商標登録の世界では、特許庁の審査官に反論する意見書が登録の成否のカギを握ることがしばしばあります。
しかし、どうすれば勝てる意見書が書けるのでしょうか?また逆に、負ける意見書はどのようなものなのでしょうか?
このような問いには、実際に提出された意見書の実物を見て検証するのが一番です。
今回は、公開されている意見書を調べ、その成否の分かれ目がどこにあるのかを解明してみたいと思います!
目次
1. そもそも商標の意見書とは?
意見書とは、商標登録出願をして特許庁の審査で不合格の通知(拒絶理由通知)を受けた際、審査官に対し反論して商標登録が認められるべきである旨を主張するための書面です。
意見書には、商標登録が認められるべき理由や、審査官の懸念を解消するための根拠が示されます。
2. 「勝った意見書」を見てみよう
まずは論より証拠。
ということで、まずは勝った意見書の実例をいくつか見てみましょう。
実例1:商願2021-006246「SoeL Jewelry\ソエルジュエリー」
本件では、次の引用商標と類似すると判断され、いちど審査不合格の通知(拒絶理由通知)が出されました。
[引用商標]
登録第6298772号「ソエル\soeru」
本願商標と引用商標は「ソエル」と読める部分が共通しています。
一方、本願商標との差分である「Jewelry(ジュエリー)」の部分は、この商標が使用される商品である「アクセサリー」の普通名称であり、商標として特徴的な部分ではありません。
そうすると本願商標の特徴部分は「SoeL(ソエル)」なので、両商標は紛らわしいでしょ、と審査官は考えたのでしょう。
これに対し、以下のような意見書が提出されています。
重要なところを一部抜粋します。(ただし、強調部は筆者にて付加。本記事において以下同じ。)
次に商標の称呼に検討するが、審査官殿は、本願商標の「Soel」及び「ソエル」部分から単独で称呼が生ずると判断されたように思われる。
しかしながら、「商標はその構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、みだりに、商標構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定するがごときことが許されない」のが大原則である(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決)。そして、「商標法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである。」(最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決より)。
(3) この判断基準を基に本願商標と引用商標の類否について検討すると、本願商標「Soel Jewelry\ソエルジュエリー」の構成に係る各文字は、上下それぞれ同書・同大で一連一体に書され、外観上まとまりよく表されている上、下段の文字は上段のローマ字の表音と無理なく理解でき、「ソエルジュエリー」全体をもって称呼しても淀みなく一連に称呼し得ることができる。観念に関しても、本願商標は“(使用者である)あなたに寄り添えることのできるジュエリー”というコンセプトの元で名づけられたものであり(※1)、観念的なまとまりもあると言えよう。
※本願出願人のウェブサイト(参考資料1)
https://soel-shop.jewelry/hpgen/HPB/entries/10.html
本願商標は身飾品・宝飾品に関する商標であるが、宝飾品のブランドにおいては、「Star Jewelry」(https://www.star-jewelry.com/),「BAMBI JEWELRY」(https://www.bambi-j.co.jp/),「SATOMI KAWAKITA JEWELRY」(https://satomikawakita.com/)のように、「Jewelry」の語も含めて商標として用いられていることも多く(参考資料2)、本願商標もこれらと同様、「Soel Jewelry」「ソエルジュエリー」一連でひとまとまりの商標として看取されるのである。
「Jewelry」「ジュエリー」の各文字が指定商品に通ずるとしても、外観、称呼並びに観念のまとまりを考えれば、本願商標は「Soel Jewelry」「ソエルジュエリー」それぞれが一体不可分と認識されるべきであり、「Soel」又は「ソエル」の部分のみで識別標識として機能するものではない。そうすると、本願商標から生じる「ソエルジュエリー」のみであり、引用商標から生じる「ソエル」という称呼と非類似であるのは明らかである。
引用元:商願2021-006246の意見書
