皆さんは、友人が「スタートアップで働いている」と言ったら、どんなイメージを持ちますか?「会社が急成長しそう」、「裁量権が広そう」、「ビジネス判断が早そう」など、さまざまな考えが浮かぶのではないでしょうか。
実際にスタートアップで働いていると感じるのは、未知への挑戦と自己成長の機会が凝縮されていることです。業種や規模によって働く環境は異なるでしょうが、多くのスタートアップに共通して言えるのは、個々の意思決定が事業の方向性に直結しやすいという点です。
つまり、本来はバックオフィスに位置付けられる知財部門であっても、新しいアイデアを形にし、顧客の反応を間近に感じる機会が多くあります。また、スタートアップは大企業のように整備された仕組みや安定した環境が整っていないことも共通点です。
しかし、これは別の見方をすれば、会社の組織文化や環境、つまり「組織のDNA」の構築に深く関わることもできるため、「会社をつくる」という実感を得ることも可能です。スタートアップで働くことは、不確実性に満ちた冒険でありながら、自分自身の可能性と企業の未来が重なり合う最前線に立つことです。このダイナミズムこそ、多くの人を惹きつける最大の魅力と言えるでしょう。
そんなスタートアップの中で活躍している知財部門の集まりがsuiPです。自ら課題を見つけ、仲間を巻き込みながら試行錯誤を繰り返し、成果を生み出すことを日常としています。
我々スタートアップの日常の中で非常に役立つのが、さまざまな書籍の存在です。なぜなら、スタートアップの知財部門は一人部署であることが多く、さらに知財や法務以外の業務に携わることも少なくありません。つまり、未知の経験や現状の課題解決のために、書籍から得られるインプットやヒントを活用することが重要です。
そこで本稿では、そんなsuiPメンバーが実際に実務で助けられた書籍10冊を紹介していきます。
目次
- 10冊の推薦メンバー
- 2.ディープテック・スタートアップの知財・契約戦略(紹介者:平井)
- 3.オープンビジネスモデル~知財競争時代のイノベーション(紹介者:片山)
- 4.技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由(紹介者:市川)
- 5.オオカミ特許革命 事業と技術を守る真の戦略(紹介者:横山)
- 6.ソニーがくれた夢 人も知財も使いよう(紹介者:横山)
- 7.未来は言葉でつくられる 突破する1行の戦略(紹介者:佐々木)
- 8.エコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略(紹介者:山田)
- 9.急成長を導くマネージャーの型 ~地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント(紹介者:市川)
- 10.無盡蔵(紹介者:佐々木)
- おわりに
10冊の推薦メンバー
- 平井孝佳(グローバル・ブレイン株式会社所属)
- 山田光利(合同会社二馬力所属)
- 佐々木純(株式会社アンドパッド所属)
- 片山晴紀(ピクシーダストテクノロジーズ株式会社所属)
- 横山悠人(コネクテッドロボティクス株式会社所属)
- 市川茂(株式会社ティアフォー所属)
1.インビジブル・エッジ その知財が勝敗を分ける(紹介者:平井)
☆どんな本?
『知財は見えない(インビジブル)。しかし、切れる』というテーマに沿って知財、特に特許が絡む様々なビジネス事例を物語的に紹介している本です。少し古い本(2010年)なのでそのまま事例を現代に当てはめることは難しいことも多く、いまとなっては正解だったのか難しい事例もありますが、過去の猛者たちがどんな状況でどんな手を打ったのかをダイジェスト的に体感することができます!
この本で知財戦略の全てを理解することはできません。体系的でもないし網羅的でもないです。ただ、見えない刃を用いた熾烈なビジネス競争の事例を読み終わったとき、これまで見えなかったものが見えるようになるかもしれません。
知財権は失望されがちです。知財権は無視されがちです。けれど、原点である知財(アイデア)から企業収益の大半が生まれています。今一度、その原点を思い返すためにも、この本を読んでみるのはいかがでしょうか?
知財がビジネスの勝敗を分ける『見えない刃、見えない競争優位』となった瞬間を体験しましょう!
☆誰にお勧め?
世界で知財が輝いた瞬間を知りたい人向けです!
