「模倣品は、有名税」、そんな言葉があります。
売れない商品を真似する人などおらず、模倣品が出るのはある意味、ステータス。
ユーザーは本物が分かるから、どーんと構えていれば模倣品は消滅する。対策してもどうせいたちごっこだし、相手にするだけ無駄・・・そんな気持ちが込められているのでしょう。
一方で、模倣に対して断固たる姿勢で臨む経営者もあります。
本田宗一郎は、社内報で「たった3台でも特許侵害は許さない」と全社員に宣言し、スティーブ・ジョブズは生前、「水爆を使ってでもアンドロイドを滅ぼす」と語ったとされます。
ホンダ、APPLE・・・この2社が並んだとき、私が思い浮かんだのは『信者』というワードでした。もちろん、トヨタ信者も、Android信者も世にはいますが、やはり両者よりは圧が弱い。
「経営者が先頭に立って模倣品への厳しい姿勢を見せることが、ブランドへの信頼感に繋がり、『信者』と呼ばれるようなロイヤルカスタマーをも生み出すのでは?」
そんなことを漠然と考えていたところ、興味深いツイートを目にしました。
岩下 和了 on Twitter: ★山本食品工業株式会社に対する警告書の発送について
社長自ら、警告状を発送したとツィートを公開し、いいねが1660件も付いている・・。
知財業界は「1000人フォロワーが付けば人気者」という狭い世界だけに、この反響は驚きでした。フォロワーさんたちも「我々は『岩下の新生姜』だけを応援しています!」、「許せねーよ」、「本当にパチモンを排除してやって下さい!」と熱く盛り上げています。
これって、正に自分がイメージしていた『模倣品絶対許さない社長』による、ファンマーケティングの実例なのでは?
自分は新生姜を一度も買ったことがなかったのですが、がぜん興味が湧いてきました。
- 岩下食品と山本食品工業(以下、山本)の 『新生姜』ってそんなに似てるの?
- 本当に侵害と言えるのか?
- 裁判所の判断を待つまでもなく、こんなにオフィシャルに模倣って言い切っていいの?
百聞は一見に如かず。地元スーパーの行脚から、調査スタートです。
目次
1、岩下 VS 山本『新生姜』 実食比較!
そもそも新生姜は、普通の生姜と何が違うのでしょうか。
ネットで調べたところ、以下の説明がありました。
新生姜は、新しく育った「根」の部分であり、収穫後すぐに流通されるため、水分を豊富に含んでいます。 また、生姜独特の辛みや風味が穏やか、皮や繊維がやわらかなのも特徴です。 そのため、火を通さず、そのまま食べるのがおすすめです。 シャキシャキとした歯ごたえや、爽やかな風味が楽しめます。
新生姜と生姜って同じものなの?!(irotori 生姜のこと 記事より)
新生姜と生姜は同じ植物であり、短期間で収穫後、熟成させずに出荷すれば「新生姜」になるとのこと。お寿司屋さんのガリも新生姜で作られており、薬味から酒のつまみまで、幅広い活用方法がある。
また、「新」生姜というだけあり、生ではあまり日持ちがしない。そのため、岩下・山本両メーカーが販売している商品は、正式には「新生姜の甘酢漬け」だと分かりました。
では、岩下・山本の『新生姜』は、一体どちらのシェアが大きいのでしょうか?
チェーンが異なるスーパーマーケット10店舗の漬物売り場を回り、調べてみました。
圧倒的ではないか、岩下は・・!
まず、意外だったのが、ほとんどのスーパーで取扱いがあったことです。
これほど一般的な食品だったとは。
そして『岩下の新生姜』の圧倒的な強さ。
探せど探せど、山本食品工業の『新生姜』が見つからない。
あちこち回った末、ようやくマルエツと、マミーマートの2チェーンで発見できました。
『岩下の新生姜』は80グラム、山本食品工業の『新生姜』は90グラムという内容量の違いはありますが、売価はほぼ同じ。早速買って帰ります。
気づいたこととして、山本マミーマート版の『新生姜』はパッケージが異なる。裏面を見ると、“販売者:マミーマート、製造者:山本食品工業” とあり、どうやらプライベートブランド(PB)商品のようです。
買ってきたパッケージを並べてみましたが、第一印象ではかなり、似ているなと・・。
特に『岩下の新生姜』と、ノーマルの山本食品工業『新生姜』は色もほぼ同じで、「岩下の」部分を意識しておかないと、間違って買うことはありそうです。
次に、袋から出して観察してみます。
袋からでは分からなかったですが、ずいぶん形に違いがあり、『岩下の新生姜』は竹のように、すらっとしている。
一方、山本『新生姜』は木の又のようなゴツゴツした形。太さも2~3割は違います。もしかして品種が違うのでしょうか?
