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速いのはAI、遅いのは人間。生成AIで特許出願準備をやって見えた“本当のボトルネック”~SuiP知財works vol.08

「金曜の午前に発明の話を聞いて、月曜にはもう、出願に向けた素案がそろっていた」——あるディープテック・スタートアップで、ひとりで知財を担っている私が、生成AIを使って最初に体験したことです。

この数字だけ見ても速そうに聞こえます。さらに正直にお伝えすると、その間にAIが実際に稼働していた時間は、全部足しても30分ほど。残りの大半は、人間側でかかる時間でした。そして半年ほど、いろいろな案件を繰り返してみて分かったのは「速いのはAIで、遅いのは人間」という、拍子抜けする事実だったのです。

最初にお断りしておくと、本記事は「この通りにやれば再現できます」というマニュアルではありません。AIのツールは進化がとても速く、正直に言えば私自身、いまは当時とは別のやり方(NotebookLMを中心にしたフロー)に移っています。だからこそ、個別の手順そのものより、ツールが変わっても効く「勘所」のほうを、できるだけ正直にお伝えしたいと思います。

ゲスト紹介

羽矢﨑 聡 

あるディープテック・スタートアップで、知財機能をごく少人数で担っている実務者です。先端ハードウェアの新しい領域で、特許の出願戦略から先行技術調査、明細書レビュー、拒絶理由通知への対応方針、期限管理まで、知財の上流から下流までを限られた人数でこなしています。

※本記事は守秘の都合上、社名・出願件数・金額・具体的な技術分野は伏せています。語っているのは「スタートアップのひとり知財」としての一般的な経験です。また、ここで紹介するAI活用は、あくまで自社・自分の発明について検討材料や下書きを作る場面を想定したものです。出願や権利化の最終判断には、弁理士などの有資格者によるレビューを組み込むことを前提としています。

1. 大企業なら10人、スタートアップはひとり 〜知財業務の「ジレンマ」と二つのコスト

スタートアップの知財には、はっきりとしたジレンマがあります。出願したい発明は山ほどあるのに、すべてを外部に委託すれば、1件あたり相応のコストがかかる。

かといって出願しなければ、せっかくの技術が無防備なまま市場に出ていってしまう。お金をあまりかけられないけれど、何もしない訳にもいかない。多くの「ひとり知財」が抱えている悩みではないでしょうか。

さらに多くの業務がやってきます。午前は発明者へのヒアリング、午後は先行技術調査、合間に期限の管理、夕方には拒絶理由通知への対応方針——。一つの専門に深く潜るのではなく、知財の上流から下流までを「広く薄く」担うのが、スタートアップのひとり知財のリアルだと思います。

特許出願にかかる「コスト」を分解すると、お金だけでなく、大きく二つの“手間”があります。

一つは、人と人のやり取りで生じる往復のコミュニケーションコスト。発明者・知財担当・特許事務所のあいだで、説明し、確認し、また説明して……という行き来です。

もう一つは、先行技術調査とクレーム設計を行き来する、試行錯誤のコスト。これは回すほど品質が上がり、新しい観点も見つかる。けれど、やめどきがなく、時間がどんどん消費される無限ループでもあります。

この二つのコストを、生成AIでどこまで軽くできるか。それが、私の実験の出発点でした。

2. 生成AIと協働する「明細書づくり」の具体的な工程

先に結論を言うと、それぞれの工程でAIが稼働する合計時間は、数分から、長くても数十分。全部足しても30分ほどです。

① 発明の構造化(数分)

私が、発明者から聞いた説明をAIに渡し、「技術分野・解決したい課題・解決手段・効果・実施形態」に分解してもらいます。これだけで、「ここが曖昧」「ここは確認が必要」という論点が一気に見えてきます。

② 先行技術調査(数分)

数万件規模の特許データを、あらかじめ手元のデータベースに取り込んでおき、キーワードの一致ではなく「意味の近さ」で検索します(いわゆるベクトル検索)。「言葉は違うけれど発想が近い特許」まで拾えるのが強みです。そのうえで、絞り込んだ文献だけをAIに渡します。

③ 星取表(対比表)づくり(数分)

ここが肝です。本発明の最小構成要件を洗い出し、近い先行技術とどの要素で重なり、どこで違うかを一覧(星取表)にします。後で詳しく触れますが、私はこの「星取表の完成」を、一つのゴールに置いています。

