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【マック・バーキン・ドムドム】美味しいバーガーの裏にドラマあり!3社のブランド再生ストーリーを追ってみた

ファーストフードの代名詞といえば、やはりハンバーガー。2025年度の市場規模は1兆300億円と過去最高。主要チェーン10社の店舗は全国で5,300店と、今でも成長が続いている市場です(帝国データバンク調査)

ラーメン店の市場規模が約7900億円(2024年度)であることと比較しても、やはりハンバーガーはファーストフードの王様といえるでしょう。そして多くのバーガーチェーンが市場でしのぎを削っています。

マクドナルドに代表されるバーガーチェーンですが、ハンバーガーという共通の商材を扱いながらも、各社が異なるユニークなブランド戦略を描いています。

そこで今回は圧倒的王者の「マクドナルド」、令和の挑戦者「バーガーキング」、そして日本最古参の「ドムドムハンバーガー」の3ブランドに注目しました。この3者の意外な共通点は、客離れや赤字といった歴史的な危機をそれぞれに乗り越えてきたことです。

三者三様の再生劇はどこから生まれたのか。店舗を巡って実食しながら、各社のブランド&商標ストーリーを追う旅に出発です。

1.「ビッグマック」で苦しみ、救われたマクドナルド

マクドナルドの日本店舗数は約3,000店舗(2026年時点)と、バーガーチェーンでも圧倒的な規模を誇っています。全世界では約41,000店舗とまさにグローバルなチェーンです。

その原点は、マクドナルド兄弟がロサンゼルス郊外で経営していたハンバーガー店にありました。

The first McDonald’s(The Real McDonald’s: The San Bernardino Origins of a Fast Food Empireより)

このハンバーガー店が他と違ったところは、兄弟が「スピーディー・サービス・システム」と呼んだ画期的な店舗運営システムでした。

ハンバーガーの仕様をマスタード・ケチャップ・玉ねぎ・ピクルス2枚に標準化する。従業員を焼き係、調味料係などに細かく分業し、30秒で提供する。紙コップや紙包装を導入して食器洗いの手間をなくす。ドライブインの客にも窓口まで取りに来てもらい、セルフサービスにより回転を良くする・・・。あらゆる面で効率化を図った結果、低価格・迅速性・そしてフレンドリーさが支持され、大成功を収めます。

このシステムに当時ミルクセーキミキサーのセールスマンだったレイ・クロックが興味を持ち、兄弟と交渉してカリフォルニア以外でのフランチャイズ権を獲得。1955年にMcDonald’s Systems Inc.を設立し、全米で店舗拡大を始めます。

その後はレイとマクドナルド兄弟が決裂するなど波乱万丈あるのですが、バーガーチェーンとしてのマクドナルド自体は順調に成長。1965年には全米700店舗までに拡大し、1967年6月にはアメリカ国外初の店舗をカナダのリッチモンドに開店します。

日本の商標を調べてみると、「マクドナルド」商標第1号は1967年に出願。ただこれは日本上陸の4年も前です。

登録0797143(1967年5月出願)

時期的にずいぶん早いなと思って確認したところ、出願人は大阪の製パン会社(現在は消滅)でした。もしかして、アメリカでのヒットにあやかろうと思って出願したのかもしれません。商標登録後に名義変更されており、現在は米国のマクドナルド社が権利を保持している商標です。

実際にマクドナルドが日本に上陸したのは1971年7月。大手商社や流通事業者が手を挙げる中で、レイ・クロックに認められた藤田田氏が日本でのフランチャイズ権を獲得しました。

マクドナルドの歩み | マクドナルド公式より

米国本国からは「郊外に最初の店舗を作るべきだ」と言われましたが、藤田氏は「舶来文化は高いところから低いところに流れる」という持論を曲げず、銀座の一等地である三越に出店します。