ともあれ、肝心なのは「味」。両者をかじってみましょう。
まず、『岩下の新生姜』は、シャキシャキしていて、アスパラガスのように歯で噛み切れます。ピリッとした辛さはありますが、後味はスッキリ。特に調理しなくてもそのまま2本・3本と行けそうです。
・・次に、山本食品の『新生姜』。こちらはゴリゴリとした触感で、明らかに 『岩下の新生姜』より硬い。噛み切ろうとしたら、筋が何本か残りました。
辛みも『岩下の新生姜』より強いのですが、最も違うのは後味です。土の苦みというか、何だか口にえぐ味が残る。うーん、この後味は、洗い流せる飲み物がないと辛い・・。
実食する前は、「内容量が10グラム多く、中身も太い山本食品の『新生姜』のほうが実はお得かも?」などと思っていましたが、味がかなり違います。
原材料の産地をみると、岩下食品は台湾で、山本食品工業は中国産。
味にも品種や風土の違いが出ているのでしょうか。
個人的な評価ではありますが、味の勝負では、明らかに『岩下の新生姜』に軍配が上がりました。
2、法律的には本当に「侵害」?
見た目はずいぶん似ていても、味はかなり異なっていた岩下・山本の新生姜。
ただ、岩下食品のホームページによれば、山本食品工業側は侵害を否定。反対に警告を行った旨の告知リリースの削除を要求するなど、真っ向から抵抗しているようです。
<これまでの経緯>
令和元年11月20日 | 通知書送付①山本食品工業の一部商品の商品名称及びパッケージデザインの使用停止を求める旨通知 |
令和元年11月28日 | 回答書受領①山本食品工業の新生姜商品は、当社商品である「岩下の新生姜」を模倣しておらず、お客様が混同することがないことが明らかとの回答 |
令和元年12月19日 | 通知書送付②当社に寄せられた、混同、誤認が生じたとのお客様からの声をもとに、再度商品の類似性、混同が生ずることを述べ、使用停止を求める旨通知 |
令和2年1月22日 | 回答書受領②消費者が、当社商品と山本食品工業の商品とを混同することは考えられない旨の回答 |
令和2年3月4日 | 通知書送付③お客様より寄せられた、お客様が損害を受けているという生の声に加えて、当社が新生姜を開発し、長年にわたり世の中に広めてきたという事実に基づき再度通知 |
令和2年3月30日 | 回答書受領③お客様からの声は山本食品工業による模倣の根拠とはならない旨の回答、及び当社ホームページ掲載の警告実施の告知リリースの削除要求 |
ただ、このリリースには具体的に警告の根拠となる法律が記載されていません。
今回のように商品パッケージの類似品が争われた場合、侵害を主張する側の武器となる法律は、(1)商標法、(2)意匠法、(3)著作権法、(4)不正競争防止法です。順番に考察していきます。
(1)商標法
まず、岩下食品の商標登録を調べてみたところ、以下の出願がありました。
ただ、残念ながらこの出願は現在審査中で未登録。また、たとえ登録になっても、『岩下の新生姜』と山本食品工業の商品名である『新生姜』は、商標法上、非類似と判断されるでしょう。
『新生姜』の商品名は、あくまで生姜の1種を示す内容表示にすぎず、『岩下の新生姜』という一連の名称についてのみ、商標としての識別力を発揮すると考えられるからです。
本件では商品名称だけでの比較では類似とはいえないため、商標以外の観点でも「パッケージ全体を比較し、違法行為といえるか」を評価していく必要がありそうです。
(2)意匠法
次に意匠登録を調べてみたところ、岩下食品はパッケージ包装を意匠登録していました。
