好きなおかずは何?と聞かれたら、皆さん何を選ぶでしょうか。
ハンバーグ、トンカツ、餃子・・色々メニューはありますが、私が選ぶのはやはり「唐揚げ」。
(株)ニチレイフーズのユーザー調査でも、唐揚げは3年連続1位と圧倒的な人気を博しています。
全国から揚げ調査2022> から揚げが「好きなおかずランキング」3年連続1位を達成! 年間総消費量も、コロナ禍前比約150%と堅調(推計値)!より
今や日本一の人気おかずになった唐揚げですが、実は家庭の食卓に広がったのは1970年代になってから。『唐揚げのすべて』によれば、「日清から揚げ粉」の発売や、唐揚げを人気メニューとする「ほっかほっか亭」の全国展開により、唐揚げが一般化していったと紹介されていました。
Amazon.co.jp: 唐揚げのすべて – うんちく・レシピ・美味しい店 (中公新書ラクレ) : 安久 鉄兵: 本
そんな唐揚げの世界で、最強のブランドといえばやはり『中津からあげ』。大分県中津市は「唐揚げの聖地」と言われ、唐揚げ専門店が市内に数多く存在します。
中津で開催される「からあげフェスティバル」は2023年に16回を数え、中津から全国に展開する有名店も。もはや日本中にその名は轟いています。
そんな『中津からあげ』ですが、中津商工会議所により、地域団体商標が登録されていました。
商工会議所による地域団体商標の登録はこの『中津からあげ』が第1号で、ブランドネームの使用ルールもしっかりと定められています。
地域団体商標「中津からあげ」中津商工会議所HPより
ここで興味深いのは「中津市内に本店を構える事業所」という要件。つまり、本店が中津にあれば、中津市外での販売でもホンモノの『中津からあげ』と名乗る余地があるのです。
この柔軟さ、ブランド力の秘密の1つではないでしょうか。でもそれだけで日本一になれるとは考え難い。他にも理由があるはずです。
調べてみると『中津からあげ』の使用条件を満たした店舗は関東にも広がっていました。ここからは実食しながら、中津からあげブランドの強さの秘密を探っていきましょう。
実食1:『総本家 もり山』(in つくば市)
今でこそ有名な『中津からあげ』、実は、中津市はからあげ専門店の発祥地ではありません。お隣の宇佐市にあった「からあげ庄助(現在は閉店)」が発祥のお店とされています。
庄助で始まったテイクアウトできる唐揚げ販売店という業態は、お客さんに支持され中津市にも広がっていきました。もともと宇佐市・中津市には養鶏場が多く、鶏肉が容易に入手できたのです。
中津市での初めてのからあげ専門店は、1970年に開店した「森山からあげ店」と「スーパー細川」の2件とされています。このうち「森山からあげ店」は、現在『総本家 もり山』と改名し、中津だけでなくつくば市・吹田市にも展開しています。
特許庁のデータベースを調べてみたところ、しっかりと商標登録されていました。
指定商品には43類「飲食物の提供」などが含まれています。飲食物=唐揚げは当然として、他にもメニューがあるのかも。実店舗を確認したいところです。
中津の本店に行きたいところですが、東京からはさすがに遠い。ここはつくば市の店舗に行ってみましょう。
やってきました、茨城県!秋葉原駅からつくばエクスプレスで快速45分、思ったより早い到着です。
つくばエキスポセンターや筑波大学があることで有名な街ですが、今回は反対方面に向かいます。駅から歩くこと約10分。
ありました、『総本家 もり山』。登録商標と同じロゴですね。「中津からあげ」の文字が誇らしげです。
こちらがメニュー。からあげはモモ肉、ムネ肉、手羽先、砂肝とバリエーション豊かです。
日本唐揚協会のHPには、
唐揚げ(から揚げ、空揚げ)とは、揚げ油を使用した調理方法、またその調理された料理を指す。 食材に小麦粉や片栗粉などを薄くまぶして油で揚げたものです。 一般的に唐揚げの具材は、鶏肉の唐揚げを想像する方は多いと思いますが、 決して限定しているわけではありません。 魚の唐揚げも、野菜の唐揚げも、鶏以外の肉の唐揚げもすべて唐揚げです。
と定義されており、すべて唐揚げの仲間であるようです。モモ・ムネはもちろん、他の部位も食べたいよね・・と悩んでいたところ、素晴らしいセットが。
その名もちょいもりパック!全ての部位がセットになっています。これにしましょう。
店内はイートインスペースがあり、その場でも食べられます。注文して待つことしばし。
来ました!これが総本家もり山の『中津からあげ』です。注文してから揚げ始めるのでアツアツですね。
お味は、衣が薄くてかじるとジュワサク、鶏の味を生かしてます。タレは塩味ベースで、ニンニク風味がしっかり効いてますね。
ムネ・モモといったオーソドックスなメニューはもちろん、手羽先と砂肝が美味しい!これはペロッと行けちゃいます。
一気に食べちゃいましたが、そのあと店内に衝撃の掲示が。
「揚げたてではなく、実は10分~15分後がちょうど食べごろです」とのこと。マジか・・。
下味がしっかりついているところなど、持ち帰りで最高の味になるように調整されているのでしょう。深いぞ、総本家もり山の『中津からあげ』。
ともあれ、揚げたても美味しかったのでヨシとします!
