2021年の発売以来、多くの人がその体験にワクワクしたのではないでしょうか?アサヒビールの「生ジョッキ缶」は、従来の常識を覆す「あえて泡立たせる」という発想で、私たちに新しい飲酒体験を提供しました。
この素晴らしい製品は、アサヒビールだけでなく、フルオープンエンド缶をアルコール飲料向けに開発した大和製罐、泡立ちを発生させるための塗料を開発したトーヨーケムという、3社の見事な共創によって生まれたものです。
そして、この画期的な製品の裏側には、各社が取得した特許権、意匠権、商標権といった知的財産権が密接に関わっており、近年稀にみる「とても身近で、知的財産権の紹介をしやすい事例」といえます。
そこで本記事では、各社の知的財産権からみる「生ジョッキ缶」、そしてフルオープンエンド缶を活用した「未来のレモンサワー」について実物をチェックしながら、深掘りしていきます。
是非皆さんもお手元に「生ジョッキ缶」や「未来のレモンサワー」があるつもりで、記事をご覧ください!

目次
1.「生ジョッキ缶」の知的財産権を時系列に味わってみよう
まずは「生ジョッキ缶」です。

1.1 開缶前
では早速、蓋を開けてみま・・せん!
実はもうこの時点で、知的財産権を味わうことができるんです。そう、外観を保護する意匠権。
フルオープンエンド缶の蓋部分については、大和製罐によって意匠登録されています。

左:意匠登録第1683115号(J-PlatPatリンク)
右:意匠登録第1685256号(J-PlatPatリンク)
更に・・みなさん、アサヒスーパードライといえば、何か耳に残っているフレーズがありませんか?そう、CM等でお馴染みの「アサヒィ↘スゥパァ↗ドゥルァァァァイ↘ ♪」 です。
実はこちらのフレーズ、「音商標」として登録されています。

J-PlatPat画面。商標登録第5969114号(J-PlatPatリンク)
この特徴的な音声は1994年に誕生以来、現在も継続してCMに使用されています。認知度が抜群で、消費者の聴覚に強く印象付けるものだからこそ、商標権として保護することが大事ですね。(参考:アサヒスーパードライのCMのあの声は誰?)
では前置きはこれくらいにして、いよいよ開缶しましょう!
1.2 開缶後

蓋を開けると、見る見るうちに泡が立ちます!実は、この泡立ち方は温度によって変わるんです。冷蔵庫から出した後に手で少し温めてみたりと、蓋を開ける前からユーザーが楽しめる点が本当に秀逸ですね。
この泡を生成する秘密は、缶の内部に使用されている塗料に隠されています。微細な凹凸を設けることで、泡が効率的に発生する仕組みになっているのです。
以下は、缶の微細な凹凸を示す顕微鏡画像を示す特許図面です。従来の塗料を用いた結果(左図)と比較し、本特許における結果(右図)は、凹凸の多さが一目瞭然。

特許第7161596号(J-PlatPatリンク) 図4A, 4C
泡の発生に塗料が関わっているとは、とても興味深いですね。
さぁいよいよビールを口内へ!!
・・とその瞬間にも、あなたの口は技術に触れています。
フルオープンエンド缶は様々な食品缶において使用されているものの、飲料用としては馴染みがなく、安全面で少々不安に感じる方もいるのではないでしょうか。
そんな不安を払拭する技術は、例えば「ダブルセーフティ―蓋」として、大和製罐が開発しています。

確かに、よく見ると蓋の縁が二重になっていて、実際に口にしてみると、その安心感に驚かされます。これなら、心ゆくまで「生ジョッキ缶」の味を楽しむことができますね。
<参考>
ビール泡立ち缶用塗料の開発秘話 | 製品・ソリューション | artience
生ジョッキ缶フルオープンエンドの開発
ダブルセーフティー蓋 | 安全・安心のためのテクノロジー
1.3 飲み干した後
とても美味しかったし、何よりワクワクしました!温度に応じて泡の量が変わるのも面白いですね。
そして名残惜しくパッケージを眺めてみると、そこには「Asahi」のロゴや、「生ジョッキ缶」の文字が。

ロゴや名前といった商標は、法律で保護されているだけでなく、私たちの記憶にも強く刻まれています。美味しかった、楽しかった——そんな体験が繰り返されることで、商標には自然と「信用」が積み重なっていきます。これは、ひなが初めて見たものを親と認識する「刷り込み(インプリンティング)」にも似ていて、特徴的な商標には、私たちの記憶と感情が深く結びついているのです。
今回の体験を通じて、また一つ、これらの商標への信用が増幅されたことでしょう。

