年々、実店舗へ行かずとも、ECで服を購入する頻度が増えました。特に私のような地方在住者にとっては、今までなかなか行けなかった店舗の洋服を自宅から簡単に購入できるようになり、洋服の選択肢が広がったように思います。
日本のアパレルECをけん引し、ネット経由で服を購入する文化を築いてきた『ZOZOTOWN』。『ZOZOTOWN』は、株式会社ZOZOが運営しているサービスです。『ZOZOTOWN』では、単に洋服を販売するだけでなく、『ZOZOSUIT』や『ZOZOGLASS』など、あっと驚くような遊び心のあるサービスが近年は印象的ですね。
本記事では、ZOZOの打ち出すサービスと、サービスにまつわる知財をご紹介しながら、アパレルECにおけるZOZOの強みや、ZOZOの戦略について考察します。
目次
1.「採寸」の大革命 、『ZOZOSUIT』。
ECで洋服を購入する際に購入者が気になる点といえば、服のサイズが自分の体に合うのかという不安ではないでしょうか。当時のアパレルECの課題はまさに「試着・採寸が気軽にできない」点でしたね。
買ってみたけどサイズが合わず、さらに返品や交換も面倒という経験が私にもあります。さらに採寸となると、また一層ハードルが上がりますね。例えばスーツを購入するときなど、店舗で店員さんにメジャーを当ててもらうのがごく一般的だったのではないでしょうか。
このように、店舗で誰かに自分の体にメジャーを当ててもらうのではなく、自宅に届いたドット柄のボディスーツを着た状態の自分をスマホで撮影することにより、採寸ができる…「採寸」の概念が大きく変わったのが『ZOZOSUIT』ではないでしょうか?
引用元:J-PlatPat(登録1619761)、(登録1619764)
初代『ZOZOSUIT』は意匠登録されていました。大きな白いマーカーが印象的ですね。初代『ZOZOSUIT』は、2017年にリリースされました。当時、ユーザ登録すると、ZOZOスーツが無料で送られてくるのもインパクトが大きかったのではないでしょうか。発想がとても面白いなと、当時、我が家も『ZOZOSUIT』を取り寄せてみた記憶があります。
その『ZOZOSUIT』は進化を遂げ、採寸精度が向上しています(『ZOZOSUIT2』)。
引用元:J-PlatPat(登録1686663)、(登録1686662)
『ZOZOSUIT2』も意匠登録されています。基本的な計測方法は同じですが、マーカー数(白ドット)が元祖『ZOZOSUIT』から増加していることが上記の意匠からも分かります。
計測技術については特許取得されています。
全身スーツに多数(20000から40000)の伸縮性のあるマーカーがついており、マーカーが分類されて形成されるクラスターの座標から体型を特定しています。さらに、スケールの参照という位置づけで、伸縮性のない固定マーカーもついています。全てのマーカー(約400〜500)が伸縮性のないものであった初代『ZOZOSUIT』と比較すると、製造性も向上していることが分かります。また、マーカー数も約50倍程度になり、より精度よく計測できるようになっているのが予想できますね。
この『ZOZOSUIT2』は初代『ZOZOSUIT』のように一般ユーザーへの配布予定はなく、計測テクノロジーを活用した新サービス共創のパートナー企業を募集しているようです。将来他社との共創を見据えているからこそ、特許出願・権利化が確実になされているのかもしれません。
なお、フィットネスの需要が高いアメリカで一足先にボディーマネジメントサービス『ZOZOFIT』の提供が開始されています。日本では、この計測技術がどのように活用されていくのでしょうか。今から楽しみですね。
『ZOZOSUIT』が大きく変えた採寸の概念。ZOZOはこれをシューズ分野とコスメ分野へ展開していきます。
2.足のサイズは「長さ」だけではない!『ZOZOSHOES』と『ZOZOMAT』
靴の専用モール『ZOZOSHOES』は、計測したユーザの足と靴とのマッチングを行ない、最適なサイズや商品を提案することができます。足のサイズを計測する際に使用するのが『ZOZOMAT』です。
『ZOZOMAT』は、自宅に届くマットと自身のスマホで簡単に足の採寸ができる計測ツールです。『ZOZOSUIT』の発想をシューズ分野へ展開したのが、『ZOZOMAT』であるとも言えます。
この『ZOZOMAT』は、意匠登録もされていました。
自宅に届いたマットの上に自分の足を乗せて、指示通りの方向からスマホのカメラで自身の足を撮影すると、自分の足のサイズを測ることができます。足の長さだけでなく、甲高、幅広など細かいサイズまで測定できるので、より自身の足に合う一足に出会えそうですね。
私も『ZOZOMAT』を取り寄せて体験してみました!
