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【饅頭、羊羹、鳩サブレ】百年老舗のきらめく菓子商標の世界~ちざ散歩vol.11

日本は、創業100年を超える老舗企業が世界で最も多い国だとご存じでしょうか。帝国データバンク調査によると、現存する老舗企業は4万5284社(2024年)。これは世界の老舗企業の約6割を占め、圧倒的な数です。
全国「老舗企業」分析調査(2024年)|株式会社 帝国データバンク[TDB]

老舗企業は全業種平均と比較して経常利益率・自己資本比率が高く、一般に安定経営というデータがあります。一方で、資産の運用効率が低いという弱みがあり、最近の物価高の流れに乗れなかった老舗企業の倒産も増えています。

老舗であることはブランド・信用面で競争優位ではありますが、その信用に胡坐をかいている企業が生き残れるほど、今の時代は甘くないのでしょう。

老舗企業が多く集まる業種として、食品分野があります。内訳は清酒・醤油・味噌の醸造業が多いですが、菓子業にも老舗企業が多く見られます。

日本の伝統産業といえる醸造業に対して、菓子業はとても新規のライバルが多い業種です。ケーキ、マカロン、チョコ、プリンといった定番の洋菓子に、ナタデココ、ティラミス、タピオカといった爆発的ブームを起こした黒船たち。最近は韓国からトゥンカロン、クロッフルなど「映えるスイーツ」も続々上陸しています。

老舗の暖簾(のれん)だけでは生き延びられない厳しい競争の中で、100年を超える菓子業界の老舗企業はどのように差別化し、存続してきたのでしょうか。

そこで本記事では、東京をスタートに著名な老舗菓子店3軒を訪問し、登録商標をチェックしながら、そのブランディングや長く愛される秘密を掘り下げていきます!

1、創業670年!? 饅頭を日本に伝えた「塩瀬総本家」

菓子の老舗を語る上で、絶対に外せないのは「塩瀬総本家」です。HPによれば創業はなんと1349年、南北朝時代にさかのぼります。

初代の林浄因が中国(当時は元)から来日、奈良で餡入り饅頭を作って売り出したのが始まりとされています。肉を食べない禅僧向けに、小豆に甘葛で甘味をつけた餡を練り、皮で包んで蒸しあげたところ、「これまでにない茶菓子」として大好評を得たとか。この饅頭、どれぐらいインパクトがあったかというと・・

浄因の饅頭は、徳見の仲介により公家の手を経て後村上天皇に献上されるまでになりました。後村上天皇は大変に饅頭を喜んだため、林浄因はしばしば宮中に上がるようになっていました。
天皇は林浄因を寵遇し、宮女を賜りました。かつては、政略ばかりでなく、特別な恩賞として婦人を下賜されたという例がありましたが、武将ではない一商人のもとへ宮女を下賜されるということはとても珍しく、特別の栄誉でした。浄因はその後二男二女の子供を授かりました。

1.饅頭伝来 二人の男の物語 – 塩瀬総本家(しおせミュージアム)

まさかの天皇下賜・・!ただ、林浄因氏は晩年、望郷の念に駆られて中国に帰ってしまいます。残された妻子や子孫が饅頭作りを続け、応仁の乱の頃、三河国塩瀬村に疎開した縁から「塩瀬」と改名。その後は京都と奈良に分かれて繁盛します。

東京に塩瀬家がやって来たのは江戸時代の1659年。一族の源餐宗需禅門が江戸に下り、日本橋一丁目に店を出して評判となります。江戸城に納める菓子までも用命を受けるようになり、格式高く大変繁盛したとか。

残念ながら京都と奈良の塩瀬家は江戸時代中に絶えてしまうのですが、東京の塩瀬が残って「塩瀬総本家」となり、明治・大正・そして昭和の激変期を乗り越えて現在に至るのです。

そんな輝かしい歴史を踏まえつつ、店舗に向かいましょう!

