知財部員は、法律スタッフ部員に該当し、所謂、社内のコーポレート部門(バックオフィス)に該当します。故に、裏方のイメージが強いです。
特許の出願書類においても、「発明者名」、「出願人(発明者が所属する法人名)」、「代理人(担当弁理士)」は記載されますが、「知財部員」の名前は記載されません。
しかし、業務の実態としては、知財部員が大きく特許出願の検討に影響を与えます。発明という新しいアイディアを取り扱う性質上、事業企画・開発部門と同じように「クリエイティブ」な作業や能力が求められます。
今回の記事では、知財部員の「クリエイティブ」な側面にフィーチャーした内容をご説明致します。
目次
ゲスト紹介
得地賢吾と申します。
大手メーカー、IT企業、ベンチャー企業を経験し、数千の特許出願・権利化の対応を行いました。その中には、自らが発明者として出願・中間処理を行っているものも多数含まれ、自らの発明案件のみで国内外の合計約1000件の特許出願の実績を持っています。
1. 特許とは「新しいアイディア」
特許を取得するためには新しいアイディアであることが、大前提になります。「誰かから聞いたこと」、「世の中にあること」を特許出願書類に書いても意味がないです。
「発明者」が創造した、この世にこれまで存在しない発明が、特許になります。
アイディア自体は、生み出すのは難しくないものだと思います。
例えば、料理をしていて、レシピには書かれていない醤油や塩を入れるといった独自の味付けアレンジも新しいアイディアの一つと言えるでしょう。
しかし、それらは基本的には特許になるアイディアではないのです。
まずは「特許になる新しいアイディア」と「特許にならない新しいアイディア」があることを理解すると、特許の世界の理解が進みます。
2. 特許における「新しさの定義」
では、「特許になる新しいアイディア」とは何でしょうか。特許を得る要件として、新規性・進歩性などの聞きなれない言葉が、「新しさの定義」として存在します。
もちろん、こういう定義を知って、狙って特許出願することが好ましいのですが、正直、一般の方々がこれを理解してから発明をするとなると、途方もない時間が掛かります。
では、そういうとき、我々はどうすればよいでしょうか?
- 特許出願を諦める
- 知らないけど取り合えず特許出願をする
→正解は、②知らないけど取り合えず特許出願をする、が答えです。
なぜならば、私達(出願人・発明者)が、知らなくても、特許出願を審査する審査官は知っているので、回答が来ます。審査官の審査結果から、特許業界で言うところの新しい定義を実戦形式で知ることができます。
特に企業にいる知財部員は、この審査官の審査結果を受領し、それに対する応答を考えることが定常業務の一つになります。
なお、若手の知財部員は、特許になるアイディアの勘所を早く理解するために、審査結果の応答を考える業務をメインでやらされることが多いです。
図1.特許になるアイディアとそれ以外のアイディアの関係図
3. 「誰が」特許を創るのが得意か
知財部員は、特許庁の審査官の回答を何回~何百~何千回と受け取ることになる訳ですが、それにより、自然と「特許の答えの範囲=特許になる発明」を知ることになります。
企業における開発・研究者の場合、一般的に自分の発明に対しては、検討し、答えを知ることになります。
しかしながら、他人の発明に対しての検討は行いません(特許業務ばかりやるほど、企業の開発・研究者は暇ではないので。検討しても部下のアイディアの一部を検討する程度になります)。
一方で、企業における知財部員は、他者の特許の対応を横断的に行います。似たような発明の違うバリエーションの答え(特許査定になるものあれば、拒絶査定になるものもあります)を知る機会があります。
この答え合わせの繰り返しが、発明する素養を向上させます。審査官の思考を読んで、発明という上流工程で特許の品質向上に繋がります。
図2.開発部門と知財部門の担当者の特許業務の経験量の差
4. 特許に必要なクリエイティブ能力のレベル
繰り返しになりますが、特許は「新しさ」が必要です。ただ、その新しさは、凄い創造性が必要かと言われると、そういう物差しではないです。
特許庁の審査官が、特許のルールにおいて新しいと感じるレベルの新しさです。ノーベル賞を取れるような画期的さや、科学技術論文に提出するような実験の裏付けも必要ないです。
もちろん、あるのにこしたことは無いですが、それは必須要件ではないです。特許出願書類で説明する文章や図面も、高度な計算式や綺麗な絵は必須要件ではないです。
私自身の特許査定が取れている出願を例にしても、計算式は出てこないですし、図面も絵画のような芸術性や写実性もない簡易なものです。
具体的な例を挙げると、私が発明者の特許7238610というAI(人工知能)が学習するデータの許可を制御する特許がありますが、詳しいプログラムの構文が出ることもなく、下記の図を示しつつ発明の中身を説明しています。特許としては、これで記載要件を満たしています。
図3.AIが学習するデータの許可の制御の特許(特許7238610)の図3
よって、先行技術調査をして、「これくらいが審査官が新しいと思うだろうな」を描けば、特許は取れますので、凄いアイディアマンでなくても発明者になれます。
もし、あなたが日常で「他の人と自分は違う」と思っているのなら、あなたは発明者になれるかもしれません!もし、あなたが友人から「変わってるね」と言われることが多いなら、あなたは発明者になれるかもしれません!
