こんにちは。 ブランド弁理士®︎ の土野(@FHijino)です。
商標登録をするとき、一発で審査に通ればそれに越したことはないですが、似た商標がすでにあったり、一般用語に近いような商標でチャレンジした場合、審査で引っかかってしまうことも少なくありません。
そんなとき、商標登録を成功に導くために必要となるのが意見書。登録NGを出した特許庁の審査官に対して「この商標の登録を認めてよい理由」を述べる反論書です。
この意見書を書く作業の背後には、それに取りかかる弁理士独特の考え方やアプローチが潜んでいます。そしてそれが、意見書を書くフローとして一種のメソッドのようになっていきます。
同じ弁理士でも、意見書を書くフローやアプローチは少し異なると思いますが、今回の記事では、筆者が商標の意見書を書くときに特に気をつけているポイントをフローとして解説してみます。いわば、商標意見書を書くときのプロの頭の中の解剖です。
なお、もう少し基本的・形式的なことや意見書対応の全体像については、こちらの記事で解説しています。
今回はより本質的あるいは上級編という形です。
目次 [表示]
STEP1:拒絶理由通知の意図を読み解く
商標の専門家として意見書の作業が始まるのは、拒絶理由通知を手に取った瞬間からです。この文書に書かれている内容は、単なる審査結果の通知書以上のものと捉えるべきです。なぜなら、そこには審査官の意図や思考が隠れているからです。
この「審査官の意図」は、拒絶理由通知書にはあまり直接的に書かれていません。類似商標があることが理由で登録NGと言われた場合(商標法4条1項11号)には意図はまったく書かれませんし、他の理由の場合には多少は理由が書かれますがやはりあまり詳しくはありません。そのため、まずはこの「審査官の意図」を読み解くことが大切です。
ではなぜ、「審査官の意図」を正確に読み解く必要があるのでしょうか?
誤った理解は無駄な努力へと繋がる
拒絶理由の内容を単に形式的に把握するだけでは不十分です。何が本当に問題視されているのかを正確に理解しなければ、どれだけ反論の努力をしても、商標登録成功という結果を得ることはできません。
たとえば、自分が出願した『サリック』という商標が『Sarickn』という商標と似ていると言われたとしましょう。そこでいくら「商標の字面が全然違う」という反論に注力したとしても、もし審査官の意図が「商標の読み方が似ている(サリック vs サリックン)から」だとしたら、的外れな反論になってしまいます。
拒絶の温度感の理解
拒絶(登録NGの判断)の背後には「どのくらい本気で拒絶しているか」という温度感があります。同じ条文に基づく拒絶理由でも、案件によって、その温度感は大きく異なることがあります。「絶対に登録させる気がないな」という強固な意思を感じるものもあれば、「審査基準に基づいて教科書的に拒絶しているな」という程度のものもあります。
温度感の見極めは経験と知識の賜物
たとえば、出願した商標を登録させることが過去の審査の傾向や社会的な事情に反している場合、専門家から見ると「審査官は通す気がないだろうな」と感じることがあります。
少し前のケースを挙げると、「SDGs」という言葉が世に出た後、「SDGs」の文字を含む商標登録出願が多発しました。しかし、一部の例外を除きそのほとんどが拒絶されています。「SDGs」の語は非常に公益的性質を有するものであるため、むやみにこれを含む商標を特定の人に独占させて使用が制限され得る状況をつくるのは、日本国の官庁としては極力避けたいはずです。このような公益的あるいは政治的なものは特に、細かなロジック以前に「結論ありき」で登録は認めない、という空気を感じることが多いです。
一方、過去の事例に照らし合わせて登録が可能なケースも考えられるが、現行の審査基準に照らし合わせると拒絶対象となる…という商標であれば、「審査官もひとまず一度拒絶して、どういう反論がなされるか様子を見ているのかな」と推測することができます。
こちらのケースは、きちんと書かれた意見書であれば、登録に導ける可能性はかなり高いです。
このような推測や判断、すなわち温度感の見極めには、結局のところ、弁理士としての実務経験や専門知識が必要になります。これをフル活用して、意見書の「力の入れどころ」や「勝算の見積もり」を間違えないようにするのが、最初の重要なポイントになります。
STEP2:審査官の判断の妥当性を客観的に評価する
審査官の拒絶理由を理解した後のステップは、その理由が客観的に妥当かどうかを評価することです。これが、これから取り組む意見書の勝算の度合いや、反論の戦略を見極める土台となります。
弁理士が意見書に取り組む場合、弁理士としては出願人(依頼者)の利益を最優先に考えるべき立場にあるため、出願人にとって有利な考え=審査官による登録NGの判断は間違っている、という考えに立つことになります。しかしその前に、まずは「公平に見て、この商標は登録されるべきか?」という視点で自分なりの考えを整理することが大切です。
なぜなら、審査官を説得するための反論ロジックを構築する際、自分たちに有利な立場や解釈による主張だけでなく、できるだけ公平な視点から審査官の判断を評価するような形で、審査官のロジックの矛盾や欠点を突く方が、より説得力があり、審査官としても受け入れやすいものになるからです。
客観的に評価するためのポイント
審査官の判断を客観的に評価するときのポイントだと筆者が考えるのは、次の2つです。
1.登録を認めると誰が困るのか?