降り立ったのは地下鉄の築地駅。聖路加タワー方面に歩いて10分ほど。

隅田川のそばに本店がありました!取材日は年末で門松が飾られ、和菓子屋にはぴったりの雰囲気です。

店内には「日本第一番本饅頭所」という輝かしい看板がありました。「五七の桐紋」が入っていますが、これは天皇家の紋でもあります。室町時代、後土御門天皇に使用を許された伝統があるそうです。

登録3072552

商標登録も「桐紋+屋号」という構成で、ブランドの源泉として特に大事にしていることが分かります。さて、商品も見てみましょう。

看板商品は「志ほせ饅頭」で、大和芋と米粉を合わせた生地で小豆餡を包んで蒸し上げた一口饅頭です。購入して食べてみましたが、素朴かつ上品な味で、いくつでも食べれる美味しさ。伝統の味を守っているそうです。

長篠の戦いの折、家康に献上したという「本饅頭」もありました。ぱっと見は餡子玉に見えますが、実はこれが極薄の皮に包まれており、餡が溶けずに蒸しあげられるという職人の技。

こちらも食べてみましたが、「志ほせ饅頭」よりどっしりとした味、炊いた小豆のボリュームもあり緑茶にぴったり。家康が好んだという逸話とあわせて味わい深い品でした。

塩瀬総本家には、屋号や創業者である林氏の紋章など、店自体のブランディングに関わる商標登録はあるものの、1つ1つの商品名はあまり登録していません。

ただ、2023年と近年の出願で

登録6780962

という商標登録がありました。「BUTTER DORA CAKE」・・・饅頭の老舗という塩瀬総本家のイメージとはちょっと異なりますよね。気になるので、どら焼きとセットで買ってみましょう。

どら焼きのパッケージには塩瀬ブランドの源泉たる「七五の桐」が輝いていますね。どら焼きの歴史は所説ありますが、今の2枚挟みの形は明治初期からで、ふわふわの生地を使うようになったのは西洋のホットケーキの影響と言われています。

切って並べてみました。左が通常の「どら焼き」、右は「BUTTER DORA CAKE」です。見た目では正直分かりませんね・・。早速食べてみましょう。

まずはノーマル「どら焼き」から。うん、ふっくらとしたカステラ生地に、上品な甘さの餡子が合わさってハイクオリティなどら焼きです。次に、「BUTTER DORA CAKE」を。食べる前に温めよと指示があり、その通りに調理します。

さてお味は・・美味しい!温めると皮がホットケーキのようになり、バターの旨みと餡子の甘味、そして塩味が加わりハーモニーを奏でます。甘味も餡子だけではないのでは?と調べてみると、メープルシュガーも使われているとのこと。

どら焼きもおいしかったですが、「BUTTER DORA CAKE」は1歩も2歩も進化した重層的な美味しさです。プレスリリースによれば、発売1年で1万5000個以上も販売し、新味も登場している期待の新商品だとか。
創業1349年、老舗御菓子処の塩瀬総本家が作る新感覚バタどらケーキのクランベリー味が新登場

これは商標登録してブランド化しようとする気合いも分かります。私的にも一番ヒットした逸品でした。

伝統の味を守りつつも、菓子の進化にも挑戦している「塩瀬総本家」、日本橋三越・松屋銀座・高島屋東京などの名門百貨店に出店しています。見かけたら是非「BUTTER DORA CAKE」をお試しあれです。

2、羊羹を世界へ!パリでも輝く伝統の「とらや」

続いて向かう2軒目は、羊羹で有名な「虎屋」です。

虎屋の歴史も長いです。室町時代後期に京都で創業し、5世紀にわたり和菓子屋を営んでいました。1869年(明治2年)、遷都に伴い、京都の店はそのまま東京にも出店。
年表 | とらやについて | 株式会社 虎屋

HPの企業情報では従業員が857人(2024年6月)とかなりの規模で、グループ会社にはとらやパリ店もあり、海外進出も果たしています。

赤坂の地に店を構えたのは1879年からで、今は青山通り沿いに立派な店舗が建っています。

最寄り駅は赤坂見附駅、やってきました。会社名は「株式会社虎屋」なのですが、ブランド名はひらがなの「とらや」です。

とらやの興味深いところは、1930年代に漢字・ひらがなのブランド名を出願し、さらに「虎」のブランドマークも戦後まもなく出願していた点です。屋号の複数の使用形態を想定して広く商標登録していたのはブランド意識の高さといえるでしょう。

