皆さんは「ブランド拡張」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ブランド拡張とは、あるカテゴリーのブランドを、異なる商品カテゴリーに拡張・展開していくことです。身近な成功例は「カルピス」です。もともとの乳酸菌飲料から、アイス・キャンディ・サプリメントと異なるカテゴリーへの展開に成功しました。
ただ、ブランド拡張をする際に悩ましい点は「一貫性」。異なるカテゴリーへの展開は、ともすればファンを混乱させ、それまで築いてきたブランドイメージを傷付けかねません。
失敗例はハーレーダビッドソンの香水。男臭さが売りのハーレーに香水は少々不釣り合いだったのでしょうか。スウェーデンの「失敗博物館」にも収録されているそうです。(参考:BUSINESS INSIDER 2017.6.22『「失敗博物館」に殿堂入りした日本製品』)
しかし、今の時代、変化せずに守り続けられるブランドはないでしょう。結局は、「変化」と「一貫性」のバランスが求められるのです。
そこで今回は、北海道南部にある森町を拠点とする株式会社いかめし阿部商店(以下、いかめし阿部商店)が手掛ける国民的駅弁「いかめし」をテーマに、ブランド拡張の実例を探っていきます。
いかめし阿部商店が ”いか” にして「変化」と「一貫性」を両立させたのか?ロゴや商品名を守る登録商標の情報と合わせて見ていきましょう。

筆者撮影(以下同様)
目次
1.いかめし阿部商店の歴史
京王百貨店 新宿店「春の大北海道展」にて。手渡された「いかめし」はほんのりと温かく、その触感がすでに美味しかったです。大都会・新宿でも、素敵な旅情を体験することができました。
森名物としておなじみの「いかめし」は、第二次世界大戦中に米不足が深刻化する中、阿部弁当店(現在のいかめし阿部商店)が考案したことが始まりとされています。お米を節約しても作れる料理として、当時道南地域にて手に入りやすいイカが活用されました。
いかめし阿部商店とは -いかめし阿部商店 HP より
Nintendo Switch のゲームソフト「桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番! ~(2020年発売)」における森駅では、1,000万円/物件の「イカめし屋」が販売されています。誕生から80年近く経った「いかめし」は、桃鉄に登場する程の定番グルメとなったのですね。
そんないかめし阿部商店の「いかめし」は、”駅弁甲子園” と称される京王百貨店新宿店のイベント「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」にて、「50回連続1位」という偉業を達成して殿堂入りを果たしています。(参考:駅弁大会で50回大会連続1位 「いかめし阿部商店」に密着 -NEWSポストセブン, 2021.1.16)
50回も連続で1位。その結果もさることながら、1966年の第一回大会から56年も継続して出店しているという点に素晴らしい「一貫性」が滲み出ています。では、殿堂入りした「いかめし」に纏わるブランディングについて、「変化」と「一貫性」に着目して少し掘り下げていきましょう。
2.いかめし阿部商店:各要素における変化と一貫性の例
消費者がいかめしを視覚で認識するときの窓口となる「商標」、いかめしの販売方法としての「マーケティング」、そしてカテゴリや味といった「商品」の3つの観点でみていきます。
「商標」:配置の変化、フォントや構造の一貫性
1960年出願の登録商標と比べ、2005年に出願された登録商標は文字の配置が異なります。そしてそれに伴い、イカ達のロゴマーク間の距離にも変化が。

しかし、全体として受ける印象はさほど変化が無いように思えます。それはやはり「いかめし」文字のフォントが不変であることが大きいのでしょう。そして距離に違いはあるものの、文字やロゴマークの「構造」には変化がありません。
どの位置に,どのようなシンボルがあり,どのような色の配置があったかという「構造」さえ変えなければ,消費者が変わっていないと認知してくれる可能性が高まる。
ブランド戦略論 -田中洋 著, P310
「マーケティング」:販売チャネルの変化、社長による実演販売の一貫性
駅弁は何と言っても電車や新幹線の中で食べるのが醍醐味。その特性上、どうしても通信販売とは相性が良くありません。しかし、より多くのファンへ「いかめし」を届けるべく、コロナ禍の直前である2020.3には通信販売を開始しています。(いかめし阿部商店 オンラインショップ)
コロナ禍において駅弁のお取り寄せが徐々に進んできましたが、いかめし阿部商店の「いかめし」は、先駆けて通販をスタートさせたのですね。
一方、全国の百貨店における実演販売にも力を入れています。先代である今井俊治社長は全国を飛び回り、年間160~170店舗もの百貨店やスーパーへ足を運んでいたとのこと。(参考:日商 Assist Biz「事例2 手づくりにこだわり、実演販売で「いかめし」を全国区の人気駅弁へ」)