2.ディープテック・スタートアップの知財・契約戦略(紹介者:平井)
☆どんな本?
「ディープテックは知財が重要!」という認識は多くの人が持っているものの、「じゃぁどうすればいいの?」に答える網羅的な書籍は存在しませんでした、この本が出るまでは。
知財戦略だけじゃない、大学等との交渉含めた契約戦略もカバー、スタートアップ現場で奮闘する弁護士・弁理士の知見が詰まった一冊になっています。ハッキリ言って、初心者向けの本のような顔をしていますが、内容をかみ砕くには相応の知識と経験が求められます。
ただ基本的な考え方+実践的なテクニックという構成になっているため、ぜひ前者だけでも学んで頂くと、ディープテックに関する起業家・知財コンサル・スタートアップ支援の際に役立つことを保証します。
特に「発明が達成するべきハードルの高さと取得できる特許の広さのイメージ図」「アライアンスのパターン」だけでも常に頭に入れておくと、支援がやりやすくなること請け合いです!
網羅性が高い代わりに具体的な事例はやや少な目なのでそのうち物足りなくなるかもしれませんが、それはあなたのレベルがアップした証明です!ディープテック知財が気になったらまずはこの一冊をオススメします!
☆誰にお勧め?
ディープテック・スタートアップに関わる全ての人に!
3.オープンビジネスモデル~知財競争時代のイノベーション(紹介者:片山)

☆どんな本?
本書は、「オープンイノベーション」の提唱者であるヘンリー・チェスブロウによる続編であり、前作『OPEN INNOVATION』で提示された理念を「ビジネスモデル」という視点から深化させた著作である。タイトルの通りビジネスモデルを中心に論じつつ、その中で知的財産の位置づけと重要性にも深く踏み込んでいる点が特徴だ。
チェスブロウは、オープンイノベーションを実現するためには、単に外部技術を導入したり自社技術をライセンスするだけでなく、「価値を創造し、その一部を自ら収穫する仕組み=ビジネスモデル」そのものを革新する必要があると説く。
特に印象的なのは、小規模企業の現実に即し、「最良の防御は法制度ではなく、適切なビジネスモデルの選択である」と指摘する部分である。知的財産の管理は、法的な観点からではなく、あくまでビジネス上の目的に沿って推進されるべきだというメッセージは、スタートアップに限らず企業の知財人材に強く響く。
☆誰にお勧め?
“オープンイノベーション”という言葉が形骸化しつつある今、それに取り組んでいながら行き詰まりを感じている人にこそ、本書は原点をインストールする良い契機となるだろう。
4.技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由(紹介者:市川)

☆どんな本?
2009年に書かれた本で少し古い本です。しかし、私はこの本はスタートアップ(特にディープテック系スタートアップ)の知財人にとっては今が旬だと思っています。
その理由の一つ目は、当時はまだ技術力で勝ると言えていたのが、そこから16年経って技術力で勝るとも言えない状況になってる気がしますが、ディープテック系のスタートアップまさに技術力で勝るための開発を行っており、当時の状況とよく似ていると思います。
また、二つの目の理由は、よく知財は即効性がないといわれ、長い目で見る必要があるといわれることがありますが、16年前に書かれた本の中で「重要だ」といわれていることが、今もなお当てはまるのか、または間違っていたのか答え合わせができるためです。
インテルの事例、日清の即席ラーメンの特許公開、自転車のシマノのパーツのオープン標準、デンソーのQRコードとコードリーダー、AdobeのPDFのオープン戦略の事例など、オープン・クローズの戦略や知財マネジメントについて丁寧に説明されていてます。
☆誰にお勧め?
企業の中で知財戦略を考えている人にお勧めです。今のビジネスとの共通点や相違点を考えることが、自身の知財戦略に生きるはずです。
5.オオカミ特許革命 事業と技術を守る真の戦略(紹介者:横山)
☆どんな本?
