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知財と知財権の違いとは?哲学者ソクラテスの名言から考えてみた

「知的財産(以下、知財)」と「知的財産権(以下、知財権)」って何が違うの?

あの人が「知財」と呼んでいるのは、特許権や商標権といった知財権のこと?それとも、ちょっとした良いアイデア・・?

弁理士等の ”知財” 関係者もついごっちゃに使ってしまいがちな両者。

知財:アイデア、ノウハウ、営業秘密など
知財権:知財のうち、権利として法律で保護されるもの(特許権、意匠権、商標権等)

「その違いについて、よく分かっているよ」という方も多いと思います。しかし他者とコミュニケーションを取る場合、相手側も同じ認識を持っているとは限りません。そして頭では「知財権」をイメージしていても、口ではつい「知財」と言ってしまい、互いに認識のズレたコミュニケーションとなる場合もあります。

そこで本記事では、人類の ”知” の ”財” 産である歴史的書物から学びを得つつ、知財と知財権の違いについて、今一度落ち着いて考えてみることとしました。

今回教えを乞うのは、古代ギリシアの哲学者ソクラテスと、その弟子プラトン

・・・なぜソクラテスとプラトンなのか?理由は明白です。

「哲学」の語源はギリシア語「philosophia」であり、「知を(sophia)愛する(philo)」という意味。つまり、哲学者は人生をかけて知を愛し続けた人達。この意味に気付いたとき、本記事の執筆が(個人的には)決まりました。

知の財産である「知財」について考えるのであれば、知を愛し続けた哲学者に教えを乞うのが善いに違いない!哲学者と言えば、何よりもまずソクラテス….!!と考えたためです。

「不知の自覚」など、数々の表現が伝えられているソクラテス。アテナイ(現アテネ)の知識人に対して「勇気とは何か?」「徳は教えられるものなのか?」といった問答を繰り返し、真理を追究した人物です。ソクラテス自身の著書は一切残っていないものの、弟子であるプラトンの書物(プラトン対話篇)によって、ソクラテスが知者と対話している多くの描写が残されています(*)。

(*) 実際にソクラテスが対話している様子をプラトンが客観的に再現したものなのか、それともソクラテスという”役者”を通じてプラトンの思想が表現されているものなのか、定かではなく、諸説あります。

2,400年以上もの時を超えて語り継がれてきた、プラトン対話篇。その一部を知財/知財権に読み替えて考えてみても、何か学びとなるエキスが必ずあるはず。

知の歴史を感じつつ、早速みていきましょう。

ソクラテス風の名言①「知財権が導くとき幸福を結果し、無知財が導くときは反対の結果になる」

「知が導くとき幸福を結果し、無知が導くときは反対の結果になる」

メノン|プラトン著, 藤沢令夫訳, 岩波文庫, P77

知財権として保護している内容が独自の価値を生むものであれば、ライセンスを受けない限り、他者は同等の価値を顧客へ提供することができません。知財権は独占的な権利であるからです。

顧客への提供価値を知財権で保護しているイメージ図

知財権の存在によって幸福へと繋がった事例として有名なのが、日清のチキンラーメン。特許権、意匠権、商標権によって多面的に製品を守ることで類似品・粗悪品を排除し、今日に至るまでの発展へと繋げました。(参考:「1965〜1966「チキンラーメン」はただ1つ。製法特許を出願し、類似品を追放。」|日清食品グループ)

発展を遂げ、最近は派生商品も登場。どちらも美味しい!これは幸せ…!

よって、知財権が(ビジネスを)導くときは、保護された独自の価値によって権利者が利益を得るとともに、顧客にとっても幸福な結果になると言えるでしょう。

一方、無知財が導くときーーつまり、自社知財権保護のみならず、他者知財権への配慮も欠けている状態ーーにおいては、幸福への結実は期待できません。せっかく自社で生み出した技術や商品外観(デザイン)について容易に模倣されてしまうとともに、配慮の欠如とは、つまり他者知財権を侵害する蓋然性が高いことを意味するためです。

ソクラテスには「不知の自覚」と並んで「魂への配慮」という有名なフレーズもありますが、自己の魂への配慮に限らず、他者や他者知財権への配慮も当然必要になるということですね。他者が苦労して生み出した知財は、いわば魂が込められたもの。配慮しましょう。

