怪獣。なんて魅力的な響きでしょう。
人智を超えた巨体、東京タワーをぺしゃんこにする圧倒的なパワー、そして抗いようのない灼熱の光線。
東宝のゴジラシリーズ、大映のガメラシリーズ、そしてウルトラ怪獣……いろんな怪獣がひしめく中で、最も有名な怪獣といえば、やはり我らが怪獣王ゴジラでしょう。
『ゴジラ』(1954年)
ゴジラ映画ヒストリー | 完全新作TVアニメシリーズ「ゴジラ シンギュラポイント Godzilla Singular Point」公式サイトより
2014年のハリウッド版『GODZILLA』の大ヒットを起点として、『シン・ゴジラ』、アニメ映画化、ハリウッドでの続編展開、TVアニメ化と、近年勢いが止まらないゴジラシリーズ。
ゴジラ・モスラなどの有名怪獣を中心として、多様な商品化やタイアップなど、東宝のキャラクタービジネスはこれまでになく拡大しています。
実際、2018年に公開されたTOHO VISION 2021では、ゴジラを軸とするキャラクタービジネスを「ブレイクスルー領域」として積極投資の対象とすることが明記されています。
ある日、ふとした好奇心で「ゴジラ」を商標検索してみたところ、なんと80件近い商標出願がヒットしました。東宝のゴジラへの力の入れようがわかります。
そうなると、モスラ、ラドン、キングギドラ……あんな怪獣やこんな怪獣の商標を調べてみたくなるのが人の性。
というわけで、本記事では「怪獣の商標」というテーマで、ゴジラシリーズを製作している東宝株式会社の知財保護戦略を調べてみました。
「映画なんだから著作権で保護されるんじゃないの?」「わざわざ高い金を払って怪獣(キャラクター)の商標権を取る意味あるの?」といった疑問も考えてみます。
それでは、めくるめく怪獣商標の世界、早速スタートです!
ゲストライター紹介
しろさん:特許事務所に勤める弁理士。ゴジラ歴は約30年。この世で一番好きな怪獣はヘドラ。本記事は、YouTubeチャンネル「知財実務オンライン」での自身の発表を元に執筆しました。
目次
1、あんなマイナー怪獣まで商標登録? 東宝怪獣の商標を調べてみた
まずは、特許庁のデータベースJ-PlatPatで東宝の商標出願を検索して、商標出願されている怪獣名を洗い出してみました。
出願されているのは全50怪獣! みなさんは全部知ってますか?
同じ怪獣でも複数回出願されたものもあり、商標出願数ベースでは252件でした。
モスラやキングギドラなどの有名どころはもちろん、ミレニアンやカメーバといったマイナー怪獣(?)も出願されています。
ミレニアン(『ゴジラ2000 ミレニアム』)
カメーバ(『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣』『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』)
また、ゴジラシリーズだけでなく、東宝の単発作品に登場したドゴラやサンダ&ガイラ、平成モスラシリーズに登場したデスギドラやダガーラなど、非常に幅広く出願されています。
(ちなみに『緯度0大作戦』に登場した怪獣グリホンは、なぜか「グリフォン」として出願されているようですネ……)
ドゴラ(『宇宙大怪獣ドゴラ』)
サンダ&ガイラ(『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』)
フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ [東宝DVD名作セレクション] – Blu-ray/DVD|東宝WEB SITEより
デスギドラ(『モスラ』1996年版)
ダガーラ(『モスラ2 海底の大決戦』)
このように「怪獣の名前」を広く商標出願している点から、以下のような知財保護戦略を見て取ることができます。
「怪獣映画そのもの」は当然に著作権で保護されますし、映画に登場する怪獣の「造形・デザイン」も著作権の保護対象となり得ます。
しかし、一般に怪獣の「名前」が著作物と認められる可能性は低く、著作権による保護には限界があります。また、著作権の保護期間が切れた著作物は、パブリックドメインとして誰でも利用可能になってしまいます。
この点、「商標権」は、怪獣の名前も保護対象となり得ますし、更新登録によって半永久的に権利を存続させることができます。
つまり、映画公開から70年が経って映画の著作権が切れた後でも、ちゃんと所望の商品Aについて「ゴジラ」の商標権を取っておけば、誰かが勝手にゴジラの商品Aを作ったり売ったりする行為を半永久的に禁止できることになります。
このように、怪獣の名前を商標権で押さえることにより、著作権ではカバーしきれない範囲まで含めた多面的な知的財産保護を図っていると考えられます。
2、商標出願数から見る最強怪獣ベスト10
次に、怪獣ごとの商標出願数を調べてみました。
商標出願数が多い怪獣は、東宝が特に力を入れていると考えてよいかもしれません。
1位はきっとアイツだとして、みなさんの推し怪獣は果たして何位でしょうか?