館内は地下がギャラリー、2Fが店舗、3Fが喫茶となっています。順番に見ていきましょう。

地下のギャラリーでは歴代のショッピングバックや包装紙、また新年限定の小型羊羹セットの展示がありました。

デザインがどれもかわいいですね。セットに必ず含まれている「夜の梅」は100年以上前にに商標登録されている、超ロングセラー商品です。

登録0154143(1923年7月登録)

切り口の小豆が夜に咲く梅の花に見えることから、この菓名がついたという粋な由来があるそうです。

そして2階は販売スペース。商標登録もされている「虎」のエンブレムが眩しいです。

今年の干支、巳の限定商品が展開されていました。ヘビのデザインがシンプル&キュートですね。

店頭で目についた商品が赤坂店限定という特製羊羹「千里の風」。切り口が虎の模様で美しい。

第3211279号(1996年10月登録)

商標登録もしっかりとされていました。屋号と多数の商品名を組み合わせることで、魅力ある「とらやブランド」を重層的に構築しようという戦略が伺えます。

さらに商標目線では、カウンターに気になる商品が。

ゴルフ最中?最近作られたアイディア商品かな・・と思いきや、

登録0253139(1934年登録)

実は100年近くの歴史があるロングセラー商品でした。とらやの公式HPによれば、

大正15年(1926)に誕生したゴルフボール形の最中です。ゴルフがまだ限られた階層だけのスポーツであった当時、斬新な和菓子として好評を博しました。ゴルフボールそっくりの楽しい意匠は、今も多くの方に親しまれています。
ゴルフ最中 ホールインワン 1箱(2個入) | 株式会社 虎屋

伝統を守るだけではない、とらやの進取の精神は大正時代からあったのですね。店員さんに聞いてみたところ、「ゴルフでホールインワンを達成した方が、コンペなどで一緒に回ったメンバーに振舞うため買っていくケースが多い」とのこと。根強いニーズがあるようです。

お土産に買って家で食べてみましたが、こしあんが滑らかで美味しい最中でした。ゴルフ好きの方へのギフトにも使えそうですね。

最後は3階へ。ここは虎屋菓寮になっており、和菓子とお茶、軽食も楽しめます。ちょっと休憩していきましょう。

メニューを見ると、先ほど気になった「千里の風」があり、早速注文します。

来ました!虎の模様、上品な見た目で器も美しい。1650円はなかなかのお値段ですが、赤坂の一等地でゆったりと「とらや」のお茶とお菓子を楽しめるのは得難い経験です。これこそ老舗ブランドの付加価値と言えるでしょう。

心もお腹も豊かになったところで、3軒目、最後の目的地に向かいます!

3、SNSでも大バズリ!?サブレ界の覇者、豊島屋

最後に紹介する老舗菓子店舗は、鳩サブレーで有名な豊島屋です。「鎌倉の味」というキャッチフレーズの通り、本店は鎌倉駅そば。大丸東京などに販売店はあるものの、ここは本店に詣でましょう。

店舗のご案内 | 鎌倉の味 鳩サブレー 豊島屋

横須賀線で向かう道すがら、豊島屋のデータをチェックします。

まず豊島屋は1894年(明治27年)に鎌倉で創業された、130年以上の歴史を持つ老舗です。鳩サブレーは創業まもない明治30年ごろに、創業者が西洋のビスケットに触発され、試行錯誤の末にバターを使った新しい焼き菓子として誕生しました。

形が鳩なのは、地元の鶴岡八幡宮で鳩が「八幡様のお使い」といわれる象徴的な存在であること、また境内の鳩が子供たちに親しまれていたことから鳩形になったそうです。

最初はほとんど売れなかったのですが、10年ほど粘り強く販売を続けるうちに評判が上がり、人気商品に。戦時中には原料が入手できず、鳩サブレーが作れない時期もあったものの、戦後に復活し、鎌倉の代表的なお菓子となったという歴史があります。
FOOD’S STORY 愛され続ける理由がある。改めて深く知りたい、鎌倉銘菓「鳩サブレー」の歴史と魅力、込められた思い|TOKYU FOOD SHOW

