あすけんは、食事や運動の記録、体重管理など、ダイエットや健康管理に必要な機能を備えたアプリであり、いまやダイエットには欠かせません。
そんなあすけんには、まさかのネーミングかぶりや新事業展開にあたっての商標登録出願や特許出願など、知財の観点からも様々なトピックがあります。本記事では、そんなあすけんの知財を深掘りしていきます。
あすけんってどんなアプリ?
知財の話題に入る前に、あすけんについて少しご紹介しましょう。
あすけんとは、食事や運動の記録、体重管理など、ダイエットや健康管理に必要な機能を備えたアプリです。食べたものを写真やバーコードで簡単に記録でき、その内容に応じて「あすけんの女」ことAI栄養士の未来(みき)さんが、採点とコメントをしてくれます。
こちらの画像は筆者のサービス画面です。ちなみに、これは食事に気をつけた日の記録です。(つい見栄を張ってしまいました。)気をつけたとはいえ、脂質の割合が高めですね。画面上では栄養士の未来さんが筆者に対する個別のアドバイスをしてくれています。

さて、いまやダイエットに欠かせないアプリとなったあすけんですが、このアプリがどのような経緯で誕生したかをご存じでしょうか。
実は、あすけんは社内起業により生まれたアプリなのです。
あすけんを展開する株式会社asken(以下、あすけん社)の親会社は、株式会社グリーンハウスという社員食堂事業などを手掛ける会社です。グリーンハウスでは社員食堂事業の一環として栄養士による対面指導を長年続けており、この対面指導をDX化できないかというアイデアが生まれました。これがあすけん誕生のきっかけです。
さて、そんなあすけんがサービスを開始したのは2007年、意外と息の長いサービスなのです。しかし、サービス開始までは順調に事が進んだものの、その後は事業面で苦戦を強いられ、耐える日々が続いたようです。
そんな状況を打破するきっかけとなったのが、2013年のスマートフォンのアプリとしてのリリースです。
参考:<スペシャル対談>熱量が人の感情を動かす!「あすけん」×「Smart Habit」ユーザーさんに喜んでもらえるサービスを届けたい|WizWe公式note
さて、スマートフォンアプリのリリースから数年の間に、あすけん社は、様々な商品・役務(サービス)を指定して、アルファベット表記の「asken」や平仮名の「あすけん」を出願しました。
しかし、商標登録までは一筋縄にはいかず⋯
次の章では、そんな一筋縄ではいかなかった商標登録までの経緯を見ていきましょう。
「あすけん」というネーミングには先客が!?
あすけん関連の最初の商標出願は2016年でした。
このときは、「ウェブサイトの作成」「栄養に関する助言」「ソーシャルネットワーキングサービスの提供」などを指定して、アルファベット表記の「asken」を出願しました。あすけんのサービス内容をカバーする指定商品・役務(サービス)になっていますね。この商標登録出願は拒絶理由通知を受けることなく登録されています。



商標登録第5914694号「asken」|J-PlatPatより
一方、問題となったのは、2016年の出願と同じアルファベット表記の「asken」を、「アプリケーションソフトウェア」や、様々な商品の「小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供(商品を売る際にお客さんに与えるサービスのこと)」を指定商品・役務(サービス)として出願した下記の2021年の出願です。



商標登録第6536174号「asken」|J-PlatPatより
この出願は「商標類似」に関する商標法4条1項11号により拒絶されました。
どういうことかというと、食肉や食肉加工品を製造・販売するスターゼン株式会社により、カタカナ表記の「アスケン」という商標が既に商標登録されていたのです。ちなみに、「アスケン」はスターゼン社の子会社の名前として過去に使用していたネーミングのようです。
つまり、他社により「asken」と読み方が同じ「アスケン」が先に登録されていたので、あとから出願したほうは登録できませんということです。
では、なぜ2016年の「asken」は拒絶されなかったのに、2021年の「asken」は拒絶されたのでしょうか?
そんな疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、商標が類似していたとしても、商品・役務(サービス)が類似していなければ問題なく登録できるのです。つまり、2016年の「asken」は商品・役務(サービス)が類似していないと判断されたわけです。
では、スターゼン社の登録商標「アスケン」の情報を見てみましょう。食品メーカーだけあって、指定商品としては様々な食品が指定されています。



