突然ですが筆者はガラス瓶が好きで、ガラス瓶に関する情報が視界に入るとどうしても注視してしまいます。
実物のガラス瓶だけでなく写真やイラスト、コンピュータ・グラフィックでも好きです。この傾向は幼少期からなのですが、自覚するきっかけになったグラフィックがあります。
幼稚園時代に遊びに行った友達の家で友達がプレイしていた『ゼルダの伝説』です。ドットで描かれたシンプルな薬瓶なのですが、筆者はなぜかこのグラフィックをとても気に入っていました。
以来、ガラス瓶のグラフィックを見かけるとつい目で追いかけるようになり、今日に至ります。
ガラス瓶に限った話ではないのですが、ゲームに出てくるアイテムは実在する道具とは違う趣があります。実在し得ないデザインでもグラフィックでなら描けるという理由もあるでしょうが、とりわけガラス瓶については現実世界よりもゲームの世界のほうがデザインも凝っていると思います。
そこで今回はゲームの世界に出てくるガラス瓶について紹介し、ひたすら愛でたいと思います。断っておきますが、取り上げるゲームやデザインの選択は私の100パーセント趣味によるものです。その点はご了承ください。
ゲスト紹介
南原詠:1980年生まれ。東京工業大学大学院修士課程修了。元エンジニア。現在は企業内弁理士として勤務。『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』で第20回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。
9月9日に商標権の係争を題材にした新刊『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』を出版しました。
目次
1.時代とともに進化するゲームガラス瓶の世界
(1)黎明:ドット絵のガラス瓶(FC~)
筆者が子供の頃のゲーム内のデザインといえば、ドット絵が普通というかドット絵以外ありえませんでした。現代の若い方にとっては信じられないでしょうが、昔はドット絵職人が1ドットずつドットを打ってグラフィックを作っていました。文字通り手作りです。
ドット絵のガラス瓶で記憶に残っているものを挙げてみます。
・『ゼルダの伝説』(ディスクシステム) “命の水”
再掲。再掲した理由は何度見てもよいものだから。
解説すると、ゲーム内ではLIFEを全回復するという攻略において極めて重要なアイテムです。赤いほうは2回分、青いほうは1回分です。
なおSFCの『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』以降のシリーズでは、再利用可能な空のビンを入手し、それに薬を詰める方式に変わりました。中身は薬の他に妖精も詰められます(4コマ漫画のネタによくされていましたね)。
余談ですが、個人的にガラス瓶には液体が入っていて欲しいので、筆者は妖精を全く捕まえませんでした。
・『ダウンタウン熱血行進曲 それゆけ大運動会』(FC、VCなど) “びたみんどりんく”
引用元:【FC】ダウンタウン熱血行進曲 それゆけ大運動会 レビュー
テクノスジャパンのくにおくんシリーズ屈指の名作です。不良高校生たちが学校対抗の運動会で頂点を決めるというストーリーのパーティゲームで、最大4人でプレイできます。筆者と同年代の方ならプレイ経験があるのでは。筆者も小学校の頃、友達の家に集まってとりあえず「かちぬきかくとう」だけを9回やったりしていました。
このゲームは運動会がコンセプトなのですが、コース中にはなぜかアイテムが落ちています。鉄アレイとか木刀とか(不良たちの運動会なので)。凶器ばかりの中に一つだけまともなアイテムがあります。
ゲーム自体も面白いのですが、それ以上に筆者が惹きつけられた理由がこれです。
飲むとキャラクタの体力が回復します。中身のオレンジ色が “びたみんどりんく”(平仮名が正式表記)っぽくて気に入っています。
これが出てくると筆者は競争そっちのけでこれを取りに行ってしまい、順位を落としました。材質は不明ですが、瓶はたぶんガラス製です。競技用なのか丈夫につくられており、投げても割れません。地面に落ちるとくるくると転がります。
