ブランドを立ち上げようと商標検索したら、他社がすでに商標を登録していた・・。
調査せずに商標を使っていたら、実はすでに他人の登録商標とバッティングしていた・・。
商標登録の基本ルールは「早い者勝ち」。登録することで「独占権」が発生するため、出遅れた他人は、その権利範囲では使用することができません。
自分が使いたい範囲で他人の登録商標が見つかった場合、バッティングしないように自分の商品・サービス名を変更するのが一般的な対応になるのですが、その名称をすでに使い始めていた場合など、諦めきれないケースもあります。
この点、商標法には「使用権の許諾(商標法30条・31条)」という制度があり、商標権者が、他の人にライセンス(商標の使用許諾)を与えることが可能になっています。
ただ、ライセンスを与えるかどうかは、商標権者の判断次第。登録にコストが掛かっている以上、「タダで商標使っていいですよー」なんて方はほとんどいないですし、交渉のやり方しだいでは「あなたに許諾は無理ですね」とあっさり断られることも。
一方、許諾を受けに行く側としては「出来るだけ素早く、安上りに交渉を成立させたい!」と考えるのが人情です。
そこで本記事では、商標ライセンスの目的や、相場、交渉のコツについて商標弁理士がポイントを解説します。
目次
この記事の図解
1.商標ライセンスの目的は?
まず、出発点として商標ライセンス契約の目的を確認しましょう。
「そんなの、商標を使用させてもらうためでしょ?」と思われるかもしれませんが、実は、ライセンスを受けようとする商標との関係で、主な目的が変わってきます。
例えば、著名なスポーツブランドである『NIKE』について、自社でも使用許諾を受けてアパレルグッズを作って売りたいな・・と考えた場合。
この場合、「すでにユーザーに認知され、ブランド価値がある商標」を使うことで、お客さんを集めやすくし、売上を上げたいという目的があります。いわば、『ブランド価値利用型』と呼べるでしょう。
ライセンスを申し込む側は、『NIKE』のロゴのライセンス料がいくらか、一方、そのブランドを使うことでどれだけ売上が上がりそうかを天秤にかけ、ライセンス料が売上アップに見合うと判断すれば、許諾を受けにいくことになります。
一方、自分で考えた商標『KATANA-GARI』でアパレルブランドを立ち上げ、ブランドが軌道に乗ったあと、「実は他人が『KATANA-GARU』を商標登録をしていた」と判明した場合はどうでしょうか。
もし他人が『KATANA-GARU』の商標の使用を開始していないか、ほぼ商品展開がない場合、ライセンスを申し込む側に「すでにあるブランド価値を利用したい」という意図はありません。
つまり、第2のパターンでは、「自分の商標の使用を禁止せず、安全に使い続けさせてもらう保証」が主な目的になります。こちらは『安全確保型』と呼べるでしょう。
ライセンス契約を結ぶ目的しだいで、ライセンスの価格や契約条件が大きく異なると言われているため、ご自身の商標の使用許諾を受ける目的はどちらか?まず検討すると良いでしょう。
参考リンク:商標使用許諾契約のドラフティング (パテント2004)
2.商標ライセンスの相場
目的が分かったところで、気になるのはライセンスを受けるための費用。
ライセンス料は許諾を与える側のブランド知名度の大小や、業界相場により大きく左右されます。
そのため、一概にいくらが相場とは言えないのですが、参考となるデータの1つとして、2010年の特許庁の委託調査に「商標権のロイヤリティ料率の平均値」が出ています。
知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書 ~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~ 11Pより
商標ライセンスを与える場合の料率として、販売高に対しての2.6%がロイヤリティ料率の平均値として挙げられています。つまり、年間売上1億円の商品について商標ライセンスを受けた場合、260万円のライセンス料が発生します。
このようなパーセント型のライセンス料は、『ブランド価値利用型』のライセンスに適用されることが多いです。2.6%がざっくり平均といっても、業界の相場やブランドの知名度で大きく変動し、例えば欧米ですでに成功したブランドが日本に初進出するときは10%以上のライセンス料が設定されることもあります。一方、まだ売り出し中のブランドでは、1.5%など戦略的に安いロイヤリティ料率が設定されることもあります。
