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商標の先使用権が認められるには?

「商標の先使用権」って聞いたことはありますか?その漢字から察するに、何とな~く「商標登録していなくても、先に使ってたならセーフなのかな?」という印象を持つでしょうか。

いえいえ、そうとも限りません。

「商標権侵害じゃない?って言われたけど、自分の方がだいぶ前から使っているし大丈夫なのかな……?」「商標権の侵害を指摘したら、こちらの方が先に使っていたので使用する権利があります!と返されてしまって……」
など、お困りではありませんか?
この記事では、商標の先使用権について詳しく解説します。先のトラブルに備えるためにも、ぜひご覧ください。

1. 商標の先使用権とは

商標の先使用権とは、商標権を主張してきた相手に対して、自分が商標登録していなくても「こちらの方が先にこの商標を使い始めているので、今後も使用し続ける権利があります」と主張できる権利のことです。

商標権侵害の警告に対する抗弁(侵害回避の手段)として機能します。

「あれ?やっぱり商標を先に使っていたら権利があるの?」いえいえ、一概にそうとは言えません。

ネックになるのは、商標の先使用権が認められるための「条件」の多さと、その立証の難しさです。

2. 商標の先使用権が認められるための条件

2.1. 先使用権の条文

商標法の条文はこちらです。(ちょっとわかりにくいのでさら~っと流して次をご覧くださいね)

  • 第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(第九条の四の規定により、又は第十七条の二第一項若しくは第五十五条の二第三項(第六十条の二第二項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法第十七条の三第一項の規定により、その商標登録出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの商標登録出願の際又は手続補正書を提出した際)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。

2.2. 先使用権の条件

条文のままではすこしわかりにくいので、想定事例を挙げつつ、先使用権が認められるための要件(条件)を書き出してみます。

想定事例

  1. X社が『Toreru』(25類「ズボン」)の商標権を保有(出願日は2018年4月1日)
  2. Y社が商標『トレル』を商品「スカート」について使用
  3. X社がY社の行為を商標権侵害であると主張
  4. Y社は先使用権を主張できるか?

この場合、Y社が以下の全ての条件を満たしていることを自ら立証できれば、先使用権を主張して商標権侵害を免れることができます。

条件

  1. X社による『Toreru』(25類「ズボン」)の出願日より前から、Y社が商標『トレル』を商品「スカート」について使用していること
  2. Y社によるその使用行為が日本国内におけるものであること
  3. Y社によるその使用行為が不正競争の目的でなく行われていること
  4. X社による『Toreru』(25類「ズボン」)の出願日の時点で、(「スカート」に使用する)商標『トレル』がY社の商標として周知であること
  5. Y社が商標『トレル』を商品「スカート」について現在まで使用し続けていること
  6. Y社が使用する商標『トレル』が『Toreru』と類似であり、「スカート」と「ズボン」が(商標法上)類似する商品であること

ちなみに最後の「類似~」については、元々、商標権侵害が成立する要件の一つなので通常は自然と満たしている要件です。これを満たしていなければそもそも商標権侵害ではないので、確認的要件といえます。

先使用権が認められる条件をフローチャートにしてみました。1.~5.の全てについて立証ができて初めて、先使用権が認められます。

2.3. 求められる周知性の程度

上記のフローチャートの中で一番ハードルの高い条件は、4つめの「自分の商標が周知であること」です。これを満たせずに先使用権の主張を諦めなければいけない人が大多数です。

そのため、求められる周知性の程度をあらかじめ知っておくことがとても大切です。
どのような状況であれば、先使用権(商標法32条)における周知性を満たすと判断される可能性があるでしょうか。

時間的な程度

まず、長期間にわたる使用実績が求められることが多いです。
明確な基準はなくケースバイケースが前提ですが、過去事案からみると概ね10年以上の使用実績が必要なことが多いです。ただし最近はSNSなどのオンラインコミュニケーション手段の発達により、短期間で爆発的に周知される場合もあります。このような場合には、10年より短期間の使用実績でも周知性が認められることもあり得るとは考えられます。
ですが、安易に先使用権に期待しない方が安全なので、基本は長期間の使用実績が求められると考えておいた方が良いです。

地理的な程度

また、隣接都道府県に及ぶ程度の範囲で周知であることが一つの目安です。
これも明確な基準はなくやはりケースバイケースが前提ですが、過去事例からみると、必ずしも全国規模での周知は必要ではなく、業種や商材などの性質次第で、市区町村~隣接都道府県レベルで周知であれば先使用権が認められるケースもあります。
逆に、一部の地域に限定されないオンラインサービスなどであれば、全国的に周知であることが求められる場合もあり得ます。
平均的にみれば、一つの目安として、隣接都道府県に及ぶ程度の周知性は必要であると知っておくべきです。

2.4. 周知性の立証方法

周知性の程度を満たせそうな場合でも、「満たしています」と主張するだけでは認められません。それを客観的に立証する証拠資料を揃え、自ら立証する必要があります。

必要な証拠資料の例としては、以下が挙げられます。

  • その商標をその商品・サービスに使用していることがわかる資料
  • その商標の使用開始時期を裏付ける資料
  • その商標の使用期間を裏付ける資料
  • その商標の使用地域を裏付ける資料
  • その商標を使用した商品・サービスの販売数量や、営業の規模を裏付ける資料(売上高・販売数・店舗数・アクセス数などを客観的に示す資料)
  • その商標を使用した商品・サービスの広告宣伝の態様・回数・内容等を裏付ける資料(広告費の額・広告回数・広告地域・宣伝広告物の写しなどを客観的に示す資料)
  • その商標や商品・サービスに対する社会的評価や認知度の高さを示す資料(新聞・雑誌・インターネットの記事など)

2.5. 特許の先使用権との違い

ちなみに技術的な発明を保護する「特許」制度においても先使用権がありますが、商標における先使用権とは認められるための条件が異なりますので、混同しないよう要注意です。

最も重要な違いは、『特許の先使用権は「周知性」が不要だが、商標の先使用権は「周知性」が必要である』ということです。
そして上述の通り、周知性の立証は非常にハードルが高い条件です。特許の先使用権と混同して、商標の先使用権も周知性が不要である(先に商標を使い始めていさえすれば先使用権が認められる)と誤って理解している人も少なくないので、違いをしっかり認識しておきましょう!