惜しむらくは飲むと空瓶ごと消えてしまうところでしょうか(『ゼルダの伝説』の命の水もそうですが)。空瓶が残ってくれたらなおよかったと思っています。
・『ダンジョンマスター』(PC98シリーズ、SFC) “フラスコ”
引用元:ダンジョンマスターはサバイバルでリアルなゲーム | オレオレ日記
このゲームは過去にアメリカで大ヒットした3Dダンジョン探索型RPGです。3Dダンジョンといえば『ウィザードリィ』シリーズが近いでしょうか。
『ウィザードリィ』も『ダンジョンマスター』も魔法が存在するファンタジー世界で、どちらの世界にも回復系の魔法を使える「僧侶」がいます。
僧侶の回復魔法というと「ケアル」とか「ホイミ」のような「かけるだけで傷が治る」もののイメージが強いと思います。
しかし『ダンジョンマスター』の場合の僧侶の呪文は「フラスコにポーションを作る」というものでした。ダンジョンの中には空の“フラスコ”が落ちており、それを拾って僧侶が呪文を唱えると、“フラスコ”の中に水薬が満たされます。
筆者がこのゲームを知ったときにはまだパソコン版しか発売されておらず、当時は超高級品であったパソコンは筆者の家にはありませんでした。仕方なく攻略本を買ってひたすら読んでいた記憶があります(後にスーパーファミコン版が発売された際は狂喜乱舞しました)。
なおこのゲーム、ダンジョン内での時間はリアルタイムで進みます。当然戦闘もリアルタイムです。モンスターとの戦闘中でもひたすらポーションを作って飲むといういろいろと画期的なゲームでした。
・『プリンスオブペルシャ』(PC、PCE、SFCなど) “ライフ表示のボトル”
パソコンゲーム繋がりでもう一つ。これも海外でヒットしたゲームです。囚われのお姫様を邪悪な魔法使いから助けるために地下牢から脱出する、というゲームです。難しくて話題になりました。
引用元:ゲーム少年(きっど)のレトロゲーム懐古趣味l(画像はPCエンジン版)
ライフ表示がガラス瓶になっていて、ダメージを受けると中身が減ります。空瓶が残るのが秀逸です。
・『イースⅠ・Ⅱ エターナルストーリー』(PS2) “ベスティアリー・ポーション”
Windowsが普及したことにより、筆者もようやくパソコンゲームに手が出せるようになりました。FC、SFC、プレイステーションなどに比べ、パソコンゲームはグラフィックが美麗です。もちろん、ガラス瓶のグラフィックも美麗になります。
引用元:イースクロニクルズ2 始めました 序盤~イースの書を返すまで(画像はアプリ版『イースクロニクルズ2』のもの)
日本ファルコムのゲームはキャラクタだけでなくアイテムのグラフィックも作り込まれています。ポーションのグラフィックも当時としては随一ではないでしょうか。首の長いフラスコに細い取っ手が付いていて、コルクの栓がされています。
ガラス瓶とコルクの栓の組み合わせは最強だよなと思うきっかけになったグラフィックです。テキスト・ウインドウ内のグラフィックとは別に、メイン画面内でもグラフィックが用意されている点も評価が高いです。
(2)模索:ポリゴン・グラフィックのガラス瓶(PS~)
プレイステーションが普及するとともにポリゴンでデザインされたガラス瓶も登場します。
しかし正直なところ、初代プレイステーションのころはポリゴンのガラス瓶デザインにはあまり惹かれませんでした。理由は当時のポリゴンは(たとえ当時最先端だったとしても)荒すぎたからです。ロボットのようにそもそも角ばっているものであれば違和感は小さいのかもしれませんが、丸みのあるガラス瓶をポリゴンで表現するのは至難の業だったのでしょう。
そんな中で、荒いポリゴンでありながら印象に残ったデザインが二つあります。
・『キングスフィールドⅢ』(PS) “水晶の瓶”
フロムソフトウェアの人気RPGシリーズ、キングスフィールドに出てくる重要アイテム。
この世界では回復ポイントとして泉があります。泉の水はすぐに蒸発するため普通の容器に汲んで持ち運ぶことはできないのですが、水晶の瓶であれば持ち運べます。それがこれです。