まず、なぜ類似の商標であると審査官が判断したか、すなわち、本願商標は「SoeL(ソエル)」の部分だけで商標として機能してしまう(この部分が特徴部分である)と審査官が考えたからである、という点を的確に捉えています。
その上で「そうじゃなくて、本願商標は全体で一体不可分だよ」と主張し、その理由を豊富に挙げていますね。
特に「本願商標は“あなたに寄り添えることのできるジュエリー”というコンセプトの元で名づけられたものであり、観念的なまとまりもある」という主張は、審査官が知らなかった情報であり、かつ、商標全体が(意味的に)一体的なものであるという持っているということに説得力を感じさせるものとなっています。
さらに、似たような他事例で非類似と判断された例(過去例)も挙げています。
(5) ちなみに、「ジュエリー」「jewelry」の文字の有無に関し、以下のような併存登録例が指定商品「身飾品,他」において存在している(参考資料3)。
・『BORN』(商標登録第5429482号)
第14類「身飾品,指輪,貴金属製バッジ,ブレスレット,キーホルダー,ブローチ,チェーン,イヤリング,貴金属製帽子飾り,ピンバッジ」
・『born jewelry』(商標登録第5861619号)
第14類「貴金属,宝玉及びその原石並びに宝玉の模造品,キーホルダー,宝石箱,身飾品,時計」
・『FUSION』(登録第1508954号)
第14類「身飾品(「カフスボタン」を除く。),カフスボタン,貴金属製のがま口及び財布,宝玉及びその模造品,貴金属製コンパクト、但し、身飾品(「カフスボタン」を除く。),カフスボタンを除く」
・『フュージョンジュエリー\FUSION JEWELRY』(第5867385号)
第25類「貴金属,宝石およびその模造品,キーホルダー,宝石箱,身飾品,貴金属製靴飾り,時計」
引用元:商願2021-006246の意見書
実例2: 商願2020-147977「G-Helm」
本件では、次の引用商標と類似するかどうかが問題となりました。
[引用商標]
国際登録番号1185489「HELM」ほか
本願商標と引用商標は「Helm(HELM)」の部分が共通しています。
一方、本願商標との差分である「G-」の部分は、アルファベット1文字とハイフン記号であり、一般的に商品の型番や品番などとして使用される文字列であるため、商標として特徴的な部分ではない、というのが原則です。
そうすると本願商標の特徴部分は「Helm」なので、両商標は紛らわしいでしょ、と審査官は考えたのでしょう。
これに対し、以下のような意見書が提出されています。
重要なところを一部抜粋します。
1.審査官殿のご判断の不当性
本願商標は、「G-Helm」の文字を標準文字で横書きに書してなるものですが、審査官殿は、本願商標の構成中、「Helm」の文字部分が要部になるため、本願商標と引用商標1及び2は、称呼及び観念において類似であるとのご判断をされたものと思料します。
しかしながら、本願商標は「G-」の文字部分と「Helm」の文字部分が一体不可分に結合した商標であり、本願商標において「Helm」との文字部分を商標の要部として抽出することは妥当でありません。
以下にその理由を詳述します。
引用元:商願2020-147977の意見書
まず冒頭で、本件の争点が本願商標「G-Helm」が一体不可分かどうかに尽きる、と言い切り、この争点について論証を展開していくことを明確にしています。
その上で「審査官の考えも理解しているよ」という姿勢も見せつつ、本願商標「G-Helm」が一体不可分であるというべき具体的な根拠を多方面から述べています。
2.本願商標が一体不可分の商標であること
(1)「G-」の文字部分が品番・型番等の表示とは認識されないこと
審査官殿は、本願商標の構成中の「G-」の文字部分が、商品の品番・型番等を表示する記号・符号として認識されるとのご判断のもと、本願商標の要部は、「Helm」の文字部分であるとのご認定をされたものと思料します。
しかしながら、本願商標に接する取引者、需要者が冒頭の「G-」の文字部分を、商品の品番、型番を表す文字と認識するとは考えられません。
一般的に、品番や型番を示す文字や記号は、商品名やブランド名の後に、商品名やブランド名の記載に比して小さく目立たない態様で記載される場合が大半であり、品番や型番を示す文字を、商品名やブランド名の前に、同じ大きさの文字で表すことは一般的ではありません。
また、型番や品番を表す文字としては、2文字以上のアルファベットやアルファベットと数字の組み合わせが使用されることのほうが多く、「G」のようなアルファベット1文字を型番、品番を示す記号として用いること多くありません。