スタートアップ企業の特許出願は、一撃必殺であるべきだ。出願件数で誤魔化そうなどと考えるな。一件ごとに命を賭けろ。どの特許が会社の将来の飯の種になるかは誰にも分からない。と、私は常日頃自分に言い聞かせている。『オオカミ特許革命』は、まさにその「質」に徹底的にこだわる姿勢を熱く語った一冊だ。
大手企業の知財部で、質重視の権利化活動を何年もやり続けて体得できるもの(考え方、マインドセット)が、この一冊には凝縮されている。それを2680円+税で手に入れられるのは、極めてお買い得だ。
スタートアップの知財担当として働くのであれば、この本に書かれている内容を「普通」と思えるくらいまで繰り返し読むべきだろう。そして、会社の中で、特許の質について責任を負えるのは自分だけであると自覚すべき。
☆誰にお勧め?
既に至高の領域に達しているベテラン特許実務者であっても、社内教育の教材として手元に置いて損はない。実務初心者や開発者に読んでもらい、特許の面白さを布教しよう。仕事に疲れた時に本書を読み、特許の質を追求する楽しさを思い出し、自身の活力とするのも良し。
これを読んだ貴方もオオカミ特許実務者にならないか?
6.ソニーがくれた夢 人も知財も使いよう(紹介者:横山)
☆どんな本?
ソニーにまだ知的財産部が無かった1969年、当時雑用部署と呼ばれていた業務部に「法学部出身かつ英語ができる」という理由だけで配属された著者が、知財人生を切り拓いていった実録である。業務部に配属となってからは社運を賭けた裁判やライセンス交渉にも関わり、各案件の詳細についても記載されている。
しかし、本書の肝は、このようなライセンス交渉・訴訟エピソードではなく、著者が知財以外の業務に取り組むことで視野を広げたところだと私は考える。
当時のソニー会長・大賀氏が、著者に知財以外の経験を積ませて早く役員に昇格させたいと考えて人事調整を行い、著者はソニー入社30年目で赤字事業のナンバー2として経営に挑むことになった。そこから人と組織を動かす視点も獲得していった。子会社ソニーケミカルでは社長となり、リストラ候補者集団を成果部隊に変えた手腕も印象に残った。
☆誰にお勧め?
知財以外の仕事もすることになった知財担当にお勧めです。
スタートアップ企業では、知財担当が知財業務だけを行う事は稀であり、他分野の業務を兼任するケースが多い。全くの未経験の業務に緊急対応することだってある。「想定外のキャリアを糧に変える力」が重要であることを本書から学び、スタートアップ知財ライフを楽しみましょう。
7.未来は言葉でつくられる 突破する1行の戦略(紹介者:佐々木)
☆どんな本?
私は、知財の人間は「言葉のプロ」だと考えています。
知財の仕事とは、知的財産という「見えない資産」を、誰にでも誤解なく理解・把握されるように可視化することだと私は考えているからです。その可視化の大半は、言葉によってなされます。
私がこの本をひと言で要約するならば、“まだ見ぬ未来を「発明」したければ、その未来を「言葉」にせよ”です。
例えば、ソニーのトランジスタ・ラジオという「発明」の誕生は、創業者である井深大の“ポケットに入るラジオをつくれ”という「言葉」によるものでした。そのおよそ半世紀後、スティーブ・ジョブズは、“1000曲をポケットに”という「言葉」で、来たるべき未来を表現しました。iPodというイノベーションを言い表したこの上ないコンセプトです。
また、言葉が発明する未来には、「商品・サービス」だけでなく、「組織」なども含まれます。例えば、フェラーリの創業者であるエンツォ・フェラーリの言葉は、“需要よりも、1台少なくつくれ”です。シビれますね。
この本にはそんなことが書かれています。関係者のベクトルを合わせるには、目指す未来を適切な言葉で表現することが重要なのだと私は受け止めました。
知財の人間がそんな能力を知財の仕事以外でも発揮するのが、これからの我々の仕事のスタイルで、それがスタートアップ的だと私は思います。
☆誰にお勧め?
目指したい「未来」を心に宿している人
8.エコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略(紹介者:山田)
☆どんな本?