引用元:キングスフィールド3 攻略 / ラルーゴ – 01Nintendo
ポリゴンで初めて奇麗と思えた瓶です。当時のローポリゴンでは多角形丸みの表現が難しかったのですが、難しいなら最初から角ばった瓶にすればいいじゃない、という逆転の発想です。
栓も水晶製です。たしかに設定的にコルクじゃないほうがいいよなと感心したデザインです。
・『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』(N64) “ガラス瓶”
ゼルダシリーズはどれもほとんど瓶が登場するのですが、あえて「ムジュラの仮面」にした理由はこれです。
引用元:第一回 クリミアさんのいろいろな表情を見る会 – 幼鈴堂-Yorindo-
無理に丸くしようとせずにあえて六角形に単純化したガラス瓶です。現実世界ではむしろ作りにくいデザインだと思うのですが、シンプルゆえにすっきりした印象のあるガラス瓶。
シャトー・ロマーニはゲーム中でもサブイベントをこなさないと入手できないのですが、使うとMPが減らなくなるというチートアイテムです。ラベルも高級感があって美しい。中身や瓶に貼ってあるラベルも含めて総合してガラス瓶のデザインなんだなと思う逸品です。
(3)革新:フロムソフトウェアという怪物(PS~)
さて、2000年3月4日にプレイステーション2が、2006年11月11日にプレイステーション3が発売されます。ナンバリングが進むにつれ、ゲームのグラフィックも各段に美麗さを増していきます。
しかし正直なところ、筆者としてはこの間に食指の動くゲームはあまりありませんでした。上述の通り、私がゲームをプレイする大きな理由の一つは「ガラス瓶のアイテムがあること」なのですが、印象に残ったガラス瓶のグラフィックはあまり記憶にありません。ハードは進化しているのに、ガラス瓶は進歩していないのです。
ガラス瓶停滞期が続く中、2007年6月29日にはiPhoneが発売されました。世の中の情報技術が全面的に塗り替えられた日です。ここで取り上げるべき考察ではないのであまり語りませんが、スマホゲームが爆発的に流行り始めたのもiPhoneを筆頭にスマートフォンが世の中に広がったからでしょう。
――しかし、人々が新たな情報化社会の到来にてんやわんやしている水面下で、ゲームの世界のガラス瓶にも大きな変革が起ころうとしていたとは筆者も気づきませんでした。
・『ダークソウル』シリーズ(PS3-5) “エスト瓶”
上述の水晶の瓶のフロムソフトウェア社ですが、2011年9月22日、ゲームの世界におけるガラス瓶のデザインにディスラプティブな変化を起こしました。
『ダークソウル』の発売です。
引用元:Estus Flask achievement in Dark Souls: Remastered(『ダークソウル リマスタード』より)
筆者にとって、“エスト瓶”はまさに情報化社会におけるiPhoneのような存在でした。
『ダークソウル』シリーズは、前身となった『デモンズソウル』も含めて「ソウルライク」という言葉を残したくらいにゲーム業界に影響を残したダーク・ファンタジーRPGです。『ダークソウル』について語るには筆者の知識は浅いため、ここではあくまでガラス瓶に限って話をします。
もう一度見てみましょう。
この鈍い緑ガラスの瓶がすべてのガラス瓶を過去にしました。神秘的な美しさのある究極にして至高のデザインです。まさに不死人の宝。
ゲーム内では篝火でエストなる物質をこの瓶に溜めて飲むとHPが回復する、とだけ説明されています。
引用元:FromSoftware Aesthetics (@fromsoft_pics) / Twitter
設定もさることながら、実用性の観点でもかなり現実離れしています。まず、瓶底も含めて全体的に丸い形状をしているため、立てて置くことができるのかどうか不明です。フタもありません。
不死人はこれを背嚢なりウエストポーチなりに入れてごろごろと激しくローリングするのですが、エストが零れたりしないんだろうかと筆者はずっと心配でした。そもそもエストってなんだ。
