商標権とは、特定の商品やサービスを他の事業者のものと区別するために使用される印(ロゴ、名称など)に対して与えられる権利です。しかし、商標をどのように使用すればよいのか、特に他人の商標を使用する際のルールについては多くの事業者が疑問を持っています。「商標的使用」という概念は、このような疑問に対する答えの一つを提供します。本記事では、商標的使用の基本的な定義から、実際に商標的使用に該当するかどうかを判断する際の具体例までをわかりやすく解説します。
目次
1. 「商標的使用」とは
「商標的使用」とは、商標法の観点から、商標が商品やサービスの出所を識別する目的で使用されることを指します。この使用方法は、商標権の保護対象となる重要な要素です。商標が単に装飾的な(デザイン)目的や説明的な目的で使用される場合、これは「商標的使用」とは見なされないことがあります。「商標的使用」と見なされなければ、商標法上の意味合いで「商標を使用した」ことにはならないため、たとえ形式的には他人の登録商標を使用していたとしても、商標権侵害は成立しません。そのため、「商標的使用」に該当するかどうかは、商標権侵害の判断においてとても重要な検討事項になります。
2. 商標的使用に該当しない例/該当する例を判例を交えて紹介
2.1. デザインとして商標を使用する場合
もっぱらデザインとして商標を使用する場合には、商標的使用には該当しないことがあります。
「ポパイアンダーシャツ事件」(大阪地裁昭和51年2月24日判決・無体裁集8巻1号102頁)では、ポパイのキャラクターがデザイン要素としてTシャツに使用されました。
裁判所は、この使用が商品の出所を示すものではなく、純粋に装飾的な目的(もっぱらデザイン目的での使用)であると判断し、商標権侵害を否定しました。
ポパイの図柄文字等をアンダーシャツの胸部などの中央部分に大きく表示するのは 商標の機能を発揮するためではないので自他商品識別機能を有せず出所表示の目的で 表示されたものではない。
(大阪地裁昭和51年2月24日判決昭和49(ワ)第39 3号)
このようにTシャツの胸の部分に大きくキャラクターの絵が描かれている場合、そのようなキャラクターの絵の部分は、もっぱらTシャツの「デザイン」なのであって、そのTシャツのメーカーやブランドを表すロゴ(目印)ではない、と感じるのが一般的な感覚だろうと思います。
この事件は、この一般的な感覚に合う判断が下されているため、おそらく読者の方も納得感があるのではないかと思います。
では、Tシャツに描かれたキャラクターの絵であれば常に商標的使用にはならないかというと、必ずしもそうではない点には注意が必要です。
たとえば、ファッションブランドのコムデギャルソンは、目のついたハートのイラストをブランドアイコンの一つとして使用しています。
このTシャツはTシャツの胸の部分に大きくキャラクターの絵が描かれていると言えそうですが、「胸の部分に大きく描かれたハートの絵」は商標としてまったく機能していない(商標的使用にはならない)のでしょうか?
そんなことはないはずです。コムデギャルソンは、Tシャツなどのファッションアイテムを販売するブランドであり、そのコムデギャルソンが自分のブランドの象徴的マークとしてこのハートマークを使っています。そしてコムデギャルソンのファンも「このハートマークが描かれているTシャツ=コムデギャルソンのTシャツ」という認識をもって購入・着用しているわけですから、このケースでは、Tシャツの胸の部分に描かれたハートの絵は商標としても機能している(商標的使用である)というのが実情と言えそうです。
となると、Tシャツの胸の部分に大きくキャラクターの絵が描かれている場合であっても商標的使用になることはある、ということになります。
ポパイの例で、Tシャツに描かれたポパイの絵が「単なるデザインであって商標(Tシャツのブランド表示)ではない」と消費者に直感させたのは、「ポパイの絵がファッションブランドのアイコンとして使われることはない」という認識(ある意味で先入観)が、たまたま形成されていたからではないかと思います。
逆にコムデギャルソンの例のようなケースでは、実際にコムデギャルソンが「Tシャツの胸部に大きく表示した絵を商標としても使っている」という状況を作っており、消費者もそのように認識しているため、「コムデギャルソンの場合だと、商標だと感じる」という現象が起きているのでしょう。
つまり、重要なのは「この事案では消費者がどう感じるか」をケースバイケースで見極めることであり、Tシャツの胸部に大きく表示されているかどうかという形式的なところだけで決まるわけではないということです。