左:商標登録第2055143号(J-PlatPat リンク)
中:商標登録第6466697号(J-PlatPat リンク)
右:商標登録第6519948号(J-PlatPat リンク)
2.レモンが水平に浮上?「未来のレモンサワー」を特許から味わう
フルオープンエンド缶を活用して、2024年には「未来のレモンサワー」が誕生しました!
フルオープンエンド缶自体は一見同じように見えるし、新たな知財はあまり無いかも? と感じるかもしれません。
・・それは大きな間違いです。
本製品も、ワクワクに寄与する知財が隠されています。
実物を入手しましたので、早速みていきましょう。

4缶並べると、まるでスライスレモンが浮上しているように見える・・!
2.1 発売日前日に特許出願!レモンが水平浮上する(①特許第7566197号)
出願日:2024.6.10 登録日:2024.10.3 J-PlatPat リンク
「未来のレモンサワー」の発売日である2024年6月11日の前日に、本件出願がありました。特許庁での審査を終え、以下の内容にて登録されています。
【請求項1】
特許第7566197号より引用(請求項2~10は割愛)
炭酸アルコール飲料および糖コーティングされたレモンスライスがフルオープンエンド缶に入れられた容器詰め飲料であって、
前記フルオープンエンド缶には、
直径がA[mm]である大径部と(ここで、A=59.4~72.6)、
前記大径部の上部にあって直径がA[mm]からB[mm]に漸減するテーパー面と、前記テーパー面から内側に延びる開口部直径がC[mm]である円環部と、を有する小径部と、が設けられ(ここで、B=49.5~60.5(ただしA>B)、C=39.15~47.85)、
炭酸アルコール飲料に浸かる前の乾燥状態である前記レモンスライスの重量W、最短直径d0minおよび最長直径d0max、ならびに、炭酸アルコール飲料に浸かった後の前記レモンスライスの最長直径d1maxは下記(1)~(4)式を満たし、
前記フルオープンエンド缶の蓋が外されると、前記レモンスライスがほぼ水平状態を維持したまま浮いて、前記フルオープンエンド缶の上部の小径部に水平状態で引っかかる、容器詰め飲料
1.5g<W<5.0g ・・・(1)
35mm<d0min ・・・(2)
d0max<50mm ・・・(3)
1.10d0max<d1max<1.30d0max ・・・(4)。
何やら数値が盛りだくさんですね!缶の形状やレモンスライスの重さ・大きさについて、かなり細かく規定されている印象を受けます。
特許第7566197号 図1A
そして小ネタになりますが、
本件特許の審査時には、なんと Youtube 動画が引用文献1として引かれていました。審査時には先行技術文献として特許文献が引かれるケースが大半であるところ、Youtube 動画までもが引例に使用されるのは珍しいです。さすがは特許庁の審査官さん、世の中の情報をよくみていますね。
引用文献1の再生時間0:25~0:33には、フルオープンエンド缶の飲料である「未来のレモンサワー」が記載されており、缶を開けると炭酸の力でレモンスライスが浮かび上がることも記載されている。そして、当該動画からレモンスライスが水平状態を維持したまま飲料の液面まで浮かびあがっていることが理解できる。
拒絶理由通知書 (特許出願2024-093722) 起案日:令和6年7月3日 より引用
引用文献1(Youtube 動画)
ここで、特許の権利範囲について少し考えてみます。「未来のレモンサワー」は、”世界初” スライスレモン入りサワーですが、上記特許にて、そのワクワクを手厚く保護できているでしょうか?
スライスレモンの重さや形状が細かく規定されているうえ、「レモンスライスがほぼ水平状態を維持したまま浮いて…」という記述は、少し限定的な内容にも思えます。たとえば、もし他社が「ほぼ水平状態」でない形でスライスレモンが浮かび上がるレモンサワーを製造販売した場合、文言上は本特許権の侵害とは判断されないおそれがあるからです。
しかし、そこはさすがのアサヒさん。しっかりと先を見据えています。「未来のレモンサワー」が生み出す「ワクワク」を手厚く保護するため、他の特許も取得しているのです。
2.2 開封時に乾燥果実が液面に浮く(②特許第7654881号)
出願日:2024.10.1 登録日:2025.3.24 J-PlatPat リンク

特許第7654881号 図2B, 図4
本特許の権利内容は以下のとおりです。
【請求項1】
特許第7654881号 より(請求項2~7は割愛)
炭酸飲料および乾燥果実が容器に入れられている容器詰め飲料の製造方法であって、
前記容器に、乾燥果実と、炭酸飲料と、を入れる第1工程と、
その後に、前記容器に缶蓋を取り付ける第2工程と、
その後に、前記炭酸飲料を加熱して、最大直径が前記容器の開口部直径より大きくなるよう乾燥果実を膨潤させる第3工程と、を含み、
前記容器の容器の蓋が外されると、前記乾燥果実が炭酸飲料の液面まで浮く、容器詰め飲料の製造方法。
1件目の特許と比べて、記載内容が随分すっきりしましたね。特許公報の図4に示す製造工程について記載されており、最終的には「乾燥果実が炭酸飲料の液面まで浮く」という、本製品の大きな特徴である現象が、その表現のまま記載されています。1件目の特許にあった「ほぼ水平状態」という限定的な表現がないため、スライスレモンの浮上に関して、より手厚く権利保護できているといえるでしょう。

