ちょっとしたアイデアで誰かを笑顔にできるって素敵ですよね。そんな笑顔になれる魔法が溢れる場所、「東京ディズニーリゾート」が今回の舞台です!
東京ディズニーリゾートにある2つのパーク、「東京ディズニーランド」と「東京ディズニーシー」には、思わず笑顔になる手洗い施設があることをご存知でしょうか?

そこではなんとハンドソープの泡がミッキーの形(ミッキーシェイプ)で出てくるんです!このミッキー型の泡ハンドソープが楽しめる「ハンドウォッシングエリア」は、「花王株式会社」さん協賛のもと、2015年からディズニーランドとディズニーシーの両パーク内に設置されています。
ミッキー型の泡を作れるハンドソープは、ハンドウォッシングエリアの他、レストルーム(お手洗い)内で見かけたり、お土産として商品化されたりと、ディズニー好きさんにはお馴染みかもしれません。
私もパークに行くとついミッキー型の泡ハンドソープで手を洗いたくなっちゃいます。

今回はそんなミッキー型の泡のヒミツを関係する特許から紐解いていきます。また、企業におけるアイデア収集の取組みの一例もご紹介します!
特許の文章なんて初めて読むよ〜!という方にも読みやすいように書きましたので、特許に触れるきっかけとして、読んでもらえたら嬉しいです!
ゲスト紹介
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目次
1. 夢溢れるディズニーのハンドソープのヒミツ
早速ですが、ミッキー型の泡、どうやって作られているでしょうか?
それはもちろん魔法の力で!……と言いたいところですが、しっかりと特許で守られた「技術」の力で作られています。
特許は、本当ならヒミツにしておきたい技術を世の中へ公開する代わりに、特許権という権利を手に入れられるというしくみになっています。
つまり、ミッキー型の泡を作るヒミツを世の中に公開する代わりに、大切な技術を特許という権利で守るというわけなのです。
ミッキー型の泡を作るヒミツの技術は、泡が出てくるハンドソープの容器に隠されており、この容器が特許の権利として守られています。
ハンドウォッシングエリアの協賛元である花王さんより出願されている特許を読むと、ミッキー型の泡を作るためには、単純に泡が出てくる部分をミッキー型にすればよいというわけではなさそうです。
今回のヒミツのポイントは大きく2つ。
- 泡の形がしっかりわかるヒミツ
- 泡の形をキープできるヒミツ
これらのヒミツで、綺麗なミッキー型の泡を作ることができるんです!
2. 特許の文章の「匂わせ」
ところで、特許の文章(明細書)では、ミッキー型の泡、とは書かれていません。
実際に登録されている特許の要約をみてみましょう。

このように特許の文章では、「泡の造形物」と表現しています。また、この技術の目的を「泡の造形物を所望の形状に安定して形成」することと謳っています。
よく読むと確かにその通りですが、なんだか読みづらいですよね。特許の文章を読んだことのある方は、このわかりづらさにイライラしたこともあるのではないでしょうか。
このように概念的で曖昧な表現が多いことが、わかりづらい原因といえます。
権利範囲となる「特許請求の範囲」(請求項)では、特に概念的な表現が多くなっています。
そんな請求項の内容を、特許の文章の最も長いパートである「明細書」で具体的に説明しています。その中には、こういうもののことを言ってるよ〜という「匂わせ」表現になっていることもあります。
例えば先ほどの「泡の造形物」について、明細書の中で形の例を挙げています。