しかし、そんな疑問が些細に思えるほど秀逸なデザインです。黒田辰秋の工芸品のような重厚さがあります。ずっと見ていられます。
・『ダークソウルⅢ』(PS4)“エストの灰瓶”
『ダークソウル』シリーズは3作目まで発売されました。当然、世界観的に“エスト瓶”も続投です。
嬉しいことに、『ダークソウルⅢ』では、“エストの灰瓶”が追加されました。
引用元:FromSoftware Aesthetics (@fromsoft_pics) / Twitter
“エスト瓶”はHPを回復するのに対し、“エストの灰瓶”はFP(いわゆるマジックパワー)を回復します。
表面に棘のある形状が印象的です。この瓶も中に溜める物質はエストですが、フレーバーテキストによると「篝火の熱を冷たく変える」瓶だそうです。青色の液体も美しい。
引用元:FromSoftware Aesthetics (@fromsoft_pics) / Twitter
なお、フロムソフトウェアはソウルシリーズのシステムをベースにした『Broodborne』や『SEKIRO』も発売しています。
ただ、『Broodborne』は“エスト瓶”にあたるアイテムはなく(「輸血液」があるのですが、中身が血なのでどうも……)、『SEKIRO』では“エスト瓶”が瓢箪になって少し残念でした。世界観的に仕方がないのですが……。
引用元:Healing Gourd | Sekiro Shadows Die Twice Wiki
なお瓢箪だったら筆者は緑苔の曲がり瓢箪が好みです。
引用元: Green Mossy Gourd | Sekiro Shadows Die Twice Wiki
・『エルデンリング』(PS4・5他) “霊薬の聖杯瓶”
『ダークソウルⅢ』の発売後、フロムソフトウェアはガラス瓶デザインについて沈黙を保ちました。
正直なところ、“エスト瓶”を超えるガラス瓶を生み出せるのはフロムソフトウェアしかいないと思っていたので、フロムソフトウェアの宮崎氏が『ダークソウルⅢ』を「一つの区切り」と発言された際はショックを受けました。
“エスト瓶”の系譜が途絶えてしまうのです。全不死人と筆者にとって大問題です。
悩んでいたところに、『エルデンリング』の開発が発表されました。全ては『エルデンリング』に出てくるであろう“エスト瓶”の後継機種に託されたのです。
引用元:ELDEN RING | ゲームタイトル | PlayStation (日本)
ネットワークテストが開始されるとすぐ、筆者はネットで“エスト瓶”にあたるアイテムはあるか情報を探しました。
結論としては“緋雫の聖杯瓶”と“青雫の聖杯瓶”という、本作における“エスト瓶”はあったのですが、第一印象を率直に述べますと、これらのデザインについて筆者はあまり食指が動きませんでした。

引用元:Game8 Elden Ring Guide & Walkthrough Wiki
「エルデンリング」の世界観の根底には「黄金樹」という巨大な木の存在があります。コンセプトを受けてか、これら聖杯瓶の表面には、樹の根をモチーフにしたと思しき意匠が表現されています。“エスト瓶”のシンプルで完成されたデザインを見せられた後では、ちょっとデコラティブではないかなと思いました。
ですので、筆者は「エルデンリング」を積極的に購入する予定はありませんでした。
なかったはずなのですが……。
筆者はフロムソフトウェアを甘く見ていました。
「エルデンリング」には、「第三の瓶」があったのです。
引用元:https://eldenring.fandom.com/wiki/Flask_of_Wondrous_Physick
”エスト瓶”や”緋雫・青雫の聖杯瓶”は複数回使える回復アイテムなのですが、この”霊薬の聖杯瓶”は拠点間で一回しか使えません。短時間ですが強力なバフをかけることができるアイテムです。
この実験器具を思わせる二重構造の不思議なデザインの瓶は、黄金樹のモチーフはありつつも過度に装飾されているわけでもなく、色合いも全体として統一感があります。すっきりとしたデザインなのは、首部が長く全体として細身のシルエットだからでしょう。
