スタートアップ企業は、リソースが限られている中でスピードを上げて事業を成長させていかなければなりませんが、その中で商標のことまでケアするのはなかなか大変です。
しかし一方で、投資家などとの関係から見ても商標問題で事業にブレーキがかかってしまったときのダメージが大きいのもスタートアップの特徴です。
このようなスタートアップ特有の問題に鑑み、スタートアップだからこそ知っておきたい商標登録のポイントをまとめてみました。
目次
1. スタートアップがなぜ商標登録をしないといけないのか
スタートアップ企業は、普通の中小企業と違い、「急成長」と「イグジット」という特殊な要素の制約を受けているのが特徴です。
スタートアップ企業は、事業立ち上げ当初からエンジェル投資家やベンチャーキャピタル(VC)などから多額の投資を受け、その資金を事業成長のために投下します。
当初は営業赤字が続き、投資で受けた資金で食い繋ぎながら事業運営をしていくこともめずらしくありませんが、早く黒字転換できなければその資金もいずれは底をついてしまいます。
また、「いち早く市場を取った者が勝つ」と言えるようなビジネスモデルを採用することも少なくありません。
そのため、スタートアップ企業は一般的に「急成長」が求められます。
また、外部から投資を受けるということは、上場(IPO)や株式売却(M&A)により投資家たちを「イグジット」させることが宿命付けられているということです。
イグジット(exit)とは、創業者や投資家などが第三者に株式を売却したり、株式公開をしたりすることにより利益を得ることをいいます。
このように、スタートアップ企業は「急成長」と「イグジット」を達成することがその性質上求められているため、「商標登録」をする理由にもこの「急成長」と「イグジット」が強く関係してきます。
すなわち、スタートアップ企業に特有の「商標登録する理由」は具体的に4つあると言えそうです。
- IPOのため
- M&Aのため
- ネーミング変更回避のため
- 訴訟リスク回避のため
①IPOのため
IPO(株式公開、上場)の審査時に、事業まわりの商標権が適正に確保できているかチェックされることがあります。たとえ今は事業がうまくいっていたとしても、適切に商標登録ができていないと、後からその事業にストップがかかってしまう場合もあるためです。
IPOは行うタイミングも重要です。商標登録が不十分であることが理由でIPOにブレーキがかかってしまうのは避けたいものです。
これを考えると、遅くともIPOの3期前には、その事業に使う商標についてしっかりと商標登録をしておきたいです。
②M&Aのため
M&A(株式売却、事業売却)の際には、売却対象の企業に対し、財務や法務、事業などの面から買収にふさわしい企業かどうかを調査・検証する「デューデリジェンス」が行われます。
このデューデリジェンスのときに、保有する商標登録のチェックも行われます。売却対象の企業や事業の「ブランド価値」の大きさ・強さは、売却額の決定に影響するからです。当然、信用の貯まったブランドについて商標登録によるプロテクトがされている方が、将来にわたるブランドの安定性や収益化が見込めますから、評価額は上がるでしょう。
このため、M&Aの前には商標登録が求められることになります。
③ネーミング変更回避のため
スタートアップ企業は急成長を目指すので、TVやプレスリリースなどにより短期間で一気に認知を獲得することがあります。
認知されればされるほど、そのサービスのネーミングやロゴも多くの人の目に触れることとなり、それに伴って他の人に商標登録を先取りされてしまうリスクも高まります。
また、商標権の問題でネーミングやロゴを変更しなければならなくなった場合、それまでに獲得していた認知量が大きいほど、事業へのダメージが大きくなります。
認知と信用を一度築いたネーミングやロゴを変更することは経営的に大打撃になるため、事業拡大(スケール)を狙う前にはしっかりと商標登録をしておきたいです。
④訴訟リスク回避のため
自分たちが使っている商標を登録していないと、知らず知らずのうちに他社の商標権を侵害していることがあります。
そのような場合、事業が波に乗ってくると(=他の人の目に触れるようになってくると)、あるとき突然「警告書」が送られてくることがあります。「うちの商標権を侵害しているので、直ちに商標の使用を中止しないと訴えますよ」という他社からの警告です。もしこの警告者を放置すると、本当に訴訟につながることもあります。そのため、社会的信用を守るためにも何らかの対応は強いられます。
このような「警告書や訴訟への対応」をしても、当然ながら売上は1円も上がりません。売上が上がらないことにリソースを取られるぶん、単純に事業が停滞することになります。
限られたリソースで急成長を求められるスタートアップ企業にとっては非常に「もったいない」事態といえます。
このようなリスクを回避するために、早めの商標登録が求められます。
2. スタートアップはいつ商標登録をすべきか
スタートアップ企業が商標登録すべき理想の時期は、サービスのローンチ前です。