商標登録第4934690号「アスケン」|J-PlatPatより
一方、あすけん社の2021年の「asken」では、様々な商品について、その商品を売る際にお客さんに与えるサービスを指定しており、その商品の中には食品も含まれていました。
「特定の商品」と、その「特定の商品」を売る際にお客さんに与えるサービスは、多くの場合類似であると判断されますので、今回のケースでもその判断基準に沿って拒絶されたのでしょう。
では、どのように拒絶理由を解消したのでしょうか。
あすけん社の2021年の「asken」の意見書を見てみると、スターゼン社の「アスケン」の商標権をあすけん社に移転していることがわかります。商標類似は、他社同士の商標が類似したときに通知される拒絶理由なので、同じ会社が商標権者になれば拒絶理由が解消されるのです。これにより、あすけん社の2021年の「asken」は晴れて商標登録されました。

商標登録第6536174号「asken」|J-PlatPatより
このように自社のサービスとして使おうとしていたネーミングが先に他社に商標登録されていたというケース、実はよくあります。
今回のケースのように商標権を移転してもらえることもありますが、交渉が決裂してしまうこともありますし、そもそも交渉には労力や金銭的なコストがかかります。
そのような事態を避けるため、ネーミングを思いついたら、できるだけ早く出願しておくことをおすすめします。
ちなみに、カタカナ表記の「アスケン」の移転登録の少し前に、ひらがな表記の「あすけん」が商標登録出願されました(その後無事登録されています。)あくまでも推測ではありますが、カタカナ「アスケン」の移転がまとまりそうになったタイミングで、ひらがな表記の「あすけん」の出願に踏み切ったのではないかと予想されます。
アプリを飛び出し生活をサポート〜あすけんスターターキット
前章では、「食品を売る際にお客さんに与えるサービス」を指定とした商標登録出願を巡るあれこれについてご紹介しました。ただ、1つ疑問が生まれます。
食事管理アプリを展開しているあすけんブランドが、なぜ「食品を売る際にお客さんに与えるサービス」を指定して商標登録出願をしたのでしょうか?
その理由のひとつが、2025年1月に発売されたあすけんブランドの初の食品である「あすけん雑穀米」です。
ひとつ前の章でご紹介した商標の指定役務(サービス)を見てみると、「米穀類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」があります。また、あすけん社は「米」や「穀物の加工品」など商品そのものを指定した商標登録も別途行っています。
この「あすけん雑穀米」の発売を記念して、あすけんオリジナルの体組成計と食器(適量の目安がわかる目盛り付き)がセットになった「あすけんスターターキット」も発売されましたが、体組成計や食器を指定した商標登録もばっちりされていました。