【見本の正面図】
意匠登録第1494110号(2013年4月18日出願)JPLAT-PAT 意匠検索より
この意匠登録と、入手した山本食品の2つのパッケージを比較してみましょう。
うーん、パッケージ中央に白帯をバックにして商品名を表示している点と、筆文字調のフォントを使用している点は共通しているものの、正面右側の透明窓の有無や、調理例の写真配置など異なる部分が多い。
意匠登録の類似は、「二つの意匠の形態における共通点及び差異点を認定し、これらが意匠全体の美感に対してどの程度の影響を与えるかなどを評価し、総合的に判断する」とされていますが、「岩下の新生姜」意匠登録パッケージとの比較では、山本食品のパッケージが、意匠権侵害と認定される可能性は低そうです。
(3) 著作権法
次に著作権については、権利の発生に登録は不要で、「創作しただけで自動的に権利が発生し、保護される」とされています。
しかし、商品パッケージのような工業製品は、鑑賞性よりも実用性が重視され、著作権よりも工業デザイン保護法である意匠法で保護すべき「応用美術品」であるという考え方が伝統的にあり、裁判所が著作権を認めるハードルが通常の美術作品より高いです。
近年の知財高裁の判決(TRIPP TRAPP事件)では、「個別具体的に作成者の個性が発揮されているかで判断する」として、比較的低いハードルに変わってきており、今回の「岩下の新生姜」のパッケージも著作権で保護される余地はあります。
ただ、この判決でも、応用美術品は機能を果たすための制約が大きく「著作権保護の範囲は、比較的狭いものにとどまるのが通常」としています。パッケージデザインには、商品の内容・特徴をユーザーに伝えるという機能的な制限があることを考えると、著作権で保護される範囲は狭く、デッドコピーに近いデザインでないと侵害認定は下されないでしょう。
今回のケース、著作権でも岩下食品の旗色は悪そうです。
(4)不正競争防止法
そこで最後に、不正競争防止法による保護を考えます。
法律が規定する「不正競争」行為として、本件で該当しそうな規定は2つあります。
不正競争防止法 2条1号:
他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
同 2条2号:
自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
条文だけでは分かりにくいので、『新生姜』のケースで「不正競争」が成立するための要件をまとめてみました。
☆ 1号 周知型:
①「岩下の新生姜」の包装(パッケージ)が、需要者の間に広く認識(1都道府県レベル)されている。
② 「岩下の新生姜」と、山本食品「新生姜」の包装が、類似している。
③ 山本食品「新生姜」の販売により、2つの商品に混同が生じている。
☆ 2号 著名型:
① 「岩下の新生姜」の包装(パッケージ)が、需要者の間で著名(日本全国的なレベル)。
② 「岩下の新生姜」と、山本食品「新生姜」の包装が、類似している。
・・・「岩下の新生姜」は、1987年の発売から30年の歴史があるロングセラー商品で、ラジオ・TV CMを通じ、全国的に宣伝されています。「いっわしたの~、しん、しょーが~♪」という、CMのメロディーを聞いたことがある方も多いでしょう。
2号①「著名」の認定ハードルは通常かなり高いのですが、今回のケースであれば満たす可能性が高そうです。
そうすると、不正競争といえるかの最大のポイントは②「包装の類似性」です。果たして、法律的に「類似」と言えるのか?