さらに、本願の指定商品である第10類の指定商品の分野において、ブランド名の前にアルファベット1文字をハイフンで繋ぐ方式が、商品の型番、品番を表す方式として一般的であるともいえません。
本願商標は、「G」と「Helm」の各欧文字がハイフンを介して全て同書、同大、等間隔で書されており、外観上まとまりよく一体的に表されています。また、これより生ずる「ジーヘルム」との称呼もよどみなく一気一連に称呼し得るものであり、本願商標に触れた取引者、需要者において、本願商標の構成中「G-」の文字部分を商品の品番・型番の表示として認識し、「Helm」の文字部分を独立した出所識別標識として認識するとは到底考えられません。
引用元:商願2020-147977の意見書
また本件でも、似たような過去事例を挙げています。
(2)過去の審決での判断事例
上述した本願人の主張は御庁の過去の審決からも裏付けられるものです。
以下に示す審決では、第10類の商品を指定商品とする、欧文字一文字と単語をハイフンで繋げた構成の結合商標に関し、一連一体の商標であるとして、欧文字一文字を除く単語部分が共通する(英単語の綴りが異なるものも含むが少なくとも称呼は共通する)商標とは非類似であるとの認定がなされています。
不服2010-650019(第1号証)
「X-PLANON」×「プラノン\PRANON」
『本願商標は、「X」の欧文字と「PLANON」の欧文字とを符号「-」(ハイフン)で結合し、「X-PLANON」と表してなるところ、これらの構成文字は、いずれも同じ書体、同じ大きさで、軽重の差なく表されたものであって、全体として外観上まとまりよく一体的に表されているものであり、また、構成文字全体から生ずると認められる「エックスプラノン」の称呼も格別冗長というべきものではなく、よどみなく一連に称呼し得るものである。そうとすれば、たとえ、欧文字の1字が商品の規格、品番等を表す記号、符号として使用される場合があるとしても、かかる構成にあっては、本願商標に接する取引者、需要者をして、殊更に前半部分の「X」の文字を省略して、後半部分の「PLANON」の文字部分のみに着目し、当該文字部分より生ずる称呼をもって取引に当たるというよりも、むしろ、その構成全体をもって一体不可分の造語として認識、把握し、商取引に当たるものとみるのが自然である。』
引用元:商願2020-147977の意見書
実例3: 商願2020-148985「DIANA VALUE JUICE」
本件では、次の引用商標と類似するかどうかが問題となりました。
[引用商標]
登録第2514649号「DIANA/ディアナ」ほか
本願商標と引用商標は「DIANA」の部分が共通しています。
一方、本願商標との差分である「VALUE JUICE」の部分は、この商標が使用される商品である「清涼飲料」等との関係では「価値あるジュース」ほどの意味合いで説明的に機能するため、商標として特徴の強い部分ではない、とも考えられます。
そうすると本願商標の特徴部分は「DIANA」なので、両商標は紛らわしいでしょ、と審査官は考えたのでしょう。
これに対し、以下のような意見書が提出されています。
重要なところを一部抜粋します。
(2)本願商標の「DIANA」部分のみが分離されないことについて
本願商標は英文字「DIANA VALUE JUICE」の文字を横一連に配置し、同大・同色・同書にて統一されており、非常にまとまり良い外観です。また、本願商標は冗長ではあるものの、一気に一息で発音することが可能です。そのため、本願商標の「DIANA」部分のみが引用商標1、引用商標2及び引用商標3と対比されるのは妥当ではありません。また仮に、本願商標が冗長であり分離され得ると判断されるとしても、「DIANA」部分を切れ目に「VALUE JUICE」と分離されると判断すべき特段の事情が発見できません。また、インターネット検索する限りにおいて、「VALUE JUICE」が特定の意味合いで用いられている事例を発見できませんでした。一般的に「〇〇ジュース」という構成の場合、「〇〇」部分のみが抜き出されることはなく、「〇〇ジュース」という一連一体として使用され、把握されると言えます(資料1)。例えば、「健康ジュース」は、「健康」部分のみを抜き出して、「健康な飲み物」とは言いません。このように、本願商標の構成中、「VALUE JUICE」部分のみが無視されるのは妥当ではありません。ところで、指定商品・役務との関係において、「juice」部分は単に「果実飲料」を意味し、識別力の弱い言葉であると言えるため、「JUICE」部分と「DIANA VALUE」とにおいて、言葉の軽重を有しているといえます。そのため仮に、需要者が本願商標の構成上、強く支配的な印象を与える部分を把握するとしても、、「DIANA VALUE」を切れ目にし、「JUICE」と把握すると考えるのが妥当です。