まず、マットを床の上に広げ、足を置きます。位置も厳密ではなくだいたいで問題ないです。
続いて、足の上からアプリを立ち上げた状態のスマホを向け、位置合わせを済ませます。
位置合わせが終わったら、早速自分の足を撮影していきます。ここから音声ガイダンスに切り替わり、指定された色に対応する方向からカメラを足に向けていきます。最初は赤色が指定されたので、『ZOZOMAT』上にプリントされた輪のうちの赤のエリアからスマホのカメラを足に向けます。同様に、黄色エリア→ピンクエリアというようにカメラを向けていき、6つの方向から足に向かってカメラを向けていきます。
写真は筆者撮影
ユーザ目線だと、スマホの画面に表示された色と、マットの輪の色を合わせていくような感覚なのですが、実際の処理では、マットにプリントされた色味ではなく、足置き場の周辺にあるマーカーをカメラがとらえ、カメラを向けている方向を特定する処理が行われていることが、特許の内容から分かります。
用紙の周囲にそれぞれ識別できるマーカーが付されています。ユーザが様々な角度から足を撮影する際、複数あるマーカのうちの一部分が映りこむように撮影することにより、ユーザがどの角度から足を撮影したのかが判断できる仕組みです。さらに、特許の内容からすると指定の方向から正しくカメラを向けられていると判断された場合に、画像が撮影されているようですね。
そして、あっという間に計測結果が表示され、自分の足型に合うシューズも提示されます。
靴のタイプやメーカーによって、購入するサイズが微妙に違ったりする経験はありませんか?履きごこちなど、サイズだけでは分からない要素もあります。そのような微妙な調整は、試着によって解決していたのではないでしょうか?この点が、EC経由で靴を購入するハードルが上がる理由の1つでもありますね。試着によって何となく解決していた微調整を、定量的に見せてくれたのがこの「相性の良いシューズ」の提示です。
私の場合は、VANSのAUTHENTICが自身の足型と相性度が高いとのことで、サイズは24.5cmが相性がいいようです。
しかし、同じく相性のいいとされているNIKEのAIRMAX95は、25.5cmのサイズが良いとのこと。
このような、メーカーによるサイズの違いまで提案することができるのは、ZOZOの持っている膨大なデータによる解析によるものなのでしょうか。この技術も特許が出願されていました。

ユーザの足の採寸結果と、特定の靴に対するユーザの履き心地に関する情報に基づいて、ユーザの履物のサイズに対する許容範囲を特定して、ユーザのサイズに合った履物を提案するアルゴリズムです。
ユーザの足のサイズと、靴のサイズ情報のみからでは、提供側(ZOZO)から、ユーザの実際の履き心地を正確に予測することは難しいでしょう。ブランド毎に基準が異なるからです。ユーザの履き心地に対する評価も考慮することにより、よりユーザにとって履きやすい一足を提案できることでしょう。
さて、『ZOZOMAT』を使用してみた感想ですが、自分の足のデータをここまで詳細に計測したのはおそらく初めてです。それなりに左右差があるのだな、とか、足の甲は低めなのだなとか、色々な気づきがありました。
そして『ZOZOSHOES』のレコメンド機能も面白いです。自分の足にフィットするブランドを見つけるとリピートしがちなので、新しい靴にも挑戦してみたくなるサービスだなと感じました!
3.肌色診断も自宅で!『ZOZOCOSME』と『ZOZOGLASS』
ファッションにおいて、「合う、合わない」はサイズに限りません。例えば、色味の合う、合わないについても視覚的なインパクトは大きいように思います。そして、自身に合う色味について、特段診断をしない限り、あまり把握できていないという方も多いのではないでしょうか?私も人に言われて何となくという程度です。
コスメの専用モールである『ZOZOCOSME』は、自宅で計測した自分の肌の色に合う色味のコスメをユーザに提示するサービスを提供しています。
その肌の色の計測に使用するのが『ZOZOGLASS』です。『ZOZOGLASS』は、自宅に届くメガネをかけて、指示通りにスマホで自分の顔を撮影するだけで自分の肌の色を計測できます。

近年では、肌診断アプリなど、スマホ一つで手軽に肌の診断ができるアプリも見かけますが、『ZOZOGLASS』はユーザへ郵送したキットを使いながら肌計測をする点が既存の肌診断アプリとは異なります。キットを郵送してユーザに使用してもらうという一手間によって、肌計測の精度を向上させることができるのですかね。
こちらも、取り寄せて体験してみました!
写真は筆者撮影
メガネをかけ、アプリを立ち上げてガイダンスに従っていくだけ!誰かの手助けを必要とすることもなく、ほんの数分で計測が完了しました。
撮影環境の明るさ確認が終わると、メガネをかけ、様々な方向に傾けた顔を撮影していきます。複数方向から撮影した画像を取得するのは、第6945762号の請求項にも記載されていました。適切な方向から撮影できているかどうかの判断は、メガネに付されているマーカーに基づいて行われているようです。
この特許には、基準色の配置された『ZOZOGLASS』とユーザの肌とを一緒に撮影できるため、撮影場所の環境に左右されず(例えば明るい、暗い等)、どんな状況下で撮影してもユーザの肌の色をより正確に判断するという工夫が開示されています。
全方向からの撮影が終了すると、続いて、メガネを外した状態で同様に8方向から自分の顔を撮影していきます。メガネを外した状態でも撮影する理由について、特許公報では以下のような説明がありました。
『メガネ10で隠れる部位が無いように、またメガネ10の影や光の反射が色の読み取りに影響を与える可能性を除去するため(段落0188)。』
なるほど。
撮影が完了すると間もなく、顔の各パーツの色味について判定結果が表示されます。また、計測結果に基づいたおすすめのコスメが確認できますよ!
