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デザイン思考の活動に知財専門家を呼ぶべき3つの理由

この記事では、筆者の企業知財部時代の実体験に基づいて、デザイン思考の活動に知財専門家(弁理士、知財部員、特許技術者、特許サーチャー)が携わるべき理由について述べていきます。デザイン思考という切り口で記載していますが、特にこれに限ることはなく、技術が関わるあらゆるビジネスの開発時に検討すべき内容です。知財関係者のみならず、技術を通じて顧客への価値提供を図る全ての方に参考としていただきたく、書いてみました。記事の中ほどには、機械系・電気系・システム系における特許権の事例も紹介しています。

1.はじめに:アイデアに関する知財をデザインしよう

まずは「デザイン思考」の定義について記載します。例えば、政府の知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会「知財のビジネス価値評価検討タスクフォ ース(第1回)」の資料においては、デザイン思考に関して以下の定義が記載されています。

「環境を理解し、自己が価値を産み出す仕組み(価値創造メカニズム)を主体的に構築する思考」

資料1-3:概況説明資料(事務局)より

一方、本記事における「デザイン思考」とは、「顧客の潜在ニーズを満たす解決策の創出を目指して、顧客を ”観察” することによって得られた ”洞察” に基づいて高速に ”試作” を行い、顧客テスト&改善というプロセスを高速で回すこと」を想定しています。これは米IDEO社によって提唱され、顧客に対してヒアリングを行うのではなく ”観察” に基づいて顧客の潜在ニーズを発掘するという、問題解決のための一つの方法論と捉えることができます。

ここで、参入障壁を築いてビジネスをより良く進めるための役立つツールの一つとして、知的財産権(以下、知財権)があります。知財権には、技術的なアイデアに関する特許権、物品の外観やGUIに関する意匠権、ロゴやネーミングに関する商標権が含まれます。デザイン思考の活動を通じて新たなアイデアが出てきた場合、参入障壁を築いてビジネスを優位に進めるために、これら知財権の保護について検討する必要があります。

しかし、多くの場合において、潜在ニーズの発掘やその解決策の検討に注力するあまり、知財を”デザイン”することまで気が回らないのが現状ではないでしょうか?そんなときは知財専門家へ早期に相談するか、もし可能であれば知財専門家を当該活動に巻き込んで、当事者として「知財のデザイン」を行ってもらいましょう!

では、デザイン思考の活動に知財専門家が参加すべき理由について述べていきます。

2.理由1:アイデアについて迅速な出願対応が可能

1つ目の理由として、活動を通じて得られたアイデアに関する迅速な出願対応が可能となる点があります。例えば特許出願を行う場合、アイデアの創出後に知財専門家へ相談→書類作成→出願 という流れで出願に至るまで、最低でも1ヶ月程の時間を要してしまいます。そして、特許制度上、特許出願を行うアイデアについては顧客へ見せる前に出願を行うことが好ましいです。つまり、プロトタイプについて特許出願を行う際には、出願が完了するまでデザイン思考のプロセスを停滞させることとなります。

デザイン思考の活動に知財専門家が参加する場合、このときの「出願準備を行うための停滞期間」を短くすることが可能です。知財専門家は、どの様な技術内容であれば特許化が可能かを判断できます。故に、知財専門家は、メンバーがデザイン思考のプロセスを回していく中で自然と特許出願ネタを抽出し、出願書類の準備に取り掛かることが可能となります。

図1は、デザイン思考のプロセスを回す中で、知財専門家が迅速に出願対応を行うイメージ図です。図1における知財専門家は、スマイルマークに手足が備わったアイデアについて特許性を見出し、特許出願の準備をしています。

知財専門家が特許出願の準備を迅速に行うイメージ図

図1:知財専門家が特許出願の準備を迅速に行うイメージ図

3.理由2:アイデアの目利きを通じて、より良い特許権の取得が可能

上記理由1でも述べましたが、知財専門家は、特許化が可能なアイデアの目利きを行うことができます。これにより、本来特許化が可能なアイデアについて出願が見過ごされてしまうリスクを低減することが可能です

図2は、デザイン思考のプロセスを回す中で、知財専門家が特許ネタの目利きを行っているイメージ図です。図2における知財専門家は、複数のアイデアの中から、先行技術と比較して新たなアイデアである緑色のスマイルマークに関して特許性を見出しています。