④ クレーム骨子と明細素案(数十分)

①〜③をもとに、クレームの骨子と明細書の素案をつくります。ここでいう「素案」は、事務所や弁理士に渡せる形にまとめた下書きであって、そのまま出願できる完成品ではありません。

⑤ 模擬審査(数分×数ラウンド)

最後に、AIに「審査官・出願人・裁判官」の三役を演じさせ、出願前に自分のクレームを叩いてもらいます。審査官役に「いちばん意地悪に」と頼むと、独立クレームの弱点(広すぎて先行技術で潰されかねない、など)がいくつも見つかります。一人だと自分のクレームを甘く見がちなので、ほどよく辛口の「壁打ち相手」になってくれます。

ここまでの工程だけを見れば、AIは実に頼もしい働きをしてくれます。なお、守秘の都合と、ツールの移り変わりが速いことから、使ったモデル名や細かな構築手順までは踏み込んでいません(前述のとおり、私自身いまは別のフローに移っています)。お伝えしたいのは、工程そのものより、この先の「段取り」の話です。

3. 速いのはAI、遅いのは人間 〜見つかった本当のボトルネック

AIの稼働が30分なら、金曜から月曜までの残りの時間は、どこへ消えたのか。答えは全て、人間の側でした。

私は通勤でロードバイクに乗るのですが、平地なら時速30〜40kmで走れます。ところが都内では、信号のたびに止まるので、平均時速は30kmを切ってしまう。どれだけ速くペダルを回しても、赤信号で止まっている時間は、けっきょく縮まらないのです。知財の現場も、これとそっくりでした。

具体的に、AIとの協働で人間が「止まっていた」のは、こんな場面です。

  • 毎回、文脈を思い出すコスト(前回、どこまで話したっけ?)
  • クレームを見て「論点は何だったっけ
  • 先行調査の結果、どこを見ればいいんだっけ
  • 要するに、この発明は何がポイントなんだっけ

発明者と、明細書を書く側(知財や事務所)のあいだで、こうした目線や文脈が揃っていない。しかも非同期で、「ではあの資料を出してください」「確認しますね」とやって、一週間後にまた集まる……。こんな工程を往復していたら、それは遅くなります。

結局のところ、プロの弁理士が本気で考えて30分〜1時間でクレームの骨子を出す、この密度こそが本当の価値で、その他の「塩漬けの一週間」は、無駄な時間なのです。

 

図:発明を聞いてから素案まで。緑のAI実働(合計でおよそ30分)はごく一部で、大半は人間側=「信号待ち」が占める。

さらにもう一つ、意外な落とし穴がありました。AIに深く調べさせると(いわゆるディープリサーチ)、その結果は私自身の調査レベルを軽く超えてきます

ところが、その優秀な結果を自分が理解し、発明者に何を聞くべきか組み立てるのに、時間がかかる。AIの出力を読まなければ話が見えなくなるけれど、読むには集中力が要る—私の解読の時間も立派な「信号待ち」でした。

では、この「信号待ち」の時間をどう減らすか。効いたコツを、2つ。

コツ①:AIにやらせる前に、「課題」をきちんと特定する。

複数の発明者とこのようなAIを介したやり方を回してみて、いちばん差が出たのが「課題の特定」でした。AIへのインプットからアウトプットまで一直線にたどり着ける案件と、途中でふらふら迷子になる案件がある。その差は、どうやら「発明者が、自分の課題をどう捉えているか」にありそうなのです。課題が曖昧なままAIに投げると、立派だけれど的外れな答えが返ってきて、読み込みと手戻りに時間を取られます。

コツ②:データ基盤や作業工程を整えて、ひっかかる「信号」そのものを減らす。

たとえば、打合せを録音してAIに解析・投入する。ところが実際は、その文字起こしをダウンロードし、所定の場所にリネームして入れる……といった地味な作業が、ボトルネックでした。だから私は、そこを自動化する仕組みを作っています。土台となるデータが整うほど、人と人の「文脈の同期」をAIが肩代わりしてくれて、信号が減っていくのです。