上記のような技術的観点だけでなく、自宅にカラフルなメガネが届き、メガネを掛けた状態で撮影する点で、単なるアプリよりもインパクトが強いですね。独特のユーザ体験を提供するという発想は、『ZOZOSUIT』から受け継がれているように感じます。
さらに、この特徴的なメガネの形状のロゴが、商標登録されています。
このメガネを見ると、『ZOZOGLASS』を想起させるブランディング。このカラフルな配色のメガネに、ZOZOのこだわりを感じますね。
4.「似合う」を探す、『niaulab』
『niaulab』は、自分の「似合う」が見つかる超パーソナルスタイリングサービスです。
引用元:J-PlatPat(登録6678207)、(登録6703003)
体験型のリアル店舗で、AIによるコーディネート提案やプロのスタイリストによるスタイリング提案を受けることができます。2023年10月時点では表参道の施設の「申込抽選制」のみで体験することができます。
引用元:似合うラボ公式HP
ZOZOの提供するサービスは、自宅で採寸等ができる、すなわち、キット(全身スーツや眼鏡など)が届き、自宅でスマホを使って手軽に採寸等ができることを特徴とするサービスでしたが、『niaulab』はユーザがスタジオ(リアル店舗)へ出向いてカウンセリングを受けるという、これまでとは全く逆を行くコンセプトのように一見見えます。
実際のところ、『niaulab』のコンセプトは「試着室に飛び込む」というコンセプトです。
似合うとは、サイズや色味のように、定量的に測定できるものばかりではありません。ユーザの顔の特徴や髪型、要するにその人の雰囲気にもかなり左右されます。このような、定量的でない「似合う」を探す体験をユーザに提供するという、ZOZOの新たな領域への挑戦のように感じられますね。
引用元:似合うラボ公式HP
AIを活用しつつ、スタイリストによるパーソナルアドバイスも得られるのはユーザーには非常に魅力的ですね。
「体験データは「似合う」の研究に使わせていただくため、料金はいただきません」とのことで、今後のZOZOのテクノロジー活用のための研究投資であることも伺えます。
『niaulab』は、スタジオが内装の意匠として登録されています。
登録されている意匠の内容について、もう少し詳しく見てみましょう。
スタジオ内はカーテンで各ルームに仕切られており、ユーザは、カウンセリングルーム、ディスプレイルーム、フィッティングルーム…と順に回遊しながら、自分の「似合う」を追求していく空間になっています。
単に洋服等を購入することにとどまらず、新たな価値提供を見据えている様子が窺えます。表参道でのトライを踏まえ、今後新たに打ち出されていくサービスからも目が離せませんね。
5.まとめ
ZOZOは、2023年に「5つの戦略方針」を発表しています。
決算説明資料(2023年3月期)に基づき筆者作成
例えば、『ZOZOSUIT』の技術やコンセプトをシューズやコスメ分野に展開していく変遷が知財情報からも読み取ることができ、より幅広い顧客層の取り込みに繋げる様子が窺えます。
(5つの成長戦略①:より幅広い顧客層の取り込み、及び、④:コスメ拡大とその次)。
また、『niaulab』など、新しい顧客体験を提供していく進化について知財情報にも表れており、既存の顧客に対してもさらなる価値提供を行う様子が伺えます(5つの成長戦略②:一人あたりの購買頻度向上)。
アパレルECのプラットフォーマーとして、ユーザと出店企業数を獲得しながら、ネットで服を買うという新常識の世界を作り上げてきたZOZO。近年はさらにフェーズが進み、次々に新たなサービスを打ち出しており、顧客への新たな価値提供に注力する様子が知財情報にも表れています。
こちらのインタビューでも、ZOZOは「テクノロジーを活用し、「ファッション業界のインフラ」になりたい」と語られていました。生活者にとってのインフラになるためには、利便性だけではなく、遊び心があるサービスづくりにもこだわっているとも。今回の調査では、新テクノロジーにしっかりと知的財産権が取得され、活用されていることがわかりました。
今から5年ほど前、『ZOZOSUIT』が自宅に届いたとき、新しいものを見たワクワク感を今でも覚えています。それから今まで、ZOZOはユーザがワクワクしたり、時にあっと驚いたりするサービスを絶えず生み出し続けています。今後展開されるサービスも楽しみですね。