ただ、筆者が惹かれたのはデザインだけではありません。
この”霊薬の聖杯瓶”には、「結晶雫」なる結晶(?)を入れることができます。結晶は全29種類(同じ効果のものもあるので個数としては32個)あり、その中から二つ組み合わせることでオリジナルのポーションを作ることができます。
引用元:Elden Ring: All Crystal Tears Checklist | Fill your Flask of Wondrous Physick
「ポーションのデザインは、瓶だけでなく中身まで含めた全体として判断すべきである」との立場に立つのなら、中身にもこだわりたいと思うのは当然です。成分まで詳細にデザインされているおかげで、観察する人間としてはより細やかに感動することができます。
唯一残念な点は、これら結晶雫が瓶の中に入っているグラフィックが用意されていないところです(32C2=496通りあるので仕方がありませんが)。しかし足りない部分は想像で補いましょう。
そもそも、瓶のどこに結晶雫は入っているのでしょうか。二重構造の内側でしょうか、外側でしょうか。グラフィックを見る限り、二重構造の外側には何も入っていません。ひょっとしたら結晶雫自体は瓶の内部に入らないのかもしれません。霊薬瓶のサイズは公表されていませんが、首部の管の直径は決して大きくないでしょう。結晶雫の大きさも不明ですが、粒のように小さいとは思いません。だとしたら瓶の中に霊薬はどうやって満たされるのか。
筆者は構造上の欠点や矛盾を指摘しているわけではありません。ラムネ瓶の中に入っているビー玉を思い浮かべてください。どうやって中に入れたんだろうと不思議に思った経験があるでしょう。それと同じです。ラムネ瓶を振るとどんな音がするでしょうか。ひょっとしたら、霊薬の聖杯瓶も振れば結晶雫が触れ合う音がするかもしれません。
よいガラス瓶とは、観察する人間の想像性を引き出すものなのです。
筆者はこの雫の並んだ画面を眺めているだけで一日過ごせます。お気に入りは「青色の秘雫」と「鉛色の結晶雫」です(この組み合わせで使うことはゲーム中ではあまりないでしょうが・・)。
2.ゲームのガラス瓶たちを「意匠」として見た場合、似ている? 似ていない?
好きな話ができたのでこのまま終わってもいいのですが、それだと知的財産メディア的にどうなんだと思ったので、ここからは知的財産的なお話をしたいと思います。
今回見てきたガラス瓶はゲーム内のアイテムなのですが、現実にあれば意匠として登録される可能性はあります。意匠とは物品などの美的外観であり(意匠法2条1項)、登録を拒絶する理由がないのであれば登録されると意匠法に規定されているからです。
ただ、全てのゲーム内アイテムが同時に出願された場合どうなるのでしょうか。意匠登録は「早い者勝ち」で、後からの出願は拒絶されてしまいます。
意匠法9条 同一又は類似の意匠について異なつた日に二以上の意匠登録出願が あつたときは、最先の意匠登録出願人のみがその意匠について意匠登録を 受けることができる。
簡単に説明すると、「類似する意匠が複数出願されていたら、一番最初に出願した人だけ登録します」という意味です。
ここでポイントになるのは「類似」という概念です。
言葉通り、類似とは「似ている」という意味です。意匠の世界では、ある意匠とある意匠がどういう関係にあるのかを考える場面が多々あるのですが、その関係性を線引きする唯一にして最大の方法が「類似かどうかの判断」です。
意匠と意匠が類似した場合、出願競合の場面以外にも下記のようなことが起こります。
- 登録意匠と類似の意匠を勝手に実施したら意匠権侵害になる
- 既に公に知られている意匠と類似の意匠は、出願しても登録されない
というわけで、意匠の世界では類似かどうかの判断がとても重要になります。では、どうやって意匠同士が類似かどうかを判断するのでしょうか。
アイテムのような物品については、二つの基準で行います。「物品性」と「形態性」です。
- 「物品性」とは、物品の用途及び機能のことです。外観はともかく、そのアイテムを何に使うのか、どんなことに使うのかを考えたものです。