実食2:『元祖中津からあげ もり山』in 虎ノ門
先ほど「もり山」の商標を調べていたとき、実は気になる商標がありました。
『元祖 中津からあげ もり山』です。総本家に対しての元祖。何だかラーメン屋のようですが、関係について「総本家 もり山」のHPに説明がありました。
・・「元祖 中津からあげ もり山」は、平成16 年7 月に「中津からあげ もり山 万田店」として創業を開始されました。「元祖 中津からあげ もり山」の創業者である森山浩二氏は、「総本家 もり山(旧:森山からあげ店)」創業者の森山韶二並びに現在の代表者である森山文弘とは親戚関係にあります。
森山浩二氏は、開業以前に私ども「総本家 もり山」のからあげの製法、技術、そして「秘伝のにんにくだれ」についても教示を受けた後、「総本家 もり山」の「秘伝のにんにくだれ」を味の基本としながらも、さらに独自の味にこだわり続けられて、「元祖 中津からあげ もり山」として、そして中津からあげの繁盛店として営業されています。
「中津からあげ 総本家 もり山」と「元祖 中津からあげ もり山」より
この説明によれば、親戚関係で調理法の教示はしたが、のれん分けではなく、あくまで別のお店だそうです。
さらに商標情報を調べていくと興味深い事実が。
「総本家 もり山」の商標出願に対して、2014年に「元祖 もり山」の運営会社が異議申立てをし、登録を阻止しようとした記録が見つかりました。
ただ、この登録異議の申立ては特許庁審判官により、
本件商標登録異議申立書において、申立ての理由について、「詳細な理由を追って補充する。」と記載しているものの、その後、商標法第43条の4第2項において規定された期間内に補正がなされず、実質的に審理できる程度の申立ての理由及び必要な証拠が示されていないものである。
また、申立人は、同年7月18日付け上申書において、和解に向けた交渉を行っているとの理由をもって、申立ての詳細な理由の提出の猶予を上申しているが、その理由をもって、商標法第43条の4第3項に基づく期間の延長は認めることができないものである。
審判 全部申立2014-900185
として却下されています。
これらの記録から推測するところ、
- 「総本家 もり山」の商標出願に対して、先に商標登録を済ませ、全国展開でも先行していた「元祖 もり山」が危機感を持ち、とりあえず異議申立てをかけた。
- 両者の話し合いにより、それぞれやっていくことの合意がなされた。そのため異議申立てに実質的な証拠が提出されることはなく、申立ては却下。そのまま2つの商標は併存登録され、それぞれ運営されている。
というところでしょうか。中津市には両方の店舗があることもあり、食べ比べを楽しんでいるお客さんもいるようです。
ともあれ、2つのもり山が中津から飛び出して活躍しているのは興味深い。「元祖 もり山」のお店にも行ってみたいところです。公式HPを見てみると、特許庁のほど近く、霞ヶ関ビルに「元祖 もり山」のフランチャイズ店舗があるとのこと。次は霞ヶ関に向かいます。
霞ヶ関ビルの1Fにお店を発見。
こちらは定食系のお店。メニューには商標登録された『元祖中津からあげ もり山』のロゴも誇らしげに掲げられています。
チキン南蛮、甘辛唐揚げなどバリエーションがありますが、ここはむね肉・もも肉ミックスの「もり山唐揚げ定食」をチョイスしました。
米と味噌汁と唐揚げ!これは間違いないやつだ。陣営はもも3つ、むね2つのベストバランスです。
唐揚げをアップに。「総本家 もり山」より揚げ色が少し薄く、その分さっぱりとした味わいです。たくさん食べても胃にもたれない感じ。霞ヶ関の客層に合わせて調整しているのかもしれません。
味のベースは「総本家」と同じく塩味とニンニク。こちら側はニンニクがややマイルドでしょうか。定食ではもも・むね2つ食べ比べできるのも良い感じ。一気に平らげてしまいました。
さて、どちらが美味しいかは・・完全に好き好きですね。私は濃いめが好きなのでやや「総本家」寄りでしたが、甲乙つけがたく、その日の気分にもよりそうです。
「元祖 もり山」は20店舗以上も全国に展開しているので、皆さんも是非食べてみてください!