したがって、本願商標は「DIANA VALUE JUICE」と一連一体であり、仮に分離される場合があったとしても「DIANA VALUE」と「JUICE」とで分離把握されるのが自然です。
引用元:商願2020-148985の意見書
本件でも、反論のキモが「本願商標が全体として一体不可分である」という点であることを認識した上で、これを説得力を持って主張することに注力しています。
本件では、ただ一体不可分だと主張するに止まらず “一体不可分” という主張が通らなかったときのための二段構えの反論をも用意している点が印象的です。
すなわち、仮に本願商標が分離されるとしても、審査官が心配するように「DIANA」と「VALUE JUICE」で分離するのではなく、「DIANA VALUE」と「JUICE」で分離すると考えるのが妥当だから、いずれにせよ「DIANA」の部分だけで引用商標と比較され混同することはない、と主張しています。
「VALUE JUICE」という言葉が実際には一般的に使われていないということを事実ベースで指摘し、
<審査官の考え>
DIANA:特徴的部分 → この部分のみでも商標として機能する
VALUE JUICE:商品(飲料)の説明的部分
<反論>
DIANA VALUE:特徴的部分 → この部分のみでも商標として機能する
JUICE:商品(飲料)の説明的部分
このように発想を転換させるロジックを構築した点で、創造的な反論をした意見書だと思います。
ちなみに、この意見書では、先ほど紹介した2件の意見書とは異なり「似たような過去事例」をまったく引用していません。
一般的には「過去例をたくさん上げられれば勝ちやすくなる」と思われがちですが、たとえ一つも過去例を挙げなくても、争点に対して刺すロジックがしっかりしていれば問題なく “勝てる” ことがわかる好例です。
勝った意見書の共通点
このように見てみると、勝った意見書の共通点として次の2点が挙げられるでしょう。
- 一番の争点(審査官が最も関心があるところ)を明確にした上で、その争点に集中して分厚い反論をしている
- 審査官がまだ知らない or 気づいていないと思われる視点や情報を使って反論をしている
3. 「負けた意見書」を見てみよう
では今度は、負けた意見書の実例を見てみましょう。以下は、意見書が提出されたものの、残念ながらその反論が受け入れられず、拒絶査定(登録NGの決定)が出されてしまった案件です。
実例1:商願2022-147180「School X」
本件では、次の引用商標と類似するかどうかが問題となりました。
[引用商標]
登録第0612183号「School」ほか
本願商標と引用商標は「School(スクール)」の部分が共通するため、両商標は紛らわしいでしょ、と審査官は考えたのでしょう。
これに対し、以下のような意見書が提出されています(一部抜粋)。
(1)両商標の外観について
まず、引用商標1として挙げられている登録第0522311号は、「スク-ル」というカタカナ4文字で構成されております。
引用商標2として挙げられている登録第0612183号は、「School」というアルファベット6文字とで構成されております。
引用商標3として挙げられている登録第2712216号は、「School」というアルファベット6文字とで構成されております。
引用商標4として挙げられている登録第4145623号は、上段に「スク-ル」というカタカナ4文字と、下部に「School」というアルファベット6文字とで構成されております。
引用商標5として挙げられている登録第4207672号は、上段に「スク-ル」というカタカナ4文字と、下部に「School」というアルファベット6文字とで構成されております。
これに対して、本願商標は「School X」というアルファベット7文字から構成されております。
本願商標は「X」という単語を有しており、この単語は引用商標5件のどれにも含まれておりません。そのため、両商標の外観は明らかに異なり、両商標が需要者に与える印象も全く違うものにあります。
(2)両商標の観念について
引用商標と本願商標は「スクール」という共通の発音を有する部分を有するものの、本願商標は「X」という部分も有するため、両商標の観念は異なります。
3.本願商標と引用商標の称呼の比較
(1)引用商標から生じる称呼について
引用商標1・2・3・4・5からは、「スクール」という称呼が生じます。
(2)本願商標の称呼
本願商標「School X」からは文字通り、一連一体の「スクールエックス」という称呼のみが生じます。本願商標は標準文字で構成されているため、同書同大で表されており、「スクールエックス」の称呼も8音から構成されているため、よどみなく一連に称呼できます。そのため、本願商標と引用商標の称呼は異なります。