知財専門家が特許ネタの目利きを行っているイメージ図

図2:知財専門家が特許ネタの目利きを行っているイメージ図

ここで、どの様なアイデアであれば特許が取得出来るのか、各分野における事例を紹介致します。「え、これで特許が取れるの?」と感じる案件があるかもしれません。

機械系の特許事例:特許第5014200号(撮像装置)

特許第5014200号(J-PlatPatリンク)

1件目は、乳がんの検査に用いられる画像診断装置(マンモグラフィ装置)に関する特許です。被験者Wの腕Uを載置するアームレスト34に段差が無い点がポイントです。

特許第5014200号 図3

特許第5014200号 図3

特許の権利範囲を示す【特許請求の範囲】の記載は以下の通りです。(請求項1のみ抜粋)

【請求項1】
 少なくとも上半身が立位した被験者の乳房を撮影する撮像装置であって、
 撮影面に前記乳房が当接する撮影台と、
 前記撮影台の側面に形成され、MLO撮影時において前記被験者が手首と肩との間の部位である腕を略同一面上に載置可能とするアームレストと、
 を備えたことを特徴とする撮像装置。

特許第5014200号より

【請求項1】には、発明のポイントである「腕を略同一面上に載置可能とするアームレスト」が記載されており、その他の部分は、どのマンモグラフィ装置でも実施しているような当たり前の内容が記載されています。上記図3においては、被験者Wの腕Uが、アームレスト34に載置されています。「腕を略同一面上に載置可能」なアームレストにすることで、被験者はより快適に腕をアームレストに置くことができるという効果があります。

「アームレストに段差を無くしただけやし、特許なんて取れんやろ!」

・・・と考えるのではなく、もし従来において同様の製品が存在しないのであれば、特許化を狙って出願を行うのがよいということが分かる事例ですね。そして本特許の内容は見た目で分かりやすいので、もし他社が後発で同等の製品を上市した場合に、特許権の侵害を主張しやすそうです。

電気系の特許事例:特許第5034825号(電子眼鏡)

特許第5034825号(J-PlatPatリンク

2件目は、レンズの焦点距離を変えることができる電子眼鏡に関する特許です。フレームのリム2に設けられた複数のスイッチ3~5の組み合わせによる入力で、眼鏡機能(例:焦点距離)が変わる点がポイントです

特許第5034825号 図1

特許第5034825号 図1

特許の権利範囲を示す【特許請求の範囲】は以下の通りです。(請求項1、2のみ抜粋)

【請求項1】
 フレームのリムに複数のスイッチを設け、前記複数のスイッチの組み合わせによる入力がなされたときに眼鏡機能が切り替わることを特徴とする電子眼鏡。
【請求項2】
 前記眼鏡機能は、レンズの焦点距離を切替える機能であることを特徴とする請求項1に記載の電子眼鏡。

特許第5034825号より

【特許請求の範囲】としては珍しく、実にシンプルな記載内容で特許化されています。一度読んだだけで内容がすぐに分かりますね。この様なシンプルな内容だと、競合他社にとっては厄介な特許となりそうです。「スイッチ」は機械的なスイッチだけでなく電気的な接触センサも含まれると解釈すれば、【請求項1】については、今後「ポストスマホ」として期待されるAR/MRデバイスにおいても関係する技術かもしれません。

システム系の特許事例:特許第5982066号(航空券販売システム)

特許第5982066号(J-PlatPatリンク)

3件目は、旅先がランダムに選択される航空券販売システムに関する特許です。こちらは、日本航空株式会社が手掛ける「どこかにマイル」サービスに対応する特許と思われます。なお、「どこかにマイル」は、2018年にグッドデザイン賞を受賞しています。

特許第5982066号 図3

特許第5982066号 図3

特許の権利範囲を示す【特許請求の範囲】は以下の通りです。(請求項1のみ抜粋)

【請求項1】
 往路と復路の航空便の組み合わせで航空券を販売する航空券販売システムであって、
 航空便の在庫を保持する在庫記録部と、
 情報処理端末を介したユーザからの行き先空港の情報を除いた条件の入力を受け付けて、前記条件に合致する往路候補便と復路候補便の情報を前記在庫記録部から取得し、前記往路候補便の到着空港と前記復路候補便の出発空港とで共通するものから所定の数を候補空港として抽出し、前記条件で指定された往路の出発空港と前記各候補空港との間での前記往路候補便と前記復路候補便とを組み合わせた往復候補便の中から所定の基準に基づいて1つを選択して、これを販売対象往復便とする目的地候補抽出部と、
を有する、航空券販売システム。