また、『ブランド価値利用型』のライセンスでは単に〇%という定額だけではなく、「売上額に関わらず、ライセンス料の最低保証金として毎年〇万円支払う」という最低保証金(Minimum guarantee、いわゆるMG)が条件として課せられることも多いです。
このMGが曲者で、例えばライセンス料が2%と安めであっても、最低保証金が1000万円という契約になっていると、年間売り上げが5000万円しかなくても1000万円は支払わなければならず、実質ライセンス料は20%もの高額だった・・という悲劇も発生します。
ライセンス交渉の世界では、ライセンス料率本体よりも、いかにMGを値切れるかのほうが重要とも言われており、MG額の設定は特に注意が必要です。
一方で、『安全確保型』のライセンス料はどうでしょうか。
こちらは統計データはないものの、実務上、%ではなく定額でライセンス契約を結ぶことがよく見られます。
理由としては、借りようとする商標のブランド価値を利用する目的ではないので、商品の売り上げの〇%が借りたブランドの寄与分・・という計算がなじまず、あくまで「権利行使をしないことのお礼」としてライセンス料を支払うためと考えられます。
『安全確保型』のライセンス契約の場合、業界・ビジネス規模によって千差万別ですが、経験上、年間10万円前後を定額ライセンス料として支払うことが多いです。
金額の根拠として、商標出願を特許事務所に依頼した場合は、出願~登録まで1区分で10万円前後かかります。この出願費用を回収したいという動機が働くのと、ライセンス契約には交渉の手間がかかることから、「2桁の10万円は取りたい」という考えに至るのではないでしょうか。
支払い方法は、毎年更新として契約締結時に初年度のライセンス料を支払い、さらに翌年以降も使用を続けたいなら、契約更新時に費用を毎年払う形が比較的良くみられます。
毎年10万円といっても、10年間だと100万円の支払いになりますので、長く使うことが確定している商標なら、商標の存続期間に合わせて5年・10年といった複数年払いにし、その分ディスカウントしてもらうことも考えられるでしょう。
なお、『安全確保型』だといっても、価格を決める主導権はライセンスを与える側にあります。ライセンスを受ける側のビジネス規模が大きければ、ライセンス料も高くなる傾向があります。例えば、『アイホン』商標のApple社への商標ライセンス料は、年間1億円と言われています。
自社のビジネス規模がある程度大きい場合、相手が期待するライセンス料も自然と高くなりますので、交渉がハードになることは覚悟しておいたほうが良いでしょう。
3.商標ライセンス交渉 成功のコツ
商標ライセンスの交渉で、結果が見えにくいのはやはり『安全確保型』です。
『ブランド価値利用型』の場合は、あらかじめ商標権者側が基本となるライセンス料率を決めていることが多いですし、商標権者側がすでにライセンス契約書のドラフトを持っていて、交渉ではその条項の一部を書き換えられるか相談することが大半です。
一方、『安全確保型』では、そもそも商標権者側が「商標を借りに来る」ことを想定していませんし、知らない相手が借りに来たときに不信感を持たれ、「お断り価格」が提示されることも。
たとえ無下に断るつもりがなくても、ライセンスの経験が浅いがために商標を借りる側が支払えない高額の提示が出てくるケースもあります。
そこで、『安全確保型』で役立つだろう、商標ライセンス交渉のコツについて5点ご紹介します。
① 特許庁のデータベースで商標登録情報を調べる
「自分の商品・サービス名が他人の商標とバッティングしている!」ことが分かった際は、まず慌てずに、特許庁のデータベースで相手の商標登録を調べてみます。
調べるポイントは、登録されている商標の内容、指定商品・役務、登録件数、登録時期です。
実は、商標は1件だけでなく、同じネーミングでもロゴ・文字のように別々に2件以上登録されているケースがあります。この場合は全ての商標から権利行使を受けないことを契約上、明らかにしておかないと使用にリスクが残ります。
また、最初は「〇〇商標が先に取られてしまっている」と思っても、指定商品・役務が異なり、実は自分のブランドとはバッティングしていないこともあります。一方、ぱっと見ではバッティングしていない指定商品・役務だなと思っても、審査基準上で実は類似の範囲だった・・・なんてこともありますので、弁理士をはじめとする商標の専門家に見てもらうのが良いでしょう。