Socrates Looking in a Mirror

中でも「商標権」の観点においては、特に他者への配慮が必要となります。

詳しく紹介していきます。

「商標権:商標は 他者への配慮 これ必須」~出願は他者配慮の証~

如何なるビジネスにおいても商標権への配慮は必須と考えましょう。

商標権として保護する対象である「社名、製品名」や「ロゴ」は、商いをするにあたって必ず関わる要素だからです。

キヤノン株式会社は、「Canon」の文字やロゴは勿論の事、TVCMでおなじみのキャッチフレーズも商標登録しています。
左:商標登録第4065492号、右:商標登録第4701653号

必須の配慮事項であるため、当然、似たビジネスを行う他者も商標権を取得している場合が多いです。よって、配慮の無いビジネス遂行は他者商標権を侵害してしまう恐れがあります。

もし、お気に入りの名前で商品を販売し、他者商標権を侵害してしまった場合、どうなってしまうでしょうか。

他者から商標権に基づいて訴えられ、金銭的な損失のみならず、業務上の信用をも失ってしまう恐れがあります。そして商標権者からライセンスを受ける等ができない場合、お気に入りの商品名を変更せざるを得ません。

商品名は商品の顔であり、お客さんも愛着が湧くもの。できれば安易に変えたくないものです。

他者が知財権を取得して技術等を保護しているイメージ図
他者を尊重し、配慮しながらビジネスを行う必要がある

では、どの様な配慮を行い、侵害を未然に防げばいいのでしょうか?調査に手間暇をかける余裕がなくとも、実は比較的簡易にできることがあります。

それは、自社が使用する予定の名前やロゴを「商標登録出願する」の一手。特許庁での審査を通じ、侵害の恐れがある他者商標権の存在を知ることにも繋がるためです。

早期に他者商標権を認識できれば、紛争へと発展する前に、

  • 名前を変更して侵害を回避する
  • 商標権の使用についてライセンス交渉を行う

といった手立てをとることができます。

商標はビジネスのお供と考え、商標の出願とは、権利を取って「独占する」というだけでなく、他者権利へ「配慮する」行為でもあると捉えておきましょう。

ソクラテス風の名言②「吟味のない知財権はビジネスにとって保護に値しない」

吟味のない生は人間にとって生きるに値しない

ソクラテスの弁明|プラトン著, 納富信留 訳, 光文社古典新訳文庫, P90

吟味のない知財権・・例えば、提供価値とは関係なく「ただ取っただけ」である知財権のことと考えられそうです。つまり、顧客への提供価値を実現する技術等とは関係の無い知財権。たしかに、一見すると保護に値しないですね。

イメージ図:吟味のない知財権

しかし、特に BtoC のような人心が関わるビジネスは複雑なもので、提供価値の範囲や内容がいつ変わるかわかりません。仮に現時点では保護に値しない知財権であっても、時間軸・分野軸をずらせば、重要な権利となり得ます。そして特許を出願&公開しておけば、「同じ内容で後発の他者に権利を取られない」という安心感も無視できません。

知財権を保護する場合には、総合的な「吟味」が必要になるということですね。

ここで、特許権を事例として、どのような吟味が必要になるのかを説明します。

「特許権:その価値は 分野によって 違います」~医薬品と駄菓子屋を例に~

何故分野によるのか?

それは、技術分野・ビジネス分野によって価値提供を実現する手段が様々であり、例えば特許権が ”効く” 分野と “効きにくい” 分野が存在するためです。

分かりやすい極端な例として、「医薬品」と「駄菓子屋」について考えてみましょう。

特許権の保護がビジネスを進めるにあたって有効(=特許権が”効く”)な分野として、医薬品分野があります。顧客への提供価値をもたらす要素として、効能を発揮する薬の開発という「技術」が大半を占めるためです。まずは効能を実現しないと、製品として成り立たないですからね。よって、当該技術について特許権で保護できれば、他社は同じ物質の薬を製造販売することができず、必然的に特許権者のビジネスが守られることとなります。

一方、特許権の保護がビジネスに対して医薬品ほど ”効きにくい” 分野として、駄菓子屋分野が考えられます。駄菓子屋においては高度な技術というよりも、店舗の立地や価格、そして店番のお婆ちゃんの存在が重要だったりするためです。よって、仮に最先端のIT技術を駆使して「駄菓子提供システム」といった特許権を取得しても、それだけで利益を守るほどの存在にはなりにくいことでしょう。