しかし、ローンチ前は、金銭的にゆとりがなかったり、他のことに追われて忘れていたりで、ローンチ前に商標登録を完了できていないケースも多いです。
そのため、ここではスタートアップのフェーズ別に留意点や対策を紹介します。
①ローンチ前に商標登録する
先に述べた通り、商標登録するには、ローンチ前が最も理想的な時期です。
一方で、ローンチ前は「市場に出してはやめ、また別のものを出す」すなわちピボットを繰り返してどれが当たりそうか探ることもあります。このような場合、せっかく商標登録してもすぐにネーミングが変わってその権利が不要になる可能性も大いにあります。そのため、このフェーズで商標登録をするのは気が引ける方もいるかもしれません。
とはいえ、その事業(ネーミング)のまま進む可能性もまたあるのも事実ですから、商標について何もしないのは大きなリスクです。このようにピボットを繰り返している場合には、少なくとも、 Google 検索をして同じようなネーミングが使われていないかの調査だけでも行っておきたいところです。
②ローンチ後すぐに商標登録する
ローンチ後すぐに商標登録するのでもまだ全然間に合います。このフェーズではまだサービスの認知もそれほど獲得できていないため、第三者に先取り的に商標権を取られてしまうリスクは低いからです。
とはいえ、わかりやすいネーミングなど、他社も採用したがるようなネーミングにした場合などは、たまたま似たような商標を他社が先に登録しているケースはあります。そのため、このフェーズで商標登録に動く場合は、調査の結果いまのネーミングが他社の権利に抵触することがわかり、ネーミング変更しないといけなくなることもあるかもしれません。
もっともその場合でも、このフェーズならまだ変更コストは少ないといえます。ローンチしたWebサイトなど、ネーミングを使った制作物等を修正する労力などは発生しますが、「認知や信用の取り直し」という面ではまだ傷が浅いからです。
このようなことを踏まえても、ローンチ時点でまだ商標登録していなければ、出願だけでもとりあえずしておくのが良いかと思います。
③プロダクトマーケットフィット後に商標登録する
投入した製品やサービスが市場に受け入れられることをプロダクトマーケットフィット(PMF)といいます。このPMF後は、ピボットで事業変更をすることは少ないため、遅くともこのフェーズでは確実に商標登録しておきたいです。
PMFを確認することは「このまま進んでいいんだ!」と確信を持つことなので、この後事業のアクセルを踏み、それに伴い認知拡大を図っていきます。広告やプレスリリースを打ち出すことも多くなり、自分たちの商標がたくさんの人の目に触れるようになるため、第三者による模倣や商標先取りなどのリスクも高まります。
もしこのフェーズでもまだなら、すぐに商標登録を進めてほしいです。
④シード投資時期に商標登録する
シード投資(ビジネスの大枠が決まったくらいの段階で受ける投資)を受ける時期にもし商標登録をしていなければ、投資家から指摘を受けることがあります。
シード投資を受けた後はそれまでよりも金銭的に余裕が出るので、商標登録を速やかに進めていきたいところです。
⑤シリーズA投資時期に商標登録する
シリーズAの投資ラウンドは、すでにビジネスを始めており投資額も一般に大きくなってきます。
ここで初めて商標登録、ということだとかなり遅いので、もしまだであれば一刻も早く商標登録を検討しましょう。
もし調査の過程で他社の商標権を侵害しているリスクが発覚した場合は、弁理士と相談の上、優先順位を上げて商標の対応を行う必要があります。
3. スタートアップの区分
スタートアップ企業が商標登録の際に選択すべき区分は、3区分以上になることが多いです。
できるだけ最初の商標登録の時点で網羅的な事業分野で権利を取るようにするのがおすすめです。制度的には「まずは1区分だけで登録し、後で他の区分を登録し直す」ということも可能ではありますが、商標登録は早い者勝ちです。「後で他の区分を登録し直す」までの間に他の人がその区分で似た商標を登録してしまうと、もうその区分ではその商標の使用や登録ができなくなり、スタートアップ企業の事業拡大・成長を制限する大きな要因になるおそれがあるからです。
ここでは、スタートアップ企業の多くが取得する必要性の高い区分をご紹介します。スタートアップ企業は、たいていアプリや最新のテクノロジーを活用したビジネスを行うため、少なくとも以下のような区分は必須となることが多いでしょう。
以下の区分に加え、たとえば飲食系サービスなら43類、金融系サービスなら36類…のように、そのサービスの実質が該当する区分も取得することが望ましいです。
Webサービスやスマホアプリを提供する場合
- 9類
- 35類
- 42類
スマホゲームを提供する場合
- 9類
- 41類
IoTを活用する場合
- 9類
- 35類
- 42類
ロボットを販売する場合
- 7類(工業用ロボット)
- 9類(教育支援用ロボット(産業用・医療用・遊戯用のものを除く。))
- 10類(外科手術用ロボット)
Webメディアを運営する場合
- 35類
- 41類
- メディアで提供する情報の分野に相当する区分(ex. 飲食なら43類)