2.2. 説明的に商標を使用する場合
説明のために商標を使用する場合にも、商標的使用には該当しないことがあります。
「タカラ本みりん入り事件」(東京地裁平成13年1月22日判決・判時1738号107頁)では、商品の説明として「タカラ本みりん入り」と表示されたことが争点となりましたが、これは商品の特徴を説明するためのものと見なされ、商標的使用にはあたらないと判断されました。
この事件では、「タカラ」等の登録商標を持っていた原告が、「煮物万能だし」等の容器に「タカラ本みりん入り」と表示した被告の行為を、商標権侵害であると主張しました。
しかし裁判所は、
『タカラ本みりん入り』の表示部分は、専ら被告商品に『タカラ本みりん』が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であって、商標として(すなわち自他商品の識別機能を果たす態様で)使用されたものではない
と判断しました。
確かに、被告の商品ラベルを見ると、「タカラ本みりん」の文字は、「タカラ本みりん入り」という、明らかに原材料の説明としての文脈で使用されており、表示されている文字の位置・大きさ等も、この文脈で用いられる場合において極めて自然な態様です。したがって、このラベルにおける「タカラ本みりん」の文字は、この商品(煮物万能だし)の商標として使われているわけではない(商標的使用ではない)、とした裁判所の判断は、一般の感覚からしても納得感があるのではないかと思います。
ただし、この判断は、このラベルにおける「〇〇入り」表示の使用方法や態様が、一般消費者が「これはあくまで原材料の説明だろう」と自然認識できるものであったことや、原材料として使われていたこの「タカラ本みりん」がそもそも被告の商標として認知されていたことなどの諸事情が考慮された上でのものであることには留意が必要です。
そのため、「〇〇入り」のような表現であれば、他人の登録商標であっても、使い放題である、というように形式的・表面的に理解してしまうのは危険です。実際には、ケースバイケースの判断が必要になることには注意しましょう。
2.3. 著作物のタイトルとして商標を使用する場合
著作物のタイトルとして商標を使用する場合にも、商標的使用には該当しないことがあります。
たとえば、書籍やCD(楽曲)のタイトルとして使用する場合がその典型例です。
「朝バナナ事件」(平成 21年 (ワ) 657号)では、書籍のタイトルとしての商標使用が、商標的使用に該当しないとされました。
この事件では、「朝バナナ」の登録商標を持っていた原告が、「朝バナナダイエット成功のコツ40」というタイトル(題号)の書籍を販売した被告の行為を、商標権侵害であると主張しました。
しかし裁判所は、
被告書籍の内容は,「朝バナナダイエット」というダイエット方法を実行し、ダイエットに成功するために、著者が成功の秘訣と考える事項を40項目挙げるというものであり、題号の表示も、被告書籍に接した読者において、書籍の題号が表示されていると認識するものと考えられる箇所に、題号の表示として不自然な印象を与えるとはいえない表示を用いて記載されているといえる。
そうすると、被告書籍に接した読者は、「朝バナナ」を含む被告書籍の題号の表示を、被告書籍が「朝バナナダイエット」というダイエット方法を行ってダイエットに成功するための秘訣が記述された書籍であることを示す表示であると理解するものと解される。
と判示、つまり、被告は「朝バナナ」の文字を書籍の内容を表すタイトルとして使用しただけであり、書籍の出所がどこか(誰が出している本か)を区別するための表示として使用(=商標的使用)したわけではない、と判断しました。
もしかすると、読者のみなさんの中には、書籍のタイトルが商標的使用にならないという判断に違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。確かに、書籍のタイトルというのは、筆者にとっては思いを込めて考えるものですから、それが商標権でも守れないとなると「なんで!?」という気持ちになるのもわかります。
しかし一方で、書籍出版の慣行を考えると、なぜ書籍のタイトルが商標的使用にならないのかがわかってきます。