特許権には独占機能だけでなく、PR機能もある

一方、特許権の「PR機能」も無視できません。

例えば駄菓子屋さんが「特許取得!最先端AI技術により、あなたの気分に最適な駄菓子を提供…!」といったプレスリリースを打っていたら、興味が湧いて店舗に行ってみたくなりますよね。これは「特許」という二文字に内包されたイメージや、特許と駄菓子屋という見慣れない組み合わせをうまく活用した宣伝手法であり、特許権はそのPR機能を発揮していると言えます。

よって、仮に特許権が ”効きにくい” 分野であっても、PR機能を期待して出願するというのも有効な手段となり得るでしょう。そして1件だけでも出願しておけば、後に公開され、第三者の目に留まることで協働に繋がる可能性も期待できます。

以上、特許権について、例えばビジネス分野に応じた吟味が必要になるという紹介でした。

特許出願を検討する際には、どの程度の範囲で独占できるのか?それは提供価値を保護できるのか?そして、PR材料としても活用できそうか?などを吟味していきましょう。

なお、特許庁報告書による「知的財産権を保有する効果」においても、「模倣品や類似品を排除する」といった独占機能だけでなく、「新規顧客の開拓につなげる」「知名度向上など対外的にアピールする」等のPR機能も挙げられています。(図表 Ⅲ-25, P88)

「中小企業の知的財産活動に関する基本調査」報告書|特許庁, 平成31年4月

ソクラテス風の名言③ 「一番大切なことは単に知財権を取ることではなくて、善い知財を生むことである」

「一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである」

ソクラテスの弁明 クリトン|プラトン著, 久保勉 訳, 岩波文庫, P74

権利を取ることも勿論大事ですが、やはりまずは「善い知財」について優先すべきという意味です。

イメージ図:価値を生み出しているのが「善い知財」

ここでいう「善い知財」とは、顧客や市場へ提供する価値をもたらすもの。

権利として保護できれば好ましいですが、権利保護は必須ではなく、まずは「善い知財」について試行錯誤をすることが肝要。価値創出の源泉は「知財」だからです。

なお、例えば流行り廃りが目まぐるしいような市場においては、知財権については最低限の配慮とし、身軽でスピーディに進めていくことが重要な場合もあることでしょう。又、仮に知財権で価値を保護できなくとも、諸々の事情によって他者は同等の価値を創出できない場合も考えられます。

資金、時間、手間、権利の効力、市場性・・等をふまえた総合的な吟味が求められる世界ですね。

ソクラテス風の名言④「知財権を得ることに執着して、もうなにも残っていないのにそれを惜しむようなことをしては、自分自身に笑いを招くのが関の山だ」

知財権の取得は手段であって、目的化してはいけないという意味です。

ところで「勇気」や「徳」等について真理を追究して知を愛したソクラテスは、アテナイの知識人達と問答を繰り返します。そして問答によって本質的理解が不十分であったことを暴かれた知識人達の反感を買い、裁判を通じて死刑(!)に処されることとなったのです。

死刑判決から執行までの約一ヶ月、ソクラテスは死刑をなんら恐れることなく過ごしたようです。そしていよいよ、毒薬を飲む寸前。この言葉が登場します。

生きることに執着して、もうなにも残っていないのにそれを惜しむようなことをしては、自分自身に笑いを招くのが関の山だ

パイドンーー魂について|プラトン著, 納富信留 訳, 光文社古典新訳文庫, P254

The Death of Socrates, Jacques-Louis David, 1787年
ソクラテスが毒薬を飲み、周りにいる人間が嘆き悲しんでいる様子

この言葉から得られる学びは「いつまでも知財権でビジネスを保護できるわけではない」ということ。特許権や意匠権は保護期間が有限(**)であるのは勿論のこと、時代や市場の変化に応じて、ビジネスと権利保護の関係性は必然的に変わってくるためです。

(**) 特許権は出願から原則20年、意匠権は出願から25年。

時代によって「知財」「知財権」「提供価値」の関係が変化するイメージ図

それまで築いてきたビジネス上の信用は商標権(社名・製品名・ロゴ等)で保護しつつ、あとは権利保護されていない「知財」もうまく活用することで、より善くビジネスを進めることが重要でしょう。そして「なにも残っていない」状態ではなく、新たな知財を創出したならば、そのときは新たに知財権を得ることに執着するのが好ましい在り方です。

知財権はあくまでビジネスを保護する手段の1つであることを忘れずに、柔軟に考えていきましょう。

「意匠権:内装や 店舗見た目も 保護できる」

ここで、「意匠権」について少し紹介します。近年の法改正によって保護対象が広がりました。よって、権利保護できるものは「なにも残っていない」かと思いきや、実は意匠権が取得できる場合があるかもしれません。

