ジャンプ漫画から学ぶ、良い特許請求項の作成術〜ジャンプキャラたちの代表技を特許化してみよう

知財部員の特許業務の仕事は何かと問われた場合、端的に答えるならば、特許になる「請求項」を作る仕事です。

特許出願のきっかけとなった発明案が同じであっても、請求項の表現次第で、その特許出願の価値は大きく左右されます。

特許出願に関わる人は、みんな「権利範囲が広く取れる請求項を作ろう」と心がけていますが、そのドラフティングスキルの向上は一朝一夕にはいきません。様々な出願に関わり、意識的にトレーニングも行う必要があります。

ただ、何が「良い請求項」なのかを知らなければ、スキル向上はできません。また、どうせトレーニングを行うなら楽しく練習できたほうが良いですよね。

そこで本記事では、特許請求項の強弱の決まり方について、基本的な解説をしたうえで、「ジャンプキャラの代表技を請求項に落とし込んだらどうなるのか?」という観点で請求項作成を行ってみます。

トレーニングで取り上げる技は五条悟の『無量空処』と、竈門炭治郎の『ヒノカミ神楽』です。この2人のキャラ以前に登場したジャンプキャラの代表技は、先行技術として取り扱い、その比較で特許性がある請求項の作成に挑戦して行きましょう。

ゲスト紹介

得地賢吾と申します。大手メーカー、IT企業、ベンチャー企業を経験し、数千の特許出願・権利化の対応を行いました。

その中には、自らが発明者として出願・中間処理を行っているものも多数含まれ、自らの発明案件のみで国内外の合計約1000件の特許出願の実績を持っています。

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1. 「請求項」で特許の良し悪しが決まる

ジャンプキャラの代表技の特許表現に取り組む前に、まず「請求項」とは何かを簡単に解説します。

請求項とは発明のポイントです。これは従来の技術に対して「新しい部分」を言葉で表現した箇所になります。この請求項の文章で、特許が保護する対象の文言上の権利範囲が決まります。

そして、特許の権利範囲は、特許出願の明細書の記載・図面の内容が参酌され、特許の権利範囲に影響を与えます。

  

図1.特許の請求範囲の変化

この「権利範囲」を最大化できるように請求項や明細書を書き上げるのが、特許担当者の腕の見せ所となります。

請求項の具体的な例を挙げると、私が発明した特許7238610は、AI(人工知能)が学習するデータの許可を制御する発明になり、それを請求項で表現すると以下の通りです。

【請求項1】
学習データを受け付ける受付手段と、
前記学習データに付されている、人工知能によって前記学習データが学習されることを許可するか否かを示す情報に応じて、前記人工知能の学習処理を変更する変更手段と、
を有する情報処理装置。

発明の課題は、何でもAIがデータを学習しても良いようになると、例えば有名な画家の絵が学習され画家の価値が無くなるという課題が発生します。

そのため、解決手段として、AIで学習しても良いデータは学習の許可情報が埋め込まれているデータにするように考えました。それにより、許可情報が埋め込まれていないデータは、学習されないので上述した発明の課題を解決することになります。

請求項を改めて見ると、発明の課題解決に必要な構成以外は、殆ど請求項に記載されていないことが分かります。

もし、出来の悪い請求項だと、AIの種類(ディープラーニング型だとか)を具体的に書いたり、学習処理のステップをもっと具体的に書くなど、特許が成り立つために不要な構成を記載することで、権利範囲が狭い特許となってしまいます。

2. 「良い特許請求項」とは

ただ、そもそも同じ発明を題材にしても、「特許になる請求項」と「特許にならない請求項」が存在します。特許業務を行っていない人からすると、「そんなことあるの?」と思うでしょうが、実際にあります。ここが、特許業務の面白いところになります。

請求項とは、先行技術との差が明確にならないといけません。そのため、どういう「課題(目的)」に対して「先行技術にない解決手段(発明を実現する要素)」を作ったのか、適切に表現すると特許になります。

         図2.特許になる部分は、先行技術が存在しない領域

ただし、先行技術との差をいきなり大きくしないように気をつけましょう特許になる最低限の差を表現する(良い特許請求項)ことが権利範囲が広い(良い)権利を獲得するコツです。

先行技術との差を大きくし過ぎることは権利範囲を狭くすることと同義になります。

発明者は、自分の発明の凄さを語るのが好きなので、大きな差を出そうとします。発明者の言いなりになりすぎて、請求項1から、その特徴を盛り盛りで書くと、特許は取れるかもしれませんが、極めて権利範囲の狭い特許になってしまう恐れがあります。