ただ、開店初日の売上は40万円程度(目標は100万円)と大きく割り込み、しばらくは苦しい営業が続きました。転換点になったのは、8月のある休日。たまたまボーイスカウト&ガールスカウトの世界大会が富士であり、終わったあと外国人の若者たちが銀座にやってきて、マクドナルドを見かけて押し寄せたのです。

50~60人もいた彼らがハンバーガーやポテト、コーラを買って歩行者天国や路上で食べ歩いたところ、日本人の若者たちが「カッコいい」と感じ、大挙して来店するようになった・・・というのが、最初の成功。藤田氏の出店戦略は見事に当たりました。
日本マクドナルド「挑戦と変革」の経営より

栄えあるマクドナルドの1号店に行ってみたかったのですが、残念ながら現在は閉店。近くの「銀座インズ」にまだ店舗があるので、そちらに訪問してみましょう。

やってきました、銀座インズ3。なかなか年季が入った建物です。

入口にはおなじみの「M」マーク。ゴールデンアーチと呼ばれるこのマークはしっかり商標登録もされています。

登録1067526(1970年6月出願)

銀座一号店ができる前年の出願であり、日本進出にあたって商標の権利化も万全に行われていたことがわかります。米国法人の名義になっており、日本法人へフランチャイズ権を与え、米国からブランドコントロールを行う根拠として商標登録をあらかじめ行ったとも考えられます。

マクドナルド兄弟の「スピーディー・サービス・システム」の最新版ともいえるセルフオーダーシステム。店舗側は「サムライマック」を推していましたが、今日はあの代表的メニューをチョイスしましょう。

ということで、来ました「ビッグマック」セット!

マクドナルドの看板メニュー「ビッグマック」が米国で生まれたのは1967年。フランチャイズオーナーだったジム・デリガッティ氏が、地元チェーンとの競争に勝つために「大人向けのバーガー」を作りたいと本社に提案したメニューで、全米で大ヒットしました。

藤田氏がシカゴの店舗を視察したときに部下が「ビッグマック」2つをペロリとたいらげ「社長、これはいけますで!」と太鼓判を押したことが藤田氏の中で日本展開の決め手になったという逸話もあり、マクドナルドの歴史では外せない商品です。

登録2188711(1971年4月出願)

「ビッグマック」も日本で商標登録されているのですが、なぜか出願から登録まで18年もかかっています。理由が気になって、特許庁に行って記録を閲覧してみました。

”商標登録願“で目を惹いたのは最初の出願人が日本マクドナルドの父、藤田 田氏であったこと。レジェンド・・・!ただ、翌年には米国のマクドナルド社に名義変更されています。

そして、特許庁から「『マツク』という商標がすでに登録されており、『Big Mac』と類似するので登録は認められない」という趣旨の拒絶理由通知が出されていました。

登録0819036(1967年5月出願)

これが障害になった他社の「マツク」商標です。出願日は日本にマクドナルドが上陸する4年前。マクドナルド社はこの「マツク」商標と長く格闘することになります。

まずマクドナルド社は、特許庁に対して

『Big Mac』に『Big』の文字があるとしても『大きい』、『重要な』という形容詞としては認識せず、『Big Mac』印の観念を生じさせるものだから『マック』の文字だけが抽出されることはない

とのロジックで、類似しないから登録を認めてほしいという趣旨の意見書を提出しますが、特許庁はこれを受け入れず。まあ、さすがに「Big Mac」の「Big」を“大きい”と認識しないという主張は苦しいですよね・・・。

マクドナルド社が追加で出した上申書では「『マツク』商標の権利者と現在交渉中なので、もう少し待って欲しい」と要望しています。

ただ、この交渉は決裂したようで、マクドナルド社は更新登録無効の審判を「マツク」商標に対して起こします。更新登録無効の審判とは、現在では廃止された制度なのですが、この時代は商標の更新時に「使用証明」を出す必要があり、この「使用証明」が正当なものでない=だから更新登録は無効、と争ったと推測されます。