この点、経済産業省が公開している『不正競争防止法の逐条解説』70Pに、類似性の参考となる基準があります。
「類似」性について、判例は、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否かを基準に判断するのが相当であるとしている。
また、類似性の判断は、商品を同時に並べて注意深く比較したときに(対比的観察)、差異点が発見される場合であっても、全体的な印象に顕著な差異がなく、時と場所を異にして観察するときには(隔離的観察)、その商品等表示により一般需要者が誤認混同するおそれが認められる場合は、類似性が認められるとしている。
・・・基準だけではイメージしにくいので、裁判所のデータベースで、実際に包装の類似性が争われた裁判例も探してみました。
A、ミルクティー事件(事件番号平成7(ワ)3920, 大阪地裁 平成9年1月30日判決)
缶包装の周知性・類似性が認められ、不正競争防止法2条1項1号による侵害が成立(販売停止及び、賠償金約118万円を支払い命令)。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=13790
(画像は、判決の添付文書1より引用)
B、黒烏龍茶事件(事件番号平成19(ワ)11899, 東京地裁平成20年12月26日判決)
黒ウーロン茶パッケージの周知性・類似性が認められ、不正競争防止法2条1項1号による侵害が成立(販売停止及び、賠償金約487万円を支払い命令)。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=37167
(画像は添付文書1より引用)
ただ、この事件では、同時に非類似と認定されたパッケージデザインもあります。
黒烏龍茶の2つ目のパッケージが非類似と認定されたポイントは以下の通りでした。
- ① 2つの商品の書体が異なる
- ②「烏龍茶」や「ポリフェノール」の表記が縦横で異なる
- ③「烏龍茶」の部分は著名な茶の種類を意味する普通名称にすぎず、その部分のみを分離して称呼を検討すべきではない。
これらの基準や判例を踏まえ、山本食品工業の『新生姜』が不正競争防止法違反に該当するかを、独自に考察してみます。
① 「新生姜」の部分は、生姜の1種を表す普通名称にすぎず、その部分だけを分離して比較すべきでない。「岩下の新生姜」と「新生姜」の称呼の比較だけでは、非類似である。
また、「岩下の」部分は、全国的な宣伝による顧客の注目が集中し、識別力が生じやすいため、2つのパッケージが類似すると言えるためには、「岩下の」部分以外の類似性が相当高く、需要者に誤認を生じせしめる必要がある。
② 「岩下の新生姜」と山本食品工業「新生姜」(写真中央)のパッケージ全体を比較すると、どちらも中央の白帯に、縦書き・筆文字で商品名を記載している。パッケージの色味もピンク色で似通っており、スライスした新生姜の写真を下部に掲載している点も共通する。
→『岩下の新生姜』と写真中央の山本パッケージは類似し、不正競争行為となる。
③ 一方、 PB版「新生姜」(写真左)との比較では、パッケージの色味が大きく異なり、商品名の文字の回りにはグリーンの縁もついており、外観においてある程度の差別化が行われている。また、スライスした新生姜の写真もPB版には掲載されていない。
→『岩下の新生姜』と写真右の山本パッケージとは類似せず、不正競争行為とはならない。
・・以上は、あくまで私なりの評価ですが、なかなか微妙な案件だと思います。
『岩下の新生姜』が市場で圧倒的に大きいシェアを占めている現状では、「新生姜=岩下」と考えている消費者も多そうですし、山本(PB)版を「岩下食品」製と誤認して買う可能性もありそうです。そう考えると、写真右のパッケージとも類似という判断で良いかもしれません。
うーん、第三者の勝手な立場で恐縮ですが、裁判所で白黒つけて欲しいところです。
3、「岩下の新生姜ミュージアム」で真意を知る
考察はひとまず終わりましたが、まだモヤモヤが残ります。
実は、裁判を待たずして、相手を名指しで「侵害業者」と糾弾する行為は、結構リスクがある行動です。
類似品の販売に対し「不正競争行為である」とホームページで糾弾したのに関わらず、実際の裁判では不正競争行為が認められなかった別の事件では、信用毀損に対する損害賠償の支払いが命じられています。
平成28年10月27日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官 平成27年(ワ)第10522(リサイクルインクカートリッジ包装事件)
確かに、岩下食品のホームページでは「不正競争行為」とは一言も書かれておらず、「山本食品工業に対して、権利侵害を警告した」事実を公開するに留めてはいるものの、相手の商品に対して「模倣品」という呼び方はしています。
「模倣品」とは、一般的には知的財産権を侵害する物品を指します。もし裁判で争い、岩下食品側が負けたときは、信用棄損による損害賠償が命じられるリスクがあるでしょう。
・・・「岩下の新生姜」は、山本食品の「新生姜」を市場で圧倒しています。一般的に、警告状は、企業同士の『密室』でやりとりされ、外に出ないのが通常です。
何故、新生姜界の圧倒的No.1である「岩下食品」は、ここまで敵愾心を露わにしているのでしょうか?ユーザーも見ている公開の場で、厳しい姿勢をPRする必要があるのでしょうか?