3. 商標の先使用権についての事例(裁判例)

ご参考までに、商標の先使用権についての裁判例を、周知性の判断に焦点を当ててカンタンに紹介します。実際の事例を見てみても、一律の基準はなく、予測が難しいことを感じていただけるかと思います。

先使用権の否定例

周知性が認められなかったケースです。

  1. 東京地方裁判所 平成29年(ワ)9779
    • 『白砂青松』の商標を使用した33類「日本酒」を、5年の間で年間平均約2,400本、主として茨城県内で販売した行為について先使用権を主張したが、この使用行為では周知性が否定された。(判決文をみる
  2. 大阪地方裁判所 平成24年(ワ)6896
    • 『aise / cache』の商標を44類「美容」(美容室サービス)について、同一市内の1~2店舗で約23年間にわたって使用した行為について先使用権を主張したが、この使用行為では周知性が否定された。(判決文をみる
  3. 大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13225
    • 『KOTAN』の商標を42類(当時の区分。現在は43類)「ラーメンを主とする飲食物の提供」について、約14年にわたって水戸市・那珂町・ひたちなか市の4店舗で使用した行為について先使用権を主張したが、この使用行為では周知性が否定された。(判決文をみる

先使用権の肯定例

周知性が認められたケースです。

  1. 東京地方裁判所 平成24年(ワ)16372
    • 『Raffine』のロゴ商標を3類「化粧品」について、約12年間京都府内を中心として美容サロンの営業と併せて使用した行為について先使用権を主張し、周知性が肯定された。(判決文をみる
  2. 大阪地方裁判所 平成19年(ワ)3083
    • 『ケンちゃん餃子』の商標を30類「ぎょうざ」について、30年以上1都11県で使用した行為について先使用権を主張し、周知性が肯定された。(判決文をみる

まとめ

最後にまとめです。

  1. 商標の先使用権とは
    1. 商標権を主張してきた相手に対して、自分が商標登録していなくても「こちらの方が先にこの商標を使い始めているので、今後も使用し続ける権利があります」と主張できる権利のこと
  2. 商標の先使用権が認められるための条件
    以下の全ての条件を満たしていることを自ら立証できること
    1. 相手の登録商標の出願日より前から商標の使用を開始している
    2. 日本国内で商標を使用している
    3. 不正競争の目的でなく商標を使用している
    4. 相手の登録商標の出願日の時点で、あなたの商標は周知である
    5. その周知商標を現在まで使用し続けている
  3. 求められる周知性の程度
    1. 一番ハードルが高い条件は「相手の登録商標の出願日の時点で、あなたの商標は周知である」こと。これを満たせず先使用権の主張を諦めなければいけない人が大多数
    2. 明確な基準はなくケースバイケースが前提ではあるが、求められる周知性の程度を知っておくことが大切
    3. 時間的な程度
      1. 過去事案からみると概ね10年以上の使用実績が必要なことが多い
      2. 近年ではSNSの発達等により短期間の使用実績でも周知性が認められることもあり得るが、基本は長期間の使用実績が求められると考えておいた方が良い
    4. 地理的な程度
      1. 過去事例からみると、必ずしも全国規模での周知は必要ではなく、業種や商材などの性質次第で、市区町村~隣接都道府県レベルで周知であれば認められるケースもあり
      2. 一部の地域に限定されないオンラインサービスなどであれば、全国的な周知性が求められることもあり得る
  4. 周知性の立証方法
    1. 「満たしています」と主張するだけではなく、客観的に立証する証拠資料を揃え、自ら立証する必要がある
    2. 証拠資料の例:商標の使用、使用開始時期、使用期間、使用地域、販売数や営業規模、広告宣伝、社会的評価や認知度の高さ等を裏付ける資料
  5. 特許の先使用権との違い
    1. 特許の先使用権は「周知性」が不要だが、商標の先使用権は「周知性」が必要
  6.  商標の先使用権についての事例(裁判例)
    1. 否定例:日本酒『白砂青松』、美容『aise / cache』、飲食物の提供『KOTAN』など
    2. 肯定例:化粧品『Raffine』、ぎょうざ『ケンちゃん餃子』など
    3. 実際の事例を見てみても、一律の基準はなく、予測が難しいことが窺える

このように、商標の先使用権が認められるための条件(特に周知性の条件)を満たすハードルは高く、立証のための資料を日頃から保管しておくのも非常に大変です。
また、周知性の判断基準はどうしてもケースバイケースなので、自分のケースで先使用権が本当に認められるかどうかの明確な事前予測を立てることはとても難しいです。

一方、自分が使う商標について最初から商標登録をしておけば、不安定な先使用権に頼る必要はありません。先使用権を立証するためのコストを考えれば、商標登録のコストは微々たるもの。実際に自分が使っている商標なのであれば、しっかり商標登録をしておきましょう!

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