上記の主張を裏付ける証拠として、御庁における併存登録例を下記に記載致しま
す。
<互いに非類似であると判断されている商標2件>
・登録6491198「mirrorX」(第9類)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2021-067239/3204385B43DBD9B484435D5A18D80D42E71DF67DADEE053BB325D8368B996805/40/ja
・国際登録1491335「MIRROR」(第9類)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-1491335-20190813/3CF7B48E014BB0A93EA1D351B8CABCAC9A4594B5D7DC5009FE886B2EA57F5AD2/49/ja
上記の併存登録例を参照しますと、「MIRROR」という商標に、アルファベット1文字を付加することで、非類似の商標であると判断されております。ここで、本願商標は上記の登録と同様に、「School」という単語にアルファベット「X」を付加しており、この構成は、「mirrorX」と同一であります。
また、アルファベットの「X」は、この一文字で様々な意味合いを有するものであり、以下のような意味合いが想起されます。
<アルファベットのXが有する意味合い>
・ローマ数字の10。
・数学で、未知数や、変数・座標などを表す記号。
・未知の物事。未知数。
上記のような複数の意味合いがある以上、本願商標「School X」の「X」部分を分離して称呼判断を行うことは妥当とは言えず、「スクールエックス」という一連一体の称呼が生じると判断されるべきであります。「スクールエックス」という一連一体の呼び方をすることで、「未知の学校」といった一つのまとまった意味合いが生じることになります。
さらに、本願商標と引用商標のように、アルファベット1文字の相違により非類似であると判断された例として、以下の審決例もございます。このような審決の傾向からも本願商標「School X」からは「スクールエックス」という一連一体の称呼が生じると判断されるべきであります。
<アルファベット1文字の違いにより非類似であると判断されている審決例>
・不服2013-12246「T-MAX」と「MAX」
・不服2013-11195「X-COOL」と「cool」
・不服2013-13454「X-FLY」と「FLY」
・不服2013-9645「COLLECTION B」と「COLLECTION」
引用元:商願2022-147180の意見書
行うべき主張はしっかり押さえており、また、外観・称呼・観念の3点を比較して商標が似ているかどうかを判断すべし、という商標の基本に忠実に書いている一方で、どの点も同じくらいの分量で書かれていることもあり、どこが一番の争点なのかが少しわかりにくい印象があります。
言い換えると、審査官が一番気にしている(であろう)論点、すなわち、本願商標「School X」を一体不可分のものとみるべきか否か、という点にフォーカスされた主張を展開しているというよりも、審査官にとってはもうわかっているところ——「School X」全体で比較すれば両商標は異なっているということ——についてもそれなりの紙面を割いて反論している、という感じを受けます。
もしかすると審査官の立場からすれば、「いや、それはもうわかっているよ(でもあの点が気になったから類似だと判断したんだよ)」と感じながら読む箇所が多かったのかもしれません。
実例2:商願2022-103558「LOGI CONDUCTOR」
本件では、次の引用商標と類似するかどうかが問題となりました。
[引用商標]
登録第6016863号「conductor」ほか
本願商標と引用商標は「CONDUCTOR」の部分が共通するため、両商標は紛らわしいでしょ、と審査官は考えたのでしょう。
これに対し、以下のような意見書が提出されています(一部抜粋)。
3.本願商標が登録されるべき理由
(1)本願商標について
本願商標は、上下二段で表した欧文字の「LOGI」と「CONDUCTOR」を統一したデザインでロゴ化するとともに、当該構成文字を略正方形の図形で囲んだ態様から構成されております。
すなわち、「LOGI」は、各構成文字が互いに近接して配置され、「CONDUCTOR」は、「LOGI」の下段に横一連に書されているものの、その構成文字中「O」が灰色、「I」が灰色と赤色、それ以外の文字が黒色で表示され、文字の配置、書体、色合い等が統一されたデザインで構成されているとともに、当該構成文字を略正方形の図形で囲んでいることにより、外観上まとまりよく一体的な印象を与えるものであります。