ん?「キャラクタの全身や顔等の身体の一部の輪郭を模した形状」…?
とても匂わせを感じますね。
このように特許の文章にはたくさんの「匂わせ」や「伏線」が散りばめられています。ここで、「変に回りくどくせず、ミッキーと書けばいいじゃない」と思うかもしれません。
実は、このような「匂わせ」には、特許の権利範囲に理由があります。
特許権は、基本的に特許請求の範囲や明細書に書かれている言葉の中でしか権利が生まれません。つまり、「ミッキーマウス」とだけ書いてしまうと、他の会社が同じ技術で違うキャラクターの泡ハンドソープを作ってきたときに、権利範囲外になってしまい、特許権侵害と言えなくなってしまいます。
また、先ほどの「泡の造形物」も「ハンドソープ」と書けばいいように感じますが、そうなると、例えば「ホイップクリーム吐出装置」は権利範囲に入らなくなってしまいます。
「泡の造形物」はなかなか広くて上手い書き方といえます。
このように、まだ見ぬライバルに対して思いをめぐらし、できるだけ権利を広く取っておきたい・・・という思いで、特許は「匂わせ」や「伏線」がいっぱいになるのです。
3. ミッキー型の泡のヒミツに迫る!
では、花王さんの特許(特開2016-209867号・特許6085711号)から、ミッキー型のような可愛らしい泡ができるヒミツをポイントごとに迫っていきましょう!
☆ヒミツのポイント
- 泡の形がしっかりわかるヒミツ
- 泡の形をキープできるヒミツ
はじめに、ハンドソープの泡は通常このようにして出てきます。

しかし今回は形のある泡を出すことが目的。
泡の形がしっかりわかることはもちろん、手の上にできた泡がすぐにダレないよう、泡の形をキープできる必要もあります。
今回の特許では、形ある泡を出すハンドソープならではのヒミツのポイントが明かされています。
①泡の形がしっかりわかるヒミツ
最も重要となる、泡の形。特許の文章では形の例として、ハートやクローバーなどトランプのマーク、ウサギや猫などの動物の形、飛行機や車などの乗り物の輪郭の形など…楽しげな形がズラリ!
この例を見ると、「ミッキーの形は3つのマルなんだから、動物や乗り物の形より全然簡単そうじゃ〜ん!」と思うかもしれません。
しかしただの3つのマルでも綺麗な形の泡にするための工夫がたくさん詰まっています!
工夫ポイント1:ダブルメッシュ構造
この泡ハンドソープも通常の泡ハンドソープと同じく、最初は液体の石鹸。この石鹸液を泡立たせるためには空気が必要です。
先ほどの図のとおり、ハンドソープのポンプを押すと、石鹸液はボトルから吸い上げられ、空気室で空気と合流します。しかしこの段階ではまだ石鹸は液状のまま。
空気と合流し、よく混じり合うことで、段々と泡ができ始めます。
泡ができ始めるとメッシュ状の網シートが仕込まれた部分に到達します。
このメッシュを石鹸が通ると、粗かったボコボコ泡が、細かい泡に変わっていきます。
そしてここからが今回の形ある泡を作るための工夫!
もう1枚、メッシュが仕込まれています!

同様に、もう1枚のメッシュの部分も泡が通過することで、さらにきめ細かい泡を作ります。
この2枚目のメッシュを仕込む場所もポイントのひとつ。
1枚目のメッシュのすぐ後ではなく、泡が出てくるノズルの近くに仕込まれています。こうすることで、出口全体にきめ細かい泡を広げた状態で泡を出すことができるんです。
このダブルメッシュ構造で通常の泡ハンドソープよりも泡のキメを細かくして、形を作りやすい泡にしているんですね。
工夫ポイント2:狭い出口
今回のハンドソープの出口は、型抜きのような形になっています。これで泡の形を作っているというのはイメージ通りという方も多いのではないでしょうか。
この出口、拡大するとこんな形になっています。