特許第5982066号より

前の2件と比べると記載が少々長いですが、実際の「どこかにマイル」サービスの内容が記載されています。競合他社が同等の面白さ・価値を提供するサービスを構築する場合、本特許を避けて通るのは難しいかもしれません。

以上、特許化の事例を3件紹介しました。

4.理由3:アイデアが他社特許権を侵害するリスクを低減

知財専門家がデザイン思考の活動に参加することにより、創出したアイデアが他社の特許を侵害するリスクを低減することができます。D.A.ノーマン氏による名著「誰のためのデザイン?」において以下の記載があるとおり、新製品や新サービスをデザインする場合には、他社の特許を気にしなくてはなりません。

「特許はデザイナーとエンジニアにとって地雷原」
「他の特許と競合せずに 何かをデザインしたり製造したりすることはほとんど不可能」
「地雷原をかき分けて進むためにデザインを見直す」

「誰のためのデザイン?」P332より

図3は、デザイン思考のプロセスを回す中で、他社特許を回避するアイデアとなるように知財専門家が仕向けているイメージ図です。図3における知財専門家は、デザイン思考を通じてアイデアをブラッシュアップしていく過程で、サングラスをかけた髪の毛一本のアイデア(=他社特許)ではなく、パンチパーマにして他社特許を侵害しないように仕向けています。

知財専門家が、他社特許の侵害を回避するように仕向けているイメージ図

図3:知財専門家が、他社特許の侵害を回避するように仕向けているイメージ図

5.さいごに:新製品 / 新サービスの開発時には知財をデザインしよう

以上、デザイン思考の活動に知財専門家が携わるべき理由1~3について記載しました。技術分野によってその重要性は異なりますが、いずれも新たな技術が関わる新製品・新サービスの開発時には必ず検討すべき内容です。もしデザイン思考等の活動によりビジネスの検討を行っている場合には、理由1~3の役割を担ってもらうべく、お近くの弁理士、特許技術者、知的財産部員、特許サーチャーの方々に相談してみるのはいかがでしょうか。

6.おまけ:デザイン思考を体験した上での所感

・知財専門家の中には、デザイン思考の活動に参加して発明が生まれる過程を身近に知ることで、より一層、知財のデザインに向けて熱い想いを持って業務に取り組む人がいるかもしれません。是非、より良いビジネスデザインを行うために、早め早めで知財専門家へ相談することをおすすめします。

「理由2:アイデアの目利きを通じて、より良い特許権の取得が可能」について

・新たな機能を追加したら特許権が取れるとしても、無駄なUI(User Interface)が増えたりUX(User Experience)の悪化に繋がるものだとしたら、それは本末転倒です。「事業的に価値があるアイデアについての特許権を取る」という意識が重要です。

・知財専門家の中には、特許権の取得にばかり躍起になり、「ビジネスとしては重要だけどあまり特許性(=新しさ)が無いアイデア」について低い評価をしてしまい、アイデア発案者にとってイラつく発言をしてしまう人(=企業知財部時代の筆者)がいるかもしれません。決して悪気は無いので、「それだけ真剣になって特許の取得をサポートしてくれている」と捉えるなどして、あまり気にしないようにしてください。

「理由3:アイデアが他社特許権を侵害するリスクを低減」について

・上述のとおり、他社特許の存在が事前に分かっていれば、製品やサービスをデザインしていく上で効率的です。しかし、他社特許について警戒し過ぎた結果、開発の遅延やデザインの自由度低減を招いてしまうのは避けたいものです。特許侵害リスクの程度は技術分野によって様々なので、”ほどほど” に警戒しておけば良いケースもあると考えておくべきです。

・知財専門家の中には、他社特許の侵害を防ぐことにばかり躍起になり、「ビジネスとしては重要だけど、他社特許の侵害リスクが高いアイデア」について、侵害を回避すべく必死に設計変更案を検討する人(=企業知財部時代の筆者)がいるかもしれません。しかし、設計変更によって、その製品やサービスに本来付与されていた価値が低減してしまう場合があります。故に、気になる他社特許がある場合には、自社製品・サービスの設計変更による侵害回避だけでなく、当該特許を潰すことや、そもそも本当に侵害しているのか?について、知財専門家に深く考えてもらうことが重要です。

以上、デザイン思考の活動に知財専門家の立場として参加した経験に基づき、当該活動に知財専門家が携わるべき理由について記載しました。デザイン思考に限らず、知財権を意識した何らかのビジネスを進めるにあたり、本記事が少しでも参考になりましたら幸いです。

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