そこで請求項1は特許性とのバランスを見て、ちょうど良い範囲の請求項を作るようにする必要があります。

もちろん、その発明の凄い特徴は、捨てる訳ではなく、刻んで従属項(別の請求項)に表現するようにしましょう。特許出願は、複数の請求項を作成してもよく、そのそれぞれが特許になる対象です。

小説などでも最初からオチが分かっている小説は面白くないので、徐々に読むと、深まる方が良いのは特許も同じです。発明全体(実施例)から請求項に落とし込むスキルを身につけ、請求項をちょうどいい塩梅で小出しに表現するようにしましょう。

3. ジャンプキャラに学ぶ、「請求項」作成のトレーニング方法

いきなり「特許になる良い請求項」を作れるようにはなりません。好きでもない・興味もない技術で表現をトレーニングしても上手く効果はでないでしょう。

請求項のトレーニングで、おススメするのは、「自分が好きなこと」で請求項を考えることです。トレーニングなので、本来、特許の保護対象ではない非技術分野の商品でも可能です。今回は漫画キャラの代表技を素材として、実践してみます。

呪術廻戦:五条悟が使う『無量空処』を請求項で表現

例えば、最近、週刊少年ジャンプでの連載が終了した呪術廻戦の五条悟が使う『無量空処』を請求項で表現してみましょうか。

図3.呪術廻戦/集英社/芥見下々 公式Xより五条悟の画像を引用

請求項で表現するには、先ず『無量空処』の特徴を理解しなければなりません。
作品から読み取れる『無量空処』の特徴は、以下の通りです。

  1. 領域展開(生得領域を呪力で現実世界に具現化・展開したもの)の一例
  2. 印(手のポーズ)を結ぶ
  3. 相手の脳に情報を送り込む

無量空処の効果:相手の脳に負荷が掛かり行動不能になる
領域展開の効果:領域内で術が必中で当たる

また、その『無量空処』を使う五条悟の特徴は、以下の通りです。

  1. 日本三大怨霊の一人・菅原道真の子孫
  2. 無下限呪術が使える
  3. 六眼(呪力が良く見える)という目

公式ファンブックによると、六眼がないと無下限呪術は上手く使えないので、無下限呪術を極めたような技である『無量空処』を使うには必要な要素です。

最初に『無量空処』の請求項を考えるにあたって、領域展開そのものの特徴は他のキャラが技として使う領域展開と共通なので特許性に貢献しません。極力、『無量空処』ならではの特徴だけで請求項を整えるようにします。

【請求項案1】
所定の範囲に影響を与える技において、前記所定の範囲に存在する生体の頭の所定部位に影響を与える、特殊な目を有する人物の生体エネルギーを利用する技。

上記の案は、権利範囲が広くて良さそうな請求項ではないでしょうか?ただし、これは、他の漫画等で既に存在する技と比較していません。

そこで呪術廻戦で五条が『無量空処』を初めて使うより前に、存在する漫画の技を調べましょう。

先行技術①:NARUTO

例えば、五条悟に特徴が似ており、特殊な技を持つという意味では、NARUTOのカカシがいますよね。

図4.NARUTO/集英社/岸本斉史 アニメ 第六百九十三話の画像を引用

カカシも、写輪眼という特殊な目(赤くて特殊な模様がある目)を利用して「神威」を使います。「神威」は、目で見える一定の範囲の対象を異空間に飛ばします。

そうなると、「神威」を相手の頭部を見て発動すれば、請求項案1で記載されている内容と概念的には一致します。現状の請求項案1の特徴を変える必要がありますね。

【請求項案2】
所定の範囲に影響を与える技において、前記所定の範囲に存在する生体に情報を送り込む、特殊な目を有する人物の生体エネルギーを利用する技。

こうすれば、「神威」は対象を異空間に飛ばすだけであり、情報を生体に送り込んではいないので、違いは出ます。

それでは、この請求項で出願しますか、、、とは、まだなりません。

先行技術②:HUNTER×HUNTER

今、連載再開で盛り上がっているHUNTER×HUNTERに出てくるクラピカが、緋の眼という特殊な目を持ち、「ジャッジメントチェーン」と呼ばれる相手にルールを課し、それを破ると心臓を貫くという技を使います。

相手にルールを課すということは、相手の体に情報を送っているので、単に生体に情報を送るとした、請求項案2では、まだ特許性はなさそうです。

図5.HUNTER×HUNTER/集英社/冨樫義博  HUNTER×HUNTER 表紙画像を引用

【請求項案3】
所定の範囲に影響を与える技において、前記所定の範囲に存在する生体の脳に処理しきれない情報を送り込む、特殊な目を有する人物の生体エネルギーを利用する技。

