はじめに
寿司が回転する。なんて愉快なことなのでしょう。
回転するだけではありません。新幹線が寿司を運んだり、食べ終わったお皿でガチャを回せたり・・まさにIt’sクレイジージャパン。きっと「お客さんを楽しませたい」という想いが原動力となり、このようなアイデアが次々と生み出されていったのでしょう。
ところで、寿司はいつごろから回転していたのでしょうか。
元禄寿司を展開する元禄産業株式会社の創業者白石氏が回転寿司のレーンを世界で初めて開発し、「コンベヤ附調理食台」として実用新案登録出願したのは、現在から遡ること約60年、昭和35年のことです。
実用新案登録がなされると実用新案権が発生し、その考案を独占的に実施することができます。実際、この「コンベヤ附調理食台」の実用新案登録が切れるまでの期間、元禄寿司が業界で独り勝ちという状態であったそうです。
また、元禄産業株式会社は「まわる(商標登録第0847485号)」や「回転(商標登録第1919352号)」といった商標の商標権も取得しました。今でこそ特許、実用新案、意匠、商標といった様々な知財を組み合わせてビジネスを守る「知財ミックス」が叫ばれていますが、元禄寿司は時代に先駆け、昭和の時代からそれを行っていたのです。
偉大なる先駆者である元禄寿司が礎を築いた回転寿司業界ですが、現在では各チェーンがしのぎを削る戦国時代の様相を呈しています。今回の記事では、各チェーンの生き残り戦略を「知財」という切り口でみていきましょう。
1. かっぱ寿司~回転寿司を身近にしたパイオニア
1979年に創業したかっぱ寿司は、回転寿司業界のなかでも老舗に分類されます。ちなみに注文した寿司が高速レーンに乗って運ばれるというシステムは、かっぱ寿司が業界に先駆けて導入しました。「新幹線レーン」というネーミングに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。
さて、かっぱ寿司といえば、「か~っぱかっぱ、かっぱのマークのか~っぱ寿司」でお馴染みの宣伝ソングとかっぱのキャラクターの印象が強いのではないでしょうか。ちなみにかっぱのキャラクターがあしらわれたこちらのロゴは1992年に商標登録されました。
しかし数年前、店からかっぱ達が消えました。店舗デザインが刷新されたのです。
流通ニュース 2017年06月02日|かっぱ寿司/全店の看板から「かっぱ」が絶滅、リニューアル完了
店舗デザインの刷新に伴い、ロゴも変更されました。新ロゴは重ねられた皿がモチーフとなるスタイリッシュなデザインです。こちらのロゴは2016年に商標登録されています。
可愛らしいかっぱのキャラクターは、高級なイメージが色濃かった「寿司」を親しみやすいものにするのに一役買ったことでしょう。しかし、親しみやすいというイメージはいつしか「安っぽい」というイメージに変わってしまったそうです。
そして消費者も、安いという理由だけでは選ばなくなっています。競合他社がネタへのこだわりを押し出し始めたなか、安さではない魅力で勝負する必要が生じたのです。
このような背景もあり、長年かっぱ寿司の看板となっていたかっぱ達は一線を退いたのです。ありがとう、そしてお疲れ様、かっぱ達。
2. はま寿司~大手外食チェーンが送り込んだ刺客
はま寿司は、すき家などを運営するゼンショーホールディングスが2002年に回転寿司業界に参入してできた回転寿司チェーンです。回転寿司チェーンとしては後発と言えます。
かっぱ寿司と同じく、はま寿司もロゴを刷新しました。2021年のことです。
新ロゴでは、「は」をモチーフにしたロゴが中央に据えられています。
ところで、この「は」はただの「は」ではありません。この「は」は、「魚」なのです。「は」の楕円形の部分にポチっと点を描き足すと・・あ、お魚!