気になるランキングは……こちら!
第1位:ゴジラ
さすがの怪獣王、圧巻の出願数です。
実は作品によって結構造形が違いますが、筆者が一番好きなゴジラは『ゴジラVSモスラ』のゴジラ、通称「バトゴジ」。
ウ~ン、カッコいい。
第2位:ラドン・デストロイア(同率)
モスラより上位にこの2体がランクインするのは少し意外かも?
ラドンは、登場作品数も多く、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』でハリウッドデビューも果たした人気怪獣です。
ラドン(『空の大怪獣ラドン』ほか)
デストロイアは、「ゴジラ死す」のキャッチコピーとともに平成初期のゴジラシリーズの幕引きとなった『ゴジラVSデストロイア』の敵怪獣。
第1作『ゴジラ』でゴジラを倒した兵器「オキシジェン・デストロイヤー」から誕生した因縁の怪獣で、1作品だけの登場にもかかわらず、その存在感は非常に大きいです。
デストロイア(『ゴジラVSデストロイア』)
第4位:モスラ
第4位はご存知モスラ。
西太平洋にあるインファント島の守り神という設定で登場することが多く、とにかくめちゃくちゃ戦績がいい蛾。ゴジラにも大体勝ってます。
人気も高く、平成モスラ3部作という冠シリーズも持ってるので、第2位に食い込めなかったのが意外なほど。
モスラ(『モスラ』ほか)
第5位:メカゴジラ・ガイガン(同率)
第5位はメカ系怪獣2体が同率! こいつらも人気ですよね。
個人的には、やはり初代メカゴジラの全身兵器感が大好きです。鼻の穴からファイアーとか仰天しますよね。
メカゴジラ(『ゴジラ対メカゴジラ』ほか)
サイボーグ怪獣ガイガンの完全殺傷特化の見た目も、子ども心をゴリゴリくすぐってきます。
こいつだけ生物感がなさすぎる。
ガイガン(『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』ほか)
第7位:アンギラス・ミニラ・マタンゴ(同率)
アンギラスは、ゴジラシリーズ初の敵怪獣として登場してゴジラに破れますが、2代目アンギラスはゴジラの相棒として敵と戦う場面が多いです。
トゲトゲした恐竜っぽいデザインがいいですよね。
アンギラス(『ゴジラの逆襲』ほか)
ミニラは『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』から登場したゴジラの息子。
思わず「お前、ホントにゴジラの息子?」と疑いたくなる、味のある顔つきが魅力的ですね。
ミニラ(『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』ほか)
そして、ゴジラシリーズ外の伝説的な東宝映画『マタンゴ』からまさかの登場、キノコ怪人マタンゴ!
この作品はご存知ない方も多いかもしれません。かく言う筆者も未視聴です。
マタンゴ(『マタンゴ』)
こいつ怪獣なのか? という疑問はさておき、『マタンゴ』は1963年に公開された特撮ホラー映画で、「世界の珍妙ホラー映画ベスト5」の第3位にランクインしているそうです。
無人島に漂着した7人の若者たちが、島に生えていた未知のキノコを食べてキノコ人間と化してしまうというストーリーで、極限状態に置かれた人間の本性が描かれます。
「マタンゴ」という名前は、キノコの一種である「ママダンゴ」(ツチグリ)から取られたとのこと。
「マタンゴ」といえば、キノコ型モンスターとしてドラクエなど様々なゲーム作品にも登場しますが、これらはいずれも上記の東宝映画が元ネタのようですね。
仮に「マタンゴ」がキノコ型モンスターの普通名称として定着してしまった場合、もはや東宝が「マタンゴ」を自社の商品などの識別標識として使用することも難しくなってしまいます。
決して有名とはいえない作品「マタンゴ」について多数の商標出願がされているのは、ちゃんと商標登録をして自社商標と主張することによって、「マタンゴ」が普通名称化してしまう事態を避ける意図もありそうです。
ということで、商標出願数ランキング上位9怪獣を見てきました。
さすがに有名な怪獣はみんなランクインしているようですね。
……あれ、誰か忘れてない?
