井琢郎氏(東京藝術大学 テクニカルインストラクター)の作品だそう。

シウマイ像について(かぬまシウマイ)

彫刻のメイキング動画を見て、多少腑に落ちました。

まずこの像のコンセプトは「握る」。シウマイの餡を握る、造形用の粘土を握る、未知の可能性を手の中に握る・・。ここで石井氏は「自分の体の中にも触れられない領域があり、握って残った粘土の形は、触れられない領域のカタチ」と考えたそうです。

そして制作過程では、鹿沼市の子供たちに実際に粘土を握ってもらい、その造形を元に石井氏がディテールを像の内部に彫りこんでいったとのこと。

ただ彫りこんだのはあくまで「内部」、外からは全く見えません。シウマイ像中央の穴を覗いてみると、ちょっとだけ複雑な内部造形が見えました。

なぜこんな手の込んだことをしたかというと、握りこんだのは「自分の未知なる可能性」であり、目に見えるものではないから。

石井氏:「彫刻自体が何かを発するだけではなくて、その人たちの記憶を触発する1つの起点になるんじゃないか。『我々の彫刻である』と考えてもらえるのではと。」

つまり、石井氏は単なる観光名所にはしたくなかったのでしょう。

宇都宮の餃子のビーナスのような「ダジャレ的に誰でもわかりやすいアイコン」に対して、一見の観光客が「これのどこがシウマイ?現代芸術、わかんねー」と笑いつつも、地元の子供たちは「あのシウマイ像の中身って、自分が握ったカタチなんだよね」と誇りに感じる。

街の玄関口である鹿沼駅前にこの像を置くことは石井氏の希望であり、企画上の必然でもあったのです。

「お隣の餃子像が当たったからウチも!」という町おこし企画で、“余所者には良く分からない像”を出すのは禁じ手ではと思いつつ、『地方創生』というコンセプトでは逆にこっちが正解な気もしてきました。

結局、ブランドや歴史はいきなり生まれるわけではなく、蓄積が必要です。崎陽軒は創業115年。そして野並茂吉氏は、鹿沼市からシウマイを持ってきた訳ではありません。あくまで「中華街を起点とした、横浜ならではの名物」であり、さらにいえば崎陽軒は現在、栃木県で店舗展開をしていません。

創業者のふるさとというだけで、シウマイを鹿沼市の名物にというロジックには、そもそも無理があるのです。

ただ、それでも「鹿沼でシウマイってなんだろう」と、私のような余所者を現地まで来させて考察させてしまう。それが「崎陽軒」と「シウマイ」のブランドパワーで、その吸引力があったからこそ、ある種禁じ手のこの造形が認められたのかもしれません。

ブランドの使い道とは単に独占し、ビジネスの覇権を目指すだけではありません。本来ライバルの同業他社ともコラボしたり、自社が商品展開していないエリアでも「地方創生」という影響力を及ぼしたりもできる。

「独占」を超えた、共創的なブランドパワーの在り方を感じさせられました。

あと、シウマイ像には上にグリーンピースを乗せてないという点で、やっぱり崎陽軒リスペクトだなと思いました。

シウマイ像、鹿沼駅前の「笑福シウマイ」テイクアウトと共に

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