まとめると、皆とは違う観点で物事を考えることができるのなら、発明者になれるチャンスがあります。
図4.特許を生み出す目線(観点)
5. 知財部員は特許出願書類において不遇な環境にある
導入にも記載しましたが、知財部員は特許出願書類において名を残すことができません。
発明者には、「特許を受ける権利」と「特許出願書類に氏名を表示する権利」があることが、特許法上明記されています。しかし、特許出願書類に発明を整理したことに貢献した知財部員に関する権利の規定は特に存在しません。
参考リンク:特許出願の様式の例(特許法施行規則様式第26)
どれだけ、その発明を特許出願に導くまで工夫をしたとしても、その貢献が書類上に明記されるのは、発明者・出願人・代理人までになります。
図5.特許出願書類に名前を載せられる者と載せられない者
特許出願をするには、一般的に知財業界の人であれば①発明者②弁理士③知財部員の3つの要素で成り立つことは分かっています。
更に業務の実態を言えば、①発明者は、特許出願することが慣れていないことが多く、知財部員が発明資料を作りこむことが多いです。
外注先の担当弁理士に向けての説明も知財部員が代行することが多く、知財部員の貢献割合は高いです。
しかし、発明者ではないと、社内で判定されれば、知財部員が発明者として記載されることはなく、あくまで、支援をした人扱いで、法的には何ら、特許出願書類に対する氏名を表示される権利はありません。
図6.特許出願するのまでに作業を行う当事者
個人的には、これは悲しいことで、知財部員も任意で記載できるようになれば良いのにとは思います。
仮に転職の際に、今いる企業の「○○の案件は私が担当しました」といってもそれを証明する手立ては存在しません。
現状のルールに則るのであれば、知財部員が特許出願書類に名を残すには発明者になるしかないのです。
6. 知財部員が発明を行うことが最強!?
一方で、特許業界における「新しさの定義」を知っている発明者と、知らない発明者がよーいドンで発明したらどうなるでしょうか?当然、知っている発明者の方が有利です。
図7.特許のイメージがある者が強い
私自身の発明で、仮説の検証を行った結果、出願を行ったどの分野であっても、全く特許査定を取れないということはなく、安定して広い権利(請求項の構成が少なく、汎用的な権利)を獲得することが出来ました。
それが出来た大きな理由は、通常の技術者は技術に誠実なので、技術が正確に伝わるように技術構成を請求項に全て書こうとします。対照的に知財部員は、特許に必要な最小限の説明を心得ているのでシンプルに記載します。
また、企業に属している知財部員は、技術者・企画者ほどではないにしろ、事業で必要なものは何かを知っています。
その知識により、企業内における事業推進経験が乏しい特許事務所の弁理士に対し、知財部員はアドバンテージを取ることが出来ます。
もし、特許の請求項を先行技術との兼ね合いで限定せざるを得ない状況になっても、価値のない落としどころに特許を導くことなく、特許性と事業性のバランスがとれた特許の落としどころで権利化を目指すことができます。
7. 知財部員が発明することの課題
一方で課題も知っておくべきでしょう。まず技術の理解度や技術の重要性の感度は、本当にモノを創っている人には劣る面があります。
机上の空論で特許になる発明を連発しても、お金だけが掛かって、後で見返した時にガラクタの山になる可能性があります。
そのため、日々の会社内の現場部門の意見・価値観を理解し、発明が目指す方向性をすり合わせておく必要があります。
図8.良い発明が持ち合わせる要素
また、通常の技術者側の発明報償金のバランスを取る必要があります。
技術者が商品に苦労して実装させた特許と、知財部員が考えた自社商品に実装されない特許が同じ評価だと、技術者側のモチベーションが下がります。一律の報償金ではなく、軽重をつけることが肝心になります。
ただし、知財部員が発明したから一律評価が低い特許ということでもないので、納得性の高い指標を作ることが肝になります。
3点 | 2点 | 1点 | |
自社事業との親和性 | 自社で現在実施している | 自社で実施している技術の代替案 | 自社で実施する予定が現在ない |
他社牽制力 | 他社が実施している | 他社が現在実施している技術の代替案 | 他社が実施する予測が立たない |
