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生成AIは知財業務にどんな影響を与えるのか?~商標業務への活用例も踏まえて

人工知能(AI)の進化が私たちの生活やビジネスに大きな変革をもたらしている今、特に注目されているのが生成AIです。この技術は、新しいテキストや画像、音楽などを「生成」し、産業各界に革新をもたらしています。知財分野におけるその活用もまた、権利化プロセスの効率化から新しい商標やアイデアの創出まで、多大な可能性を秘めています。

しかし、この進化を追いかける中で、私たちは生成AIの使い方やその影響を正しく理解し、適切に対応していく必要があります。この記事では、生成AIが知財業務に与える影響とその活用方法について、商標業務への活用例にも触れながら深掘りし、長期的な影響についても考察します。生成AIの進化は私たちの想像を超えるものですが、この記事がその理解と活用の一助となればと思います。

1. 従来のAIと生成AIの違い

人工知能(AI)の世界において、従来のAIと生成AIは根本的に異なるアプローチを持っています。従来のAIは主にデータを分析し、パターンを識別することに焦点を当てています。これは、大量のデータから特定のタスクを学習し、その結果を適用することによって機能します。例えば、画像認識や言語処理などが従来のAI技術による代表的な用途です。

一方で、生成AIはこの枠組みを超えています。生成AIは、学習したデータをもとに新たなコンテンツを「生成」する能力を持っています。これはテキスト、画像、音楽など、既存のデータセットに基づいた全く新しい作品を生み出すことができるということを意味します。生成AIの代表例としては、テキストを生成するGPTシリーズや画像を生成するDALL·Eがあります。

この二つのAIの違いは、その応用範囲においても顕著です。従来のAIは、あらかじめ定義されたタスクや問題解決に適用されることが多いですが、生成AIは創造的な作業やアイデアの生成に役立てられ、より幅広い分野での利用が可能になっています。

特に、知財実務においては、生成AIのこの「生成」する能力が大きな価値をもたらします。例えば、新しい商標のアイデアを自動で生成したり、出願前の調査や各種書類作成を大幅に効率化または自動化することが可能になります。形式的な業務の効率化はもちろん、これまで人間のみが行っていた創造的な業務にもAIを活用できるようになります。

従来のAIがデータを解析し理解するのに対し、生成AIは新たなコンテンツを創出することで、私たちの仕事やクリエイティビティに新たな可能性を開いています。この根本的な違いが、知財分野を含む多くの分野において、生成AIを特に価値ある技術としているのです。

2. 生成AIの商標業務への応用例

生成AIの技術進化は、商標業務に革命的な変化をもたらしつつあります。ここでは、実際に生成AIが商標業務にどのように活用されているのか、弁理士法人Toreru における具体的な活用事例を通じて見ていきましょう。

2.1. 商標調査の区分ヒアリング自動化

商標調査には多大な時間と労力が必要です。指定商品・役務の内容や区分を特定するために行う依頼者へのヒアリング作業は、専門知識が必要かつ、手間がかかるプロセスの一つです。

このヒアリングの工程に生成AIを活用することで、依頼者から情報を引き出す部分の効率化をすることができます。具体的には、生成AIがチャットで依頼者と会話を行い、後に弁理士が区分を特定するために必要な情報を聞き取ることができます。

以下の図は、生成AIのチャットによる実際の問答例(テスト事例)です。この図に示されている会話内容を見ていただけると、人間と遜色ないコミュニケーションができていることに少し驚かれるかもしれません。特に、無駄に冗長にならず、かつポイントを抑えた簡潔な質問をしている点、そしてとても丁寧な口調と表現で会話をしている点が、生成AIのテキスト生成能力の高さを表していると思います。

生成AIを活用した商標調査の区分ヒアリングの問答例

2.2. ウィーン分類の特定

商標に含まれる図形要素のウィーン分類(図形商標の検索をする際に必要)を特定する作業も、生成AIによって大幅に効率化されます。従来は、分類コードの大量のリスト(2,000種類以上もあります!)から、人間が一つひとつ適切なコードを選び出す必要がありましたが、生成AIを用いることで、商標の画像データを入力するだけで、該当するウィーン分類コードの候補を自動で推定できます。

