ご存じですか?特許法のちょっと変わった制度である「間接侵害」。
特許法では、特許発明の全部実施に当たる「直接侵害」には当たらないが、直接侵害を誘発する可能性が高い行為については特許権の効力が及ぶように、「間接侵害」規定を定めています。
私が弁理士受験生だったときは、たくさんの事項が列記されていて、イメージがつきづらいと感じていました。正直、苦手意識さえありました。
しかし企業、特に部材や中間製品を扱う企業の他社特許対策において、間接侵害の検討は避けては通れません。
本記事ではそんな「間接侵害」のポイントを、イメージがつきやすいようにマンガでご紹介しようと思います。
目次
ゲスト紹介
和歌山で特許事務所を経営する弁理士室伏です。有名な知財訴訟や複雑な特許制度について説明するイラストや漫画を、趣味で描いています。特に商標判例の漫画については、過去記事(漫画で分かる!おもしろ知財事件名 4選 ~商標判例編~)をご覧ください。
はじめに
まずは、漫画中の登場人物を紹介します。
ちざらっこ:知財訴訟に詳しいラッコ。関西弁がトレードマーク。穏やかそうに見えるが、知財のことになるとアツくなる。
甲ちゃん:知財に興味深々。なぜか特許権や商標権をたくさん持っている発明家OL。
乙さん:知財についての知識が乏しいオジサン。それゆえに、たびたび他人の権利を侵害してしまう。
なお、本稿のテーマである「間接侵害」規定は、特許法第101条に以下の通り定められています。
特許法第101条(侵害とみなす行為)
次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
三 特許が物の発明についてされている場合において、その物を業としての譲渡等又は輸出のために所持する行為
四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
五 特許が方法の発明についてされている場合において、その方法の使用に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
六 特許が物を生産する方法の発明についてされている場合において、その方法により生産した物を業としての譲渡等又は輸出のために所持する行為
どうでしょう、うっ、難しそう・・と感じた方もご安心ください。分かりやすく解説していきます!
出発点:権利一体の原則とは?
権利一体の原則(オール・エレメント・ルール)とは、発明の構成要素の全体の実施をいい、その一部の実施を言わないという原則です。
例えば特許発明が要素A+B+Cで構成される場合、何ら権限のない第三者が要素A+Bのみで構成される発明(つまり要素Cを欠く)や、要素Bのみで構成される発明(つまり要素A及びCを欠く)を実施していても、特許権の直接侵害とはなりません。
上記マンガでは、甲ちゃんの特許発明は以下の要素から構成されています。
(A)軸と
(B)消しゴムで消せるインクとを備える
(C)ボールペン
乙さんは(B) 消しゴムで消せるインク を売っているわけですので、乙さんの製品(被疑侵害品)は(A)及び(C)の要素を欠いています。したがって権利一体の原則から、乙さんの行為は残念ながら直接侵害とはならない、ということになります。
「権利一体の原則」を補う「間接侵害」の役割
前章で「権利一体の原則」を説明しました。
しかし、これでは第三者が、特許発明の全部実施にはならないけれど、全部実施につながりそうな部品、道具、又は原料を供給していたとしても、特許権者は何ら文句(例えば差止請求や損害賠償請求)をいうことができなくなります。
例えばテレビの特許発明があったとして、第三者がテレビの組み立てセットを販売し、最終組み立てを消費者に任せる場合です。テレビの組み立てセットの販売行為は、確かに直接侵害とはなりませんが、「さあどうぞ。組み立ててテレビ(特許発明)を作ってくださいな。」と言っているようなもんじゃありませんか。そのような行為に対して特許権者が何も言えないとなると、それって特許権者に酷ですよね。
ここで「間接侵害」の登場です。
「間接侵害」は、直接侵害を誘発する可能性が極めて高い一定の行為を、特許権の侵害とみなしてしまおう、という規定です。その趣旨は「直接侵害の未然防止」ではありますが、実質的に特許権の効力が少し拡張されるため、特許権者はより手厚い保護を受けられるようになりました。
これによって先ほどのテレビの発明の特許権者がテレビの組み立てセットの販売業者に対して文句を言うことができるようになります。
間接侵害にあたる行為は、3つの類型に分けることができます。
A 専用品型間接侵害(いわゆる、のみ品侵害)
B 多機能品型間接侵害(いわゆる、不可欠品侵害)
C 譲渡等所持目的の間接侵害
さあ、これから詳しく見ていきましょう。
A 専用品型間接侵害(のみ品侵害)
① 概要
まずは専用品型間接侵害、いわゆるのみ品侵害から見ていきましょう。この類型は、特許法第101条第1号、第4号に規定されています。
第101条第1号、第4号によれば、
・発明品の生産に「のみ」用いる物 の生産や販売
・発明にかかる方法の使用に「のみ」用いる物 の生産や販売
は、この「のみ品侵害」に当たります。
②「のみ」品とは?