長い争いの末に最終的に「マツク」商標のうち、「Big Mac」と重なる登録について更新登録無効の審決が下されます。障害だった先行商標がなくなり、「Big Mac」商標の登録が認められたのは平成1年。日本にマクドナルドが上陸してから実に18年後のことでした。

そんな商標登録の苦労も踏まえて「ビッグマック」を噛みしめます。ビーフパティ2枚、レタス、ピクルス、オニオン、チーズに加えて、マヨネーズベースのオリジナルソース。小学生のころから食べ慣れた、もはや実家感まである味わいです。

実はこの「ビッグマック」、2014〜15年の日本マクドナルドの経営危機を救った存在でもあります。当時のマクドナルドは期限切れ鶏肉問題や異物混入トラブルなど、さまざまな不祥事に見舞われ、2015年12月期の決算では過去最大となる347億円の最終赤字を記録しました。

当時のサラ・カサノバ社長は47都道府県を回ってユーザーの生の声を聞き、不採算の131店舗の一斉閉鎖、既存店舗の改装、アンケートアプリKODOの導入、食の安全についての情報開示の強化などの「ビジネス・リカバリープラン」を実行します。

ただ、これだけでは足りません。離れてしまった顧客を「マクドナルドにもう一度行きたい」と思わせるキラーコンテンツが必要でした。復活マーケティングの起爆剤となったのが、

 

登録5863903(2016年出願)

です。

この「グランドビッグマック」はバンズ・パティが通常のビッグマックの1.3倍というボリューム満点の限定商品。発売後、その大きさがSNSでのユーザー投稿でバズり、当時のマクドナルドとしては6年ぶりに販売数制限をするまでの大ヒットとなります。

とにかくデカい!やっぱりおいしい!グランド ビッグマック7つの“決まり手” – バーガーラブ(マクドナルド公式サイト:2016年3月)

苦境で博打的な新商品を出してヒットしても、一時的な集客に終わりがちなもの。「ビッグマック」という自社を代表するブランドを活用し、ユーザーに「これは食べてみたい」と思わせることで再び店舗に呼び寄せることに成功したマクドナルド。翌年には黒字化、売上高も昨年対比119.6%と見事なV字回復を果たします。

この「大人も満足できるボリューム感」というニーズへの成功体験は、日本オリジナルのヒット商品「サムライマック(登録第6553059)」にも継承されています。

商標登録にめちゃくちゃ苦労した「Big Mac」が、日本マクドナルド社のピンチを救ったとは、看板ブランドこそが企業のキラーコンテンツなのだと改めて感じさせてくれました。

2. 26年間赤字だったバーガーキングの「ヤンチャ」な反撃術

日本では新興チェーンにも見えるバーガーキングですが、実はバーガーキングの創業は、マクドナルドと同時期です。まずキース・G・クラマーらが1953年に「インスタ・バーガーキング」をフロリダ州ジャクソンビルに設立。マクドナルド兄弟の先駆的な店舗に影響されてのことでした。

次に、ジェームズ・マクラモアとデビッド・R・エジャトンの友人コンビが「インスタ・バーガーキング」のフランチャイズに加入し、1954年にマイアミで店舗を開店します。

バーガーキングStory(公式ページより、マイアミの初期店舗)

マクラモア氏らの店舗ビジネスは順調に成長し、炭火焼のような焼き目をつけられる直火焼きの調理装置「フレーム・ブロイラー」を発明します。

さらに1957年には大型バーガー「ワッパー(Whopper)」も開発。ワッパーとは「並みはずれて大きいもの」を示す英語の俗語で、大きさをPRするテレビコマーシャルも行い、すぐに看板商品となりました。

FIRST BURGER KING TV AD – 1958 / PRIMER ANUNCIO TELEVISIVO DE BURGER KING – 1958

1959年、本部の「インスタ・バーガーキング」は経営難に陥り、マイアミで成功していたマクラモア氏らがチェーンの全米展開権を買収することを決定。以後、「バーガーキング・オブ・マイアミ」と社名を改めて、アメリカ全土でフランチャイズ展開を進めることになります。

