読者の皆さまは「SASUKE」をご存知でしょうか?
商標「§NINJA\SASUKE\WARRIOR」|J-PlatPat
SASUKEは、1997年に筋肉番付という番組のコーナーの一つとして始まりました。筋肉番付は2002年に終了しましたが、SASUKEはその後も続き、2024年12月には42回目の大会が開催されます。
さて、SASUKEには毎回100人が出場し、出場者は1st、2nd、3rd、FINALの4つのステージに挑戦します。各ステージを時間内にクリアした出場者だけが次のステージに進めるのですが、2nd, 3rdとなるとその難易度はかなり高く、FINALステージ(10mの綱登り)への進出者がゼロということも。
つまり、せっかく組まれた巨大セットがまったく使われずに終了するという展開もあるのです。なんという厳しさ!しかしこの厳しさが出場者の挑戦心に火をつけ、SASUKEを盛り上げるのです。
そんなSASUKEは日本を飛び出し、いまや世界165の国と地域で放送されています。世界中の視聴者数は10億人とも言われており、その人気を受けてオリンピックの近代五種の馬術に代わる競技としての採用が決まっています。
近代五種 馬術に代わる新競技にSASUKE浮上!?忍者競争候補 視聴者10億人、若者人気で白羽/スポーツ/デイリースポーツ online
競技としても面白さがあり、海外でも人気。これだけでも十分すごいのですが、SASUKEはそれだけではありません。SASUKEで忘れていけないのは、出場者のSASUKEにかける熱い思いです。筆者はその熱さにすっかり魅了され、SASUKE沼へとハマってゆきました。
さて、Toreru Mediaライターとしては、ハマったものに関する商標をつい調べたくなってしまい…そうすると、色々と興味深いトピックがありましたので、本記事で紹介します。
元番組「筋肉番付」を飛び出したSASUKEの魅力
前述の通り、SASUKEはスピンオフ元の筋肉番付が終了した後も続き、独立した番組となりました。これが2002年のことです。
実は、この時にはまだ商標「SASUKE」は出願されていません。
商標「SASUKE」が出願されたのは、番組独立から3年後の2005年のことです。
番組が独立した2002年から商標「SASUKE」が出願された2005年までの間というのは、SASUKEの人気が高まり、絶頂を迎えた時期に重なります。
この時期にあった出来事としては、まず、2002年にはミスターSASUKEこと山田勝巳の「俺にはSASUKEしかない」という名言が生まれました。
この年、山田は4大会ぶりに3rdステージまで進出し、完全制覇への期待が高まっていました。しかしパイプスライダーで落下。完全制覇の夢は潰えてしまいました。当時、主力選手の中では比較的高年齢であった山田は、実況者から今後の進退を問われます。その問いに対する答えが「俺にはSASUKEしかない」だったのです。
そんな山田を中心とした主力選手たちは、いつしか「オールスターズ」と呼ばれるようになりました。
2004年春には番組側が山田勝己・秋山和彦・山本進悟・竹田敏浩・長野誠の5人を「SASUKEオールスターズ」と定義しました。その年に開催された第13回大会では、印旛村の英雄こと白鳥文平が新たにオールスターズに加入し、その後は6人で固定されました。
出場者の個性が際立ち、スター化が進んだのがこの2000年代前半という時期でした。振り返ってみると、まさにSASUKEの黄金期と言える時期ですね。
SASUKE人気の高まりとともにSASUKEというコンテンツをしっかり守ってゆこうという機運が高まり、それが2005年の商標登録出願につながった。そんなストーリーが推測されます。
世界で盛り上がるNinja Warrior~そして五輪種目へ
SASUKEの番組フォーマットは海外に輸出され、海外でも瞬く間に大人気になりました。
まるでテレビゲームの中に生身の人間が入り込んだかのような世界観、そこに日本独自の「忍者」要素が加わっているなんて!これは海外でウケるはずです。
さて、「SASUKE」は海外では「NINJA WARRIOR」というタイトルで展開されています。
American Ninja Warrior – YouTube NINJA WARRIORは特に米国での人気が高く、子供向けのスピンオフ番組『ニンジャ・ウォリアー・ジュニア』も制作されている
海外進出にあたり、よりダイレクトなネーミングに改変されたというわけです。たしかに、日本の視聴者であれば、「SASUKE」から「忍者」を連想することができそうですが、海外の視聴者にはこれはすこし難しいでしょう。
そんな「NINJA WARRIOR」は、もちろん世界各国で商標登録されています。
商標の基本ルールには「属地主義」というものがあります。これは、商標権の効力は、その権利を認めた国の範囲内でのみ保護されるというルールです。
つまり、日本で商標登録が認められたとしても、海外では商標権を主張することができません。そのため、各国ごとに商標登録をする必要があるというわけなのです。
表:主要な放映国での商標「NINJA WARRIOR」の登録時期
このような世界規模でのSASUKE熱の高まりを受けて、2024年8月には「SASUKEワールドカップ」が開催されました。各国の選手が聖地・緑山(SASUKEのセットが組まれるTBSの緑山スタジオ)に集結し、その技を競い合ったのです。
結果は、日本Redチーム(日本からはRed, Blue, Legendの3チームが出場)が優勝、アメリカが2位、ドイツが3位に入りました。
ちなみに、SASUKEワールドカップのロゴはしっかり商標登録出願されています。
§SASUKE\NINJA WARRIOR∞WORLD CUP|J-PlatPat