その「現場主義」は3代目である今井麻椰社長にも引き継がれており、ご自身が登場する場所・日時を SNS にて情報発信をしつつ全国を駆け巡っています。一貫して行われる社長の実演販売は、「いかめし」を身近な存在に感じる一因となってそうですね。次に筆者の近所で催事がある場合は、今井社長がいらっしゃるときを狙ってお伺いしたいと思います。
「商品」:カテゴリの変化、味や見た目の一貫性
約80年もの間「いかめし」を販売している一方、他の製品カテゴリーである「いかめしコロッケ」「いかめしおかき」も新たに開発&販売されています。これは「いかめし」という親ブランドを活かした「ブランド拡張」であり、積極的に「変化」している証と言えます。
一方、一貫している点は「味」と「見た目」です。「これだけは守りたいと思っている伝統」は何か?との問いに対して、今井麻椰社長は「味と見た目は変えないこと」と仰っています。商品だけでなく、容器の大きさや包み紙までも変えずに守りたいとのこと。(参考:「いかめし」3代目・今井麻椰。「味と見た目は守る」いかめし愛と新たな挑戦, 北海道Likers, 2020.8.17)
「いかめし」
パッケージや販売チャネルについて最適化していくのは大事ですが、食品を扱う以上は「味覚」「視覚」に訴えることが重要ということですね。たしかに、いかめし阿部商店の「いかめし」を愛する筆者にとっては、味の不変は勿論の事、見た目の不変さにも大きな安心感が得られます。掌に乗る小ぶりの可愛い容器、所狭しと交互に詰められた2尾のイカ、イカに刺さった楊枝。これら全て一貫して不変だからこそ、百貨店へ足を運んで「いかめし」を体験したくなるのです。
3.いかめし阿部商店のブランド拡張事例:一貫性のある素朴さ
種々の観点で変化はあるものの、いずれも「素朴さ」という一貫性があります。商標(パッケージ)は味がある同一のフォントを継続使用。通販があるものの、社長自らの実演販売も重要視。素朴さを醸し出す味や見た目は不変。
そしてその一貫した素朴さは、他のカテゴリー商品へと展開する「ブランド拡張」にもあらわれています。
「いかめしコロッケ」と「いかめしおかき」へのブランド拡張
素朴な食べ物の代表格であるコロッケとおかき。「いかめし」のブランド力を発揮するにあたり、相性の良いカテゴリーと言えるのではないでしょうか。歴史的価値を纏った商品なので、素朴な商品カテゴリーがしっくりきますね。
いかめしは主食。コロッケはおかず。おかきは間食。それぞれ食べたい状況が異なることから、いかめしブランドに触れる機会を増やすことにも繋がりそうです。
「いかめしコロッケ」と「いかめしおかき」
以上、各観点において「変化」と「一貫性」という切り口でみていきました。
4.いかめし阿部商店の商標登録例:独自の価値観を示すキャラクター「いかめしボーイ」
ここで、いかめし阿部商店が有する特徴的な登録商標を紹介しましょう。
いかめし阿部商店には、素朴なマスコットキャラクター「いかめしボーイ」がいます。今や全国的にほぼ無くなってしまった、ホーム上における駅弁の手売りを彷彿とさせるものです。「いかめし」を食すときにこのキャラを認識することで、更に旅情感が増すことでしょう。百貨店で実演販売される商品のパッケージには登場しないものの、通信販売にて購入可能なレトルト商品には彼が付されています。
いかめし阿部商店 HP より
そして更に、HP の「読み込み中」との待機画面にも登場します。あらゆるタッチポイントでいかめしワールドへ誘う素敵な計らいですね。
いかめし阿部商店 HP より
「いかめしボーイ」については3件の登録商標がありました。
商品名を出願するのはよくあることですが、「いかめしボーイ」までも出願しているとはちょっと意外ですね。そして「いかめしボーイ」の文字以外にも「いかめしボーイくん」、さらにイラストまで商標登録されていました。いかめし阿部商店さん、かなり思い入れがありそうです。

実はこのような商標登録出願は、世界観を作り上げるブランディングの観点では非常に有効です。単なる「いかめし」であればいかめし阿部商店さん以外にも複数のメーカーが取り扱っています。安いほうが良いよ、というお客さんもいることでしょう。
そこに「いかめしボーイ」という売り子のキャラクターが加わるとどうでしょうか。「いかめしボーイ」は、いかめし阿部商店のいかめしが駅弁として生まれたという歴史の象徴そのものです。いかめし阿部商店のいかめしには「旅情」も込められており、単なる「いかめし」ではないのです。
「いかめしボーイ」には、このようなイメージの一貫性が込められており、他社には決して真似させたくない名前・イラストです。なのでしっかりと商標登録を行い、「いかめしボーイ」に蓄積されたファンの信用を守り育てています。「いかめしボーイ」の商標登録には、ブランディングについてのいかめし阿部商店の本気度が込められているのでしょう。
5.まとめ:いかめし阿部商店におけるブランド拡張の「成功のための3因子」
ブランド拡張の「成功のための3因子」に当て嵌めると、以下のとおりです。
成功のための3因子
ブランド戦略論 -田中洋 著, P265-266
1. 親ブランドへのコミットメント・信頼・好意
2. ブランド拡張の一貫性
3. 顧客に好ましく関連する情報
ブランド拡張の「成功のための3因子」いかめし阿部商店 Ver.