小説のような作品は、同じ作品が別の出版社から発行されることがよくあります。例えば、小説『坊ちゃん』には、A出版社発行のものとB出版社発行のものがある、というような場合です。そうすると、『坊ちゃん』という書籍のタイトルは、その書籍の出所(どの出版社の書籍か)を区別するための目印(商標)としては機能していないことになります。消費者が書籍の出所を区別するときには、出版社名や出版社のロゴマークなどを見て判断するはずです。つまり、消費者も、『坊ちゃん』というタイトルはあくまでもその小説の内容が何であるか(『坊ちゃん』という作品であること)ご判断するために参照しているに過ぎないということができます。
このように考えると、書籍のタイトルとしての使用は商標的使用には該当しない、という考え方に納得感が出てくるのではないでしょうか。
上記は書籍の例ですが、CD(楽曲)のタイトルなども同様の考え方になります。
著作物のタイトルとして使用する文字は、原則として、商標的使用にはならない(商標権で独占することはできない)ということは覚えておくと良いでしょう。
ただし、著作物のタイトルとしての使用であっても、例外的に商標的使用に該当するケースもあります。
例えば、単巻ものの書籍ではなく、シリーズ物の書籍で、その書籍のシリーズを通して共通で使われているタイトルの場合には、商標的使用として認められることがあります。典型例としては、『鬼滅の刃』のような複数巻にわたる連載漫画のタイトルや、『日経ビジネス』のような雑誌等の定期刊行物のタイトルです。
なぜなら、これらのように、一定期間にわたり、定期的に異なる内容(漫画の1巻と2巻では内容が違います)の作品が同一タイトルのもとで刊行されるケースでは、その作品のタイトル=内容が一つに確定できるという状況ではないため、タイトルが作品の内容を示しているわけではない(商品の内容表示ではない)、ということで、商標としても機能し得る(商標的使用である)、というロジックです。
以上のように、著作物のタイトルに使用される場合にも、商標的使用に該当しない場合と、する場合の両方がありますので、留意しておきましょう。
3. 商標的使用をめぐる誤解と注意点
商標的使用は、なかなか理解しにくい概念であるがゆえに、誤解が生じやすいです。
特に、「〇〇であれば(必ず)商標的使用ではない」というように単純なルールとして覚えてしまうとリスキーである点に注意が必要です。
上記で具体例を交えて解説したように、微妙に背景事情や文脈が違うと、商標的使用かどうかの結論も異なる場合があります。どうしてもケースバイケースになってしまうので、「デザインであれば商標的使用ではない(商標権侵害にはならない)」のように単純化して理解するのは避けましょう。
商標的使用かどうかを判断するにあたって最も大切なのは、「この文脈での使用方法なら、普通の消費者ならどのように受け取るか」という感覚です。上記の具体例のように、商標的仕様に該当しないケースをある程度類型化することができますが、類型のような形式的なことよりも、結局は、目の前に表示された商標を見たときに、それが何の名前やマークとして使われていると理解するのが消費者にとって自然なのか、という観点が重要です。逆に、この観点を常に持っていれば、そのケースが商標的使用に該当するのか、あるいは、何の商品やサービスについての商標として機能しているのか、の判断を大きく間違える心配は少なくなるでしょう。
4. まとめ
本記事を通じて、商標的使用という概念の理解を深め、実際の事例を通じてその適用範囲と限界を見てきました。ポパイのイラストが装飾的に使用されたTシャツの事例や、原材料の説明としての「タカラ本みりん入り」の使用、さらには書籍のタイトルとしての商標使用に至るまで、商標がどのように使われているかを具体的に分析しました。これらの事例は、商標権の専門家でさえも慎重な判断を要する複雑な問題です。
商標権侵害のリスクを避けるためには、一般消費者がその使用をどのように理解するか、つまり商標の使用が商品やサービスの出所を示す機能を果たしているか否かを慎重に考慮する必要があります。装飾的使用や説明的使用が常に安全圏にあるわけではなく、ケースバイケースで判断する必要があることを認識しましょう。
また、今後はデジタル化の進展やグローバルな市場の変化に伴い、新たな商標的使用の事例が出てくることも予想されます。それに伴い、商標法の解釈も時代とともに進化していくことでしょう。消費者の理解や市場の習慣に基づく柔軟な思考が、商標権の適切な管理には不可欠です。
最後に、企業やクリエイターは、他人の商標を使用する際は、その商標が持つ意味や市場での位置付けを正確に理解し、必要であれば専門家のアドバイスを求めることが賢明です。商標は単なる記号ではなく、ビジネスの価値や信頼を象徴する重要な資産です。その資産を守り、また尊重することが、持続可能なビジネスを展開する上での鍵となるでしょう。