この請求項案3だと、単に情報を送るのではなく、脳が処理しきれない情報を送り込むというより、『無量空処』ならではの特徴があるので差が出ています。

これは、効果のところでも記載したように、「相手の脳に負荷が掛かり行動不能になる」という効果にも直結する特徴になります。

やはり、請求項で記載する「構成」と「効果」は、繋がりが良いものが発明の肝になり、特許の請求項で記載すべき事項になります。

これでやっと、請求項1の独立項が完成しました。

なお、箇条書きで請求項1を完成するまでの流れを記載しましたが、実務上は、請求項と先行技術を対比する表を作成して、請求項を考えたりします。

こうすることで、どの請求項の構成が先行技術に開示されているか分かり、特許性のない出願をする可能性が下がります。

 

請求項の構成無量空処開示神威開示ジャッジメントチェーン
1-1所定の範囲に影響を与える技において、目で見える範囲が技で影響を与えることができる範囲鎖が届く範囲が技の範囲
1-2前記所定の範囲に存在する生体の脳に処理しきれない情報を送り込む、×目で見て特定した対象を異空間に飛ばす×相手にルールを課す(ルールを破ると、心臓を貫く)
1-3特殊な目を有する人物の人体のエネルギーを利用する技。写輪眼を開眼した人間のチャクラを利用した技緋の目を有する人間の念を利用した技

図6.『無量空処』の特徴と先行技術の特徴の対比表

ここで開示されていない構成(上記表で×)が複数ある場合は、先行技術との差を大きくし過ぎです。1つでも開示されてない構成があれば、それだけで特許になる可能性は秘めています。

よって、1つだけ非開示の構成を有する請求項を作るように心がければ、広い権利を取る癖がつきます。

なお、この後にまだ『無量空処』の特徴・五条悟の特徴として残っている部分を、従属項で記載することで請求項が完成します。

当然のことながら、従属項の特徴も、カカシやクラピカの技にないものを請求項として表現します。

【従属項1】
前記情報を送り込む技は、無下限呪術に関連する技である、請求項案3に記載の特殊な目を有する人物の生体エネルギーを利用する技。

こうすれば、カカシは、写輪眼由来のチャクラの技ですし、クラピカはエンペラータイム由来の念能力なので、技の根源としての差が明確になります。

こういう感じで、請求項(発明の特徴)と先行技術を比較して、差を出し、請求項を作るマスターになりましょう。

おさらいで、もう1つトレーニングしてみましょう。次は、鬼滅の刃を題材にしてみます。

鬼滅の刃:竈門炭治郎が使う『ヒノカミ神楽(日の呼吸)』を請求項で表現

図7.鬼滅の刃/集英社/吾峠呼世晴 竈門炭治郎フィギュアの紹介画像を引用

『ヒノカミ神楽』の特徴は、以下の通りです。

  1. 日の呼吸法と呼ばれ、12の型がある。また、12の型を続ける(循環させる)ことで13の型になる
  2. 斬撃に火の演出が出る

『ヒノカミ神楽』の効果:鬼の再生を遅らせる効果がある
呼吸法の基本効果:身体能力が向上する

技の使い手である竈門炭治郎の特徴は、

  1. 特殊な痣を出せる(痣が出ると身体能力が向上する)
  2. 透き通る世界(相手の筋肉などの動きが詳細に見える)を見ることができる
  3. 日輪刀と呼ばれる持ち主によって色が変わる刀を使用する

といったところが特徴ですかね。この特徴の洗い出しをしっかり行うことが強い請求項を作るポイントです。

次に、前回の『無量空処』と同じで、鬼滅の刃で『ヒノカミ神楽』が登場する前の漫画で似たような技がないかチェックします。

先行技術①:「るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-」

志々雄真実の「無限刃を利用した技」

図8.るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-/集英社/和月伸宏 志々雄真実フィギュア紹介画像を引用

先行技術②:「ジョジョの奇妙な冒険」

ジョナサン・ジョースター(1部主人公)が使う「波紋を利用した技」

図9.ジョジョの奇妙な冒険/集英社/荒木飛呂彦 表紙画像を引用

この2つの先行技術に対して、『ヒノカミ神楽』の特徴で、特許性のぎりぎりのラインを請求項1に落とし込むとしたらどうなるでしょうか。また対比表に特徴をまとめてみましょう。