岩下食品の本社がある栃木市には、『岩下の新生姜ミュージアム』があるそうです。
ネットによれば、『岩下の新生姜』に特化した、インスタ映えするエモーショナル、ちょっと狂気もはらんだ施設だとか・・。
説明を読むだけでは良く分かりませんが、この地に岩下食品の思いを理解し、「劇場型警告」の謎を解くカギがありそうな予感がします。
そこで実際に栃木市の『岩下の新生姜ミュージアム』に行ってみることにしました。
栃木市までは、東京から電車や車で1時間半ほどと、意外に近い。下手な高速道路より早い国道新4号線の流れに恐怖を覚えつつも、ミュージアムに到着です。
第4駐車場まであるのか・・・。2019年には来館者50万人も突破したそうで、実は、かなりの人気スポット。
誇らしげな、「NEW GINGER MUSEUM」の文字。早速、館内に入ってみます。入場無料はなかなか太っ腹。
館内で最初に目に飛び込んだのは、巨大パッケージでした。透明のところから顔を出したら「岩下の新生姜」になりきって、記念撮影できます。
イメージキャラのアルパカゲートをくぐり、「岩下の新生姜」を探る旅に出発です。
まずは「岩下の新生姜 誕生物語」を読んでみます。
昭和53年に先代社長が台湾へ出張した際に、たまたま機内食で出たしょうがが美味しすぎて感動し、探し回ったところ、台湾在来種のしょうが「本島姜(ペンタオジャン)」だと判明。
日本で栽培しようと試したが、風土の違いでうまくいかず、台湾で栽培した新生姜を直輸入することを決意。
ただ、今までの漬物と同じような高塩分で漬けると、新生姜の持ち味であるフレッシュさが消えてしまう・・。そのため、冷蔵輸送・冷蔵管理という、当時の漬物業界にはなかった「海外原料のコールドチェーン」を開発。
実際に商品として完成するまでには、機内での出会いから9年の歳月がかかったそうです。『岩下の新生姜』に「ガイアの夜明け」的な、エピソードがあったとは・・。
「台湾産の本島姜だからこそ、『岩下の新生姜』は美味しい」というメッセージは、館内のあちこちに見られます。
そういえば、山本食品工業の新生姜は中国産でした。らっきょうだと、原産国である中国で栽培されたものが美味しいといいますし、「中国=低品質」などと言うつもりはないですが、やはり野菜は土地のもの。新生姜には、台湾の風土が一番合っているのかもしれません。
岩下流「新生姜へのこだわり」を理解しつつミュージアムを回っていくと、インパクトがある展示が目につきます。
1987年からの歴代パッケージ。ずーっと左に繋がってます。
もう1種のイメージキャラ、イワシカちゃん。なんか・・多い!
ポケモンのヤドンや、東京タワーのノッポン兄弟とコラボ?した展示。
「ピンクで細長けりゃ、全員友達」というラブ&ピース感がすごい。
ヤドンは、3周年のお祝いでミュージアムに来たそうです。何でも「イーブイの会社見学」という企画にかかわらず、別キャラのヤドンまで特別にやってきたと・・。
これらの展示を一言でいうなら、「ピンク&過剰」。物量にクラクラしてきたところに、エンドレスでCMソングが流れるので、だんだん脳が『新生姜ワールド』にトリップしてきます。(曲が分からない方は、下のリンクから聞いてみてください)
岩下の新生姜CM超ロングヴァージョン (4:26)
さらにミュージアムの奥には、「ジンジャー神社」がありました。
名前は完全にダジャレですが、なかなか本格的。100円でおみくじを引くと、神殿が開いてイワシカちゃんから神託が下されます。
ご神体はもちろん新生姜。
絵馬も奉納されていました。新生姜1億円分とは、どれぐらいの量になるのでしょうか。「姜」ではじまる言葉は、人名ぐらいしかないよね・・・。
そして、本日のメインイベントは「世界一大きな岩下の新生姜ヘッド」を彩る、プロジェクションマッピングです。ヘッドというだけあり、本当は顔ハメができるのですが、コロナの影響で残念ながら休止。時間になると、館内が暗くなりました。