ということで、ギリギリ第10位に滑り込んだのは……
第10位:キングギドラ
ご存知三つ首宇宙怪獣。
お前、マタンゴより下かよ!
キングギドラ(『三大怪獣 地球最大の決戦』ほか)
1964年の『三大怪獣 地球最大の決戦』で、金星文明を滅ぼした宇宙怪獣として、派手な登場演出とともに鮮烈なデビューを飾ったキングギドラ。
その後も、宇宙人に操られて襲来しては撃退され、宇宙怪獣の設定を捨てても撃退され、戦績としてはいいとこなしですが、やっぱりデザインは超カッコいいです。
ゴジラのライバルといえばやっぱりギドラ、というファンが多いのもむべなるかな。
なんとかベスト10に入れてよかったね!
※なお、実際には、個々の商標権の「強さ」は、商標の文字・マークの内容、指定商品・役務、自社・他社のビジネス形態などによって大きく異なります。出願数が単純に知財保護の強さや保護範囲の広さを表すわけではありませんので、ご留意ください!
3、ゴジラシリーズの歴史から見る東宝の商標戦略
最後に、ゴジラシリーズの歴史を辿りながら、東宝の商標出願戦略を考察してみます。
ゴジラシリーズの歴史は、ざっくり以下のようにまとめることができます。
①昭和ゴジラシリーズ(1954年~1975年)
まず、昭和ゴジラシリーズは、核兵器への警鐘を鳴らすモンスターパニック映画として製作された第1作『ゴジラ』から始まります。
2作目以降はゴジラと敵怪獣との対決を描く形が定着し、3作目からは概ね毎年上映されるようになりました。
しかし、「宇宙人が操る敵怪獣をゴジラが撃退する」という展開が定番になってくると、次第にマンネリ化が進み、観客動員数も低下してしまいます。
そこで、ゴジラ映画は、1975年の第15作『メカゴジラの逆襲』で一旦休止期間に入りました。
実はこの昭和ゴジラシリーズの間には、怪獣名の商標は僅か2件しか出願されていません。
それが、1963年に2件同時に出願された下記の「ゴジラ」の姿付き商標です。
1963年に商標登録された初の「ゴジラ」商標(商標登録第627129号)
1件目は24類「おもちや、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)レコ-ド、これらの部品及び附属品」、2件目は25類「紙類、文房具類」をそれぞれ指定商品として出願されています。
これが記念すべき東宝の初怪獣商標で、そこから怪獣商標の出願はしばらく途絶えることになります。
当時はまだ怪獣関連の知的財産を商標で保護するという意識が薄かったのかもしれません。
②平成VSシリーズ(1984年~1995年)
約10年の休止期間を経て、1984年に公開された第16作『ゴジラ』は、第2作~第15作の設定をリセットし、第1作の直接の続編として製作されました。
ここから第22作『ゴジラVSデストロイア』までの約10年間が平成VSシリーズです。
『ゴジラ』(1984年版)
ゴジラ(昭和59年度作品)ゴジラストアより
平成VSシリーズの作品群は連続したストーリーとなっており、SF色を強めて人気を博しました。キングギドラ・モスラ・メカゴジラといった人気怪獣だけでなく、ビオランテ・スペースゴジラ・デストロイアなどのカッコいい新怪獣も生み出されました。
商標出願を見ると、まず1976年~1983年の休止期間中に9件の商標が出願されています。
これらはすべて「ゴジラ」の文字商標で、その大半がシリーズ再開を目前に控えた1982年~1983年に出願されています。
ここが、東宝が商標権による知財保護に本格的に乗り出したターニングポイントといえるかもしれません。
そして平成VSシリーズの期間中には、合計61件もの商標が出願されています。
このうち、シリーズ再開直後の1985年には、ゴジラ以外の怪獣としてモスラ・ラドン・キングギドラが初めて商標出願されました。
その後、1994年には、日本語の「ゴジラ」と英語の「GODZILLA」とを併記して横向きゴジラを添えた下記の商標が、指定商品ごとになんと41件まとめて出願されています。
1994年に出願された「ゴジラ」商標(商標登録第3318973号)
この背景には、おそらくハリウッド版『GODZILLA』の製作決定があったものと考えられます。
虎の子作品『ゴジラ』を外部の製作会社に委ねるために、求められる知財管理のレベルもそれまでとは全く異なるものになったことがよくわかります。
ハリウッド版『GODZILLA』(1998年版)
98年・米国版『GODZILLA/ゴジラ』 84年版『ゴジラ』 『ゴジラ FINAL WARS』がテレ東「午後のロードショー」で放送 – amassより
③ミレニアムシリーズ(1999年~2004年)
その後、ハリウッド版『GODZILLA』(1998年)の製作決定をきっかけとして再び休止期間に入ったゴジラシリーズですが、1999年には再びミレニアムシリーズとして設定を一新して復活します。
ミレニアムシリーズは、第23作『ゴジラ2000 ミレニアム』からスタートし、基本的にストーリーが連続しない単発作品で構成されています。
ゴジラを恐怖の対象として描く傾向が強く、ゴジラの凶暴性が特に強調された『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』では、同時上映のハム太郎を楽しみにやってきた子どもたちが大泣きするという事態になりました。
世界最小のだいぼうけん。生き残るのは誰だ!