この商標が登録された場合、実際に誰が困るのでしょうか。
審査官は、審査基準や過去の事例に基づいて判断することが多いですが、商標法の真の目的は、先行権利者や消費者が不利益を被らないようにすることにあります。
したがって、その商標の登録(=出願人による独占使用)を認めたとしても、実際に先行権利者や消費者が困ることがなさそうならば、たとえ一見似ている商標であったとしても、あるいは、商標が一般用語に近いものであったとしても、登録は認められてよい、ということになるはずです。
審査官があらかじめ定められた審査基準に則して審査をしている以上、拒絶理由通知というのは、基本的には「審査基準通りの判断」ということになります。したがって、こちらも審査基準レベルの判断基準だけで反論を考えていても、なかなか審査官の判断を新たな観点から再評価することはできません。
そこで役立つのが、商標法のそもそもの趣旨でもある「先行権利者や消費者が困らないように」という判断軸です。
登録を認めると誰が困るのか?先行権利者や消費者は本当に困るのか?
この問いを真剣に考えること。
これが審査官の判断の妥当性を客観的に評価するための一つ目のポイントです。
2.消費者の感覚の信頼
そして「本当に困るか?」を考えるにあたっては、その「困る」当事者である「消費者」の感覚に立つことが大切です。
なぜなら、商標が似ているかどうか、あるいは、その商標が単なる一般用語ではなく特定のブランドを示しているかどうかは、消費者(または中間取引者)基準で判断すべき、というのが商標法の考え方として確立されているからです。
なぜ消費者基準かといえば、一つは、先ほど述べた通り「消費者」は商標法が保護しようとする当事者の一人であるためです。そしてもう一つは、もう一人の当事者である「先行権利者」にとっても結局は「似た商標を使われて消費者が困るなら、私(先行権利者)も困る」ということになるからです。
ですから、「消費者」が困るか?基準で考えれば、商標法が保護しようとする消費者・先行権利者の両方を守ることになるわけです。
消費者基準で考える。これは一見難しそうに感じるかもしれませんが、決してそんなことはありません。なぜなら、私たちはみな「一消費者」として普段生活をしているからです。
審査基準の文言や、それに関連する専門的な議論よりも、一般の消費者としてみたときにその商標が登録(独占)されると困るのかどうか。その感覚が非常に重要です。
自らを「一消費者」としてみなし、その正直な感覚(直感)に従って、審査官の判断に違和感があるかどうかを「感じる」。
とても感覚的で非論理的であるように思うかもしれませんが、商標の世界とは、もともと商標を見たときの「人の感覚」を問題にする世界です。法律に当てはめて考えるために論理を構築しているだけで、もともと感覚的なのです。
だからこそ、消費者としての自分の直感を信頼して審査官の判断を評価しようとすると、案外結論としては客観的に妥当性のあるものに落ち着くことが多い、と筆者はよく感じています。
STEP3:「目の前の審査官」に対して説得力のある反論のロジックを組み立てる
STEP2において、「誰が困るのか?」という視点で商標登録の是非を評価するという話をしました。
そこで「実は困らないのではないか?」という直感を得た場合、その理由を探し、そこから反論を組み立てていくステップがSTEP3となります。
「なぜ困らないのか?」の理由を明確にする
あなたが「この商標が使用・登録されても消費者は困らない」と直感している場合、その背後には何かしら「理由」が存在しているはずです。
なぜ困らないのか?その理由をじっくりと掘り下げることが、反論の根拠を見つけ出す鍵となります。
「困る条件」から逆算する
困らない理由を明確にするための有効なテクニックとして、逆に「どういう場合なら困ってしまうのか?」を考えるという方法があります。
この「困る条件」を明確にすることで、「本件の商標はこの条件に当てはまらないので、登録されても誰も困らない」というロジックを構築することができます。
審査官との「心理戦」を制す
審査官への反論の際の効果的なアプローチとして、審査官の考えを一方的に否定するのではなく、部分的に理解・認める立場を取りつつ、別の視点を審査官に提供するような反論を試みることが有効です。
審査官が持つ、その商標を登録させることに対する懸念や不安を部分的に認めつつ、「しかし、この視点から見ると問題ないのでは?」や「この理由から、その懸念は必要ない」といった形で、反論を構成できないか検討します。
この点については、こちらの記事で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
STEP4:組み立てたロジックをサポートできそうな事実(証拠)を探す
