商標制度は、各国の法律や文化によって異なり、国際的なビジネスを行う上でその理解は不可欠です。
商標権は国ごとに独立しているため、海外での事業展開を考える際には、それぞれの国での商標登録が必要となります。
この記事では、日本と商標制度が異なる代表的な国々の特徴に焦点を当てて紹介します。紙面の都合上、全ての違いを網羅することはできませんが、特に印象的なポイントを掘り下げていきます。
1. 中国 ~審査官に反論できない!?
中国では、商標登録のプロセスが他国と異なる点がいくつかあります。最も顕著なのは、商標登録の審査過程において、拒絶理由通知に対する反論の機会がないことです。
日本を含む多くの国では、審査で登録NGと判断されると、NGの最終結論(拒絶査定)を出す前に、一次判断結果として拒絶理由通知を出し、出願人に反論の機会を与えます。
しかしながら中国では、書類不備など方式的な誤りが通知される場合を除き、、一発で拒絶査定となってしまいます。このとき形式的には「拒絶理由通知書」は届くのですが、審査官が出した拒絶の理由付けに対して直接反論することはできません。
もっとも、さすがに全く反論の機会がないというわけではなく、「審査」のプロセスは終了してしまいますが、その「審査」を不服として、上級審である商標評審委員会に対し「拒絶査定不服審判」(中国では「再審」と呼ばれます)を請求し、判断の見直しを求めることはできます。
この「拒絶査定不服審判」のプロセスは日本にもありますので、日本では、拒絶理由通知に対する反論で1回、それでもダメなら拒絶査定不服審判でもう1回と、計2回の反論機会が用意されています。
一方、中国では、「拒絶査定不服審判」の1回しか反論機会がない、という違いです。
※なお、「拒絶査定不服審判」でも判断が覆らなかった場合、日本・中国ともに裁判所に対し別途「審決取消訴訟」を起こすことは可能です。
この中国の「審査官に対して直接判断の見直しを求めることができない」という仕組みは不便という声も強く、2014年の改正中国商標法で、「商標局は出願の内容について説明または修正の必要があると認めたときは、出願人に説明または修正を要求することができる(29条)」という規定が設けられました。
この任意規定がうまく運用されれば、審査官が拒絶査定を出す前に、識別力について説明を求めたり、指定商品の修正を提案したりできるはずなのですが、あまりに多い中国の商標出願を処理するためか、2024年現在では、審査官から出願人へ連絡がくることはほぼなく、いきなり拒絶されてしまいます。
これは日本を含む多くの国のシステムとは大きく異なり、出願人にとっては商標登録しにくい環境を意味します。中国での商標登録を考える際には、この違いを知っておくと良いでしょう。
2. 米国の商標制度 ~使っていなければ権利なし
米国では使用主義が採用されています。これは、商標の保護に際して、商標登録の事実よりも、その商標を実際に使用しているかどうかの方を重視する仕組みです。
具体的には、
商標登録の出願(申請)手続きはまだその商標を使用していなくても可能ですが、商標権を有効に行使できる状態にするためにはその商標を実際に使い始めないといけなかったり、
商標権の権利期間の更新(延長)をするには、その時点で商標を使っていないと認められなかったりします。
一方、日本をはじめとするその他多くの国では、登録主義を採用しており、まだ商標を使い始めていなくても、商標登録(商標権の獲得)をすることができます。
このような登録主義の日本でも、商標登録後は、3年以上その商標を使っていない状態が続くと、商標権が取り消されてしまう場合があったりと、「実際に商標を使用しているか」を重視する場面もありバランスは取られているのですが、米国とは根本的に仕組みが異なっています。
使用主義も登録主義もどちらも一長一短なのでどちらの方が優れているということはないのですが、米国で商標権を活用しようとする場合には、この違いをあらかじめ知っておくことが大切です。
米国では、その商標を使用する事業計画がある程度具体的に立っていないと、そもそも商標権が取れなかったり、広い権利範囲を確保することができなかったりするので、商標登録のタイミングなど、商標のコントロールの難易度は他の国より高いと言えます。
3. EUの商標制度 ~類似商標の排除は自己責任
日本を含む多くの国では、商標登録出願をすると、特許庁の審査官が、先に類似の商標が出願・登録されていないかどうかを自発的に審査し、もし類似する商標が見つかった場合には、「この商標と類似しているので登録は認められません」という通知(拒絶理由通知)を出願人に出します。
しかしEU(ヨーロッパ連合)では、商標登録の審査過程で、商標に独自性(識別力)があるかどうかなどの他の登録条件については自発的に審査が行われますが、類似商標があるかどうかについては審査されません。もちろんEUでも、先に類似商標が出願されていたら後に出願した人は登録できない、というルールはあります。しかしながら、このルールが適用されるのは、先に類似商標の権利を持っている人(先行権利者)が、自ら「私に権利がある商標に似ている商標を後から出願した人がいるから、その出願の登録は認めないでくれ」と主張する手続き(異議申立)を特許庁に対して行った場合のみなのです。
日本の感覚だと「それって審査官の手抜きでは?」と思ってしまう場合もありそうですが、このような制度を採っている背景には、