「のみ」って蚤じゃないですよ。他の用途がないことです。もっと厳密に言うと、「物に経済的、商業的又は実用的な他の用途がないこと」です(知財高判平成22年(ネ)10089「食品の包み込み成形方法」事件)。
先ほどのテレビの特許権の例において、テレビの組み立てセットは、テレビ以外の用途がないため「のみ品」となるでしょう。
この類型は、「他の用途がないかどうか」という客観的で明確な基準に基づいて成否が判断されるため、比較的シンプルな類型と思います。
<「のみ」品の補足>
なお、この「のみ」要件の検討は実際はちょっと複雑です…。
侵害につながらないような他の用途があったとしても、侵害につながる用途をユーザがいつか使うのであれば「のみ品」に該当するという学説「いつかは使う基準」1)があり、この考え方を採用する判例が複数あります(平成8年(ワ)第12109号「製パン器」事件、平成22年(ネ)第10089号「食品の包み込み成形方法及びその装置」参照)。
つまり「のみ品」に当たるかどうかの検討においては、「ユーザが特許発明をいつかは実施する可能性がある用途があるのか?」も考えなければならないということになります。
とはいえ、抽象度の高い要件がある後述の不可欠品侵害と比較すると、具体的な用途の検討で成否を判断できるので、本類型は比較的シンプルと筆者は考えます。
③ 特許権者保護としての妥当性
当初、「間接侵害を緩く規定すると濫用されてしまうのでは」という懸念から、間接侵害規定は、「のみ品」という極めて限定的な要件がある本類型のみでした。
しかしよく考えてみると、この類型だけしか間接侵害が認められないって、特許権者にとってちょっと厳しくないですか?そこで生まれたのが、次の類型です。
B 多機能品型間接侵害(不可欠品侵害)
① 概要
もう少し特許権者の保護を拡大しようと平成14年改正で追加されたのが、この多機能品型間接侵害、いわゆる不可欠品侵害です。この類型は、特許法第101条第2号、第5号に規定されています。
特許法第101条第2号、第5号によると、不可欠品侵害となるためには、以下の2つの要件を満たす必要があります。
- 部品、道具又は原料等が特許による課題解決に不可欠なものか (客観的要件)
- 被疑侵害者が具体的な特許権の存在を知っていたのか、そして部品等が特許発明の実施に用いられることを知っていたのか (主観的要件)
本類型では客観的要件だけでなく、主観的要件があるのが特徴的です。
② 客観的要件
まずは客観的要件から見ていきましょう。
・課題解決に不可欠なもの(不可欠品)の概要
「課題解決に不可欠なもの」という要件は、本来的な権利範囲を超えた過剰な差止め等が行われてしまわないように、重要な部品等に限定するために設けられました。これは、請求項に記載された構成要素(上述の例の(A),(B)又は(C))とは異なる概念です。すなわち構成要素でなくても構わず、物の生産や方法の使用に用いられる道具や原料が不可欠品となることもあるのです。
では「課題解決に不可欠」とはどういうことでしょうか。消しゴムで消せる特殊なインクを用いたボールペンの発明の場合、インクは、それを用いることにより初めて課題が解決されるので、「不可欠品」に該当するでしょう。乙さんの被疑侵害品ですね。またインクに用いる特殊な顔料も、「不可欠品」に該当するでしょう。
それではボールペンの軸やキャップはどうでしょうか?これらの部品もボールペンの生産自体には欠かせないものですが、それだけでは「課題解決に不可欠」とは言えません。課題とは無関係に従来から必要とされていたこのような部品にまで特許権の効力を拡張してしまうと、ボールペン部品の業者は困ってしまいますよね。ねじ、釘、電球、又はトランジスタのように幅広い用途があることが求められます
・汎用品は不可欠品から除かれる
上記「課題解決に不可欠なもの」には、汎用品が除かれています。汎用品は、日本の市場において広く一般に入手可能な状態にある規格品、普及品です2)。そして、(大阪地裁平成23年(ワ)第6980号「位置検出器及びその接触針」事件参照)。このようなものまで間接侵害の対象としてしまうと、安定的な取引ができなくなってしまいますからね。
・論点:公知品は不可欠品から除かれるのか?