サンバアレンジの『岩下の新生姜』CMソングに合わせて、映し出される夏の花火。よく見たら、輪の1本1本が新生姜。
映像は和風あり、サイケデリックありの多国籍ムービー。
後半のミュージックでは「例えば、チクワに切れ目を入れて、大葉と一緒に巻いて、食べれば 美味~」とか、レシピを紹介しだします。
・・・このトリップムービーを見ていたら、だんだん理解してきました。
新生姜とは、単なる食品、漬物などではなく、このミュージアム、いや、岩下食品では「ご神体」であり、「神輿」なのです。
新生姜自体をコンテンツ化することで、さまざまな外部キャラクターと深いコラボができるようになり、「私も、岩下の新生姜が好き!」というファンの輪が広がっていく。
ムービーでは宇宙まで飛び出したあげく、ついに『岩下の新生姜』パッケージとの邂逅を果たしました。これまでのブランド分析で見慣れたパッケージですが、こうやって映し出されると神々しさすら覚えます。
ラストは、バックの新生姜型ライトが輝き出し、「岩下の~ 新生姜~!」の歌声とともに、高らかなフィナーレ。
・・・明らかに、企業ミュージアムの常識を超えた熱量です。
もはや、これは「ファンマーケティング」を超えた、「神格化マーケティング」。
異常ともいえる新生姜の熱量を浴びることで、来館者は一時的にでも新生姜の「信者」になり、情報をシェアすることで次の来館者が呼び寄せられる・・・。
そうやって加速度的に来館者が増え、50万人を突破したのでしょう。
自分も気づいたらお土産を色々買ってました。『岩下の新生姜ミュージアム』、恐るべし。
4、終わりに ~何故、岩下食品はブチ切れたのか
ミュージアムにはレストランも併設されており、さまざまな新生姜フードを楽しむことができます。ピンクジンジャーソーダを飲んでクールダウンしながら、
「何故、岩下食品は、山下食品工業の類似品に対する警告を、わざわざ公開したのか?」
を改めて考えてみました。
ブランドオーナーにとっては、知的財産の紛争に勝つこと自体は目的ではなく、ユーザーにブランドを信頼してもらい、ファンになってもらうことが重要です。
『岩下の新生姜』に対してこれだけの熱量とこだわりを持つ岩下食品が、パッケージの見た目をスレスレのところで寄せてきた山本版『新生姜』に対し、何も言わなければファンはどう感じるでしょうか?
少なくともTwitterでは、「何となく新生姜を買ったら、味が違ってがっかり。よく見たら『岩下の新生姜』ではなかった」という声があがっていました。
警告状は水面下でやり取りするもので、解決するまでは何も言わない・・・これは、知財界の常識ではあっても、ファンの信頼を守るための「正解」とは言えない。
法律論はどうあれ、リスクを受け入れるなら、ブランドオーナーは、「模倣」を許すかどうか、堂々と自分の考えを示し、声を上げる自由があります。そして、何故、ブランドオーナーが「模倣」を許さないのか、そのこだわりを自ら語ることが、ファンの納得感・そして支援に繋がる。
もし今後、「山本食品工業の『新生姜』は『岩下の新生姜』の知的財産権を侵害しない」とたとえ裁判で判断されたとしても、ファンの心は揺らがず、むしろより熱く支持するでしょう。
ファンにとっては『岩下の新生姜』こそが、新生姜界における「本物」いわば「聖典」であり、法律的な判断はまた別の話だからです。
『岩下の新生姜』が模倣品に対して厳しい姿勢を採ったことのツィートに、ファンから1660いいねが付いた。すでに、この時点で「ブランド勝負」は決していたのでしょう。
・・・第三者的な視点で分析するつもりだったのが、つい取材者までも熱気にあてられ、『岩下の新生姜』サイコー!という気分にさせられてしまう。
『岩下の新生姜ミュージアム』には、ファンマーケティングの王道がありました。
あと、『ご飯にかける岩下の新生姜』は、納豆に混ぜるとめちゃくちゃ美味しかったので、お取り寄せにもお勧めです。