芸能人やアーティストが自身の名前や芸名を商標登録することはよくあることです。芸名はアーティストのブランドであり、商品名でもあるため、商標登録することで商標権を確立し、商品やサービスの提供におけるブランド価値を高めることができます。
しかし、芸名等の商標登録にはいくつかの注意点があります。この記事では、芸名等の商標登録に特有の注意点について、わかりやすく解説します。
目次
1. 芸名やペンネーム等に関する商標法の規定(商標法4条1項8号)
まずは、芸名等を商標登録しようとする際に大きく関係する規定を確認してみましょう。
商標法4条1項8号では、他人の肖像や氏名(特定の商品やサービスの分野で広く認識されている氏名に限る)、名称、著名な雅号、芸名、筆名、またはこれらの著名な略称を含む商標は、他人の承諾がない限り登録を受けることができないと定めています。これは、人格権保護の観点から設けられている規定です。
商標法4条1項8号:
4条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
・・・(中略)・・・
8号 他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であって、政令で定める要件に該当しないもの。
この規定に該当する場合、たとえそれが自分自身の氏名や芸名・ペンネーム等であったとしても、商標登録をすることができません。一般の感覚としては、自分の名前であれば何ら問題なく商標登録できそうにも思えますが、同じ名前の他人が実在するときは、商標登録できない場合があります。
これを踏まえて、芸名等の商標登録の注意点について、より詳しく見ていきましょう。
2. 芸名やペンネーム等の商標登録
2.1. 実在する氏名の場合
2.1.1. 自分の他に誰も存在しない氏名であれば商標登録できる
商標法4条1項8号は「他人の」氏名等を商標登録することを制限する規定なので、自分の他に誰も存在しない氏名であれば、商標登録することができます※。
そのため、珍しい氏名を使って芸能活動や事業を行う場合には、商標登録の問題は比較的起きにくいと言えるでしょう。
※ 先に類似商標が登録されていないことなどの、通常の商標登録の条件をクリアしていることは別途必要です。
2.1.2. 同じ氏名の他人が存在する場合は、その他人の氏名が有名(周知)なときは商標登録できない
一方、同じ氏名の他人が存在するときは、その他人の氏名が一定以上有名(周知)になっている場合には、商標登録することができません。
実はこのルールは、2024年4月1日から施行された商標法の改正により、変更となった部分です。
この改正以前は、有名かどうかにかかわらず、同じ氏名の他人が存在していたら、その人たち全員の承諾を得ない限りは、商標登録することができませんでした。しかしこれだと、たとえば「TAKEO KIKUCHI」や「マツモトキヨシ」などのように、氏名をブランド化しようとする際に大きな障害となっていました。そのため、この改正により、「他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)」という条件が追加され、他人の氏名として一定以上有名でなければ、他人の氏名と被っていても商標登録できるようになり、大きく緩和されました。
自分の氏名を商標登録しようとする際に、同名の他人がいるかどうかを気にする必要は引き続きあるものの、かなりハードルは低くなったので、氏名をブランド化したい方にとっては大きな後押しとなる改正です。
2.1.3. 氏名っぽくない芸名・ペンネームの場合は、少し条件が緩い
たとえば「さかなクン」や「ちきりん」のように、氏名っぽくない芸名・ペンネームの場合には、氏名の場合よりも少し商標登録しやすくなっています。
氏名っぽくない芸名等の場合には、上記の商標法改正以前から、もし他人と被っていたとしてもその他人の芸名等が「著名」でなければ商標登録することができるというルールです。
改正前は、氏名(フルネーム)だと同じ氏名の他人がいたらたとえ有名じゃなくても商標登録できない一方、氏名っぽくない名前なら同じ名前を使っている著名人がいなければ商標登録できる、というルールだったため、両者に大きな違いがありました。
しかしすでに書いた通り、改正により前者が緩和されたので、現在は両者であまり変わらなくなりました。
法律的に厳密に言えば、氏名(フルネーム)の場合は他人の同一氏名が「周知(指定商品分野で広く知られている)」でなければOK、氏名っぽくない名前の場合は他人の同一名称が「著名」でなければOK、という違いがあるのですが、イメージ的にはかなり近くなりました。「周知」よりも「著名」の方がより広く知られていることが求められるため、氏名っぽくない名前の場合の方が、少し緩い(商標登録しやすい)ということになります。
2.1.4. 「氏(苗字)」のみの場合の注意点
なお、氏名(フルネーム)ではなく、氏(苗字)のみの場合には、また別の注意点があります。
商標がありふれた「氏(苗字)」のみの場合は、商標に識別力(自他の商品・サービスを区別できるだけの特徴)がないときは商標登録を認めない、という別の規定(3条1項4号)に引っかかって商標登録できません。「ありふれた氏」の典型例としては、伊藤や佐藤などです。ただ、これらのような明らかにありふれたものだけでなく、日本の苗字ランキングで2,000位以内前後の苗字であっても「ありふれた氏」と判断されて商標登録できなかったケースがありますので、レアな苗字でない場合には、苗字だけでは商標登録できないこともそれなりにあることを覚えておくと良いでしょう。