マクラモアらはバーガーキンググループを274店舗まで成長させますが、マクドナルドなどライバル企業との競合が激しくなり、1967年に事業をピルズベリー社(老舗の食品メーカー)に売却。

その後、本国のバーガーキングの経営権は様々なファンドの手に渡り、現在はカナダの多国籍外食グループであるレストラン・ブライズ・インターナショナル社が米国法人のオーナーになっています。

波瀾万丈なバーガーキングの歴史ですが、日本でもそれに劣らぬ苦労をしています。最初にバーガーキングが日本に上陸したのは1993年と、マクドナルドに遅れること22年。

商標登録を見ると、


登録2097643(1986年出願)

登録2331806(1988年出願)

と、日本進出の5年以上前から出願されており、フランチャイズが決まるまで紆余曲折あったのではと推測されます。それにしても「WHOPPER(ワッパー)」が社名より先に出願されていたとは、バーガーキングのブランドの魂はやはりワッパーですね。

バーガーキングの日本1号店舗は「西武入間ペペ」にありました。マクドナルドの銀座に比べたらかなり地味なこの立地、これは西武グループがフランチャイズ権を得ていたからですが、経営は低迷。JTグループに事業譲渡されるもやはり振るわず、2001年には日本から一度撤退します。

2007年にロッテグループの出資で再進出を果たすも2019年まで延々と赤字が続き、ついにロッテグループが香港の投資ファンドに事業を売却。その際には不採算店舗23店舗が一斉閉店し「日本から店が無くなるぞ」という噂まで飛び交う始末でした。

しかし、ここから反撃が始まります。その立役者は、マーケティングディレクターとして2019年に入社した野村一裕氏(現、BKジャパン社長)。

野村氏はバーガーキングの価値を「『直火焼き』製法で、マクドナルドなどライバルチェーンよりバーガーが純粋に美味しいこと」と捉え、ハンバーガーを食べるなら「マクドナルドの上位互換」だとユーザーに認知させることを戦略に据えました。

ただ、当時のバーガーキングに対してマクドナルドは店舗数30倍、売上30倍、マーケティング投資は60倍と大差がありました。そこで、野村氏は「真っ向勝負を避ける」、「違いを演出する」、さらに「ブランドとして一貫したシナリオを持つ」という3つの方法論を導きます。
バーガーキング流 逆襲のマーケティング UNDERDOG MARKETING | 野村 一裕 |本 | 通販 | Amazonより

新生バーガーキングの取り組みは、大きく3つです:

  1. 賛否両論は上等!「大胆かつ強気」なマーケティング
  2. SNSを駆使した、「ファンを巻き込む」プロモーション
  3. 「美味しいバーガーならバーガーキング」という認知こそが存在意義

①の一例は、「テリヤキバーガー」謝罪風プロモーションです。マックのてりやきマックバーガーがポークパティを使っていることに注目し、「人気のポークパティを取り扱っておらず申し訳ありませんが、バーガーキングはこれからも100%ビーフパティの直火焼きで提供します」という謝罪リリースを出しました。

バーガーキング® 全店舗でのテリヤキバーガー“100%ビーフ”パティのみの販売に関するお詫び | 株式会社ビーケー・ジャパンのプレスリリース

もちろんこれはジョーク広告なのですが、裏には王者マックに対する挑戦心があります。バーガーキングと言えば、仕掛けた野村氏が「(世間からの反発が大きく)後悔している」と書籍で語った「アキバの縦読み広告」が有名ですが、優等生のマックにはできない「ヤンチャなマーケティング」がバーガーキングらしさだと言えるでしょう。

秋葉原昭和通りのマクドナルドが閉鎖し、2軒隣のバーガーキングが「22年間たくさんのハッピーをありがとう」とコメントするも「私たちの勝チ」の縦読みが – posfie

