商標の世界では、「このネーミングも出願しておこうかな?でも、いつまで使うか分からないし・・」というように、出願するかどうかで悩みがちです。
安全を考えれば、「自社の商品・サービスに使うあらゆるネーミングを登録した方が良い」ということになるでしょうが、ビジネスの現場では非現実的ですよね。
そこで、世界に名だたる超有名作品、ポケットモンスターのキャラクターたちについて、どこまで登録されているか?調査を行い、戦略を探ってみました。
1996年2月に発売された最初のゲームソフトのポケモンは151種類でしたが、爆発的なヒットの後に様々な続編が制作され、今では894種類!ものポケモンが発表されています。
ただ、ポケモンの凄いところは「初代151匹」は忘れ去られた古いキャラクターなどではなく、20年以上が経っても常に現役。
大ヒットスマホゲーム、『ポケモンGO』でも151匹全てをゲット可能ですし、オフィシャルショップでは何と、全種のぬいぐるみを商品化しています。
ポケモンオフィシャルショップ公式ニュースより。151匹勢ぞろいは壮観・・!
この、古いキャラクターを使い捨てにしない姿勢こそが、ポケモンが20年以上たっても愛され、王者として君臨する理由でしょう。
しかし、151匹を全て商標出願しようとすると、費用は膨大・・。
ポケモンの商品化カテゴリーは多岐にわたりますから、商品・サービスの区分ごとに登録費用がかかることを考えると、いくら最強のキャラクターとはいえ、全キャラを登録するのはキツい。
きっと取捨選択があるはずです。
そこで、今回は初代151体をターゲットに、全キャラクター名の商標登録状況を特許庁の公開データベース(J-Plat Pat)で調査し、その結果をまとめました。
あなたの好きなポケモンは登録されているでしょうか?早速スタートです。
目次
1、全匹調査!登録済みは35/151体
初代ポケモンのゲームソフトは、ソフトウェア開発会社の(株)ゲームフリーク、プロデュース会社の(株)クリーチャーズ、開発資金を提供して販売元になった任天堂(株)の3社の協力で誕生しました。
少年時代のすべてをゲームに」という従来にないコンセプトのゲーム開発は難航し、当時としては異例ともいえる6年もの歳月がかかったそうです。
3社はポケモンシリーズの“原著作権者”としてクレジットされており、ポケモン関係の商標もほとんどが3社の共同名義で登録されています。例えば、図鑑番号001の「フシギダネ」の商標権者は、次のとおりです。
そこで、今回の調査では、3社名義(共同か、少なくとも1社単独)の商標登録をカウントし、登録が1件もないポケモンはグレー、1件の商標登録があるポケモンはクリーム、2件以上の登録があるポケモンは濃いイエローで分類してみました。
商標登録されていたのは、初代の151体のなか、35体(約23%)です。
これは多いのか、少ないのか?細かく登録の内容を見てみたいと思います。
2、特に登録数が多い「殿堂入り」ポケモンは?
商標登録があるポケモンたちでも、1件だけポツンと登録があるキャラクター、大量の登録が存在するキャラクターではやはり重要度に差があります。
そこで、「早い時期に出願され」、「登録されている商標件数が多く」、「登録されている商標の区分が広い」という3つの視点で、上記14匹の登録をさらに比較してみました。
すると、「最も早く」、「最も登録件数があり」、「登録区分も幅広い」ポケモンの三冠王は・・・やはり “ピカチュウ” です!