- 「形態性」とは用途などを無視した外観のみのことで、形状や模様、色彩などの全体的な見た目をいいます。
物品性も、形態性も、両方とも似ているなら、意匠として類似と判断されます。また、物品性か、形態性のどちらかが似ていないと判断された場合、意匠は非類似と判断されます。
意匠の類否判断マトリクス
もしゲーム中のガラス瓶が現実に存在したとした場合、どのレベルなら似ていて、どのレベルだと似ていない、と判断されるのでしょうか。アイテムのデザインを意匠法的な見地から実際に比較し、考察してみましょう。
仮想事例その1:『キャッスルヴァニア』の“聖水瓶” VS 『シャドウバース』の“僧侶の聖水瓶”
中世ヨーロッパ的な世界観のゲームでは、よく「聖水」なるものが出てきます。
聖水。ウィキペディアで調べてみましょう。
聖水(せいすい)とは、宗教的に普通の水とは異なり聖なるものとされ、儀式に用いられる水のこと。水は多くの宗教で「穢れを祓う」などの意味で用いられるが、これに普通の水ではなく聖水に相当する特別な水を使わなければならない宗教が多い。(wikipedia 聖水より)
ゲームの中では、聖水はガラス瓶に入っていることが多いです。なお筆者が初めて目にした聖水瓶はこれです。
引用元: ファミコン名作の杜 悪魔城ドラキュラ
『悪魔城ドラキュラ』。現在では『キャッスルヴァニア』の呼び名で有名ですので、以降『キャッスルヴァニア』と呼びます。『キャッスルヴァニア』シリーズ中では、聖水は投げると地面に落ちて炎が上がって敵にダメージを与えるナパームみたいな武器として扱われています。
中身の効果についてはゲームによって扱いが異なるようですが、少なくとも“聖水瓶”は「投擲される」ものとしてゲームで一般化されている印象を、私は受けています。

引用元:【シャドバ】僧侶の聖水の評価と採用デッキ【シャドウバース】/ 【シャドバ】セイントスローイングの評価と採用デッキ【シャドウバース】(筆者は過去にビショップばかり使っていました)
では『キャッスルヴァニア』に出てきた“聖水瓶”と、上記『シャドウバース』に出てくる“僧侶の聖水瓶”の類否を判断してみましょう。

引用元:VC 悪魔城ドラキュラ
比較するための情報(意匠を特定するための図面)がどう見ても足りていないんじゃないか……。足りない部分は想像で補っていきましょう。
先程、意匠の類否は「物品性」と「形態性」の2つで判断すると説明しました。侵害訴訟を想定した場合、この判断は具体的に以下のステップで行われます(めっちゃ細かいので、詳しく学びたい人以外は読み飛ばしていただいてOKです)
意匠の類否判断は、意匠全体を観察することを大原則としている。
①両意匠の物品が同一または類似であることを確認する。物品が非類似である場合は、意匠に類似関係は生じない。
②両意匠の基本的構成態様、具体的構成態様を認定する。
基本的構成態様とは、意匠を大つかみに把握した態様であり、具体的構成態様とは意匠を詳しく観察した態様である。
③基本的構成態様における共通点を認定する。
④具体的構成態様における共通点を認定する。
⑤基本的構成態様における差異点を認定する。
⑥具体的構成態様における差異点を認定する。
⑦両意匠において、看者が最も注意を引かれる部分、重きをおくべき部分を認定する。裁判例によって、意匠の要部と称される場合がある。
その際、以下について適宜考慮する。
(ⅰ)物品の性質、目的、用途、使用態様
(ⅱ)周知意匠や公知意匠
(意匠登録出願前に多くの周知意匠や公知意匠に開示されている部分は、取引者、需要者にとってありふれて見えるものとなり、注意を引かないし、重きが置かれない場合が多い。)
(意匠権侵害訴訟においては、意匠権の効力範囲を狭く解釈されることを望む被告側が多くの周知意匠や公知意匠を証拠として提出することが多い。)
⑧意匠の要部(注意を引く部分、重きが置かれる部分)において、構成態様が共通する場合、両意匠は類似し、異なる場合、両意匠は類似しない。