意匠権とは、物品の外観を保護する権利。商品の外観が守られることで、見た目から醸し出される消費者の「商品への愛着」をも間接的に保護することに繋がります。例えば Apple 社は、意匠登録第1351277号の図面に示された意匠について権利保護しており、iPhone のユーザー体験を見た目の面からも守っているのです。

意匠登録第1351277号 代表図面

一方、近年では、店舗の外観や内装に特徴的な工夫を凝らしてブランド価値を創出する事例が増えてきたため、「建築物」や「内装」についても保護の対象となっています。

建築物、内装の意匠が初めて意匠登録されました|経済産業省, 2020.11.2」より引用

店舗が関わるビジネスを進める場合は、建築物や内装の意匠についての権利取得を検討してみてはいかがでしょうか。

<関連記事>
空間デザインを権利保護!瞑想ルームで「内装の意匠」を考察する~こち亀のあの細長い家も意匠権を取れる?~|Toreru Media

ソクラテス関連のおまけ名言:「満足した知財権よりも不満足な知財」

満足した豚であるよりも、満足していない人間がよい。満足した愚者であるよりも、満足していないソクラテスがよい。

功利主義|J.S ミル著, 関口正司 訳, 岩波文庫, P31

最後は、1800年代の哲学者ジョン・スチュワート・ミルによる表現から考えてみました。ミルは、「最大多数の最大幸福」という原則で知られる功利主義を探究した思想家。ミルの書籍にはソクラテスについての言及もあり、東京大学の学位記伝達式 式辞においても逸話として取り上げられています。(参考:平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞|東京大学

知財権はビジネスツールの1つであり、知財の一部を保護するもの。

一般的に、知財権には財産的価値があるとされるものの、世の中に価値を生み出す大元は「知財」やその他要素です。故に、知財権で保護された内容に限らず、関わる人全てのアイデアや工夫、熟練技能といった「知財」、そして店舗販売がある最終商品であれば、販売員のスマイルやオーラ、所作。五感に訴える全てに影響されて、最終的に顧客の脳内で価値と認識されます。

そう考えると、知財の限界点である固定された境界(IPバウンダリー)内の「満足した知財権」よりも、無限の可能性を秘めた「不満足な知財」の状態の方が健全だと言えるでしょう。「不満足な知財」とはつまり、あらゆるタッチポイントにおける未知の価値創出を探究している状態だからです。

イメージ図:満足した知財権(左)と、不満足な知財(右)

不満足な知財の状態を目指すとともに、「できるだけ満足できる知財権」も探究していきたいものです。

まとめ:知財を愛することは「哲学」でもある

  1. 知財権が導くとき幸福を結果し、無知財が導くときは反対の結果になる
    → 自社だけでなく他者の「知財権」へも配慮しよう
  2. 吟味のない知財権はビジネスにとって保護に値しない
    → 価値を保護する「知財権」の取得を目指そう
  3. 一番大切なことは単に知財権を取ることではなくて、善い知財を生むことである
    → 価値の源泉は「知財」である
  4. 知財権を得ることに執着して、もうなにも残っていないのにそれを惜しむようなことをしては、自分自身に笑いを招くのが関の山だ
    →「知財権」はビジネスツールであり、1つの手段。目的ではない。
  5. おまけ: 満足した知財権よりも不満足な知財
    → 「知財権」で満足せず、価値を創出する「知財」の創出を探究しよう。

冒頭で紹介したとおり、「哲学」とは知を愛すること。それはつまり、「哲学」は知財を愛することも包含しています。

たまには哲学しながら、ソクラテスが考える「恥ずべき無知」の状態を避けつつ、不満足なソクラテスになりたいものです。

ソクラテスがもっとも厳しく批判するのは、「恥ずべき無知」、つまり「知らないものを知っていると思っている」状態であった

ソクラテスの弁明|プラトン著, 納富信留 訳, 光文社古典新訳文庫, P145(解説)より

誰でも「不満足なソクラテス」になれるものなのか?

「不知の自覚」を意識し、自身はソクラテスにはなれないということを「知る」のではなく「自覚」して謙虚に過ごしていれば、なれるのかもしれません。

(参考情報)
プラトンの『ソクラテスの弁明』は謎多き作品|納富信留|テンミニッツTV
プラトンとの哲学――対話篇をよむ, 納富信留著, 岩波新書
プラトン 哲学者とは何か (シリーズ・哲学のエッセンス), 納富信留著, NHK出版

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