2.2. 今は亡くなっている歴史上の偉人や著名人と同じ氏名の場合
上記は、現在生きている人の氏名や芸名との場合の取り扱いですが、今は亡くなっている人の氏名等については、また別の取り扱いがなされています。
冒頭に解説した商標法4条1項8号は、現在生きている人の人格権を保護する趣旨の規定であるため、すでに亡くなっている人の氏名等は対象外です。すでに亡くなっている人の氏名等については商標登録を禁止する直接的な規定はありません。
しかし、歴史上の偉人や著名人の氏名等については、4条1項7号の「公序良俗違反」の規定により、その名声に便乗するような商標登録を防ぐ審査運用がなされています。(参考: https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/binran/document/index/42_107_04.pdf )
ただし、歴史上の人物の氏名であれば、無条件で商標登録ができないわけではありません。その歴史上の人物が広く知られているかどうか、その歴史上の人物(の名声)が国民やゆかりのある地域住民等に共有財産のごとく認識されているかどうか、その歴史上の人物名が地方公共団体などによってイベントや博物館などで利用されているか、その他地域起こし等のために利用されているか、などの諸事情を総合的に考慮した上で、商標登録を認めるべきかどうかが判断されます。
商標登録が認められない典型例としては、大河ドラマの題材となり世間の注目が集まっている著名な歴史上の人物名を、無関係のものが商標登録出願するようなケースです。
歴史上の偉人や著名人と同じ氏名を自らも芸名として使用している場合には、その名称に自分が全く無関係と言うわけではないので、自らも芸名として使用しているという事情も考慮には入ると思います。しかし、地域振興に関わっているような歴史上の人物名を独占させてしまうと社会的な弊害が大きいため、商標登録が困難になるケースが多いと考えられますので、注意しておきましょう。
3. 音楽グループ名や歌手名の商標登録
音楽グループ名や歌手名は、上記以外にもまた少し特殊な審査運用がなされているため注意が必要です。
その審査運用とは、ある程度有名になった音楽グループ名や歌手名については、カセットテープやCD、レコード等の商品分野で商標登録することができなくなる、というものです。
なぜこのような審査運用になるかというと、次の2つのポイントがその理由です。
- 商品やサービスの品質等を表示(説明)するような内容のみの商標は登録できないルールになっていること(3条1項3号)
- 特許庁の審査基準により、「需要者に歌手名又は音楽グループ名として広く認識されている」商標は、CD等の商品の「品質」を表示するものと判断する、とされていること
なぜ「有名になっている」場合のみ商標登録できないのか
その音楽グループ名や歌手名がまだ有名になっていなければ商標登録できるのに、有名になってしまうと商標登録できない、という運用に違和感のある方も少なくないと思います。しかし実際、特許庁の審査ではこのような運用が採られています。
「有名になっている」場合に商標登録を認めない審査運用は、「LADY GAGA事件」(平成25年(行ケ)第10158号 知財高裁平成25 年12月17日判決)の影響を受けてのものです。
この判決では、「LADY GAGA」という商標(文字)をレコード等に付した場合、それを見た需要者(消費者)は、「そのレコード等に収録されている曲の歌手がレディーガガである」という商品の品質(内容)を表示するものと理解するから、「LADY GAGA」という商標は商品(レコード等)の品質を表示するものであって識別力がなく商標登録できない、という判断がなされました。
特許庁は、この判決を尊重し、商標の審査基準に取り入れました。消費者が、見た商標(文字)を「音楽グループ名や歌手名」と認識するのは、それが「音楽グループ名や歌手名」として一定以上知られているときであるため、「有名だと商標登録できない」という考え方がとられているのです。
このような運用の下では、音楽グループ名や歌手名について商標登録をしたい場合には、その活動が軌道に乗って名前が知られるようになる前に商標登録出願をしておくことが特に大切になります。
なお、この運用が適用されるのは、CDやレコードなどの商品についてのみです。アパレル商品や文具など、CDのような商品以外については、有名になった「音楽グループ名や歌手名」でも商標登録できるので、そのブランド力を生かしたビジネス展開を保護することが可能です。
ただし、だからといって、他人の有名な「音楽グループ名や歌手名」に便乗しようとして商標登録を試みても、この記事の冒頭で紹介した4条1項8号(他人の著名な芸名を含む商標)により商標登録できませんので、留意しておきましょう。
むすび
この記事では、芸名・ペンネーム・アーティスト名などを商標登録しようとする際の注意点について詳しく解説しました。
芸能活動により得た信用は、その芸名等に蓄積されるため、その芸名を自身が安全に使い続けられることや、信用を害するような他人の便乗行為を防ぐことがとても大切です。
そのために商標登録が有効な手段の1つになりますが、芸名等の商標登録にはこの記事で解説してきたような特有の注意点がありますので、上記の要点をしっかりと抑えて、芸名等を有効に保護していきましょう。