商標の登録件数や登録時期をチェックするのは、相手の商標に対する力の入れようを確認するためです。
- たくさん商標出願されている:商標に対する権利意識が強い
- いつから登録されているか:登録から時間が長く、10年ごとの更新を何度も繰り返している商標は、相手も思い入れが強い可能性が高い
さらに、企業の場合は社外弁理士を代理人として立てているか、又は自社で出願しているのかも確認しておくと良いでしょう。このように、商標登録情報をあらかじめ調べておくことで、相手側の管理体制や、その商標の重要度についてある程度推測することが可能です。
② Googleや企業ホームページで商標の使用状況を調べる
次に、商標の使用状況をGoogle検索や企業ホームページなどで必ず調査します。
なぜなら商標には「不使用取消審判」という制度があり、3年以上、特定の指定商品・役務について使用されていない商標であれば、申立により取り消すことが可能です。
明らかに相手がその商標を使用していない場合は、交渉を行うまでもなく、商標を取り消すことで希望する商標を使用することも可能です。
ただ、難しいのは、「検索では引っかからなかったけど、実は相手がその商標を使っていました」という場合で、不使用取消審判が失敗した後で、交渉に行くと相手が気を悪くしており、ライセンス料を高めに言われるか、場合によっては許諾してくれない・・・なんて場合もあります。
そこで昔は、あらかじめ不使用取消審判をかけてからライセンス交渉に向かう、なんてことも多かったのですが、相手側としてはどうも腹立たしく、交渉を阻害しかねないものでした。一方、商標の権利者側も交渉で「不使用取消審判をやるかも」と匂わされると、慌ててパッケージに商標を付すなど、駆け込みで使用証拠を作るという怪しい動きをする者もおりました。
そこで、今の商標法では「不使用取消審判の請求前、3か月以内にされた商標の使用は、その使用が審判請求がされると知った後だと証明されれれば、正当な理由がない限り、商標登録の使用とは認めない」という制度になっています。(商標法50条3項)
53―01 T 登録商標の不使用による取消審判(特許庁ホームページ)
つまり、相手方の商標が使用されていなそうであれば、交渉で「ライセンスを頂けない場合は不使用取消審判を起こすことも考えています」と伝え、ライセンス額を安くまとめることが可能となりました。
不使用取消審判が明らかに通る状況であれば、商標ライセンス料も無償か、年数万円で済むケースが多いため、商標の使用実績は必ずチェックすることをお勧めします。
③ 担当者と代理人のタッグで交渉する
交渉の場に代理人(弁護士・弁理士)に立ち会ってもらうためには費用がかかりますが、交渉で役割分担できるという大きなメリットがあります。
- 担当者:なぜ、その商標を使いたいかというストーリーや、情熱を主観的に語れる
- 代理人:使用させてほしい商標の一覧や、ライセンス条件を法律家の目線で客観的に伝えられる
先ほど見てきた「不使用取消審判を起こす用意もあります」という話は、ビジネスサイドから言うと角も立つのですが、代理人から「法律的にはこういう手段もありますよね」と客観的な立場で伝えるなら、不快感を起こしにくいです。
また、交渉のキーとなるお金の話でも「当社としては年10万円で・・」と担当者が伝えて、相手が拒否反応を示すようなら、代理人が「私が過去担当した案件でも一般的な金額です」とフォローするなど、説得力を増すことができます。
代理人を起用しない場合でも、事業部門と法務・知財部門の担当者のコンビを組んで、あらかじめ役割分担の相談をしたうえで交渉に臨むと、交渉がブレイクしにくいでしょう。
なお、現場担当者だけではなく、社長や役員、少なくとも法務責任者クラスの方が交渉に立ち会うことで、相手に「本気度」を示すことも可能です。やりすぎると「そんなに重要な商標なのか」と高額なライセンス料を相手に期待させてしまい逆効果にもなってしまいますが、「無下に断られない」という観点では有効な方法です。
④ 交渉不成立の際の損害額を試算する
交渉に臨むときに一番大事なものは何でしょうか。話術?予算?どちらも大事ですが、一番重要なのは「心の余裕」。この交渉に失敗するとブランド名が使えなくなる・・と焦るのは相手に足元を見られかねず、失敗のリスクが高まります。
どうしたら余裕を持った交渉ができるのか。まずは「交渉失敗したときのMAX損害」を計算することです。
- 商標権侵害を回避するため、今から名称を変えたらどれだけ費用が発生するか?