②の「ファンを巻き込む」プロモーションの最大の成功例は、ユーザー参加型の「バーガーキングを増やそう」キャンペーンです。

バーガーキングを増やそう 公式サイト(2026年はシーズン3)

どこも儲かる店舗を増やしたい飲食チェーンの世界では、有望な物件情報は奪い合いであり、かつてのバーガーキングにはなかなか良い物件情報が回ってきませんでした。

一方、ファンには「バーガーキングは好きだけど、生活圏に店舗がない」という不満がありました。そこで、「出店場所に困るならファンに探してもらえばいい」という逆転の発想が生まれます(この発想はすごい!)。

2024年の第1回キャンペーンでは成約した情報提供者に10万円を支払うというレギュレーションで始まりましたが、累計応募件数は7万8610件、実際に成約した店舗が12店舗。総広告換算額は実に4億4319万円と大きな成果を収めています。

このプロモーションの秀逸なところは、「面白い方法で店舗を増やそうとしている」とユーザーの好感度が上がったこと。不動産会社から上がってくる情報も増えたこと。応募が多かったエリアを「潜在的なファンが多い場所」として分析できたことなど、多方面での好影響があったことでしょう。私もバーガーキングらしいユニークなプロモーションだと感じました。

そこで実際に「バーガーキングを増やそう」で開店した店舗に行ってみましょう!

やってきました、「モラージュ柏」!どこ・・?という感じでしょうが、千葉県柏市にある2004年開業の比較的新しいショッピングセンターで、100店舗ほどが入っており、柏駅からシャトルバスも出ています。

地元密着型のモールで、「バーガーキングを増やそう」でこそ見つかった立地でしょう。

お店はかなり賑わっており、出店は成功といえそうです。早速注文していきましょう。

看板商品の「ワッパー」のセットを頼みます。カスタマイズで選択したのは「オールヘビー」。これは「レタス・オニオン・ピクルス・マヨネーズ・ケチャップ・マスタード」を全部増量してもらうカスタマイズで、無料でボリュームがマシマシになります。

公式では「オールヘビー」は1.5倍が目安とされているものの、頼んでも量が変わらなかったというWEB記事もあります。店ごとのばらつきもありそうですが、それも個性。どうなるか楽しみに見てみましょう。

こちらが「スモーキーBBQワッパー」withオールヘビーです!「ビッグマック」に比べてもかなりボリュームを感じます。レタス、オニオン、トマトがあふれんばかりに入っているのも嬉しい。オールヘビーの効果、出ているのではないでしょうか?

食べてみて感じたのが、やはり「直火焼き」の効果がでているなということ。パティを見るとちゃんと焦げ目がついており、香ばしい風味があります。食べ進むと、ソースがダラダラ垂れてきました。これはオールヘビーでソースも増えているからでしょう。

一般的なバーガーの直径は約10センチ弱、対してワッパーの直径は約13センチと一般的なバーガーの2倍近いボリュームがあります。バーガーキングでは「ワッパーJr.」という他のバーガーチェーンのサイズと同等のスモールバーガーも置いていますが、やはり「ワッパー」が食事満足度としては主力商品と言えそうです。

店内で目を惹いたのは「FLAME GRILLING(直火焼き)」のエンブレム。

先ほど挙げた、③マーケティングやプロモーションを、そのまま「美味しいバーガーならバーガーキング」という認知に繋げるというバーガーキングの取り組みは、「直火」というキーワードの訴求という形で、店内でも徹底されていました。

ちなみに商標の大半は米国法人のバーガーキングカンパニー エルエルシー名義で登録されていますが、日本法人であるBKジャパンホールディングス名義の商標が2つだけあります。

それは「UGLY BURGER」(2021年4月出願)と「ピックルボールバーガー」(2025年4月出願)。どちらも日本限定メニューですが、特に「ピックルボールバーガー」はインパクトがあります。