「知財戦略は事業戦略に基づく」という教えを知財キャリアの初期に受けた私は、知財活動を進めるにあたって、たびたび経営学の知見を参考にしてきた。特に印象に残っているのはクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』で、本書はそのアップデート版とも言える内容となっている。
本書では、ビジネス上のエコシステムを「パートナー同士が協力し合い、エンドユーザーに価値提案を行う構造」と定義する。そして、エコシステムを前提とした事業環境において、企業がどのように生き残り、成長していくかが描かれる。
エコシステムの破壊的変化(ディスラプション)のタイミングを重要視する本書の論説は、『イノベーションのジレンマ』が示した事業の移行判断の難しさを改めて示す内容となっている。知財活動が事業に追随して(あるいは先行して)行われるべきであるなら、本書はその活動指針について、極めて重要な示唆を与えてくれる。
エコシステム・ディスラプションは企業が争うべきゲーム自体を変えてしまうが、本書は「正しいゲームに勝利する」重要性を説く。事業に資する知財活動においても、正しいゲームを認識し、勝利の道筋を理解することが重要である。
知財戦略を考える上で前提となる事業戦略について、新たな視座を与えてくれる一冊といえる。
☆誰にお勧め?
経営者と伴走して「事業」にコミットしたい知財専門家
9.急成長を導くマネージャーの型 ~地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント(紹介者:市川)
☆どんな本?
大企業とスタートアップの違いはいくつもありますが、最も顕著な違いとして、従業員数とマネージメントスタイルの二つが挙げられると思います。
大企業ではすでに培ってきた文化があり阿吽の呼吸で済む場合もありますが、スタートアップは様々なバックグラウンドの人により構成された非常に若い組織です。その組織に基づいて会社の急成長を実現するためには、目標や成果だけでなく、様々な社内環境を具体化またはパターン化することが重要です。
そこで私が紹介したいと思ったのは本書です。主観も多分に含んでいますが、このスタートアップのマネージャーに求められる考え方として、一番近いことが本書には書かれていると思っています。
特に、私がスタートアップに入社してしばらくして、マネージャーとして法務部門だけでなく、他のバックオフィス部門を見ることになりました。これは会社の規模にもよると思いますが、スタートアップにとってはよくある話ではないかと思います(多くの場合、一人知財部で入社した段階で知財部長相当)。
私は、このような大企業の時と比較して広大な業務範囲のマネージメントをしなくてはならなくなりましたが、本書の考え方を参考にすることで乗り切れたと思ってます。
☆誰にお勧め?
知財本ではありませんが、スタートアップで働くマネージャーにとって本書は非常に役に立つのではないかと思ってます。
10.無盡蔵(紹介者:佐々木)
☆どんな本?
濱田庄司は、私が敬愛する陶芸家であり、最初の人間国宝です。
この本は、普通に読んだら、知財とはまったく関係がないでしょう。
しかし、私は、知財の仕事というものには「芸の道」に通ずる部分があると考えています。
そのため、人間国宝となるほどに陶芸の道を究められた濱田先生の言葉には、我々が学ぶべきものがある気がしています。ここではそんな言葉の一部を紹介します。
15秒プラス60年と見たらどうか
「流掛」という技法で大皿に素早く釉を掛ける濱田氏に対して、15秒では速すぎて物足りないと客人が言います。上記の言葉はこれに対する氏の答えです。
60年の鍛練と蓄積があるから15秒でできるのだ、ということです。
我々も、クレームのチェックなどは、慣れてくると問題のある箇所に一瞬で気付き、初学者に驚かれることがあると思います。これも「15秒プラス…」ですね。
もう一つ引用しますが、こちらは説明を割愛します。私の仕事に対するスタンスであり、このような考えと若いうちに出合えたことが僥倖でした。
枝や花で勝負するより、根で勝負をしてほしい。また花の結果を実を結んだ時と思わず、その実が地へ沈んで来春芽を出した時を答えとして受け取りたいのです。
興味が沸いた方はぜひ本を手に取ってみてください。
☆誰にお勧め?
「道」を究めたいが、迷いがある人
おわりに
皆さんここまでで10冊の本を紹介させて頂きましたが、いかがだったでしょうか?本に対する興味だけでなく、スタートアップ企業内での知財部について、またはその集団であるsuiPについて少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。
suiPは、オンライン上でのメッセージやり取りやランチ会、オフラインでの勉強会など活動を行っています。興味のある方は公式ホームページをみていただければ幸いです。