- すでに使用開始している場合、名称変更でどれぐらい売り上げが落ち込みそうか?
開発が進んでいたり、すでに使用して名称にブランド力が蓄積している場合、名称変更のダメージは大きく、損害額の試算は気が重いものになるでしょうが、そのMAXの損害こそが自分が支払えるライセンス料額。
あらかじめ名称変更で生まれる損失をシミュレーションできていれば、ライセンス料の予算上限も定まり、それ以上を吹っ掛けられたら最悪、名前を変えてもよいという覚悟、そして「心の余裕」が生まれます。
試算の結果、名称変更をしたら甚大な被害がでるなら・・。それこそ社長・役員が交渉に臨む案件になるでしょう。
⑤ 交渉は焦らず、かつ迅速に
ライセンスを受ける側からすると、交渉は早く妥結させたいもの。すでに商品化の準備が進んでいたり、サービスを開始していたりすると、なおさら1発でOKを貰いたくなります。
ただ、ライセンスを与える側の立場では、「商標の使用許諾を出すのも、出さないのも自分の都合」であり、正直なところ急ぐ気持ちは薄い。交渉に来た人が焦っていると感じると「もっと使用料を払えるのでは?」と感じてしまいます。
そのため、喉から手がでるほど許諾が欲しくても、ガッついた感は出してはなりません。
落ち着いて「ライセンスを受ける目的」、「ライセンスを与えても相手には悪影響がないこと」、「(相手が不使用であれば)ライセンス以外に取りえる手段があること」を伝え、交渉を落ち着いて進めましょう。
相手が大企業の場合、交渉窓口の方にライセンスの決定権がないことも多いので、交渉でライセンスの可能性があると感じたならば、「どのような社内手続が必要か」、「手続をスムーズに進めるためにこちらから提出できる資料などあるか」という話もして、サポートする姿勢を見せることも良いでしょう。
また、相手がOKしてくれれば、速やかにライセンス契約の案文を出すなど、「こちらの都合で締結が遅い」感がでないようにし、ボールはできるだけ相手側にあるように進めるのも有効です。
☆コラム1:
『安全確保型』の交渉では、相手があらかじめ商標使用許諾の契約書を持っていないことが多いため、ライセンスを受ける側が契約ドラフトを作って提供する方が良いでしょう。
ドラフトを作る立場であれば、毎年契約が自動更新する条項を入れたり、商標ライセンスが不要になったら申し入れで解除できるようにしたりと、契約後の運用でトラブルがおきないよう、細かい条件面の調整もしやすいです。
契約書条項の参考リンク:商標使用許諾契約のドラフティング(パテント2004)
☆コラム2:
交渉が成立した際は、特許庁に通常使用権の登録をすべきかどうかも、専門家と相談しましょう。商標権の通常使用権の場合、登録せず契約だけでも当事者間の効果は生じます。しかし第三者に商標を譲渡されてしまうと、ライセンス契約の効果は第三者に原則として生じず、ライセンスの効果が消えてしまいます。
社名や基幹商品・サービスのような重要な商標ライセンス契約の場合は、後からトラブルが発生しないよう、通常使用権をしっかりと登録しておくべきでしょう。
特許庁に通常使用権を設定登録申請する手数料は1件3万円で、これに代理人手数料が別途かかる程度であり、それほど高額ではありません。
まとめ
ここまで、商標ライセンス契約の概要や費用の相場、交渉のコツを見てきました。
他人の商標をライセンスという形で借りに行く場合、使用料をお支払いしてライセンス(使用許諾)を受けることが通常です。そもそも貸してもらえるか、借りられるとしていくら対価をお支払いするかが交渉のカギとなります。
ちなみにライセンス交渉で一番苦しいのは、すでに使用をし始めていて、名称変更が難しい商品・サービス名の商標の使用許諾を求めに行くケースです。
相手側も「ビジネスがスタートしている以上、相当のライセンス料をもらえるのでは」と期待しますし、ライセンス料が折り合わない場合でも、「名前を変えるのでライセンス料は払いません」とは言いにくいです。
たとえ、名前を変えるとしても、「過去の名称使用分についてお金を払ってほしい」と言われる場合もあります。
そうならないように、継続して使用する商品・サービス名は、事前に商標を調査し、あらかじめ出願しておくことが大切です。
商標をうまく味方につけて、ブランディングを成功させていきましょう!
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