4. スタートアップが商標登録で気をつけること
スタートアップ企業が商標登録をするとき、以下の点には特に気を付けておきましょう。
- サービス名は独自性のあるネーミングにしておく
- ローンチ後の出願であれば早期審査を検討する
- Google広告 で自社のサービス名で出稿されていないか定期的にウォッチングしておく
- プレスリリース前に商標登録出願をしておく
- 競合他社の商標登録をチェックすることで、事業戦略がわかることも
①サービス名は独自性のあるネーミングにしておく
サービスの急速な浸透を図ろうとすると、市場に受け入れられやすいだろうと「わかりやすさ」を重視したサービス名を採用しようとすることがよくあります。
「わかりやすさ」を重視すること自体は悪いことではないのですが、たとえば「AI〜」や「クラウド〜」などの直接的なネーミングだと「独占を許可できるほどの特徴(≒独自性)がない」という理由で商標登録の審査に通らないことがあります。
サービスの特徴や性質を直接説明するようなネーミングはみんなが使いたがるものなので、「誰か一人に独占させると弊害が大きい」という理由で商標登録は禁止されているためです。
「他社の商標と似ているとダメ」ということはよく知られていますが、「商標にある程度の独自性がないとダメ」ということはまだ案外知られていないため、この落とし穴にハマって商標登録に苦労するスタートアップ企業が結構います。
また、独自性のあるネーミングを採用した方がいい理由は、商標登録のしやすさの面以外にもあります。特に会社名(コーポレートブランド名)については、今やっているサービスの内容を直接的に言い表したようなネーミングにしてしまうと、違う領域に事業拡大しようとするときにこれまでの活動でブランド力(信用)が高まったネーミングを横展開しにくくなるデメリットがあります。
たとえば Google や Slack のように、サービス内容を直接的に表さない独自性の高いネーミングを採用する方が、ブランド構築の観点からすると長期的に見て良いです。また、独自性の高いネーミングほど、商標登録しやすく、コストも下がる傾向にあります。
②ローンチ後の出願であれば早期審査を検討する
「早期審査」とは、通常約10ヶ月程度かかる商標登録の審査期間を約2ヶ月* に短縮できる制度です。早く審査結果がわかると、ダメなときもすぐわかるので、ネーミングやロゴの変更が必要かどうかがすぐにわかるメリットがあります。
今採用しているネーミングやロゴの変更が実は必要だったという場合に、認知拡大をしきる前にネーミング変更の機会を持てるので、急速な成長を志向するスタートアップには相性の良い制度だといえます。
* 本記事執筆時点。特許庁の状況により審査期間は変わります。
早期審査について詳しくはこちらをご覧ください。
③ Google広告 で自社のサービス名で出稿されていないか定期的にウォッチングしておく
リスティング広告の代表的存在である Google広告 は多くの会社が利用しています。人気のあるキーワードを広告文に使うと広告の露出機会が増えるため、競合他社に自社のサービス名を Google広告 の広告文に入れられてしまうことがあります。
ここで自社のサービス名が商標登録してあれば、 Google に申告するとその広告を取り下げてくれる仕組みがあります(Google の商標権侵害申告フォーム)。逆に商標登録していないとこれができないので、商標登録の効果は大きいです。きちんと商標登録をした上で、定期的に Google広告 をウォッチングすることにより、他社に流出するユーザーを食い止めることができます。
他のプラットフォームでも同様に商標権侵害の申告をすることでプラットフォーム上の侵害行為をストップしてくれる仕組みを設けているところがあるので、商標登録をしてあると大きなメリットがあります。
気になる方はこちらの記事もご覧ください。
④プレスリリース前に商標登録出願をしておく
スタートアップは、認知拡大のためにプレスリリースを積極的に活用することが多いです。一方プレスリリースは他の会社もチェックしているため、もし商標権侵害をしてしまっていると、この時が最も「警告書」が送られてくる危険性の高いタイミングでもあります。
一度プレスリリースで世の中に知らしめたネーミングやロゴを、その後に撤回することになるのはイメージ的にも大きなマイナスです。そのプレスリリースに関係している商標については、必ずあらかじめ商標調査や出願しておくことがとても大切です。
⑤競合他社の商標登録をチェックすることで、事業戦略がわかることも
きちんとしている企業ほど、商標登録は先手先手で行っています。そのため、商標登録出願の情報から、半年〜1年後くらいのその企業の事業戦略が透けて見えることも珍しくありません。
競合他社の商標情報を定期的にチェックすることで、競合他社の次の事業戦略がわかることもあるため、競合や市場調査の手段の一つとして商標情報を活用することも頭に置いておきましょう。
5. スタートアップの商標登録の例
有名なスタートアップ企業が実際にどのような商標登録をしているか、例を見てみましょう。
freee
①商標登録第5660705号