次のステップは、反論のロジックをさらに強化するための事実、すなわち「証拠」を集めることです。
この作業は、主にインターネット検索を利用して行います。使える事実や情報を見つけた場合、その情報を示すWebページのPDFやスクリーンショットなどを取得し、意見書の添付資料として準備します。
証拠収集は、基本的には「自分の主張に都合の良い証拠を探す」という作業です。
実際の事実関係として、本当に自分の主張を裏付けるような事実「ばかり存在する」という状況のときもあります(その場合は勝算は相当高いことになります)。しかし、「自分の主張に不都合な事実も一方で存在する」という状況の方が多いです。そのような状況でも、うまく「都合の良い情報」だけをピックアップして、「都合の良い情報」が優勢であるように見せる工夫をすることが、意見書を成功させるためには大切になってきます。
ケースバイケースですが、場合によっては「都合の良い情報」だけを見せるのではなく、あえて少し「不都合な情報」も自ら出しつつ、その「不都合な情報」について「そこまで私の主張を否定する事実とはならないよ」という理由を付けたり、量的に「不都合な情報」の方が少ないように見せたりする方が、全体として客観的な主張として受け入れられやすくなることもあります。
また、自分に都合の良い事実がほとんど見当たらない場合、あえて証拠のことには触れずに「筋の良いロジック」のみで意見書を構築することも選択肢の一つです。
証拠ベースの議論を試みると、審査官も反証の証拠を探し始める可能性があります。そのような時は、あえて証拠の話題を排除し、ロジック(あるいはレトリック)一本で審査官の説得を試みる方が勝算を高められる場合があります。
STEP5:意見書本文を書く
STEP4までで、意見書に書く実質的な内容は決まっているはずなのだ、意見書はもうほぼ完成したようなものです。あとは、それを一連の文章に仕立て上げるだけとなります。
このSTEP5のポイントは、読み手にとって流れが自然で、読みやすい文章を心がけることです。
自分自身は自分が言いたいことをわかっているので、多少ゴチャゴチャした文章でも「理解できる文章」に見えてしまいますが、他人が考えていることを他人の文章で理解するのは思っているより難しいものです。
わかりやすくするための秘訣の一つは、特に「接続詞」の適切な使用です。「なぜなら〜」を使って理由を述べ、「しかしながら〜」を使って対立する考えを示すなど、接続詞を使用することで文章の流れがスムーズになり、読み手の理解を助けます。接続詞があると、読み手としてはそのパートを読む前に「ここからは理由が書かれているんだな」などと予測しながら読めるので、理解のしやすさがグッと上がります。
意外と接続詞を有効に使えていなかったり、使い方を誤っている場合も少なくないので、書くときに意識することが大切です。
また、意見書では「主語」を明確にすることも重要です。日本語は主語を省略しても成立しやすく、会話のときや、チャットなどラフな文章のときは省略することが多いので、意識していないと主語を抜いた文章を多用してしまいがちです。
意見書は法的な効果のある文書でもあり、意見書で書いた主張内容が、のちの係争の場などで問題となることもあり得るので、「誰が読んでも同じように解釈できる」文章になるように意識的に書くことが大切です。そのためには「主語」を明確にして書くことが必要になってきます。
さらに、「文章を分けて一文をなるべく短くする」ことや、「修飾語(修飾節)を修飾したい語の直前に持ってくる」というのも、理解しやすい文章を書くためのコツの一つです。
ここでお話ししたことはどれも文章の基本ではありますが、普段の生活だとルーズにしていることが多い(むしろルーズな方が好まれることも多い)ので、改めて強く意識することが大切です。
文章の基本を大切にするだけで、主張の理解のしやすさが格段にアップしますので、自分の文章をチェックしてみましょう。
おわりに
今回は、商標登録に導く「意見書」を書く作業の背後にある、筆者の考え方やアプローチを、フローとして書き起こしてみました。いかがでしたでしょうか?
商標の意見書と言うと、ちょっと特殊な世界の話のように聞こえるかもしれませんが、やっていることは「人間同士のコミニュケーション」であり、本質的には普遍的なものです。
だからこそ、意見書のコツみたいなものを書こうとすると、結局は「相手が何を考えているかを推し量る」「相手に自分の話を聞き入れてもらうにはどうすればいいか」という話になるのだなぁ、と改めて感じました。
そういう意味では、商標登録に関心のある方はもちろん、そうでない方にとっても何かしら参考になるエッセンスがあるかもしれません。
もしそうであれば、筆者としても嬉しい限りです。