さて、世界中で愛されているSASUKEは、ついにはオリンピックの近代五種の種目の一つとして採用されるに至りました。
このニュースを最初に聞いたときは信じられませんでしたが、国際近代五種連合専務理事によるコメントもあり、本当のニュースなんだと実感しました。
我々は『Ninja Warrior』以上の興奮とダイナミズムを五輪競技レベルで再現し、他の近代五種種目とシームレスに融合させることを望みつつ、2028ロサンゼルス五輪でのデビューを期待しています。
国際近代五種連合(UIPM) 専務理事 Shiny Fangコメント|『SASUKE』ついに五輪競技へ 2028年ロス大会の近代五種に障害物レースが採用
近代五種はその名の通り5つの競技の合計で競うのですが、その中の「馬術」は練習の難しさや国ごとの格差、競技場で「くじ引き」の馬に乗るという不公平感から、廃止の議論がありました。そこで、馬の代わりに人間が自分自身で障害を越える、SASUKEをもとにした「オブスタクル」という障害物走が競技として採用されたのです。
それにしても、バラエティー番組のコーナーの一つであったSASUKEが五輪種目になるなんて、こんなサクセスストーリー誰が予想できたでしょうか。
「そり立つ壁」のブランド価値
さて、SASUKEで最も知名度が高いエリアと言えるのは「そり立つ壁」ではないでしょうか。
名物エリア「そり立つ壁」と「クリフハンガー」を期間限定で赤坂サカスに設置|TBSテレビ
見ての通り、「そり立つ壁」というと90%どころではない超オーバーハングのえぐれが特徴です。多くのチャレンジャーがこの壁に涙を呑んできました。あのミスターSASUKEこと山田勝己もここで6回リタイアしたという1stステージの象徴かつ番人的な存在です。
複数の攻略法があるのですが、中でも「SASUKEワールドカップ2024」でのオーストラリア選手のそり立つ壁攻略の斬新さといったら!
なんと、壁の頂上に左手をかけるとそのまま体を反転させて背中を壁につけ、そして、逆上がりをするようにして壁の頂上に至ったのです。
そんな「そり立つ壁」ですが、この名称は室内遊び場「ニンジャパーク」を運営する株式会社ゴールドエッグスにより商標登録されています。公式HPによれば、ゴールドエッグスのアスレチック事業にはSASUKEの元制作チームが関わっているそうです。
アスレチックコース製作事業 | 株式会社ゴールドエッグス
ニンジャパークの公式HPを見ると、「そり立つ壁」が商標登録のマークである「®」付きで紹介されています。
ゴールドエッグスによる商標登録の情報を見てみると、指定商品・役務の区分として「第9類」と「第41類」を指定しています。
商標「そり立つ壁」(権利者:株式会社ゴールドエックス)|Toreru 商標登録
ゴールドエッグスによる出願の後、TBSも「そり立つ壁」を商標登録出願しました。
しかし、ゴールドエッグスによる先願があるため、別の区分を指定せざるを得ません。TBSが指定したのは、アパレル製品などに対応する「第25類」と文房具をはじめとした雑貨類などに対応する「第35類」です。
商標「そり立つ壁」(権利者:株式会社TBSテレビ)|Toreru 商標登録
事実として、ゴールドエッグスはこの商標を実際に使用していますし(登録商標を使用していない場合、不使用取消審判により登録を取り消すことができます)、これまでTBSは商標登録出願をしていませんでした。
日本は登録主義であり、たとえ先にその商標を使い始めた人がいたとしても、別の人がその商標を登録したら、商標登録した人の方が保護されます。
ゴールドエックスとTBSで何らかの話し合いがあったのかは不明ですが、このような商標法上の根拠から、ゴールドエッグスは商標登録出願に踏み切ったのではないでしょうか。
番組制作を行うTBSとしては、「テレビジョン番組の配給」が含まれている第41類での登録を望んでいたのではないかと推測されます。しかし、第41類はゴールドエッグスにより商標登録されています。そこで、せめてアパレルや雑貨など番組グッズに対応する区分については自社で商標登録しようとしたと考えられます。
「そり立つ壁」は番組名ではなく、あくまでSASUKEの中の一つのエリアの名前にすぎません。エリアの名前まで出願する必要があるのか?これは判断が分かれるところです。
この件に関して、Toreru Media編集部でも意見交換をしましたが、その際に出たのが「自社のブランド価値を本当に評価しているのは実は他社(ライバル)なのかもしれない」という意見です。自社からしたら「そこまで出願すべき?」と悩むような商標でも、ライバルからしたらブランド価値が高く、出願したいと思わせるようなものだったのかもしれません。
「ライバルなら自社のコンテンツのブランド価値をどう評価するか」というメタ視点を持ち、価値評価が高くなりそうなもの(≒ライバルに商標登録出願されそうなもの)を先手を打って商標登録出願しておく。なかなか難しいことではありますが、そんな戦略が必要なのかもしれないと思わせる事例でした。
まとめ
本記事での学びポイントは以下の3つです。
- 「SASUKE」は、番組開始時には出願されませんでしたが、番組人気が絶頂を迎えた時期に出願されました。人気の高まりとともにSASUKEというコンテンツをしっかり守ってゆこうという機運が高まったことが推測されます。
- 外国で商標権を主張するにはその国での商標登録が必要です。そのため、「NINJA WARRIOR」は各放映国で商標登録出願されました。
- 「そり立つ壁」の事例からは「ライバルなら自社のコンテンツのブランド価値をどう評価するか」というメタ視点の必要性が見えてきました。
さあ、今年もSASUKEの季節がやってきます。本記事で紹介した商標関連の話題にも思いを馳せつつ、挑戦者たちの熱い闘いを見守ることにしましょう。
今年こそ見せてください!完全制覇を!