そんなミレニアムシリーズも、ゴジラ50周年の節目に第28作『ゴジラ FINAL WARS』で幕を引きます。
商標出願を見てみると、VSシリーズ完結からミレニアムシリーズ完結まで、出願はそれほど活発ではなかったようです。
④新世代ゴジラシリーズ(2014年~)
その後は、東宝による待望のゴジラシリーズ新作『シン・ゴジラ』公開(2016年)まで、約12年に及ぶ休止期間が続くことになります。
この休止期間中に、新たなハリウッド版『GODZILLA』(2014年)が公開され、世界中で大ヒット。
そして、このハリウッド版の成功を受けて製作されたのが、ご存知『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督を起用した『シン・ゴジラ』です。
『シン・ゴジラ』(2016年)
ゴジラ映画ヒストリー | 完全新作TVアニメシリーズ「ゴジラ シンギュラポイント Godzilla Singular Point」公式サイトより
その後、ハリウッド版の続編『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』『ゴジラvsコング』が製作される傍ら、日本のゴジラシリーズはまさかのアニメ映画化(2017年~2018年)、TVアニメ化(2021年放送『ゴジラ S.P』)と続き、従来の東宝特撮映画とは一線を画した様々なメディア展開を見せています。
アニメ映画『GODZILLA 怪獣惑星』
ゴジラ映画ヒストリー | 完全新作TVアニメシリーズ「ゴジラ シンギュラポイント Godzilla Singular Point」公式サイトより
TVアニメ『ゴジラ S.P(シンギュラ・ポイント)』
商標出願としては、ミレニアムシリーズ終了後の休止期間に143件もの出願がされています。
特に2009年には、これまで商標出願されていなかった様々な怪獣名が、日本語・英語併記で大量に出願されています。これは、タイミングとしてはハリウッド版『GODZILLA』(2014年版)製作決定のニュースと重なります。
このため、旧ハリウッド版の製作決定時と同様に、東宝が一気に商標出願による知財保護を進めたと考えられます。
また、ハリウッド版『GODZILLA』(2014年5月公開)の大ヒット直後の2014年7月にも、比較的マイナーな怪獣たちが大量に商標出願されています。
これは明らかに、ハリウッド版の大成功を受けて、日本発のゴジラ企画の準備が本格的に始まったことを示しています。
実際、アニメ映画版やTVアニメ版では、モスラ・ラドン・キングギドラ・メカゴジラなどの有名怪獣だけでなく、比較的マイナーな怪獣もスポットが当たる機会が増えました。
さらに2019年にも、様々な怪獣が一斉に商標出願されています。
このように、ハリウッド版『GODZILLA』から再燃したゴジラシリーズの盛り上がりに歩調を合わせるように、怪獣名の商標出願数も大幅に増加しています。
2009年以降の東宝怪獣商標の出願数はなんと170件。2008年までの出願数の2倍以上です。
2010年より前は、ハリウッド版の製作決定を受けて商標を大量出願という流れが見られましたが、2010年代からは、国内の展開の広がりに合わせて積極的に商標出願を進める傾向も見られました。
ゴジラシリーズが様々なメディアに展開されていくにつれて、知財保護の重要性が一層高まっていったと考えられます。
4、まとめ
この記事では、東宝怪獣の商標出願を俯瞰することで、「怪獣」というキャラクターコンテンツを保護する知財戦略について調べてみました。
東宝は、著作権の限界を商標権でカバーするとともに、シリーズ展開に合わせて商標出願を進めることにより、自社の怪獣コンテンツを知的財産として積極的に保護しているようです。
長い休止期間を経て一層進化し、様々な展開を見せているゴジラシリーズ。
一ファンとして、今後の怪獣たちの活躍がますます楽しみです!
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