- 「親ブランド」は、80年の歴史がある「いかめし」のこと。戦前から味と見た目を変えずに製造販売し続けることで、消費者の信頼や好意が蓄積。
- 「素朴さ」という一貫性。コロッケやおかきといった他のカテゴリーへとブランド拡張を行う中で、いずれの製品も「素朴さ」を一貫して備える。
- 3代目の今井社長による SNS の活用。全国のデパートにて販売を行う中、社長自ら販売するスケジュールを SNS にて共有し、ファンを魅了。自社の価値観を示すマスコットキャラ&その商標登録。
また、「変化」と「一貫性」のまとめは以下のとおりです。

いかめし阿部商店 「変化」と「一貫性」
6.実食:いかめし阿部商店の3商品を味わう
色々と分析をして御託を並べてきましたが、やはり「いかめし」は食べてこそ。コロッケやおかきとともに、実際に食べてみました。
「いかめし」と「いかめしコロッケ」
まずはいかめし。イカを噛み切ると、甘いタレの風味とともに押し寄せてくるご飯。その想定外であったイカの柔らかさが、より一層「いかめし」の美味しさを引き立てています。私が欲していたのはコレでした。昔食べたあの美味しい「いかめし」が、今口の中に…。
昨今は「変化し続けなければいけない」といった、現状維持を悪とする価値観が広まり、何処か生きにくさのある世の中。そんな中で「いかめし」は、大事にしている部分は変えてはいけないということを教えてくれました。力強く生きていくためには、流行りに惑わされず、決して変えてはいけない部分を見極める力が必要ですね。
お次はコロッケ。安心感抜群である男爵いもコロッケとしてのお味の中に、たまに訪れるイカの細切れ。美味しいだけでなく、そこには他のコロッケに無い食感の新体験が。そして男爵いもとイカに加えて、少しお米も入っています。これは「コロッケ分類学」における既存の分類では表現しきれません。サクサクの衣を噛み締めるとプニッとしたイカやお米に遭遇することから、「サクプニ」なるオノマトペがよいでしょう。(参考:日本コロッケ協会「コロッケ味利きマップ」)
誕生から約80年の歴史があるいかめしと、その展開製品であるコロッケ。いずれも味が良いだけでなく「食感」に特徴のある製品でした。
最後はおかき。いかめしとコロッケをそれぞれ2つも食べてお腹がいっぱいになったので、時間を空けてからいただくことに。小ぶりのおかきに味がしっかりとついており、先ほどのいかめしを彷彿とさせるものでした。これは、いかめしをそのまま潰しておかきにしているそうです。
「いかめしおかき」
いかめし、いかめしコロッケ、いかめしおかき。歴史的 / 文化的にも趣のある製品として、そこには五感以外にも訴求する美味しさを携えている製品達でした。
7.さいごに:更なるブランド拡張への勝手な期待
以上、「変化」「一貫性」そして「ブランド拡張」に着目して、いかめし阿部商店について(勝手ながら)纏めていきました。ここまで読んでいただいた方は、そろそろいかめしが食べたくなってきた頃でしょうか?
最後に、今後の新商品としてどの様な「ブランド拡張」の可能性があるか、僭越ながら勝手ついでに考えてみました。以下は、食べるシーン(主食 or 間食)と商品カテゴリーの生活密着度(日常 or 非日常)にて分類した結果です。
”コレ” によれば、「非日常のカテゴリーであり、かつ、間食用のもの」のポジションが空いています。一体何が考えられるでしょうか。
マカロン?・・・肝心な素朴さが失われてしまう気が。
ケーキ?・・・甘い食べ物とは相性が良くない気が。
たこ焼き!?・・・足の本数が多く、同列に扱われがちなイカとタコの融合!これですね!
「いかめしたこ焼き」に期待しております。
以下、いかめし阿部商店の今井麻椰社長よりコメントをいただきました。また百貨店へ買いに行きますね!それまではミニチュアを眺めて楽しんでおきます。情勢が落ち着けば、森町にも是非行ってみたいものです。
「いかめし」ミニチュア。楊枝まで忠実に再現されている。
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