アメリカンな大型ごはんバーガー『ピックルボールバーガー』新登場! | 株式会社ビーケー・ジャパンのプレスリリース

うーん、この存在感。値段は単品でも1790円と、確かにマックとは一線を画し、食事満足度を追求しています。巨大なライバルと同じことをしても勝機はない。まさに「大胆かつ強気」を標榜する、バーガーキングらしいオリジナル商品です。

他社にないヤンチャさを示すバーガーキングはすでに359店舗(2026年6月時点)まで成長しています。2028年末までに全国600店舗という目標を掲げており、このまま快進撃が続くか、目が離せない存在です。

3、実は最古参!店舗数を追わないドムドムの「愛され」ポジション

2つの大規模バーガーチェーンに対して、ドムドムハンバーガーは27店舗(2026年6月時点)と小さなチェーンです。ただ日本での歴史はもっとも古く、マクドナルド日本上陸の前年である1970年に誕生しました。

ドムドムの歴史は、かつての日本No.1スーパーマーケットチェーン「ダイエー」と共にありました。最初、マクドナルド社は日本進出にあたってダイエーとの合弁会社を模索していました。ただ、ダイエー総帥であった中内㓛氏が、「ダイエー51%:米国マクドナルド49%」の自社主導での出資を主張し、結局は破談で終わります。

ドムドムの落日とマクドナルドとの深い因縁 ダイエー創業者が見た夢はここに潰えたより

すでに見た通り、藤田氏がマクドナルドとの日本フランチャイズ契約を勝ち取るのですが、中内氏は「じゃあ、自前で日本のハンバーガーチェーンを作ってやる!」と号令を下し、ドムドムを立ち上げます。

登録2652717

ちなみに「ドムドム」の名前はダイエーの企業理念である「良い品をどんどん安く」の「どんどん」に由来。「DONDON」はすでに他社に商標登録されていたので「DOMDOM」にしたそうです。

ドムドムは90年代には全国約400店舗にまで拡大しますが、バブル崩壊の煽りを受けてダイエー本体の経営が悪化。ダイエーは1998年に100店舗の大量閉鎖、2001年に中内氏が会長退任、それでも再建できずに産業再生機構の支援を経て、2015年にはイオンの完全子会社になります。

ダイエーに人が来なくなればドムドムも寂れる。ダイエーが閉店したらドムドムも閉まる・・・そんな悪循環の中、2017年にダイエーはハンバーガー事業の売却を決め、ドムドムは事業再生を行うレンブラントホールディングスの傘下となります。

その後、名物女性社長として知られる藤崎忍氏の活躍があり、ドムドムは小規模ながらも黒字化に成功。2026年にマネジメント・バイ・アウトによりレンブラントグループから独立しました。

現在のドムドムで特にユニークなところは、藤崎社長が著書で「店舗数は追わない」と明確に述べているところです。

ドムドムハンバーガーには、事業承継後、100店舗に増やすことを目標に掲げていた時期がありました。でも私には100店舗という考え方はありません。店舗数はお客様にはあまり関係がないからです。お客様を第一に考える以上、意識すること自体が不思議なのです。それよりも「出店して欲しい」と声をかけてくださるところに出て行きたい。ありがたいことにそういうお声を多くいただくようになりました。

ドムドムの逆襲 39歳まで主婦だった私の「思いやり」経営戦略 | 藤﨑 忍 |本 | 通販 | Amazonより

この背景には、経営基盤的に大量出店の対応が難しいこと、多店舗を経営するメガフランチャイズオーナーが取引先にいないことも原因にあるようですが、拡大ありきではなく、「愛される環境」に応じて出て行く方針はドムドムらしいといえるでしょう。

新体制のドムドム店舗で象徴的なのは「市原ぞうの国店」。千葉県市原市にあるレジャー施設『市原ぞうの国』から、「2021年3月のリニューアルオープンに合わせてテナント出展して欲しい」というオファーを受けて出店しています。