泡の出口となるハート型の型抜き部分が土台よりもすぼまっています。これが工夫ポイント!
出口を狭くすることで、型抜き部分の全体に泡が行き届き、型抜きするときに泡がない部分ができないようになっています。出口いっぱいに泡が広がり押し出されることで、手の上に泡が出てきます!
先ほどの2枚目のメッシュも同様に、泡のキメを均一にするように、型抜きする面よりもメッシュの方が大きくなっています。
②泡の形をキープできるヒミツ
ディズニーランドやディズニーシーでミッキー型の泡が手に出てきたら、見せ合ったり写真撮ったりして楽しみたいですよね。そこで大事になるのが、泡形状のキープ力。
泡の形をキープできるヒミツは「石鹸液と空気の配分」と「ケースの大きさ」にあります。
石鹸液と空気の配分といっても、液と空気の量を調整するわけではなく、ノズルに吸い上げる速度や石鹸液の粘性を変えたりして調整しています。黄金比率の配分で石鹸液と空気を混ぜることで、液ダレせずしっかりと形状をキープできる泡を作ることができます。
また、今回のハンドソープのしくみの図を見ると、ケースの内側は空洞になっています。ここで泡が大きく広がり、体積がアップします。
この空洞の大きさを、ハンドソープの使用頻度などを考慮して、ちょうどよい体積の泡になるように調整しています。こうすることで、カタすぎず、柔らかすぎない泡を作り、狭い出口から成型されて出てきます。
☆匂わせポイント:自動式…だけじゃない!
この特許では、センサーが付いた自動で泡がでてくるモノをメインに書かれています。

ハンドウォッシングエリアでは、ボタン部分を押して泡が出てくるタイプでした。
お土産で買える商品も自分でポンプを押すタイプです。
あれ…?手動式はこの特許でカバーできていないのでは…!?…ご安心ください。大丈夫なんです。
実は特許の文章の終わりの方にこのような記載があります。

非接触式のセンサーに代えて、押しボタンや接触式のセンサーを持ったモノでもよい、とひっそり書かれています。
また、権利範囲となる請求項では、自動や手動が特定されない表記になっているので、ハンドウォッシングエリアやお土産の泡ハンドソープもちゃんと権利で守られています。
ちなみに特許で紹介した非接触のセンサー式のモノは、ディズニーランド、ディズニーシー両園内のお手洗いに設置されています。このご時世だと非接触のセンサーの方が安心かもしれませんね。遊びに行った際はぜひミッキー型の泡を作ってみてください!
4.ディズニーに負けない?泡ハンドソープを支える「ビオレ」ブランドの強さ
ところで、施設と商品が花王さん協賛ということで、使われている泡ハンドソープは、お馴染み「ビオレ」です。
このビオレに関する商標を見ると、実に120件以上出願されています。現に薬局などでも、ビオレを冠した商品を多く目にするほど、ビオレは一大ブランドを形成しているといえます。

商標登録番号 最上段:登録1600384号。2段目:左 登録6113530号。右 登録6113719号。3段目:左 登録6113720号。右 登録6419471号。最下段:登録5805052号。)
登録されている商標は、文字、ロゴだけではありません。
CMでよく耳にする「ビオレ♪」のメロディも「音商標」として登録されています!
たった3つの音でも楽譜があり、商標になっているんです。
視覚、聴覚、ときたら、嗅覚。
ビオレのハンドソープの、やさしいフローラルの香りも特徴的ですよね。
お店などで手を洗ったとき、ラベルがなくてもなんとなく、これうちのハンドソープと同じ?!と感じたことがある方もいるのではないでしょうか。
現在、日本では、香り(匂い)は商標の対象ではありませんが、一貫して同じ香りで販売することで、ビオレのハンドソープの香りを世の中に印象づけているといえます。
もし今後、香り(匂い)が商標の対象になった場合、ビオレのハンドソープが「ビオレの香り」などと冠して商標登録になるでしょうか?
登録要件として音商標を参考にすると、最も争点となるのが「識別力」、つまり、香りによって他のハンドソープとの区別や違いがはっきりわかるか、という点になると考えられます。
ビオレの表記のないハンドウォッシングエリアや園内のレストルームで、ミッキー型の泡ハンドソープで手を洗った後、「手がビオレの匂いになる!」と口にするゲスト(来園客)を見かけることがあるので、私個人の意見としては、「ビオレの香り」としての識別力は、それなりに有していると感じます。
ただ、各社のハンドソープから「ビオレ」のハンドソープの香りが他製品と際立った違いがあるか…というと、フローラルな香りのハンドソープが多いこともあり、その判断はなかなか難しい部分でもあります。
香り(匂い)の商標は、音商標などと同じく「新しいタイプの商標」として、アメリカなどでは導入されています。今後日本にも導入されたとき、識別力のある匂い、嗅覚を通じてブランド力を発信できる香りに、どのような顔ぶれが揃うか、今から気になりますね。
5. ディズニーキャストの発想力を活かすしくみ
実は、東京ディズニーランド、東京ディズニーシーのお土産やフードメニュー、その他サービスの中には、働くスタッフ、ディズニーキャスト発想のものもあります。
運営会社である、株式会社オリエンタルランドさんには、このようにキャストのアイデアを集める制度があります。
「I have idea!」といい、来園客であるゲストの一番近くで夢や楽しさを届けるキャストだからこそ考えられるアイデアを拾い出し、パークの運営に役立てる目的で設置されている福利厚生制度のひとつです。
私もキャストとしてアルバイトしていた頃、専用の用紙にアイデアを書いて応募した経験があります。(一次選考は通過したものの二次選考で落選してしまいました…)
選考の末、優秀作品は表彰されたり、実際に商品化やサービスとして導入されたりします。選考結果を見ると、自分では考えつかなかった斬新なアイデア、機転の効いたアイデアがたくさんあったことを覚えています。