このことから、本願商標は、全体が不可分一体的に結合した「LOGI CONDUCTOR」として認識、把握されるとみるのが自然であり、「LOGI」または「CONDUCTOR」の文字部分を分離、抽出して把握されるとはいい難いものであります。
そうすると、本願商標は、その構成文字に相応して「ロジコンダクター」の称呼のみが生じます。
一方、観念においては、「LOGI」は特定の意味を有する単語ではなく、「CONDUCTOR」からは「指揮者、車掌、案内人、伝導体等」の意味が生じるものの(甲第5号証)、両者が結合した「LOGI CONDUCTOR」は、特定の意味を有しない一種の造語と判断することが相当ですので、本願商標からは、特定の観念が生じることはありません。
引用元:商願2022-103558の意見書
この意見書では、本願商標が全体として一体不可分であるというための根拠として、もっぱらロゴデザイン(外観)上の統一感(一体性)について言及しています。

この「外観上の統一感」は非常に有効な主張ポイントの一つだと思われます。
一方で、これ以外の観点からも「一体性」を主張できたらもっと説得力が増しそうです。
なぜなら、「 LOGI と CONDUCTOR の部分にデザイン上の統一感がある」ということは見ればすぐ気付けるので、おそらく審査官もすでにわかっていて、それでもなお「CONDUCTOR」部分が分離する、と判断したのであろうからです。
もしかすると、 “観念(意味)上も一体感がある” ということを主張できたかもしれません。
たとえば、
- 「LOGI」の語は「Logistic(物流)」の略語として使われることもままある
- そのため、「LOGI CONDUCTOR」は全体として「物流の案内人」ほどの一体的な観念(意味合い)を感じさせる
- 本願商標の出願人である日本ファイリング株式会社は「物流保管システム」を提供している会社であるから、なおさら「物流の案内人」ほどの観念(意味合い)を感じさせる
このような主張を「本願商標は一体不可分である」という理由付けとして追加できたかもしれないな、と思いました。
実例3:商願2022-137803「Blue Greens」
本件では、次の引用商標と類似するかどうかが問題となりました。
[引用商標]
登録第4566980号「Blue―green\ブルグリン」
引用商標は英文字の部分が「ブルーグリーン」とも読めるので、本願商標と引用商標は称呼が「ブルーグリーンズ」VS「ブルーグリーン」で似ており、両商標は紛らわしいでしょ、と審査官は考えたのでしょう。
これに対し、以下のような意見書が提出されています(一部抜粋)。
まず、引用商標は、商標の大部分を占める幾何学的な正円に、筆のような書体で(略横方向に)線が描かれています。そして、前記の正円は、前記の線の上側を青色、下側を緑色に着色されています。また、商標の右下部分に「Blue-green」と「ブルグリン」の文字が2段になって描かれ、その上下は線分で区切られています。
それに対し本件商標は、商標の上半分に「Blue-Greens」の文字が、下半分に建物や樹木の手書き風イラストが描かれています。イラスト内の色彩について観察すると、樹木は葉に相当する部分が黄緑色で着色されています。建物の壁面が透明ということが通常考え難いため、4つある建物のうち3つは白い壁面を、1つは黒い壁面を有していると判断できます。さらに、2つの建物の屋根は紺碧色(青色に類似)、1つの建物は白色の屋根を備えています。
・両商標の観念について
引用商標の大部分を占める青色と緑色に着色された正円は、例えば地球のような観念を生じさせるのに対し、本件商標は例えば樹木のある街並みなどを観念として生じさせると思料します。よって2つの商標からそれぞれ生じる観念は明確に非類似であると思料します。
・両商標の外観について
引用商標について需要者の目を引く部分は、2色に着色されている幾何学的な正円の部分であると思料します。一方、本件商標について需要者の目を引く部分は、手書き風イラストの部分と思料します。本件商標の上半分は文字ですが、文字よりもイラストの方が需要者の目を引くものと思料します。よって、2つの商標のそれぞれの外観は非類似であると思料します。
・両商標の称呼について
引用商標の右下にある「Blue-green」が「ブルーグリーン」の称呼を生じ、本件商標上半分の「Blue Greens」は「ブルーグリーンズ」の称呼を生じることから、両商標からそれぞれ生じる称呼は類似するとご認定されたものと思料します。