“ピカチュウ”の最初の商標出願は1997年6月17日にさかのぼります。
1997年はテレビアニメ『ポケットモンスター』の放映が開始され、4月の初回視聴率から10.2%とヒットを記録。現在まで続くアニメシリーズの基盤が作られた年です。
元々 “ピカチュウ” は、ゲームの主役ではなく、むしろ脇役的な位置づけで生まれたキャラクターでした。ただ、デザインのかわいさで、開発段階でもすでに大人気。
初代ゲームソフトのプランナーが「こんなかわいいポケモンを、簡単に見つけて欲しくない!」と思って、ゲーム内の “トキワのもり” での出現率をわざと低く設定したそうですが、逆にこれが価値につながり、「最初に出てくるめずらしいポケモン」として子供たちに認知され、『コロコロコミック』の人気投票で1位となりました。(ピカチュウ誕生秘話)
その後、テレビアニメ化される際に、「ゲームと同じようにフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメからパートナーポケモンを1体設定してしまっては、その1体を選ばなかった子供たちが寂しさを感じてしまう」という湯山アニメーション総監督の考えにより、ピカチュウが主人公サトシの相棒として抜擢され、現在の人気に至るのです。
そんなストーリーを背景に、登録商標をあらためて見ると、「大ヒットの兆しが見えたポケモンのキャラクタービジネスを盤石にするため、個々のキャラクター名・イラストも商標を出願した」ものと考えられます。
ピカチュウの商標登録の特別さは、指定されている商品区分にも現れています。
先ほどのフシギダネの登録では、9類:家庭用テレビゲームおもちゃ等、16類:遊戯用カード等、28類:おもちゃ等の3つの区分だけが指定されていました。
一方、ピカチュウでは6つの区分を指定。フシギダネで登録している3区分に加えて、25類:被服等、30類:菓子及びパン等、32類:清涼飲料等もカバーされています。
後年のピカチュウ別出願ではさらに区分が追加され、 最終的に3, 5, 8, 9, 10, 12, 14, 15, 16, 18, 20, 21, 24, 25, 26, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 35, 36, 38, 41, 42類と、 26区分もの分類がカバーされました。
これは、1997年3月より小学館プロダクション(現 小学館集英社プロダクション)がポケモンのライセンス窓口エージェントとなり、ポケモン、特にピカチュウの商品化が急速に進んだ影響と考えられます。
商品化については、例えば、「ポケモンパン」は20年以上もシリーズが続き、累計で13億個以上を売り上げています。
「ポケモンパン」商品ラインナップページより
ポケモンのキャラクターが商品化される際、アニメの主役であるピカチュウは、様々な商品のパッケージやデザインに起用されることが多く、商品・サービスの目印(すなわち商標)としても、認知されます。
キャラクターのブランディングや厳しい商品管理によって、イラストが単なるデコレーションではなく、ユーザーが「ピカチュウが付いている商品なら安心」とか、「子供に食べさせても大丈夫」と感じるようになるのです。
このとき、キャラクターデザインの部分は、著作権で自動的に保護されるのですが、ネーミングは「創作的な表現」としての絶対量が足りず、基本的に著作権の保護対象となりません。
ここで忘れてはならないのは、商標登録は早いもの勝ちということです。
第三者による横取り出願に対しては、登録異議の申立や、無効審判といった法律上の救済手段もあるのですが、それには時間とコストがかかり、もし自分が登録していなければ、結論が出るまで不安定な立場に立たされます。
ライセンス先に安心してキャラクターを使ってもらうために、ゲームソフト・玩具といった他のポケモンで一般的に登録している区分以外についても「ピカチュウ」は広く商標登録を進めているのでしょう。
このように、キャラクターの重要度や使用頻度により、商標登録の時期・区分・バリエーションをフレキシブルに変えているのが、ポケモンの登録戦略と言えそうです。
3、あのマイナーポケモンが商標登録されたワケ
No.1の人気を誇る「ピカチュウ」が幅広く商標登録されているのは、ある種当然のことといえるかもしれません。では、その他のポケモンは、どのような基準で登録されているのでしょうか?いくつかのパターンが浮かび上がりました。
順番に見て行きましょう。
① 商品化の「重点」キャラクター
例:フシギバナ、イシツブテ、ヤドン等
このカテゴリーのポケモンたちは数多く、登録されている時期もキャラによって幅広いのが特徴です。
例えばフシギバナは初代ゲームソフト「緑」版のパッケージを飾った主役級キャラクター。
(「赤」版のパッケージを飾ったリザードンはさらに人気が高いからか、2件の商標登録がありました)
フシギバナはピカチュウに遅れること6か月、1997年12月に商標出願されています。同年12月に出願されたポケモンは、他にライチュウ・ニャース・イーブイ・カビゴンなどがおり、アニメや商品化ビジネスでの活躍が期待されて出願されたと考えられます。
ただ、何故か『アーボ』も同時に出願されているのですが・・期待されてたのかな、アーボ。。
登録された図柄に時代を感じる(J-platpatより)
これに対して、ヤドンは2018年10月と比較的最近に商標出願されています。
「ん、最初のゲームソフト発売から20年近く経って、何で今さらヤドンを出願?」
と気になって調べてみたところ・・・2019年4月より、ヤドンが香川県の「地域応援 コラボポケモン」に選ばれていました。