例えば、ディズニーキャラクター「スティッチ」になりきれるサングラス。
この制度を使ったキャストのアイデアから誕生した商品なんです!ハワイで暮らすスティッチと一緒に暑い夏を楽しめそうな商品ですね。
また、ディズニーランド、ディズニーシーといえば「ポップコーン」というイメージの方も多いのではないでしょうか。

いろいろなフレーバー(味)を手軽に食べられるので、待ち時間につい買ってしまいますよね。
ポップコーンをつまみながらアトラクションを待つこと数十分…いよいよ乗車!というところまできたものの、まだポップコーンを食べきっていません。「え~!どうやってポップコーンしまえばいいの〜!」と困った経験のある方もいるのではないでしょうか。
現在両パーク内で販売されているポップコーンのボックス、実はある工夫がされています。
ボックスの上の部分にミシン目が入っているんです。
ポップコーンを少し食べてから、そのミシン目に沿って折り込むと、口の部分が閉じ、封ができるようになっています。

これならこぼさずしまえて安心です。
このちょっとした工夫も、キャスト提案のアイデア。
ゲストの一番近くで触れ合うキャストだからこそ、ゲストのちょっとした困りごとをキャッチし、見事に解決するアイデアが出せるんですね。
これらの例はディズニーならではのアイデアを集める制度ですが、特許アイデアにも通じるものがあるのではないでしょうか。
私も企業の知財部員として、技術開発部門を中心に多くの特許アイデアの提案がされる中、お客様に近い職種の社員ならではの視点から生まれたアイデアに、斬新さ、細やかな心遣いを感じることも少なくありません。
「i have idea!」は、オリエンタルランドの正社員でもアルバイトのキャストでも、応募可能な制度です。社員区分や職種の垣根を越えて、誰でも気軽に自由なアイデアを提案できる場がある素晴らしさを、知財部員として改めて実感します。
まとめ
いかがでしたか?
ミッキー型になるハンドソープのヒミツ、ビオレのブランド力、夢溢れるアイデアを拾い出すしくみをお届けしてきました。
ハンドソープの泡がミッキー型で出てきたり、キャラクターになりきって楽しめる商品に出逢えたりと、どんな体験にも夢が詰まってる、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー。どの体験も、ゲストに楽しんでほしい!という想いから生まれたアイデアかと思います。
特許になる発明、というとなんだか難しく聞こえますが、誰かの困りごとを解決する方法、あったらいいな、もっとこうなら便利だな、というアイデアに、特許になるポイントが潜んでいるかもしれません。
普段あまり耳にしない特許ですが、ひっそりと特許技術が活躍しているんです。
今回の記事を通して、そんな特許の一面を知るきっかけになっていれば嬉しいです!