出願日:2013年3月7日
区分:42
②商標登録第6004222号

出願日:2017年4月19日
区分:35, 36, 41
③商標登録第6521273号

出願日:2021年5月7日
区分:9, 35, 36, 41, 42, 45
freee の場合、最初は42類の1区分で最低限の商標登録をした後、事業の成長に伴って登録する区分を大きく拡大していったようです。
マネーフォワード
①商標登録第5758600号

出願日:2013年2月5日
区分:35, 36, 38, 41, 42
②商標登録第5787967号

出願日:2015年2月23日
区分:9, 35, 36, 38, 41, 42
③商標登録第6025722号

出願日:2017年5月23日
区分:9, 36, 42
マネーフォワードの場合、当初から広い範囲の区分でしっかりと商標登録をしていることが特徴です。ロゴも早く押さえています。
「MY通知」のような機能名も多く商標登録しています。
メルカリ
①商標登録第5599645号

出願日:2013年3月8日
区分:9
②商標登録第5739824号

出願日:2014年10月29日
区分:35
③商標登録第5981250号

出願日:2017年1月23日
区分:36
メルカリは、1区分ずつちょこちょこと登録範囲を拡大しているところが印象的です。
決済サービスが該当する「36類」を「メルペイ」事業に進出しようとする前のタイミングでしっかり行っています。
Slack
①国際登録1257432

出願日(国際登録日):2015年5月29日
区分:9, 42
②国際登録1566911

出願日(国際登録日):2020年7月29日
区分:9, 35, 38, 41, 42
Slack は国際登録という形で日本で有効な商標登録を取得しています。
Slack のシンボルマークが新しくリニューアルされる前にきちんと新しいマークを商標登録しています。
まとめ
最後にまとめです。
- スタートアップ企業に特有の「商標登録する理由」は具体的に4つある
- IPOのため
- M&Aのため
- ネーミング変更回避のため
- 訴訟リスク回避のため
- スタートアップ企業が商標登録すべき理想の時期はサービスのローンチ前だが、以下のフェーズにずれ込んでしまうこともある。それぞれのフェーズで留意点や対策があるので押さえておこう
- ローンチ後
- プロダクトマーケットフィット(PMF)後
- シード投資時期
- シリーズA投資時期
- スタートアップ企業が商標登録の際に選択すべき区分は、3区分以上になることが多い。スタートアップにとって取得の必要性が高い区分を押さえておこう
- スタートアップ企業が商標登録をするとき、以下の点には特に気を付けておこう
- サービス名は独自性のあるネーミングにしておく
- ローンチ後の出願であれば早期審査を検討する
- Google広告 で自社のサービス名で出稿されていないか定期的にウォッチングしておく
- プレスリリース前に商標登録出願をしておく
- 競合他社の商標登録をチェックすることで、事業戦略がわかることも
図解でまとめ(グラレコ)
スタートアップは、一点に限られたリソースを集中して事業を育てるからこそ、その事業やブランドの「信用の器」となる商標登録を事前にしっかりと確保しておく重要性が高まります。
一方で、理想通りに物事を進めることがより難しいのもスタートアップの悩みであることもまた事実です。
この記事を参考に、この理想と現実の狭間で自社のベストを尽くせるよう、商標戦略も考えていきましょう!
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