群れになると一気にお魚感が増します。
デザイン刷新の一環として定員さんの制服も新しいものになりました。注目頂きたいのはこのエプロン。「は」をモチーフにした魚の群れがエプロンの上を泳いでいます。
ちなみに、今回のデザインの刷新はグローバル展開を見据えてのことだそうです。グローバル展開において、日本独自のひらがな文字を魚の絵に見立てるというのはナイスアイデアですね。
はま寿司公式サイト|6月10日に「はま寿司」のブランドを一新 ~濱のおいしさ、そのままに。~
3. スシロー~回転寿司業界の王者
回転寿司業界の売上高ナンバーワンは、スシローです。
業界動向 SEARCH.COM|寿司業界の現状や動向、ランキングなど
スシローのロゴはこちら。筆で書かれた力強い文字が特徴的ですね。
スシローの勢いは国内に留まらず、昨年中国本土の広州にも進出しました。スシローはこれまで台湾や香港、韓国、シンガポールなどアジア各地に出店してきましたが、中国本土への出店は初でした。
日本経済新聞2021年9月22日|スシロー、広州に中国1号店開業
ちなみに中国でのスシローの表記は「寿司郎」です。この「寿司郎」という文字列はもちろん中国で商標登録されています。ちなみにこの商標の中国での出願日(申请日期)は2011年。それから約10年、ついにスシローは中国進出を果たしたのです。
中国版LINEともいえるWeChatには「中国寿司郎」の公式アカウントがあります。試しにアプリを覗いてみたところ、2022年9月15日に深圳にも新店がOPENしたそうです。バナーをみると、しっかりと「寿司郎」の商標が使われていますね。
他にも、中国展開1周年記念として「五大寿司巨星」フェアも開催されており、盛り上がっておりました。スシローのさらなる海外展開からも目が離せません。
4. くら寿司~知財ミックスで尖る個性派
チェーンそれぞれに個性があることを前提にしつつも、知財目線で見てみると、くら寿司ほど知財を武器にし、その存在感を高めているチェーンはありません。特許、意匠、商標というありとあらゆる知財を活用してその個性を尖らせています。
くら寿司の「特許」
くら寿司といえば「ビッくらポン」です。これは回収口に皿を5枚投入するとガチャが回せるという画期的な皿回収システムであり、もちろん特許を取得しています。
特許公報には【発明が解決しようとする課題】という、文字通りその発明が解決しようとする課題について記された欄がありますが、この特許公報の【発明が解決しようとする課題】の欄には、「客に強制することなく、自発的に空皿の回収に参加させることができる皿回収装置を提供すること。」と記されています。
筆者も自発的に皿の回収に参加したくなり、皿を5枚溜め、ガチャを回しました。
外れても楽しいのがガチャですね。
さて、くら寿司の寿司がドーム状のカバーに覆われた状態で運ばれてくるのはご存じでしょうか。
このドームは「寿司カバー」という、くら寿司独自の非接触構造です。この寿司カバーは、海外進出の際に特に力を発揮したのだそう。寿司カバー紹介ページにはこんなふうに記載されていました。
「日本の回転寿司チェーンも海外では寿司カバーが常識。海外では寿司カバーを使用しないと営業ができません。※15の国と地域で採用:自社調べ22年2月現在。」
海外で寿司カバーを導入するのだとしたら、もちろん海外でも寿司カバーのアイデアを守らなければならないでしょう。その点くら寿司は抜かりありません。中国、韓国、米国、欧州で特許を取得しています。例えば、米国では「FOOD PLATE CARRIER」という名称で特許を取得しています。
くら寿司の「意匠」
意匠法が改正になり、令和2年4月1日から、建築物、内装の意匠が新たに保護対象となったことは、ここ数年の知財業界においては大きなニュースでした。
実は、国内で初めて登録された内装の意匠のうちの一つが、くら寿司グローバル旗艦店の内装なのです。制度が出来てすぐの出願から、知財マインドの高さがうかがえますね。
くら寿司のホームページでも内装の意匠が登録されたことをアピールしていました。
くら寿司の「商標」
くら寿司の特徴と言えば、なんと言っても個性的なメニューの数々です。
AI・IoT技術を活用したスマート給餌機で育てた真鯛を用いた「AI真鯛(商標登録第6583634号)」、規格外野菜を原料にした野菜シートを使用したロール寿司「ベジロール(商標登録第6596345号)」、そして、それはおいしいのか?!と一瞬消費者を戸惑わせる「シャリコーラ(商標登録第5903557号)」や「シャリカレーうどん(商標登録第5894031号)」など、枚挙に暇がありません。
ちなみにシャリカレーうどんというのは素揚げされたシャリがカレーうどんに乗せられたメニューです。揚げられたシャリの香ばしさとカレーのスパイシーさが絶妙にマッチし、筆者はこれを目当てに一時期くら寿司に足繁く通いました(現在は販売終了)。
実は、先ほど例示したメニュー名はいずれも商標登録されています。シャリカレーうどんのような期間限定メニューも含めて、くら寿司は多くのメニュー名を商標登録しているのです。メニュー名の商標登録数では、くら寿司は他の回転寿司チェーンたちとは一線を画しています。
メニュー名だけではありません。店舗で利用されるサービスの名称も、その多くが商標登録されています。例えば、先ほど紹介した「ビッくらポン(商標登録第4536804号)」というサービスの名称も、商標登録されているのです。「スシカバー(商標登録出願第2021-147154号)」も昨年商標登録出願を行っており、現在審査中です。
くら寿司が商標登録しているのはメニューやサービスの「名称」だけに留まりません。なんと、CMで使われるサウンドロゴの音商標も取得していました。(リンク先で実際のサウンドロゴの音声を試聴できます。)
さて、くら寿司はこんなものも商標登録しています。読者の皆さま、この立体物に見覚えはないでしょうか。
そう、くら寿司の看板です。くら寿司は看板のデザインをも、立体商標として商標登録しているのです。
これほどまでに商標登録のバリュエーションが豊富な回転寿司チェーンは他にありません。
また、くら寿司が強いのは商標だけではありません。前述のとおり、くら寿司は、意匠、特許も総動員して自社のブランドを保護しています。まさに知財ミックスです。知財活用の観点でいうと、くら寿司は頭一つ抜けていると言ってよいでしょう。
おわりに
回転寿司業界の現在は、各社がそれぞれの個性を発揮し、しのぎを削る戦国時代の様相を呈しています。その戦いにおいて、知財は強力な武器となるでしょう。
きっとこれからも、各社が切磋琢磨しながら様々なイノベーションを起こしていくことでしょう。いち回転寿司ファンとして、それがとても楽しみです。
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