缶を開けてから3,4秒すると、レモンスライスが液面まで浮上してきました
2.3 開封時に乾燥果実が浮き上がるガスボリューム(③特許第7667763号)
出願日:2022.5.24 登録日:2025.4.15 J-PlatPat リンク
こちらも特許庁での審査を経て、特許として登録されています。出願日が2022年なので、開発の初期段階に出願された案件のようですね。そして「未来のレモンサワー(商標登録第6681957号)」という商標は、本発明が特許出願された約3ヶ月後である2022年9月5日に出願されていました。
もしかしたらこの3ヶ月の間に、試作とともに社内会議が企てられ、「未来のレモンサワー」というネーミングが決まったのかもしれません。このように時系列に知財情報を眺めていくと、そんな想像が働いて楽しいですね。
では、特許の詳しい権利内容をみていきましょう。
【請求項1】
特許第7667763号 より (請求項2~10は割愛)
炭酸飲料と乾燥果実とを含む、容器詰め飲料であって、
容器が、フルオープンエンド缶であり、
炭酸飲料の炭酸含有量は、容器が密閉状態のときには炭酸飲料中に乾燥果実が浸漬しており、かつ、容器が開封されたときには浸漬している乾燥果実が炭酸飲料液面に向かって浮き上がるようなガスボリュームであって、20℃において2.0GV以上である、前記容器詰め飲料。
こちらもずいぶんシンプルな記載ですね。2件目は製造方法についての特許でしたが、こちらは「容器詰め飲料」についての特許です。「乾燥果実」としか記載されていないので、レモン以外の果実も権利範囲に含まれる広範なものといえます。
そして表4を眺めると、他にも様々な乾燥果実を試験していることがわかります。
ライム、オレンジといった定番の果物のほか、リンゴ、ブルーベリー、桃、さらに梅干しまで評価が示されていました。ひょっとすると、この中から次の新製品が生まれるかもしれませんね!
特許第7667763号 表4
以上、「未来のレモンサワー」に関する特許権の紹介でした。スライスレモンが浮かび上がる「ワクワク」について、技術的な側面から多角的に保護していることがお分かりいただけたかと思います。
2.4 スライスレモンが浮かび上がるパッケージ(意匠登録:第1785604号、第1785682号、第1785683号)
未来のレモンサワー |ブランドサイト より引用
「未来のレモンサワー」は、その中身だけでなく、缶のパッケージデザインにも仕掛けが施されています。実は、このスライスレモンが浮かび上がる様子を表現したパッケージは、複数件の意匠登録がされているんです。

左:意匠登録第1785683号(J-PlatPat リンク)
中:意匠登録第1785682号(J-PlatPat リンク)
右:意匠登録第1785604号(J-PlatPat リンク)
なるほど、たしかに缶のパッケージは複数種類あり、それぞれレモンの配置や角度が少しずつ異なっています。これは単なるバリエーションではなく、缶を開ける前から、まるでグラスの中でレモンがゆらゆらと浮かんでいるかのようなシズル感や期待感を消費者に抱かせるための緻密なデザインなのだと感じました。
こうした意匠権によって、製品の「顔」ともいえるパッケージデザインが保護され、消費者が手にした瞬間の「ワクワク」を、飲む前から最大限に引き出すことに貢献しているのです。
缶を見ただけでワクワクする――それはきっと、パッケージデザインがしっかりと守られているからこそ。意匠権が、飲む前の楽しさを支えているんですね。
3.さいごに~ワクワクを保護する知的財産権~
「生ジョッキ缶」や「未来のレモンサワー」の事例を通じて、私たちの生活に密接に関わる新しい体験や感動が、いかに知的財産権によって守られているかを実感できたのではないでしょうか。
特に飲料向けのフルオープンエンド缶は、単なる容器の進化に留まらず、まさに「開缶革命」と呼べるような新しい飲酒体験を提供してくれました。そして本革命は、特許権、意匠権、商標権といった様々な知的財産権によって多角的に保護されています。ワクワクする体験が知的財産権によってしっかり守られることで、利益が確保され、また次のイノベーションへの投資となる好循環が期待できますね。
ところで実を言うと、筆者は普段あまりお酒を嗜まないのですが、本記事の執筆を通じたワクワク体験は格別でした。各社の知られざる企業努力を紐解きながらの一杯は、知的好奇心も満たしてくれる、まさに至福の時間でした。
もし皆さんが製品を通じて何かワクワクするような体験をされた際は、ぜひその関連する知的財産について調べてみてください。きっと、そのワクワクの背景にある技術や工夫を、より深く知ることができるはずです!

執筆後の一杯はこちら。お気に入りの 135ml缶 。