請求項1の構成候補ヒノカミ神楽開示無限刃開示波紋
a呼吸法×該当する特徴なし呼吸法
b火の効果火が刀から出る×太陽の力(火の効果は漫画上描かれていない)
c12の型があり、それらを連続で行い循環させることで13の型として技が出る×色んな無限刃を利用した技はあるが、循環して技を出すことで特別な効果は出ない×色んな波紋を利用した技はあるが、循環して技を出すことで特別な効果は出ない
d日輪刀と呼ばれ、ある持ち主によって変化する刀を利用する×新井赤空が作ったのこぎり状の刀持ち主による変化はしない×ブラフォードの剣を使うが、持ち主が変わることによって変化はしない
e鬼の再生を遅らせる効果×対人に対する効果吸血鬼に効く
f特殊な痣を出せる×やけどはしているが、強くなる効果はないジョースター家は、星型の痣がある(強くなる効果がある訳ではないが、ジョースター家は強いので△)
g透き通る世界を見れる×特にそういう描写はない×特にそういう描写はない

図10.『ヒノカミ神楽』と先行技術の特徴の対比表

この中で、先行技術①と②にない構成は、「c、d、g」の3つになります。

どれを請求項1にするかですが、『ヒノカミ神楽』固有の「課題・効果」に直結するのは、「c.12の型があり、それらを連続で行い循環させることで13の型として技が出るの特徴だと思いますので、これを請求項1の構成にします。

なお、選ばなかった「d、g」ですが、上記2つの先行技術には存在しませんでしたが、「d.日輪刀と呼ばれ、ある持ち主によって変化する刀を利用する」の特徴は、「BLEACH」の死神が装備する「斬魄刀」が持ち主によって形等を変化させるので、開示された特徴と言えます。

図11.BLEACH/集英社/久保帯人 第1話の画像を引用

同様に、「g.透き通る世界を見れる」の特徴も、NARUTOの白眼で似たような効果がありますので、開示された特徴と言えます。

図12.NARUTO/集英社/岸本斉史 アニメ 第四十六話の画像を引用

先行技術を追加で提示しましたが、こういう感覚は先行技術を調べきれないときも、ある程度想像で補って頂けたらと思います。

やはり、本質的な発明の対象の特徴以外は、先行技術が潜在的に存在する可能性が高いです。

「c.12の型があり、それらを連続で行い循環させることで13の型として技が出る」以外の特徴は、鬼滅の刃の世界で炭治郎の仲間たちが振るう日輪刀にも見られる、一般的な特徴になります。同様に、「透き通る世界」も、強い鬼殺隊のメンバーであれば到達できる技なので、これも『ヒノカミ神楽』固有の特徴ではない。

結局、発明の対象であるヒノカミ神楽の重要な特徴こそが、請求項の重要な差別化構成になるということです。

上記を踏まえて請求項で表現すると、

【請求項1】
呼吸法に応じた複数の型を循環させて実行することで特殊な効果を発揮する、剣技。

というのが、『ヒノカミ神楽』を題材とした請求項の表現例になります。

これまで紹介した方法論を踏まえれば、他のキャラの代表技も同様に請求項化することが可能です。ポイントは特徴のリストアップと、先行技術と対比を行い、その発明にしかない「重要な特徴」を洗い出した上で、それを請求項の文言に落とし込むことです。この方法論は、もちろん実際の特許請求項作りでも活用することができます。

※なお、呪術廻戦、NARUTO、HUNTER×HUNTER、鬼滅の刃、るろうに剣心、ジョジョの奇妙な冒険、BLEACH、何れも面白いので、是非、漫画等の作品を購入して頂けたらと思います。作品を見て各キャラ・各技の詳細を確認して頂けたらと思います。私が間違った先行技術の理解で対比している可能性もあります。上記で示した検討結果以外の結論になるかもしれません。実務においても、特許庁の審査官が通知する拒絶理由通知の内容を、しっかり精査する必要があります。

4. まとめ 

請求項や実施例を記載するためには、先ずその分野(先行技術)における深い理解と、発明の題材としたネタの課題・効果を発生させるメカニズムの特定が大事になります。

良い特許(特許になり、かつ、権利範囲が広い)が取得できる請求項や明細書の作成作業が、知財部員の仕事の基礎であり、最重要の仕事と言えます。これが出来て他の知財分析・戦略・コンサルティング等の応用が出来るようになります。

そこで本記事では、ジャンプキャラの代表技を例題にしつつ「良い特許請求項」の基本的な概念や、具体的な作成過程の考え方を紹介しました。

慣れるまでは難しいかもしれませんが、日々トレーニングを積んで、どんな分野であっても「良い特許請求項」を表現できる知財部員を目指して頂けたらと思います。

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