“たとえ商標が似ていたとしても、当事者同士が「問題ない」と考えるならば、両方に登録を認めても良い”
という考え方があります。
実際、日本のように類似商標の審査を行う国であっても、当事者同士は「問題ない」と考えているのでアサインバック(いちど一方の権利者に商標の権利を譲渡し、審査に合格=登録させてから、元の権利者に再譲渡する実務手法)をして併存登録させるケースがあります。
確かに、権利内容的にはバッティングしていても、実際のビジネスでは競合していないので、両者が似た商標権を持ち合っていても事業上の問題は特に起こらない、ということはありますよね。
この点を踏まえ、
類似商標の問題は当事者同士の問題なんだから、お役所はおせっかいしないよ。当事者同士でやってね。
という制度にしたのがEUの商標制度なのです。
これは、商標登録の際に類似商標のチェックが先行権利者の責任となることを意味します。もし商標登録をして自分が先行権利者となった場合、せっかく取った商標権を活かして他人の類似商標の登録を排除するためには、日頃から他社が類似の商標登録出願をしていないかどうかをウォッチングする必要があるということになります。
他社の出願をウォッチングし続けるのは、地味ですが大変な労力になるため、欧州の特許事務所や知財サービス会社が提供するウォッチングサービス(他社が類似っぽい商標を出願したのを確認したら、依頼者に通知するサービス)をお金を払って利用するケースが多いです。
EUで類似商標のブロックをするためには、このようなウォッチングや異議申立に労力や費用をかける必要があるため、日本のような商標制度に慣れている人にとっては特別な注意が求められます。
4. タイの商標制度 ~広い権利ならお金を払え
日本では、商標登録の料金は、もっぱら、指定した商品・サービスの「区分」の数に応じて決まります。
商標登録の際に、その商標を独占して使用したい商品やサービスの種類を指定する必要がありますが、手続きの便宜上、商品・サービスの分野ごとに第1類〜第45類までカテゴリ分けがされています。このカテゴリ(第◯類)が「区分」です。
たとえば、日本で商標登録の出願をする際に特許庁に支払う費用(印紙代)は、以下のようになります。(本記事公開時点の料金)
- 第25類(洋服などが属する区分)の商品を指定して出願する場合 → 区分の数は「1」で、12,000円
- 第25類と第41類(イベントなど娯楽サービスが属する区分)のサービスを指定して出願する場合 → 区分の数は「2」で、20,600円
このように「区分の数」で料金が決まります。このとき、その区分の中で「洋服」という1つの商品だけを指定しようが、「洋服,和服,靴…」のようにたくさんの商品を指定しようが、料金は変わりません。
しかしタイでは、「区分の数」で商標登録の料金が加算されるだけでなく、その区分の中で指定された「商品・サービスの数」が増えるごとにも、料金が加算されます。これは、多岐にわたる商品やサービスに対する商標を保護しようとする場合、コストが大幅に増加する可能性があることを意味します。
出願しようとする人にとっては余計にお金がかかり嫌な制度ではありますが、無闇に広い権利を取得する行為を防ぐという、公益的に良い効果もあります。
日本のように「同じ区分数なら、たくさんの商品・サービスを指定しても=権利範囲を広げても料金は変わらない」という制度だと、「この商品まで事業展開する具体的な予定はないけど、同じ料金なんだったらとりあえず広く権利を取っておこう」と考えるのは自然です。
そのため、実際に日本では「本当は使われていないのに権利だけ有効に独占されている」という状態が多発している、という問題が起きています。
これは、出願する人のモラル等の問題というよりは、仕組み上の問題と言える部分です。
タイの制度では、このような問題は比較的起きにくい制度であると言えるため、費用負担が増えるという悪い側面だけではないのです。
タイでの商標登録を検討する際には、どの商品やサービスに対して登録を行うかを日本よりも慎重に選定する必要がありますので、タイで事業を行う方は頭の片隅に置いておくと良いでしょう。
おわりに
今回紹介した日本と異なる商標制度を持つ国々では、商標登録に関するルールやプロセスが大きく異なります。これらの違いを理解し、適切に対応することは、グローバルな市場でのブランド保護やビジネス展開において非常に重要です。特に、中国の一発拒絶、米国の使用主義、EUの類似商標非審査、タイの料金体系は、各国の商標制度における特徴的な例です。
また、国際的な商標登録は、単に法的な手続きを理解するだけでなく、その国の市場や文化、消費者の嗜好を考慮した戦略的なアプローチが求められます。商標は、企業のアイデンティティやブランド価値を象徴するものであり、国際ビジネスにおいてはその保護が極めて重要です。
最後に、海外での商標登録を検討する際には、専門の弁理士や法律専門家と協力し、適切なアドバイスを受けることが不可欠です。特に異なる法律体系や言語の壁を克服するためには、専門家の知識と経験が大いに役立ちます。商標制度の違いを理解し、戦略的にアプローチすることで、国際ビジネスにおける成功の可能性を大きく高めることができるでしょう。
この記事では、日本と外国の商標制度の違いを基本的な点で概説しました。商標はビジネスの成功に不可欠な要素であり、その保護は企業の成長にとって重要な役割を果たします。各国の制度を把握し、適切な対策を講じることで、ビジネスのグローバルな展開がスムーズに進むでしょう。