「あすけんSHOP」で初の食品『あすけん雑穀米』の販売が開始!~“80億食の食事を見てきた”あすけん管理栄養士が考えた、ダイエットにもうれしい栄養たっぷりの雑穀10種を配合~|PR TIMES
つまり、あらかじめ、アプリ事業だけでなく物販事業も見据えて指定商品を選んでいたというわけです。
商標はいったん出願してしまうとあとから指定商品を追加することはできないので、将来の事業拡大を見据えて指定商品を決めておくのがよいでしょう。
いったん出願してしまうと、願書に書いた指定商品・指定役務の内容を後から追加することはできないルールになっています。「とりあえず出願しちゃって、後から直せばいいや」が通用しないため、出願前に慎重に検討することが必要です。
商標の指定商品・指定役務とは?選び方や書き方をプロがご紹介!|Toreru Media
さて、あすけん社の商標登録を見てみると、他にも色々な商品・役務が指定されています。中には現在の事業とは一見無関係なものも。
例えば、家庭用電気式ホットプレートの貸与、家庭用電気トースターの貸与、家庭用電子レンジの貸与というサービス。
あすけんと家電レンタルを組み合わせたサービスは今のところリリースされていませんが、そんなサービスをちょっとだけ妄想してみると⋯
健康的な自炊をサポートするためにヘルシー志向の調理家電を貸し出すサービスなんてどうでしょうか。例えば、少ない油で揚げ物ができるオーブンレンジを貸し出して、そのオーブンレンジを使ったレシピはあすけんアプリに自動入力できるとか。
他にも、「宿泊施設の提供」からは、あすけんが提案する健康的な食生活を実践できる合宿施設のサービスなどが妄想できます。アプリだとついサボってしまいがちなところも、対面であればサボれません。ネーミングとしては「あすけんブートキャンプ」なんてどうでしょうか?
医療分野への進出~特許公報から見えること
さて、新事業といえば、とある特許公報を読み解いていくと、あすけん社が医療分野へ進出しようとしていることが見えてきます。
その特許公報がこちら。あすけん社と京都大学の共同出願であり、現在リリースされているあすけんのアプリよりも、さらに「治療」に特化した技術についてのものです。

この特許技術のポイントは医師の指導方針を栄養指導に定量的に反映できること。これは従来の食事管理アプリにはなかった点です。特許公報の図でも、疾患や処方薬などの医療情報を入力する欄があります。
そして、この特許技術のもうひとつのポイントは、入力した情報に「重み付け」ができること。
「重み付け」とは、ざっくり言うと、「何をどのくらい大事にするか」を数値で表したものです。

特許公報の図のように、「適正体重の達成/維持」、「血糖値コントロール指標の改善」、「併発症の発症抑制/コントロール」の3つの方針があるとき、60%、20%、20%といった具合に、合計が100%になるように数値を割り振ることができます。
そして、この「重み付け」の値に応じてアドバイスの出現確率を設定することができます。例えば、「適正体重の達成/維持」を60%としたら、60%の確率で「適正体重の達成/維持」に関するアドバイスが表示されるというわけです。
病気の改善には、病院での治療だけではなく、生活習慣、特に食事習慣の改善がとても大事です。このようなニーズに対して、食事管理アプリとして高い実績を誇るあすけんはピッタリなコラボレーション相手ですね。
ちなみに、あすけん社は医療機器の製造販売のための許可を取得しているようです。
国内No.1 AI食事管理アプリ『あすけん』食事療法におけるデジタル治療(DTx)用アプリの事業化を目指し第二種医療機器製造販売業許可を取得 | 株式会社askenのプレスリリース
また、「あすけんメディカル」という商標を商標登録しています。このような動きからもあすけんの本気度がうかがえますね。

登録商標第6583347号「あすけんメディカル」|Toreru 商標検索
おわりに
食事管理アプリとしてスタートしたあすけんは、もはやアプリケーションの域に留まらず、食品や体組成計などの実体のモノを介したサービスを展開したり、医療とのコラボレーションを模索しています。そして、その裏には様々な知財がありました。
さて、あすけんがアメリカでも展開されていたことをご存じでしょうか?
Asken Dietというネーミングでサービスが提供されていました。「ASKEN」はアメリカでも商標登録されていますし、アメリカで特許も取得しています。
残念ながら、2025年2月末をもってアメリカでのサービス提供は終了してしまいました。アメリカでは「10日間で5Kg減量」など即効性の高いサービスが求められ、食事管理により緩やかに体重を落とすというあすけんのコンセプトは苦戦が強いられたようです。
ダイエットは日米共通?「あすけん」が支える食と健康|SPECTRUM TOKYO
しかし、実体のモノを介したサービスや医療とのコラボレーションが日本で成功すれば、それらを引っさげて再度アメリカに進出するという線も十分にあると思います。
あすけんの動向にこれからも目を離せません!