しかしながら一方で、引用商標は「Blue-green」の下に「ブルグリン」と片仮名(読み仮名)を付していることから、需要者には「ブルグリン」の称呼を主として連想させるものと思料します。
以上のことから、外観、称呼又は観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察した場合、本件商標を指定役務(例えば「不動産業務」など)に使用したとしても引用商標と出所混同のおそれを生じないものと思料します。
特に、引用商標の幾何学的な正円と、本件商標の手書き風イラストが、それぞれ需要者に与える印象、記憶、連想等は、大きく異なると思料します。
引用元:商願2022-137803の意見書
この意見書では、外観・称呼・観念の各点についてそれぞれ、主張できることは全部主張した、という感じがします。
これ自体は良いことではあるものの、この場合、やはりどこが一番の争点なのかが少しわかりにくい印象があります。
おそらく審査官が両商標を類似だと判断した一番の理由は、引用商標の「Blue-green」の文字部分が「ブルーグリーン」と読まれるおそれがあり、本願商標の「ブルーグリーンズ」の読みと紛らわしい、ということだったと思われます。
そうであれば、本件の一番の争点は「引用商標が “ブルーグリーン” と消費者に読まれるか」というところに尽きるので、「引用商標は “ブルーグリーン” と読まれるおそれはない」とどれだけ説得力をもって主張できるかがポイントになります。
ここについて、この意見書では、
引用商標は「Blue-green」の下に「ブルグリン」と片仮名(読み仮名)を付していることから、需要者には「ブルグリン」の称呼を主として連想させる
引用元:商願2022-137803の意見書
とのみ記載されています。
理由付け(=「ブルグリン」読み仮名が付記されているのだから「ブルグリン」としか読まれない。)自体はこれで十分になり得るのですが、商標中のイラスト部分(外観)の相違点など、他の論点についてかなり紙面を割いているため、相対的にここの主張が弱く見えてしまうことはあるかもしれないと思いました。
負けた意見書の共通点
どうやら、負けた意見書の共通点としては次の2点が挙げられるかもしれません。
- 一番の争点(審査官が最も関心があるところ)を必ずしも一番分厚く書いているとは限らず、他の争点についても多く紙面を割いている
- 審査官がすでに気づいている相違点を強調している
こうして見ると、負けた意見書の共通点は、勝った意見書の共通点の真逆であることがわかります。
4. 「勝てる意見書」と「負ける意見書」の分かれ目はコレだ!
意見書の実例を分析した結果、「勝てる意見書」と「負ける意見書」の分かれ目は、ズバリこれです。
- 一番の争点(審査官が最も関心があるところ)を明確にしているか
- 一番の争点に集中して分厚い反論をしているか(他はサラッと書いているか)
- 審査官がまだ知らない or 気づいていない視点や情報を使って反論をしているか
商標の世界では、「商標の類否は外観・称呼・観念の3点を観察して総合的に判断する」という原則や、その他さまざまな “審査の基準” があります。
このような原則や基準に則して意見書を書こうとすると、よく言えば全部盛り、悪く言えばメリハリのない意見書になりがちです。
しかしながら、意見書(反論)のシーンでもっとも大切なのは、相手(審査官)が何を考えているか。
いくら「正しい」「美しい」主張を繰り出したとしても、それが相手に刺さらなければ、相手を動かすことはできません。
逆にいえば、たとえたった一言であっても、その一言で審査官が「登録NGと考えたポイント」を揺さぶることができれば、審査官の判断を変えることができます。
「勝てる意見書」を書くためには、いかに審査官の気持ちに立って意見書全体を構成することができるか、が重要だと言えるでしょう。
商標の意見書は「心理戦」だ、ということはこちらの記事でも深掘りしていますので、よろしければぜひご覧ください。
謝辞
今回、実際の意見書を見ながらその成否の分かれ目を探っていきましたが、いかがでしたでしょうか。最後までお付き合いいただきありがとうございます。
企画の性質上、公開されている意見書であるとはいえ「負けた意見書」として取り上げてしまったことはお詫びを申し上げます。
どの意見書も、様々な制約の中、そのときの最善を尽くして書かれたものですし、当たった審査官や案件の性質などにより、同じように書いても勝ったり負けたりすることもあります。また、そもそも反論に限界のある事案もあります。
意見書とはそのようなものであることをご理解いただきつつも、今回の記事が何かのご参考となれば幸いです。
なお、本記事での分析・見解・意見は、もっぱら筆者個人によるものです。
未熟な点がありました際は、すべて筆者の責任です。