たとえば、下記のような「ペガサスの画像」をこのAIに与えると、下記の画像ような回答が返ってきます。GPTの生成AIには、与えた画像がどのような画像かを解析する能力が備わっているため、「画像には、ペガサス(一角獣であり、翼がある馬)が描かれており、その羽には餃子が描かれています。」というように、まず、与えた画像がどのような画像なのかを認識します。その上で、「4.3.5 ペガサス」や「4.3.9 ユニコーン」といった、関連性の高いウィーン図形分類コードを適切に推定することができています。

生成AIによるウィーン図形分類の特定例で使ったペガサスの画像

ペガサスの画像(図3)を与えた際の生成AIの回答

この自動化により、分類作業の正確性と速度が向上し、結果として図形商標検索のプロセスも改善されます。また、弁理士の負担が軽減され、よりクリエイティブな業務に集中できるようになります。

2.3. その他の活用例

生成AIの活用はこれにとどまりません。知財権の権利化業務、顧客とのコミュニケーション支援、タスク管理支援など、知財業務の幅広い領域で活用できる可能性があります。特に、文章作成やコミュニケーションの自動化は、クライアントへのレポーティングや内部の業務プロセスの効率化に大きく貢献します。

また、生成AIによる新しい商標や発明等のアイデア生成など、従来は人の直感や経験に依存していた領域においても、AIがサポートする時代が到来しています。

これらの事例からもわかるように、生成AIは知財業務のあり方を根底から変え、より高度で効率的な作業プロセスを実現しています。生成AIの進化とともに、これからも知財実務はさらに変化し続けることでしょう。

3. 生成AIを使いこなすために

生成AIの可能性を最大限に活かすには、その使い方を熟知し、適切な指示を出すことが重要です。ここでは、一義的な指示と事前知識の提供、さらには生成AIと人間の記憶の仕方について掘り下げてみましょう。

3.1. 一義的な指示

一義的な指示とは、解釈の余地を極力減らし、生成AIに対して明確な命令を出すことを意味します。これは、AIが与えられたタスクを正確に理解し、望ましい結果を出力するために不可欠です。たとえば、「『AB』に識別力はありますか?」という質問ではなく、「商標『AB』の識別力はありますか?」といった明確な指示をすることで、「商標の識別力の話である」ということがAIに正確に伝わります。このように、解釈の幅が少ない明確な指示をすることで、生成AIはより正確で有用な情報を提供することが可能になります。

3.2. 事前知識の提供

生成AIに対する事前知識の提供は、特に専門的な内容を扱う場合に重要です。AIには広範な一般知識は備わっていますが、特定の専門分野における深い理解や最新の情報には限界があります。そのため、命令文に専門用語の説明を加える、背景情報を提供するなどして、AIが正確なコンテンツを生成できるようサポートすることが効果的です。例えば、特定の法律や商標実務に関連する細かな規則をAIに理解させるためには、それらの情報を命令文に含める必要があります。

3.3. 生成AIと人間の記憶の仕方

人間と生成AIの記憶の仕方をイメージ的に捉えると、おもしろい類似点があります。人間は、日常生活や業務で頻繁に使用する情報はより鮮明に記憶し、使用頻度の低い情報は徐々に薄れていく特性を持っています。同様に、生成AIはウェブ上で頻繁に出現する情報には精通していますが、希少な情報や専門的な知識については、その理解が限定的になりがちです。このため、知財などの専門的分野においてAIを活用する際には、専門知識を補う形で指示を与え、AIの「記憶」をサポートする必要があります。

生成AIを使いこなすためには、AIの機能と限界を理解し、それに適した指示を出すことが重要です。生成AIの「記憶」の仕方を踏まえて、一義的な指示と事前知識を提供することにより、AIはより精度高い結果を提供できるようになります。

4. 知財業務における生成AIの長期的影響

生成AIは、知財業務の未来にどのような影響を及ぼすでしょうか?この技術進化により、商標実務をはじめとする知財関連業務は、今後数年間で根本的な変革を遂げることが予測されます。ここでは、生成AIが知財業務に及ぼす長期的な影響について考察します。