商標登録を見てみると、

文字だけでなく、鳩図形の商標登録がありました。「鳩サブレー」は名称だけでなく、鳩の特徴的な形状も含めたブランドということですね。

豊島屋はプロモーションも上手で、2024年の創業130周年記念商品には色とりどりの「鳩サブレー一枚入缶セット」が、SNSでもバズりました。

【8月10日は鳩の日】1枚入缶の鳩サブレーを限定販売。 | 株式会社豊島屋のプレスリリース

私も一目惚れして、ネット通販で衝動買いしてしまいました。こちらが現物です。

鳩サブレー1枚入れるのにちょうど良いサイズ・・・!缶の内側のイラストもきれいなんですよね。鳩サブレ―以外も入れてあげたいと思っていますが、いまだ活用法を模索中です。

さて、調べているうちに電車が鎌倉駅に到着しました。豊島屋の本店までは徒歩4分ほど。

見えてきました、「鳩サブレー 豊島屋」の文字!

右手の窓が鳩型になってます。

店内もやはり鳩サブレー推し。巳年の限定パッケージに・・

グッズもエコバック、ポーチ、ブロック玩具、消しゴム、レターセットなどなどバリエーション豊かです。イメージキャラは「鳩兵衛」というのですね。

商標登録もしっかりとされていました。イラストとキャラ名をまとめずに、別々に登録しているのが模倣防止の観点で役立ちそうです。

ただ、豊島屋は鳩サブレ―だけではありません。さまざまな菓子も販売されています。中でも気になったお菓子がこちら。

小型サイズのどら焼き「雲水」です。

第6237514号

しっかりと商標登録もされていました。お土産に買ってみたころ、

三角形3つ、「三つ鱗」の紋が。一般に、正三角形型は鎌倉時代の「執権北条家」の紋。平べったい二等辺三角形型は戦国時代の「後北条家」の紋と言われています。後北条家も鎌倉を治めていましたが、元は室町幕府の幕臣だった伊勢家が進出してきた家なのでいわば外様。

やはり、鎌倉伝統の紋なら、執権北条家の「三つ鱗」ということなのでしょう。そんな伝統を噛みしめながら食べた雲水は、ハチミツの味が優しく、お茶にぴったりの和菓子でした。

鳩サブレーの伝統に胡坐をかくだけでなく、プロモーションや様々なグッズ展開にも力を入れ、鎌倉の顔として注目され続ける。また、伝統的な和菓子にも鎌倉ならではの要素を加え、オリジナルの商品とする。

店は大変な賑わいでしたが、さすが「豊島屋」と感じました!

おわりに:3つの老舗の輝き・・その共通点とは?

3つの店を回り終え、最後は鶴岡八幡宮にお参り。改めて、3つの老舗のブランドの強さを考えてみました。

まず塩瀬総本家は饅頭、とらやは羊羹、豊島屋は鳩サブレーという看板商品があります。ただ、この3つだけでずっと勝ち続けられるほど菓子業界は甘くありません。

この点、豊島屋4代目の久保田陽彦社長は、書籍のインタビューで次のように語っています。

先代からは「お客様をお得意様に、お得意様を御贔屓様に」と言われ続けてきました。お得意様というのは豊島屋さんいいわねっていう方で、御贔屓様は豊島屋さんじゃなきゃという方のこと。そういうコアなファンを作りたくて。
Amazon.co.jp: いざ、豊島屋 139Pより

つまり、「お客様」や「お得意様」により深いファンになってもらえるかどうか。そして、そのコアファンに刺さるだけの強い商品・ブランドがあるかどうか。

塩瀬総本家は定番のどら焼きをアップデートし、新たな美味しさを開拓した「BUTTER DORA CAKE」があり、とらやには古くはゴルフ最中「ホールインワン」や、赤坂でくつろいで羊羹を楽しめる「虎屋菓寮」がある。豊島屋には鳩サブレーをもとにした楽しいグッズやプロモーション、鎌倉の風土を生かした新しい和菓子がありました。

看板商品をしっかりとブランド化し、自社の魅力として打ち出すとともに、新しいチャレンジを通じてその魅力をさらに発展させていく。これが「百年老舗」が今も輝き続ける秘訣なのだと思うのです。

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