⑨意匠の要部(注意を引く部分、重きが置かれる部分)において構成態様に差異がある場合であっても、その差異が、ありふれた態様であったり、看者からみて美感が同様であったり、或いは容易に行われる改変であったりして、その差異が、共通点の有する美感を凌駕しない場合は、両意匠は類似するものとなる。他方、差異点と共通点が上記と逆に評価される場合は、両意匠は類似しない。
ここでは意匠の類似判断はここまで細かくやるんだなと思う程度で構いません。正式に類否判断すると紙面が足りないので、ポイントのみ説明します。
① まず両“聖水瓶”の物品性について判断します。これは両者同一でしょう。両者とも「聖水を入れる(そして投げる)」ものなので、用途及び機能は同一です。
② 次に形態性を比較します。まず、両“聖水瓶”の基本的構成態様を比較します。基本的構成態様とは、細かい部分を無視したざっくりの見た目のことです。遠目で見たらどんな感じか、程度で大丈夫です。
遠目から見ると、『キャッスルヴァニア』の“聖水瓶”の基本的構成態様は、略十字状の蓋体を有し、瓶本体の首部から湾曲して丸みを持って広がり、丸みを持った有底筒形となっている点にあるといえます(余談ですが、意匠の正式な類否判断は全て文章で行います。図面も使いますがあくまでも参考程度で、メインは日本語です。すごい世界ですね)
一方、『シャドウバース』に出てくる“僧侶の聖水瓶”はどうでしょうか。略尖塔形の蓋体を有した丸底フラスコの形をしています。
もう一度2つのデザインを紹介します。比べてみてください。

ケースバイケースですが、一般的に基本的構成態様が共通していない場合、判断は非類似に大きく傾きます。
③ ここで、両意匠の意匠の要部を考えます。意匠の要部とは、使う人の用途などからみて重要視する部分です。ゲーム内の聖水の「掴んで投げる」という使用形態から考えると、要部は瓶胴体にあるでしょう。
『キャッスルヴァニア』の“聖水瓶”は、胴体に装飾が何もありませんが、『シャドウバース』の“僧侶の聖水瓶”は瓶胴体に複数の突起が存在し、リンゴの断面のような形の模様も刻まれています。
両意匠の要部が共通する場合は意匠は類似、要部が共通しない場合は意匠は非類似と判断されます。今回のケースでは要部たる瓶胴部の構成態様は差異があります。よって、両意匠は非類似と判断されると、私は考えます。
・・・この事例だと、「意匠とか難しく考えなくとも全然似ていないんじゃない?」と感じた方も多いかもしれません。
では、微妙なケースに移りましょう。
仮想事例その2:『ダークソウル』の“エスト瓶”と“エストの灰瓶”
前述した“エスト瓶”と“エストの灰瓶”について考えてみましょう。これも実在しない物品ですので、あくまでも「実在するとしたら」の話です。

“エスト瓶”と“エストの灰瓶”は、意匠として類似でしょうか。
例えば、先行して“エスト瓶”が意匠登録されている状況で、後から“エストの灰瓶”を意匠登録出願した場合、登録を受け得るのか。後から“エストの灰瓶”を業として製造し販売した場合、その行為は“エスト瓶”にかかる意匠権侵害となるのか。全ては類否判断によります。
……これは考えるまでもなく「似ている」のでしょうか。
先ほどの事例と同じ流れで、類否判断にあてはめてみましょう。
① まず”エスト瓶”と”エストの灰瓶”の物品性について判断します。これは両者同一でしょう。両者とも「エストを溜めて飲む」ものなので、用途及び機能は同一です。
② 次に形態性を比較します。“エスト瓶”と“エストの灰瓶”の「基本的構成態様」を比較しましょう。基本的構成態様とは、細かい部分を無視したざっくりの見た目のことでしたね。遠目から見たら両者の外形は同じです。だったら基本的構成態様は共通しているといえるでしょう。
一般的に、基本的構成態様が共通している場合、判断は類似のほうに傾きます。傾くのですが、まだ判断は終わっていません。
次に、細い部分の違いを見ましょう。「具体的構成態様」といい、マクロではなくミクロの視点で両者の形態を細かく観察し、どんな特徴と差異があるかを確認します。
具体的構成態様の差異として気になる点は、棘状の突起の有無でしょう。“エストの灰瓶”には棘状の突起が全体にまんべんなくあるのに対し、“エスト瓶”にはありません。この棘状の突起は“エストの灰瓶”では飲み口の付近にまで存在する点は注目すべきだと思います。