汎用品とまではいかないけど、従来から知られている公知品はどうでしょうか。条文上は公知品は課題解決に不可欠なものから除かれていません。
もし今まで問題なく流通できていた公知品が、後発の特許によって急に「間接侵害だ」と言われて流通できなくなると、これを製造・販売する業者は困ってしまいます。
ここで平成14年法律改正の解説や一部の判例を見ると、課題とは無関係に従来から必要とされていた公知品については、基本的には不可欠品から除かれています 2)(東京地裁平成23年(ワ)第19435号「ピオグリタゾン」事件)。
「あ~よかった、公知品は間接侵害とはならないのか」…そう思ったあなた。もう少し公知品について考えてみましょう。
例えば他用途に用いられていた公知部材を組み合わせて進歩性が認められ、特許になる場合がありますよね。このような公知部材の1つ1つは「課題解決に不可欠」と言えそうですが、本当に不可欠品とはならないんでしょうか。
特許発明が新たに開示した技術手段は、公知部材の「組み合わせ」であって、個別の公知部材そのものではありません。(東京地裁平成23年(ワ)第19435号「ピオグリタゾン」事件参照)
となると、個別の公知部材そのものは不可欠品とはならないが、例えば工作キットのように部材一式を販売すると、不可欠品となりそうです 3)。ここまでくると「のみ品」になりそうですが、公知部材でも不可欠品になることがあるということにご注意ください。
このように不可欠品の判断においては、「どこが新しく、どこに進歩性が認められた発明なのか?」を見極めることが重要であり、判断が難しい場合があります。
③ 主観的な要件
さて、これまで不可欠品となる部品等は不可欠品侵害になり得るというお話をしましたが、これだけでは足りません。
この不可欠品侵害では、被疑侵害者が具体的な特許権の存在を知っていたのか、そして部品等が特許発明の実施に用いられることを知っていたのか、という主観的な要件が課されています。
部品業者は、供給先でその部品が実際にどのように使用されるのか、知らない場合もあります。そのような場合にまで間接侵害者として責任を負わせることは酷です。したがって悪意であることが間接侵害の成立要件となっています。
では被疑侵害者が「知らなかった」場合は、間接侵害の責任を免れ得るのでしょうか?
この悪意の要件は損害賠償を請求された時に、過去分の損害賠償については義務を負わないという点で実質的に意味がある要件であって、現時点から将来の行為を差し止める差止請求については義務を免れる理由にはなりません。訴訟が進行するにつれて「知っている状態」になることがほとんどだからです4)(知財高裁平成17年(ネ)第10040号「一太郎」事件参照)。
実務上、悪意を立証可能にするために被疑侵害者に警告状を送付することが多いです。警告状に具体的な証拠が示されていれば、その警告状を受けた日が「知っている状態」になった日となります(東京高裁平成20年(ワ)第19874号「医療用器具」事件参照)。
C 譲渡等目的所持侵害
最後に譲渡等目的所持侵害について見ていきましょう。この類型は、特許法第101条第3号、第6号に規定されています。
この類型は以下の要件を必要としています。
・侵害物品や特許にかかる方法で生産した製品を、譲渡等又は輸出のために所持すること
この規定は、模倣品対策のために平成18年改正で追加された、3類型の中で最も新しい類型の規定です。
上述した「のみ品侵害」や「不可欠品侵害」は侵害物品の”生産に用いる物”や、方法の”使用に用いる物に対する一定の行為を禁止するものでしたが、この規定は、侵害物品”そのもの”の所持行為について禁止するものです。
侵害物品”そのもの”についての行為って、間接侵害じゃなくて直接侵害になるんじゃないの?と思われる方がいるかもしれません。しかし直接侵害行為に「所持行為」は入っていないのです(特許法第2条第3項第1号)。つまり、所持しているだけだと直接侵害には問えません。
このように直接侵害行為には所持行為が入っていないため、この規定ができるまでは、模倣品を取り締まるためには譲渡等の事実やそのおそれの立証が必要であり、模倣品の取締りは容易ではありませんでした。
しかし一度模倣品が譲渡等又は輸出されると、瞬く間に拡散され、事後的な侵害防止措置が困難になります。このような深刻な課題に対応するため、所持段階で取締りができるような間接侵害規定を追加したというわけです。(特許庁:改正の必要性・概要)
まとめ
特許法における独特の、そしてとっつきにくい制度「間接侵害」について、マンガを用いながらざーっと解説していきました。ポイントとして
A 専用品型間接侵害(いわゆる、のみ品侵害)
B 多機能品型間接侵害(いわゆる、不可欠品侵害)
C 譲渡等所持目的の間接侵害
という3つの類型があるので、まずは「のみ品・不可欠品・譲渡目的での所持」と覚えてから、それぞれの内容を掘り下げていくと理解しやすいと思います。
本記事を通して「間接侵害」について少しでも親しみやすさを感じていただけたら幸いです。
参考文献
1) 中山一郎「特許権の間接侵害をめぐる近似の課題ー発明のカテゴリー及び主観的要件を中心にー」,サプライチェーンにおける特許権侵害,日本工業所有権法学会年報第46号(2022)
2) 特許庁ホームページ,産業財産権法(工業所有権法)の解説 平成14年法律改正(平成14年法律第24号)「間接侵害規定の拡充」,https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/sangyozaisan/document/sangyou_zaisanhou/h14_kaisei_2.pdf
3) 三村量一,「非専用品型間接侵害の解説-特許法101条2号・5号について-」,日本弁理士会継続研修資料
4) 吉田広志,「多機能型間接侵害についての問題提起一最近の裁判例を題材にー」,知的財産法政策学研究Vol. 8 (2005)