独占より包容。『中津からあげ』が覇権をとったワケ
2つの店舗を回ってきましたが、それにしてもどうして『中津からあげ』は唐揚げの聖地、全国的なブランドになったのでしょうか。
理由の一端を、商標情報で見つけました。
「からあげフェスティバル」、略して『からフェス』。イベント名を商標登録することは一般的・・ではありますが、興味深いのはその出願人。中津市商工会議所でも、地元の有力店舗でもなく、“株式会社FMなかつ”です。HPにイベントの由来が紹介されていました。
2008年8月2日(土)に、地元のグルメ「からあげ」を集めたイベントをやりたいという当時のイオンモール三光とNOAS FMがタッグを組んで開催した「からあげフェスティバル」。・・・
からあげ文化の全国的な発信の裏テーマには、「地元の学生が大分県外に出た時に、自慢できる地元の知名度を作る」と言うテーマが。県外へ進学、就職した学生が大分県中津市・宇佐市といえば「からあげの街」だと言ってもらえるよう、私たち実行委員はからあげ文化をさらに広めるため、地元ではもちろん全国区にも羽ばたきながら、からフェスを開催していきます。
『からフェス』は最初は中津の町おこしイベントだったのですが、「全国にからあげ文化を拡げる」というコンセプトのもと、今では中津市にとどまらず、福岡県・愛知県・千葉県・和歌山県・鳥取県など各地のイオンモールでも「出張版」として開催されています。
・・・普通の町おこしイベントだと「特別感が薄れるので、地元以外では違うイベント名を使ってください」となりがちなもの。『からフェス』名でそのまま全国展開しているのは、懐の深さを感じます。
この“包容力”は、大津市開催の本場『からフェス』にも現れていました。
2023年10月開催の中津市『からフェス』の参加店リストです。地元から14店舗が出店しているのはもちろん、全国から6店舗が参加しています。
最も遠くから参戦した『からあげ家 奥州いわい』は岩手県一関市の食肉卸売業者である(株)オヤマが経営する有名店。
「奥州いわい」も『中津からあげ』の店たちと同じく関東へ進出しています。唐揚げレポの終着点として、秋葉原店に行ってみましょう。
なかなか賑わっています。イートインはなく、注文して持ち帰るスタイル。色々なメニューがありますが、岩手出身である大谷選手を応援する新商品という「おおてばショータイム」が目を引きました。
こちらを購入してみます。
テイクアウトし、近くの公園でショータイムです。大手羽というだけあり、手羽先から手羽元まで合体した大ボリューム。ポテトナゲットも4つついて大満足です。
お味はというと、しっかりとした醤油味ながら、後味にハーブを感じてしつこくない仕上げ。PKGを見ると、ショウガに加えて“タイム”も使用しているようです。塩味+ニンニクの2軒の「もり山」の味付けとは対照的ですが、どちらも美味しい。
先ほどの店内には「第1回からフェス® in 千葉 No1決定戦」で優勝したという賞状もありました。この実績で中津にも招待されたのでしょう。
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さて、大手羽も美味しく食べ終わったところで、『中津からあげ』ブランドの強みを改めて考えてみます。
ご当地ブランドはともすれば“地元限定主義”に陥るところ、『中津からあげ』は「本店が中津にあれば市外にも展開OK」とし、商標の使用ルールに幅を持たせています。その結果、複数の店舗が全国へフランチャイズという形で進出し、『中津からあげ』の認知を拡大させました。
さらに、『からフェス』も単なるご当地イベントとはせず、イオンモールと組むことで全国展開しています。イベント内でも『中津からあげ』だけをフューチャーせず、中津市以外の地方唐揚げ店も招待し、出店し合うことでイベント自体の魅力を高めています。
・・・2008年頃に宇佐市と中津市で「どちらが唐揚げの元祖なのか?」という争いが起きかけた時に、日本唐揚協会が仲介し、
「宇佐市が唐揚げ専門店発祥の地、中津市が唐揚げの聖地となり、全国に発信する」
という合意を結び、その頃から知名度がぐんぐん上昇していったそうです。(前掲「唐揚げのすべて」より)
つまり、「同業他社や、他都市といった本来ライバルであっても、共存共栄し、一緒に盛り上げよう」と判断できるオープンマインドこそが、『唐津からあげ』が日本中に認知され、愛されるようになった真の理由なのでしょう。
独占だけを意識した知財は、孤立をも招きかねない。『唐津からあげ』は今の時代に合った、連携と未来志向のブランディングを示しているようにも思うのです。