検証性 | 目で見て簡単に発見できる | 特殊な解析手段が必要になる | 実施を検証する手段が分からない |
無効化リスク | 近い先行技術が、全くない | 審査の過程で、近い引例があった | 先行技術が多い分野で、潜在的な無効化リスクが高い |
汎用性 | 特定の商品・サービスに限定されず使える技術 | 特定の条件を満たさないと使えない技術 | 極めて特殊な条件を満たさないと使えない技術 |
コスト | 既に特許技術が確立しており、低コストで導入可能 | 現在、業界で主流の技術よりコストが掛かる | 新規の研究・開発が必要であり、高コスト |
重要度 | 本特許の技術を実施しないと大幅に商品の機能や価値が低下する | 本特許の技術を実施しないと商品の機能や価値に少し影響が出る | 本特許の技術を実施しなくても商品の機能や価値に対する影響は殆どない |
図9.特許の評価指標の一例
このような指標の合計点で特許の価値を数値化し、各特許の優劣をつけることが考えられます。より精度高く評価するには、出願時~登録時~特許年金の更新、などの各タイミングで都度評価し直すことが求められます。
特に知財部員が特許出願する場合の狙いに多いのは、他社の製品に当てて企業間の特許パワーバランス改善の出願を考えたりします。
もし、その狙いが達成できる特許であれば、自社で実施される特許と同じように価値の高い特許だと言えます。
8. 発明する知財部員としてのロールモデル
最後に発明する知財部員が増えることの影響について考えてみます。
従来、知財部員は、企業において、基本的に事業部門の担当者のサポートしかしない立場でした。
しかし、発明を自ら行うことにより、目に見える形(特許出願書類に発明者として記載される)で成果を残せる可能性が出ました。もちろん、発明者という立場で名前が出るということは、責任も伴います。
知財部員は、自分たちで商品は創れないので、事業部門に自分たちが特許を紹介して自社実施を促したり、他社商品から侵害商品を探すことで、事業貢献の証明をする必要があります。
知財部員が、発明者に寄っていく方向で議論しましたが、これは即ち、今、技術者として発明している人が知財側に行くであったり、クリエイティブな仕事に就きたいと考えている学生の就労先としての選択肢が出来た、というメッセージにもなります。
現状、創造性が高い人物は、クリエイター職(企画・開発側)に就労することが主な選択肢になっています。
もし発明する知財部員が一般化すれば、知財部員としてのキャリアであってもその創造性を活かす場が存在することになり、活躍の場が広がります。
図10.クリエイティブ能力がある人材のキャリアの選択肢
9. まとめ~クリエイターとしての知財部員の可能性~
知財部員は、特許出願をサポートするだけの立場から、クリエイティブ能力が高い人物であれば発明者としてフロントに立てる可能性があります。
ただし、しっかり権利活用を目指さないと、費用だけがかさみ、企業内における知財部員の発明活動は停止され、責任を取らされるリスクもセットで生じます。
知財部員が発明者として成果を出し、認められるには、根本的な知財部員のスキル(良い特許の要件は何か)が必要で、それに自身のクリエイティブ能力を組み合わせて、特許を獲得することになります。
また、社会情勢として、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進もあり、業務はどんどんコンピュータの処理に置き換わって行くことでしょう。
そういう流れの中で、特許業界の仕事もコンピュータにますます置き換わって行くことは容易に想像できます。しかし、人間の創造力は、複雑な思考であり、コンピュータが追い付くのはそう簡単ではないと思います。
人間は、感情に左右されますし、直感的で非論理的なところもあります。
我々は人であるがゆえに、そういう思考さえ理解し、様々な人にとって必要となる商品やサービスは何だろう?を考えることができます。
創造性を育み、特許業務に限らず創造性を仕事に転用できる人材が、これから社会人として生き残る術の一つではないかと思います。
発明をするという仕事に手を伸ばすことが、この記事を読んだ特許業界で既に働いている知財部員の皆様・これから特許業界で働こうと考えている未来の知財部員の皆様の価値を高める手段になれば幸いです。