なお、ここでAIを活用する上での重要な注意を。ローカルのデータベースで「検索」する分には、出どころのはっきりした文献が返ってきます。ところが、別の場面で、検索を介さずにAIへ直接「調べて」と頼んだときには、それらしい形式の実在しない特許番号が返ってきたことがありました。

引用文献は必ず原本(J-PlatPatなど)で実在と中身を確認する。これは、人間が必ず止まるべき「赤信号」です。

4. 「完成像(レシピ)」を先に決める 〜段取りと土台の設計

ここまでの話を、料理にたとえてみます。生成AIは、本当に腕のいいシェフです。切る・炒める・煮る・味を調える——どの工程も、驚くほど速い。

ところが、完成像(レシピ)と手順の設計を持たないまま任せると、こうなります。「煮るのは速いけど、炒めが甘くない?」。出来上がってから味見して、「やっぱりもう一回炒めよう」と戻る。この手戻りには、大事なやり直しと、ただの無駄の両方があります。最初から「どんな一皿にするか」が見えていれば、迷いはぐっと減るのです。

では、出願検討における「完成像」とは何か。私が一つのゴールに置いているのは、各発明の最小構成要件の特定と、先行技術調査の星取表(対比表)の完成です。これがそろうと、結果的にパテントマップのような全体像も見えてきます。

技術と特許の体系の「幹と枝」を押さえたうえで、自分の発明がどの技術にどこまで近いのか、そしてどこまで思想として一般化すれば、狭すぎず・広すぎないクレームになるのか——突き詰めれば、見るべきはそこだけ、とも言えます。

さらに、その先には「お店(企業経営)」の視点があります。どんな料理を、どんなお客さんにどう出すか。これは事業戦略であり、経営者がいちばん気にするところです。例えば国賓が来客するレストランであれば対応を詳細に検討するでしょう。

そして「誰に・いつ出すか」は、厨房の工程の順番まで動かします。常連にさっと出す一皿なら、まず火を通して出す。半年先のミシュラン審査に向けた看板料理なら、出汁を何日もかけてひき、仕上げの焼きは最後にとっておく。来訪されるお客様が国賓級なら、材料含めて見直しが必要で当たりもするでしょう。

発表が近いなら、最小構成と実施例で出願日確保を優先することも必要でしょう。その場合は、先行調査の深掘りや請求項の磨き上げは後回しになることもある。

だからこそ、AIと人の役割分担は、こう整理しています。

AIが得意なこと人(発明者・知財担当・弁理士)が担うこと
数万件の先行技術を素早く調べる「完成像(レシピ)」と工程を設計する
星取表や明細素案の下書きを作る発明の課題を見極め、何を独占するか決める
模擬審査で弱点を早めに洗い出す事業戦略との接続、審査官との交渉方針
大量の情報を要約・比較する出力を読み解き、次の一手を判断する

おすすめはAIか人かの二者択一ではなくハイブリッド型です。AIで段取りよく素案まで進め、要所だけ弁理士などの有資格者レビューを挟み、最後の手続きは社内で行う。レビューを要所に絞るだけでも、フル外注に比べて費用を抑えつつ、致命的なリスクを潰せます。

まとめ 〜「どのAIを使うか」より「段取りと土台」、そして知財の民主化

ここまでの話を整理すると、生成AIは特許出願準備の作業スピードを確かに速くしてくれます。でも、実際にやってみると出願準備完了までのリードタイムを決めているのは、人間が行う工程の側でした。

だから、最新のAIを追いかける前に、出願における完成像(レシピ)を先に決める。課題をきちんと特定する。データ基盤を整えてひっかかる信号を減らす。この三つのほうが、リードタイム短縮にずっと効いたのです。

ツールは、これからも変わり続けます。けれど、いま挙げた勘所は、たぶん変わりません。そして良いニュースは、その土台づくりが、もう特別な人だけのものではないということです。かつて大企業の知財部門だけが持てた「検討の厚み」が、スタートアップにも届き始めています。知財の「民主化」は、もう始まっているのです。

問いはもう、「AIは知財業務に使えるか」ではありません。「自分の現場で、どの“赤信号”から減らし、どんな“完成像”を描くか」です。本記事が、その最初の一歩のヒントになればうれしく思います。

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※もし「自分の現場でも試してみたい」と思われた方は、スタートアップ知財コミュニティ suiP で、こうした実践のリアルを語り合っています。よければのぞいてみてください。

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