いったいどんな店舗になっているのか?現地に向かってみましょう。

東京から電車に乗ること約1時間20分。木更津駅で降り、レンタカーでさらに40分ほど走ると「市原ぞうの国」に到着です。

園内に入ると、いきなり象がいました!パレードの帰りのようです。こんなに近くで見たことがないので圧倒されました。やはり大きい。目当てのドムドムを探すと、ありました。

入口にフードコートがあり、そこでドムドムハンバーガーを提供しています。象の水浴びが見られる「エレファントスプラッシュ」前で、まさに一等地。

店舗限定の「味噌ピーチキンバーガー」のほか、ドムぞうくんのマークが入った「かりんとう饅頭」など様々なメニューがありました。悩みましたがここは「味噌ピーチキンバーガー」を選択します。

バーガーの袋を開くとなかなかのボリューム。かぶりつけば、フライドチキンに甘辛ダレ、味噌ピーのコクが絡まって、これは美味しいです。変わり種ですが、その分「ご当地バーガー」的な温かみもあり、小旅行にぴったりの味わいでした。

購入した商品は店舗の前の椅子や、象を眺められる広場の観覧席で食べられます。象とマスコットキャラの「ドムぞうくん」の2ショット写真も1枚。

この「ドムぞうくん」のデザインはしっかり商標登録もされています。

登録6171872

マスコットキャラの商品化は通常「ファンサービス」というイメージがありますが、ドムドムの場合、グッズ物販事業の売上が約7%(2024年3月期)としっかりとしたビジネス規模になっています。

今回訪問した市原ぞうの国店への出店も「ドムぞうくん」の象繋がりで出店のオファーがあったとのこと。ドムドムの「昔通った懐かしい店舗」というイメージが「ドムぞうくん」に象徴され、グッズ自体が売れるだけでなく、店舗の認知も高めて、来店者を増やすという正の循環を導いています。

あえて規模を追わず、「懐かしさ」や「応援したい」というユーザーの推し心をくすぐる作戦は大規模チェーンには出せない味。2026年には、愛知で愛されるご当地ラーメンチェーン「スガキヤ」の運営会社が資本参加しており、名古屋にも新店舗をオープンしました。

大手の競争が激化する中でもドムドムは「愛され」ポジションを取っていくことができるのか、今後にも注目です。

おわりに~3社3様の逆襲劇から学ぶこと

圧倒的王者「マクドナルド」、令和の挑戦者「バーガーキング」、そして独自路線を歩む日本最古参「ドムドム」。それぞれ全く異なる歴史と規模を持つ3社ですが、それぞれが危機を乗り越えた背景には「自社ブランドの魂(コア)を見つめなおし、集中的に投資する」という共通の取り組みがありました。

・マクドナルド(王者の原点回帰):
最大の危機に奇をてらった新商品を連発するのではなく、18年もの歳月をかけて商標を取得したブランドの代名詞「ビッグマック」を活用し、離れてしまった顧客を呼び戻しました。

・バーガーキング(挑戦者の集中):
圧倒的強者との真っ向勝負を避け、「ワッパー」と「直火焼き」というブランド・商品価値に集中し、ついに黒字化を果たしました。SNSを活用してファンを巻き込み、時にはヤンチャな広告で話題をさらい注目を集めています。

・ドムドム(愛されるローカル):
大規模チェーンが参入しにくいレジャー施設やローカルな立地で独自の価値を提供。「ドムぞうくん」を軸にしたファンビジネスで、応援され愛される地域密着型の地位を築いています。

ファーストフードの王様、ハンバーガー。美味しいバーガーの裏側には、各社が知恵を絞り、幾多の危機を乗り越えてきた熱いブランドストーリーがありました。今回取り上げられなかったバーガーチェーンにはモスバーガー、フレッシュネスバーガー、クア・アイナなど魅力的なブランドがまだまだあります。機会があれば、また掘り下げてみたいと思います。

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