2つの瓶を、改めて見比べてみてください。
③ ここまで踏まえた上で、両意匠の意匠の要部を考えます。繰り返しますが、意匠の要部とは、使う人の用途などからみて重要視する部分です。”エスト瓶”の場合、使う人=不死人です。不死人の立場からみて重要視する部分といえば、やはり飲む際に使う部分でしょうか。
一つ目は飲み口です。両意匠とも、瓶胴体部より細い首部が存在し、飲み口はワインのデカンタ―の口のように広がっている点で共通します。
二つ目は、瓶の首部と胴体部の境目のくびれです。エスト瓶の使用場面の多くは戦闘中である事実を踏まえると、瓶を持つ部分となるくびれに不死人たちは注目するでしょう。ピンチの際の取り出しやすさやと飲みやすさに関わります。
なお、丸底である点も気になるところではあります。底が丸いので床には置けないなとも感じるでしょう。しかし戦闘中にいちいち床に瓶を置いている暇はないので、底の形状はあまり大事ではないでしょう。それに世の中には既に丸底フラスコが存在するので、丸い底自体はありふれた部分といえるでしょうから、要部になるとはいいにくいと考えます。
以上を踏まえ、ここでは飲み口と、首部から胴体部にかけてのくびれを両者の要部として認定します。
この要部が共通する場合、両意匠は類似すると判断されます。
ここで先程認定した具体的構成態様が出てくるのですが、飲み口にもくびれ周辺にも、”エストの灰瓶”には前述の棘状の突起がありますね。ぶっちゃけとても持ちにくそうです。
これはありふれた差異で済ませられるものでしょうか。不死人は頑丈な小手を装備するから棘があったって問題にならない、との考え方もあり得ますが、筆者がプレイしていたように純魔ビルドの不死人もいるので、不死人が常に小手を装備しているとは限りません。
棘ですよ、棘。回復しようと思ったら手を切る危険性があるのです。この棘状の突起にかかる構成態様の差異は、共通する部分を凌駕するものであると筆者は感じます。
以上を踏まえると、筆者は両者「非類似」だと思います。なので意匠権の併存登録も可能ですし、非侵害だと考えます。
……自分で書いていて衝撃の結論で驚いています。
(あくまで筆者個人の見解です。実際にエスト瓶をめぐる侵害訴訟が起きた場合の裁判所の判断を保証するものではありません)。
3.おわりに ~『ストロベリー戦争』新刊出来
ゲームの中に出てくる意匠、その中でもガラス瓶について好き勝手に書かせていただきました。
根拠はありませんが、ゲーム内のアイテム、特にガラス瓶に惹きつけられる人は筆者だけではないと思っています。
現在メタバースの名のもとに、XR空間におけるデザインが注目されていると思います。メタバース内における知的財産権についてはこの記事の範囲を超えているのであまり書くことはできませんが、いつかゲーム内のデザインが権利として保護される日がやって来るかもしれません。
難しい話はさておき、筆者としてはガラス瓶、特にエスト瓶と霊薬の聖杯瓶について語ることを許してくださったToreruメディアさんに感謝いたします。またこのような企画でも肯定してくださった、ちざたまごさんの懐の深さにただただ感謝するだけです。
ありがとうございました。
……と、お礼の後に最後に一つだけお伝えしたいことがあります。
9月9日に、新刊が出ました。
『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』
今回は、商標権侵害のお話です。
宮城県にある久郷いちご園で開発されたイチゴの新品種”絆姫(きずなひめ)”。世界的なパティスリー「カリス」に気に入られ、クリスマスケーキに使用されることになったが、出荷前日、大手商社の田中山物産より「『絆姫』という名称は当社が持つ商標権を侵害している」との警告書が久郷いちご園に届く。
不利な状況と迫るタイムリミットの中、大鳳未来はこの事件をどう解決するのか。お手に取って確かめていただけたら幸いです。
以上、宣伝でした。またどこかでお目にかかれれば嬉しいです。