4.1. 業務プロセスの効率化と自動化

生成AIの最も直接的な影響は、商標業務を含む知財業務全般の効率化と自動化にあります。具体的には、商標調査、商標の類似性分析、指定商品・役務の分類、意見書の起案など、従来は専門知識を必要とし、時間もコストもかかっていた業務が、生成AIのサポートを受けることによって短時間かつ低コストで行えるようになります。これにより、知財業務のスピードと効率が大幅に向上し、専門家はより戦略的な業務やクリエイティブなタスクに集中できるようになります。

4.2. 審査プロセスのAI化

中長期的には、特許庁における審査プロセスのAI化が進むことが予想されます。生成AIにより審査が効率化あるいは自動化されれば、出願の審査期間の大幅な短縮(もしかしたら即日で審査結果を出すことも可能かもしれません)や審査品質の向上が見込まれます。その場合、出願人としては、審査結果がすぐに出るなら事前の審査結果の予測を知財専門家に求める動機がこれまでより少なくなり、審査予測に関する仕事のニーズが減るなどといった影響もあり得ます。

4.3. 新しい仕事の創出

生成AIの進化は、従来の業務の一部を肩代わりする一方で、新しい職種や業務内容の創出にもつながります。生成AIに与える命令文を考える専門職や、AIによる出力の品質のチェックを行う職種などが新たに生まれる可能性があります。また、AIによって生み出された新しい商標やアイデアの評価、それらを活用したビジネスモデルの開発など、AIと人間が協働する新たな業務領域が展開されることでしょう。

4.4. 人材とスキルセットの変化

生成AIの普及は、知財業界における人材ニーズとスキルセットにも変化をもたらします。AI技術の理解と活用能力は、知財専門家にとってますます重要な資質となります。また、AIと協働することで、新たな価値を生み出せるクリエイティブな思考や戦略的な意思決定能力が求められるようになるでしょう。

生成AIの進化は、知財業務のあり方を根本から変える可能性を秘めています。これにより、知財専門家は新たなスキルセットの習得や、業務内容の再定義に向き合う必要があるでしょう。同時に、この変化は知財業界における新たな機会と成長の源泉となり得ます。

4.5. 生成AIに関する法的問題の整理

生成AIの普及が進んでいくにつれ、生成AIにまつわる法的問題も生じてきます。例えば、著作権であれば、AIが生成したコンテンツに著作権は発生するのかどうかや、著作権が発生するとしたら誰の権利になるのかについて議論があります。また、生成AIの学習に使われたデータの取り扱いなども重要な問題です。生成AIはまだ登場して日が浅いため、生成AIに関する法的問題の全てがクリアになっているわけではまだありませんが、今後どんどん整理されていくことでしょう。

参考: 生成AIによるコンテンツの知的財産権の取り扱いと法的整理

まとめ

この記事では、生成AIと商標実務の現状と将来について深掘りしました。従来のAIとは一線を画す生成AIの能力が、商標実務においてどのように活用されているか、その具体的な事例を通じて紹介しました。また、生成AIを効率的に使いこなすためには、一義的な指示や事前知識の提供、そして生成AIと人間の記憶の仕方について理解することが重要であることを明らかにしました。

生成AIの進化は、知財業務における業務プロセスの効率化、審査プロセスの高速化、そして新たな仕事の創出といった長期的な影響をもたらします。これらの変化は、知財業界にとって大きな機会を提供すると同時に、新しい技術を理解し、適応する能力を求めます。知財専門家にとっては、AI技術の進化に伴う新しいスキルセットの習得と、クリエイティブな思考や戦略的意思決定能力のさらなる向上が必要とされます。

生成AIの時代においては、技術の進歩を把握し、これを自らの業務やキャリアに積極的に取り入れることが、重要になってきます。生成AIを活用することで、知財業務の質と効率を飛躍的に高めることが可能になり、新たな価値創造への道が開かれます。

この技術の可能性を最大限に活かすためには、継続的な学習と適応、そして開放的な姿勢が求められます。生成AIという新たな技術を知財業務に活用しようとするすべての方々にとって、この記事がその一助となれば幸いです。

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