うどん県がヤドンとコラボレーション!?(ポケモンだいすきクラブHPより)
同時期の出願では、ロコンが北海道、イシツブテが岩手の「応援ポケモン」として選定されており、キャラクターライセンス活動に合わせて商標権を保全したと考えられます。
ビジネスの展開に合わせ、これまで登録していなかったキャラクター名の商標もフレキシブルに追加出願していくというのが、ポケモンの商標戦略といえそうです。
② 新しいゲーム・サービスの立ち上げ
例:コイキング、スリープ
「あの弱いコイキングをわざわざ商標登録?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
コイキングはゲーム中で「怪しいおっさんから500円で売り付けられる」というイベントで登場するものの、いざ戦闘で使ってみると『はねる』だけで攻撃手段を持たないという・・まさに“最弱ポケモン”でした。
この「弱いことがウリ」という稀有な存在であるコイキングですが、2017年に何と、主役としてアプリゲーム化されています。その名も『はねろ!コイキング』。
こちらは、世界一高くはねるコイキングを育てあげるという育成ゲームで、商標も「コイキング」ではなく、『はねろ!コイキング』で登録されています。アプリの配信は2017年5月からでしたが、商標は2017年2月には出願を済ませており、事前の権利保全も万全でした。
『はねろ!コイキング』で指定されている商標の区分を見てみると、フシギダネと同じく、【9類:家庭用テレビゲーム機用プログラム他】、【28類:おもちゃ他】はカバーされていますが、【16類:遊戯用カード他】は指定されていません。
これは、『はねろ!コイキング』をカードゲームなどへ商標をそのまま使うことはないと判断したためでしょう。代わりに、【41類:通信ネットワークを通じて行うゲームの提供他】が指定されており、配信ゲームアプリというサービスの実情に合わせています。
そのほか、スリープも『ポケモンスリープ』という新サービスの発表に合わせて、商標出願されました。(ただ、ポケモン名である「スリープ」ではなく「Pokemon Sleep」で登録されています。本作でスリープの出番がどれぐらいあるかは・・・不明です)
ポケモンが睡眠をエンターテイメントに!? (ファミ通.com ニュースより)
特筆すべきは、アプリの発表会が2019年5月29日だったところ、商標の出願はその1週間前の5月22日と、公開の直前に出願されていることです。
「商標は早い者勝ち」のため、出願が早いほど安全ではあるのですが、特許庁が毎週木曜日に出願された商標を「公開商標公報」として公開しているため、公開情報からどんな商品・サービスを開発しているのか?見る人によれば、推測されてしまいます。
「公開商標公報」に掲載されるのは、早くても出願から2週間以上後なので、発表会より前に商標が公開されてしまわないよう、タイミングを調整して出願したと考えられます。
最初のピカチュウは、TVアニメの放映開始後、3ヶ月経ってからの後追い出願だったのですが、2019年には商標の公開タイミングまで読み切って出願している・・。
ポケモンビジネスの成長に合わせ、商標戦略も洗練されていったといえるでしょう。
③ キャラと関係なく、たまたま登録
例:ポリゴン、ファイヤー
このカテゴリーは、ぶっちゃけ「ポケモンとは関係ない」登録です。
まず、ポリゴンの商標登録は、正確には『ポリゴンスタジオ』。商標権者も任天堂の1社のみであり、調べてみたところ、ゲーム機 NINTENDO64で無料配布された、「3DCGのモデリング作成」ソフトでした。
ポリゴンは、TVアニメでフラッシュ演出による放送事故が起こってしまった回のメインポケモンだったのですが、問題が特定されてTVアニメが再開された後も、「謹慎」という形か、TVアニメ本編に20年以上、1度も登場させてもらっておりません・・。
商標検索にヒットしたときは、「もしや、ポリゴンが許されたのか!?」と身を乗り出した瞬間でしたが、まさかの無関係登録とは。。ポリゴンの再登場はまだまだ先になりそうです。
次にファイヤーの商標登録ですが、こちらも正確には『ファイア\FIRE』。やはり任天堂1社の登録で、ゲーム&ウォッチシリーズの1タイトルでした。
Amazon.co.jp 任天堂 RC-04 ファイア 出品ページより
ポケモンよりはるか昔の1980年に出願された商標で、商品も当然、生産終了しているのですが、そのような商標でも登録を維持し続けているところに、任天堂の底力を感じます。
4、まとめ
ポケモン151匹の登録商標を分析してみて、手あたり次第に登録しているのではなく、次の方針で戦略的に登録が進められていることが分かりました。
1997年のゲームソフト発売後、ポケモンビジネスは常に順風満帆だったわけではありません。アニメ休止に追い込まれた「ポリゴンショック」、アニメの長寿番組化に伴う視聴率の低下、『妖怪ウォッチ』などの強力なライバルなど、危機はいくつもありました。
それらを乗り越えて、日本一愛されるキャラクターに成長させ、『ポケモンGO』のような世界的な大ヒット作品を生み出すことができたのは、関係者の作品に対する愛、商品化における徹底したクオリティコントロール、そして世界観を最優先に考えるブランド戦略にありました。
商標権はポケモンのビジネス・世界観を支える基礎として機能しており、様々なポケモンがフューチャーされるごとに、今でも登録が追加されています。
初代151匹のうち、商標登録されているポケモンは35匹でしたが、ポケモンの世界観が広がり続ければ、いつか全ての初代ポケモンが商標登録される日も来るかもしれません。
個人的には、組織票により人気投票1位になったこともある「コイル」の商標登録に期待したいと思います。